野村誠の作曲日記

2010-12-11

みんなのためのアートをやめよう

みんなのためのアート一部の人のためのアートと二つ並べてみると、みんなのためのアートの方が、一見良さそうに思えます。

でも、みんなのためのアート、って、毒もなければ旨味もない、本当に薄っぺらいものになる、ということに、気づいた方がいいと思うのです。

多分、アートだけじゃなくって、他のこともそうだと思います。

もっとパーソナルに、自分家族のために、とか、友だちのために、尊敬する〜〜さんのために、生きていくこと。そのことが、現代で不足しているからこそ、現代アートが取り組むべき一番の課題は、ココにあると思います。

ということで、取手アートプロジェクトで、我々ACDが取り組むのは、みんなのためのアートでは、ありません。もっと、ある特定の個人に向けた表現です。

そうした個人的な表現を、オープンにしていく、公開していくことこそ重要です。みんなのためではない。でも、みんなに開かれている。

みんなのためをやっている方々へ

もうやめましょう

hibihibi 2010/12/12 23:11 今のところ自分のために、やっています。

のむのむ 2010/12/13 01:07 それが健全でいいですよねー。

tete 2010/12/13 01:22 はじめまして。
>でも、みんなのためのアート、って、毒もなければ旨味もない、本当に薄っぺらいものになる

僕もなんとなくそう思うのですが、なぜそう思うのかうまく言葉で説明ができません。
例外的におもしろいものもあるからなのかもしれません。
野村さんは、なぜそのように思われるのでしょうか。

とらおとらお 2010/12/13 08:28 動物や植物は、みんなのために生きようなんて思わないから、自然は多様なんですよね。人間が、動物や植物を、人間のために利用しようとするから、自然から多様性が失われるんですよね。
そんなことを考えました。

かいこかいこ 2010/12/14 03:21 故・武満徹が「私はいつも友人のために曲を書く」と言っていた事をどこか支えにして設計や活動をしています。
屋台も脱「みんな」です。

友への愛は美しい。集団的恋愛はこわい。

のむのむ 2010/12/19 12:13 みなさん、いろいろコメントありがとうございます。
これに関して、また、近々、日記で論じてみようと思いますね。

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