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2007-04-29

ヒーロークエスト考(2):グローランサの世界構造


f:id:mallion:20070429053940j:image:right:w200前回の続き。


グローランサにおけるヒーロークエストとはなにか? という事についての前段になります。






ヒーロークエストについて語るには、グローランサの世界構造について、すなわち「神話と歴史」について語らねばなりません。


グローランサの神話を超かんたんにまとめると、


いろんな神々(精霊なども含む)が争っていたら世界の「法」のタガが外れて「混沌」が世界に侵入し、ほとんどの生物が滅びそうになってしまったので、「大いなる盟約」が結ばれて神々はグローランサに介入するのに一定の制限をもうけることにした。だから地上に神々はいない。「大いなる盟約」は「宇宙をつなぎとめる網(ネット)」であり、「法」と「混沌」の組み合わせである「時」でもある。


ということになりましょうか。


大いなる盟約である「時」が支配するようになって以降が「歴史時代」、それ以前が「神話時代」になります。


「時」の機能としては、以下のようなことが挙げられます。


  • 因果関係を一定方向に生じるようにする(神話時代では、一つの原因から多数の結果があったり、結果の後に原因があったりすることもあった)
  • 神話時代の出来事が繰り返し一定のサイクルで起こるようにする(季節の移り変わり、太陽が昇って沈む、など)
  • 地上に神々が介入するのに一定のルールをつくる(神話時代に起こったことを繰り返させる事しかできなくする)
  • 「神々が住む世界」(異界)と、「定命のものたちが住む世界」(物質界)を隔てる。

このあたりは、Steve Maurer 氏のヒーロークエストについての解説から引用させていただくと分かりやすいかな。(これを初めて読んだときはアゴが外れた)


新しき時

 「時」とは全世界を統べる(女)神である。時の力には神々といえども抗うことはできない。時はまた「大折衷」とも呼ばれる。


 時には4つの働きがある。第1の(そして最大の)働きとは、神々同士の争いを禁じることである。神々は、たとえ永遠の仇敵であろうとも、時の誕生の際に設けられた掟に従う範囲でしか活動を許されない。掟は「神の言葉」で記され、定命のものどもには理解することはできないが、おおよそ以下のように解することができる。


  • 直に事を構える勿れ。
  • 汝を信ずる者以外を、呪うこと勿れ、害すること勿れ。(ただし汝に背きたる者に、多少の呪いを下すは是なり。)
  • 汝のものならざる魂を欲すること勿れ。
  • 信者から請われずして助けること勿れ。請われるほどに助けるべし。信者を助けるはよし、が、その他を害すること勿れ。

 これは神性呪文の基礎となる。神性呪文は、自身の能力の一部を分け与えることで「信者を助ける」ことであり、これは神々にとり正当な援助方法である、これが仮に他者を傷つけるために使用されたとしても。事実、この行為は「時」の到来以前にすでに当たり前のこととなっていた。


 「時」の第2の働きは、世界を統べ、物事が順序通りに起こるようにすることである。すなわち「因果」のみを許し、「果因」を禁ずることである。この働きによりグロランサでは予言は全く効かくなる。例外はアラクニーソラーラ(「時」の母)がときおり漏らす漠たるつぶやきのみである。


 「時」の第3の働きは時の到来の際にあった力や呪いの作用を保つことであり、グロランサに存在する大いなる力(存在)がその地位を保つことである。簡単に言うと「時」は全ての「自然の流れ」を支配しているということである。季節の移り変わり、誕生から成長そして死への流れ、飢えた定命のものが(どれほど力を尽くそうとも)やがて弱り死んでいく様、風の神々に征服された神々の末裔は息をしなければ死んでしまうこと、殺された神々の末裔は死が不可避なこと、などである。これら全ての流れを「時」が司るのである。


 「自然の流れ」は「時」により許された結末である。「大折衷」の掟に従う限り、これは神々の直接介入とは見なされない。ヴァリンド神がその力を奮う時節に、愚かにもその風雪に挑む者がいたら、その者にどのような害が及ぼうが、それは神の責任ではない。ここで注意を要するのは、たとえ「自然の流れ」といえども十分な力がある者を押し止めることはできないということである。「時」ですら、その他全ての神々と同様に変化からは逃れられないのである。


 「時」の最後の働きは、神々に時の中にある世界と直接交渉する手段を提供することである。僅かな例外を除き、信者はいついかなるところであっても神々の助力を請う事ができる。

(強調はまりおん;文中の「大折衷」は Great Compromise、すなわち「大いなる盟約」と個人的に訳しています)


そして、「時」到来以前の世界(神話時代)は消え去ったわけではなく、世界という網の中に「織り込まれて」います。それはグローランサの「宇宙的な記憶」とでもいったらいいでしょうか。


こうして、ヒーロークエストの「冒険の舞台」が用意されました。


英雄の探索行の類型を思い出してみると、


  • まず、「旅立ち」では、英雄が属している共同体から離れて、此岸(通常の生活領域)と彼岸(冒険の舞台)の「境界」を超え、探索に赴きます。
  • 次の「通過儀礼」は、「試練」と言い換えてもいいものですが、この試練を克服することで、英雄は以前のもの違った存在へと変貌します。
  • 最後の「帰還」では、彼岸から此岸に英雄が戻って、知識や宝物などによって、英雄の属している共同体に変化をもたらします。(彼岸から帰るのに失敗することもある……浦島太郎の最後とか、ヤマトタケルが最後に白鳥となって飛んでいってしまうとか)

という手順を踏みます。これがグローランサでは、


  • セパレーション:「歴史時代」の世界から、「神話時代」の世界の境界を超え、探索に赴く。
  • イニシエーション:神話時代(=英雄界)で冒険をおこなう。
  • リターン:神話時代(=英雄界)での冒険から知識や宝物などをもって「物質界」に帰還する。

ということになります。


すなわち、ヒーロークエストの舞台はグローランサの神話時代である「英雄界」です。


(次回へつづく)

魔人探偵脳噛ネウロ


D


この falsh amv で興味をもっていたので、購入してみました。ジャンプコミックスなんて買うのは何年ぶりだろう。


魔人探偵脳噛ネウロ (1) (ジャンプ・コミックス)

魔人探偵脳噛ネウロ (1) (ジャンプ・コミックス)

魔人探偵脳噛ネウロ (2) (ジャンプ・コミックス)

魔人探偵脳噛ネウロ (2) (ジャンプ・コミックス)


一言感想。ど、ドーピングコンソメ……


おもしろかったですが、小学生とかの時代にこんなものを読んだら人生観狂うかもしれんなぁ。正義も悪もないし。Death Note とかもそーですが。

北斗の拳」とか、バイオレンスだったけど一定の節度はあったと思うんだけど。青年誌だったら全然問題ないんだけど、ちょっと心配になった。

Amazonのレビュー(書評)はどの程度信頼できるか



面白い調査です。


日本の書評(特に新聞の書評)は、なんだか「人間関係」にしばられて「あの人の本だから書評書かないといけない」とかあるのであまり信用できないのですが、「まず信頼できる書評者(レビュアー)を見つけなさい」と福田和也氏もいっておられる。


ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法 (PHP文庫)

ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法 (PHP文庫)


ここには、また日本的な構造汚職のようなものがあるのです。

つまりは書評で取り上げる、そこで褒める、あるいは貶すということが、ある種の権勢のゲームになっているわけですね。書評で取り上げて褒めることが、好意の表明であったり、忠誠の証だったりする。だから、文壇学会の実力者が本を出せば、皆が競って取り上げて、無責任な賛辞を並べる。

まあ、そういう遊びも、当事者たちにとっては、意味のあるものでしょうが、読者にしたらたまらない。

無責任な書評にだまされて、本を買い、そのうえ貴重な時間を費やしたのに、何の感興も知識も得られなかった、という経験は本好きならば、どなたもお持ちではないでしょうか。

(「ひと月百冊読み、三百枚書く私の方法」、p.36-37)


はてなとか、ブログで知っているひとのオススメ本というのは、そういう意味ではとても役に立ちます。しかし、Amazon も、新聞のように「その本を読んで面白かった!」というひと以外もレビューを書くようになってくると(以前からそうかもしれませんが)、そうした目でレビューをみないといけないのでしょうね。


そう言った意味で、コメント欄で紹介されている、「あなたが全面的に信用しているAmazonのレビュアーを教えてください。」という人力検索はてなの質問も参考になりそう。



ちなみに、この「ひと月……」は、売文業向けの指南書になっていますが、読書術としてはなかなか参考になる本です。レビューを書こう書こうと思って後回しになってしまってるんですが……。