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2006-01-22

カストック人


時間に困ったときのファイル発掘シリーズ。


東方のコサック――帝国とその彼方


 コサックたち――より正確に言うならばカストック人――は、皇帝のためにみずから補助軍の騎兵や歩兵としてつかえる辺境の移民者・植民者であり、オラーヤから赤の平原にかけての東部平原を防衛している。かれらは服装や戦い方にペント西部の部族民たちや、シャー・ウン族とさえ共通する点がみらられるが、かれらはまったく異なった起源と目的をもった民族である。


 かれらは志願者・追放者・逃亡者たちの末裔であり、政治的・社会的な平等の原則にのっとって組織を形成している。共同体はそれぞれその長としてアタマン(頭領)を選出し、一方で行政区や連隊(ポルクとよばれる)のすべてのコサックの総会ではヘトマン(隊長)をえらぶ。いまでもコサックたちは農奴制や負債、圧政、苦難をのがれてきた避難民たちを保護しており、カルマニア人、ペント人、クラロレラ人、そして非人間種族でさえ平等にうけいれてきた。新たなコサックは新しい名前と人生をはじめることを要求され、アタマンに非世襲で耕作や放牧のための土地をあたえられる。


 7ウェインのはじまるころまでには、帝国領内のコサックたちはその自治領のほとんどを失い、特別に認められた軍事階級とされ、帝国軍に編入された。彼らはしばしば社会不安やその他の争乱を鎮圧するために使われるようになった。コサックの師団(\\ Cossack Host / 軍団か?)は現在リンリディから赤の平原、そしてペントそのものにまで広がっており、いまでも帝国の法のおよばないステップ地帯を放浪する冒険者や無法者の一団から新たな師団が結成されている。帝国政府は赤の平原のコサックたちを服従させる方向に動いており、帝国布告によって師団を再編して再入植させ、次第にコサックたちがそもそも逃げだしたはずの土地と法にかれらを縛りつけようとしている。


 帝国領内のコサックの男子は軍役の義務があり、自分の馬、衣類、サーベル、長槍(\\ルビ:ランス)その他の装備を調えねばならない。コサックたちは辺境警備兵・国防軍であり、帝国の“生きた壁”である。そのかわりに彼らはたくさんの社会的・宗教的・経済的な特権を有している。4世紀にわたり帝国は東方辺境の防備と拡大をコサックの戦士に頼ってきた。辺境で生きるのは波瀾に満ち予想できないものだが、コサックたちはそのような状態に秀でているのである。「恐怖の夜」ののち、彼らの役割や人口は増大し、役務免除の範囲もひろがった。彼らは帝国に制度化されたが、国家官僚やその制限を課すやりかたとは全く無縁のままである。帝国領内のコサックたちは“われらが父”、すなわち皇帝を認めているが、それは「帝国コサック憲章」によって彼を信仰し敬うことを義務づけられているからである。しかしまた同じ憲章はコサックの権利と自由を尊び守ることを月の神子に義務づけているのである。


 コサックたちはしばしば守るべき民そのものと不和を生じるが、それは休みなく自由を奪いとろうとしている官僚の中、束縛の下にある者たちにとって、コサックたちのもつ自治権が羨望をひきおこすものだからである。コサックたちは“ペントを飼い慣らすもの”カストクスと、その下位カルト・英雄カルトすべてを信仰している。カストクスはその死このかた彼らの神であり、コサックの技、勇気と果敢さを体現している。ハールジールの要塞都市は、帝国のコサックたちの司令部の支配とともに「聖槍の聖堂」(\\ the Hall of His Holy Lance)のカルトクス寺院によって支配されている。都市内は個々に防御をほどこされた宿営とよばれる地区にわけられており、それぞれが一つの師団に属している。



えーと、こんなにロシアンな感じでいいんでしょうか?(笑)>ルナー帝国東方

KavalbarudiKavalbarudi 2008/10/24 12:53 >オラーヤのロシアンテイスト
なんか、“ツァー”プーチン政権下でも、与党を支える組織としてコザックが組織として復活してましたよね(笑)
オラーヤのコザックにも英雄的人物が出ると楽しそうですが…
エカチェリーナ二世時代のように活躍すればカッコいい…かも

mallionmallion 2008/10/25 06:43 英雄戦争ではペントと戦ってつぶされちゃう運命だからなー(笑)。でもリンリディあたりで再起するのかもしれませんね。

KavalbarudiKavalbarudi 2008/10/25 09:00 コザック、没落確定ですか(ノД`)
ボリシェヴィキもメンシェヴィキも始末…(違)
ロシアでは民族教育から軍事教練とちょっと帝政ロシアチックでした
イェニチェリはやはりオスマントルコチックですよね…むしろティムール朝なんでしょうか、オラーヤ、構成員になる農奴と宗教は違わないようなので
エルツ・アストの有力家門たる私のキャラの実家ではカリコスやコザックなどには友好関係を結び、保護して欲しいなぁ、と

mallionmallion 2008/10/28 06:30 イェニチェリは、むしろカルマニアとかあっちであるかもしれませんね。なんかトルコちっくなイメージがでてきた。(個人的に)
英雄戦争でペントが攻めてくるのは1628年ぐらい?だし、ジャ・イール様が奮戦するはずではあるんですけどね。そのあたり詳しくはわかっていません。