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2011-04-25 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]少女の限界の中での最高を目指して。「魔法少女まどか☆マギカ」11・12話 その1

やぁ! ぼくみんなの愛され搾取キュゥべえ

このカットが今までのキュゥべえで一番こええよばかっ! ばかっ!

その分杏子お嬢さんの裸足で心の安定をはかりましょう!

ああ、杏子お嬢さんかわいい。まじかわいい。

 

にしても、製作者の中から「キュゥべえは最後までキュゥべえでした」というコメントがあって「どういうことなんだろう?」と思っていましたが、11・12話見て納得しました。

最後までほんと、キュゥべえはキュゥべえでしたね。

 

まどか☆マギカ」終わりました。

本当に、終わりました。

 

とんでもない大風呂敷を広げて全部たたむ手腕はさすが虚淵玄氏。

物理法則、論理、街並み、戦闘シーンのつじつま全部ぶっ壊して「少女たち」を描くために徹底した構成には本当に感服します。

ありがとうございます!

本当に良いものを見ました!

 

ただしまどか☆マギカに関しては「ハッピーエンド」という言葉はちょっとちがうとかなと。

あえて言えばエロゲ脳的に「TRUE END」、あるいは「まどかエンド」だと。

このへんを、ひとつは「少女であるということ」の視点から、もうひとつは「母になること」を通じて書いていこうと思います。

ネタばれアリなので収納です。

 

 

 

 

 

 

 

 

●合理的になれない少女たち●

僕はこの作品を見るとき一定の定点から見ていたと思います。

それは「少女にできること」という部分と、「杏子とさやかの関係」の二点。

なぜ少年じゃないのか? なぜ大人じゃだめなのか?

徹底的にそこにこだわった作品でした、まどか☆マギカ。「魔女」になるから「魔法少女」という理論を聞いたときは、納得してしまったものです。少女の感情がもたらすエネルギーが一番強力、という少女至上主義的な面白みも。

 

同時に「少女だからできないこと」は山ほどあるんですよね。

ものすごい壮大な規模の物語になった11・12話でしたが、実は一番ショックだったのはここだったりします。

さやかの葬儀のシーン。

おかしいよね。他のシーンでもっといっぱい人死んでいるかもしれないのに(特にワルプルギスの夜の時)、一人の少女の死が目の前で起きている事のほうがゾッとするんだよ。

ましてや、9話で彼女は既に魔女化し、杏子と共に魂が滅びたことを知っているというのに。さやかの死体は単なる抜け殻だというのもわかっているのに、遺影を見た瞬間に背筋が凍りつきましたですよ。このシーンと、後述するもう一つのシーンはほんと、見るのがキツイ。

 

なんで「さやか」に執拗にこだわるかというと、さやかはもっとも合理的ではない子だったからです。

大人の客観的な目から見たら「もっという事聞きなさい」ってビンタはるところですよね。

いやあもう、全くそのとおり。さやかの行動は本当に非合理的で、感情的で、めちゃくちゃですよ。ちったあ言う事聞きなさいですよ。

でもそこが一番少女の物語である最大の部分なんじゃないかと思うんです。

Twitter / こじまよめ(暫定): 「お前なんで情念絡まないと納得しないの?」と冷静に突っ込まれると涙目になるなう

Twitter / こじまよめ(暫定): だって女の子たちの物語なんだからそこは一つお願いしたいんだよおおおおおおおおおおおおおおおお

この意見的確だなーと思います。

ぼくは少女だった経験が残念なことにありません。

しかし感情が理性を上回ることがあるというのをちゃんと描いていることがすごいと感じてならないんですよ。

あたしってほんとバカ、とさやかはいいました。後悔、してますよしまくりですよ。

でも「そうするしかない」と強迫観念的に動いてしまうところこそが、この作品のキュゥべえの求める少女の「情念」でもあります。

魔女たちはなぜあんなに不定形でグニャグニャしていたのか。それが少女たちの情念から生まれたからでしょう。

 

12話ラストで出てくる「魔獣」と呼ばれる敵が男性的で妙に秩序だっているのは、その対比なのかもしれません。正体は不明ですけれども。

 

●少女たちの限界●

「魔法少女」は希望を運ぶ存在。そして魔女になると呪いを撒き散らす。

ほむらはその希望をまどかにもたらしたくて何度もループを繰り返しました。

しかし詰みます。

 

これちょっと分かりづらいんですが、ほむらの盾は時間を操る砂時計になっています。

虚淵玄氏の解説によると、一旦砂をとめることで時間をストップできる。巻き戻せるわけじゃない。なので砂が落ちきったら終了。その分ひっくり返すとちょうど1月巻き戻る。

彼女の砂は尽きました。そこで盾をひっくり返そうとするのですが、時間をループすることで、たくさんの並行世界を作り、まどかに大量の因果を背負わせる結果になりました。

まあ因果とかがなんなのかはよく分からないですが、問題はこのギミックによって「もう一度時間を戻せば、ワルプルギスの夜と戦うチャンスはもう一度得られるけれども、まどかはさらに強力な魔法少女になってしまう」ということです。

 

ワルプルギスの夜との戦いが正直尋常じゃないんですよ、4周目と比べて。

登場シーンのまあ度派手なこと。その後に飛び出してくるワルプルギスの夜は、結界のいらない、強力すぎる魔女でした(集いじゃなかったですね)。

これに向かっての攻撃の容赦のなさ!

ドドドド(ロケットランチャーの連射)

ゴゴゴゴ(燃料トレーラーをぶつけて爆破)

ズモモモ(海中にあるロケット砲?で一斉射撃)

ゴガーン(よくわからないけれどもすっげえ爆破)

ちょっと魔法少女ってレベルじゃないよね。

こんなにミリタリーな魔法少女なかなかいませんがな。……あれ? この文章の副題の「少女たちの限界」の言葉に反してる?

ううん、これがほむらの限界でもあるのです。ようは「時間を止めて、最大限の物理攻撃ができる」という強力な力を持ってはいても、それ以上ではないんです。

そもそもこの世界の力のあり方は「感情>物理」です。キュゥべえはそれを欲してきていたはずです。

物理攻撃力でいったら、今回のほむらのはもう最大級だったでしょう。多分マミさんがいても(あれが魔法弾だったら、という可能性などを加えても)勝てない。実際一度も勝ってない。

なぜ勝てない?

感情・呪いの量が、少女の希望を遙かに凌駕しているからです。

これがいわば、ほむらの限界でした。まさに四方を敵に囲まれ、詰んだ状態です。

最終手段で時間を戻せばなんとかなるものの、それはまどかに遙かに重い荷を負わせることになる。

しかし「まどかを救えない」と思い、立ち止まった瞬間、希望は絶望に代わり、魔女になります。

チェックメイト

 

まどかにも限界がありました。

 

キュゥべえさんのよく分からないトークのお時間。

まあ分かりやすいっちゃ分かりやすいんです。君たちは家畜に感情を持つのかいと。育つためには感情のエネルギーと、犠牲がつきものだよと。あとムニャムニャ。このへん複雑な話が出てきますが、実はどうでもいい気がしたりします。

というのも、まどかがそれを受け入れるのか、耐え切れないかどうかの方が大事だからです。キュゥべえが言っていることが正しいかどうかはもうどうだっていいんですよ。それよりもまどかがこの重圧に耐えられない事のほうが重要なように描写されていきます。

このカットだけ見るとさっぱりわからないですが、それが正解だと思います。

キュゥべえが「わけがわからないよ」というなら、こっちだって「わけがわからないよ」

パニックの海に飲み込まれた少女は、苦悶するしかありません。

はいそうですかと納得できるほど強くない。

最高の解決策は色々あるんだろうけど、冷静に判断できるほど大人じゃない。

 

●少女の止めようのない感情●

 

ほむらの心の折れた瞬間。

ほむらは4周目の後に、何もかもを閉じ込めてしまおうと決意しました。みんながほむらを「信じられない」と言っていたのはまさにそのとおり。

ほむらは嘘を付いていたから。誰にも言えるわけがなかったから。

このシーンも、以前急に泣き崩れたほむらのシーンも、まどか視点からしたら「不思議」なんです。だって出会ってから全然しゃべったこともない転校生で、ピンチの時には突然あらわれて、今も「私一人で倒せる」だなんて。

ぼくらは10話を見ているから彼女の痛みを全部知っていますが、まどかは知らない。

ほむら「ごめんね、わけわかんないよね、気持ち悪いよね。まどかにとっての私は出会ってからまだ一ヶ月しかたってない転校生でしか無いもんね。だけど私は、私にとってのあなたは……繰り返せば繰り返すほど、あなたと私の時間はずれていく、気持ちもずれて、言葉も通じなくなっていく。多分私は、もうとっくに迷子になっちゃってたんだと思う。」

まどか「ほむらちゃん……」

ほむら「あなたを救う、それが私の最初の気持ち。今となっては、たった一つだけ最後に残った道しるべ」

「気持ち悪いよね」がきっついよ。

でもそうだよね。ほむらだって冷静に見ているようでいて、ずーっとパニックな自分に仮面をかぶせていただけだもの、苦しくないわけながないよ。

ほむホームの電光掲示板もどきが一斉に彼女の過去の記憶を映し出します。単なる演出で、まどかには見えていないと思います。

でも、それはほむらの心で、ぼくらが10話で彼女と共に体験したものです。

まどかが好きで、好きで、本当に好きで。世界の破滅よりも、多くの人の死よりも、まどかを守ることが道しるべなんですよ。

これを果たして「依存」というかどうか非常に困惑しますが、個人的には「依存」という言葉でくくれない気がします。自分は百合中毒ではあるけれども、「恋愛」とも違う。そういうフィルターを通して見れば「恋愛」でもいいでしょうけれども。

どちらかというとほむらの場合はひとつの「崇拝」になっていたのかもしれない、とすら思います。とはいえでも「じゃあなんなのよ」と言われるとこれを表現する言葉は100語ろうとも的確にならないんですよ。

だって、表現できないからこそ感情なんだもん

ほむらだって表現できないから袋小路に入っちゃったんです。

全てを切り捨てて、合理的な答えを計算することは可能でしょう、ここまで詰んでいても。

でも出来ない。それがほむらという少女の感情なんだと思います。

 

●完璧なエンディングではなく●

決意したまどかは、一周目のまどかのように力強い存在でした。

 

このカットの対比すごいよね! ほむらから見たまどかがいかに強く、揺るがない存在かが滲み出てきます。

ああそうだった。私にとってのまどかは、憧れの、強くてあったかい存在だったじゃないか。

 

でも、ほむらのいないシーン……想像なのか、世界が作り替えられる時の過程なのかわからないですが……ほむらから見たまどかはとても強い存在ですが、まどかはやっぱり希望を持ったまま成長したただの少女なんだと思うんですよ。

 

マミさんが手渡してくれたノート。それは最初に「こんなふうになれたらいいな」と描いた夢のらくがきでした。

あえてそれをここに持ってきますか。いいね!

まどかの引き継いだ「母性」については別の項目で書きますが、強くて、ゆるぎなくて、かっこいい「まどか」も、本質はやっぱり「少女」なんですよ。幼くて、お茶目で、照れ屋で。

みんなの絶望を塗り替える救世主のように見えるけれども、それは「自分の絶望を帳消しにする」もの。頑張りたい、みんなの絶望を見たくない、という極めて単純な考え方、って見方をしても、いいかもしれません、もしかしたらね。

 

まどかの選んだ結末は、それはもう強大なものでした。いわば自己犠牲によってあらゆるものを償う存在、いや存在すらしない概念になるもの。

まるで聖女のように描かれていますし、キュゥべえも「神になるのかい」と言います。すごいんです。ものすごくとんでもないことなんです。

なんですが。

正直自分がほむらだったら、まどかをなんとしてでも止める気がするよ。

もっといい方法あるんじゃないの?って。多分あると思う。……ちょっと分からないですが、あるんじゃないかな。

でもそうじゃないのね。少女達なりに考えて考えぬいて、一番最良はこれだろうと選んだ結果が、まどかの望みでした。

何も殺さない、何も倒さない、誰も傷つけない。

ワルプルギスの夜ですら、「殺さずに救う」というとんでもないことをしてくれました。

 

まどかの撃った矢は、世界中、時をもこえて飛び散り、魔女になりかけた少女たちの心を浄化しました。そうすることによって「魂がにごって魔女になる」という結末を消去し、「消滅することで救われる」という救済をもたらします。マミさんの解説によると「希望を求めた因果は、この世に呪いをもたらす前に、消え去るしか無い」。

呪いをもたらす存在にはならず、消える。いわば「贖い」の役割をまどかが担うことになります。

 

ではこれが「完璧な正解」かというと……これがもう複雑すぎて。

 

まず、さやか。

 

さやかの望んだひとつの結末は、「さやかの魔女化を消し去る」ということで消滅します。「なかったことにするしかない」とまどかは言います。

さやか「なんか、手間かけさせちゃったね」

まどか「ううん、こっちこそごめん。さやかちゃんを救うには、何もかもなかったことにするしかなくて、そしたらこの未来も消えてなくなっちゃう。でもそれは、さやかちゃんが望む形じゃないんだろうなって。さやかちゃんが祈ったことも、そのために頑張ってきたことも、とっても大切で、絶対無意味じゃなかったと思う、だから……」

さやか「うん、これでいいよ。そうだよ、あたしはただ、もう一度あいつの演奏が聞きたかっただけなんだ(中略)幸せになって、くれるよね」

まどか「うん、じゃ、いこっか」

さやか「うん」

そっか。

「じゃ、いこっか」なのか。

さやかは消滅しました。他の魔女化した魔法少女達も消滅します。どこにいったのかは誰にも分かりません。

もし「じゃ、いこっか」が、今ある並行世界から消え、もう一つの世界で死ぬことを意味するのならば、世界の移動をさすでしょうが、現時点では推測するしかないです。

もしかしたら、まどかがほむらに寄り添っていたように、「世界を救う魔法少女」という概念の一部に吸収され、一体化するかもしれません。……っていってもこれも推測ですね。

なるほど。じゃあ「さやかは救われた」としましょう。

 

じゃあ杏子は?

 

実は自分が一番引っかかっているのがここでして。

さやかは「円環の理に導かれていってしまった(byマミさん)」らしいです。すべての力を一撃に注いだために。よく分かりませんぼかぁ。多分意味はあると思いますが、これも「エントロピー」云々同様にあんまり大事じゃない気がします。魔力使い果たした的なものだと思うんですが。そこじゃなくてこっち。

杏子「やっと友達になれたのに」

ここだよ。

ここなんだよ!

……すいません取り乱しました。

9話の結末……魔女化したさやかを救うために、命を捨てて共に死んだ杏子という構図そのものを、まどかは消し去ったんです。

客観的に見たらそれはいいことです。しかし杏子本人にとっていいことだったかどうか非常に複雑です。

杏子にとってのさやかは、もう一人の自分のような重要な存在でした。……まあ少なくともこの5周目(本編)においては。誰かのために生きようとする彼女の姿が、過去の自分と重なって。

二人が共に逝く可能性世界を消滅させたことが、杏子にとって幸せなのか、不幸せなのか全く分かりません。ただ失った悲しみを背負う人間もいるという意味においては、完全ではない、不完全でした。

しかも杏子とマミさんは、「まどか」をこの世界では知りません。ほむらは覚えているのに。

 

「完璧」ではない、というのはこの点です。

ほむらにとってみても、まどかを失ったことは大きな悲しみです。魔法少女と「何かの呪い」である魔獣との戦いは消え失せません。いくら贖ってもジーザス・クライストにはなりません。魔法少女の仕組みを全部消し去り、かつ今の文明を保つ方法……そんなうまいことにはならないし、杏子やほむらの悲しみは消えません。「神になる」と言われ、実際そのレベルの書き換えを行ったけれども、やはり「神」ではない。

 

少女至上主義だとぼくが思っている今作。

この不完全な中での「最高」を出すことにこそ、少女らしい魅力があって、そこにぼくは強く惹かれてなりません。選べる中における「一番いい方法」を選んだ、という部分。

最終回を見たとき感情が激しく動いたかどうかという意味で「感動した」というのなら、それはもう恐ろしいほど感動しました。

それは、「絶対」「完全」ではなかったからです。

友人とも話していたんですが、少女たちは重荷を背負って、苦しみと戦い続けないといけないんですよね。もっと救われてもいいじゃない、ハッピーな気持ちになってもいいじゃない。

でもならない。少なくとも「少女の成れの果て」の魔女と戦うよりは気楽でしょうし、キュゥべえたちともうまくやっていける、しかもリスクは以前よりはマシ。大幅に改善されました。

けれども、魔法少女達は完全には救われたわけじゃない。

Twitter / 吉田アミ(東京 ): 犠牲となったかわいそうな少女を神聖視しないで、誰か知らない誰か達が、救ってあげて。

少女が選んだ最高の選択。であると同時に、やっぱり悲しみと憎しみが繰り返す世界。

救われはしても、ハッピーになったわけじゃない。

まどかは、そしてまどかを大好きだったほむらは、救われてはいない。

 

新しい世界でのほむらの翼。

最初は真っ白です。天使のように。

しかし最後、真っ黒になります。しかも荒野で魔獣と戦うことに。

「魔獣」から見たからこうなったのか、あるいは魔法少女が背負ったものがこう表現されたのか、あるいは単に新しい必殺技なのか、全く分かりません。

ほむら「悲しみと憎しみばかりを繰り返す、救いようのない世界だけれども、だとしてもここは、かつてあの子が守ろうとした場所なのだ。それを覚えてる。決して忘れたりしない。だから私は、戦い続ける」

―Don't forget.  

always, somewhere,

someone is fighting for you.

―As long as you remember her.

you are not alone. 

 

忘れないで 

いつも、どこかで 

誰かがあなたのために戦っている事を 

あなたが彼女を忘れない限り 

あなたは一人じゃない

【まどか☆マギカ】ラストシーン考察 もうこの締め方以外考えられん・・・:ひまねっと

このスレの解説ものっすごいな……そう言われたそうにしかみえなくなっちゃいました。

もちろん、本当のところはわからないんですが。こういう含みも「可能性のひとつ」としてイメージするとクるものがあります。

12話は見事にまとまっているんですが、「想像の余地がある」というのが一番巧みな部分だと思います。

 

まあ、むつかしいこと考える前に、まどかのことを決して忘れずに、弓矢を武器にしたほむらでもう心やられたんですけどね。

これが「絆」か。

感情なんて精神疾患だ、というばっさりしたキュゥべえに対して、「人は感情を持つんだ」と思わせるものがあるんだもの。それを肯定したくなるんだもの。

だからこの作品は、得手不得手、好き嫌い大きく分かれるのは承知の上で、「すごかったなあ」と感じるのです。

ぼくは、そこが、好き。

 

つづく。

希望を持った少女が向かうもうひとつの行き先。「魔法少女まどか☆マギカ」11・12話 その2