キャノン事件 知財高判平成平成21年2月26日

平成21年2月26日知裁 キャノン事件

キャノン事件は、職務発明の相当の対価のうち、包括クロスライセンス契約をしていた場合に自己実施に基づく職務発明の対価の額を算定した事例として有名です。
職務発明の相当の対価訴訟は一時は非常に盛り上がっていましたが、特許法35条が改正され、旧法下での訴訟もほとんど見られなくなっているかと思います。

もっとも、現在の特許法35条でも、最終的には裁判所の判断が入る場合があり、その際には、旧法下でなされた職務発明の相当の対価訴訟が参照されざるを得ないので、一連の訴訟を参照しておくことは必要ですし、企業と発明者間のあらかじめの協議・勤務規則でもこれらを意識した上での判断が必要であると思われます。


判旨

第4 当裁判所の判断

 当裁判所は,一審原告の本訴請求は,当審における請求拡張分を含め,主文第2項(1)掲記の職務発明対価と遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余は理由がないと判断する。その理由は以下に述べるとおりである。

1 本訴請求の根拠法条

 一審原告が一審被告に対してなす本件発明報酬対価請求の根拠法条は,前記のとおり,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条(旧35条)3,4項に基づくものであり,その内容は,3項が「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利若しくは特許権を承継させ,又は使用者等のため専用実施権を設定したときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」,4項が「前項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して定めなければならない。」というものである。


上記旧35条は,上記のとおり平成16年法律第79号により改正され(平成17年4月1日施行),改正後の35条は,1,2,3項が旧35条と同旨であるが,4項が「契約,勤務規則その他の定めにおいて前項の対価について定める場合には,対価を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況,策定された当該基準の開示の状況,対価の額の算定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して,その定めたところにより対価を支払うことが不合理と認められるものであつてはならない。」と,5項が「前項の対価についての定めがない場合又はその定めたところにより対価を支払うことが同項の規定により不合理と認められる場合には,第三項の対価の額は,その発明により使用者等が受けるべき利益の額,その発明に関連して使用者等が行う負担,貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。」と改められたが,上記改正法の附則2条1項は,「…改正後の特許法第35条第4項及び第5項の規定は,この法律の施行後にした特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価について適用し,この法律の施行前にした特許を受ける権利若しくは特許権の承継又は専用実施権の設定に係る対価については,なお従前の例による。」としており,したがって,本件各特許について一審原告から一審被告に対し特許を受ける権利が譲渡されたのが昭和56年(最も出願が遅い本件米国特許2でもその出願日は平成2年[1990年]である。)であるから,本件発明報酬対価請求の根拠法条となりうるのは,上記改正後の特許法35条ではなく,改正前の旧35条であることは明らかである。




したがって,以下においては,旧35条の規定を前提として,本訴請求の当否について検討する。


2 争点1(職務発明により生じた外国の特許を受ける権利の承継についての準拠法及び特許法35条の適用の有無)について

(1) 職務発明により生じた外国の特許を受ける権利等の承継の準拠法につき

 一審原告が,被告取扱規程により,その職務発明である本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利を一審被告が承継し,一審被告がこれらについて特許出願をし,特許を得たことは,原判決の「第2 事案の概要」「1 前提となる事実」のとおりであり,この承継については,その対象となる権利が職務発明についての外国の特許を受ける権利である点において,渉外的要素を含むものであるから,まずその準拠法を決定する必要がある。

 上記承継は,日本法人である一審被告と,我が国に在住して一審被告の従業員として勤務していた日本人である一審原告とが,一審原告がした職務発明について被告取扱規程に基づき我が国で行ったものであり,一審原告と一審被告との間には,原判決も認定するように上記承継の成立及び効力の準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在すると認められる。そして,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴って譲渡人が譲受人に対しその対価を請求できるかどうか,その対価の額はいくらであるかなどの特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題は,譲渡の当事者がどのような債権債務を有するかという問題にほかならず,譲渡当事者間における譲渡の原因関係である契約その他の債権的法律行為の効力の問題であると解されるから,その準拠法は,平成18年法律第78号として制定された法の適用に関する通則法の第7条(同条の規定は,それ以前の法条である法例[明治31年法律第10号]7条1項とほぼ同じ。上記通則法7条は,附則2条により,遡及適用される。)により,第1次的には当事者の意思に従って定められると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁参照)。


 本件においては,一審原告と一審被告との間には,承継の成立及び効力につきその準拠法を我が国の法律とする旨の黙示の合意が存在しているのであるから,特許を受ける権利の譲渡の対価に関する問題については,我が国の法律が準拠法となるというべきである。


(2) 外国の特許を受ける権利の承継に対する旧35条3項及び4項の適用につき

ア 外国の特許を受ける権利の承継に対する旧35条3項及び4項の類推適用について

 我が国の特許法が外国の特許又は特許を受ける権利について直接規律するものではないことは明らかであり,旧35条1項及び2項にいう「特許を受ける権利」が我が国の特許を受ける権利を指すものと解さざるを得ないことなどに照らし,同条3項にいう「特許を受ける権利」についてのみ外国の特許を受ける権利が含まれると解することは,文理上困難であって,外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価の請求について同項及び同条4項の規定を直接適用することはできないといわざるを得ない。


 しかし,同条3項及び4項の規定は,職務発明の独占的な実施に係る権利が処分される場合において,職務発明が雇用関係や使用関係に基づいてされたものであるために,当該発明をした従業者等と使用者等とが対等の立場で取引をすることが困難であることにかんがみ,その処分時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにして当該発明をした従業者等を保護し,もって発明を奨励し,産業の発展に寄与するという特許法の目的を実現することを趣旨とするものであると解するのが相当である。


 そして,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継について両当事者が対等の立場で取引をすることが困難であるという点は,その対象が我が国の特許を受ける権利である場合と外国の特許を受ける権利である場合とで何ら異なるものではない。また,特許を受ける権利は,各国ごとに別個の権利として観念し得るものであるものの,その基となる発明は,共通する一つの技術的創作活動の成果であり,さらに,職務発明とされる発明については,その基となる雇用関係等も同一であって,これに係る各国の特許を受ける権利は,社会的事実としては,実質的に1個と評価される同一の発明から生じるものであるということができる。


 さらに,当該発明をした従業者等から使用者等への特許を受ける権利の承継については,実際上,その承継の時点において,どの国に特許出願をするのか,あるいは,そもそも特許出願をすることなく,いわゆるノウハウとして秘匿するのか,特許出願をした場合に特許が付与されるかどうかなどの点がいまだ確定していないことが多く,我が国の特許を受ける権利と共に外国の特許を受ける権利が包括的に承継されるということも少なくない。

 ここでいう外国の特許を受ける権利には,我が国の特許を受ける権利と必ずしも同一の概念とはいえないものもあり得るが,このようなものも含めて,当該発明については,使用者等にその権利があることを認めることによって当該発明をした従業者等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようというのが,当事者の通常の意思であると解される。

 そうすると,同条3項及び4項の規定については,その趣旨を外国の特許を受ける権利にも及ぼすべき状況が存在するというべきである。


 したがって,従業者等が旧35条1項所定の職務発明に係る外国の特許を受ける権利を使用者等に譲渡した場合において,当該外国の特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用されると解するのが相当である(最高裁平成18年10月17日第三小法廷判決・民集60巻8号2853頁)。


 本件においては,一審原告は,旧35条1項所定の職務発明に該当する本件各特許発明をし,それによって生じたアメリカ合衆国,ドイツ等の各外国の特許を受ける権利を,我が国の特許を受ける権利と共に一審被告に譲渡している。


 したがって,本件各米国特許発明及び本件ドイツ特許発明に係る特許を受ける権利の譲渡に伴う対価請求については,同条3項及び4項の規定が類推適用され,一審原告は,一審被告に対し,上記各外国の特許を受ける権利の譲渡についても,同条3項に基づく同条4項所定の基準に従って定められる相当の対価の支払を請求することができるというべきである。


 なお,外国特許を受ける権利の対価算定に際し,その減額要素として旧35条1項(いわゆる法定通常実施権)を考慮するのかという論点が残るが,前記のとおり,当該発明をした従業員等と使用者等との間の当該発明に関する法律関係を一元的に処理しようとする前記の立場を前提とすれば,法定通常実施権を認めない外国特許の場合であっても,少なくとも譲渡対価算定という債権関係の処理としては,旧35条1項の類推適用を肯定した上でその対価を算定すべきものと解するのが相当である。

4 争点3(本件各特許発明により一審被告が受けるべき利益の額)について

当裁判所は,本件における旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については,次のとおり算定すべきものと解する。


(1) 旧35条4項の「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」については,特許を受ける権利が,将来特許を受けることができるか否かも不確 実な権利であり,その発明により使用者等が将来得ることができる独占的実施による利益あるいは第三者からの実施料収入による利益の額をその承継時に算定す ることが極めて困難であることからすると,当該発明の独占的実施による利益を得た後,あるいは,第三者に当該発明の実施許諾をし実施料収入を得た後の時点 において,これらの独占的実施による利益あるいは実施料収入額をみてその法的独占権に由来する利益の額を認定することも,同条項の文言解釈として許容される。


(2) 使用者等は,職務発明について特許を受ける権利又は特許権を承継することがなくとも当該発明について同条1項が規定する通常実施権を有するこ とに鑑みれば,同条4項にいう「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」は,自己実施の場合は,単なる通常実施権(法定通常実施権)を超えたものの 承継により得た利益と解すべきである。そして,特許を受ける権利については,特許法65条の定める補償金請求権ないしは特許登録後に生じる法的独占権に由 来する独占的実施の利益あるいは第三者に対する実施許諾による実施料収入等の利益であると解すべきである。


(3) ここでいう「独占の利益」とは,上記のとおり,①特許権者が自らは実施せず,当該特許発明の実施を他社に許諾し,これにより実施料収入を得て いる場合における当該実施料収入がこれに該当し,また,②特許権者が他社に実施許諾をせずに当該特許発明を独占的に実施している場合(自己実施の場合)に おける,他社に当該特許発明の実施を禁止したことに基づいて使用者が挙げた利益,すなわち,他社に対する禁止権の効果として,他社に実施許諾していた場合 に予想される売上高と比較してこれを上回る売上高(以下,売上げの差額を「超過売上げ」という。)を得たことに基づく利益(法定通常実施権による減額後の もの,以下「超過利益」という。)が,これに該当するものである。


もっとも,特許権者が,当該特許発明を実施しつつ,他社に実施許諾もしている場合については,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない 他社に対する特許権による禁止権を行使したことによる超過利益が生じているとみるべきかどうかについては,事案により異なるものということができる。


すなわち,


特許権者は旧35条1項により,自己実施分については当然に無償で当該特許発明を実施することができ(法定通常実施権),それを超える実施分につ いてのみ「超過利益」の算定をすることができるのであり,通常は50〜60%程度の減額をすべきであること,


②当該特許発明が他社においてどの程度実施さ れているか,当該特許発明の代替技術又は競合技術としてどのようなものがあり,それらが実施されているか,


特許権者が当該特許について有償実施許諾を求 める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾をする方針を採用しているか,などの事情を 総合的に考慮して,特許権者が当該特許権の禁止権による超過利益を得ているかどうかを判断すべきである。

長崎地裁平成25年9月9日 元自炊代行業者の被告 有罪判決について

元自炊業者の被告に有罪判決が出たとのニュースが出ましたね。


□ 引用(著作権法32条

著作権法違反:「自炊」代行の被告に有罪判決 長崎地裁
http://mainichi.jp/select/news/20130910k0000m040024000c.html

被告は2012年9〜10月、自宅で漫画「銀魂」46冊を作者の許可なく複製してDVDに記録し、今年1月に自身のサイトを通じて1万円で販売。昨年12月と今年2月には、漫画「ワンピース」などの電子データを「キャンペーン」として不特定多数がダウンロードできる状態にした。

とのニュースが流れました。

 しかし、これだけをみると従来の「自炊」業者が「私的複製の例外にあたりえるか」の論点に関係なく違法となるべくしてなる事案だと思われます。
 つまりは、自炊業者であるか否か(自炊行為)はあんまり関係のない事件だと思われます(なので、元自炊業者であることを強調する必要があるのか、少しミスリーディングな感じがします。)

 というのは、思想又は感情を創作的に表現した絵画の著作物の著作者(著作権法2条1項1号、10条1項4号)は、21条から28条までに規定する権利(著作権)を専有し、権利制限規定による例外(30条以下)を経ない限り、法定利用行為に該当する行為(複製行為・公衆送信行為)を行うことは(正確にいうと、法定利用行為該当性、依拠性、類似性にそれぞれ該当する行為は、、違法となります。

 そして、自炊業者の論点とは、スキャナで書籍を読み取る行為は、書籍という著作物のハードディスクへの「複製」(著作権法2 条1 項15 号)に該当するため、著作権者に無断では行えないのが原則(複製権21条)ですが、私的使用目的でなされる複製は、例外的に複製権侵害とはならないとされている30 条1 項柱書の規定に該当しないかの問題です。

 しかし、本件では、電子データを不特定多数がダウンロードできる状態にしたということは、例外的に認められた私的な複製にはあたらず、他に権利制限規定もないので、公衆送信権(23 条1項)侵害となり、著作権侵害となります。

 したがって、インターネットでマンガを公開する行為自体は、利用許諾契約等がない限り、自炊業者が行おうが、個人が行おうが、当然、著作権侵害になります。

 なので、本判決の内容をみてはいないので正確にはわかりませんが、自炊業者の私的複製の手足なのかどうかについては判断されていないので、それほど重要なケースとはいえないかもしれませんね。

(複製権)
第21条  著作者は、その著作物を複製する権利を専有する。

公衆送信権等)
第23条  著作者は、その著作物について、公衆送信(自動公衆送信の場合にあつては、送信可能化を含む。)を行う権利を専有する。
2  著作者は、公衆送信されるその著作物を受信装置を用いて公に伝達する権利を専有する。

(私的使用のための複製)
第30条  著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。


※ なお、確かに自炊業者は手足論を使い複製主体は顧客なので私的複製に該当しえるとの見解もありえますが、自炊業者は私的複製の30条1項柱書の著作物を「使用する者」自身の複製ではないため、適法となることは困難でしょう。やはり違法となるというのが通説的理解だとと思います。


※本記事は不確実な情報を基に作成されていますので、事実の誤認がありえるかと思います。申し訳ありませんが、予めご了承ください。