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mailonesghの書評

2014-07-21

森の生活

| 15:36

森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈下〉ウォールデン (岩波文庫)

森の生活〈下〉ウォールデン (岩波文庫)

私が森に行ったのは、思慮深く生き、人生の本質的な事実のみに直面し、人生が教えてくれるものを自分が学び取れるかどうか確かめてみたかったからであり、死ぬときになって、自分が生きてはいなかったことを発見するようなはめにおちいりたくなかったからである。人生とはいえないような人生は生きたくなかった。


たいていのひとは、単なる無知と誤解から、しなくてもいい心配や余計な重労働にわずらわされて、人生のすばらしい果実を摘み取ることができないでいる。働きづめの人間は、毎日を心から誠実に生きる暇などもたない。

贅沢品とか、生活の慰みと呼ばれているものの多くは、単に不必要であるばかりか、かえって人類の向上をさまたげている。

われわれの人生は瑣末な問題にかまけて浪費されている。なにごとも簡素に、簡素に、簡素に、と心がけるべきだ。

余分な富をもてば、余分なものが手にはいるだけである。魂の必需品を購うのに金はいらない。


迷子になってはじめて、つまりこの世界を見失ってはじめて、われわれは自己を発見しはじめるのであり、また、われわれの置かれた位置や、われわれと世界との関係の無限のひろがりを認識するようにもなるのである。


私は、森にはいったときとおなじように、それ相応の理由があって森を去った。おそらく、私にはまだ生きてみなくてはならない人生がいくつもあり、森の生活だけにあれ以上の時間を割くわけにはいかないと感じられたからであろう。われわれはそうとは知らぬ間に、いともたやすく一本のきまった道を歩くようになり、自分の道を踏みかためてしまう。世界の幹線道路はさぞかしすり減ってほこりだらけとなり、伝統や習俗には深い轍が刻まれていることだろう!



感想

座右の古典」で紹介されていた本。森に小屋を建て、自給自足生活を始めた著者。前に読んだ「Bライフ−10万円で家を建てて生活する」を思い出しながら読んだ。著者の思想にしても、アリリタ志向者のものとかなり近しい。いつの時代、場所においても、同じようなことをする人達はいるんだなあ。これもまた人の普遍的な感性、なんだろうね。これに共感し、読み継がれてきたからこそ、古典として残ってるんだろうから。


なのに、それを実現できるのは少数派。世間の繋がり・関係性に絡め取られ、気付いた時には身動きできなくなっている。道を変えるには強い信念が要る。道連れがいるとしたら、その難易度はさらに何倍にも跳ね上がる。幸い僕の環境は整っているんだから、是非とも実現させてやろう。

著者が求めたように、決まりきった機械的な道を歩むのではなく、様々な人生を生き、色々な経験を積んでいきたいもんだ。

2014-07-13

皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下

| 22:26

皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下

皇帝フリードリッヒ二世の生涯 下

苦難に出会うのは、何かをやろうとする人の宿命である。苦難を避けたければ、何ごともやらない生き方を選ぶしかない。


飛び立っていく鷹にとっては、勝者か敗者かなどということは、関係なくなっているのではないか。生ききった、と言える人間にとって、勝者も敗者も関係なくなるのに似て。



感想

に引き続き。周りが全て中世の価値観で生きている中、これだけ自分の思うままに生きた人って凄いよな。反発にも全て、対処してみせた。例え自分の死後、揺り戻しによって後が続かなかったとしても。塩野さんも言うように、これだけ「生ききった」人であれば、その後がどうなろうが満足だろう。少なくとも、自分に出来る備えはきっちりしていたんだし。


周りに左右されずに生きるってのは僕が目指していることでもあるけれど、さすがにここまでは出来ないなあ。同列に並べるのはおこがましい。まあ、僕は別に世間に反発して生きようってわけじゃないからな。仕組みの中で、最大限の効果を得ようとしているだけで。その程度の覚悟で達成できる些細なもの、とも言えるし、その程度で実現できるほど社会が整ってくれた、とも言える。ここまでの道を整えてくれた先人達には感謝だよな。


そういった世の中でも、常識に縛られて生きている人は多い。生きざるを得ない人も多い。そんな中、僕は僕なりの道を見出すことが出来、それを達成できる立ち位置にもいるわけだから。是非とも実現させるべく、頑張っていきたいもんだ。

見方によれば、苦難を避ける、何ごともやらない生き方、かもしれない。でも僕としては、一番充実感が得られそうだと判断して選んだ道だからな。周りの価値観は気にせず、望むままに生きたい。

2014-07-06

ファウスト

| 17:33

わかっているな、よろこびなんてことは口にしなかった。めまいを覚えたり、せつなさのきわみの快楽、愛の果ての憎しみや爽快な腹立ちを知りたいのだ。人間に与えられているものを、まさにこの身で味わいたい。心を張りつめて、もっとも高いものと、もっとも底辺にあるものをつかみとりたい。この胸に快楽と苦悩をかさねてみたい。この自分を人類そのものにまで押しひろげ、とどのつまりは破滅してもかまわない。


世の中を駆け通しできた。欲望の赴くところの前髪をつかみ、気に入らなければ放り出した。ひたすら望んで、それをやりとげ、さらに望んで、生涯をつらぬいてきた。地上のことは十分に知った。

認識したものこそ手にとれる。この世の道をどこまでも辿っていく。求めるかぎり苦しみがあり、幸せがある。ひとときも満ち足りることはない。



感想

前に「ゲーテとの対話」を読んだことがあるけれど、その時に読みたいと言っていた「ファウスト」、ようやく読むことができたよ。実に一年以上の期間を空けて。まったくもって気の長い話だ。


読んでおいて言うことじゃないけど、話の筋を知るためには、Wikiを読むのが一番いいな。手っ取り早く理解できる。そもそも、技巧を凝らした詩文を読んだってその機微・情緒を味わえない人間なんで。セリフで成り立つ戯曲形式では、作者の突っ込んだ思想が感じにくい。行間を読めって言われてもね。舞台効果による臨場感は味わえるのかもしれないけど、僕には文章で語り尽くすタイプの本が合ってるな。テーマは好みなんで、色々と考えるキッカケになったのは良かった。ネットで感想や解釈を読んだりも出来たし。

波のある劇的な人生がいいのか、落胆・失望の少ない平穏な人生がいいのか。もちろん人にもよるだろうし、一方を手に入れれば他方が気になったりするものだろうけど。ファウストのように若返ってやり直すことは出来ないんだから、よくよく判断して行動しないとな。今ならまだ修正は効くわけだし。とはいえ、多くを求めてもそれで満ち足りないのならば、何の意味もないと思ってしまうんだけどね。ある時点で満足することになるというのなら、それは早いほうがいい。


気になったのが、有名な「時よ止まれ、おまえは美しい」って言葉。最後にファウストが言ったのかどうか。確かにセリフとして言ってはいるんだけど、未来を夢想し、それが実現した暁にはこの言葉を言う、って言っているだけなんだよな。現時点で成就しているわけではない。確実な未来だから言ったも同然ということなのか、想像の中とはいえ満足しているってことで条件を満たした、ということなのか。いずれにせよ、何だか釈然としない。どうせならきっちりと片を付けて欲しかったよ。

2014-07-05

【番外編】2014年上期 資産まとめ

13:03

2014年上期までの資産状況をまとめてみた。総資産は順調に増えている。「収入−支出」が増えたことが大きいけど、投資も相変わらず好調だな。そろそろピークそうなのでリスク資産を減らしたい気もする。でも素人が予想したって当てにならないし、これまで通り機械的に積み立てを進めていくことにしよう。


資産割合(目標割合)

現預金  46.4% (40%)

日本株   6.3% (5%)

外国株  21.1% (先進国19%、新興国10%)

外国債権 17.5% (19%)

商品先物  8.7% (7%)


2013年末と大きく変わったのは、外国債権が増えたこと。狙ってこの比率にしたわけではないんだけど。というか、実はこれまで目標比率をしっかりと設定してなかったんだよな。漠然とは考えていたけど、これでは調整のしようがない。というわけで、今更ながら設定してみた。これで確定ってわけじゃないけど、とりあえずはこれに沿ってやってみよう。

2014-06-29

バガヴァッド・ギーター

| 22:50

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)

あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してはならぬ。(2.47)


外界との接触に執心せず、自己のうちに幸福を見出し、ブラフマンヨーガに専心し、彼は不滅の幸福を得る。(5.21)

実に、接触から生ずる諸々の享楽は、苦を生むものにすぎず、始めと終りのあるものである。知者はそれらにおいて楽しまない。(5.22)


慢心と迷妄がなく、執着の害を克服し、常に自己に関することに専念し、欲望から離れ、苦楽という相対から解放され、迷わない人々は、かの不滅の境地に達する。(15.5)



『バガヴァッド・ギーター』は、ヒンドゥー教代表的聖典です。

『ギーター』は、大叙事詩マハーバーラタ』第六巻に入っています。この叙事詩はカーラ(時間、運命など)に支配される人間存在の空しさを説いています。しかし、作中の人物たちは、無常な人生を送る中で、自らに課せられた過酷な運命に耐え、激しい情熱と強い意志をもって、自己の義務を遂行していきます。この世に生まれたからには、自分に定められた行為に専心すること、これこそ『ギーター』の強調するところでもあります。


絶対者すなわち最高神がすべてに遍満し、個々のもののうちにも入り込んでいるという考え方。言いかえれば、我々個々人のうちに神の性質があるということです。この考え方が、ある時期に、直接的間接的に大乗仏教に強い影響を与え、その結果生まれたのが如来蔵思想であるということができます。すべての人に如来たる可能性がある、すべての人に仏性がある、とする考え方です。それが仏教を通じて日本に入り、我々がそのまま仏である、真如であるとする、天台宗を中心とする本覚思想へと展開し、日本の宗教文化、さらには日本人一般のものの考え方に大きな影響を与えたのです。



感想

座右の古典」で紹介されていた本。前にイスラム教聖典である「コーラン」を読んだけど、今回のはヒンドゥー教聖典。日本仏教との繋がりも学べたし、なかなか面白かった。この調子で、他の宗教聖典を色々読んでいくのも良いかもな。様々な人の思いや歴史が詰まった本なわけだし。それに入り込もうって気はなく、つまみ食いの域は出ないわけだけど。


執着しないとか、自己に充足するとか、結構僕の性向とも合ってるかも。もちろん大前提として、絶対者を認めるとか、それに帰依するってのが抜けているわけだから、絶対に解脱には至れないんだけど。

というか、そもそも費用対効果を重視し、結果をこそ求めるのがリタイア志向者の道のようにも思うし、『ギーター』の教えとは全然違うか。リタイアした暁には、その境地に至れるかもね。まあ今でも、出来る限り穏やかな生活をしたいものだ。