たまごまごごはん

たまごまごのたまごなひとことメモ

むぎが「カレーのちライス」だけ異色にしたのはなぜだろう?

コメントより。

たいし
『さっき放課後ティータイムの曲『カレーのちライス』を聴いていてふと思ったんですけど、むぎちゃんのキーボードが特徴のこの曲、どういう流れでむぎがこの曲を作ったのかすごく気になっちゃいまして!(笑)
そこでですね、たまごまごさんが以前『ふわふわ時間』の軽音部での曲作りの妄想(様子の再現)をしていてすごく楽しく見させてもらって、是非他の楽曲バージョンを妄想してもらいたいと思いました。』

妄想でいいの?!妄想しちゃうよゲヘヘ。
 
放課後ティータイム」の正式楽曲として収録されている「カレーのちライス」。ひどい題名ですが、原作の通りです。
かきふらい先生も、まさか「カレーのちライス」や「ふでペン〜ボールペン〜」がかっこいい曲になるとは思ってなかったんじゃないかしら。
澪のセンスは悪くないことが証明されたわけです。ほんとに?多分そう。
いずれにしても「作曲:琴吹紬」なのがポイントだと思います。(さすがにCDとバンスコにはクレジットされていませんでしたが。)
特に、ずば抜けてロックなのが「カレーのちライス」。キーボードのかっこよさが尋常じゃありません。

とりあえず、野生のむぎをご覧ください。イントロでつい「ハヤシもあるでよー」と叫びたくなるのは置いといて。
これをむぎが作ってバリバリ弾いているという設定に興奮しませんか。
 
どのキャラも好きですが、律は特に好きですが、「けいおん!」でロックなのはむぎだと思います。なぜと聞かれても困るけど「ロックだから」です。
きちんと計算もしつつも、攻撃的に感覚で攻め込める力持ってるのって、むぎな気がするんですよねえ。
 

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ここから先妄想になります。
むぎがロックオルガンに踏み込んで「カレーのちライス」を作曲したのはなんでなのか。何があったのか。
原作と全く違う二次創作なので、そういうの好かない人はスルーでお願いします。
長いよ!
 

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大好きなギタリストの新譜が出た。
梓の家は親が好きで大量のレコードを買ってはいるけれども、このアーティストの曲は自分で買おうといつも決めていた。だって、自分でお金を払って聞きたいと思うほど好きだから。
とはいえ高校生になったばかりの少女にとって、3000円の出費は決して安いものではない。『10GIA』の棚のお目当てのCDを目の前にしながらも、あっちをうろうろこっちをうろうろすることで「この空間でCDを買う」という行為自体を梓は楽しんでいた。
「梓ー、見つけた?あ、この人前梓の言ってた人だよね。渋いなあ。」友人の鈴木純が早々にCDの精算を済ませて駆け寄ってきた。洋楽ジャズのCDを買う彼女も相当渋いよなあ、と梓は思ったが言わなかった。
「ちょっと待ってね、あるにはあるんだけど、買うには買うんだけど、もうちょっと見てきたいかな。」
「うん、分かった…ってなんだあれ…!」
純は店内を流れる曲よりも大きな声で叫び声をあげた。
あわてて声を制しようとした梓も、反射的に純の指さす方を見た。
それはゆらゆらと揺れる、巨大なタワー。
CDの、タワー。
ざっと見積もっても身長より高いCDの塔を抱えて、すいすいと歩いているのは紛れもなく、自分がこれから通う高校の制服を着た女子高生だった。
髪の毛の色は薄く、さらさらと長くきれいだった。スポーツをやっているようには見えなかったが、全く重そうに見えない。もしかしてあれははりぼて?
彼女がCDをカウンターに置くと、ゆらりとタワーが揺れた。
うん、はりぼてではない、あれは相当な重量を持ってそびえ立つバベルの塔だ。
「あの…これ全部ですか?」店員がおそるおそる訪ねた。
「全部です!」女子高生は答えた。
「お支払いは……カード、ですか?」
「現金で!」
「あの…むぎお嬢様…ですよね…?」
「現金で!」
優しい声だが、荒々しい。
「…ロックだなー。」純が自分の買ったCDを落としそうになりながら、ぼそりと言った。
「ロック…というか…なんだあれ…。」
梓は自分のところまで押し寄せてくる気迫に押されそうになりながら、言った。
あんな音楽を愛していないような買い方、全然ロックじゃない。
なのに、その女の子から梓はものすごい強烈な感情の蠢きを感じていた。何かに向かって驀進している体温の波を感じていた。
梓が入学する前、まだ軽音部に入る前の話である。
 

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「えーとこれで『ふわふわ時間』、『わたしの恋はホッチキス』『ふでペン〜ボールペン〜』と。3曲分が完成だな!」
部長の律が全員分のバンドスコアを配っていた。
「りっちゃんありがとー! ぅおお、なんだか読めないけど、かっこいい…。」
唯が食い入るように『わたしの恋はホッチキス』のギターソロの部分を見ていた。どう見ても、目がギターのところを追っていない。
「あー…TAB譜まで作ってるんだから、いい加減ギターのパート読めるようになれよー。」律が唯の頭を、グルグル巻きにしたプリントでぽかりと叩いた。
「あいたっ! いやあー、むぎちゃんに弾いてもらった方が簡単なんだよねー。」
「いつでも大丈夫ですわ。言ってくれればお教えしますね!」むぎがにっこり微笑みながら言った。
「おお、さすがむぎちゃん!」
「まあ、唯ちゃんは感覚型だから耳コピーで弾けるのはそれはそれでよいとして、いずれはコード進行とかも理解してほしいから、ちゃんと読めるようにしましょうね。」さわ子先生が奥で紅茶を飲みながら言った。
「さわちゃん、たまにはいいこと言うなー、口の周りにクリームついてるけど。」
「りっちゃん一言多い!」
さわ子先生は丸めたケーキのアルミを律のおでこにシューティングした。
「あたっ!」
「なんと見事なコントロール!」
「そのうちチョークを武器に持ち返る日も近いな…。」
唯と澪が本気で驚きながら言った。
「うー、わたしのおでこが赤くなった…。あ、あとは『カレーのちライス』だけだな。」
「うん、ごめんなさい、今作っている所だから、もうちょっと待ってね。」
むぎは深々と頭を下げながら全員に向かって言った。
「あー、いいよいいいよ! ふわふわは前からあったとしても、ホッチキスもふでぺんも大分締め切りより早いし、まだまだ時間はあるから。本当にむぎはいつも作業がはやいなあ。曲もかっこいいし、弾きやすいように解説まで入れてくれるし、唯に演奏の仕方を教えてくれるし。完璧じゃん!」
律が手放しでむぎを褒めた。褒められるたびにむぎが顔を真っ赤にしつつ、だけども確実にバターが溶けるように嬉しそうにしているのが全員に分かった。
みんな、そんなむぎの幸せそうな顔を見て、自分達も微笑む。
「カレーも楽しみにしてるね!」唯が飛び跳ねるように立ち上がりながら言った。
「はいっ!」むぎも顔をとろっとろに溶かしながら言った。
 
「にしても…」律が首を傾げる。「なんで『カレーのちライス』って曲名になったんだ?」
「あ、それはだな…」もじもじしながら澪が話し始めた。「ほら、恋ってさ、多分なんだけど、熱そうだろ? その熱いのをカレーの辛さで表現して…。」
「あっ!なあむぎこのホッチキスのドラムの入り、こっちの方がかっこよくね? ずんだかだだんだん、だんだん、こう。」
「ええっ?! その、えーと…」むぎは澪と律の二人を目で追いながら、口ごもった。
「んー、こっちの方がいいかなあ。だんだかだだんだん、だだだん。こっちかなー。」
「あのー、そのー…」
ゴツン
「あいたーっ!」
「人にネタ振っておきながらスルーするなよ!」
澪は半泣きになりながら、ぐーで律の頭のてっぺんを殴った。
「もう、ジョークだってジョークー、ってかまたぐーで殴った!」
「もう一発殴っておこうかー?」澪は律のおでこを両手でぐりぐりしながら言った。
「痛い! 痛い! ギブギブ!」
「澪ちゃん、それ殴ってないよ!」
「あの、そう言う問題じゃ…。」
窓の外から、鳥の鳴き声が聞こえた。
「平和ねー。」さわ子はぬるくなった紅茶をすすった。
 

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「あれ、琴吹さん?」
その日の学校の帰りに、落下した糸が針の穴を通るような偶然で、ばったり彼女は出会った。
「あら、お久しぶり! 山田さん!」
「やっぱりそうだったのね! うわあ、覚えててくれたんだー。」
「ううん、そっちもー! 元気だった?」
「元気ー。もう5年ぶりくらいよねー。」
山田はむぎが小学校時代、同級生だった女の子だ。今も昔と同じように、真っ黒でつややかな長い髪を後ろになびかせているから、すぐ分かった。
彼女の家は両親が交響楽団の演奏者だった。彼女自身もまたピアノの英才教育を受けており、緻密な曲を弾きこなす姿に男子のファンも多かった。
「もうそんなになるのねー。懐かしいなあ…。」
「琴吹さんとはピアノのコンクールではいつも上位を争って、負けてばっかりで…悔しかったなー。」
山田はぎゅっと拳を握りしめる真似をして、笑った。
「ああっ、なんかごめんなさい!」
むぎは思わず頭を下げた。
「あら、やっぱりその癖治ってないのね。」山田は肩をすくめた。「冗談よ。すぐ謝るんだから。」
「あっ、その、ごめんなさ…あっ、また言っちゃった!」
「あはは、いいのよ別に、久しぶりだし。」
山田はむぎの側に寄りながら言った。
「引っ越したんじゃなかったでしたっけ?」
「うん、引っ越した。今日はたまたま久しぶりにこっちに来ていたんだけど、まさか会うとはねー。世界って狭いのね。」
「ほんとね。」
むぎは顔を上げながら、微笑んだ。その微笑みが一気に山田にも伝染する。
「昔のことは昔のこと。それより、いつか全国のコンクールに琴吹さんも出てくるんでしょ?そうしたら、そこでまた会うかもしれないじゃない。今日はその前哨戦よ!」
山田が脇を締めながら、ぐっと力を入れるようにして天を仰いで言った。
「あっ、実はわたし今、コンクールとか参加してないの。」
むぎは体をぴくりとさせながら言った。
「…えっ? やめたの?ピアノ。」
山田は顔を空からむぎに移した。顔には大きく『驚』の字が浮かんでいる。
「ううん、やめてないけど、ちょっと違うの。今ね、高校でバンドやってるの。ギターと、ベースと、ドラムと、私で。だからそっちに集中しようと思って。」
「あー、バンド、かー。」
山田の顔には大きく『理解』の文字が浮かんだ。しかし、どうもその声色がふわふわとおぼつかない。「バンドねー。」
「う、うん…変、かな…。」
どうにも不安定な山田の様子に、思わず不安になったむぎは訪ねた。
「いや、別に悪くないけど。でももったいなくない? せっかくピアノやってるのに。」山田はむぎの目を見つめながら言った。「あの頃、あなたのピアノ聞いて本当に悔しかった。ああ勝てない!って思った。だって私は原曲をそのまま弾いているのに、あなたは自由に楽しそうに弾いていたんだもの。聞いていて、飲み込まれると思った。絶対この人みたいになりたい、って私思ってた。」
「あ、ありがとう…でも…」むぎは山田の迫力に負けそうになりながら、ぽそりと言った。
「だから、また私と戦って欲しい。私今めちゃくちゃ練習してるから! 琴吹さんみたいにのびのびした曲はできないけど、私は私なりのテクニックを駆使して挑むから。だからそんなバンドなんてやめて、また戦おうよ。ね?」
山田の言葉には熱がこもっていた。こもりすぎて、むぎの表情を読み取ることができないくらいに。
「バンドなんて高校卒業したら終わりじゃない。でもピアノならその後も続けられるのよ。あなたが幼稚なお遊びをやっている時間の間に、みんなあなたのことを乗り越えてしまうなんてもったいな…。」
「幼稚だなんて言わないで!」
むぎが、突然怒鳴った。
「えっ?」
「山田さん、今言ったこと、全部取り消して。今すぐ、取り消して!」
「な、なんで? ピアノやってほしいって、私本当に思ってるのよ?」
「ピアノはまたやるわ。でも、私の…私の大好きなものを幼稚とか、お遊びとか…なんでそんなこと言うの?」
「お、落ち着いてよ琴吹さん。高校卒業してなくなっちゃうものにしがみつくのもったいないでしょう?私はそれを言いたいだけなの。ロックとかなんて長持ちしないじゃない?」
「私は…。」むぎは自分の中で高ぶる色々な感情をもう抑える事が出来なかった。自分の右の目から、左の目から、涙があふれているのにも気づかないくらいに。「私は、今すごく楽しいの。曲を作って、みんなで練習して、演奏するのが楽しいの。みんなとすごすのが楽しいの。確かに幼稚かもしれないけど…でも私、みんなと音楽やるのが、バンドやるのが…。」
「ご、ごめんなさい琴吹さん、ちょっと落ち着いて。」
「…ごめんなさい!」
むぎは、涙でぐしゃぐしゃな顔を隠すのも忘れて、その場を駆け去っていった。
山田は、それを追いかけることも出来ず、ただ立ち尽くしていた。
「また、ごめんなさい、なのね。」ぼそりと言った。「私も言っちゃったけど。」
 

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「あー、えーと…これは…。」
律は自分の前に置かれた楽譜を見ながら、絶句していた。
「これはー、そのー、『カレーのちライス』、ですよね?」
「はい…。」
むぎはうつむいたまま言った。明らかに気を落としており、いつものとろけるような笑顔はない。
「どれどれーりっちゃんみせてー…ってうおお、なんだこれ。記号?顔?」
「んー、唯は楽譜読めないから仕方ないとしても、これは私にも読めない…ぞ?」
「5拍子、7拍子…と。プログレだなこれ。…これは難しそうだな…弾けるかな…。」真剣に澪が悩んでいた。
「いやいやー、なんつーか、弾けるとか弾けないのー、問題じゃー。」律が苦笑しながら言った。「いや、悪くないんだけど、ちょっと高度すぎるというか、難しすぎるというか、これだと『21世紀のカレーのちライス』っていうかー。いや、こういうのもいいかもしれないけど、ちょっとうちらの技術じゃまだはやいっていうか!」
「ごめんなさい!」むぎが深々と頭を下げた。「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
壊れたレコードのようにひたすらに謝るむぎがそこにいた。言っているのは「ごめんなさい」の6文字だけなのに、彼女から波のように苦しさがみんなに押し寄せてきた。
「いや、謝らなくていいんだ! みんなが頑張ればいいだけだから、大丈夫だって!」澪が慌ててフォローに入る。しかし自分でも「ああ、飲まれている」というのは澪にも分かっていたのか、今一歩踏み出すことは、出来なかった。
むぎが涙を流さないようにしているのが、みんなにわかっていた。いや、多分あまりに困惑して、泣くことすら出来なかったんだろう。むぎは、椅子に座って、ただ顔を伏せていた。
ああ、とみんなの中からため息とも同情とも取れるような複雑な吐息が漏れた。
「なんか難しそうな曲だけど…むぎちゃん?」
「…はい?」
「これ、むぎちゃんが演奏したい曲だったの?」
唯がむぎの方を覗き込んで言った。
3秒くらいの長くも短くもある沈黙のあと、むぎが言った。
「…いいえ。」
むぎは下をうつむいたままだった。
「やっぱりー。この曲全然むぎちゃんらしくない! 私は音楽とか詳しくないけど、なんていうのかそのー、無理してる感じがする。やりたい曲だったら、難しくてもがんばるけど、なんかむぎちゃん楽しそうじゃないよ!」
唯は、力強く、でも語調は柔らかく、むぎに言った。
「うん、ちょっと、無理しちゃった、かな。」むぎは言った。
「そっかー、全部むぎに音楽のことまかせっきりだったしな。わたしたち作曲とか出来ないし…無理させちゃってごめんね。」澪がむぎの手をそっと包んだ。
「あー、そうだなー。むぎが何でもやってくれるからって頼り過ぎちゃったなあ。ごめんね。迷惑かけちゃったね。」律もその手の上に自分の手を重ねる。「もうそんなに頑張らなくていいから、気楽に行こうよ!」
 
「違うの!」
むぎが二人の手をそっと避けながら、ひざに両手を握っておいた。肩にぐっと力が入り、体がこわばる。「違うの、頼って欲しくないとか、迷惑だとか全然思ってない、思ってないの。」
律と澪から、ああ、と声が漏れる。二人とも、むぎの本心のことは分かっているつもりだったが、受け止め切れていないことに気づき、どうすればいいのか戸惑った。自分達だって、そうだったことがあるのに。
「私、」むぎが絞るように話し始めた。「私、ここが好き。軽音部が、みんなが、好き。だけどそれだけじゃだめだって、私、みんなのために何かしなきゃって、じゃないと居場所がなくなるんじゃないかって、心配で、怖くて…だから頼って欲しいし、だから頑張りたいし…でも、分からないの、全部なくなっちゃうんじゃないかって、もしかしたらここに居場所は無かったんじゃないかって、だから、だから…。そしたら、曲作ろうとしても前みたいに出来なくて。勉強不足なんだと思ってCD屋さんでロックのCD沢山買っていっぱい考えたんだけど、どんどん分からなくなっちゃって、楽しそうにみんなで演奏している姿が、どこにも、見えなくなっちゃって…。」
むぎはふるふると震えていた。
今の彼女は暗闇の中を手探りで進めずに立ち往生しているように見えた。進んでも下がっても、手がかりがない。世界は自分一人しかいないんじゃないか、自分すらもいないんじゃないか、行き場なんて、最初から、あったのか?
「私、ど、どうすればいいのか、分からなくて…。」
「いやまあ、3曲でも大丈夫だとは、思うよ? まだ時間もあるし…。」律がしどろもどろに言った。実際、新歓での演奏は3曲でもなんとかなるだろう。もちろん、問題がそこではないことも、分かってはいたが、今はどうしようもない。
「だめ、だめ! それは絶対だめ! だって、みんなで…決めたんだもん…。」むぎは目の前の何もかもが崩れ落ちるかのような錯覚に襲われていた。間違いなく、彼女は、震えていた。何を言っても、砂の塔サラサラと崩れてしまって、彼女の両手からこぼれ落ちてしまう。
「むぎ…。」律と澪はむぎを見ていたが、どうすればいいか分からないまま何も声をかけられないままだった。
 
「ねえ、むぎちゃん。」
唯がそこに割り入るように言葉を滑り込ませた。
「むぎちゃん、カレーライス好き?」
「は?」
「へ?」
「え?ええ…。」
一同の頭の上に、一斉に『?』が浮かんだ。
「甘いのが好き?辛いのが好き?」
「辛いのはちょっと、だめかな…。」
「中辛?」
「嫌いじゃないけど、甘めの方が好き…かな…。」
「そっかー、うんうん、そっかー。」唯は突然それをメモに取った。「じゃあ憂にそう伝えておくよ!」
「いやいやいやいや、そういう話じゃないだろ?」律がすかさず突っ込みを入れる。
「やー、わたしも辛いの苦手なんだよねー。でもさ、カレーは辛いのが美味しい、辛い方がえらい、みたいに言われると、ちょっとへこむんだよねー。辛いの憧れるじゃない。」
唯がそこまで言って、はっとむぎは顔をあげた。
「あ、…うん、憧れる。」
「それを憂に言ったらさ、『辛いのがえらいんじゃないよ。憧れて背伸びするのもいいけど、好きなカレーの味が自分にとって一番おいしい味なんだよ。』って言われて、あ、そっかーってなったんだよねー。」
「うんうん!」
「むぎちゃん多分今、辛いのに憧れてるんだと思う。激辛だよ! 辛すぎて舌ひーってなるよ! でもまだ、私たちにとっての『おいしい』じゃないと思うんだよね。私音楽とかよく分からないんだけど、今まで作ってくれたむぎちゃんの曲、私大好きだよ。世界で一番、大好き!」
「そうだぞー、難しいのやかっこいいのも憧れるし、背伸びしたいけど、私たちの曲はむぎにしか作れないからな!」律がむぎに肩を回した。「澪の歌詞も変だけど、世界に一つだけで、私は好きだぞ!」
「ほ…ほめるかけなすか、どっちかにしろ!」律の頭をコツンと叩きながら、澪は顔を赤らめた。「でもその、…ありがと。」
「私も! その…ごめ…じゃなくて、ありがとう!」
むぎは顔を上げた。泣かなかった。泣いたりなんてしなかった。
みんなの顔を見た。
ここにいる。
みんな、ここにいるじゃないか。
「えへへー。」
「えへへー。」
律と唯と澪と、みんなむぎを見ていた。
「中辛はおあずけ、だな。澪も食べられないんだろ?」
「うん…甘口の方が…。」
「じゃあ、私たちのカレーは甘口『が』いいんじゃないかな!」唯が元気よく言った。そしてそのまま、むぎの手を取ると、ガバッ!と立ち上がった。
「きゃっ!」
「私、むぎちゃんの新曲演奏したい! そして、むぎちゃんがいつもみたいに笑うのが好き!」
「わ、私も、みんなのこと、好き! 世界で一番、好き!」
今度はむぎは、自分から立ち上がった。
「えへー。照れるなー。」唯はもじもじした。
「なんだそれ。」律が笑いながら、唯のフトモモを指で突いた。「まあでも、こんな辛口に背伸びするのはちょっと面白かったよな。ただ、これは大人味だなー。なんというかー、だけど限界、辛すぎてもうダメって感じ。」
「それ、私の歌詞じゃないか!」澪が体をすくめながら、律をぽかぽか叩いた。
「あたっ、いたっ、み、みおしゃん、痛いです!」
「そうだなー、じゃあ、私からお願いしていいかな。時間いつまでたってもかまわないから。」唯がむぎの両手を握りしめながら、言った。
「…はい?」
「むぎちゃんが楽しくなる曲聞きたい!」唯は目を輝かせた。「かっこいいとか、かわいいとか、そういうのはいいよ。むぎちゃんがね、楽しくなる曲がいいな!」
「私が、楽しくなる曲…。」
「でも、ここでちょっと辛口だ! むぎちゃんが目立つ曲にしよう!」唯が、叫んだ。
「ええっ! いや、私は目立たなくても大丈夫だから…。」むぎは慌てて言った。しかしその目は先ほどと違い、光がこもっている。
「むぎちゃんが頑張ってるってところ、みんなに見てもらうんだー。そして憂とかに『すごいでしょう!これが私の友達なんだよ!』って自慢するの。私の大好きなむぎちゃんは、こんなにすごいんだぞ!って。」
唯は、握った手に力を込めた。
「分かりました!」むぎは、唯の手を握りかえした。「やります、私、がんばる!そして、私、みんなこと好きだって、言いたい!」
「あはは、もう言ってるじゃん。」律がむぎに言った。「でも、その方がむぎらしくて、好きだぞ。」
「だな。曲ももちろん好きだけど、みんなむぎの事が好きなんだよ。」澪も言った。
「私、私…。」
むぎはそれまで我慢していた涙が、一気にあふれ出してきたのを感じた。ぐっと手に力が入る。
「甘口がいいっていっても、手を抜いたらだめだぞ?特に律と唯、いいか?」澪が微笑みながら、二人に言った。
「うへー、ま、まださぼってないのに!」律がふざけながら、澪とむぎにしがみついた。
「きゃっ」「うわっ」
「私も!!!」
唯も3人に抱きついた。
その弾みで、紅茶がこぼれた。
「わーっ!」
「また唯かーっ!」
音楽室から漏れたぎゃーぎゃー声は、外に漏れて鳥の鳴き声に混じった。
 

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「紬先輩って…」梓がギターを拭きながら言った。「というか、紬先輩が一番ロックですよね。」
「へっ?」むぎはキーボードのシールドを指しながら、素っ頓狂な声をあげた。
「あー、わかるわかる。唯も相当天然だけど、むぎはそこに天才が加わったみたいなもんだからな。」澪がベーアンの位置をずらしながら言った。
「天才って、そんな…おおげさな…。」むぎがもじもじと照れている。
「『カレーのちライス』のキーボードの部分とか、なかなか作れないですよ。律先輩は走っちゃったり、唯先輩は音間違ったりするけど、澪先輩がしっかりキープしている上で紬先輩が自由に飛び跳ねているみたいで、これすごく好きです。」梓はチューナーの針を見て音程あわせをしながら言った。
「いやー、そう言われると照れるなー。」唯が言うとすかさず「いや、ほめられてないから! っていうか梓きついなー…」と律が突っ込み返す。
むぎと澪はそれを見ながら苦笑した。
「紬先輩って、ものすごく研究してるんですよね。私、入学する前にCDショップで見ましたよ。いつもあんなに買ってるんですか?」
梓が言うと、一斉にみんながむぎを見た。
「あっ!いえ!その…。」しばらく間を置いてから、言った。「私、今好きな音楽だけを買うことにしたの。だから、あれは一回だけ。」
それを聞いて、律・澪・唯・むぎは顔を合わせた。
色々考えたりして、誰からともなく笑った。
クスクス笑いがゆっくりと溶けていく。
「今度の演奏の時は、山田さんも呼ぼうかな。」むぎが言う。
「ピアノ上手いんだよね? 聞いてみたいなー。会ってみたいなー。」唯がはしゃぐ。
「あれ…私だけ仲間はずれ…ですか?」梓はちょっと苦笑した。
しながら、4人の間に流れる空気の優しさに、とてもホッとしていた。
なんだかだらしなさそうで、何をやっているのか分からないけど、いつもこの4人は微妙なバランスで楽しい時間を守ろうとしている。
みんな、お互いが好きなのが、すごく伝わってくる。
私はやっぱり、この4人だからいいんだな。
そう思った。
 

 
むぎが辛いカレー好きだったらごめんなさい。
友人に「唯が入らなかったら多分3ピースのプログレバンドやりそうだよね」と言われて、すごく納得しました。ありそうだし、聞いてみたいけれども。
澪と梓はこつこつ練習型っぽいですが、唯が直感型で、むぎがそれらをトータルして曲を作っていく感じ。多分「軽音部のために書いてる」意識が強いんじゃないかなあと。妄想ですが。
律がそれを引っ張る蒸気機関車。燃料は澪。
if。梓が曲を作ったらジャズ寄りになるのかしら。律はメロコアっぽいの作ってきそうだけど、洋楽寄りになりそう。澪は乙女チックなの一択で。唯は…憂に作ってもらう…とか。歌詞は作ってましたね。憂への愛たっぷりで。イイ姉妹ダナー。
 
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