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たまごまごごはん このページをアンテナに追加 RSSフィード


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2015-06-14 私立リリアン女学園日記

[]リアルとファンタジーのバランス調整の取り方を、『あの花』から学んでみる

先日は「よもやま語りラジオ『なまたまご。』」聞いてくださった方ありがとうございました。

テーマは『あの花』でした。改めて「岡田麿里祭り」だったなあと感じました。

 

さて、アニメやマンガでは「ここからここまでがリアル・ここからはファンタジー」という線引がだいたいあります。

100%ファンタジー(空想・妄想)というのもあるけどね。

リアルなものを作りたい場合、1割くらい現実的な感覚を喚起させるものを入れると、生々しくなります。

たとえば、「血が出た」という描写で、どばーっと出ているだけならファンタジー寄せ。針が指に食い込んでぷちゅっと血が出る瞬間を描いたら、リアル寄せ。

表現の細かさのみならず、感覚(五感)にくるか否か。

あと、表現が現実かどうかだけではなく、「その世界」において正しいか否か。

 

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2011年に放送された『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』は、長井龍雪・岡田麿里・田中将賀の『とらドラ!』チームが作ったアニメ。

岡田麿里さんが、人間の「生」のリアルの入れ方のバランスがうまい。人によっては「どぎつい」「シモネタっぽい」という方もいるようです。でもそれは、生々しいって感じるからなんだよねえ。

『とらドラ!』も女の子がどろりとした感情を抱え込み、時に殴り合う、生々しい作品でした。あれはジュブナイルだった。

 

とはいえ、絵がヤスさんでかわいいので、やっぱり「アニメ」ファン向け。

じゃあ「あの花」は? というと、やっぱり作っている対象は「アニメファン」だったようです。

 

今でこそ、オタク・ヤンキー・サブカルが融合している時代です。

『あの花』はアニメを普段見ない層が最初に触れる作品として、よく使われます。

つうても、映画見に行った時はカップル数人、あとオタク、って感じだったけど(初回だったからかな

 

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『あの花』の劇場版で、ぼくが感心したのは、ミニスカートのあなるが、しゃがんだときにスッとパンツ見えないように隠すシーン。

じんたんと二人しかいないし、角度的には見えないけど。

その仕草をとることで「あなるならやるよね!」というリアリティを共有した感覚に陥りました。

実際はしらんよ。でも「この世界におけるリアル」であり「あなるというキャラクター」がそれなんですよ。

こういうのって、細くてもやたら印象に残る。そういうのが多い『あの花』。

 

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たとえばゆきあつの女装の話。

どうしてもギャグにされがちな彼のこのシーンです。でも響く人にはゴリゴリ響くと思うのよ。

なんといっても、彼めんまワンピースにするために、

・つるこを買い物に行く時連れて行って、「彼女のため」とか言ってワンピを探していた。

 バレるだろそれ。でもここで言い訳するのが、ゆきあつのキャラを象徴づけています。

 マラソンが「めんまのこと忘れるための枷」みたいな言い訳だったのと同じ。

・めんまの服を着る時はすね毛を剃っている

 涙ぐましい努力すぎる。

 別に「すね毛剃り」の情報なんていらんわけですよ、ストーリー的には。

 けれどこの情報がはいったことで、彼は生身の高校生であり、やるなら完璧派。

 没入して何も見えなくなって迷走している、というリアリティが出ました。

 

じんたんのひきこもり描写もそうですね。うまく調節されている。

放映当初は、人前でしゃべれなくなっちゃうじんたんの表現に、生々しすぎると多くの声があがったものです。

しかし、今あらためて見ると、「引きこもりって、もっと引きこもるよね?」という気がする。

部屋の中もこざっぱりしてるし、一応昼間に買い物に行くし。

 

また、学校に行くことに関しても「すぐには毎日は行けない」「だいぶ慣れてきてもたまに休む」のような絶妙なあたりで調節。

単語に引っ張られた「引きこもり」のテンプレートには乗っかっていません。

「じんたんの精神状態がどのくらいだから、このくらいならできるだろう」という描写。

 

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性の描写バランスはさらに気を使うところでしょうね。

あなるが、援交おじさんに迫られるシーン。

いやあ、ここは攻めに攻めてました。

でもこの援交おじさん慣れてるのかなあ?「真っ黒なんでしょ」とか言って女の子ついてこないやろ。

あ、そうか。あんま慣れてないから誘い方下手だし、ゆきあつきたあとショボショボ帰っていったのか。

彼が何も出来ないままヒョコヒョコ、カラオケに戻るか、家に帰るか考えているシーンを頭に浮かべるとちょっと面白い。

 

そもそも「ラブホテル」自体が、あまりアニメに出てこないというか、タブー視されているとこはあります。

「俺妹」みたいな入り方はマレです。

ラブホ自体は、じんたんの「ラブホ顔」発言で、否定はしていない。ここは重要。性的な場所がNGなわけではない。

問題なのは「援交」という行為で、それを象徴する場所としてここではラブホを出さねばいけなかった。

 

じんたんやあなるたちの「秘密基地」の真逆だったんだろうと思います。

「ラブホ」は生々しかった。

「秘密基地」はファンタジー化しつつある。

 

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めんまのキャラクターデザインは、初期は今とずいぶん違うものでした。

アニメスタイルより。

右が、めんまの初期デザインなんですが……これは「少女」だ。少女している。

赤です赤。赤がまずい。エロい。生きているものの色だ。

 

「めんま」というキャラクターはわりと学生がリアルに描かれたあの世界において、お前本当に高校生レベルなのっていう妖精みたいな立ち位置になっています。

幽霊だからとはいえ、幼すぎる。

たとえばこのシーン。

現状の絵だと、めんまが子供のようなので、それほどエロティックではありません。

しかし先程の赤スカートの頭身高いめんまだったら、やべえっすよ。

ワンピースじゃなく、スカートは重めで足が隠れているってのもまたね。

 

岡田麿里さんや田中将賀さんとしては「耐え難いエロス」はアニメ表現でカットしたそうです。

たとえばあなるのビッチ風スタイル。一話ではビッチめいていましたが、二話であっというまにデレた。昔のあなるになった。あれが限界。もっと引っ張ると別の作品になっちゃう。

でも生きている限りエロスはある。そこで「無邪気なエロス」にシフト。

こどもっぽいめんまのはだしや、ぱんつ隠すあなるなどの表現にスライドさせて、リアル(こちらの世界で捉えられる生々しさの方)からうまく乖離させています。

 

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……という話をラジオではしていました。

どの作品でも「どこにリアリティラインをおくか」「そこからどのくらいキャラの位置を調整するか」は行っています。

現実味のあるドラマの方が、その調節は微妙なバランスを有する、んじゃないかなあ。現実そのものを模写するんじゃだめなんだよ。アニメにしないと。

 

たとえば『響け!ユーフォニアム』は、リアルよりドラマ。音はかなり生々しい方向に振り切って(下手は下手、という演奏)、キャラはみどりちゃんたちを軸にして基本アニメっぽくしつつ、ヒロイン久美子に時折毒を垂らして味を出している。すごくうまい。

一方『SHOW BY ROCK』は何もかも「むこうの世界のルール」で動いているので、基本生々しさはない。しかし向こうの世界のルール内での「音楽の上手い・下手」の表現はかなりユニーク。現実味として、ロム兄さんが社会人で働いている、というエッセンス山椒みたいな乗せ方なのですごく好きです。

 

最近はリアリティのバランスがパッと見ても分かりやすくなってきているので、あえて古い作品で、どこまでがファンタジーで、どこにリアルを潜ませているのか、あるいはリアルを隠すことで読者・視聴者をどうだましているのか、探してみたら面白そうです。

 

 

 

 

 

 

終わり