野村誠の作曲日記

2018-01-10 ハイドンから越後獅子まで

連日続いた日本センチュリー交響楽団との仕事ですが、今日は、特別にはないな、と思って、朝目が覚めて、朝食後、ピアノバッハモンポウを弾いて、気分転換をしていたら、郵便が届きました。日本センチュリー交響楽団から。ハイドン交響曲26番、38番、47番のスコアです。そのまま、ピアノに向かい、これらの交響曲を弾いてみました。そうなのです。2月2日に、「ハイドン大學」として、レクチャーをするのです。いやぁー、また別の切り口のセンチュリー響の仕事がやってきました。今は、成長期と思って、いっぱいオーケストラの方々と仕事をさせていただき、勉強させていただいております。

とハイドンに熱中していて、ふと我に返る。「越後獅子コンチェルト世界初演まで、残り二日。ハイドンは、後にしなければ、とハイドンの楽譜を、途中でやめて、「越後獅子コンチェルト」のスコアを見る。スコアを見ていると、色々、懸念事項を思い出し、明日が最後のワークショップに向けて、またセンチュリー響のマネージャーの柿塚さん、大阪音大教授井口さんとのメール連絡に、戻るべく、気がつくとパソコンの前にいます。

どのようにすれば、一番、ワークショップの参加者がのびのびと演奏できるか。というのも、ワークショップ参加者が主眼であれば、全てをそこに持ってきて、音楽創作をして、プロ音楽家がサポートに入りながら、音楽を練り上げる、ということが、通常のアプローチなわけです。しかし、今回の中核を担っているのは、地歌「越後獅子」であり、ここを中心にして、プロもアマチュアも一緒に音楽創作をしていこう、というアプローチで、やはり、地歌は面白いのですが、複雑なので、それを理解し、それを消化した上で、音楽創作やアドリブ即興をするのは、なかなか高度なことなのです。それを、野村なりに地歌へのアクセスできる入口を作ったのが「越後獅子コンチェルト」です。観客にとっての入口、クラシックの音楽家にとっての入口、シタールガムランの音楽家にとっての入口、ワークショップ参加者にとっての入口、といくつもの入口を仕掛けた作品になっております。その入口を通って、地歌の奥深い世界を一緒に垣間みること、と同時に、邦楽やオーケストラや様々な音楽の未来も聞こえてくるような、そんな作品のつもりであります。ということで、ああでもない、こうでもない、とやっているわけです。

とやっているうちに、ランチブレイク。あ、そうだ、ビザだ、と思い出し、京大理学部事務所に行って、英文の卒業証明書を無事いただきました。ああ、よかった。それで、また、ビザの申請書の件で、香港とやりとりをして、なんとか、この件は、今週中に片付きそう。

ということで、「越後獅子コンチェルト」に戻ろうと思うが、明日、沢井一恵先生竹澤悦子さんのリハーサル東京であり、野村を交えた3人でのコンサートが19日に東京であるのですが、野村の新曲で前回試した曲のうち、どれを本番でやるかを連絡していませんでした。演奏候補曲の中から、どれをやるかをスコアを見ながら検討し、明日のリハーサルに間に合うように連絡。

で、遅い時間になると近所迷惑で楽器音出しができなくなるので、夕方は、取りあえず音楽をしようと、「復興ダンゴ」をリハーサル。あと、TASKEの「世界に誇れる宝物」のコード進行確認。これは、13日の講義に向けて。その流れで、「越後獅子コンチェルト」の練習。そのまま、「越後獅子コンチェルト」の楽譜で、書き込みが足りなかった指示を、追加すべく、日本センチュリー交響楽団の演奏家に向けての指示書きを書いて、柿塚さんにメール。

そうこうしているうちに、今年初のジャワ・ガムランの集まり。やぶくみこさん主宰スカル・グンディスの集まりに行き、即興でガムランを演奏しました。バリガムランの音色に触れる日々でしたので、ジャワの音色は新鮮でした。よき気分転換に。そう言えば、5日後には、ジャワから、ギギーやウェリーが来日するんでした。再会が楽しみ。

春にながらの座・座で行う催しの出演者の交渉進める。今日は、いろいろ大きな収穫ありで、楽しみになってきました。また、追って報告します。あとは、13日の出演者プロフィールの確認などを進めました。

ワークショップ参加者に、譜面を見ないという趣旨が十分に伝わっていないのでは、という心配があったので、趣旨説明文章を作文。これを書き終わったところで、ヘトヘトで、まだまだ脱力への道は遠いなぁ、疲れたなぁ、と思い、就寝。

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