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2009-11-27 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[][]創作活動と「晒されたもの負け」の恐怖。

以前はpixivってあんまりブログやサイトで紹介すべきではないんだろうなー、なんて思っていたことがありました。

まあ、今でももちろん18禁やグロやBLなんかは、なんでもかんでもすべきではないだろうなあと思っています。サムネ見えちゃいますし、あんまり目立ちたくない方だっていっぱいいます。*1

ようは「こっそり楽しんでいる人の方が圧倒的に多いんじゃないか?」と思っていたからです。実際、初期はそうだったと思います。

 

しかし、1年くらいであっという間に様変わりしました。

最近は「サイトの紹介よりもpixivのアドレスの方がうれしい」というような話を各地で聞くようになりました。

また、絵置き場のアドレスがpixivに直結になっている絵師さんのサイトもめちゃくちゃ増えました。ブログに貼り付けるためのフォーマットが自動生成されるのですが、それを活用している人が本当に多いです。

「できればpixivで、どんどん見てね」という姿勢の方が現在、増えつつあります。

 

もちろん全員がそうだというわけでは決してないです。

しかしなるほど、pixivだと一枚単位で「何人の人が見たか」「この絵はどう評価されているか」がわかる上に、コメントやブックマーク匿名じゃない人からコメントをもらえます。ダイレクトに反応が分かるので勉強にもなるし、やっぱりコメントもらったらうれしいわけです。サイトだとなかなかコメントやブックマークって、出来ないですし。

実はそれだけではなく、pixivだと「その絵師さん一人きりで守る場所」ではないので、比較的安全なんだとも思うんですよ。

もっともブログなんかの形式だったら検索すれば一発で引っかかるような時代です、「見たい人だけ見て」という空間には決して向いていません。その分「誰もが自由に見やすい」という最大の利点もありますが、誰が来るか分からない。全く持ってリスクとリターンが背中合わせです。

かといってクローズドにしてしまうと、だれが見てくれているか分からない。作品がどう評価されているのか反応の見ようがない。これもさみしい。

絵にしろ小説にしろ音楽にしろ、そもそも「発表」するために作るからこそ、作品。SNS形式はそういう意味で同好の士が見つけやすいため、安心感が半端ではありません。

とはいえ、ネットに存在するのは「見て欲しい人」ばかりではありません。好意を持った紹介ばかりではなく、悪意を持った「晒し」が存在します。

だから恐ろしい。

 

ウサギを喰い殺すワニの群れ●

なんでこんな話するかというと、今月の「妄想少女オタク系」が怖いからです。

できれば今までの流れを読んだ上で見て欲しいんですが、今までを読んでなくてもいい、今月号だけでも見て欲しい。

「ヒロインの女の子、まっつんと浅井の二人がBL好きで、サイトを立ち上げて地道に活動している」とだけ分かっていれば十分です。

 

好きな作品があって、それに対して色々愛情溢れて何かを作りたいと考える。

至極よくある普通のことです。

とはいえ、文章なり絵なり音楽なり動画なり作るのは非常に労力のいる仕事でもあります。なんといっても「思いつく」のは誰にでも出来ても、完成させるのは本当に難しい! 作品、として形にするのは「好きだから」だけでは伝えきれない、猛烈な努力が必要になります。

現在ネット上にあがっている数多くの作品は、50%の「好き」や「楽しい」と、50%の「努力」や「根性」で出来ています。いや、もしかしたら10%・90%かもしれません。

それでも作りたい、と思う気持ちがあるんです。

 

この二人の少女も、至って純粋な気持ちで同人活動を始めました。サイトに作品をアップしていました。

ごくわずかな人に、一緒に「面白いね」「楽しいね」と共有したくてです。

ちょっと面白いのは、自分達がやっている男同士カップリングが「正しい物」だとは主張してはいないこと。

あくまでもひっそりなんですよ。

「こういうの痛いよねー」「腐ってるよねー」「歪んでるよねー」

「でもさ、楽しいよね…!」

 

この作品、視点の行き来の中で、オタクじゃない人の目に触れてそれが「痛い」というのも分かって描かれているからすごい。

きちんと「オタクは時々道から外れた行動も確かにしている」「痛々しい言動もしているし、一般人から見たら恥ずかしいこともたくさんある」というのを、一般人を描写することで描いています。オタク万歳・BL趣味万々歳ではないんです。現実的に対面する問題から決して逃げていない。

それでもこの作品に出てくる女の子達が輝いて見えるのは、後ろめたさを背負いながらも「本当に楽しい」という思いを決して否定しないから。最初は否定したり迷ったりもしたけど、やっぱり好きな物は好きなんです。それで十分じゃないか。

 

とはいえ、現実は時として非情です。

自分の中でけりが付いて、色々悩んだり苦しんだりしながら成長して「でもこれでいいんだ!」と問題が解決した矢先、突然暴力はやってきます。

まっつんの目に晒されてる、というコメントが飛び込んだ瞬間。

囲まれている「〜お」の部分はまだいいですよ。

問題はその下。無数に並ぶ「腐」の字。「現役JKハァハァ」という書き込み。

サイトやっている人なら「ああ、あるある」というネタかもしれませんが、人の心をずたずたに切り裂くには十分すぎます。

 

ここで注目したいのは、直接的な悪口ではない、ということです。

「死ね」とか相手に書き込む人であれば、そもそもマナーとして無礼千万と叩ききることもできるでしょう。

しかしもっと意味のない言葉、内容のない書き込みなんです、彼女のサイトに書かれた言葉は。

 

個人的に他称としての「腐女子」がとても苦手です。自称ならいいんです。自分も「いやあ自分オタクだし、ロリコンだし」みたいに自分を下げて言うのはクセみたいなものですから。連帯感の中で生まれた、「わたしら腐ってるよねー」という軽いノリなら楽しいはずです。

しかし余所から浴びせる「腐」の字は相手の心を切り裂く言葉に他なりません。親しい友人が言うならかまいませんが、知らない人が浴びせるその言葉は、相手を低めて見ている蔑称です。

 

何も考えて書かれてはいない、「腐」の字の羅列。意味なんて無いです。無邪気なんでしょう。

しかし、相手の中にある悪意は確実にディスプレイを通じて、心の中をぐちゃぐちゃにしてしまいます。

悪意はなかった? いいえ、そういうのを悪意と呼ぶんだ。

 

もちろんこの場合、「晒した人」がもっとも問題がある、というのは異論の余地がありません。*2

しかし、「晒した人」「晒された人」だけが目に入ってしまって、何か重大なことを忘れている気がします。

そう、面白がって無邪気に悪意を振りまく人が一番問題があるんじゃないか、ということ。そもそもそういう人がいなければ、晒されたからどうのこうのというのはないはずなのに。

ウサギをワニの群れに投げ込んだ場合、投げ込んだ人がもっとも悪意に満ちているのは分かっています。

しかしそれを食い荒らすワニの群れが「当たり前」だと感じてしまう状況こそが、一番恐ろしい。

 

●見えない恐怖●

まっつんがタフな精神力の持ち主だったら、先ほどのような書き込み程度では折れなかったでしょう。

「だから何を言ってもいい」わけではないです。有名だろうが無名だろうが、繊細だろうが強かろうが、人と人との言葉の交わし合いは最低限のマナーを守ることで成立します。

ただ、この子たちは高校生です。ましてや過去にトラウマのある子です。

無邪気な悪意は、鮮血で染まるほどに心臓をずたずたに切り刻みました。

最近は「オタク」であることに抵抗を抱かない人も増えました。「オタクになりたい」という声も聞くようになりました。時代は変わったなあと本当に思います。それはとてもいいことです。

しかし、今だろうが昔だろうが、いるんです。「オタク」であることによって、心に傷を負った人は本当にたくさんいるんです。

「キモイ」

「死ね」

「消えろ」

子供同士の中で使いがちな、ちょっと悪ぶっている言葉の数々。大人から見たら「そんな言葉使うんじゃない!」と尻ひっぱたきたくなる所かも知れません。そんな言葉を何も考えず使う人間の方が、世間にどう見られているかも分かっています。

しかし後ろめたい思いをしながらオタクをやっていた人間にしてみたら、それは相手の視線からの自分の否定です。学校社会自体狭い世界です。もうそこに居場所は、無いんです。

 

「そんなに怖いなら、やめればいいじゃん」

その通りです。やめればいい。オタク趣味から足を洗えばいい。

でも、感動して泣いたことを否定できるのか?

作品を読んで心揺さぶられて、本当に好きになった物を、自分は否定出来るのか?

できるわけ、ないでしょう?

キモチワルイかもしれない。誰にも理解されないかもしれない。ただその時感激して心を揺さぶった物を愛しているだけなんです。誰にも迷惑なんてかけていない。

だから、見ないで。構わないで。

 

自分は男性ですが、やはりそういう思いはありました。後ろめたくて長い間隠れオタクでした。

怖いんです。本当に好きな物を鼻で笑われたときに、どうすればいいのか本当に分からない。必死に好きな物を大事にしても、誰かが笑っている。こんなに怖いことはないです。

そういう経験が無ければ、「怖い」という感情は生まれないで済むかも知れません。そもそも何も悪いことはしていないわけです。性的な部分を含む場合は、まあ後ろめたいのはあります。見たくない人もいるから見せないようにしなきゃなー、と。でも「気を遣う」のと「恐怖する」のは別です。

オタクは一般のレベルより劣っている。そう思い込んでしまっているのは実はオタク側だ、なんてこともあるのですが、そう感じてしまうのは無邪気で何も考えていない、たった三文字です。

「キモイ」

 

一度そういう経験をすると、ことあるごとに恐怖がフラッシュバックします。「トラウマ」なんて書いたら本当に心の病気みたいになってしまいますが、そのくらい強く根付いてしまっている場合も実際あると思います。

上のコマのまっつんは、かつて太っていてオタクでバカにされ続けた、というトラウマから、ダイエットして美人になってオタクから足を洗いました。しかし本当に好きな物は捨てられないんです。だって好きなんだもの。

やっと自分の趣味を語り合える仲間が出来て、自分の居場所が出来たと思っていたところだったんです。

 

冷静に見れば、彼女の「怖い」はある意味誰もが経験しうることです。ネットというのは「誰が見ているか分からない」のがデフォルトです。

彼女だってその危険を分からない訳ではなかったはず。それでもサイトを作りたいと願ったのは、好きな物を共有したかったから。好きな物を語り合いたかったから。そして作った物を見て欲しかったからです。

もう一人のヒロインである浅井は、必死にまっつんを励ましました。そして「苦しんでまでやるものじゃないでしょ?」と言いました。

そう、苦しんでまでやるものじゃないです。楽しいから、好きだからやっているだけです。トラウマ掘り返してまでやるもんじゃない。

なのに彼女はぼろぼろと泣くんです。ぼろぼろと、何も語らずにただ涙をこぼすんです。

硬い表情のまま怒るでも泣くでもなく、涙がおさえられずそのままダダ漏らしになっているこのコマ。あまりにも複雑なオタクの感情を描いているカットだと思います。

 

「よし、戦いだ!」とケンカを起こす気にはならないんです。そこまでするものじゃないし、誰が「悪い」というのも分からないし。

ただ、自分たちがいた場所が土足で踏み荒らされたことが悲しいんです。ただ、理不尽を甘受するしかないこの状況に耐えきれないんです。

答えがわからないから黙っているしかないんです。

 

●どうしようもない世界の中で愛を叫べない●

恐ろしい回でした。

オタクであれば誰にでも起きうる状態ですが、ここから大逆転で彼女たちが荒らした人を一網打尽にするようなカタルシスはあり得ません。誰かをぶん殴って終わるならいいんですが、そう言う問題じゃない。もうこれは「起きた事実」として淡々と綴られるしかないんです。

かといって「オタク迫害だ!」とか「腐女子に対しての暴力だ!」と怒り狂って言葉でねじ伏せてもどうしようもないんです。誰もがオタク趣味を認める世界にしても仕方ないし、そもそも権利を認めさせるために彼女らはサイトを作っていたわけじゃないからです。

好きなものがある。楽しいと思ったことがある。コミックスでは本当に心の底から「楽しい!」と感じ、一生懸命邁進し、努力し、青春を謳歌していた姿が描かれています。

それが理不尽に失われた、という事実だけがここにあります。

 

「大人になったらこれもネタにして笑えるようになるよ」と言うのは簡単ですが、意味もなくワニに食い荒らされたウサギの心を救うことはできません。

正直、どうすればいいのか皆目見当がつきません。一旦ネットから距離を置いて、時間がたって心が落ち着くのを待つほかありません。本当に理不尽でしかたないけれども。

「晒されたもの負け」な世界の仕組みが変わる日は来るんでしょうか。

 

-----------------------------------------------------------------------

 

なんか後味の悪い文の締め方なので、せめてもの蛇足。

一生懸命やっていることを笑う人の感覚が分かりませんし、分かりたくないです。

でもそれは、自分だけじゃなくて誰もが思っている当然のことだ、というのも最近分かるようになりました。

本当に好きなことを大切にして、必死に努力して形にしている人のことを笑う人なんて、あんまりいないもんです。たとえそれが後ろめたい気持ちのあるオタク趣味でも、理解はされなくても、ちゃんと受け入れてくれる人は思ったよりもいるものです。

ただ、100の人が受け入れても1の人が暴言をはいて無邪気な悪意を振りまくとき、人は傷つきます。

それを0にする、というのは絶対に不可能。世界中に恐ろしいほどの人がいるんですもの、本当にどうしようもないです。だからその「1」の暴言に傷ついたが為に、過剰な検索避けをせざるを得ない人がいる心理も分からなくはないです。

けれども、1の人の暴言を真に受けて心折れてしまう経験は誰にでもあることですが、100の人の言葉を忘れないで欲しい、とだけ叫びたい。

世界の全てが人をだましているわけじゃない、受け入れてくれている人がいることを忘れないで!

 

まっつんはどうやって心の傷を乗り越えていくのか、気になって仕方なくもあり、見るのが怖くもあります。

しかしここまできたら、是非とも綺麗事ばかりではなく「好きな物を大切にする生き方」の山谷をしっかり描いて欲しいです。

なんだかんだで「でもやっぱり好き」という思いがあるから生きていける、んだなあ。

 

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*1:pixivのシステム的に必ず一度はTOPに出るので、まあ普通の絵の場合目立たないってのは無理なんですが。

*2:そのへんはちょっとネタバレに関わるのでここには書きません。

md2takmd2tak 2009/11/27 09:13 ちょっと気になったんですが晒してる連中が「これは自分達の趣味だから見るな」と言われたらどうするんですか?

guldeenguldeen 2009/11/27 15:38 ブコメにもありましたが、「バカに見つかる」(猿岩石・有吉流に)事で発生するリスクを個人が負うには、やはり個人単位のブログでの活動では難しいものがある気がします。
あまり公表されてないだけで、たとえば漫画家・作家に対するファンレターの内容に関しては、昔からそれこそ『マジキチ』なレベルの物が決して少なくなく、それゆえに“編集部”というバリヤーで作家をガードしているのは、業界では常識以前の話ですし。(ただ、その範囲での話で収まらなかったのが、古くは社会問題になってしまった手塚や赤塚への「マンガバッシング」・および最近だと遊人など作品の『成年コミック』騒動だったわけですが…)
そういった「個人叩き」への障壁となる存在としてのpixivなどSNSは、人同士のコミュニティを保つためにも、これからは必須な存在ではと思われます。

またこれは、あくまで「他者を叩く事で自分の優位性(そんなものなんて無いのにね)を保とうとする心理」がもたらす現象なわけですが、「好意のあるバカに見つかる」例はさらに厄介です。その典型的な例が、例の『石川遼フィーバー』ですね。マナーを知らない客が引き起こす騒動は、当の遼くんの成績にも“被害”を及ぼしているとなると、これはシャレでは済まないレベルだと感じます。

bk52fgjijnybk52fgjijny 2009/11/27 18:04 こんにちは。前半だけ読みました。私はネットの書き込みなどを見て、犯罪者ではなくても思ったよりも悪人がいることに(同じ人が多数に見せかけているのかな?)驚き落胆しました。リアルでは私達はそういう場所には行かないようにしているだけなので出会うことは避けてはいましたが、ネットではどうしても見せられてしまうのは残念に思います。いずれにせよ、悪とは関わらないに越したことはありませし、関わらなくて済むようなセーフティーシステムが欲しいですね。入り込んでも排除できるような。

navnav 2009/11/27 23:27 公表する以上、その作品は作者の物ではなく公共物となってしまいますから、
悪意で傷付けられてしまうのは仕方ないですね

通りすがり通りすがり 2009/11/27 23:51 自分の作品を「外に晒した」のは本人なので、それを叩かれたくないのなら、最初から公開なんてするなっと、昔2chに晒された経験も有る自分は思うのですが。
「叩かないでください。私は繊細なんです」って鼻で笑って蹴り飛ばされますよ。甘えにしか見えない。誰に甘えてるのか解りませんけど。

負債総額66億ゼニー負債総額66億ゼニー 2009/11/28 00:06 どうも、初めてコメント致します。

自分なりにこのエピソードの落とし所を考えて見たんですが

「ネットはまだ怖いけど
 イベントに来たら仲間が沢山いて元気が出た!
 またガンバロー!」
的な感じ+

「やーっ自分も昔荒らされた事あるけど、アホか知るかつーのw」
という感じの同人先輩とイベントで知り合って
荒らし対策をアドバイスしてもらうってのは、どーでしょうか?


結局のところ誹謗中傷する人はどこにでも居るワケで、それを
根絶しようとかブロックしようとか目の前から消そうとしても
いずれその繰り返しになると思うんです。

だからそーじゃなくて、居ることを承知した上で耐える心許す心
が必要なんじゃないかと思います。

具体的には、荒らしコメントの削除ボタンを心静かに無心に

「削除ッ 削除ッ 削除ッ 削除ッ 削除ッ 削除ッ 削除ッ…」

と、クリックし続けられるような強靭な心w

H.StypeGB-1H.StypeGB-1 2009/11/28 00:11 敵意があるならまだいいんですよね。戦えますから。
だけど生理で書かれたものには痛みを堪えてうずくまるしかない。
自分が「普通」から否定されていると理解してしまうから。

それに気付いてから、私は無知が大っ嫌いです。
悪気が無いのに取り返しのつかない被害者が出るなんて、救いようが無さ過ぎる。
努力と時間と愛情を込めて少しずつ積み上げたものを、何の気なしの数秒のタイピングが等価値なんて理不尽すぎる。

それでも、こういった「災害」はどうしようもないんですよね……だからといって怒らずには居られないんですが。
そろそろこの世界にも一人が傷付けられたら十人が癒し、盾になってくれるような組合が必要なのかもしれませんね。

thth 2009/11/28 00:31 やはり、公開することのリスクを負いたくないのなら、ソーシャルネットサービスなどで閉じた仲間を募るのが最善ではないかと。嵐が悪いのは当然ですが、晒されるとか普通にされますし、そもそもインターネット上のリンクの概念に対する問題(一時期の無断リンク問題とか)とかからしてもマナーはおいておいて、完全に悪というわけではないきがしますし。その辺の割り切りが出来るかどうかが、経験の差であり、ドラマだと思いますが。

BLACKBIRDBLACKBIRD 2009/11/28 08:40 最近ふと気付いて腑に落ちた言葉…「キモイ」。
日本語には英語圏で言う所のF○ckと言う言葉が存在しないと言われてきましたが、「キモイ」こそ、人間の全人格・全存在を否定する日本語最強の罵倒語かと…。
英語圏でF○ckと罵ったら、その場で殴られても刺されても、殺されても納得する位の言葉だそうですが、多分、「キモイ」はそれに匹敵する言葉なんですよ。
本来、キモイってのは害虫のゴキブリとか蛆とかそう言う対象に向ける呪詛ですからね。
人は如何に軽々しく他者の心を殺し否定していると言う事実が露わに成る言葉ですなぁ。
キモイと言われ慣れているオタ・腐女子の皆様…はメディアとメディアに乗せられた罵倒趣味の人達に洗脳・騙されてないか疑った方ががいいんじゃないかと…。
本当に善良で、他者を傷付ける事を余りにも良しとしない、人が良い人が多いですから。

tyokoratatyokorata 2009/11/28 10:32  こんにちは、読み応えのある文章を読ませていただきました。たまごまごさんの仰る無邪気の悪意の件については、中古騒動で有名な『かんなぎ』のケースが分かりやすいですね。

 大衆の悪意というか、世界の悪意というか、常に生贄を欲しがっている大衆と言う存在に向かって、自分が好きなものを発信すると言うジレンマが興味深いですね。

 私の好きな漫画のトライガンで出てくる台詞の「助けてくれ、ここは人間だらけだ」の真意は、悪意も善意も込みで「人間」という存在と相対していかなくてはならない現実だと思います。

 ネットだから、オタクだからという枠組みを超えて、綺麗も汚いも受け入れて、人間という存在に立ち向かう事を紹介されたいいエントリでした。

nurvenurve 2009/11/28 10:48 作品を公開するってことのリスクの認識が甘いと思うなあ。自分は仲間内公開のつもりでも、プライベートなコミュニティの外からでも直リンクで見られるような設定なら、全世界に晒してるのと同じ。そうなったら、作者はもうまな板の上の鯉。それだけのリスクを負うからこそ、価値ある作品を作る人は賞賛されるわけで。

腐のような趣味に関しては、それが正しいものではないと認めていながら外の目に触れるようなところに置いておくのは、開き直りととられても仕方が無い。あわよくば認めてもらおうという甘えさえ見える。迷惑をかけていないというけど、正しくないものを公の場所で肯定する行動が、人の迷惑にならないと考えるのはいかがかなあ?

迷惑をかけること自体は、必ずしも悪いことだとは思わない。むしろ、価値観を戦わせる覚悟のある人には、人に迷惑をかけてでも譲れないものがあるっていうレベル。迷惑をかけていないつもりってのはなんだかなあ。

正しくないものを謹んで楽しむことが出来ないなら、迫害を受けるのは自然だよ。迫害自体も正しいことではないけど、仕方が無いよ。

メロンメロン 2009/11/28 11:30 なんだかなあ、この記事にしても、作者の視点にしても、ひとつ強烈な違和感が
「晒された」という表現そのものがおかしいと思います
HPを公開するということは、システム上どんな場所からリンクされてもおかしくないということで
「世界の誰に見られてもかまいませんよ」と了承ずみの行動ということです
「そんなこと了承した覚えはないよ」と反発されそうですが、WWWというものはそれを大前提に設計されているものですから・・・不特定多数の人に見られて困るものをネット上に公開するべきではないです
こういったWWWの理念をまったく理解せずに、そういった覚悟もなくネット上に作品を公開する人がいるからこういう騒動が起こるのでは?
少なくとも一方的な被害者とは言えないと思いますよ

「私は被害者、かわいそう」って演出がとても鼻につきました
実際ショックかもしれないけど、そのあたりの知識と覚悟が欠落していた当人の落ち度は無視ですか?みたいな

極論ですが、普通の人から見て気持ち悪い趣味だと自覚しているなら、「私はこういうものが好きなんだ、何が悪い」と嘲笑を跳ね返すふてぶてしさを持つ人しかネット上で活動しちゃダメですよ

素人素人 2009/11/28 13:32 インターネットってプロでも素人でもウェブ上では同等の表現者になれる所が素晴らしかったんじゃないですかね

そこで批判されたら自分達はプロではなく素人だからほうっておいて欲しい…とはいかないんじゃないでしょうか
線引きそのものが無いのですから

KKKK 2009/11/28 15:46 似たような経験あります。
絵がクソだと書かれたり、掲示板を荒らされたりしました。
いまでもむかつくし、悲しいですね。忘れられない。
通りすがりの人の「悪意」あるコメントに心臓を握りつぶされました。

この漫画は「腐女子」がテーマの様なので、「BL趣味」ってのがネットで叩かれた原因なんだとおもいますが、それでは理解出来ない人も多いと思うので、
たとえばこれが、「漫画全体」だったら?「ゲーム全般」だったら?
自分の好きな「何か」だったら?そう考えると、安易に叩いたり批判したりするのは控えて欲しいし、控えたいとおもいます。

メロンさんが「晒された」という表現がおかしいと書いていますが、
某2ちゃんには、特定の人のサイトやブログのアドレスを貼って、みんなで嘲笑して管理人の一挙手一投足を監視するという目的のスレッドがあります。
普通は「A」という作品が好きで、検索やそれに類するサイトやブログを見つけて…というのが公開してる管理人の考えているスタイルだと思います。

ですが、「悪意」をもって特定のサイトに「晒す」のはネット公開の「覚悟」の中に含まれているのか、甚だ疑問です。

774774 2009/11/28 17:01 記事、コメントともにとても興味深く読ませていただきました。

実際かわいそうな出来事ではありますが、それに対する厳しいコメントが多かったのは意外です。

こういう、インターネットに作品を載せる行為に対する考え方は、生まれたときからネットが普及している10代の方々と、分別が付く年齢でネットに触れた10代以上の方々で大分違うんだろうなと思いました。

場所や性別、年齢や立場を超越した空間で人と繋がることができるインターネットが、他人を(もしくは知人と分かった上でなお)理不尽に傷つけるだけのものになってほしくないなあと改めて思います。

 2009/11/28 18:37 うまく言えないけど
ネットは生活に必要な空間になったこと、
日本人はアメリカ人みたいに、作り手側でも観覧者側でも無関係な通行人としても、ハハハ知るかファックみたいに軽く流せない事、
ネットで活動してて、活動範囲や情報の規模の把握やコントロールは時に難しく、その手段を一緒に学んでいかないといけない事
現実では相手によって手加減を加えてたり反応を変えてたのが、ネット上だと力のコントロールが難しい事
そんな事をごちゃごちゃ感じた。

shinashina 2009/11/28 18:55 ワニの池にいるウサギが食べられてしまうのは当たり前
BLってそういうものだと認識しています
私は同性愛者ですが他人の領域に入ってきて自分たちの妄想を語るBLは苦手です
今回の話とはすこし論点がズレていると自分でも理解しています。
しかし、私たちが感じるアイデンティティの問題を、彼女たちの作品は一生取り上げないでしょうし理解もできないと思えば虚しい気持ちになります。

****** 2009/11/28 19:06 みなさんいろんな意見があるようですが、「配信した以上いろいろ言われるのはあたりまえ」「なんでスルーできないの」という厳しい意見の人は少しだけ言いたい。

まず、「晒す」という行為は単に作品の出来を非難したり批評するのとはまったく別の行為です。
たとえばAという作品があったとして、予備知識のない初見の人たちはそれをとても公平な目で見るでしょう。「面白い」「面白くない」「このシーンはいいね」「生理的に好きになれない」…いろんな意見があると思いますが、これらは『配信した以上言われてしかるべき感想』です。作り手も、最初からこれらの感想については悪い評価も納得するぐらいの心づもりがあります。
しかし晒しというのは最初からこの"公平"の目を摘んで、「Aって作品マジウケルwwww見てこれこーんなおかしいこと書いてるんだよwwww作者ってアホじゃね?みんなも見てきなよ〜!ぜったいそう思うから!プギャーって拍手でコメントしてきなよ!!」とネガティブな宣伝を行うのです。もちろんここまで過激な風に書きこむと「お前のほうが痛いわ」でスルーされてしまうので、書き込みの口調は極めて冷静だったりします。「このサイト痛いよね。みんなどう思う。こんなこと書いてるんだけど」と晒す。
痛いことが前提、絶対に覆らない真実であるようにみんなに紹介する。
当然、そこから流れて来た人の多くは「わあ、ほんとに痛いね」と思う。予備知識なしで見たら何とも思わなかった部分まで「痛い」と感じるのです。これが晒しの怖さです。

「配信した以上晒されても」理論もたしかに一理あるでしょう。
しかし「じゃあ晒していいか」というのは全く別の問題です。他人をわざわざワニの池に放り込むような真似など、本来しなくてもいいはず。自分ひとりで拍手にでも意見を投稿したらいいだけのことです。

「晒されても文句言うな。作り手は耐性がねーな」ではなく、「わざわざ晒すな。文句があるなら作者に直接、一人で言え」。

晒しは、直接作者に文句を言わずに不公平な予備知識を仲間に広め、人数を増やして集団リンチするという行いです。作り手の耐性がどうこういう前に、そういう卑劣な行為をまずは改めるべきだと思います。

おっさんおっさん 2009/11/28 20:18 厳しい意見を述べている方々もいらっしゃいますが、
個人の同人サイトの管理人を一表現者として扱うのって
フリーマーケットの接客でお客様扱いを望んだり、
公民館の展示スペースの市民の作品を痛烈に批評したりするような
違和感を感じます。

ネットという公のスペースにも趣味を同じくする人の集まりがあっても何の問題もなく(そのために注意書きのありますし)
そういったゆるいものを認められないのは単なる要求の暴走に感じます。

passengerpassenger 2009/11/28 21:13 2009/11/27 23:51通りすがりさん
私も基本的には同じ考え方をしますが、この件に関しては少し話が違います。
叩かれた本人が「何故私を叩くの私は何もして無いのに」と言ったなら、確かに甘えでしょう(正確に言えば無責任)
ですがこの話はその先にあること。自己表現が他人を不快にするかもしれない事を自覚して隠れてやっているにもかかわらず、それを白日の下に引きずり出しいたずらに集団リンチする。この場合匿名の無責任に甘えているのは集団リンチをしている側です

akak 2009/11/28 22:03 読んでて切なくなりました。
本当に晒された者負けですよね。
晒されたところで晒したほうが悪いとも言い切れない、
別に晒した方を言い負かしたいわけでもない。
だた辛い。

多感な時期にこれを経験したオタクは辛いと思います。
もっと年を食うと開き直れるようになりますが(笑

X6X6 2009/11/28 23:16 キモイって言葉に価値を感じ過ぎてるんじゃないですか。
他人からの評価ってものに価値を置き過ぎていると思います。
肯定されれば嬉しいけど、否定されたら悲しい。
それは分かりますけどそれに依存すると辛いと思いますよ。
創作系の人にはそういうことに敏感で繊細な人が多いと感じます。
たぶんそういう感受性が必要な世界でもあるんでしょう。
それは分かるけれども、そもそも世間の目ってものが
そんなに大したものだろうかと思うわけです。

世間の意見っていっても、どれほど各人の内発的なものですか?
僕には権威主義が席巻してるように見えるんですが。
テレビという権威が堂々とオタクを叩いている。
だから世間も叩いてもいい存在だと認識している。
それだけのことでしょ。
世の中には様々なマイノリティが存在しますが、オタクほど堂々と叩かれないのは
権威付けがされてないからですよ。
(はっきり言えばオタクは圧力団体を持たないからテレビに狙われるんです)
迷惑をかけてないからっていうのはその通りですが、筋論じゃないんですよ。
強弱なんです。
迷惑をかけようが強者なら肯定される世界なんです。

話を戻しますが、オタク自身だって自分の目で見てる人はほとんど居ないのでは?
だから自嘲することになるんだろうし。
そもそも今テレビでやってる番組の事にしか興味ない人がほとんどでしょ?
自分が面白いと思ってたかつての番組のキャラの絵を描くより
現在放映中の番組をフォローする方が明らかに多数の支持を得られるでしょ。
そんな中でこれはウケたから良いとか、ウケなかったから不出来とか
思わなきゃいけないのでしょうか。(商品としてなら別ですけど)
ネット上に公開するってのは、数少ないであろう自分と価値観の近い人を
探す為には意義のある行為だと思います。
でも人気投票に意味があるとはとても思えません。

通りすがり通りすがり 2009/11/28 23:29 2009/11/27 23:51の通りすがりだけど。
いや、そもそもの前提条件として隠れてない。誰も見てない事と隠れている事は別。隠れた気になって細々やってたのを勘のいい奴に見つけられて晒されたとか。馬鹿ですか?って話かと思いますが。

nnsnns 2009/11/28 23:37 ***さんに言いたい事があるのですが

まず前提として、私は晒す事について。そして、晒す側の人間については一切認めていない側の人間です

世の中は綺麗なモノだけしか存在しませんか?自分とは違うもの。自分とは違う考え方は存在しないと思いますか?
晒している側の人間は基本的にコンプレックスの塊です
自分よりも上手い。だから、憎い。ならば、相手を晒し不特定多数の人間と一緒になって叩き、貶して自己満足する
晒す側の人間の思考回路は至ってシンプルです
誰も彼もが負の感情。他人との比較と無縁でいられるわけがない
いじめが無くならない理由と一緒です
いじめ問題と全く一緒なんです。根底が
そうなると、いじめられる側に耐性をつけ行動してもらう以外に、この問題の解決方法は存在しないのです

そう結論付けている時点で、自分はもう汚れきっているのを実感しますけれどね

OO 2009/11/29 02:02 ふだん二次元美少女談義しかないたまごさんが・・・とか最初は思ってしまい、すみません。

たいていのオタクどもはハムレット型の人間(思索的すぎて実行力に乏しい)なもので、
悲しみを成熟させて悦にまで入ってんじゃないか?
これっていじめでもそうだけど、いじめる相手が他人を貶して悦入って、
他人からいじめられることで悲劇を演じるのに夢中になって(放浪息子での姉にいじめられる描写とか)。
てめえら本当に嫌がっているなら反抗してみせろって話だと思った。

ただ、そんな一ブログを許容できない周りの空気ってのも歪だ。
KYが流行る背景、出るくいは打たれる。
まあ2ちゃんとかのさらしにも似てね?
匿名でチョーシのって、言葉の重みを忘れているんじゃないか?
無責任にここで発言している俺も含めて。

ななしななし 2009/11/29 11:47 公開者にどれだけの善意があっても、場が否定的であれば、
その行為は「晒し」になる。
公開者にどれだけの悪意があっても、場が肯定的であれば、
その行為は「宣伝」になる。

情報の公開を晒しにするか、告発にするか、はたまた宣伝に
するのかは「結果」にしか依存していない。

今回は作品上、当事者の悪意も明確に表現されているけれど、
そしてこれまた作品上、判りやすく悪意が集まったけれど、
どうしてこう、判りやすいケースで悪を断罪するってのが
人は好きなんだろう。
これこそが、情報公開を「晒し」にする、まさに元凶だろうに。

FTFT 2009/11/29 12:08 はじめまして。
大変興味深く拝読しました。

「晒される」痛みは想像するだけで恐ろしいものと感じます。
そこで、なぜ「晒す」のか、「晒す」側の人間について考えてみました。

ネットウォッチ板や同人板などを覗いてみたのですが、
晒す対象の関係者の書き込みであったり、
あるいは対象がどんな人間であれ、
「オタク」「腐女子」「ゆとり世代」として同一視して憎んで(面白がって)いる様子であったりと、
「晒す」動機のほとんどは私怨にあると感じました。

創作物がよほど有名にならない限り、
作品の良し悪しで叩かれることは、あまり無いと思います。
そこで、創作活動で「晒し」の被害に遭わないためには、
私生活や作者個人の情報をあらわにしないのが有効な方法だと思いました。

自分のサイトに日記やプロフィールを設置する人は多いですし、
中学高校生くらいなら、学校の友達にサイトを見て欲しいと思う人もいるかも知れません。
しかし、創作活動を有意義に続けたいのなら、ネット上とリアルの自分は切り離すのが吉だと思います。

私は「晒し」を否定しています。
しかし、「晒し」をする悪い人間が居る以上、自衛も必要だと思います。

しかし、普段あまり深く考えないことを考えさせられる、この漫画のリアルさは恐ろしいものですね。
登場人物がどのように立ち直っていくのか(あるいは立ち直れないのか)、非常に気になります。

774774 2009/11/29 12:46 > 個人的に他称としての「腐女子」がとても苦手です。自称ならいいんです。自分も「いやあ自分オタクだし、ロリコンだし」みたいに自分を下げて言うのはクセみたいなものですから。

他称(?)されたくないことを、自称するのはやめたほうが良いです。そういうクセなら直すべきです。

たとえば、「どうせ、わたし馬鹿だから」という自称は、謙遜とはとられませんし、当然周囲も「お前、馬鹿だからなー」と(悪意なく)発言します。
しかも、こういう馬鹿自慢をする人間は、向上心を疑われます。「向上心もなく、このまま馬鹿で居続けるわたしを受け入れてほしい、受け入れろ」という甘え、身勝手さ、傲慢ささえ感じさせます。

rrrr 2009/11/29 15:54 作品に、ジャンルに、趣味に、他人に、ありとあらゆる自分以外の
何かに、自分の人格を仮託するんじゃねぇ、と思います。
BLが好きな自分が否定されればそれは全人格の否定なのでしょうか?
キモいで全てが否定されたかのような錯覚に陥る自分をまず恥じるべきだし、
全てを否定されることに対するコミュニケーションの解答を
持ち得ない不完全さを是正するべきとすら思います。
オタク、という括りそのものに自分をカテゴライズしても
何の意味も価値もないと言うことですよ。
だから無意味に傷つくのでしょう。
自らで自らを縛るような論調は好きじゃないです。

passengerpassenger 2009/11/29 16:26 2009/11/28 23:29の通りすがりさん
いやいや。見たら自分が気分悪くなるって事がわかってるのにそれをわざわざ見て掘り出してるんじゃないですか。自分の趣味に合わない、嫌いなら見なきゃいいのにそこに「ある」ことさえ我慢できず排除のために晒し袋叩きにする。そんなのはただの横暴です。あなたの「嫌い」は絶対の正義じゃない事を憶えておいた方がいい。

奈々氏奈々氏 2009/11/29 20:38 いつもいつも面白い考察ありがとうございます。
毎日ほどではありませんが時たまリンクとかでここに来て考えさせてもらっています。

makaroniさんの言いたい事はすごくわかります。とても正しいです。真っ直ぐすぎるほどに正しいと感じました。
この度の考察は”オタク”のみでないと思いました。
何かをするということは常に周りから何かしらハズれることだと思います。わかりやすくいうと出る杭は打たれる。

先に結論を申し上げますと今のこの世の中が間違っております。
どんな見苦しいものでも人が好きなものを本来は否定できるものじゃないんです。
少々本題から逸れますが最近TVでもよく取り上げられてることです。
最近の若い学生の方は常に携帯を手放さないそうです。
メールなど連絡がきて3分以内に返さないとイジメを受けるからです。
もはや好きだから携帯を手放さないのではなくイジメを受けたくないから手放さないのです。
趣味にしても本当にしたいこととは別にイジメを受けないよう周りに常にあわせてます。いわば話題合わせ、といったところでしょうか?本当に気の弱い子ですとそもそも本当の趣味すらできないでしょう。

最初は怖いからそうしていますが、気づくと自身もいじめる側に回ってるのです。無意識に悪意をばら撒く方に。
そうしていくうちにその負の輪は大きく広がっていくのです。
誰が始めたかなんて意味ないこと、臆病な人か、無意識に悪意をばら蒔く人か。


良識を持つことは罪ではありませんがとても、辛いことです。
自身が悪意を蒔く側に移った時、それを持っているとさらに辛いです。
ゆえに忘れてしまうのです。自分が何をしているか。
こんな世の中は確かに間違っています、けれどもその中で良識を保つ事が辛くなってしまいました。
これが事実だと、そう思うのです。

けもけも 2009/11/29 21:34 悪意は存在する。
笑って耐えろ。

針金針金 2009/11/29 21:54 なんだかんだで「でもやっぱり好き」という思いがあるから生きていける、んだなあ。

この一文に尽きるんだと思う。
これはオタに限った問題じゃないよ、きっと。
一般人でも、自分の夢や希望や志のために邁進してる人たちも
同じように感じてると思う。
他の多くの人たちと自分との距離が遠くて、自分が何か良くない者であるかのような感覚になる。

この感覚は「自分」を生きてるってことじゃないかな?
こう書くとなんか、美徳みたいな感じになっちゃうけど、そういうのじゃなくてもっと切実なもの。とても身近なものとしての「自分」。
好きになったもの=自分なんだと思う。
「自分」を生きて、「自分」を突っ走ってる。
そりゃ周りとの軋轢や無理解も起こる。
だって、「自分」なんだから。
他人じゃない。世間でもない。法律でもない。
正常・異常でもない。併せて同化する生き方じゃない。
「自分」だ。だから嘘のつきようがないんだと思う。
きっと、良い悪いは問題じゃない。
でも「自分」ばかりで周りを省みないのはエゴだ。
「自分」は「自分」だけで成り立っているわけではない。
それは社会も、国も世界だって同じだ。
それが判っているから尚、辛い。矛盾だ。
でも、何かを「好き」だってことは誇っていいことなんだと思う。
周りから白い目で見られても、大声で叫ぶくらいに。
もし好きなものが何一つなかったら心はどうなるだろう?
体はどうなってしまうだろう?

空虚だ。とても空虚だ。その空虚は心身を死に至らしめる。

「自分」を生きること。
「自分」で生きること。
それが「良い」ことなのかは正直分からない。
わからないから余計に辛いんだけど、でも
矛盾を背負って、投げ出さずに生きていく。
悲しいけど人間は全知ってわけじゃないから
お互いに無理解を繰り返すけど、それでも

「好き」って気持ちは純粋なもの。
良い悪いは二次的なもの。

どちらを取るかはその人次第だけど
生まれて生きることに良い悪いは重要なのかな?
私はそう思う。
「生きる」てことはもっと大事な何かがあるんじゃないかな?
だから、改めてあの一文に尽きるんだと思うんです。

なんだかんだで「でもやっぱり好き」という思いがあるから生きていける、んだなあ。



拙い文章ですが、私が記事を読んで感じたことをコメさせて
頂きました。

狐狩り狐狩り 2009/11/30 00:43 確かに救いがございませんが、さらに救いがないのはこの先でして
投げ込まれた可愛そうなウサギさんも、もし立場が立場なら
恐らく何の迷いもなく残虐なワニとして無自覚に振舞うって事です
今回たまたま被害者だっただけで、容易く傷つける側になるんです
痛みを知るはずの人が他人に同じ事しちゃいかねないのは怖い

もう一つ救いがたいのが、同じ物を愛している人を傷つける事です
オタクを叩いてキモイと指差すのは心無い非オタじゃございません
オタクの集まる場所がまずスニゲーターのワニ地獄になるのなら
そこで群れているワニさんや投げ込む人の正体ってどんな人?
ピクシブでも掲示板でも見ているのは9割は同じオタク、それも
ほんの少しだけ興味の対象が違う程度の同好のオタがワニです
後から野次馬が来ても、致命傷となるもっとも残酷な一撃は
同じ「好き」の気持ちを持った人間が罪の意識もなくつけてしまう
やっと出会えた「好きを共有できる人間」から傷つけられる
こんな残酷なケースが珍しくもない。つくづく救えませんな

PS
すいません男装三女もいいんですが
吉岡母が可愛くて生きるのが辛いです
どうしたらいいでしょうか

sorasora 2009/11/30 02:01 これは「いじめ」の原点というものが、BL好きなオタクの女の子、というカテゴリで描かれているということで、その個性が「食の好み」「家庭の事情」「美醜」であっても、ほぼ同じプロットで展開できる物語だと思います。
JUNEしかまだ無かった時代に、自分たちのサイテー自慢にかこつけて、冗談で使った腐の文字が、今やすっかり独り歩きしている現状は、戦時中の「徹底的に自分を追いつめる」という女性達の姿を思い出させます。
もともとは、そういう意味では無かったはずなのに。
しかし現実はどうあれ、泣いているだけでは幸せにはなれないのは、歴史も言ってます。侮蔑を受け入れる必要はないのです。こう戦え、というのは、個別に異なるので方程式はありませんが、理論武装をするのはわるくないです。
何故それが好きなのか、それによって、何がどうなるのか、感情を越える理由と結論を。

marumaru 2009/11/30 03:39 自分で全世界の人間に向けて公開しといて晒されたもくそもない

とくめいさんとくめいさん 2009/11/30 08:34 良くないのは晒しそのものではなく
その前にある「悪意」だと分からない人間の多いこと。

ネットの公共性云々以前の問題ですよね。
「ひとのわるぐちをいうのはよくないですよ」
子供のほうが守れるのではないかと思えてきます…

はるはる 2009/11/30 12:24 たとえ、どんなサイトでもネットに上げた時点で、既に自ら世界中に晒したも同然でしょ。
それが嫌なら、パス認証式のクローズドにでも篭ってればいいわけで。

自分の知り合いにも、数年前に2chで馬鹿やって個人情報晒された奴いて、当時は有名税だなんて笑ってたくせに、実家の家業継いで経営者になったとたんにどうしようとか言い出してきたんで、『お前自分で有名税だって言って、むしろ自分の方から晒してたろ、自業自得だよ」って言ってやりましたけどね。

aa 2009/11/30 13:40
               ヽ人人人人人人人人人人人人人人人ノ
             <                      >
             <  嫌なら見るな! 嫌なら見るな!  >
             <                      >
             ノ Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Y´`Yヽ

         / ̄(S)~\
       / / ∧ ∧\ \
       \ \ (゜Д゜ ) / /
         \⌒  ⌒ /
          )_人_ ノ
          /    /
      ∧_∧    (   ))
     (   ; )ω   ̄ ̄ヽ
   γ⌒   ⌒ヽ  ̄ ̄|  |
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|

って事だろ、晒す側も晒される側も。

萩 2009/11/30 14:40
実際「腐女子」と呼ばれる人たちを晒したり、「キモイ」と言ったり、その人柄や行動についてあることないこと書いたりするのは、同じ「腐女子」と呼ばれる人が多い気がします。同じものを好きなはずなのに。
作品のことならまだしも容姿や性格を貶し、日記の揚げ足取りをし、声高々にあることないことを書き連ねます。そしてそれを見た人たちは便乗したり、今度は自分の番では・・・・・・と怖くなって、そのスレを何度もチェックするようになります。グループができる、うわさが広がる、ジャンルをクラスに置き換えると本当に恐ろしい。
気になるから見てしまう。本当につらいなら見ない勇気を持つことも大切ですが、私はネット上でその勇気を持つまでにだいぶかかりました。
外だけでなく、受け入れてくれた場所にも、ワニはいます。

MeMe 2009/11/30 15:28 なんかもう読んでてめちゃくちゃ面白かったのでコメ残しときます。誰が悪いか?ではなくて、ただただ現実を書いてるわけですからコレは考えさせられる回ですね

「内容のない批判の怖さ」が伝わってきました
批判=全て駄目と考える人も多いのかもしれませんが実りのある批判だったら有意義な議論に繋がるわけでどんどんするべきだと思うんです。

ただ今回の批判?は「腐腐腐腐腐腐腐腐」とか「現役JKハアハア」
要するに個人攻撃なんですよね、サイト内容なんかについては一切触れてない

これは本当に怖いな...と
だって反論のしようがないですから

批判する側は書いている内容について批判すべきで
書いている人間まで叩くのはどうかと
そもそもソレはただの「イジメ」であってネット上で公開する上での責任とか影響力とは話が変わってくる気がします

「あなたのあの記事は酷い」⇒「あなたは酷い」⇒「酷い酷い酷い」エスカレートしてこういう風になるパターンをよく見るわけですが

jamyjamy 2009/11/30 19:11 「晒されたくないなら公表するな」理論は非常に正しいものだと思います。

理論としては。


公表する側の人のほとんどは"晒し"の存在を覚悟していると思います。「全く予期していなかった。」という人はかなり少数派なのではないでしょうか。

しかし、実際に"晒し"に遭ってしまったとき、悪意あるコメントはその人の心をズタズタに引き裂きます。そしてその痛みから涙を流します。

事実として起こっているのはそこまでです。

それを見た人が「かわいそう。晒した人は許さない。」と思うか、「もっと強くなれよ!」と思うかは人によるでしょう。

しかし「泣くくらいだったら公表するな」というのは多少横暴かと思います。

いくら覚悟をしていても、受けた傷が痛ければ涙は出てしまうのではないしょうか。

人は理屈の上に立っていますが、理屈によって感情を制御しきって生きていくのは難しいのではないでしょうか。

理詰めの文句を使って、泣いている人に説教するのは筋違いでは?

lklk 2009/11/30 19:33 考え深いですね。
他人の趣味に首をつっこむなという言葉で片付けられればいいんですが、その趣味の内容がBLという性に関わるものである為、記事を読んだ人それぞれも、抱く感想が分かれているかも知れません。
面白半分の荒らしについての問題だけではなく、一般的に受け入れられない趣味という問題が混在している部分が難しいと思います。

本人達がただの荒らし・悪ふざけと割り切れないのも、それがBLであるという事の後ろめたさから来ているものでしょう。
実際、悪ふざけの荒らしだけではなく(独善的なものかも知れませんが)正義感や嫌悪感から来る中傷誹謗の書き込みもされているはずです。

同性愛は現在日本を初め世界でも認知の進んできているものではありますが、国によっては未だに同性愛自体が有罪とされている所もあります。
興味がある・興味がないという二つに分かれるタイプの趣味ではなく、嫌悪感を覚えるという別のグループが存在するんですね。しかも、その嫌悪感を正義感として考える人達も多いはずです。
他人のHPを荒らす、個人情報をばらす、不快な書き込みをするというのは間違いなく悪いことですが、その嫌悪感については正しいとも、間違っているとも決め難いものがあります。
だから今回も、誰が悪いとも決めきれず粛々と状況を受け入れるという表現になっているのでしょう。

そして本人達自身もそれを正当化する術や論を持っていないという所に、オタクやマイノリティの泣き所、危うさを感じます。
法律で悪とは決まっていない!という理由だけでは、周りはおろか自分自身すら完全には納得出来ないんですね。
そしてこれはBLだけではなく、ロリコンや暴力的ゲーム、戦争漫画等々他の趣味にももちろん当てはまる内容です。

例えば、日本では受け入れられていないが海外では行われている「猫の料理」についてブログが作られた場合、今回の記事を肯定的に読んでいた人達の中からも、もしかすると荒らしやそれに近い存在が生まれる可能性はあるかも知れません。
鯨については実際に暴力行為に及んでいる一般人がいる事はご存知の通りですし、話を広げれば宗教という事にまで繋がる内容でもあります。

人間はどうしても他人に類似性を見つけて安心する生き物です。
マイナースポーツのように認知が進んでいないからという少数派と、今回のような認知された上で否定された結果の少数派というのは意味合いが違うんですね。
後者の場合、それを大多数に表現するというのは、やはりリスクを伴うという事を忘れてはいけないのだなと改めて感じました。

testes 2009/11/30 20:02 世の中に悪意があるのは当然でしょう。何なら顔見知りにアンケートをとってみればいい。10%以上はあなたに悪意を持ってますよ。
いい/悪いじゃなくて、「いる」んです。なくなりません。
webページを公開していれば悪意の第三者が晒します。当然です。悪意があるんだから。

それに対する覚悟が出来ないなら、webなんか使うべきじゃない。
ヤジられたくないならスポーツをするべきじゃない。
からかわれたくないなら告白すべきじゃない。
どんなに素敵な物事にだって、悪意に対する覚悟は必要です。
webを使って情報をオープンに発信する、ということは、晒されるリスクを暗に引き受けていますよ。

t 2009/12/01 13:44 批判的意見を書いてる人にはわからないだろうけど、「晒される」時、
腐の感情が向けられるのは、作品自体ではなくそれを作っている「人」に対することがとても多い。
また、その時の「キモイ作品を公開している」から「管理人」がキモイ、という発想は、
学校などの団体コミュニティーで、「根暗」だから「あいつ」はキモイと言われる感覚に近い。
「webで少数派趣味を公開する」ことも「周囲に根暗を隠せない」ことも、
大多数にマイノリティを公開しているという点で同じだと思うのですが、
だからって根暗な人に「根暗というリスクがあるんだからいじめられるのは仕方ない」と言えるでしょうか。
リスクがあるのは重々承知なのです。でも、悪意を向けられたくないのは誰にとっても同じなのです。
向けられるとしても、自分の見えないところでやって欲しい。
晒されるのを見ないのが一番の対処法なことはほとんどの人がわかっています。
ところが、残念ながら晒す人は自分(を含む他人)の悪意を本人に見せつけたい人が多く、
親切を装って「晒されていますよ」など連絡を寄越して、誘導することがほとんどです。
誘導先に行かないにしても、先のいじめで例えれば「あの人君の悪口行っていたよ」と伝えられることはとても辛いことです。

私が言いたいことは、リスクがあるからといって晒す理由にはならないということです。
また、「いじめ」はいじめる本人に悪気がなくても、いじめられる本人にとってはとても辛い、
ということがあるということを、頭の片隅にでも置いていただければ幸いです。
悪意がなくても「晒す」行為自体に傷つく人は多いのです。

まあ人の悪意なんて年を重ねたらどうでも良くなったりするのですが、
作品の主人公達の年代に悪意を経験すると、確実にトラウマになります。
晒されて自殺した、という人も少なからずいるようです。webという母体が大きいコミュニティーな分、
学校いじめより、精神的不可が大きいのかもしれませんね。

あほらしいあほらしい 2009/12/01 16:37 えー?
 私自分のサークルで自分の本イベントで即売中、一般に「がしっ」と本わしづかみにされ、バラバラっと広げられ、
「つまらん!」
 と言い放つと同時に本投げられたことあるけど?会場のオタクでも敵はいくらでもいるのに。

 2ちゃんやら晒しやら、そんな事象よくあることで、むしろそんな程度で被害者づらしてる馬鹿、ホント胸糞悪いんだけど。

棘のある言葉棘のある言葉 2009/12/02 00:01 数年前に晒されたことがあります。
カウンタがいきなりすごい勢いで増えて何事かと思えば某匿名掲示板で、その後まとめサイトにも上げられてしまったこともあって数ヶ月の間収まりませんでした。
コメント欄に「公開しているものを取り上げられて『晒された』なんておかしくないか」というご意見を見ますが、いいんですよ、晒し自体は。気付かないところで勝手に盛り上がってくれるのであれば。
こちらも勝手に世界の片隅で(あまり世間様には大声で言えないような方面で)盛り上がってるんで。
でもこちらはわざわざ(例えばBLが)嫌いな人に対して「BLはいいぞ、目覚めろ」とか言いに行きませんし、作品を送りつけたりもしていないのに、面倒臭いことにまっつんの目にしたコメントのようなものをわざわざ送ってくるのがいるから「晒し」が怖い。
怖いというか、不愉快。

また、全くの無関係の人が面白がって個人が運営しているサイトを論う確率なんてむしろ低いと思っています。
無関係ならそもそも見ないようなものであったり(検索よけをしていても完全ではありませんが)、個人的な日記のあれこれの揚げ足を取ってみたり、そしてそれをわざわざ他の人に紹介までしてみせるほど暇な「一般人」なんてそうそういるとは思えないのです。
私怨と呼ばれる対象者個人に対する何らかの鬱屈した思いによるもの、ある程度そのジャンルや同人的なものになじみがある人が自らの趣味の一環としてやっている行為の結果であることが多いのではないかと思います。
個人・不特定多数対象であるかを問わず、悪意を持って『晒す』という行為をやる人の存在が一番怖かった、とはお約束のオチみたいですが、そしてまたその悪意の尻馬に乗っかって不愉快な言葉を送って来る人たちが一番腹が立ちました。電波で呪詛返しが出来るのならやってた、ぐらいには。

また、一括りに「晒し」と総称される場合でも、むしろ宣伝というか、褒め効果になっている場合もあったりして(これもまた経験しました)、個人サイトのアドレスを貼り付けて云々という行為自体の善悪はないんだろうなと思います。
それこそ公開しているものを紹介されて何の文句があるんだ、と。

ヲチは最低の趣味、と自称している某所の住人たちは意外にお行儀がいいと感じていますので(自己ルールは守るというレベルのものでしかないかも知れませんが)、晒された結果がカウンタが恐ろしい勢いで回るぐらいなら流せます。というか、流しました。

まぁ、その騒ぎを記事に取り上げてくださった縁でこちらを知り、それ以来ちょくちょくお邪魔させていただいているのでこんな面白いブログに出会わせてくれてありがとう、と今なら言えるかな。

まっつん、負ける(書くのをやめる)な! 荒らしが怖いなら逃げ(閉鎖し)たっていいよ、萌えは逃げない! とリアル知り合いなら言ってあげたい。

MM 2009/12/03 21:37 「公開されているのだから、批判されてもしかたがない」を越えてしまっていることが問題なんじゃないかな?
「こんなことを言ったら、集団でリンチされてもしかたがない」というのは無いですよ。
ましてや叩く方には責任などかけらもないのに、叩かれるほうに責任を追及するのは、まったく無責任な話だと思います。

NN 2009/12/04 22:00 晒されることをどう受け取るかは千差万別で
本当に傷付いてどうしようもなく辛い思いをする人もいれば、
笑い飛ばせる人もいるでしょう
だからといって自分の取った対処だけが正しいと
押し付けてくるのは間違いだと思う

そしてネット上で「不特定多数の人に見られる」ということと
「無差別に晒される」のとはまったく異なる事態です

人の痛みを求めるある種の異常な性癖も匿名性に
保全され野放しになっている現状を
「晒された者負け」という言葉は非常に端的に
示していると思います

かつて晒されたことのある者としてこの記事はとてもとても
辛く苦しいものでした

かなみー。かなみー。 2009/12/05 01:24 自分の弱さにガタガタ御託並べすぎ、言い訳しすぎ。
傷つくのもわかる、泣いたり怒ったりするのもわかる。
でもだからって、
「私は晒されてこんな被害受けました、こんなに傷つきました。」
と人の見てる所でうだうだ泣きごと吐いてる人を見ると、はっきり言って呆れる。

集団リンチ、ワニの中にウサギを放る。
例えようはいくらでもあるけど、一度深呼吸して落ち着きなよ。
現実にそれやられたら確実に絶体絶命だけど、あくまでも画面の中だよ。
パソコンから一定期間離れるとか、ダメージ酷かったら心のお医者さんに診てもらいに行くとか、溜まった荒らしレスは思いきって掲示板ごと削除するとか。
逃げたり対処する方法を、落ち着いた時でいいから考えなよ。

逃げもせず、隠れもせず、対処もせず、ただ「悪意」を浴びせられるままに受けて。自分で自分を救う方法を取りもしないで、「自分は強くないから」とか言い訳並べて、そのあげくに痛いよ痛いよって言ってるんだとしたら、とても解せない。

甘ったれた事言わないで。
同じリスクを持ってネット上で表現活動をしている、全ての人に対して失礼。

ハタから見てればこの問題、晒す方にも晒される方にも、どっちにも非はある。
片方は悪意のかたまり、片方は世の悪意に心構え持たなさすぎ。
どちらも情けなさでは互角です。

変なの変なの 2009/12/07 23:56 晒すとかBLとかそういう問題じゃなくて、ネットに公開するっていうのは全世界にその情報を公開しているって事で、そのリスクを理解出来ていない子供が多いって事が問題なのでは?

しかも性に関する問題を公開しちゃってるリスク。
自分の下着の写真を公開しているのと変わらないんだと思うんだけど、自分だけは大丈夫と思っているのかネットだから大丈夫と思っているのか…

でもまあ、晒しとか普通は面倒でやる気にならないはず。
やってる人達ってどれだけ暇なの?w
見ず知らずの他人がネットとはいえ人と対峙している事すら理解せず垂れ流している情報に執着するって、そっちの方がキモイなと思うけどね。

ちょwwwちょwww 2009/12/09 00:02 「世界に発信」って大げさすぎじゃね?大声で自分のサイトのURLアナウンスしまくってるならともかく、チラ裏を踏み荒らして「世界に発信してんだからリスクの範疇だろ」って超乱暴。ジャイアンかよ。

外を歩いていれば暴漢に襲われる可能性はゼロではないし、家にいたって強盗が入ったり放火されたりする可能性はゼロではなく、あらゆる悪意や暴力は世界で生きている限りリスクとして存在している。
もし「細々とネットにアップすること」程度を「世界に発信すること」にまで原理を追って「拡大解釈」するなら、「人間が生きること」を「自分を世界に発信すること」と解釈することもできるし、というかむしろ当該論者はそう解釈してもらわなきゃ話おかしくなってくる。生きてる人は誰にどんな仕打ちを受けてもそれはリスクとして原理的に存在するんだから自己責任だろっつー話になっちゃうけど、そこまで自覚しての主張なのかは甚だ疑問だなー。
「正しい立場」から「弱者」をばっさり切り捨てる気持ちよさを得たいがためにお粗末な大義名分くっつけてるだけのようにしか思えん。

どっちもダメでしょ。どっちもダメでしょ。 2009/12/14 23:18 匿名で好き勝手なことを言う連中が馬鹿で無責任なのは間違いない。しかし、批判されたくないのにWebに公開する連中も無自覚すぎる。繊細な人はWebに何かを公開しちゃダメです。

つまり第三者からみたら、「無責任馬鹿(=晒し者にする奴ら)」と「甘ったれ(=さらされる奴ら)」の2者でしかありません。どっちもどっち。

にくやさいいためにくやさいいため 2009/12/15 06:11 どもです。初めてコメントいたします。
「無条件の悪意」に対抗できるのは多分「無条件の善意」だけなのかなあ、なんて思います。
何人の方が言われているように、確かに「リスク」は自己責任です。作品中で語られているように、「苦しんでまでやるものじゃないでしょ?」っていうのは正論です。でも、それでもなお。「そうせざるにはいられない」から、書くし、描くし、歌うし、演奏するんです。ブログの文章も、「作品」と呼ぶならば。
これを救うのは3つくらいの段階があるんですかね。
?「裸だったら何が悪い!」と言い切るヒーローの登場(個人)
?「無条件の悪意」があるのと同様に「無条件の善意」があることを彼女たち自身が認識すること(集団)
?「約束する。おまえが戦わなくても魔法使いらしく生きられる世界を、俺が作ってやる」(世界)
や、最後は某円環少女からですが(笑)
でも。この世界に武原仁はいないですけど。無数の人々によって。
変わってきましたよ。「オタクだから、殺される」世界からほんの少しずつ。

ではでは。失礼致します。

merryjanemerryjane 2009/12/17 09:46 どっちもだめでしょさんの意見に全面同意。
あー、まともな意見の人がいてよかった!

なんだかなあなんだかなあ 2009/12/26 15:34 ちょwwwさんの意見に同意ですね
今となってはもう、ネットは生まれたときから「当たり前にそこにあるもの」ですから
ネットは自己責任、とか自衛の策ができなければ〜と考えて使う世代はもう古いのかもしれません

それに多くはここで意見を出せるような強い人達ではないはずですしね

うーんうーん 2010/01/03 21:18 「自分でwebに配信してるんだから自業自得」と主張してる人は
「ミニスカ履いてるんだからパンツ見られても仕方ない」と声高に叫ぶ人とダブりますね

マクラーレンマクラーレン 2010/01/04 12:46 いや、ミニスカはいてたら見られても仕方ないでしょ。
めくってとか下から覗いてとかで見られたならともかく、普通で見えるようなら。

ところで、そんなこと声高に叫ぶ人いるの?

あ 2010/02/10 00:20 発表の立場にブーイングや無遠慮な悪意であってももらいたいっていう気持ちで立つときもあります。
門前払いに嫌われた、よく見もせず拒絶されたっていう事から、自分は思ってたより孤独ではなく、発表したら反応があるんだ。っと感じるからです。

そこから運営していく苦労と折れそうな心も
また割にあいませんが
それも含めて、好きと、努力と根性の進む道!!

どうしよもないどうしよもない 2010/07/28 10:42 晒されたくなければWebに公開すべきではない。
怒られたくなければ生きていくべきではない。
弱い人は生きていく資格がないのでしょうね。人は強くなければいけないんです。
人として、たった一回だって甘えてはいけないし、被害を受けたと思ってもいけないのです。弱音もいけません。常に自分が悪いと思っていないといけないのだと思います。
それが出来なかったものは、成長しきってないのです。僕含めて。はやく、人に成長しないといけないのだと思います・・・

初見初見 2010/11/27 04:02 言葉が丁寧で、沁みました。

共感共感 2010/12/04 01:21 心の底から共感できました
本当にこの主人公の人の気持ちが理解できます

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