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槇〜みやまきのキューバと日本

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2013-04-01 北の多喜ニ、南の槇村浩〜“槇村浩に会いに”


槇村浩に初めて出会ったのは、私が19歳の時、青春真っ只中。

槇村浩の詩に出会った時の衝撃的な感動を、今も忘れない。




行ったことの無いところ、見たことも無いことを、何故、あんなに眼の前に見ているかのように、描けるのだろう。

その想像力は、人類の未来を描くに最も適した能力なのではないだろうか。

しかも、その詩を書いたのは、今の私と同じ、19歳。

“間島パルチザンの歌”

その情景描写は、

私の知らない大地を、森を、谷を、

まるで見ているかのように伝えてくれる。

その知らない世界を、聞いたことも無い歴史を、見知らぬ人々を、

もしかして案外身近な人たち、生活が似ている人々、

息遣いが感じられるような、懐かしさのような温もりが肌に、

とっても近しい気持ちを抱かせる、

そしてそして、

光が差し込んでいるような“希望”を、

胸ときめく未来を語って、

その雄々しくしっかと進む確かさを伝えてくれた、

我が青春の“槇村浩”




19歳の私に、槇村浩は語りかけてくれた。

忘れられないことだったが、

私の人生が始まり、

筆舌、とても表し切れない数々が立ち現れ、消えて、

歳月は過ぎて、

青春の胸の騒ぎは、違った形で、感じ方で、いっそう現実的で、

年月は過ぎていった。



今、あの槇村浩に再会するなんて、人生は深い。

なんて素晴らしいのだろう。

今また、こうして読み返してみる機会に恵まれ、

あのときの感動とはまた違って、さらに深められているように感じる。




“生ける銃架”

“出征”“明日はメーデー”作品を読む。

西森茂夫 元平和資料館・草の家館長の味わい深い解説。

歴史の跡を辿る貴重な“写真集”で教えてくれる、戸田郁子さんの語り。

槇村浩の謳った“間島”を、初めて知る。

なんと素晴らしい企画。

高知の“槇村浩生誕100周年記念のつどい”




人生の始まりの時に出会い、

酸いも甘いも噛み分け、噛み締めてきた、今また出会えた幸せ、

ありがとう、と、我が友に伝えたい。

敬愛を込めて、槇村浩に、

我が青春だけでなく、世界の青春に、未来を語った槇村浩。



もういちど、

あの土佐の高知、自由民権の地、平和資料館を、訪ねてみたい、

日本の夜明けを闘った歴史を感じながら。