東京地裁平成7年12月18日ラストメッセージ事件

創作性 −ラストメッセージ著作権法判例百選第4版[3]8-9頁)
東京地裁平成7年12月18日 書籍発行等差止請求事件
ラストメッセージin最終号事件

争点
雑誌の最終巻の挨拶文に著作物性は認められるか。

結論
挨拶文のうち、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた表現であるものについてその著作物性を否定し、執筆者の個性がそれなりに反映された表現のものを著作物である

事案の概要
当事者
① 原告
各出版社X1〜X10
② 被告
出版社Y
原告著作権
③ 各原告は、かつて、「雑誌名」欄記載の各雑誌を出版、発行していたが、それらの雑誌の休刊又は廃刊前の最終号に、ラストメッセージを掲載した。
被告の著作権侵害行為
④ 被告は、被告書籍を平成5年9月25日ころから発行し、販売頒布している。
⑤ 被告書籍は、昭和61年から平成5年までの間に休刊又は廃刊となった各雑誌の最終号の表紙、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれた文章あるいはイラスト等を集めた書籍であって、被告は、右各雑誌の表紙、記事、イラスト等を電子複写機器により機械的に複製した上で休廃刊の年毎にまとめ、写真製版の方法により印刷し、被告書籍を製本した。
⑥ 被告書籍は、冒頭の目次部分と末尾のあとがき部分の外は、全て右複製により構成されている。
⑦被告書籍に複製された記事の中には、原告らが発行又は出版した雑誌に掲載された本件記事が含まれている。
⑧ 被告は、本件記事を著作権者である各原告に無断で右のとおり複製し、これにより各原告の著作権を故意に侵害した。
原告の損害
⑨出版物の販売価格や複製部数の如何を問わない著作権使用料(承諾料)として一定の金額の支払いを受けることは、出版社や新聞社等の業界において通常行われているところであり、その最低額は金5000円を下ることはない。
⑩したがって、原告らは、仮に各本件記事の転載使用を被告に許諾するとすれば、著作権使用料として少なくとも一点あたり5000円を受領するところであるから、被告に対し、各点数の記事の著作権の利用により通常受けるべき金銭として、以下の金額をそれぞれ賠償請求する。
 X1 5点 2万5〇〇〇円
 X2 9点 4万5〇〇〇円
 X3 4点 2万円
 X4 5点 2万5〇〇〇円
 X5 2点 1万円
 X6 6点 3万円
 X7 5点 2万5〇〇〇円
 X8 2点 1万円
 X9 1点 5〇〇〇円
 X10 6点 3万円
弁護士費用
⑪原告らは、原告ら訴訟代理人に委任して、被告書籍の発行、販売及び頒布の差止めを求める仮処分の申立てを東京地方裁判所に行い、平成6年4月6日、原告らの申立てを認める仮処分決定が発令された。
 原告らは、右仮処分申立事件について、原告ら訴訟代理人に対し、着手金7万円及び報酬金7万円(別途消費税各2100円)をそれぞれ支払った。
⑫原告らは、本件訴訟の遂行を原告ら訴訟代理人に委任し、着手金7万円及び報酬金7万円(別途消費税各2100円)をそれぞれ支払うことを約した。
⑬各原告が支払い又は支払うことを約した一社当たりの弁護士費用28万円(別途消費税8400円)は、被告の不法行為による損害として被告が負担すべきものである。
請求
⑭よって、原告らは、被告に対し、著作権法112条、113条に基づき被告書籍の発行、販売等頒布の差止めを求めるとともに、民法709条、著作権法114条2項に基づき、請求の趣旨記載の金員及びこれに対する不法行為の後で、訴状送達の日の翌日である平成6年5月27日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。


判旨
Ⅰ 本件記事の著作物性について
1 ある著作が著作物と認められるためには、それが思想又は感情を創作的に表現したものであることが必要であり(著作権法2条1項1号)、誰が著作しても同様の表現となるようなありふれた表現のものは、創作性を欠き著作物とは認められない。
 本件記事は、いずれも、休刊又は廃刊となった雑誌の最終号において、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれたいわば挨拶文であるから、このような性格からすれば、少なくとも当該雑誌は今号限りで休刊又は廃刊となる旨の告知、読者等に対する感謝の念あるいはお詫びの表明、休刊又は廃刊となるのは残念である旨の感情の表明が本件記事の内容となることは常識上当然であり、また、当該雑誌のこれまでの編集方針の骨子、休廃刊後の再発行や新雑誌発行等の予定の説明をすること、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨要望することも営業上当然のことであるから、これら五つの内容をありふれた表現で記述しているにすぎないものは、創作性を欠くものとして著作物であると認めることはできない。
2 右観点からすると、本件記事は、いずれも短い文で構成され、その内容も休廃刊の告知に加え、読者に対する感謝、再発行予定の表明あるいは、同社の関連雑誌を引き続き愛読してほしい旨の要望(4の記事)にすぎず、その表現は、日頃よく用いられる表現、ありふれた言い回しにとどまっているものと認められ、これらの記事に創作性を認めることはできない。
3 他方、右7点を除くその他の本件記事については、執筆者の個性がそれなりに反映された表現として大なり小なり創作性を備えているものと解され、著作物であると認められる。


Ⅱ 公正使用(フェア・ユース)の抗弁について
 被告は、「フェア・ユース」に関する一般的条項を持たない我が国においても、「フェア・ユース」の法理が適用されるべきである旨主張する。
 しかしながら、我が国の著作権法は、1条において、「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作権の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産としての著作物の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もって文化の発展に寄与することを目的とする。
」と定めていることからも明らかなように、文化の発展という最終目的を達成するためには、著作者等の権利の保護を図るのみではなく、著作物の公正利用に留意する必要があるという当然の事理を認識した上で、著作者等の権利という私権と社会、他人による著作物の公正な利用という公益との調整のため、30条ないし49条に著作権が制限される場合やそのための要件を具体的かつ詳細に定め、それ以上に「フェア・ユース」の法理に相当する一般条項を定めなかったのであるから、著作物の公正な利用のために著作権が制限される場合を右各条所定の場合に限定するものであると認められる。そして、著作権法の成立後今日までの社会状況の変化を考慮しても、被告書籍における本件記事の利用について、実定法の根拠のないまま被告主張の「フェア・ユース」の法理を適用することこそが正当であるとするような事情は認められないから、本件において、著作権制限の一般法理としてその主張にかかる「フェア・ユース」を適用すべきであるとの被告の主張は採用できない。
Ⅲ 引用の抗弁について
著作権法32条1項所定の引用とは、紹介、参照、論評その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうものであり、また、引用に該当するためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して認識することができ、かつ右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められることを要するものと解される。
 そして、編集物の素材として他人の著作物を採録する行為は、引用に該当する余地はないものと解するのが相当である。即ち、著作権法32条1項の第1文は、「公表された著作物は、引用して利用することができる。」と定めているから、引用した側の著作物の複製等の利用の際に必然的に生ずる引用された著作物の利用に、その引用された著作物の著作権は及ばないことは明らかである。
 これに対し、同法12条は、1項において、データベースに該当するものを除く編集物でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する旨を定めた上、2項において、「前項の規定は、同項の編集物の部分を構成する著作物の著作者の権利に影響を及ぼさない。」と定めているから、一項の要件を充足し著作物として保護されるいわゆる編集著作物の複製等の利用の際に必然的に生ずる編集物の部分を構成している素材の利用に、その素材の著作物の著作権が及ぶことを意味することも明らかである。してみると、編集物の素材として他人の著作物を採録する行為を引用にあたるものとして、編集物の複製等の利用の際の素材の著作物の利用に、その著作権が及ばないものとする余地はないものというべきである。
被告書籍は、昭和61年から平成5年までの間に休刊又は廃刊となった各雑誌の最終号の表紙、休廃刊に際し出版元等の会社やその編集部、編集長等から読者宛に書かれた記事あるいはイラスト等を集めた書籍であって、被告は、右各雑誌の表紙、記事、イラスト等を電子複写機器により機械的に複製した上で休廃刊の年毎にまとめ、写真製版の方法により印刷したものであり、被告書籍は、冒頭の目次部分と末尾のあとがき部分の外は全て右複製により構成されている
Ⅳ 差止請求
被告の抗弁はいずれも理由がなく、被告による被告書籍の発行は、本件記事について原告らがそれぞれ有する著作権(複製権)を侵害するものであると認められるから、原告らは被告に対し、著作権法112条1項に基づき、各原告が著作権を有する各本件記事部分を含み不可分の一冊の書籍である被告書籍の印刷、製本(著作権法3条所定の発行行為の中の複製に相当する部分)の差止めを求めることができる。
Ⅴ 損害賠償請求
被告は、被告書籍に掲載した記事について出版元200社に対し掲載の許諾を求めておきながら、原告らから本件記事の掲載を許諾するとの回答を得ないのみか、原告らの6社からは許諾しないとの回答を受けながら被告書籍の出版に踏み切った事実が認められるのであるから、被告は少なくとも過失により原告らの著作権を侵害したものと認められ、民法709条に基づき、被告は各原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。