『Arne』

mamiamamiya2009-03-22

大橋歩さんがひとりで編集して、取材して、ひとりで出している季刊の雑誌。広告一切なしで50ページちょっとのちいさな本。わたしは一号から全部欠かさず持っていて、新しいのが出たら忘れず買ってます。


 そしたら今号の編集後記に「あと3号つくって、12月15日発売の30号を最後にします」との言葉が……。ガーン! ささやかな楽しみだったのに……。


 売れてないということは考えられない(普通の書店にもけっこう置いてある)し、赤字ということも考えにくいので、単純に体力的に続けていくのが大変ということなのかな、と思うし、やめると決めたときにやめるのもこの本らしいので、いいのだけど。


 いろんな人が出版不況のことや、インディーズマガジンの可能性を語るときに、私は必ずこの『Arne』の成功例を話してた。『Arne』は、一見のどかな優しい本で、実際そうなんだけど、佐藤雅彦の事務所、自宅の取材、さらに村上春樹の自宅の取材など、他では不可能ではないかと思われる企画も実現させている。そういう「知ってる有名人の知らない側面」を、いやみなく自然に紹介しているのも面白かったし、「知らない人だけど、面白い仕事をしている人」のことも丁寧に紹介してあって、読んでいるとその場所に行ってみようかな、と思えてきたりする。


 情報量もちょうどよくて「ここ、行ってみようかな」と思える程度の量なのが疲れなくてよい。いっぱい、いっぱいお店が載っていたら、一軒一軒にそんなていねいにこっちもつきあえない。『Arne』は、つきあいきれる情報量なんですね。


 私は、インディーズマガジンって、実はそんなに好きじゃない(『溺死ジャーナル』は大好きですけどね!)。個人の気概が見えて、しかもそれが空回りしていないものは好きだけど、そういうものはそんなにたくさんはなくて、多くのものは「プロではない」ことに甘えて、ぬるい本を作って不当に高い値段で売ってるように感じる。


 その中で『Arne』は甘えがなく、媚びがなく、大橋歩という人の哲学がびしっと通った本で、私は大橋さんの年齢で、大橋さんがこのような新しいことをやる、ということそのものに驚いたし、すごいと思っていた。


 インディーズマガジンのことを話す人は、あまりこの『Arne』に興味を持ってはくれなかったけど(扱う題材が全然違うからね)、「大橋歩」というネームバリューと営業力だけでこの本が成功してると思ってる人がいるとしたらそれは絶対に違うと言いたい。最初はそんな、どこでも売ってなかったんだよ。それが一店、二店と増えていって、今のように「売ってる店にはバックナンバーも大量に売ってる」という状態になった。


 面白い、いい本だったから売れたんだよ、と私は思ってる。流行やマーケティングなんて読まないで、大橋さんが「私は今、これがいいと思ってる」「この人にずっと興味があって、面白いと思ってた」と、嘘のない言葉でしっかりと取材して書き、デザインから写真まで自分の伝えたいようにやったから、説得力があったし、面白かったんだ。「大橋歩」のネームバリューじゃない。大橋歩のセンスの、哲学の勝利だと思う。勝利なんていういさましい言葉の似合わない本なのに、こんな言い方して恥ずかしいけど。


 べつに私は大橋歩のファンというわけでもないし、大橋さんの功績をそんなに知ってるわけでもない。けど、そんな私にも『Arne』は面白かった。「こういうの、みんな面白がるんじゃないの?」って読者にゆだねるんじゃなく「私はこれがいいと思う。このいいものを伝えたい」とはっきりした姿勢が気持ち良くて、さっぱりしていてよかった。だから知らないものばかり載ってる号でも買った。


 これぐらいのものが作れれば、本って売れるんだよ、と思う。思ってる。大きな出版社の経営の参考にはならないと思うけど、大事なことを簡単に他人にゆだねないこと、「個人」の感覚こそが面白いということ、それは面白いインディーズマガジンの必要最小条件だと思う。


 私はこの本、祖母とともに愛読してるんです。何号か出たところで祖母が「面白い本がある」と送ってくれて、それ以来新しい号が出るといつも電話で話してる。祖母は目が悪くなってきてるので、普通の雑誌は読むと疲れるって言う。「『Arne』は、分量がちょうどいいんだよね」と私とおんなじことを言っていた。祖母の去年の誕生日には、『Arne』に載っていたあかね会の手作りマフラーを、母とお金を出し合って買った。祖母は『Arne』に載っていたお店のものが欲しくて、そのお店に電話をしたら(『Arne』には、お店のクレジットは電話番号しか出ていない。ホームページのアドレスも載ってない)「大橋さんに声がそっくりなので、大橋さんかと思いました」と言われたと喜んでいた。いろいろ思い出深い本だし「新しい号読んだ?」と言い合える数少ない雑誌だった。とくに家族とはね。


 すこしの雑貨と、面白い誰かと、すこしの料理、暮らしのあれこれ、たのしいお店、服の着こなし、のことの楽しいエッセンスが、大橋歩100%で紹介されているこの本の楽しいことよ。へんな言い方だけど、この本はブログに似ているのかもしれない。ちょっと思ったこと、ちょっと最近好きなお店、ちょっといいなと思う服、そういうものを小さなサイズで発信するということが。