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誰にも知られずに

2009-02-09

[]ここのところ

 土曜日は社のイベント。今回は混乱もなく、一安心。と思ったら、自分が大混乱だった。一のことが百二十三くらいに膨れたような感じ。いかんですな。ご迷惑をおかけいたし。

 日曜日はステキご夫妻と師匠と「記憶スケッチアカデミー」を。このデジタルな世の中ならなおさら、隣にいる人がどんな絵を描くのかどころか、どんな字を書くのかすら知らないことが多い。衝撃的なイラストが多数誕生しました。

 夜は某所のステキ居酒屋へ。ああいう雰囲気はたまらないうえ、出てくるものみな旨すぎた(♪触るものみな傷つけた、のフシで)。男の子が生まれたら「雪虎」と名付けようかと思うくらいの衝撃体験も。食事が出てきたときに拍手が起こる食卓って、すごいよね。

 美味しいし楽しいし嬉しいし、浮かれる。

 本日は上司とある人のお見舞いに行こうと病院で待ち合わせたところ、なんと入院しているのは別の病院だったうえ、本日は一時帰宅していることが判明。平謝りする上司をなだめ(?)、わいわい会社まで戻る。上司がお見舞いの品として買ったものはどうやら絵本だったようだ。可愛い上司やのう。

 夜、友人とメールしていたら「マラソン大会に出るため特訓している」とのこと。「エライねぇ」と返すと、「恥をかきたくない。プライドだけは山よりも高いが、そのプライドのための努力は惜しまない」と返事がきた。カッコええな。

 私も自分の喜怒哀楽と暴言のコントロールをしっかりせねば。頑張ります。

[]わたぼうし

 相対性理論『ハイファイ新書』。

『シフォン主義』の「スマトラ警備隊」みたいなアップテンポなのがすきなので、今回のふんわりふわふわな一枚は前作に比べると少し疾走感に欠けるのだが、なんだか耳につくフレーズと「柔らかい音」と認識して良さそうなボーカルの声は、耳かきのわたぼうしの方で手首の内側をくすぐられているような快と不快ギリギリの感じがして、ついつい聞いてしまう。

ハイファイ新書

ハイファイ新書

D

[]視線

 見田宗介まなざしの地獄』。

 上京が、故郷や困窮からの「解放」だった一九六〇年時代に金の卵として都市に迎えられた永山則夫。後に連続射殺犯となる彼が恐れたのは他者の「まなざし」だった。都会で浮き、故郷にも帰れず二重に締め出され崩壊していく永山の実存的問題が、見事な考察で浮き彫りになる。都市と地方が今とは違う関係性にあった時代の、永山という一人の男と、「金の卵」世代の若者意識を紐解く。

 秋葉原無差別殺傷事件を起こした加藤智大は永山と同じ青森出身であり、二人は職を転々とし実家にも帰れず、最後には無差別殺人に及んだ。二人の殺人犯を比較した解説(大澤真幸)も読み応えあり。

まなざしの地獄

まなざしの地獄

[]終わりの始まり

 大澤真幸『増補 虚構の時代の果て』。

 本書はサリン事件発生の翌年、九六年に筑摩新書から発行され、絶版となっていた。古本で買おうにも値段が高いものが多くてどうしようかと思っていたところ、文庫化の話を聞きつけてしばらく待っていた。待っていた甲斐がありました!

 高度経済成長という「未来ある理想の時代」の終わりを告げ「虚構の時代」を象徴したオウム教団。アニメオカルトといった「虚構」を内包し、自分たちだけの虚構の国家作り上げた、彼等の敵は何だったのか。著者は厖大な範囲に及ぶ論考から、彼等の敵は「他者」であったと説く。

オウムが、あるいはオウム的なものが、私自身もそうでありうる可能性を示している、という自覚〉から書かれた本書は、まさに「時代の転換点の当事者」としての視点が貫かれている。

 補論ではオウム以後瓩某┐譴襦オウムが組織で行なった「無差別殺人」は今や、若者の単独犯によって行なわれている。「ハルマゲドン」という虚構の目的すらない犯行。その分析にはオウム事件の〈反復〉が必要であるとの主張が光る。

 また、増補部分では『実録 あさま山荘事件』と『ノーカントリー』を比較している。単純に作品としてだけの考察なので物足りない部分もあるが、面白い比較だと思う。

「虚構の時代」の後の、現在は『不可能性の時代』(岩波新書)。これは面白すぎて感想書くのも大変なくらいだったのだけど、続けて読むととてもいいと思います。

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

増補 虚構の時代の果て (ちくま学芸文庫)

不可能性の時代 (岩波新書)

不可能性の時代 (岩波新書)