ピンクレディー事件 最判平成24年2月2日

ピンクレディー事件 最判平成24年2月2日

パブリシティ権不法行為


著名人等の氏名や肖像等が有する顧客吸引力のもつ経済的価値を排他的に支配する権利を「パブリシティ権」と呼ばれますが、日本法では明示的に定める法制度はありません。
一方で、マーク・レスター事件(東京地判昭和51年6月29日)等下級審裁判例では「パブリシティ権」を認めており、本判決でもそれを承認しています。
そして、本判決では、パブリシティ権の侵害判断要素として、①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,③肖像等を商品等の広告として使用するなど,「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合」を判断基準としている判例として重要ですね。



第1 判旨

人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される


そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。



他方,肖像等に顧客吸引力を有する者は,社会の耳目を集めるなどして,その肖像等を時事報道,論説,創作物等に使用されることもあるのであって,その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。



そうすると,肖像等を無断で使用する行為は,


①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,


②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,


③肖像等を商品等の広告として使用するなど,


専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。


第2 全文(■の筆者)

主 文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人らの負担とする。

理 由

上告代理人中村稔ほかの上告受理申立て理由について

■ 事案の概要

1 本件は,上告人らが,上告人らを被写体とする14枚の写真を無断で週刊誌に掲載した被上告人に対し,上告人らの肖像が有する顧客吸引力を排他的に利用する権利が侵害されたと主張して,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。


■ 事実関係の概要

2 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。

(1)
ア 上告人らは,昭和51年から昭和56年まで,女性デュオ「ピンク・レディー」(以下,単に「ピンク・レディー」という。)を結成し,歌手として活動をしていた者である。

ピンク・レディーは,子供から大人に至るまで幅広く支持を受け,その曲の振り付けをまねることが全国的に流行した。

イ 被上告人は,書籍,雑誌等の出版,発行等を業とする会社であり,週刊誌「女性自身」を発行している。

(2) 平成18年秋頃には,ダイエットに興味を持つ女性を中心として,ピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法が流行した。

(3)
ア 被上告人は,平成19年2月13日,同月27日号の上記週刊誌(縦26㎝,横21㎝のAB変型版サイズで約200頁のもの。以下「本件雑誌」という。)を発行し,その16頁ないし18頁に「ピンク・レディー de ダイエット」と題する記事(以下「本件記事」という。)を掲載した。

イ 本件記事は,タレント(以下「本件解説者」という。)がピンク・レディーの5曲の振り付けを利用したダイエット法を解説することなどを内容とするものであり,本件記事には,上告人らを被写体とする14枚の白黒写真(以下「本件各写真」という。)が使用されている。

(4)
ア 本件雑誌16頁右端の「ピンク・レディー de ダイエット」という見出しの上部には,歌唱している上告人らを被写体とする縦4.8㎝,横6.7㎝の写真が1枚掲載されている。

イ 本件雑誌16頁及び17頁には上下2段に分けて各1曲の振り付けを,同18頁の上半分には残りの1曲の振り付けをそれぞれ利用したダイエット法が解説されている。

上記の各解説部分には,それぞれのダイエット効果を記述する見出しと4コマのイラストと文字による振り付けの解説などに加え,歌唱している上告人らを被写体とする縦5㎝,横7.5㎝ないし縦8㎝,横10㎝の写真が1枚ずつ,本件解説者を被写体とする写真が1枚ないし2枚ずつ掲載されている。

ウ 本件雑誌17頁の左端上半分には,ピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法の効果等に関する記述があり,その下には水着姿の上告人らを被写体とする縦7㎝,横4.4㎝の写真が1枚掲載されている。

また,同頁の左端下半分には,本件解説者が子供の頃にピンク・レディーの曲の振り付けをまねていたなどの思い出等を語る記述がある。

エ 本件雑誌18頁の下半分には「本誌秘蔵写真で綴るピンク・レディーの思い出」という見出しの下に,上告人らを被写体とする縦2.8㎝,横3.6㎝ないし縦9.1㎝,横5.5㎝の写真が合計7枚掲載されている。その下には,本件解説者とは別のタレントが上記同様の思い出等を語る記述があり,その左横には,上記タレントを被写体とする写真が1枚掲載されている。


(5) 本件各写真は,かつて上告人らの承諾を得て被上告人側のカメラマンにより撮影されたものであるが,上告人らは本件各写真が本件雑誌に掲載されることについて承諾しておらず,本件各写真は,上告人らに無断で本件雑誌に掲載された。

■ 判旨

(1) 人の氏名,肖像等(以下,併せて「肖像等」という。)は,個人の人格の象徴であるから,当該個人は,人格権に由来するものとして,これをみだりに利用されない権利を有すると解される(氏名につき,最高裁昭和58年(オ)第1311号同63年2月16日第三小法廷判決・民集42巻2号27頁,肖像につき,最高裁昭和40年(あ)第1187号同44年12月24日大法廷判決・刑集23巻12号1625頁,最高裁平成15年(受)第281号同17年11月10日第一小法廷判決・民集59巻9号2428頁各参照)。

そして,肖像等は,商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり,このような顧客吸引力を排他的に利用する権利(以下「パブリシティ権」という。)は,肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから,上記の人格権に由来する権利の一内容を構成するものということができる。


他方,肖像等に顧客吸引力を有する者は,社会の耳目を集めるなどして,その肖像等を時事報道,論説,創作物等に使用されることもあるのであって,その使用を正当な表現行為等として受忍すべき場合もあるというべきである。

そうすると,肖像等を無断で使用する行為は,
①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し,

②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し,

③肖像等を商品等の広告として使用するなど,専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に,パブリシティ権を侵害するものとして,不法行為法上違法となると解するのが相当である。

(2) これを本件についてみると,前記事実関係によれば,上告人らは,昭和50年代に子供から大人に至るまで幅広く支持を受け,その当時,その曲の振り付けをまねることが全国的に流行したというのであるから,本件各写真の上告人らの肖像は,顧客吸引力を有するものといえる。

しかしながら,前記事実関係によれば,本件記事の内容は,ピンク・レディーそのものを紹介するものではなく,前年秋頃に流行していたピンク・レディーの曲の振り付けを利用したダイエット法につき,その効果を見出しに掲げ,イラストと文字によって,これを解説するとともに,子供の頃にピンク・レディーの曲の振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するというものである。

そして,本件記事に使用された本件各写真は,約200頁の本件雑誌全体の3頁の中で使用されたにすぎない上,いずれも白黒写真であって,その大きさも,縦2.8㎝,横3.6㎝ないし縦8㎝,横10㎝程度のものであったというのである。

これらの事情に照らせば,本件各写真は,上記振り付けを利用したダイエット法を解説し,これに付随して子供の頃に上記振り付けをまねていたタレントの思い出等を紹介するに当たって,読者の記憶を喚起するなど,本件記事の内容を補足する目的で使用されたものというべきである。

したがって,被上告人が本件各写真を上告人らに無断で本件雑誌に掲載する行為は,専ら上告人らの肖像の有する顧客吸引力の利用を目的とするものとはいえず,不法行為法上違法であるということはできない。

4 以上によれば,本件各写真を本件雑誌に掲載する行為が不法行為法上違法であるとはいえないとした原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認することができる。

論旨は採用することができない。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官金築誠志の補足意見がある。

■ 補足意見 金築誠志
裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。

パブリシティ権の侵害となる場合をどのような基準で認めるかについては,これまでの下級審裁判例等を通じいくつかの見解が示されているが,パブリシティ権が人の肖像等の持つ顧客吸引力の排他的な利用権である以上,顧客吸引力の無断利用を侵害の中核的要素と考えるべきであろう。

もっとも,顧客吸引力を有する著名人は,パブリシティ権が問題になることが多い芸能人やスポーツ選手に対する娯楽的な関心をも含め,様々な意味において社会の正当な関心の対象となり得る存在であって,その人物像,活動状況等の紹介,報道,論評等を不当に制約するようなことがあってはならない。

そして,ほとんどの報道,出版,放送等は商業活動として行われており,そうした活動の一環として著名人の肖像等を掲載等した場合には,それが顧客吸引の効果を持つことは十分あり得る。

したがって,肖像等の商業的利用一般をパブリシティ権の侵害とすることは適当でなく,侵害を構成する範囲は,できるだけ明確に限定されなければならないと考える。

また,我が国にはパブリシティ権について規定した法令が存在せず,人格権に由来する権利として認め得るものであること,パブリシティ権の侵害による損害は経済的なものであり,氏名,肖像等を使用する行為が名誉毀損やプライバシーの侵害を構成するに至れば別個の救済がなされ得ることも,侵害を構成する範囲を限定的に解すべき理由としてよいであろう。

こうした観点については,物のパブリシティ権を否定した最高裁平成13年(受)第866号,第867号同16年2月13日第二小法廷判決・民集58巻2号311頁が,物の名称の使用など,物の無体物としての面の利用に関しては,商標法等の知的財産権関係の法律が,権利の保護を図る反面として,使用権の付与が国民の経済活動や文化的活動の自由を過度に制約することのないよう,排他的な使用権の及ぶ範囲,限界を明確にしていることに鑑みると,競走馬の名称等が顧客吸引力を有するとしても,法令等の根拠もなく競走馬の所有者に排他的な使用権等を認めることは相当でないと判示している趣旨が想起されるべきであると思う。

肖像等の無断使用が不法行為法上違法となる場合として,本判決が例示しているのは,ブロマイド,グラビア写真のように,肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用する場合,いわゆるキャラクター商品のように,商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付する場合,肖像等を商品等の広告として使用する場合の三つの類型であるが,これらはいずれも専ら顧客吸引力を利用する目的と認めるべき典型的な類型であるとともに,従来の下級審裁判例で取り扱われた事例等から見る限り,パブリシティ権の侵害と認めてよい場合の大部分をカバーできるものとなっているのではないかと思われる。

これら三類型以外のものについても,これらに準ずる程度に顧客吸引力を利用する目的が認められる場合に限定することになれば,パブリシティ権の侵害となる範囲は,かなり明確になるのではないだろうか。

なお,原判決は,顧客吸引力の利用以外の目的がわずかでもあれば,「専ら」利用する目的ではないことになるという問題点を指摘しているが,例えば肖像写真と記事が同一出版物に掲載されている場合,写真の大きさ,取り扱われ方等と,記事の内容等を比較検討し,記事は添え物で独立した意義を認め難いようなものであったり,記事と関連なく写真が大きく扱われていたりする場合には,「専ら」といってよく,この文言を過度に厳密に解することは相当でないと考える。


(裁判長裁判官 櫻井龍子 裁判官 宮川光治 裁判官 金築誠志 裁判官横田尤孝 裁判官 白木 勇)

定期建物賃貸借契約における説明書面交付の必要性について 最判平成24年9月13日

借地借家法38条2項所定の書面の意義
最判平成24年9月13日

借地借家法38条2項所定の説明書面の交付では、契約書とは別個に独立に書面を交付することが必要であるとする判例
 定期建物賃貸借契約を締結する場合には、非常に重要な意味のある判例ですね。書面を忘れないように気をつけたいところです。

第1 判旨

期間の定めがある建物の賃貸借につき契約の更新がないこととする旨の定めは,公正証書による等書面によって契約をする場合に限りすることができ(法38条1項),そのような賃貸借をしようとするときは,賃貸人は,あらかじめ,賃借人に対し,当該賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならず(同条2項),賃貸人が当該説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは無効となる(同条3項)。



法38条1項の規定に加えて同条2項の規定が置かれた趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。



以上のような法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。




そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。



したがって,法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。



これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件契約書の原案が本件契約書とは別個独立の書面であるということはできず,他に被上告人が上告人に書面を交付して説明したことはうかがわれない。



そうすると,本件定期借家条項は無効というべきであるから,本件賃貸借は,定期建物賃貸借に当たらず,約定期間の経過後,期間の定めがない賃貸借として更新されたこととなる(法26条1項)。


■ 条文
(定期建物賃貸借)
第38条
① 期間の定めがある建物の賃貸借をする場合においては、公正証書による等書面によって契約をするときに限り、第三十条の規定にかかわらず、契約の更新がないこととする旨を定めることができる。この場合には、第二十九条第一項の規定を適用しない。
②  前項の規定による建物の賃貸借をしようとするときは、建物の賃貸人は、あらかじめ、建物の賃借人に対し、同項の規定による建物の賃貸借は契約の更新がなく、期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて、その旨を記載した書面を交付して説明しなければならない。
③ 建物の賃貸人が前項の規定による説明をしなかったときは、契約の更新がないこととする旨の定めは、無効とする。
④ 第一項の規定による建物の賃貸借において、期間が一年以上である場合には、建物の賃貸人は、期間の満了の一年前から六月前までの間(以下この項において「通知期間」という。)に建物の賃借人に対し期間の満了により建物の賃貸借が終了する旨の通知をしなければ、その終了を建物の賃借人に対抗することができない。ただし、建物の賃貸人が通知期間の経過後建物の賃借人に対しその旨の通知をした場合においては、その通知の日から六月を経過した後は、この限りでない。
⑤ 第一項の規定による居住の用に供する建物の賃貸借(床面積(建物の一部分を賃貸借の目的とする場合にあっては、当該一部分の床面積)が二百平方メートル未満の建物に係るものに限る。)において、転勤、療養、親族の介護その他のやむを得ない事情により、建物の賃借人が建物を自己の生活の本拠として使用することが困難となったときは、建物の賃借人は、建物の賃貸借の解約の申入れをすることができる。この場合においては、建物の賃貸借は、解約の申入れの日から一月を経過することによって終了する。
⑥ 前二項の規定に反する特約で建物の賃借人に不利なものは、無効とする。
⑦ 第三十二条の規定は、第一項の規定による建物の賃貸借において、借賃の改定に係る特約がある場合には、適用しない。


第2 全文(■は筆者)

平成22年(受)第1209号 建物明渡請求事件
平成24年9月13日 第一小法廷判決

主 文

原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理 由

上告人の上告受理申立て理由について

■ 事案の概要

1 本件は,第1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を上告人に賃貸した被上告人が,本件建物の賃貸借(以下「本件賃貸借」という。)は借地借家法(以下「法」という。)38条1項所定の定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したなどと主張して,上告人に対し,本件建物の明渡し及び賃料相当損害金の支払を求める事案である。上告人は,同条2項所定の書面を交付しての説明がないから,本件賃貸借は定期建物賃貸借に当たらないと主張している。

■ 事実関係の概要

2 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

(1) 被上告人は,不動産賃貸等を業とする会社である。

上告人は,貸室の経営等を業とする会社であり,本件建物において外国人向けの短期滞在型宿泊施設を営んでいる。

(2) 被上告人は,平成15年7月18日,上告人との間で,「定期建物賃貸借契約書」と題する書面(以下「本件契約書」という。)を取り交わし,期間を同日から平成20年7月17日まで,賃料を月額90万円として,本件建物につき賃貸借契約を締結した。

本件契約書には,本件賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了する旨の条項(以下「本件定期借家条項」という。)がある。

(3) 被上告人は,本件賃貸借の締結に先立つ平成15年7月上旬頃,上告人に対し,本件賃貸借の期間を5年とし,本件定期借家条項と同内容の記載をした本件契約書の原案を送付し,上告人は,同原案を検討した。

(4) 被上告人は,平成19年7月24日,上告人に対し,本件賃貸借は期間の満了により終了する旨の通知をした。

■ 原審の判断(東京高裁平成22年3月16日)

3 原審は,上記事実関係の下で,次のとおり判断して,本件賃貸借は定期建物賃貸借であり,期間の満了により終了したとして,被上告人の請求を認容すべきものとした。

上告人代表者は,本件契約書には本件賃貸借が定期建物賃貸借であり契約の更新がない旨明記されていることを認識していた上,事前に被上告人から本件契約書の原案を送付され,その内容を検討していたこと等に照らすと,更に別個の書面が交付されたとしても本件賃貸借が定期建物賃貸借であることについての上告人の基本的な認識に差が生ずるとはいえないから,本件契約書とは別個独立の書面を交付する必要性は極めて低く,本件定期借家条項を無効とすることは相当でない。

■ 最高裁の判断

4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

期間の定めがある建物の賃貸借につき契約の更新がないこととする旨の定めは,公正証書による等書面によって契約をする場合に限りすることができ(法38条1項),そのような賃貸借をしようとするときは,賃貸人は,あらかじめ,賃借人に対し,当該賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により当該建物の賃貸借は終了することについて,その旨を記載した書面を交付して説明しなければならず(同条2項),賃貸人が当該説明をしなかったときは,契約の更新がないこととする旨の定めは無効となる(同条3項)。

法38条1項の規定に加えて同条2項の規定が置かれた趣旨は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃借人になろうとする者に対し,定期建物賃貸借は契約の更新がなく期間の満了により終了することを理解させ,当該契約を締結するか否かの意思決定のために十分な情報を提供することのみならず,説明においても更に書面の交付を要求することで契約の更新の有無に関する紛争の発生を未然に防止することにあるものと解される。

以上のような法38条の規定の構造及び趣旨に照らすと,同条2項は,定期建物賃貸借に係る契約の締結に先立って,賃貸人において,契約書とは別個に,定期建物賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了することについて記載した書面を交付した上,その旨を説明すべきものとしたことが明らかである。

そして,紛争の発生を未然に防止しようとする同項の趣旨を考慮すると,上記書面の交付を要するか否かについては,当該契約の締結に至る経緯,当該契約の内容についての賃借人の認識の有無及び程度等といった個別具体的事情を考慮することなく,形式的,画一的に取り扱うのが相当である。

したがって,法38条2項所定の書面は,賃借人が,当該契約に係る賃貸借は契約の更新がなく,期間の満了により終了すると認識しているか否かにかかわらず,契約書とは別個独立の書面であることを要するというべきである。

これを本件についてみると,前記事実関係によれば,本件契約書の原案が本件契約書とは別個独立の書面であるということはできず,他に被上告人が上告人に書面を交付して説明したことはうかがわれない。

なお,上告人による本件定期借家条項の無効の主張が信義則に反するとまで評価し得るような事情があるともうかがわれない。


そうすると,本件定期借家条項は無効というべきであるから,本件賃貸借は,定期建物賃貸借に当たらず,約定期間の経過後,期間の定めがない賃貸借として更新されたこととなる(法26条1項)。

5 以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は以上と同旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。

そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決を取り消し,上記請求を棄却することとする。

よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 白木 勇 裁判官 櫻井龍子 裁判官 金築誠志 裁判官横田尤孝 裁判官 山浦善樹)