雨宮まみの「弟よ!」

2010-10-04 ティム・ガンのファッションチェック第二回

 今日のティム・ガンのファッションチェック(NHK教育の『スタイルアップ』という番組です)は、ミュージシャンのエライザ。彼女は34歳で夫もいるけれど、まるでティーンエイジャーの頃のような安っぽいロックスタイルから抜け出せず、年齢にも場にも合わない服しか持っていない。いつもならこのファッションチェックでは最初にクローゼットをチェックして、とても気に入ってる服を一度没収するのに、今回は持っている服が全部ひどすぎるということですべて没収。彼女が気に入っている帽子も全部没収され、本当にクローゼットはからっぽになってしまった。


 エライザは言う。「自分が裸になったみたいです」。自分なりにファッションセンスには自信があった、それを全部否定され、いちから服選びをやり直さなきゃいけない、そのことがとても不安だったと。


 まず、ノーブラ上等! の彼女にきちんとしたブラを探しに撮影隊はランジェリーショップに行く。ブラをつけた彼女は「Aカップの胸がいやでCカップのブラばかり選んでた。でも、Aカップでもこんなに胸がきれいに見えるブラがある!」と感動する。そして自分の体型をスキャンした画像を見て「思ってたより悪くなかった」と言う。


 体型を良く見せるアドバイスを受け、服を選びに行った彼女は再びパニックに陥る。どんな服を選んだらいいのかわからないのだ。彼女はティムたちに意見を求めるが、ティムたちはやんわりとそれを遮る。このファッションチェックでは、アドバイスは受けられるが、決めるのは自分自身だということがとても重要なポイントだからだ。人に選んでもらってその場だけオシャレになってもしょうがない。「自分で似合うものを選ぶコツ」を掴まないとどうしようもない。人に頼ってはいけないし、人の意見のままに服を選んではいけない。自分の服は、自分で選びとらなくてはいけない。それがティム・ガンの課すルールだ。


 でもデパートには見渡す限り、膨大な量の服がある。しかもそのフロアだけじゃなく、上の階にも、さらにその上の階にも、服、服、服の山。カジュアルなものからフォーマルなもの、華やかなものからシックなもの、今までなら「いつもこういうのを着てるし、こういうのが自分のテイスト」って、ある程度絞り込んで選べたのに、今回はそういうやりかたは通用しない。エライザは服を全部没収されたことで自分のセンスにも、いままでの自分のスタイルにも自信をなくしていて、何がいいのかわからなくなっていた。新しい服にチャレンジするにも、いろんな服がありすぎて、どれにチャレンジすればいいのかもわからないのだ。


 さらにエライザを追い込むのは、ミュージシャンとして年齢不相応なロックなスタイル(ダメージデニムに破れたTシャツが定番スタイル)をしていた自分を、周りの人が受け入れてくれないと常々感じていることだった。夫の会社に行くと、自分が浮いてると感じる、夫の家族と食事会に行くと、自分が変に感じる、そのことがこのファッションチェックに応募した理由でもあると彼女は語った。そのスタイルから脱出したい、でも自分はミュージシャンであり、自分の個性を消すのはアーティストとしてはダメなことだ。いったいどうすればいいのか。どう個性を表現しながら、今までと違う自分に変わればいいのか。エライザはすごく悩む。


 すごいのは、ティム・ガンがここで周りに合わせろとは言わないことだ。普通だったら言うだろう。場にとけ込む服装を選ぶほうが無難だし、簡単だ。でも彼はそうは言わない。「すべての人に好かれるなんて不可能だ」「人に何を言われるか、人がどう思うかじゃない、自分らしい服を探すんだ」と言う。「私だって母親には『いつも黒とストライプばっかり着てる』ってけなされるんだからね」と。ティムは、エライザのそれまでの服をけちょんけちょんにけなしながらも、エライザのセンスを信じている。エライザに「自分に本当に似合う服」を選ぶ力があることを当然のように信じている。


 このショッピングの前に、エライザはこう言われる。「心を解放して、思い切り楽しんで」。


 私は服選びを、ずっと二者択一だと思ってきた。ひとつは自分が好きな服、もうひとつは周りからのウケがいい服、そのどっちかなんだと。そしてこういう番組は、自分のセンスの悪さを否定され、プロのセンスの良さにすべてをゆだねてしまうものなのだと、そういうふうに思っていた。でもそうじゃなかった。ティム・ガンの番組はそういった他の変身番組とは大きく違っている。


 服は第二の皮膚だから、それを否定されたり奪われたりするのは誰だってものすごく怖い。「裸になった気分」っていうのはきっと本当にそうだろうし、新しい服を買いに、デパートの広大なフロアで似合うか似合わないか全然わからないくらいパニックになって服を選ぶときの怖さもよくわかる。着たことのない服を着るのは、ものすごく勇気が要る。そこでちょっとでも意地悪な店員に当たろうものなら泣きたい気持ちになる。何を無理してこんな似合わない服を着ようと思ったんだろう、って自分がとてもみじめに思えて、自宅のクローゼットの着慣れた服の山に逃げ込んで隠れていたくなる。冒険さえしなければ、普段着てる服がオシャレでなくても「あの人はああいう人、ああいう服ばかり着てる人」って思われて、別に評価は変わらない。良くもならないけど、悪くもならない。今以上みじめにはならない。今以上みじめになるのが怖いばかりに、新しい服に挑戦できない人は、ものすごく多いと思う。


 エライザはティムたちに「人目を気にしすぎて自分に自信がない」「周りの人間のために服を着てる」と指摘される。一見、人目を気にしていないかのようなエライザのスタイルは、実は人目を気にしすぎることの裏返しなのだと私はわかるような気がする。理想とはかけ離れた自分の体型、でも自分の理想としてるロックっぽい服をカッコよく着こなしたい、その二つが重なって、自分の体型や年齢のほうを無視して強引に服を決める。何かに目を背けて力技でテンション上げて決めて買うんだから、この色が似合うかどうかとか、もう少し丈が長いほうがいいとか、襟元の開きがもう少しあったほうが似合うとか、そういう細かいところには気を配らないし、配れない。いちど何かを気にしたら怖くなって選べなくなるし、着れなくなる。「似合わないかもしれない」という不安が常にあって、それを強引にまるまる無視することでしか服を選べない。選び方は雑になるし、素敵な服なんてもちろん選べない。


 安っぽく、場に合わないどころか自分にすら合っていない服で埋め尽くされたエライザのクローゼットは、私の数年前のクローゼットと同じだった。泣けた。30も過ぎて自分に似合う服がなんなのかもわからない、今日何を着ればいいかもわからない、それなりにお金も使ってきたのに、一枚も自信を持って着れる服がない。たかが服のことだけど、それは自分自身にまったく自信を持てないこととほぼ同義だ。外に出るとき、服は肉体そのものだし、それを選んだ自分の知性を示すものでもあるからだ。


 今までのパターンと違う服を着ること、服を自分で選んで、それを人前で着ること。それは怖くて当たり前だと私は思う。ティムはその怖さを十分知ったうえで「本当は素敵なんだから絶対に良い方向に変われる」と、自信を持ってアドバイスする。周りのための服じゃない、誰のための服でもない、自分のための服を選べと言う。それは「たかが服」のために自信をなくし、恐怖にこわばり、自分本来の美しさや良さを輝かせずにいる人間への、最高のアドバイスだ。


 ティムはミュージシャンである彼女のことを肯定し、デニムにレザージャケットという彼女のスタイルを最初はめちゃくちゃにけなすものの、その二つをやめろとは言わない。形の良いものを選べ、こういう丈のものを選ぶとずっとスタイルが良く見えるとアドバイスする。ティムの服選びは「無難」を目指さない。「誰にでも好かれる」を目指さない。結果としてティムにアドバイスを受けた女性は、持って生まれた魅力や存在感を最大限に際立たせる服で生まれ変わる。


 エライザは自分の欠点を見たくないばかりに、自分の身体の美点や、自分の顔の美しさに対しても盲目になっていた。これは象徴的なことだ。服選びを失敗する原因の、とても大きな理由のひとつだと思う。


 あと、たぶん日本人にありがちなのは「気にしすぎ」。ほっそいモデルの脚とか若いコのどー考えても遺伝子進化しただろ!? っていう脚にとらわれすぎて自分の脚が太すぎる、人前で出しちゃいけないと思い込んだり、胸が小さすぎるからパッドで盛らなきゃいけないと思い込んだり(パッド特盛りの胸がセクシーか!?)、出しても良い魅力的なパーツでさえどんどん隠そうとする傾向があるように思う。それに、「人と違う」ことを恐れすぎる。


 最初に訪れたランジェリーショップの店員はエライザに言う。「ルーベンスの絵のようなあなたに似合うブラを選びましょう」。破れたTシャツにジーンズだったエライザとルーベンスの絵はとても結びつかないように思えるけれど、確かに服を取り去って見ればエライザにはルーベンスの絵の雰囲気がある。ヘアサロンで髪型を変え、メイクを変えるとさらに別人のようになる。


 エライザには、彼女自身ですら見つけられなかった美しさというものがもともと備わっていて、それをちょっとした手助けによって彼女自身が自分でそれを発見し、それを活かす服を選べるようになった。たぶんそういうことなんだと思う。


 自分の美しさを自分で否定したり、他人の心ない言葉に傷ついてその可能性のすべてを閉ざしてしまうのは、傲慢なことだと私は思う。誰もが美しくあるべきだとか、誰もがファッションセンスを磨くべきだとは思わないけど、たかが服、たかが外見のことで苦しい思いをしているのなら、それを解決する方法は絶対にある。それは、本人が思っているよりもずっと簡単なことなんじゃないだろうか。


 たぶん、その「自分なりの美しさの実現」の邪魔になるのは、とんでもなく美しい人と自分を比較したり、自分の理想を自分とかけ離れたところに持ったりすることだ。


 私のクローゼットがめちゃくちゃだった頃、私の憧れは「ギャル」だった。笑ってくれ、存分に笑うがいいよ……。30過ぎてなにがギャルだと思うし、憧れる方向がまるで間違ってる。自分とちぐはぐのものに憧れていて素敵になんてなれるわけがない。でも、細くて露出度高くてセクシーなギャルに私は血の涙が出るほど憧れた。なれないなら生きてる意味ないとさえ思った。でもなれるわけない。そんな中での服選びが楽しいはずがない。


 この「理想」と「現実の自分」を引きはがす作業はものすごく痛いし苦しい。それは「自分の理想の自分には一生なれない」と認めることだからだ。その「絶望」を最初に乗り越えなくてはならないのだ。


 でも、その「絶望」を乗り越えたあとの現実は、想像しているよりずっと甘く優しいものだ。良くなるしかないんだから。意地悪な洋服屋の店員にいやなこと言われたり、失敗したりはあるけど、理想の自分にはなれないかわりに、自分が本来持っていた良さを知ることができる。


 Vネックやラップドレスが体型をきれいに見せてくれるということを、私はティムに教わるまでもなく知っている。自分の頑な理想や思い込みを捨てて着てみれば一目瞭然だからだ。私は肩幅が広いから襟元の詰まった服は似合わない。ふくらはぎがししゃものごとく太いから膝下15センチ以上のスカートは脚を最悪に太く見せてくれる。似合わない服、選んだら失敗する服はたくさんあるけど、似合う服も必ずあるし、自分の体型を実際以上に良く見せてくれる服はある。


 裸よりましに見せてくれる服でなければ、そんなものに大枚はたく意味なんかない。着ていて自信のなくなる服や、自分がみじめに思える服なんか、今すぐ捨ててしまったほうがよっぽどいい。


 私はもとから容姿に恵まれていたわけでも、センスに恵まれていたわけでもない。ほんと言えば今でも服のことで悩むし、服を選ぶことが怖いと感じることもある。自信をなくして家から出たくない日もある。老化だってこわい。けど、ティム・ガンが提唱する「ファッション」は、そういう人間の味方だ。ファッションは選ばれたごく一部の、容姿もセンスも卓越した人たちのためだけにあるものじゃない。むしろそうでない人たちが自分を良く見せるための手助けになるもので、いくつになろうと、どんなに容姿が衰えようと、そのときに味方になってくれる服は必ずある。


 今回の変身は観てたらちょっと自分に重なるものがありすぎて泣けた。個性的な自分、カッコいい自分になりたいと思って買いあさってきたものが似合わない服の山だったことに気づいたときのみじめな気持ちや、似合わない服を着ている毎日の居場所のない感じ、そしてそこから救われていく気持ち、自信を取り戻した彼女の素敵なステージ衣装を見てたら、変われるんだなと希望が持てる気持ちになった。エライザ、私と同じ歳だったしね。




ティム・ガンの提唱する10の基本アイテムの一覧はこちら↓

http://www.nhk.or.jp/styleup/episodes/t100927.html

ついでに似合う色を見つけるパーソナルカラー診断も。これはティム・ガン関係ないですが、素敵な色がいっぱいで気持ちアガります↓

http://allabout.co.jp/gm/gc/190836/