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2008-03-23

和風TRPG:冒険者ギルドとしての「悪党」


長々とひっぱって申し訳ないですが……


日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)


を読んでいてTRPG的に色々おもしろいところがあったので、「和風TRPG」のつづきとして、使えそうな「設定」のところをピックアップです。でも真面目に学術問題になると正直よくわからないので、つっこみはご容赦(笑)。とりあえず隠しておきますね。なお、強調はまりおんです。


そして、本日 Mongoose さんに RuneQuest : Land of Samurai 注文しました。

やる目処は全くたっていません(笑)。


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古代帝国としての律令国

とくに注意すべきは、この国家の交通体系が陸上交通を基本にしていることで、都を中心にして幅十数メートルの舗装された道路を、できるだけ真っ直ぐにつくっているのです。

なぜこのような不自然な制度をつくったのか、理由はいろいろあると思います。唐・新羅と戦って敗れたばかりのこの国家にとっては、軍事的な理由が非常に大きかったと思いますが、そうした当面の必要性というだけでなく、より本質的にはこの国家が、小さいながら古代帝国を志向していたからだと考えられます。

(p.297-298)


平安後期から鎌倉時代にかけての地方統治制度の変質

ところが、将門の王国は二、三か月しかもたなかったので、どうやらこの国家は王朝国家として命脈を保つことになります。


しかしこの大事件を境にして、この国家の租税制度や地方制度の実態は大きく変わってしまいます。国守、受領による租税の請負体制、それぞれの国の長官が国家に納めるべき一定額の租税の納入を自分の責任で請負う体制が、このころ軌道にのり、これまでの官僚主義的な地方制度は、まったく実質がなくなります。


こうした体制の形成が可能であったのは、その前提に、安定した海や川による交通の列島全体での活性化があり、さまざまな物資や人びとが自在に動ける状況が発展していたからだったのです。

ですから、十世紀以降になると、支配者の意向にかかわらず、独自に展開している活発な商工業、流通、河川の交通を前提にして、はじめて国家体制が成り立っていることになります。


中国大陸朝鮮半島との交易についても同様で、この時期になると国家間の交流、つまり遣唐使のような交流は行われなくなってしまいます。しかし、民間の社会の間の交流はむしろ以前より活発になっているのです

(p.306-308)


東アジア貿易の拡大と「悪党」

津軽半島の安東氏の拠点、十三湊は、十四世紀には都市として最盛期をむかえており、西の博多に匹敵するといってもよいほどの繁栄をしていたことが、最近の発掘から明らかになりました。町並みをもつ都市であり、中国大陸の銭や中国製の青白磁が大量に出ますし、高麗青磁も出てきます。十四世紀から十五世紀にかけて、十三湊が北の国際的な都市になっていたことは間違いありません。

(p.347)


安東氏は「津軽山賊」と呼ばれていたらしい)


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……十三世紀後半から十四世紀にかけて、貨幣経済がさらに一段と発展してきますと、金融・商業の組織や、廻船のネットワークは、前よりもずっと規模が大きく、また濃密になってゆきます。供御人、神人、寄人の組織は、さらに広域的に広がり、緊密の度合も強くなって、公権力の枠をこえて独自な動きを強めていかざるをえなくなってきます。


こうして、交通路、流通路を管理する人びとの組織の新しい活動がこの時期に目立ってくるのですが、このような人々の動きが、権力の側から悪党・海賊といわれたのだと思います。

これらの悪党や海賊の実態は、「海の領主」「山の領主」のような、交通路にかかわりを持つ武装勢力をはじめ、商業・金融にたずさわる比叡山の山僧や山臥などであったことがわかっています。このように、交通路の安全手形の流通を保証する商人や金融業者のネットワークは、十三世紀後半から十四世紀にかけて、悪党・海賊によって保証されていたと考えられます。


これらの人びとはみな、もともとは「遊手浮食の輩(ともがら)」などといわれ、博打などにもたずさわっていた人びとですが、このころの悪党・海賊は広域的な組織を持っており、何かもめ事がおこると、賄賂、礼銭をとり、訴訟を請負って、トラブルを自力で解決しています。公権力がとりあげてくれない訴訟を請負って解決してくれるわけですから、紛争の当事者も積極的に代償をはらって悪党にその解決を依頼するわけで、事前に賄賂を取るのは「山ゴシ」、事後に礼銭をとるのを「契約」といったといわれています。


この組織の中には女性もいたことは確実で、この時期の金融業者・商人の中には女性が多いことは明らかですし、遊女がかかわっていたことも考えられます。


……いや、これってなんていう冒険者ギルド?

(いや、ちょっと?違うけど)


鎌倉時代の「悪」の概念


この時代の「悪」ということばは、日常の安穏を攪乱する、人の力をこえたものとつながりをもって考えられており、利潤や利子を得る行為そのもの、商業・金融業そのものを悪ととらえる見方がありました。さいころの目で事を決める博打や、「好色」=セックス、さらに穢れそのものも、人の力をこえたどうにもならない力として「悪」ととらえられたわけです。


(中略)


金融業者、商人、海の領主、山の領主の組織が「悪党」と呼ばれたのは、「悪」にたいするこの時期のこうしたとらえ方が背景にあったと思います。


このように、十三世紀後半から十四世紀にかけての、鎌倉幕府の悪党にたいするきびしい弾圧は、公権力からはずれた商人や流通・金融業者のネットワークをいかにしておさえつけるかにあったのですが……(後略)

(p.351)


なんか、鎌倉時代に対するイメージが変わってしまいますね。


鎌倉仏教なんかはこうした背景があって生まれてきたんでしょうし、親鸞のいった「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」も別のとらえかたができるかもしれませんね。(と生半可なことをいうと、本職のひとに怒られてしまいそうだが)


東北あたりは、こうした捉えなおしをするといろいろと面白いでしょうね。

護法少女ソワカちゃん・まとめ


しばらくニコニコをあんまり見ていませんでした。「ニコニコ動画MMO論」ではありませんが、ネタの関係性を見失うとなかなか戻りにくいんですよねー。


しかし、gginc さんのとこのエントリーで「護法少女ソワカちゃん」を見てぶっとびました。


わー音楽すげーかっこいー!

作者やっぱり天才だー!(笑)


ということで(?)、護法少女ソワカちゃん布教のエントリです。

とはいえ、しかしまあ見ていただくしかないわけで。

とりあえず、ぜんぶ貼ってみますね。


まずは、作者さんの投稿順に、その次に話数順にはります。

投稿順>話数順でみると楽しさ2倍です。


ちなみに登場人物の「クーヤン」の元ネタの空也上人については、西山さんが書いてらっしゃいます。ほんとにあんな格好なのな。



さて、動画をいっぱい貼るので隠します。




まずは投稿順に見てみよう!

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OP(第1話)


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ED


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第7話:ソワカちゃん荒野を行く〜死して屍拾う者なし〜 の巻


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第3話:そして哀しみは羇旅辺土(きりょへんど)を照らすであらう の巻


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第6話:ソワカちゃん VS 暗黒生徒会 の巻


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第8話:背徳と退廃の街 索多瑪(ソドム) の巻


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第5話:クーヤン浄土から帰る の巻


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第4話:問ひたまふこそこひしけれ の巻


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第11話:決戦、グルグル寺院


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年末邪教の祭典スペシャル


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第9話:時輪タントラ外道祭文


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第11話:決戦、グルグル寺院 feat. Cool Young


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再生と法滅のあいだ


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第2話:さよなら クーヤン の巻


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第10話その1:メカ沢先生かく語りき


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第10話その2:クーヤンなんて恐ろしい子


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コードネームは赤い数珠


見終わったら、次は話順にもう一度みよう

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OP(第1話)


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ED


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第2話:さよなら クーヤン の巻


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第3話:そして哀しみは羇旅辺土(きりょへんど)を照らすであらう の巻


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第4話:問ひたまふこそこひしけれ の巻


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第5話:クーヤン浄土から帰る の巻


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第6話:ソワカちゃん VS 暗黒生徒会 の巻


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第7話:ソワカちゃん荒野を行く〜死して屍拾う者なし〜 の巻


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第8話:背徳と退廃の街 索多瑪(ソドム) の巻


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第9話:時輪タントラ外道祭文


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第10話その1:メカ沢先生かく語りき


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第10話その2:クーヤンなんて恐ろしい子!


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第11話:決戦、グルグル寺院


本篇のつづきまだかなあ。