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『萬雅堂』便り

2007-09-30 応援団員として…

JAniCA_ 13:56

編集家の竹熊健太郎さんのブログたけくまメモ』に数日前

アニメ産業に関する公文書」

と題したエントリーがあり、アニメーションの制作現場に於ける惨状?が取り上げられています。

コメント欄には多くの意見が投稿されていて、実に興味深い。

ここでジャニカ(JAniCA)「日本アニメーター・演出協会」のことが紹介され、竹熊氏自身もさっそく「応援団」に加わったとのこと。

で、そのジャニカのHPを覗くと、発起人・世話人だけでなく、新たに「応援団」の一覧が載っているではありませんか(私の名前もある)。

http://www.janica.jp/ohendan_ichiran.html

これはいかん!応援団に名を連ねているからには、とりあえず…

「そうだ、このことを書こう」

それが、今日の日記。

どうか、この「たけくまメモ」のエントリーをご覧下さい。

http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_6661.html

あわせて、ジャニカのHPも。

http://www.janica.jp/

nagataninagatani 2007/09/30 17:55 応援団に登録しましたよ。
何も出来ないのですが…。

manga-domanga-do 2007/09/30 19:08 >「応援団」入団。
ありがとうございます!!!!!
(世話人に成り代わりまして)。

nagataninagatani 2007/10/03 01:34 学校では「アニメ論」もやらせていただいたり
していますし。

2007-09-29 はれて会員?

「JCA通信」194号

「JCA通信」_ 18:13

(社)日本漫画家協会の会報「JCA通信」194号が届く。

6月に入会した私にとっては、会員として初めて受け取る会報かな(入会直後に前号の発行)。どうやら季刊のようです。

総会や協会賞贈賞式の記事が載ってるカラー版だ。全26ページ。巻末に新会員紹介コーナーが有り、私を含めて5人のプロフィールが載ってます(これでようやく…?)。

総会での報告によると、平成18年度の正会員は473名で内22名が新入会員だとのこと。月に一人か二人の入会がある計算ですね。

ま、特に何をするわけでもありませんので、静かに末席or壁際におりましょう。

2007-09-28 ならば文庫に…

「明月」

今日は_ 14:00

ブログ開設のきっかけにもした、拙著「マンガ メディチ家物語」の刊行から丸2年。現在は版元(講談社)在庫切れであります。

スタートダッシュは良かったものの、初版部数を売り切ったらそれでOKみたいなことなのか、いまのところ再刷の予定は無いようですねぇ。刷れば即、売れるという類いの本ではないが、著者としましても放置プレー(笑)は困る。ここは何とかせねば…取り扱い停止となった前著「まんがグリム童話」(講談社・全6巻)が「グリム童話・コミック版」(だいわ文庫・全3巻)として生まれ変わったように、この作品についてもそろそろ行動開始です。

2年が経ち、在庫切れという現実を考えると、そろそろ文庫になっても(しても)いいのかなぁ…と。どこの出版社でも「単行本から文庫へ」というペースがどんどん速くなってますからね。少し前までは「早くとも3年は待って」だったのに…。

画像は、もう過ぎちゃった(25日が中秋の名月で、昨夜が満月)けど「明月」。篆書で書いてみました。ハンコ(落款)用の書体ですね。

2007-09-27 「並木座ウィークリー」

復刻版「並木座ウィークリー」

復刻版_ 11:22

ついに出来た!私も渇望していた復刻版「並木座ウィークリー」(三交社・刊)。

http://www.sanko-sha.com/sankosha/editorial/books/items/590-6.html

今朝、版元から宅配便で届く。編者の一人、嵩元友子さんからの謹呈本です。

昭和28年(1953年)10月に開館となった邦画専門名画座「並木座」の、入場客に無料で配られていたプログラムの1号から100号まで(全600ページ)を、現物スキャンにより完全復刻したもの。分厚くズシリと重い。私が資料の一部を提供したことから、その謝礼ということで戴けた。

私はこの「並木座ウィークリー」の現物(1号〜100号)を親父の七回忌のとき、遺品整理をしていて発見。その内容に驚き、「これは絶対に出版に値する!」と確信したのだった。

何とか陽の当たるところに…と熱望していた折、「銀座並木座」(鳥影社・刊)を上梓された嵩元さんとの接点が生まれたのです。そこからはトントン拍子?。彼女の精力的な行動によって、今回の資生堂支援の「並木座回顧展」があり、併せてこの復刻版刊行も決まったのだ。彼女はプログラムの現物を、取材で知り合った初代支配人の奥様から提供を受けていた。しかし、残念ながら一部に欠落が有り、そこを私が埋めることで「完全版」となった。だから、遠慮することなく頂戴できるのだ(笑)。

内容は驚くばかり…著名映画人のエッセイの数々はどれも貴重だし、イラストも実に楽しい。

参考までに帯に書かれた「豪華執筆陣」を列記しますと、池部良 市川崑 今井正 小津安二郎 乙羽信子 越路吹雪 五所平之助 小林桂樹 佐田啓二 佐分利信 新藤兼人 高峰秀子 田中絹代 田村高廣 中村メイコ 成瀬巳喜男 野口久光 松山善三 溝口健二 森繁久彌 山村聰 吉村公三郎 淀川長治ほか

著作権・肖像権等、掲載にあたっては権利関係の許諾を受ける作業が大変なご苦労だったと聞いています。対象者は多岐にわたるし、中には権利継承者が不明な方も居られたりして…なにしろ半世紀以上前のものなのですからね。編集委員の方々、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとう!

とにかく、懐かしの日本映画ファン垂涎の本であることは保証します。632ページで3990円(税込み)。けして高くない(と私は思う!)。

亡父はきっとこう言うでしょう「とっといた俺のおかげだぞ」って。「はいはい、そのとおり技師長さん」。別途購入して田舎の母に送ろう(そして仏壇へね)。

2007-09-26 「劇眼漫歩」

「劇眼漫歩」37号

37号_ 12:10

季刊の同人誌「劇眼漫歩」到着。

「ああ〜ッ、やられたぁ!」。何がって、この題字。私の表紙担当は次号の予定です。

「いっちょう、墨書で題字を書いたれ!」と思っていたら、先を越された!クッソー(笑)。

この、堂々たる「書」は※三重県の児玉知泉さんです。裏表紙にも達筆で「懐かしの漫劇倶楽部」とある。「(こんな方がおられたのか…)」ま、おかげで恥をかかずに済んだのだと解釈しよう。うーむ、ならば次号、どうすればいいのだ…(悩)。

今号の特集は「思い出の付録」。

懐かしの昭和三十年代の月刊漫画雑誌の「付録」について、会員の皆さんがそれぞれの思い入れを熱く語っています。

面白いなぁ!読むうちに次々と私の記憶も蘇ってくる。

各誌の新年号の「十?大付録」なんていう、分厚さ競争ぶりは凄かったなぁ。組み立て付録は何だろう?とか、連載漫画も本誌の続きが別冊付録に移行したりするから、のちに本誌だけで読むと中抜きになっちゃって、アレ?なんてね(笑)。

私の購読誌は「少年」(昭和三十一、二年頃から)だった。

鉄腕アトム』の「火星探検の巻」あたりじゃなかったのかなぁ?もう、おぼろげだ。でも、中央に流線型のロケットが仰角でドーンと大きく描かれているコマは鮮明に覚えています。あと、ブーメランみたいな火星人?。で、たしか隊長だけが火星に残るんでしたよね。おっと、付録から脱線!

そんな漫画雑誌を、子供たちは発売日を待ちかねて、即、小脇に抱えて家に帰る…いや、私は発売日に本屋さんが届けてくれるのを、家の前でウロウロ「今か今か」と待ってた口でした。

しかし、いまさらここで思い出ばなしを語っても手遅れでしたね。投稿しとけって話だ。

今号で、ちょっと気になったのは、いつにも増して「手書き原稿」が多く、そのまま印刷されていること。こういった処理は嫌いじゃないのですが、書き文字にはやはり各人の癖が出ますから、手が変わって続くのは正直、読み疲れる。出来れば(ある程度は)活字に打ち直して欲しいなぁ…と、ちょいとわがままな希望。

前号の私のマンガに対し、会員Oさんの「同人誌クオリティに応えられる時代なのね」というコメントが…うーん、喜んでよいのか、なんとも複雑であります(苦笑かな、やはり)。

※今号の巻末に「会員名簿」が載ってます。個人情報は県(市)名と生年だけですが。やはり昭和二十年代生まれの方が大半だ。皆さん五十代ということ。当たり前か!。


所属「書道教室」の、来月下旬の「市民文化祭」用のポスターを作成。といっても、B3サイズの紙に必要事項を書くだけ。会場の共通テーマが「笑顔で築く、和みの輪」ということで、中央に大きく「○」(輪)を筆で書きました。あっという間に出来上がり。

高橋孝三郎高橋孝三郎 2007/09/29 09:19 萬雅堂さん、37号の感想、丁寧にありがとうございます。児玉さんは、お察しのとおり、書家です。
ただ、若いころは、漫画家を志し、東京にも出られ、武内つなよし先生のお手伝いもしたかたです。
さて、表紙のほう、ご面倒をおかけしますが、よろしくお願いします。
手書きについてのご意見、ありがとうございます。また、皆さん参考にされて取り組んでいただけると思います。
この製本のとき、会員の方から「まんだらけ全部」をいただきました。金山明博さんが自伝漫画を連載されていました。私が見たのは第2回目でした。萬雅堂さんはご存知でしたか。
では、表紙を楽しみにお待ちしています。

manga-domanga-do 2007/09/29 11:20 >児玉知泉さん
プロフィールのご紹介ありがとうございます。では「知泉」は雅号ですね、きっと。
会員名簿にもこういった「一行紹介」があるといいなぁ…
>手書きについて
いやいや、自筆原稿がそのまま載るのが「個性」でもあるし、あくまで今回は構成上、集中してたからであって、けして皆さんにどうこうしろというわけでは…(と、しどろもどろ)。
>金山明博さん
ええ、知ってます。「虫プロ時代の思い出を描き残すんだ」と、とても張り切っておられますよ。
先般お目にかかった際は、「今回、坂ちゃん(坂口尚)のことを描いたんだよ!」と嬉しそうに話していました。
二人は虫プロから初期のサンライズと、特に仲良しでしたから、きっと好漢坂口が登場していることでしょう。
…というように、実は私は未見です。まとまったところで読ませてもらう約束なのです。
季刊の各回8ページという連載では、ず〜っと先のことになりそうですけどね。「お楽しみはとっておくのだ」(笑)。
>次号の表紙
全くの白紙。また直前に、苦し紛れの「手」を考えるつもりです(なんて)。

高橋孝三郎高橋孝三郎 2007/09/30 11:52 萬雅堂さん、金山さんと、素敵なお約束があるんですね。昨夜、BSアニメ夜話『ど根性ガエル』のビデオを見ました。Aプロにそうそうたるメンバーがいたことを知りました。大塚、芝山、小林治、本多氏です。萬雅堂さんのご存知の方ばかりでしょうね。「ムーミン」が、アニメ界において、貴重な作品であったことも感じられました。萬雅堂さん、この番組、見られましたか。

manga-domanga-do 2007/09/30 13:25 >「BSアニメ夜話」
うーん、残念ながら見てません…というか、殆んど見たことがないのです。金山さんが出られた「あしたのジョー」がそれでしたか?他にはちょっと記憶が…
Aプロのスタッフは東映動画出身の実力者ばかりです。腕の良いアニメーターが他にもたくさん!
ここから分かれて新A(シンエイ)が出来た。そしてさらに「亜細亜堂」「あにまる屋」…
ところで、「BSマンガ夜話」が近々復活するようです。こちらは時々見ていましたね(ラインナップによって)。

高橋孝三郎高橋孝三郎 2007/10/02 17:46 萬雅堂さん、お答えありがとうございます。
シンエイが新Aだとは、コレも初めて知りました。
作品はすぐには出てきませんが、シンエイ動画社という名前はよく聞きます。また、目にしております。「亜細亜堂」「あにまる屋」、前者は目にしたことがあるような気もしますが、やはり私が、よく目にした(する)のは、シンエイですね。Aプロなるものも、今回初めて知りました。

2007-09-24 巾着田

巾着田

曼珠沙華(まんじゅしゃげ)_ 11:26

我が家から一時間足らずで行ける「日高の巾着田(きんちゃくだ)」

http://www.kinchakuda.com/

昨朝、電車利用でブラリと訪ねた。今が真っ盛り!休日だし、予想通りに人の出も多かったが、近年、入場料(200円)を取るようになって整備も行き届いてきたのだろうか、さほど混雑せずに、見事に咲いた一面の曼珠沙華を楽しむことが出来た。

一眼レフのカメラと三脚を携え本格的に撮影する人もかなりの数。私もデジカメで数枚撮ってみたが、曼珠沙華というのは実に難しい被写体です。どう難しいのか上手く説明できない…撮ってみれば分かるのだが(笑)。パソコンに取り込んで確認したがどれも作品?にならず。やはり、肉眼で楽しむに限ります。だから画像はパンフを載せよう。さらには上記HPをどうぞ。

隣接のコスモス畑もきれいに咲いていた。これで、先週のバスツアーの「リベンジ」ができたというわけ。

現地滞在は一時間少々、小雨模様ともなってきたので、早々に帰途につく。所沢で途中下車して買い物を少し。

夜には、月刊「広場」来月号用の原稿を書く。締め切りを延ばしてもらっていたが、もう限界。

2007-09-22 初めての

「一(はじめ)の会」グループ展

軸装の依頼_ 21:27

昨夜の書道教室で、秋の市民文化祭(10月末)への出展作品が決まった。各自、三点が義務?

で、今日さっそくに会長さんが川越の書道用品店に出掛け、教室の生徒全員の分をまとめて軸装の依頼。それに私もお付き合いさせていただく。これまでは個人で裏打ちして額に入れるということばかりで、作品を掛け軸にするのは初めての経験だ。なんだか急に「いっちょ前」になった気がする(偉そう・笑)。何とか三枚の合格をいただいたので、一応どれも軸にするが、まだ全てを出展するとは限らない。他にも額入りの作品があるので、入れ替えは可能。軸二本と額一点でも良いのです。軸が仕上がったところで再度検討いたしましょう。

帰り、途中下車して「ギャラリー麦」に寄る。久し振りだ。なんと、成人知的障害者施設の絵画展を開催中。

一見、幼い子供の絵のような(クレパスと水彩絵の具)、しかし、素朴でのびのびと素晴らしい絵ばかり。凄いぞギャラリー麦!お近くの方、是非どうぞ(30日まで)。

指導の先生は安野光雅氏に師事していた方とのことで、合点(安野作品も二点展示されてる)。

途中、その作家たちがドドッと来場してきた。ギャラリーはたちまち大騒ぎ(笑)。みんな明るく元気でユニークだ。こりゃ、絵を描いてる現場も大変だろうなぁ…一度見学(?)してみたいもの。

2007-09-21 感慨

「並木座」映写機

「並木座」_ 11:06

昨夜、銀座の資生堂本社ビル1、2階の「ハウス・オブ・シセイドウ」の「スクリーンのなかの銀座」(「並木座」回顧展)内覧会に行ってきた。資生堂らしく?セレモニーで岸恵子(「君の名は」)さんが挨拶(相変わらずお綺麗です)。

半世紀以上前の1953年10月に開館した名画座の、懐かしい資料の数々がガラスケースに収められて陳列されています。私が所持のプログラム「並木座ウィークリー」も有るが、嬉しいのは著名映画人たちの自筆生原稿や表紙イラスト原画が併せて並べられていること。凄い!どこに保存されてたんだろうなぁ…小林桂樹さんがお見えになって、半世紀前のご自分が描いた色紙とご対面してるぞ。「並木座ウィークリー」の復刻版刊行はこの日に間に合わなかったという(あと一週間から十日とのこと)。うーん残念だった。

中央にデーンと映写機が!おお、これを若き日の我が父が操作していたのか…しばし脇に立ち感慨にふける(ウルウル)。父のことを覚えているという人に会えた。大学時代に並木座でアルバイトしていたという。さらに閉館時の支配人と女性従業員の方にも。

場所柄からか業界人らしきちょい横柄な(笑)連中で賑わってきて、思い出に浸る間もなくだんだん端に追いやられてくる。これでは長居は無用と早めに退出。また日をあらためて、後日じっくり。これから二ヶ月間やってますからね。

nagataninagatani 2007/09/22 16:28 ぼくの父は「活弁」の弁士になりたがって、弟子入りもしていたらしいです。
トーキーになってしまったので、洋服仕立ての
修行〜でも戦争でさっぱり商売にならず、
戦後は町役場の事務員。学歴がないので一生、
ヒラでした。マジメに暮らすほかなかったんです。

manga-domanga-do 2007/09/22 21:17 かつて「活動弁士」は花形職業でしたから。
そして、先生は学生相手に今、ご尊父に代わり「弁士」をされてる…?。
多数相手にしゃべることって難しいですね!

2007-09-19 ルンルン

「庄太」新聞広告

ご機嫌な日_ 15:46

朝早くの宅配便は「読売書法展」でお会いした書道の先生方からの頂き物。

当日のスナップ写真をお送りしたり、会場移動の引率役、さらにご要望で私が書いた「南無阿弥陀仏」のお礼ということらしい。初心者の私のためにと、書道用品がたくさん入ってる。

墨、硯、筆、文鎮、印矩(いんく)、印泥、顔彩、絵皿、水鉢、文箱、参考書…まるで「宝箱」です。しかも、どれもこれも未使用のものばかりで、私が持ってるものよりはるかに高級品です。「余り物だから」とのことだが、ありがたく頂戴!またまたエビ鯛だ(嬉)。使う前に、先ずはこれらに見合う技量を身につけないとイカンぞな。

ドイツに行かれてた西村佑子先生から「ルター」がらみの面白い土産話が届く。作画は完了してるが「確認」ともなる件。ご親切、お気遣いに感謝!

小山謙二さんの個人誌「スラない通信」第2号が到着。前号よりボリュームアップの14ページ。子供の頃の思い出ばなしがちょっぴり哀しくも楽しい(通じることばかり)。巻末のマンガがいい味出してます。ありがとう!

ムチャクチャ懐かしい方とメールのやりとり。今度お目にかかりましょう!と。

今日の東京新聞(朝刊一面)に勝川克志「庄太」(上巻)の広告が載っていた。さんこう社さん、カツ坊さんを押してますねぇ!ならば、私も宣伝に一役でスキャンだ。

なんだか嬉しい日。仕事もはかどるぞぉ…(と行きたいもの)。

かつ坊かつ坊 2007/09/24 22:31 広告、転載していただいて、ありがとうございました!話には聞いていたのですが見るのは初めてです。(しかし、広告費の元は取れるんでしょうか)

manga-domanga-do 2007/09/24 23:01 はい、取れません。
拙著も何度か載せてもらったことがありますが、けっこう高額な広告料なのですよ、このスペース。
だから、売り上げでペイするのはかなり難しい…ま、出版社自体のアピールの場だと受け取っておきましょうよ。その方が気が楽だから…というのは私の場合だ(笑)。
カツ坊さんの「庄太」は、これでさらに評判に!

2007-09-18 なんだかなぁ…

無駄なことを。_ 23:49

芸大の大学院に「アニメ専攻」が出来るって!ビックリだ。

産経の配信によると、

「国際的に活躍できるアニメの監督や研究者を育成するため、東京芸術大学(宮田亮平学長)が大学院にアニメーション専攻を新設することが17日、分かった。芸大は文部科学省に設置を申請しており、11月に予定される大学設置審議会で正式決定される。大学院にアニメや漫画の専攻ができるのは全国で初めて。芸術系大学の最高峰に新設されることで、アニメの芸術性が学問的にも認められた格好だ。(以下略)」

だってさ。

アニメは歴史が浅い。芸術としての内容と質は足りずジャンルも確立していない。私大ならともかく、国費を投入した国立大で研究するには時期尚早ではないか」という異論も紹介されてたけど、私もなんとなく?そう思うがなぁ…。いったい誰が教えるの?ってなもんです。

「こちらがこの度アニメの監督としての資格を習得されました○○さんです。皆さん、この人の指示に従って頑張るように!」なんてことになるのでしょうか?権威を懐にキャリアとして現場に来る?アホらし。芸大大学院を出た人の指揮の下、アニメ映画を作るなんて、まぁ、考えられない。

例に出しちゃどうかと思うけど、宮崎さんだって、現場の仲間の中から認められて今の位置に居るわけですから。杉井、りん、出崎、押井、大友だって同じこと。クリエーターとしての周囲の大多数が、その人物の監督としての才能を認めなきゃ、アニメの監督なんて務まりませんて。

国費を投入するなら、アニメを取り巻く現場環境のことを先ずは考えなさいな。ま、「研究」っていうことなら分からないでもないがねぇ…とにかく「育成」はダメだよな(笑)。それとも、個人的なアニメ作家を見出そうってことかしら、「あたま山」の人みたいな?。だったらそういう人への助成でいいじゃん。どうも金の遣い途が違ってる気がしてならない。

nagataninagatani 2007/09/19 11:10 まずは「研究」でしょうね。
あとは、映像プロデューサーの理論・現実・金融
の勉強育成をやってほしい。
これは「芸大」ではありませんね。

アートアニメには援助資金がいいでしょう。
貴兄のおっしゃる通りですよ。
「芸大院生」って、どんなこと勉強してるのかなあ。現場を知らないので何とも言えません。

manga-domanga-do 2007/09/19 15:40 先生が教えてらっしゃるような形態ならば、意義はあると思うのですよ。
現場に入る前の基本学習みたいな…
院で「監督」を育成、っていうのが大きな勘違いですね。

2007-09-17 敬老の日

manga-do2007-09-17

ご機嫌伺い。_ 15:20

一般には65歳からを高齢者としているようだが、私のごく近しい親族には90代のおばあ様方が3人、80代も男性を含めて数人がご健在。3万人を越したといわれる100歳越えは、残念ながらまだ居ない(頑張ってね、おばあ様方!)。70代は中抜けで、次の世代の私くらいの歳の連中がドドッと。

今日はその80代の、このところすっかりご無沙汰の一人にご機嫌伺いの電話。ムチャクチャ長電話になった(仕方が無いです・笑)。ま、お元気で何より。

ブログ、3年目に突入。せがれの誕生日の翌日に始めたということで覚えているのだ。子供の誕生日といっても、もう家に居ないしねぇ、連絡も無い。おーい、元気かぁ?。こうして世代が移り行く…のだろうか…。

2007-09-16 今ひとつだった?

バスツアー_ 01:28

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久し振りに地元駅前早朝出発のバスツアーに参加。秋の味覚と、コスモス畑散策、創作中華バイキング…といった常陸路への旅。仕事疲れからの解放を願って、またまたカミサンが誘ってくれました。サンキュー!

例によって、出発すぐに爆睡。目覚めたら「牛久シャトー」という所。かの「電気ブラン」で有名な神谷バー(蜂ぶどう酒の創業者)の大本でした。貯蔵ワインの大樽などを見学。資料展示コーナーには「漫画集団」が訪れた時の芳名帳がガラスケースの中に陳列されてた。1961年だって(46年前!)。そんなことが、この場所にとっては大事な「歴史」なんですねぇ。きっと彼らが「神谷バー」の常連だったってことでもあるのかな。若き日の小島功さんの写真パネルまで飾ってある。売店でワインを試飲して一本購入。ついでに「電気ブラン」の小瓶も買う(私も味わってみよう)。

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次の地は農園。梨狩りと栗拾いと巨峰狩りが同時に出来るという嬉しい所。梨もぶどうもその場では食べ放題ということだが、一玉、一房が精一杯だ。とっても美味でしたよ。栗拾いも楽しかったし。

その後のコスモス畑は花は無し!一面緑の草原が拡がるのみ。先般の台風ですべて倒れてしまったそうで、今ようやく立ち上がったところ。花が咲くのはこれからだそうです。アラアラとんだ想定外なのね。下車せずにUターン。

那珂湊港で皆さんお魚の買い物。我が家は乾物を少々購入しただけ。トロ箱で買ってもとても食べられませんものね。海が目の前。潮風が気持ちいい!

夕食は中華バイキング。有名料理人の一番弟子(笑)の創作料理だそうだが、なんだかなぁ…林間学校の食堂みたいなところで、大皿一枚渡されて…ま、過度の期待は無理なのは承知ですが。旅の締めだけに残念。

渋滞もなく、予定通りに帰宅。

ワインと電気ブランは後日にして、本日はビール飲んでオシマイ!

nagataninagatani 2007/09/17 14:23 デンキブラン〜もうずいぶん飲んでないです。
新宿の飲兵衛グループで、あまり新宿ばっかりじゃ
ダメだ、月一で浅草で飲む会をやろう〜なんていい
出かけた時代があります。

ビートたけしが有名になりかかった頃。
高信太郎さんが連れてきて、グループと
一緒に出かけたことがありましたよ。

コーシンさんはたけしをトルコに案内。
途中で消えてしまいましたが…。
ぼくらはデンキブラン飲んだり、新宿のママと
もんじゃを食べたり、都筑道夫先生を囲んで
飲んだりと、懐かしい思い出があります。
デンキブランが作ってくれた思い出というわけです。

manga-domanga-do 2007/09/17 15:09 先生の世代が全盛?
いや、もっと以前からですよね「電気ブラン」。
なんとも凄いネーミングです!(笑)。
写真載せてみました。昔と同じデザインかしら?
あ、誕生は明治15年だ!
最初のネーミングは「神谷の電気ブランデー」。電気が珍しい時代、目新しいものには「電気○○」と名付けるのが流行ったから。昭和の初期頃より、「神谷バー」のお客を中心に親しみを込めて「電気ブラン」と呼ばれるようになった、と(箱の裏に書いてある)。

nagataninagatani 2007/09/17 18:27 神谷バーでテーブルが一緒になった着流しの中年男性2人がいました。一人は歌舞伎の下役というか無名の役者さん。もう一人は、中小企業の経営者。
「こいつは、若いときヤクザでね。実は高倉健さん演じるヤクザのモデルなんだよ。敵方ヤクザのボスの家に長ドス持って飛び込み、殺そうとしたんだよ」「え〜〜〜ッ」「で、殺したんですか?」「いや、そこまではいかなかった。やってりゃ、経営者にゃなってねえだろな」
そんな話でしたよ。役者はホンモノの刺青をしていました。ウソかホントか?若い(当時?)ぼくらをからかっただけかも。

いかにも浅草らしい出会いでした。

2007-09-13 応援団に入団

ジャニカ_ 12:01

6月に立ち上がった、アニメーターアニメ演出家の待遇改善を目指す任意団体「日本アニメーター・演出協会、JAniCA(ジャニカ)」。

今般、その「応援団」に参加した。http://www.janica.jp/ohendan.html

アニメの現場を離れて9年も経つので、いまさら「発起人」や「世話人」の列に加われる筈もないが、「応援団」なら入団が可能なのだ。現段階の顔ぶれには、脚本家漫画家も何人かいますし、私と同じく「元アニメーターで、現漫画家」の方も(ずっと大物だけど・笑)。

この日記に紹介するのも、ささやかな応援の一つ。今後は活動の模様など随時お知らせしていきましょう。来月には設立の記者会見もあるみたいですよ。

2007-09-12 次は…

「ピューリタン革命」_ 23:37

「ヘンリー8世」に続き、その後のイギリスが舞台。クロムウェルの登場と「ピューリタン(清教徒)革命」だ。今度は議員や兵隊がたくさん出てくる。全16ページだが、またまたしんどい作画が待っているのだなぁ…。

安倍総理が突然の辞任でバタバタ。私は途中で放り出すわけにはいきません。遅れを取り戻すべく、気を引き締めて取り組まねば!

…なんて、偉そうなこと言うが、私もかつて「辞めた!」ことがある。

或る軋轢で、番組の監督を途中降板したイヤ〜な記憶。あの時は苦悩の末の結論で、それがベストと確信していたのだが、きっと「無責任だぞ!」の声も有ったんでしょう……ったく!!!

ヤなことを思い出させてくれるぜぃ、安倍ちゃん。

2007-09-11 「並木座ウィークリーと共に」

第2回_ 14:59

f:id:manga-do:20070911143746j:image:right

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銀座「ハウス・オブ・シセイドウ」での「並木座」回顧展の開催がいよいよ10日後に迫りました。準備の方々、今ごろ大変だろうなぁ。プログラム復刻版の刊行は間に合うのかしら…。

以下は月刊「広場」に掲載の「並木座ウィークリーと共に」(第2回)の月遅れ転載です。


さて、第2回です。はやくも何を書いてよいのか…「並木座」開館の時の私は小学校の一年生。父親の職業が映写技師であることさえ知らずにいたというのが正直なところでしょう。田舎で祖父母と暮らしていた私にとって、身近に居なかった父親の存在はもともと希薄だった。上京してからは一緒に暮らしていたはずなのに、帰宅も遅かったりして、たまにしか顔を合わせていなかったのかもしれないな。実際、このころの自宅での父子としての記憶が無い。しかし、並木座に行った記憶は有るのですよ。ただ、観た映画が何故か記録映画「白鷺城(姫路城)」。きっと併映のものだったのでしょうね。調べたら当時の姫路城は修復工事の真っ最中。その修復の様子を撮った映画だったのかもしれません。「邦画専門名画座」と名乗っていても、劇映画を一本上映するだけではなく、併映として最新版の「讀賣ニュース」の他、中篇、短編の記録映画やディズニーの短編アニメなんかも上映していたのです。小学一年生に劇映画は無理ですよね!親に連れられて行ったにしても、おとなしく観ていられたはずは無い。そんなときは映写室の横の事務室かなんかで遊んでいたのでしょうね。

この幼い当時で私が鮮明に覚えているのは、並木座ではない銀座のもっと大きな劇場(どこかは不明。日劇とかテアトル銀座とか言えればいいのでしょうがねぇ…)に「ダンボ」を観に行ったときのこと。劇場の周りの行列と間近で見るスクリーンの大きさに驚いたっけ。このとき一緒だったのは父ではなく祖父だったような気がするな。サーカスのテントの中、ダンボが空中を飛ぶシーンが脳裏に焼きついています。併映は「こぐまのボンゴ」。この一輪車乗りのシーンも懐かしい。ネット検索してみたら、この「ダンボ」の日本公開は1954年3月ですって。やはり私が一年生の終わりの時だ。アメリカでは1941年(「ボンゴ」の方は1947年)です。

というわけで、私個人のネタが見つからないまま第5号から8号のご紹介。え、それでいいって? はぁ…それではどうぞ。

あ、申し遅れましたが当時の「並木座」は毎週水曜日が作品切り替え日です。

●5号の表紙は市川崑の「エンド・マーク」(えと文)

上映作品は「雨月物語」(大映)

監督・溝口健二 撮影・宮川一夫 主演・京マチ子/森雅之

解説に、第十四回ヴェニス映画祭の銀獅子賞第一席を受賞とある。

この年のグランプリの金獅子賞は該当作なしだったので、実質この映画祭のナンバー1だったことになりますね。

清水千代太の「ヴェニス映画祭に出席して」という文がキネマ旬報からの抜粋として掲載。

津村秀夫の「溝口健二の幻想」というエッセイは、かつて溝口が無声映画「滝の白糸」の冒頭で、旅芸人が乗る馬車の前をイタチが横切るシーンを撮りたいと言い出した。「イタチを連れて来い」との厳命に右往左往するスタッフ。たとえイタチを確保できたとしても都合よく馬車の前を横切ってくれるのか…そこで、スタッフは猫に絵の具を塗って代用しようと決め、溝口にお伺いを立てると、「私の欲しいのはイタチだ!猫はイタチではない」とプイと出て行った。それきりイタチの話は出ず、冒頭シーンは変更された。…というもの。笑える! (1953・11・4)

●6号は小林桂樹の「セビロ」(えと文)

作品は「君の名は」第一部(松竹)

原作・菊田一夫 監督・大庭秀雄 主演・岸恵子/佐田啓二

プログラムには松竹取締役の野口鶴吉が寄稿して、「松竹映画は平均していい成績を上げる作品を作るが、大ヒットが少ない」そこで何とかと物色中、放送中の「君の名は」を取り上げ、これを三部作に計画した。これが予想をはるかに超えて未曾有のヒットをしたのである。単行本も五十万部を突破した。放送、出版、映画という文化機構が一つになり、映画会社の中でも製作、営業、宣伝が完全に歩調を合わせて成果を挙げた。もし、他社で製作されてもこれほどのヒットは出来なかったと付け加えたい。…と自画自賛しておりますねぇ。 

対して、─愚民政策と「君の名は」─ という長文を寄せているのが東京朝日学芸部の井澤淳です。「君の名は」を嘘っぱちなメロドラマと断じ、女をバカにしていると。権力者は再軍備、憲法改正を為すためには女を無力化することだと知っている。この映画は今日の政治権力者のために絶大なサービスを行い、なし崩し再軍備に協力しているPR映画というべきものだ。云々。…うーん、けっこう過激な文章です。

で、プログラムの末尾に藤本真澄が書いています。

「君の名は」を名画の特選を看板とする「並木座」で何故上映するのかという投書が五通も来た。この映画が名作の内に属するか如何かは問題であるが、戦前戦後を通じて最大の観客動員したことは事実である。今後この記録を如何なる種類の映画で破るかが日本映画の製作者の今日の問題である。日本映画の今日の知的水準を知る意味で並木座で上映することは決して無意義ではないと思う。 (1953・11・11)

●7号は「自信と勇気」菅井一郎(えと文)

作品は「夜明け前」(新東宝)

原作・島崎藤村 製作&脚本・新藤兼人 監督・吉村公三郎

主演・滝沢修/小夜福子/乙羽信子

表紙の菅井一郎も出演しており、その文は「夜明け前」の興行成績が芳しくなかったことについて。映画に関係ある者が誇って良い作品であるにもかかわらず…

という嘆きのよう。これは今に通じる永遠?のテーマですね。

エッセイが「明治の女お粂に扮して」乙羽信子 と

「新藤兼人君」吉村公三郎 の二本。 (1953・11・18)

●8号は「銀座の夜」越路吹雪(えと文)

作品は「旅路」(松竹)

原作・大仏次郎 監督・中村登 主演・笠智衆/岸恵子/佐田啓二

「中村登君にのぞむ」藤本真澄

「自作を語る」中村登

もう一つ、「映画ファン教育」(無記名)がユニーク。「沢山映画を観るのは結構だが、暇だからとつまらないのを承知で観に入るな。あなたの時間つぶしが製作会社をもうけさせることになる。そんな程度で客が来るならと良心的な企画に益々頭を使わなくなり、結局は日本映画を少しも向上させないということになるのです。」

末尾の「支配人室」という編集後記に、「君の名は」は日頃あまり映画をご覧にならない方が多かった。 とありますから、この記事は連動してるのかな?(笑) (1953・11・25) つづく

2007-09-10 その

月刊「広場」9月号

月刊「広場」9月号_ 23:43

いつもはメール便で届く「広場」を、今月は手渡しで拝受。所沢駅前での<彩の国「古本まつり」>に林主宰が出かけていらしたところを待ち合わせです。主宰は長年捜し求めていたという稀少本を発見し、大感激しておられた。それはそれは!ご案内した甲斐があるというものです。また次回も探索に来られるご様子。では、その都度ご一緒して、お茶会も定例と致しましょうか。体調が許せば、その後ドドッと飲み会に突入もね(笑)。

私の方は今回は仕事関連でなく、すっかり趣味となった「書」関連の掘り出し物探し。昨日の日記に書いたように、数年前の「読売書法展」や「日展」の出品カタログ(図録)がたくさん出ていた。やはり350円から500円といったお安〜いお値段。で、何冊か購入。こういったカタログをベッドサイドに置いて、しばし眺めてから眠りに就くというのが最近の習慣なのです。

今月の「広場」の表紙は永田松丸さんの切り絵です。ん?今月は巻末に28ページものマンガが載っている。そのせいか今号はいつになくバラエティー豊かですね。やはり執筆陣は多い方がいいなぁ!会員の皆さん、どんどん寄稿しましょうね。

2007-09-09 おでかけ

カタログ2点

上野へ_ 23:46

一応の目的は、「産経国際書展」は私。「自画像の証言」はカミサン。お互いがそれぞれお付き合いということで。

先ずは書道教室の先生も出展されているという、東京都美術館へ。先般の「読売書法展」とはずいぶんと雰囲気が違うのにビックリ。どう違うのか…「伝統」VS「前衛」?…こちらの方が《アート》してますねぇ。開放感があった!私向きかもしれないなんて(笑)。しかし、ここも膨大な作品群なので、全てを見るのはあきらめ、先生の作品だけは確認して早々に退散した次第(次回はじっくりと)。あ、作品カタログは購入しました。3000円(高!)。こういったカタログは少し待てば古本市などに出るんですよね、お安くなって(笑)。

次、芸大に行って「自画像展」を。ちょうど学園祭だったのでしょうか、構内は実に賑わってました。会場は「陳列館」というこじんまりしたところで、点数はさほど多くなかった。5000点近く収蔵されていると聞いていたので、どれほど観られるのかと、ちょいと期待していたのですが…古いものは順次修復作業中で、僅か数十点のみが今回の公開とのこと。あと、近年の作が100点ばかり(どういう選別かしら?)。

私が興味深かったのは池部均(鈞)(池部良の父)と岡本一平岡本太郎の父)の自画像が並んで展示されていたところ。二人は同学年、きっと親友だったのだろう。卒業後、二人ともが漫画家になっているし、岡本一平の妹が池部均と結婚しているのです。池部良と岡本太郎が従兄弟だということは、つい先日に月刊「広場」の「並木座ウィークリーと共に」の第三回原稿に書いたところだ。明治43年(1910年)卒業という100年近くも前の、そんな二人の自画像を見せてもらえるなんてねぇ…収穫収穫!。こちらのカタログは500円です。

昼食は「アメ横」方面へ出て、「藪そば」でとろろせいろそば。美味しうございました。土産?に、食料品は買わず、私は腕時計、カミサンはバッグ。それぞれアメ横値段の品物だ(笑)。

2007-09-08 プロフィールに

作品履歴を追加_ 11:13

この日記、スタートしてそろそろ2年になる。よく続いているものだなぁ(笑)。

過去の私のアニメ関連話はもう殆んど語ってしまったような気もするし、最近は日常の記録というか、個人的備忘録を記入しているだけのようです。そんな日記でも、変わらずこまめにお訪ねくださる方々もいらっしゃるみたいですし、私自身の生活リズムにも組みこまれていますから、ま、当分こんなペースでいきましょうか。

この度、プロフィールに自身のアニメ作品歴をまとめてみました。

そろそろ忘却の彼方となってもおかしくないので、現時点で思い出す限りを(制作年度などは「アニメージュ」のふろく小冊子を参照した)。不器用だからコツコツ地道にやってます。うーん、地味なラインナップだ…メジャーな作品が殆んど無いのが凄い(笑)。しかし、傾向&指向(嗜好)はハッキリと分かりますなぁ。一応、いぶし銀的選手を自負してたんです(ライ8君か?)。

昨夜の「書道教室」6枚書いて持参した内、画像の2点がそのまま合格。濃い方を出展候補に残しましょう。ついでに「南無阿弥陀仏」も数枚見て貰ったが、こっちは「注文主に選ばせたら?」とのこと、当たり前でした。でも、「これかこれだね」とだけ(ありがとうございます!※差し上げるものだから日記には載せない)。

2007-09-07 台風直撃

陶淵明「四時の詩」

寝付けない。_ 12:25

昨夜で「ヘンリー8世」人物のペン入れ終了。残りは背景。これがまた城の内部ばっかりで…面倒くさ!(笑)。

久し振りに台風が首都圏直撃だ。寝室の窓を激しい雨が撃つ。夜遅くまで机に向かった後に潜り込むベッド。身体も脳も疲れているはずなのに眠れない…。まんじりともせず、寝返りを打つことの繰り返し。風と雨音に混じって、かすかに新聞配達?のバイク音が聞こえる。(朝刊かぁ)……そこでようやっと寝入ったらしい。

一夜明けたベランダはひどいことになっている。例のパイナップルの鉢だけは室内に入れておいたが、幾つかの鉢は倒れたり、大きく位置がずれている。サンダルなども水浸しだ。台風一過後の好天を待って片付けましょう。

午前中、大慌てで今晩の「書道教室」のために筆を執る。陶淵明の「四時の詩」を半切にまとめてみた。墨色を薄くしたものが左(わからねぇ!・笑)。

他に「南無阿弥陀仏」を書いてみる。これ、先日の「読売書法展」で会った方からのリクエスト。書道の先生から頼まれるってどういうこと?!「個性的?」な字が欲しいんですと。「私たちには貴方のような字は書けませんから」って、オイオイ!(苦笑)。表装して法事の席に掛けるのだそうです。こりゃ重責だぁ。

で、これからの午後はしっかりお仕事する予定。上野の「産経国際書展」と、おとといから開催中の彩の国「古本まつり」を覗きに行きたいが、ここはグッと我慢です。

2007-09-05 訃報

俳人歌人の_ 00:51

山村祐先生が亡くなられたという…。

昨夜、お通夜に行かれたという方からメールが入った。

現代川柳や短詩(一行詩)の先導者としてご活躍されていた方で、かつて「抒情文芸」(旧「灯」)誌上で短詩の選者をされていた。

私は高校生の頃、この雑誌の常連投稿者だったから、先生の覚えも目出度く、誘いを受けてご自宅に何度かお邪魔したことがある。

その後、私はアニメの世界に入って詩作を捨てたため、疎遠になり、それっきり…。正直言って、既にお亡くなりになられているのでは、とまで思っていた。96歳だという。私が先生にお世話になったのは18歳ごろの一時期だけ(40年以上も前だ)。以来、遠い存在になってしまっていたわけだが、やはり、この報には感慨深いものがある。今になって「君はぼくの若い頃に似ているねぇ」なんて言われたのを思い出す。

ご冥福をお祈りいたします(先生、ごめんなさい!)。

2007-09-03 お仕事に

集中_ 19:59

昨日も日曜返上(いまさら休日もないが)して、終日、ひたすらペン入れしとります。

ヘンリー8世はもちろんのこと、トマス・モア、クランマー大司教、アン・ブーリンを含めた6人!の王妃、エドワード6世、メアリー1世、エリザベス1世…と肖像画が残ってる人物ばかりだから、似せなきゃイカンだろうし、複雑な衣装も含めて描くのがムチャクチャきつい…(笑)。こうなると、「ヨーロッパ中世・歴史王朝モノ」を描かれる少女マンガ家さんなんて、大尊敬しちゃいますねぇ!もっとも、衣装や建物はアシさんのお役目なんでしょうが。

かく言う私も「メディチ家物語」で懲りてるはずなのにね、ま、仕方ないか。

2007-09-01 暑さは去った?

「パイナップル」9・1

もう9月だ!_ 09:29

ようやく涼しくなってきた。今日から9月だものなぁ…もう一年の三分の二が過ぎてしまったか。

<2007年刊行予定>としていたのに、このペースではとても間に合わない。ピッチを上げねば!

ここが、長期スケジュールでの著作の難しいところ。やはり自己管理ではダメなのかしら……「ヘンリー8世」はあと数日でなんとか終わるが。

ぐだぐだ言ってないでさっさと机に向かえ!

パイナップル、大きさはさほど変わってないが、茎がグーンとせり上がってきたぞ。