野村誠の作曲日記

2006-05-24

[][][]子どもプロジェクトwith荒井良二さん

九州大学の子どもプロジェクトの遠藤綾さんと打ち合わせ。荒井良二さん、それに荒井さんアシスタントのなおちゃんも合流。8月に、福岡で荒井+野村で、子どもと何か作るイベントをやることになってます。

遠藤さんは、2年前の赤城であったワークショップフォーラムで会った人。あの時は、ぼくのワークショップで何しましょうか、と尋ねたら、遠藤さんが「穴が掘りたい」と言って、長時間、穴を掘り続けました。そう言えば、あの時の穴掘りの録音が我が家にありますが、あれは、面白いです。ただ、みんなが穴を掘っている録音。

荒井さんとは、2月末に、「あいのて」のセットに荒井さんが10時間かけてライブペインティングをした時以来、3ヶ月ぶりです。荒井さんもなおちゃんも、あの日のことを感慨深く語ってくれました。

あの日、ぼくと尾引さんがセットの完成するまで、ずっと立ちあっていたこと。途中でヨガをしながら見てたり、最後に、瞬間的にエンディング曲が作曲されてしまったことなど、懐かしくお話しました。

あの日は、荒井さんが真っ白のセットに色を塗り始める瞬間に音を出していたい、と思い、スタジオの周囲で発見した灰皿とか、傘たてとかを持ち込み、尾引さん、エイちゃん、ルリアちゃんと4人で、音を出しました。その音の鳴る中、荒井さんが色を塗り始めたのです。これだけは、こだわりたかった大事なセレモニーでした。

その後は、ぼくは衣装のフィッティングをしたり、音声さんとマイクチェックをしたり、あいのての宣伝番組「みてみてあいのて」のためのシーンの撮影があったりしました。その間、そうした出来事を背後に感じながらも、荒井さんはセットに絵を描き続けました。ぼくたちは、所謂コラボレートをしていたわけではありませんが、同じ場所で、それぞれの仕事をしていました。

そして、ぼくの仕事は全て片づき、エイちゃんやルリアちゃんや、撮影や衣装や色んなスタッフも帰って行った後、数時間、ぼくと尾引さんは、荒井さんのセットの完成までを見守りました。なかなか完成しないから、その間に、ボウルを鳴らしながら「キッチン・ガムラン」を作曲し、それでも完成しないから、「テーブル・マーチ」のテーブルの選定をし、その後、鍵ハモ即興で吹いたり、二人でヨガをしていたりして、それでも完成しない最後の最後に、ぼくと尾引さんは、あいのてのエンディング曲を作曲することにしました。そして、演奏し始めた瞬間に、曲は完成していたのです。二人が演奏し始めた瞬間から、あの曲は、あの曲として姿を現しました。そして、荒井さんのセットが完成しました。

あの日、ずっと同じ場にいて、それぞれが自分の仕事をしていた、ただそれだけのことなのですが、これは、すごいセッションでした。コラボレーションでした。10時間にかかる荒井良二の創作オーラを浴びていたからこそ、瞬間でエンディング曲が作曲できた、と思っています。

だから、福岡で、荒井さんと一緒になれるのが、本当に楽しみです。そして、また、何かが生まれる体験が待っていることでしょう。

ちなみに、ぼくが小学校2年生の時にかかった病気「でんせんせいたんかくきゅうしょう」(2年生のとき耳で覚えた病名)に荒井さんも大人になってからなったそうです。同じ病気にかかった人に初めて会った。

居酒屋で閉店間際、4人で割り箸でビヨーンとやりながら演奏。荒井さんが新奏法を考案していました。さすが!

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