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たまごまごごはん このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2014-12-09 私立桜が丘高校軽音楽部日記

[]どうしても「面白いよ」が言いたいから生きてる

 

オタクは……と言いたいところだけど、今回は「大勢」の問題じゃないので、「ぼくは」にしよう。

 

ぼくは、面白いなあと思ったら、どうしても人に言いたくなる。

音楽、マンガ、小説、アニメ、映画、ゲーム、その他なんでも。

「これ、こんなに面白いよ!」

まあ、タラちゃんサザエさんに言うようなもんだよね。

 

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でも、「面白いよ!」を言うのが必ずしもプラスとは限らない。

少なくとも「まるっきり同じ言葉」を誰かれ構わず話しても、絶対意味は無い。

この人はこういうのが好きなんだろうな、だったらここから話そう。

段階を積んでいかないと、プレゼンテーションはできない。

 

それどころか、言うことで腹をたてる人だっている。

いわゆる「地雷」。

そんな地雷どこに埋まってるかなんてわかんないからね。

踏んじゃったらごめんねーくらいですよ。

 

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ここまで考えると、「これ面白いよ!」をいう必要ってあるんだろうか?と首を傾げてしまう。

 

そう、無いんだよ。

 

その人が必要としている情報をプレゼンするのは、意味がある。

でも自分が好きなだけだったら、「これ面白いよ!」はマイナスな場合のほうが実は圧倒的に多い。

 

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話さなきゃいいんだよね。

そうすれば誰も困らないし、誰も傷つかない。

 

なのになんでかわからないけど、話してしまう。

「これ面白いよ!」

「あなたは好きかどうかわからないけど面白いよ!」

「こんなにも面白くてたまらないよ、我慢できないよ!」

 

心のなかで「ごめんね」と思いながらも言ってしまう。

自分が、その「何か」を好きで仕方ないから以外のなにものでもない。

 

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庵野秀明は自分の作品を「オナニーショー」と言っていた。

うん、わかる。宮粼駿もそうだと思う。

ただ、彼らはそれだけの努力と才能を積んできているから、それは「オナニー」じゃなくて「ショー」になりえている。

むしろ、変に気を使うより、めちゃくちゃ弾けてオナニーしてほしいもんね。

 

「これ面白いよ!」も結局はオナニーなんだよなあ。

というか、そうじゃない提灯的なもの出しても、誰も面白く無い。自分も相手も。

その人が最高に気持ちよさそうなオナニーじゃないものは、惹かれない。

 

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少なくとも、ぼくが好きなのはそういう、究極の自慰を求めるべく試行錯誤したものや、咄嗟にこぼれだした「好き」の我慢汁。

広げて言うと、「表現」の一部ってこれだよね。

 

このへんは人によって好みはわかれると思う。

「もっとサービスしろよ!」という人にはサービスしたものが必要だろうから、それは表現というより「技術」が近いかもしれない。

どっちがすごい、じゃなくてね。

 

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で、だ。

ぼくはわがままなんだよ。

誰かが「別に聞きたかないよ」といっても、「これ面白いよ!」を言わないと生きて行けなくなった。

でも最初に書いたように、それが不幸でしか無いことは絶対ある。

 

だから、「表現」と「技術」両方がほしい。

どっちが先でもいいな。でもできれば「好き」にブーストかける「表現」が先で、「技術」でデコレーションできればベスト。

ただこれって、一旦自分の「好き」を止める必要があるので、こういうブログ以外ではなかなか難しい。

 

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実は「技術」を身につけるのが先のほうが、楽だったりする。

楽は言い過ぎか。うまくいく、くらい。

 

たとえば三題噺みたいなのね。

あるいは「今日は赤いものを探そう」と言って町中を歩く。

意外と赤があって、それについて書くだけで技術はあがる。

視点の切り口を増やすってことです。

 

「表現したい思い」が素材なら、「技術」は包丁。

いきなり相手にトマトそのまま出されたって相手は困る。

包丁だけ出されたって困る。

包丁をもってトマトを切って渡すから「じゃあ食べてみるか」となる。

 

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だんだんね、その調理自体が面白くなるんだよ。

 

最低限「表現したい思い(素材)」があるのが最初。興味のないものを表現することほど無意味なことはない。

最初は、ぼくは表現したい思いだけぶん投げていたので「いやつまんないし」と言われてどれだけへこんだかわかんない。

(ここでへこんだから、ああ技術って大事なんだなとわかったんだと思う)

 

同じトマト(好きなもの)でも、切り方や調理法(技術)で、色んなモノができる。

切ったトマトもおいしいし、ミートソースもいいし、焼きトマトもうまい。

これだけで3通り。もしかしたら好きな人が食いついてくれるかもしれない!

サラダ(別の視点)にいれたら、もっといいかもよ!

 

楽しいんだよ、調理が。

 

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一時期はこの「調理」が楽しくなりすぎて、「好きなもの」を見失いました。

 

からっぽです。

 

鬱みたいなもんだろうね。

すっからかん。何をやっても楽しくないし何を見ても面白く無い。

やりすぎはよくない。

 

そういう時は調理をやめて、トマト(好きなもの)をひたすらかじる。

かじってかじってかじりまくる。

たまにきゅうり(別の好きそうなもの)や、あるいは肉(全く別ジャンル)をかじるのもいい。

ふっと、その瞬間に、好きなモノが蘇る。

 

ぼくは調理のためにトマトを集めていたんじゃない。

トマトが好きだから調理していたんじゃないか。

 

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何度でも言います。

「これ面白いよ!」は、人のためにはなかなかならない。

けれど「これ面白いよ!」を表現するために、視点の切り口をいれて、読み物やマンガや音楽として表現したら、それはもう「作品」。

 

二次創作? そうだね。

でも二次「創作」なのを忘れちゃいけない。

 

それは、ぼくの「好き」だ。

誰にも犯されることはない。

ただし、食べてくれる人……伝えたい相手を必死にイメージして、出来る限り手を入れて、調理したい。

伝わったら最高だけど、伝わらなくてもいい。

「へー」くらいまでいければ儲けもの。なるべく深いりはしない。

もちろん興味をもってくれて、話せる相手がいたら、友達になりたい。教えてと言われたらいくらでも教える。

 

その時も、閉じた空間で「いいよね」「いい」じゃなく、もっとオープンに、多角的に見られてば、きっと好きなモノはもっと好きになれる。

 

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最終的にたどりつくのは「自分が好き」だと思う。

 

こう書くと自分勝手に見えるかも。でも「自分が好き」って胸張って言える人なかなかいないよ?

ぼくはまだまだ無理。

自分のことは嫌い。好きになれない。精進しないといけないなって思う。つらい。

ただ、好きなモノを見つけた瞬間は「生きていてよかったな」って思える。

 

それを、ある程度年取って、何らかのカタチで伝えられた瞬間。

本当に生きていてよかったな、っておもう。

「これ面白いよ!」が料理になったら、嬉しいじゃん。

同じように「これは許せない」「これは耐えられない」を、悪口ではなくエンタテイメントとして料理して伝えられる人も、すごいんじゃないかな。

 

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アスカ「またあんた、そうやって自分の傷をなめようとする。あんたの好きなものは、人が嫌いなこともある。あなたは他人じゃない」

 

ああ、アスカ、誕生日おめでとう。

そうだね、でもぼくはぼくで、他人は他人だ。もう傷はなめない。

 

アスカ「あんたより優れた人はたくさんいる。あんたよりうまく調理する人はたくさんいる。そんな中でなぜあんたは必死になるの?そんなにも自分の中にいる、他人という虚像にすがりつきたいの?」

 

そうかもしれない。

ぼくの前にいるのは虚像じゃないよ。生身の人間だよ。相手を傷つけるかもしれないし、自分が傷つくかもしれないけど、ぼくは表現がしたいんだ!

 

アスカ「自分を好きになれない人間が、どれだけ「これ面白いよ!」と言ったって、それは作品にすがっているだけ。まずは自分を好きになりなさい。でなければ、好きだと思っているだけのものと一緒に死になさい。私は、自分を好きにならないあんたとだけは、一緒に「面白いね」っていうのは、イヤ」

 

 

おわり。

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