野村誠の作曲日記

2019-01-07 七草は食べず、いろいろなミーティング

本日は、友人の6歳の息子さんJ君に会いに行く。4歳からピアノを習っていて音楽が大好きだったが、ピアノを習っているうちに、音楽との関係が変わってきたようで、ちょっと相談を受けて、一度、息子に会ってみて、とのことだった。

J君は賢く、1年生にして五線譜理解するし、非常にクリエイティブだった。ぼくは彼の電子ピアノで、そこにあったピアノ名曲集の曲を何曲か弾いてみたりした。J君は鍵盤ハーモニカを出してくれたので、二人で即興で吹いた。その時、彼が、ドとミの3度の和音をいっぱい吹いた。それでセッションするのも面白いが、他の3度の和音も吹いてみたら、と勧めてみた。ぼくは、簡単な和音の組み合わせで、鍵ハモ二重奏の曲を作曲して、五線に書いた。すると、彼は、自分のパートを他にアレンジする方法を色々思いついて提案してきた。それらも、ぼくが五線紙に書いた。こんな風にして生まれた曲は、イタリアっぽいとのことで、「スパゲッティマーチ」という曲になった。

家にバリお土産楽器があって、それを彼は叩く。5音音階だが、叩き方で同じ鍵盤では違う音が聞こえるよ、と言う。倍音の違いを感じる賢い子だ。彼がデタラメに楽器を鳴らすので、ぼくはペットボトルでリズムで共演すると、彼は、積み木のような木のおもちゃを出してきて、拍子木にして遊んだ。良い感性だ。

こんな風にして、初めての音楽教室は終わった。また、時々、遊びに来ることになりそうだ。

家に帰ると、ベルリン在住の占い師でジャズピアニストパフォーマンスアーティストの友人が突然訪ねてきた。ギャラリー経営者とピアノで地域おこしの人とフリーライターの3人を伴って。お茶をしながら、色々な話をして、なぜか大正琴の話になり、ぼくが大正琴を出して弾き始めることに。久しく大正琴を弾いていなかったが、大正琴はなかなか面白い。また演奏しようと思う。

客人が帰ると、京都芸術センターへ。ヴァレリアと会う。パリ在住のイタリア人で、アートと社会を結びつける様々な活動をしている。小さな組織が少ない助成金を争奪するために、お互いに競争するのでなく、互いに協力して、もっと文化を大切にする社会をつくるようにする。そういう協調するための調整。そうしたことの必然性を感じて、今の仕事を始めたと言う彼女の様々な活動の話を聞いたり、色々共感できることも多く、良い時間。最後の最後に、あなたの活動の話を聞きたい若い作曲家はいっぱいいるはずだけど、そうやって若い作曲家が話を聞きに来る?と質問があった。インドネシアのギギーとか、ポーランドのアルフレドとか来るよ、と答えると、日本の若い作曲家は来ないの?と聞かれる。そして、わたしは年をとってしまって、もう自分の祖母に会うこともできないし、話を聞くこともできないけど、若い頃に話を聞いておけばよかったなぁ、と思うの、と言った。でも、若い時は、いつでも聞けると思っていた。でも、祖父母の戦争体験とかも、今では聞けない。祖父母の写真は今でも残っていて見ることできるけれども、私たちの

スマホに入ってる写真なんか、プリントしてないから、きっと何も残らないわね、と言う。彼女は、アフリカで途絶えそうな伝承文化をどう残していくか、とかも考えている人だから、次世代に何を残すかの話が出る。次世代に何を残すか。ぼくの音楽、ぼくの活動をどうアーカイブしていくかについて、何か示唆されたような気になった。

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