Hatena::ブログ(Diary)

高山真のよしなしごと

2016-09-17 定点観測の重要性

 フィギュアスケートの女子のジュニア選手、ツルスカヤの演技にうっとりしておりました高山です。ジャンプの大きさ、幅は従来のまま、ひざと足首の柔らかさを生かしたステップの伸びと「1歩」の大きさ、ケリガンスパイラルからトリプルループまでの流れの見事さ、ダブルアクセルから最後のコンビネーションスピンまでを「ひとつの流れ」としてまとめるあたり、「1年足らずでこんなに上手くなるのか」と驚愕するばかりでした。

D

 ジャンプの着氷時の、ひざと足首の使い方のうまさで言えば、ジュニア選手では本田真凛が頭ひとつ抜けているかな、と思っているのですが、ツルスカヤはそういった部分まで身につけ、なんというかジュニアなのに完全体の雰囲気になっている。平昌オリンピックピークが来るかも…。

 さてさて、さまざまなニュースが巷をにぎわせていますが、あたくしたちを興奮のるつぼに叩き込んだのは、『徹子の部屋』に出演した細川たかしの最新のモードでした。ここからは「地毛あろうとお帽子であろうと、頭に乗っている物は全部『ヘッドドレス』として扱う」という大前提で進めさせていただきますが、それにしても細川たかしのヘッドドレスのアバンギャルドさといったらありません。去年の紅白のときも、なかなか味わい深いものがありましたが、そこからさらに進化なさったような…。

f:id:makototakayama:20160917101201j:image

 お若い方々はご存じないかもしれませんが、こういった見事なまでにアーティフィシャルなヘッドドレスは、細川たかしが元祖ではありません。あれは10年ほど前のことでしょうか、ニュースで「数百万円するハローキティのネックレスを、自分の娘のためにポンと購入した、北陸の大実業家」のニュースを見たことがございます。そのときの感激をラブピースクラブでのエッセイで書いたのですが(現在はそのページは消えております)、久しぶりにその人を思い出しました。「細川たかし」というブランドと同列に並べますので、あえて敬称略にいたしますが、その人の名は「山田勝三」。ツヤといい毛量の豊かさといい、「緑の黒髪」と呼びたい勝三のヘッドドレス。あれも本当に素晴らしいものでした…。

f:id:makototakayama:20160917101202j:image

 勝三が天に召されて以来、「ああいった文字通り『破天荒』なヘッドドレスは、技術が上がった日本の整髪業界(地毛・非地毛の両方を業界を含む)においてはもう見られないのかもしれない」と思っていたあたくしたちにとって、たかしはある意味で希望の星。「森進一の肌」と「細川たかしのヘッドドレス」は、そういう意味では芸能界の二枚看板。これからも定点観測を続けたいと思います…。

小説すばる』(集英社)10月号、発売になりました。よかったらご一読くださいませ。

2016-09-10 メジャーになるのも痛しかゆしか

 全米オープンの、錦織圭とアンディ・マリーの準々決勝、そして錦織とワウリンカの準決勝の試合を、手に汗握って見ておりました。あたくし、純粋に観戦するだけのスポーツとしては、フィギュアスケート体操競技などの採点競技が大好きですが、「実際に自分でもやるスポーツ」としてはテニスの大ファン。15歳からテニススクールでコーチに教えてもらい、大学まではけっこう真剣にやっておりました。もちろん、大してうまくなりませんでしたし、社会人になってからは月に1〜2回、お友達と楽しむ程度のものではありましたが、スポーツの趣味としては唯一、長く続けていたものでした。体調を崩してからはずっと遠ざかってしまっているのに寂しい思いも感じています。

 錦織圭のテニスの強み、面白さは、とにかくクリエイティブであること。これに異論を挟む人はいないでしょう。ラリー中、相手が打った瞬間に、あるいは相手が打つほんの少し前にはもう、「ボールがどこに、どのように弾んでくるか」を、横方向だけでなく前後の位置まで判断して、ススッと1〜2メートル前に出て、ライジング気味にボールをとらえて相手を振り回していく。「テニス頭脳」と呼びたい知性、そして長い試合では4時間にもわたってその知性を持続して発揮する集中力…。1995年ごろにマルチナ・ヒンギスを初めて見たときの衝撃を、まさか日本人選手で味わえることになるとは!

 今回の準決勝では、ワウリンカの異常な体力にも瞠目せざるを得ませんでした。「ある程度の体脂肪って、スタミナ維持には必要なのよ、やっぱり」と友人に言いましたら、即座に「それにしたってアンタは貯め込みすぎよ」と言われてしまいましたが。

 さてさて、テニスが地上波で放送されなくなって久しいです。錦織圭の台頭とともに、「なぜ地上波で流れないのか」という声も多くなっているみたい、と、友人から聞いたことがありますが、昔を知っている人間にとっては、今くらいのバランスが心地よかったり。いま、民放にテニスのグランドスラム放映権が戻ってしまったら、テニスなどに本来興味をもっていないようなスタッフが、テニスのことを知らないタレントをゲストに迎え、バラエティーのような作りにしてしまうかもしれない。そんな危機感すら持ってしまうあたくし。錦織のような「100年に一人」レベルの才能だからこそ、地上波のテレビ局がよってたかって群がるようなことはしてほしくない。そういう意味でも、錦織の基盤がアメリカにあるのはいいことです。

 その昔、民放がテニスのグランドスラムを中継していた頃、全豪は日本テレビ、全仏はテレビ東京、全米はTBSが放映権を持っていました(ウィンブルドンはNHK)。テレビ東京が中継していた全仏オープンだけは、実況の藤吉次郎アナの、テニスを知りぬいた名調子のおかげで、大変すばらしいものとなっていましたが、ほかの局はもう…。

 あれは1990年の全豪の女子シングルスの決勝だったと思いますが、テニスのグランドスラムの試合なのに、なぜかゲスト解説で呼ばれたのが元阪神掛布雅之で、その掛布シュテフィ・グラフの胸のことに何度も言及していたことに強烈な嫌悪感を覚えたもの。そうそう、1991年の全米の男子シングルス決勝(エドバーグ対クーリエ)のゲスト解説は、なぜか長嶋茂雄でした…。さすがに長嶋は品性を疑うようなコメントはしなかったものの、見ている間ずっと「なぜ長嶋?」と思っていたものです…。

 ま、フィギュアスケートファンとしては、かつてあたくしが「なぜ掛布?」「なぜ長嶋?」と思っていたように、現在あたくし以上に熱を込めてスケートを見ている皆様方が、「なぜ修造?」と思っていらっしゃるのかもなあ…と。ま、「修造フィギュア」に関しては、あたくし25年以上前、修造が現役選手だった頃に読んだテニス雑誌の記事で、ちょっとカチンとくる内容のものを読んでいますので、よけいに懐疑的になってしまうのですが…。メジャーになるのも善し悪しですわね…。

2016-09-07 フィギュアスケートマニア歴36年

 このところ、病院に行く以外は外出を控えめにして、静養をメインに過ごしています。「静養をメインに過ごす」ということは、必然的にお家で過ごす時間が長くなる、ということ。なのにお仕事はいっこうにはかどりません…。

小説すばる』の連載の原稿が進まず、胃が痛くなるような思いをしているのは……たぶん見栄なんでしょうねえ……。「いままでの高山がやったことのないトーンで」というルールを設定したのは自分なのに、「できるはず。なんでできないの!」と自縄自縛に陥っているわけです。要するに、自分の実力を高めに見積もってしまっているという恥ずかしい状況。自分にとことん甘いあたくしには、けっこうな頻度でこういうことが起こってしまうの。ま、「進まない…」と落ち込むことで我に返ることもできますし、そのたびになんとか軌道修正している(と思う)のですが。

 さて、そんな静養中、ネットのライブ中継で見ていたのが、フィギュアスケートのジュニアのグランプリ大会。チェコオストラヴァという都市で開かれた大会だそう。シングルス女子で優勝したグバノワは、もともと注目している選手ではありますが、もうショートプログラムの演技前から釘付けになりました。

 名前をコールされると、たいていの選手は滑りながら両手を広げ、審判と観客に挨拶をするのがお約束ですが、まだ13歳だというグバノワ、その挨拶が「肩甲骨から指先までの骨とか関節の数が、一般人の3倍くらいあるんじゃないか」というほど、繊細な動きでした。バレエを厳密に叩き込まれていないと(と、あっさり言ってはいますが、それがどれだけ大変なことか)、こういう動きはできないものです。しかもそれを「バレエ」ではなく、さまざまなエレメンツをこなす「スポーツ」の中で見せていくとは。競技はちがうけれど、新体操のクドリャフツェワを初めて見たときの衝撃に近い感じというか。フィギュアスケートのくくりの中で言えば、やはり思い出すのはオクサナ・バイウルですわね。『瀕死の白鳥』つながりでもありますし。

 演技そのものも素晴らしかった。エッジワークの洗練度は驚異的。特にダブルアクセルを降りた後の流れといったら! ロッカーターンとツイズルでのかすかなブレは、技術的な欠点というよりは精神的なものでしょう。もしかしたら、ものすごーく緊張していたのかもしれません。そういう場合、最難関のエレメンツ以外のところで、ふっとエアポケットが生まれてしまうこともありますし…。ま、そんな些細な部分をあげつらうのも野暮なほど、将来性を感じている選手です。

(グバノワSP)

D

 僅差の2位だった紀平梨花(アスリートとして扱っていますので、グバノワと同じく敬称略なのをご了承くださいませね)は、少し前のニュースで「トリプルアクセルを跳ぶジュニア」として大きく紹介されていました。フリーでの3アクセル挑戦は惜しくも失敗。というか、本当にヒヤッとする転倒の仕方でした。ケガには気をつけてね…。

 で、特筆すべきなのは、トリプルアクセルがどうこうというより、「ジャンプの技術全般が本当に高い選手である」ということでしょう。年齢的にどうしても体が完成していないジュニア選手は、ジャンプ前に体を前傾させ、それをグッと起こす勢いと、大きく広げた両手を回転方向のやや上に向けてブン投げるようにして出す勢い、その両方の勢いでジャンプを跳ぶ選手が多いもの。しかし紀平は、なんと言うか、「体の締め」でジャンプを跳べている。直立に近い姿勢から跳び上がる際、体の中心にあると想定される「回転軸」に向けて、両腕を含めた体の全てのパーツをキュッと締めることで、ジャンプを成立させているのです。コンボのセカンドジャンプのトリプルトゥであっても、これがきちんとできているのは、本当に素晴らしい! ジャンプを跳ぶ際のエッジの使い分けも見事なものでした。演技最後のトリプルルッツ、ディープなエッジ使いのエントランスから跳び、美しい着氷の流れのままにツイズルまでつなげていくのも驚くばかりでした。演技全体も、非常に精緻。濱田美栄コーチは、「本当にプログラム全体に神経が行き届いた指導が見事だ」と、いつもいつも感服しています。

(紀平FP)

D

 やだ…長くなってしまいました。そろそろ『小説すばる』の原稿を仕上げないと大変なことになります。この大会では、『キル・ビル』のサウンドトラック(つか、あたくし的には梶芽衣子の『恨み節』)を使ったカザフスタンのムハメトカリエワのことを書こうと思っていたのに…。それはまた後日にいたしましょう…。

 フィギュアスケートといえば、サイゾープレミアムの連載では、羽生結弦24時間テレビ披露したスケーティングのことを書いてみました。よかったらご一読くださいませ。

http://www.premiumcyzo.com/

2016-08-18 ケーキを食べればいいじゃない

 集英社から昨日発売された『小説すばる』という文芸誌で、連載が始まりました。『小説すばる』の編集者の方からご連絡をいただいたのは、今年の2月の頭だったかと思います。1月に発売されたエッセイ『恋愛がらみ。 不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』(小学館)をお読みくださって、『小説すばる』のリレー式のエッセイ「思い出ステーション」執筆のご依頼をいただいたわけです。

 読者の方々に笑っていただきたい原稿であれ、どうにもしんみりしてしまうような原稿であれ、いままでに載せていただいたすべての媒体、すべての原稿で、私なりに努力をしてきたつもりではありますが、文芸誌からご依頼をいただくことは想定のはるか彼方にあったことで、メールをいただいたときに本当に驚いたことを覚えています。で、4月号の「思い出ステーション」で鶴瀬駅のことを書き、しばらく経ってから、小説すばるさんから今度は連載のご依頼があったのです。

 連載のテーマは、ケーキ。私の人生を、本当に多くの場面で彩ってくれたケーキたちです。「高山真」としてのキャリアのスタートは、ラブピースクラブさん。「ノンケのオトコの子ちゃんの落としかた」を、自分の生活やものの考え方にからめて書き始めたのが15年ほど前でした。今回のテーマである「ケーキ」でも、そういったことができればと思っています。美味しく食せるものを、いろんな角度から見てみる…。ほんとあたくしったら、15年間変わっていませんことね。うふふ。

 最愛のケーキをご紹介しつつ、自分の来し方も振り返ることができるようなもの、そして、読んでくださる方々それぞれに何かを感じていただけるようなものにしたいと思っています。第1回目の原稿では、それができているでしょうかしら…。

 何かの機会にご一読くださるのなら、本当に嬉しいです。そして、わがままを申しますが、もし何かを感じていただけたのであれば、『小説すばる』さんを通じてご感想やご指導をいただけたら、さらに幸せです。

2016-07-20 肝臓がんを得て、より明確になったこと

がんのことを公表し、このブログでもその病気をベースにした日々のことを書くようになってから、できている場所は違えど同じ病を持つ方、またはお身内に同じ病を持つ方からのメールを頂戴するようになりました。

いただいたメールにはすべて、自分なりに考えていること、病への私なりの向き合い方をお返事したつもりではあります。が、先日いただいた、奥さまのサポートをなさっている方(Aさんとさせてください)からのメールに、化学反応のようなものが自分の中で起こりまして、最近ではいちばん長いお返事を書きました。

Aさんは、私に下さったメールに「お金を出すこと、簡単な家事、笑わせることくらいしかできない自分が歯がゆい」とお書きになっていました。同時に、「この病気に対して『ふてぶてしい』というスタンスで臨んでいることに、勇気づけられた」というご感想もくださいました。

そのメールを拝読したとき、なんと言いますか、自分の中でもう一度、自分の考えをクリアにしておきたい気持ちになり、クリアにした気持ちを、このブログの推定読者6人の皆様方にもお伝えしておきたい衝動にかられまして。

以下は、本来は私信である「私からAさんへのお返事」ですが、Aさんのご了承のもとに公開いたします。Aさんにまつわる個人情報はすべて削除して、少し加筆・修正しています。

その前に大切なことをひとつ。これを公開したからといって、「もうこういう分野のメールの返信はしない」という意図は微塵もありませんからね。「メールを下った方、おひとりにつき一通は必ずお返事したい」という気持ちは全く変わっていません。「If you need me, call me」って感じかしら(ダイアナ・ロス『Ain't No Mountain High Enough』)。やだ綺麗!

・・・・・・・

はじめまして。高山真でございます。

いただいたメール、身を正して拝読いたしました。ありがとうございます。

まずは何より、奥さまのご快癒を心よりお祈り申し上げます。


私も現在、肝臓がんの治療中ですが、過去には、母親、パートナー、パートナーの母親の、闘病や旅立ちを横で見ていた身です。「横で見ていた」と言うと、「木偶の坊もここに極まれり」という感じですが、実際、健康だった時代に病気の人が身近にいると、他人様にはどんなに身なり心なりを砕いているように見えたとしても、本人としては「何もできていないなあ」という気持ちばかりになりますね。実の母が亡くなったときは私は14歳でしたので、「何もできていない」というのは正しい認識だろうとは思いますが。


ただ、それなりに大人になってからの経験だった、彼との時間、彼の母親との時間を振り返ってみても、私はいまだに、「彼と、彼女に、自分がしたこと・できたこと」に対して、友人たちがつけてくれたような点数を自分自身につけることにためらいがあります。


僭越ながら、私は、Aさまも、その点において私と同じ世界の住人であると拝察いたしております。


率直に申しまして、私は、自分が病気をしている現在のほうが、あの時代にくらべてはるかに焦点の合った日々を送っています。この種の仮定は非礼極まりないことをお詫びしたうえで申しますが、Aさまは、奥さまではなくむしろご自身が病を得ている状態のほうが、はるかに落ち着いて日々を送れるタイプなのでは、と。


このようなメールを頂戴し、私も自分なりに踏み込んだお返事を差し上げる以上、私とAさまの間には、友情に近い感情の交流がすでにあると、私は勝手に判断しています。ですので、私は、私の友人が私に言ってくれた言葉を、今度はAさまに、心からの言葉としてお伝えいたしたく存じます。(そしてここからは、友情の名の下に、敬称を「さん」に変えること、そして、くだけた口調になることをご了承ください)


あなたは、完璧です。

お金と、日々の雑務のヘルプと、笑わせること。

病気の人を安心させるために、周りの人がしなくてはいけないことを、あなたはすべてやっているでしょう。

あなたが「自分が歯がゆい」と思うのは、それはあなたの性格だから仕方がないことだけれど、

どこをどのように判断しても、私にAさん以上のことができるとは思わない。

何度でも言います。あなたは完璧です。


私も、かつて友人たちがかけてくれた言葉を額面通りには受け取れなかった(そして今でもその傾向は残っている)ものですから、「Aさん、あなたはこの言葉にうなずかなきゃダメ!」とは申しません。ただ、近い将来、奥さまがご健康を取り戻し、そして遠い将来にAさんが奥さまのお世話を受ける立場になったとき、今度はAさんが同じような言葉を奥さまにおかけになるだろうと思います。


私も、しぶとくサバイブして、今度は自分が周囲の人たちに、かつて私が受けとった言葉や思いを渡していくことを目論んでいます。ブログを通じて、あるいは今、Aさんに、もしかしたら何かをお渡しできたかもしれないように。


「自分がしていること・してきたこと」に高い点数をつけられないのは、もう性(さが)とか業のようなものなので、これをどうにかしようなどという気持ちはとうの昔に放棄しています。ただ、私が他者に高い点数をつけたとき、その人は、私が自分にそうしているように、自分自身に低い点数をつけている。まあ、点数をつけるなどという行為はもともと非常に親しい人間にしかしないものですし、親しい人と大なり小なり似た部分があるのも当然といえば当然ですが。高いんだが低いんだか分からなくなっているのに、想いが循環していることだけは確か、と言いますか。


Aさんも私も、ずっと階段を上り続けているのに1周回ったところでいちばん低い場所に戻ってくる、騙し絵の世界の住人みたいで、それはそれで面白いですね。


ただ、そういう人間として申し上げるなら…。身近な人たちとの間に生まれる、感情の円環構造のようなものを認知できることを、「幸せ」と呼ぶのかしら、と私は最近になってつくづく実感しています。


最近出した本にも少し書いたことですが、昭和40年代に、ドがつく田舎の漁師町に生まれたLGBTの私には、「クローゼットに一生隠れたまま、自分を偽って、誰とも何かを共有せずに生きていく」という人生も、非常にリアリティのある選択肢でした。そして、それを選択することは、「死が、一生続く」という人生を選択することと、ほぼ同義でした。


いま、こうしてクローゼットから出て、様々な人たちと感情の交流を持ち、40代の半ばになって病を得た身になり、そして、「騙し絵の世界に生きる者同士」が感じる幸せを実感できるようにもなりましたが、私の「選ばなかったもう一つの人生」は、病気以外のことを得られる可能性は最初からゼロでした。はじめから死んでいるようなものだったのです。それを思ったら、「病ごときがなんぼのもんか」なんてふてぶてしくもなりますわね(笑)。


生きていれば様々なことが起こりますが、「災難(のように見えるもの)」に、なんというか、スパイスとか触媒のようなものを振りかけ、違う角度なり視点なりから見ることで、新しい「何か」が得られるかもしれない…。私は常に、それを期待して生きてきたところがあります。


病を得た今、そういった強欲な部分が消えないどころか、どうも強まっているらしいことを、自分なりに歓迎しています。「これなら完治した後は、あたくしったらますますもって手がつけられないオンナ(正確にはゲイ)になっているはず」などと公言し、すでに一部の友人たちを震えあがらせていたり(笑)。


奥さまに、日々笑いを提供しようとなさっているAさんのお気持ちの尊さは、私のような人間には本当によくわかります。「エレガントな強欲」とか「ふてぶてしいほどに前向き」とか、矛盾する言葉を組み合わせて一体化させるようなスタンスでいこうと思ったら、そこに「触媒」としての「笑い」は必須だからです。


奥さまが、医者のケアとともに、Aさんが日々用意されている「触媒」で、お元気になられることを心よりお祈り申し上げます。


どうにもウザいご返信だったかもしれません。ただ、私もAさんからお気持ちや力を頂戴した身です。私なりのお返しとして、お許しをいただけたらと思います。


20年後、30年後あたりに、「そう言えば、メールのやり取りがありましたわね」と、奥さまを含め三人で、どこかで懐かしくお話ができますことを。


Aさんも、どうぞくれぐれもご自愛くださいませ。

お気持ち、心より御礼申し上げます。

ありがとうございました。

高山


(追記)

タイトル変更しました。ふだんは、どんな分野のことを書くのであれ、こんなド直球のタイトルはつけない人間なのですが、今回ばかりは、私の昔からの読者(推定6人)だけではなく、病気で悩んでいる人が検索などでここにいらしてくださること、その中の数%の方でいいので、何かを感じていただけることを、ちょっとだけ願って…。