Hatena::ブログ(Diary)

壺中の天  −自戒の意味を込めて −

2010-01-23 指揮権を発動せよ!!

 権力者と、良心の権化である検察との戦いとして報じられている一連の小沢問題であるが、その実態はどうなのか。

 さいわい、現在はネットや、記者クラブに入れてもらえない、いわゆる「三流マスコミ」もたくさんあるので、公平に情報を分析すれば、おのずと浮かび上がってくる形が見えてくるはずだ。

 順を追って話そう。

 今回の事件?はおかしななことだらけだ。まず、逮捕された石川議員が、普通なら在宅で取り調べるはずの微罪にすぎない記載漏れで逮捕されたこと。

 石川氏の弁護人、安田好弘、岩井信両弁護士は、17日、石川議員が任意聴取の段階で検事らから「容疑を認めないと自宅に帰さない」などと、自白を強要されていたと発表している。安田弁護士らは「全面可視化が自白の強要や冤罪を防ぐのに不可欠である」として、地検最高検東京高検法務省に対して、石川容疑者に対する取り調べの全過程の録音、録画(全面可視化)を求める申し入れ書を送付している。

 

 つぎに、やたら、取り調べ情報が、新聞テレビで微細に報道されること。

 たとえば、「任意聴取で(石川容疑者が)『これ以上は小沢先生に相談しないと話せない』と涙ながらに話した」などというもの。しかし、そのような事実は無いと石川氏の弁護人は否定している。1月16日のTBS報道特集NEXT」で、その弁護人の発言は、報道されている。(番組サイトにも記事は掲載されたらしいが、数時間後には削除されたという。)

 

 まあ、百歩譲って、内容をリークすることの是非はひとまず置くとして、検察の言ってることが本当で、石川議員の弁護人がでっち上げの内容をしゃべっている可能性もないではない。しかし、ここで考えて欲しい。例の推理小説の探偵が真っ先に考える、あの、誰が一番得をするのかということである。これは、検察だけではない、記者クラブ依存の大マスコミも含めての話だ。

1,小沢一郎が念願の官僚機構改革に手を付けたら、東京地検特捜部はその対象となるであろうこと。 

2,民主党が、検察の取り調べの可視化法案を出そうとしていること。

3,民主党が、新聞社が放送局株主となることへの規制を考えていること(一部の勢力による報道統制を防ぐためである)。

4,一旦はあきらめたかに見える記者クラブの廃止を、民主党がまだあきらめていないこと。記者クラブが廃止されれば、当然検察や警察からのリーク記事を、一部大マスコミが独占的に書くことはできなくなるわけだ。

 官僚たちが怖いのは、鳩山でも民主党でもなくて、小沢一郎だ。小沢さえつぶせば、民主党を取り込んで骨抜きにするのはたやすいと考えている。そのための先兵が東京地検特捜部なのだ。

 私たちは、権力というのは政党の幹部だと思ってきた。自民党さえつぶせば、もう少し民意の通る民主国家になると思ってきた。かつて、細川内閣ができたとき、スキャンダルでつぶしたのも自民党だと思ってきた。しかし、そうではなかったことが、今回の騒ぎではっきり見えてきている。政党政治家も所詮傀儡で、実際に国をうごかしているのは、政財官と報道の複合体であり、彼らは、危機になればデストラーダ小泉や、竹中スネオを送り込んで民意を惑わそうとする。あれだけ国を引っかき回して何ら反省の色もない竹中のごときが、しゃーしゃーとまたぞろテレビに出だして、自分の改革は成功だったなどとうそぶいているのを見れば、敵がだれかはわかろうというものだ。

 私たちは、目覚めなければならない。大本営発表を国民が信じていたのは遠い昔の話だと思っていたとしたら、大間違いである。官僚検察の都合のいい記事ばかりをリークし続ける大マスコミ報道は、未だに大本営発表記事のままなのだ。彼らは全く反省してはいない。

 検察も含めた官僚たちは、国民も議員もばかだから、自分たちが国を正しく運営せねばならず、そのための権限も報酬も保証されるべきだと考えているのだ。

 このままでは、恐るべき警察国家に逆戻りだ。私たちは、軍と特高のの支配する時代に逆戻りしなければならないのか!それは、あまりにもソフトで巧妙なためにそれと気づかせない点では、戦前よりもっと怖い世界だ。オーウェルの「1984年」の世界であり、映画「ターミネーター」のロボット支配の世界でもある。

 鳩山首相は何を恐れることもない。もしも、小沢氏に逮捕状が出たばあい、三権の分立のために保証されている指揮権を発動するよう、千葉法相に促すべきだ。

朝日、読売に目を通すだけでなく、日刊ゲンダイ(大手出版系でも大手新聞社系でもないので、その点では信用できる。)、週刊スパ(親会社がフジサンケイにもかかわらず、結構いい記事が載っている。)にも目を通して欲しい。最後に、私が参考にした、以下のサイトにも目を通してみることをお薦めする。

http://sensouhantai.blog25.fc2.com/blog-entry-812.html

http://www3.diary.ne.jp/user/338790/

2009-12-31 年の果てる日に北の果て


今年も今日で終わりですが、北の果てまで流れてきてしまいました。って、女房の里なんですが、…。

生まれて初めて東北新幹線に乗りました。速いなあ。昔は、夜汽車で一晩かかったんですけどね。

ええ、青森駅は雪の中でした。北へ帰る人の群れは、この頃は連絡船じゃなく、特急スーパー白鳥に乗って青函トンネル を通って帰るので、皆多弁です。ああ、昭和も演歌も遠くなりました。

ホントにたまにしか書かないブログに付き合ってくださった、数少ない皆様。本年も一年間ありがとうございました。

どうかよいお年をお迎えください。

take-bowtake-bow 2009/12/31 23:22 寒さも厳しい年の瀬ですね。3ヶ日まで津軽なのですか?良い年をお迎え下さい。

makinoranmarumakinoranmaru 2010/01/05 10:02 takebowさん、あけましておめでとうございます。津軽は大晦日から2日まで、ずっと吹雪いていました。3日の夜中の12時過ぎに戻って来ました。帰りは飛行機だったんですが、出発が遅れて帰宅も夜中になってしまいました。4日は朝から仕事だったので、レスが遅れました。すみません。今年も宜しくお願い致します。

2009-12-13 天地の間にほろと時雨かな

 どうしようもない男というものはいるもので、嘘をついては親戚中から金を借りまくる。あげくに出奔してしまう。長くて数年、早けりゃ半年もすればまた家に戻り、何食わぬ顔でまた、親戚に顔出しなどしている。田舎というのはありがたいもので、未だに共同体が、少なくとも親戚の間では残ってるので、また、この男を受け入れてみんな暮らしている。そんなことを繰り返していた男だが、この男、地元の進学校を出て、東京のそこそこの大学に進学して、途中で退学。職を転々としながら、上記のような生活を送っていた。

 私の従弟である。彼は三つの時に農機具に左手を挟まれ、左手の親指以外の指を失っていた。私より七つ下で母方の叔父のひとり息子である。その叔父は、彼が小学五年の時自死した。家も近かったこともあり、私を慕い、いつも犬っころのように私の後をついてきていた。そして、私の後を追うように、同じ高校に入り、東京に出てきた。

最初の嘘はそのころ。彼は死んだ叔父の隠し子の話をでっち上げ、彼の妹に当たるその子への援助の必要性を訴え、私と私の兄から数百万の金をだまし取った。私たちは、事が事だけに親や親戚に内緒で金を借りて彼に渡した。微にいり細に渡る彼の虚言は、名人芸だった。幼いころから兄弟のように育ち、いつも慕ってくれていた男がまさか嘘をついて金をだまし取るとは思わなかった私たちも間抜けではあった。その金は、あとで彼の母親が返してくれたが、その後も、彼の虚言癖はなおらなかった。たまに田舎に帰ったときに顔を見ることもあるし、見ないこともあった。見ないときは、すなわち出奔しているときである。周りもだんだん驚かなくなり、苦労するのは、年老いた彼の母親だけだった。

 数年前、死んだ父の一周忌に帰ったときに、二人で近くのひなびた山の温泉に行ったことがあった。広い石組みの湯船と洗い場には彼と私の二人だけだった。そのとき、彼はぽつりぽつりと近況を話した。

 ある女性と知り合い、しばらく一緒に暮らしていたらしかった。ところが、その女性が癌になり、亡くなったという。最後は衰弱した体を毎日病院の風呂に入れてやり、体を洗ってやったこと、その女性には高校生の女の子がおり、その子も養っていたこと。女性の父親が人工透析をしており、その面倒も見ていたこと。彼は、そんな話をとりとめなく話した。この話は、本人の口から聞くのは初めてだったが、母から予め聞いていた話であり、どうやら今度は嘘ではないようだった。女性が死んだ後、女性の兄まで現れて半分たかられるような状態になり、たまらず、その一家と縁を切ったという。

 彼は、話を終えてしばらくの沈黙の後、どうして俺だけこんなに運が悪いんだろう。とひとりごちた。

 彼の行状のそもそもの原因は幼児期の不遇にあったのかもしれないし、彼が周囲をだましたのは、同じ一族に生まれながら、たいして不幸を味わうこともなく生きている者たちへの復讐だったのかもしれない。彼が最も金をせびった伯母は、かれが指を失うに至る農機具の誤操作をした人だった。伯母は戦争未亡人であり、娘二人と実家に身を寄せ、大きな農家であった実家の農作業を手伝いながら生きていた人で、決して彼に比べて幸せな人生を送っている人ではなかった。伯母はさらに甥の体を傷つけるという十字架を背負わねばならなかった。伯母は、従弟に終生甘かった。不幸と不幸が癒着し爛れていた。その伯母も数年前に亡くなった。

 そして、先月、従弟が死んだ。何度目かの出奔中に、実家の近くの町で、車の中で死んでるところを発見された。事件性は無く、おそらくは虚血性の心疾患だったようである。

   天地(あめつち)の間にほろと時雨かな

 虚子の句。時雨は天と地の間で生まれ、ほろと落ち消える。我々の人生が、所詮は諸行無常とはいえ、やはり、時雨のようなはかない人生は悲しい。従弟はどうしようもないやつだったが、あまりにかわいそうな人生だった。彼に幼いころは兄のように慕われながら、そして大人になってからも、おそらく慕ってくれていたろうに、私は、彼に何もしてやれなかった。もう少し、せめて話だけでも聞いてやればよかった。

 先々月、私は母を失った。親が子に先立つのは道理であり、ほぼ平均寿命だったこともあり、母の死はやむを得ないことと、穏やかにとらえることができた。しかし、母の、彼にとっては伯母の葬式にも来ていなかった従弟の、突然の死は、なかなか受け入れられないでいる。

 せめて、ここにこうして繰り言を書くことで、彼がこの世に束の間いたことの証としたい。

つまらない話につきあってくださった方、ありがとうございました。そんな男のことを、わずかの間でも記憶にとどめていただければ幸いです。

takebowtakebow 2009/12/14 11:14 時雨って、初冬の季語なんですね。日本国語大辞典のHPに「本来の意味では関東平野に時雨はない」とありました。確かに。京都や山間の土地にはピッタリの季語ですね。故郷にも合いそうな季語です。

makinoranmarumakinoranmaru 2009/12/15 11:03 >takebow様
 コメント、ありがとうございます。
 時雨は、初冬のしとしと降る雨のことですが、地域によって降ったり降らなかったりするみたいですね。気象学的には、特に冬のものとは限らないようです。
 この句は、虚子が、知人が死んだ時の気持ちを句にしたものだという説があります。

2009-07-25

いや、飯炊きじゃなくて、火焚き 16:13

(承前)

 今回のキャンプには4つの目的がありました。

 1、前回買えた、筍や梅干しのようなうまい物を見つけて食べる。

 2、道志水源の森にある「九割蕎麦」で、蕎麦を食う。

 3、これも前回成功したヤマメの薫製を大量生産する(というほどのこともないけどね)。

 4、実は、これがメイン。火を焚く!! それも、女房に内緒で買って、既に車に積み込んであるピラミッドグリル“XL”で焚く。

 まあ、そういうわけで、家族連れのキャンパーに比べれば、極力飯炊きキャンプを忌避した私らのキャンプの食事たるや貧弱なものです。

 1日目 朝食 車中で、持参したおにぎり。

     昼食 「九割蕎麦」で、蕎麦

     夕食 牛ロース、豚トロ、えび、鶏腿肉、などと自家製野菜(ピーマン、ナス、ズッキーニ)を、(二人なので)ほんの一口ずつの、豪華だか貧相なのかわからないバーベキュー。

 2日目 朝食 明星究麺のチャンポン。ええ、カップ麺です。究麺は、焼きそば豚骨ラーメンも私には“もひとつ”ですが、チャンポンはストライクでした。

     昼食 帰る途中で、ラーメン

 道志の道の駅で見つけたヤングコーン10本入り百円は、バーベキューにして食ったけど、安くて美味でした。(写真とるのを忘れました。)翌日、もう一度道の駅に行ったら、もう売り切れてました。

 これが、「九割蕎麦」の蕎麦定食

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 蕎麦のおかわり自由(無料)なので、さらに、せいろ二つ追加。もう、無理。

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 これが、「ピラミッドグリルXL」

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 大量生産を試みたヤマメの薫製の風乾情景

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 そして、結局帰ってから燻煙をかけてできあがった完成品。超美味!!

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 というわけで、ピラミッドグリルはとても快適でした。U字溝より火の持ちがずっといいし、何より、灰がたくさん残るので、持ち帰って畑の肥やしにしました。

 では、本日のメインイベント。

 アホかと言うもよし。まったりするもよし。楽しんでください。後半、久しぶりに聞いたゾクの爆音もなかなかのものでした。

D

2009-07-21 また行ったけど、行くまでが大変!

 直前にキャンプ場に電話入れたら、たまたま空いていたので、またキャンプに行って来ました。

 箱根に行くつもりで、そちらのキャンプ場のいくつかに電話入れたら、どこも満杯。あきらめて、行く先を慣れた道志に変更。でも、時既に遅く、こちらもどこも満杯。予約不要の早い者勝ちキャンプ場に早朝出発で行かざるを得ないかと思いつつ、5月に行ったキャンプ場に(ネットで予約状況を見たら、既に満杯)一縷の望み(タイミングよくキャンセルが出ているかもしれないという希望的観測)を託して電話。管理人さん一家のおばあちゃんが電話に出て、18日も19日も中央のサイトが空いているとのこと。一応18日を予約。19日も押さえておくことにした。

 翌日(って、このときもう17日)、我が家のご主人(私の配偶者です)が、疲れるから一泊しかしたくないとおっしゃるので、押さえておいた19日をキャンセルすることにして、キャンセル料半端じゃないよなあなどと思いつつ、再度電話。今度は管理人さんが出たので、19日をキャンセルする旨を伝えると、そもそも18日も19日も私の名前での予約は受けていないとのこと。

ゲッ!

 もう、おわかりの通り、おばあちゃんはてっきり8月18日の予約だと思っていたのでした。まあ、当然の判断ですが……。この時期に、2日前に予約入れようとする馬鹿がいるとは、誰も思わないわなあ。

 ところが、なんと、第2サイト(第1サイトは、5月に行った時の川沿いのサイト。第2サイトは、第1サイトの背後の森の中。)が一つ18日だけ空いているとのことで、早速改めて予約。

 着いたのが、ここでした。


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つづく




 

 

take-bowtake-bow 2009/07/26 09:37 また行かれたんですね。しかも三連休中によくとれましたねぇ。今はお忙しいのですよね?

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