274-0805 船橋市二和東1-9-11 二和小学校南側
滝不動の先、二和小学校の南側、
義母お気に入りの梨屋さんの前の道路の真ん中に、
所々中断しているものの、
まるで大きなグリーンベルトのように、
この土手が東西に走ります。
この船橋市教育委員会の案内板で、
大体これが何なのか分りました。
何度かこのブログにも書いた通り、
この現・千葉県北西部の広大な平地には、
江戸時代、幕府の設置した、
小金牧という名の軍馬育成の放牧場がありました。
この小金牧、あまりに広大な為、
五つに分れ小金五牧ともいわれ、
この現・船橋、習志野、八千代市の最南部は、
小金下野牧と呼ばれました。
この土手は、その小金下野牧の、
野馬を管理する為の土手ですが、
これは特に、野馬を集める際に、
「野馬追い」で使った、
「勢子土手」であったそうです。
この土手の低さをみると、
改めて明治以前の日本の馬の小ささを再認識させられます。
時代劇のサラブレッドはあれ本当はいませんよ。
こんな低い土手に追い詰められちゃうほど、
小さな小さな馬だったんです。
→ 星影神社
さてこの小金牧は、
この案内板の通り、
維新後に明治政府の窮民授産事業として、
明治二年(1869)に「下総牧々開墾大意」が、
民部省に上申されて廃止され開墾がなされます。
この星影神社の際にも書きましたが、
開墾は入植順に地名に数字が付けられ、
この船橋市二和も、
その開墾順が二番目ということです。
今一度その開墾順位と、
その地名をここに再び挙げておきます。
- 初富
- 二和
- 三咲
- 豊四季
- 五香
- 六実
- 七栄
- 八街
- 九美上
- 十倉
- 十余一
- 十余二
- 十余三
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