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2009-01-17 大黒黒客日記

[]「LO」表紙の、「ロリコンに、春は来ない」の意味を考える

拡大写真。

f:id:makaronisan:20090117013857j:image

昨日も書いたのですが、LO3月号のキャッチコピーにびっくりですよ。

温かい視線でたたずむ少女。

春の足音が聞こえそうな日本の風景。

しかし、「ロリコンに春は来ない。」

 

一見絶望的でネガティブとすら捕らえられるこの言葉。

でもものすごい熱さとパワーを秘めている気がするのもまたしかりです。

以前も「少女は 母であった」で色々妄想したのですが、今回も勝手にこの言葉の意味を探りながら、少女像とロリコンの信念や欺瞞の混じったところを考えてみたいと思います。

はい、自己満足です。

 

●春は来ない。●

春自体は来ます。絵の通り。

しかし、ロリコンには春が来ません。

ということは、やはり「春」の語は「幸せ」とかの隠喩と取れます。あるいは「買春」などの「春」といううがった見方も出来ます。

いくつか色々友人とも話し合って、面白い意見も出てきたので、ここでいくつか考えてみましょう。

ちなみに、絵の雰囲気もあわせて考えて、陰鬱なものではないと思うのでネガティブな意見は入れませんでした。

 

1、「ロリコンは満たされることなんてないんだよ」説

恋人が出来て「春が来た」なんていう言い方したりしますが、その春はロリコンには来ません。来てはなりません。

特にLOという雑誌はロリエロマンガ雑誌です。1ページめくればそこは夢のように快楽の広がる園です。そう、ファンタジーという名の。

だが、それはあくまでもこの表紙という薄皮に守られた世界です。そこから逸脱することは許されません。

純愛?そうか、そう思っているかも知れない。だがしかし、それはこちらの都合であって、少女の都合ではない。

春は、来ない。来てはいけない。ファンタジーの温室で癒されるからこそ、寒さの中で戦えるんだ。

 

2、「ロリコンはあえて満たされない道を選ぶ」説

満たされたならば、その時はすでにロリコンではなくなります。イメージを追い、どこまでもどこまでもその手を伸ばし続けて、そして決して届かない。届いてはいけない。

友人が「パンクのようなもの」と言っていてすごく納得。満たされた瞬間にロリコンイズデッド。

様々な幸せと悩みをいっぺんに持ち合わせながら、複雑極まりない感情を心に押し込んで生きている。それがロリコンの茨道。永遠に満たされない冬の時代を、自らが選び生きていくのです。

 

3、「愛するもののためならあえて春から退こう」説

たかみち先生の少女は、とても幸せそうに世界を見ています。ロリコンの中の少女イメージは限りなく美しく輝きに満ちています。

それを見て、その向こうにある性的なものも感じ取ってしまう残念な思考回路がロリコンにはあります。ごめんなさいごめんなさい。思ってしまった物は仕方ないんだ、気持ち悪いかも知れないんだ。

だから黙して語らずにいよう。その欲求はただ黙って、自分たちの中で昇華していこう。

春は来ない。大切なものを守るために、自分たちに春はいらない。少女に春が来ればよいんだ。ぼくはそれを見守ろう。

 

4、「青春にも届かない」説

いくら「少女」を愛しても、彼女達に春が来たら「少女」は失われます。

そしてロリコンは「青春」を経験するよりも前の段階で歩みを止めます。

「春」という名の幻を感じたとき、ロリコンではなくなるでしょう。少女は大人になるでしょう。だけどその春の芽生えの前に幸せを感じてしまった。

だから、もう、春はこない。ずっと。

 

5、「むしろ冬がいい」説

日の光の当たらぬ、ひっそりと寒い雪の中。

決して、優しく許されることはなく、ただ少女像を追う自分がいる。

でも本の中なら、その寒い雪の中で手を差し伸べてくれる。決して外に手を差し出してはいけない。外を見て微笑みながら、冬の雪の中、ファンタジーとたわむれて幸福を得るんだ。

 

●一瞬の理性●

まあ、答えなんてないです。

ないですし、どんなに頑張っても詩情を越えることはなく、だれかに「でもキショイよね」と言われたらそこまでです。わかってる、わかってるよ。

だけれども、LOの表紙にこの「一瞬の理性」が一滴あるだけで、大きく方向は変わるんです。

 

ロリマンガはある一定の順序を経てはじめて成り立ちます。つまり「幸せそうな環境」を描く場合には「ファンタジー」という共通の認識が必要になります。

当然読む側もそれをおさえた上で楽しむわけですが、それでも人間の欲求は時々暴走します。その悲しき暴走を全て受け止めようとこの雑誌は両手を広げて待っています。「あおる」んじゃない、「受け止める」んです。

でも、ぴしゃりと言うのです。「YESロリータ、NOタッチ」と。

いいかい、ここはファンタジーという段階を経て覆われている温室ですよ。決して外で自分勝手なことをしてはならない。それが楽しみの条件なのですよ。

 

一瞬だけでも「はっ!」とさせるものがあることは非常に重要ではないかと深く感じ入るのです。ほんのちょっとだけ、この雑誌を手に取る人が「これはどういうことなんだろう?」「ロリコンってなんだろう?」と考えることそのものに価値があると思うのです。

もちろん、それを見て「おれはそうは思わない」という意見もありでしょう。どのようにとってもいいと思います。

 

「ロリコンに春は来ない。」

たった一言の、だけどとてもきつい言葉ですが、とてもとても不思議な温かさに満ちている気がしてならないのです。

 

友人がこれを使って短歌をつくっていました。うまいなあ、そういうのもありだなあ。

思想もイメージも悩みも、言葉にした上でさらに一旦考えをいかに見せるか整理することで、人に伝える作品たりえる、ですね。

ロリマンガと表紙絵が作品だとしたら、練りに練られたこのキャッチコピーもまた作品だと思うんです。

 

〜関連記事〜

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