船越さん

2時間ドラマの帝王といえば? と質問すれば、おそらく九分九厘ぐらいの確率で「船越さん。」という答えが返ってくると思う。いったいいつからそう呼ばれていたのかは知らないが、”帝王船越”といえば今や誰もが認める不動の地位を確立していると言っていいのだろう。サスペンスからコメディ、ヒューマニズムからハードボイルドへとどんな役でもこなして見せるその力量を武器に、今度は逆輸入的に連続ドラマ界へ、さらにはバラエティ界へと活躍の場を広げ、その勢いは衰えを見せない。

活躍ぶりはよく分かる。たしかに2時間ドラマ界を制覇したと言ってもいい。ただ一つ引っかかることがあるのは、”帝王”というその異名だ。船越さんと”帝王”がどうしても頭の中でイコールで結ばれない。どうにもざらつく。本来の意味はおいて置くとして、”帝王”といえばやはり悪だろう。僕が「スターウォーズ」や、低学年の頃に熱を上げた「ゾイド」等で得た知識によると、帝王や帝国は常に悪の権化ということになっている。地獄の帝王だとか、暗黒街の帝王だとか、あとミナミの帝王だとか、ともかくとんでもなく悪い奴が”帝王”を名乗ることになっている。それはもう、最低でも2,3人は地獄送りにした挙げ句、何食わぬ顔で日常生活を営んでいるぐらいが好ましいほどだ。

それを踏まえて、船越さんの顔を良く思い出してみてほしい。おそらく、口を軽く尖らせ、額に皺を寄せた悪戯っぽい表情の船越さんが脳裏に描かれることだろう。そして、その自愛に満ちた下がりきった眉尻からふと視線を上げると、そこには生まれたてのヒナ鳥を思わせるあのヘアースタイルが現れる。それらが相まって、どこか純真無垢な赤ちゃんのようなイメージすら想起させられるはずだ。ややもすると、ソニンちゃんに似ているような気さえしてくる。一言で言うと、「キューピーちゃん」っぽい。そして、何より、祭りが好きそうな顔だということも見逃せない。「ひょっとこ」に通じる何かがある。当然ながら、ねじりハチマキもこれ以上なく似合うに決まっている。ねじりハチマキを巻き、法被を羽織り、勿論ふんどしを締め、すごい笑顔で太鼓を叩くだろう。太鼓を叩く腕前も、もはや素人ではない。おそらく演じたことがあるであろう「祭り好きの下町人情探偵(普段は、居酒屋のオヤジとかしてる)」役で培った一流のテクを見せ付ける。すこし広くなった額には大粒の汗がにじみ、腹から出す気持ちよい大声を上げ、これでもかと祭の盛り上げに奮闘する。そんな船越だから近隣住民の評判もよく、また船越自身も地域との繋がりを大事にし、近所で火事があろうものなら、誰よりも早く現場に急行し、率先して消火活動に従事することだろう(※参考)。燃えている家の2階に子供が取り残されているのが見えるが、しかし、消防車がまだ来ない、そんな状況で迷いも無く船越は言う。「そのバケツを俺に貸せ!」そう叫ぶや否や頭から水をかぶり、周りの静止も聞かずに一人火の中に飛び込んでいく船越。なんとか救出に成功したものの、案の定深手を負い、担架で運ばれる船越が、心配そうに見つめるさっき助けた子供に満面の笑みで言う。「坊主、母ちゃん大事にしろよ。」それが船越である。それでこその船越だろう。

思いのほか無限の広がりを見せる人生初の船越妄想に夢中になってしまったが、何が言いたいのかというと、船越からは微塵も悪の匂いがしないということだ。悪じゃない人を”帝王”と呼ぶのは、やはり何かとまずいのではないか。罪悪感で押し潰されてしまいそうだ。ここは別の異名を考えるべきであろう。2時間ドラマの大統領なんて最適なんじゃないかと思う。大統領と聞いて通常イメージするのは、アメリカの元首だが、そっちじゃなくて、居酒屋の、それも自販機でワンカップ大関を買って飲むタイプの立ち飲み屋から聞こえてくるお決まりのセリフ、即ち「よっ大統領!」をイメージしてくれるとありがたい。ありがたい?何書いてるんだ俺は。