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2009-10-02 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[][]エロマンガは本当に写真と比べて「ストレートなエロ」を避けてきているのか?

各地で話題沸騰の、「ラブプラス」表紙のTVbros。

元々サブカルチャーな塊みたいな雑誌で、こういうのは何度かやっているとはいえ、さすがにこれがコンビニに並んでいるとなんとも不思議な感じです。

いい時代になりましたね。 そうなのか? 多分そう。

 

さて、ラブプラス好きは買って置いてまったく損のない表紙なのですが、実は今回のテレビブロスで一番評価するべきなのは、萌え」とはなんなのか、もう「萌え」は消費し尽くされているのではないか?という、真剣な議論の部分だと思います。

今のマスコミ報道だとまだ「萌えが流行っていますねー」とか言っちゃいがちですが、この号は萌えはもうすでに消費されてしまい、新しい形になっているのではないかという点を掘り下げています。そう、そこ!表面的な話はもう終わったんだよ!

実際、アニメ・マンガの萌えは本来の「これはかわいい」という意味から離れ、逆に「萌え」という言葉から次の産業を生み出す時代になっています。そもそもオタクは「萌え」なんて言わないよという話も。

正直、今は誰も”萌え”を使っていない気がするんですよ。アキバにいて、ここ最近聞きません。今、しゃべり言葉として”萌え”を使うと、ギャグ的な意味になりますしね。

(喪服ちゃんインタビューより)

私の認識では”萌え”はやっぱりネット・スラングなんですよ。昔よくネット上で使われていた”落ちますノシ”とかと同じで、”萌え”という言葉は消費されつくしたかな?とは思っていて。ただ”萌え”の概念は無くなりません。

桃井はるこインタビューより)

ああ、全くです。

表層をなぞらず、本気でオタク界隈に挑んでいる人達の言葉を拾っているので、現在「萌え」という言葉自体はもう形骸化していること、そしてオタク文化がどこに向かっているのかを真剣に考えるコトの出来る一冊になっています。にしてもモモーイはほんと頑張ってるなあ。この人が切り開いてくれるおかげですごく気楽になるのは自分だけでしょうか。

そういう意味で、ラブプラス好き以外の人も、特に同人音楽好きな人は買って読んでおくのをオススメしたいです。まさかごくあたりまえのように「DENPA!!!」の紹介を見るとは思いませんでした。同人音楽界がもう見過ごせないほど重要な存在であることも書いていますね。専門書的ではなく分かりやすいのもステキです。

 

さて、「萌え」の形骸化の話はちょっとやそっとでしきれるものではないので今は置いておくとして。

自分が今回取り上げたいのは、特集の一つに日本民族を分ける分水嶺!? 君は二次元でシコれるか?」というコーナーがあったところ。ようするにエロマンガ・エロアニメ・エロゲーの話です。まあ「シコれるか」って表現とそもそもの「萌え」や「興奮」は別物だと思いますが、「抜けるか否か」は避けて通れない部分。日本人ほど絵に興奮できる人が多い国もいないでしょうから、掘り下げる価値のある問題だと思います。

ブロスはさすが雑誌というか、エロ写真集とエロマンガという雑誌区分で考えているコーナーなので、そこの雑感を書いてみます。

 

●ストレートかどうかは二次元と三次元の壁とはまた別のところにある●

さて、「萌え」文化と切り離せないのが、男性が見る女性イメージの話。ようするにエロ

写真集とエロマンガ、そこにストレートさがあるかどうかという問いで、こんな写真が載っていました。

うん、割と目を疑いました。

LOですね。

それは、比較対象としてなんか違う気がするよ! エロマンガの中でも特殊な雑誌だよ!!!

買う層が被らないにもほどがあるよ。

あーびっくりしたなあもう。

ただ、「人はストレートなエロを求めているかどうか」という視点で見るならば、ある意味極北にある雑誌です、視点の一つとして考える価値は十分にあると思いますが、出る結果は極端なような。

三次元:北海道出身雪肌GALと濃厚ハメ

二次元:ロリコンに春はこない

(見出し対決より))

うん、やっぱり比較対象なんか間違っちゃってる気がする。面白いですけど。

テレビブロス編集部にLO好きがいるとしか思えません。いたら是非仲良くしてください。

最近の若い男子の間では、童貞が増えているという。彼の多くは特に彼女が欲しいとも思わず、恋愛ゲーム『ラブプラス』に熱中しているという。

(中略)

若者の意見としては…

「普通のエロ本は生々しく抵抗がある」「二次元だと嗜好に合うものが見つかる」「リアルではあり得ない設定が楽しめる」といった意見が多く聞かれた。

(中略)

10代はというと、三次元のエロ本に嫌悪感を持っている人すら見られ、「普通のエロ本の表紙が下品」「生々しくて苦手」という意見が聞かれた。

(記事より)

どこでとったインタビューなのかが気になりますが。

むしろオタクだって「本当に心の底から彼女が欲しくない」男子なんてほとんどいないじゃろうに。そこはちょっとブロスの勘違いが入っている気がします。ただ、上の世代ほど「がっついていない」というのは同感です。

 

はて、この「生々しい」という言葉。実はかなりくせ者だと思います。

これだけ読むと「リアルな女性の身体が怖い」というように見えますが、そうではないと思うんですよ。むしろ女性のきれいなヌードは好きな高校・大学生は多いはず。

問題はそういう部分ではなくて、その背景にある生々しさだと思います。

 

ゴシップ系のエロ雑誌は、体験談や風俗情報に溢れています。女性のハメ撮り写真であふれかえっています。投稿写真系ならなおのこと。これが男性の中の性欲求をダイレクトに満たすのは非常によく分かります。

ようするにセックスの疑似体験なんですよね。

これを嫌う風潮は確かにあると思います。イケメンと女の子がヤっているのなんて見たくない、自分の疑似セックスなんて別に考えたくない、と。

 

オタク同士の会話で、自分の性体験話は割と御法度な場合は非常に多くあります。男女共に。

自分みたいに「もてない俺にそんな話するなムギギ!」ってのもありますが、結婚しているオタクが集まってもやっぱり似たような感じです。リアルな性体験の話はしたくない聞きたくない。

これはそれが嫌いだからではなく、「オタクとして楽しみたい=妄想の楽しさを共有したい」、として集まっている中に現実を持ち込まれるのがイヤだからです。現実から離れた遊戯をするために集っているのに、現実を持ち込むな、ということです。

まあ、もちろん人によるんですが、この感覚と「写真エロ雑誌が好かない」には似たものを感じます。自慰やそれに代わる思考は、ファンタジーの海の中での脳内遊戯だということです。

 

エロメディア的には「体験系エロ雑誌」と「ヌードグラビア」、「体験レポ系マンガ」と「エロマンガ」の差を考えた方が、ストレートさや生々しさに対する感覚が分かるのではないかと自分は思います。体験レポマンガやみこすり半劇場を読む層って、エロマンガを読む層と微妙に被らないんですよね。

 

●エロマンガ雑誌の表紙は下品ではないのか●

先ほどのインタビューにあったここが引っかかります。

「普通のエロ本の表紙が下品」

多分雑多でゴミゴミした、アジアンテイストな感覚のことを指すんだろうなあと思います。「エロ本」というよりも「ゴシップ誌」的な猥雑さには、確かに健全なエロス(女の子かわいい!というまっすぐな情動)の欠片もあったんもんじゃない。

では「普通でないエロ本」がエロマンガだとしたら、その表紙は下品ではないのか?と言われると…全然そんなことはありません。

 

2000年前後を境に、エロマンガ雑誌の表紙はどんどん似たものになってきています。

エロマンガ好きの人ならどれがどの雑誌か一目で区別がつくでしょうけれども、多分トラックの運ちゃんのように「なんとなく買う」層の人に「快楽天」と「ホットミルク」と「ペンギンクラブ」と「バズーカ」と「ヤングコミック」を並べても区別がつかないと思います。

特にその変化が分かりやすいのは、言うまでもなく「快楽天」ですね。

これが今月の表紙です。西安先生の描く肉感的な女性が目を引きます。

しかし、快楽天は以前は村田蓮爾先生の描く、およそエロマンガ雑誌とは思えないお洒落なデザインでした。

村田蓮爾先生とのつながりが切れたのか?というと全くそんなことはなく。

実は裏表紙をめくったところに載っています。

なんというもったいない! 西安先生の絵もいいけど、むしろこの泣いている女の子が表紙でもいいのに! …とオタ的には思うのですが。

わざわざ村田先生のイラストを巻末に移動してまで表紙を変えたのには、理由があるはずです。

そう、実際の数は知りませんが「売り上げ数」というどうしようもない理由が。

 

現在のエロマンガ雑誌の表紙は、先ほどの言葉を借りれば、ほとんどがいい意味で「下品」です。

特にコンビニ雑誌はその傾向が顕著で、

・肌色率が高い(露出が高い)

巨乳でふくよかな女性が圧倒的に多い

・題名は女性ですっかり隠れている

という特徴が一様に強くなっています。特に題名隠しすぎなのはエロ漫画雑誌の風習みたいになってます。

表紙の絵にストーリーはいりません。いかにエロいか。瞬発力の勝負です。

一応コンビニ雑誌でも「ばんがいち」は本誌が恋愛ストーリー重視なだけあって、表紙にストーリー性がありますが、最近は特殊プレイ物が増えているのでやはりちょっと変化球ながらも瞬発力メインと言っていいでしょう。

 

A5版やB5版の、コンビニには売っていない平綴じのエロ漫画雑誌は少し方向が違います。

ストレートなエロ、抜き特化の雑誌はコンビニ雑誌と似た表紙です。「MUJIN」「バスターコミック」「ANGEL倶楽部」などです。

これらの雑誌はエロマンガで言うとAVに近い存在です。「エロ > 物語」です。そのためどうしても物語としての深みがエロシーンに押し込まれてしまう欠点もありますが、日本の社会には絶対的に必要なものです。重要な存在です。

そういう意味では「生々しさ」ではなく、視覚的にストレートなエロ漫画が今は多いと言えます。エロ描写の技術の進歩についてはここ数年目を見張る物はあります。写真では得られない感覚の描写を断面図や擬音やふたなりなどを駆使して描写してきているのです。

快感描写の進歩は、職人芸の世界です。友人が言っていてすごく感動したのですが、物語が無くても「女性が感じている」というのをあの手この手を駆使して描写する様子は、今の伝統芸能です。それは、マンガでしか、できえない。

そう、ちゃんとエロいエロマンガは、えらいのです。褒められるべきです。

ありがとうありがとう。

 

●AV化するエロマンガと、マンガで居続けるエロマンガ●

一方「メガストア」「阿吽」「プラム」などなど、表紙に物語性のある雑誌もあります。これらは中に含まれているマンガも「エロ=物語」だったり「エロ<物語」だったりします。

今は出版不況の中なので、エロさを突き出さないエロマンガを描くのが非常に困難な時代でもあります。全ページ数の何割がエロシーンじゃなきゃだめ、とか。

しかしエロマンガは18禁媒体である以上に、「マンガ」です。エロマンガとしての需要を満たす、重要な部分が「マンガ性」なのです。

それを維持するためにはマンガとしての面白さを磨かなければいけません。

「もっとエロページを!」をという圧力。「じっくり物語を描きたい」という葛藤。

それが編集部と作家を常に苦悩させます。2000年前後の時期と比べて、がんじがらめになって自由がきかなくなっている感すらあります。

 

しかし強みもあります。

18禁だからこそ、他の一般誌よりも自由が利くということ。

今は一般誌も相当にエロ度が増しているのですが、ありえない世界観の発想や、社会への皮肉、ファンタジーとしての性描写は今のエロマンガがエロマンガたり得る理由のギリギリのラインになっています。「COMIC LO」なんかは、LOの理念とルールの中で描かれているからこそ成立している世界なので、LOから取り出して現実とすり合わせて考えるコトにはなんの意味もありません。それが閉じられた中だからこそ維持出来るファンタジーだからです。雑誌としては売り上げ的に継続できないけれども、アンソロジーとしてそのフェティズムやファンタジーを追究しているのは何種類も、今も存在しています。

 

チャンピオンREDいちご」のように一般誌でも境界線が曖昧なものが増えていますが、それはマンガの中のエロ表現の裾野が広がったとしてみるべきでしょう。

むしろ、最初の話に戻りますがテレビブロスが述べていた「二次元で興奮する心理」は、「チャンピオンREDいちご」や「メガミマガジン」などのような一般誌のエロから探した方が適確だと思います。

もう「萌え」という言葉を使うよりも、二次元フェチという方が近いですよね。二次元の女の子が、二次元的なシチュエーションで、二次元的なエロティックなポーズを取る。見えそうで見えない。

たとえて言うならば、AVそのものを見るよりも、映画や本の挿絵で突然出てきたちょいエロシーンの方が興奮する心理に似ています。それこそ「生々しい」からはちょっと遠い、第三者の位置からの覗き視点です。

 

●自分はどこから見ているの?●

「萌え」から派生する文化に対して、一人称的視点を持つか(俺・私とキャラクター)、三人称的視点を持つか(キャラ同士の関係に興奮する)も重要な点です。

エロマンガでも、キャラにシンクロするよりも、陵辱物よりもラブラブのカップルを見る三人称視点が今は圧倒的に増えているのも興味深い。あ、最近は陵辱後にラブ、という展開が増えていますね。やっぱり三人称視点。

 

その点、「ラブプラス」は完全な一人称視点でした。

「ラブプラス」内の「現実」は、今ここにある「現実」ではないので生々しくありません。

この適度な距離感こそが、桃井さんの言っていた「萌えの概念」に近いのではないかと思います。三人称視点にしろ、一人称視点にしろ。

ラブプラス同人誌 「吹き出しに名前を書いて、自分だけの同人誌に!」 - アキバBlog

いわゆる「ドリーム」と呼ばれる手法。コレ面白いですねえ。

 

「萌え」という言葉が残るかどうかは分かりません。言葉なんてすぐ変わる物ですから、そのうち別の言葉も出るでしょう。

しかし、何かの二次元的対象に興奮する・愛着がわく・性的興奮をする、というのは形を変えて続くはず。それをどんな角度から見せるかが、腕の見せ所、といったところでしょうか。

そして読者はそれをいかに受け取るかが、今後問われていくでしょう。

個人的な意見ですが、特にエロマンガに対してですが、やっぱり絵がエロいだけじゃなくて…「エロい、『マンガ』」が読みたいです!

難しい今の時代だからこそ、だからこそ…! マンガでしかできないことを、やってほしいのです。

 

「ラブプラス」だって、何も日本一億総員が「素晴らしい」と思っているわけじゃないです。何が何だかわからないよ、という人も当然います。

いますが、それはそれでいいのです。重要なのは「自分が何に対して喜びを感じられるか、興奮できるか」を自分で見極めることです。

逆に言えば、ラブプラスじゃないものに、今猛烈にはまっていたら「今は俺はコレが…好きなんだ!」と流行に乗らず「高まる」気持ちを大事に出来れば、幸せじゃないかなあーと。

とはいえ、ラブプラスが「二次元を超える興奮」を形にして出してきたことには本当に敬服します…実際に画面の恋人に、声を出して話しかける自分をどれだけの人が想像できたことでしょうか…あ、自分で考えたら案外想像しやすかったや。今も昔もアスカ大好きだし。

 

「快楽天」の話ですが、今の路線ももちろん嫌いじゃない、むしろ好きなんです。今月の関谷あさみ先生の、エロシーンの中から人間関係の機微を描く表現方法にはもう屈服しましたですよ。やっぱりすごいよ関谷先生。あとかるま先生のアホなんだけどエロい設定も元気でしたし。

しかし最近OKAMA先生の「めぐりくるはる」を読みなおして、猛烈に涙したので今回こんな記事を書いてみました。エロからにじむ人間関係が及ぼす激しい感動を見たい。見たいんだよ。