ブログトップ 記事一覧 ログイン 無料ブログ開設

『萬雅堂』便り

2008-06-30 相変わらず、仕事

おこもり中_ 15:22

いやぁ土曜の夜から今朝方まで、よく降ったなぁ。ベランダは水浸しで、植木鉢を雨から避けるどころではなかった。幸い、どこからも邪魔?が入らないので有り難い(誰も邪魔してないって・笑)。

○マンガ家が原作者を提訴!(ン、内輪もめ?)

○大聖堂の落書きで高校野球部の監督解任!(新婚旅行先でねぇ)

○ウナギ偽装!(どこまで続く食品偽装の連鎖よ)

○中国で民衆暴動発生!(通常、国内報道されないようだが…)

○小学校の指導要領解説書に沖縄戦、原爆を初明記!(え、今頃?)

○イチローが5打数5安打で今季100安打到達!(3割目前)

○国家・地方公務員にボーナス支給!(…ふぅ…)

世間はいろいろあるようですけど…

2008-06-28 今年前半最後の週末も

ゼフィランサス

お仕事!_ 11:45

そろそろ今月も終る…最終パート脱稿の約束が…人物のペン入れは終りそうだが…と、例によって泣きゴト言いつつ、今日も机に向かう。

画像はゼフィランサス(草丈18センチ)。

乾燥と高温のあとに雨が降るとすぐに開花する性質がある。という解説のとおりに今朝、咲いた!

2008-06-26 敬愛の…

ミニ菜園・きゅうり

年上の人_ 17:55

このところ断続的に雨なので、水遣りの手間が省けます。

集中豪雨は困るけど、これくらいであれば慈雨ですね。

所用から戻ると、留守電にHさんからのメッセージ。

「別に用事は無いけれど、何してる? 声が聞きたくなって…」

なんと嬉しい!。もう、思わずときめいてしまうではありませんか〜(笑)。

これからはH(姓)さんでなく、F(名)さんとしてしまおう!

ちょっと心落ち着けて、そのFさんに電話。

そんなにご無沙汰とは思わないのだけど…ね。気分がいいと仕事もはかどります。今度はこちらから連絡しよう!

「落書き」の件、京都産業大の学生のも見付かったとか、(写真を見たが)ローマ字だったり、カップル?だったり他にもたくさん。「だから私たちも」となったわけね…

大聖堂側もこの現状では放置なのか?ヤレヤレ。

2008-06-25 「女子短大生、フィレンツェ大聖堂の壁に落書き」

喝ぁ〜〜ツ!_ 10:07

野次馬的反応で日記を書くのはいささか…だったが、これは呆れた出来事!

『岐阜市の市立女子短大(松田之利学長)は24日、学生6人が今年2月に海外研修旅行でイタリア・フィレンツェ市を訪れた際、13世紀から15世紀にかけて建設された「サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂」の壁に落書きしたと発表した。

同短大はイタリア大使館と大聖堂に謝罪し、学生6人と引率教員2人を学長厳重注意処分にした。発表によると、6人はいずれも現在2年生。

大聖堂の大理石の壁に縦約30センチ、横約20センチにわたって、日付や自分の名前、短大名などを油性マジックで落書きした。 

同3月、日本人旅行者が発見、同短大に連絡して発覚した。6人は「気分が高揚して書いてしまった」などと話しているという。

同短大は修復費用の負担を申し出たが、大聖堂側から「謝罪してもらえば責任は問わない。費用負担は不要」と連絡があったという。

大聖堂のあるフィレンツェ市中心部は世界遺産(文化遺産)に登録され、景観や環境の保全が義務付けられている。』(読売新聞

なんという事をしくさるか!馬鹿者共めがぁ〜〜ッ!!!

この大聖堂(ドゥオモ)は私にとって、実に思い入れのある建造物だ。拙著「マンガ メディチ家物語」の、主要な舞台の一つでもある。

丸屋根を設計したブルネレスキの登場から物語を始めたし(そのページを紹介↓アマゾンの「なか見!検索」に該当してたかな?)、メディチ家のジュリアーノが政敵パッツィ家によって殺されるのはこの場所だ。外観から内部と、描くのにも苦労したっけ。

私がマンガの中で大理石の床を血で汚したのとはわけが違う。「厳重注意」といっても口頭でだとさ(呆)。こんな恥知らずは退学モノだぜ。罰として拙著を熟読すること!(乗じての宣伝かいな・笑)。

フィレンツェの先人達にも申し訳が立ちません。しかし、大聖堂側の寛容なる対応は「凄い」の一語です(低能な輩は相手にせず、ということかも)。

今朝の東京新聞によると、落書きは丸屋根の上の展望台の壁面で、学生の一人が書いて、残る五人は傍観していたとのこと。そして今も放置されたままだってさ(やるなぁ!大聖堂)。「歴史を理解していなかった」なんて言い訳してないで、急いで消しに戻るしかありませんぞ、皆さん方。

f:id:manga-do:20080625094358j:image

2008-06-24 詩に敏感?

さて、これは…_ 12:04

なんだか、わざわざ書く必要も無いことを書いた気がする…(昨日の日記)単なる野次馬的反応なのであった。

このところ、就寝前に詩集を読んでいる。

友人が十年ばかり前に出した個人詩集だ。その著者の、さらに二十数年前の作品をまとめたものだから、作品の背後に見えるものが、私が少しだけ詩をかじった頃と重なるのだ。

一遍一遍が深い。もちろん、自分なりに感じているだけなんだけど…ちょっとだけ、アレコレ思いをめぐらす。そして、「ふぅ」と小さく息をついて、眠りに付く。

特定健康診査_ 12:23

文芸美術国民健康保険組合から「特定健康診査のご案内」というのが届いた。

これまでは市の住民検診を受けていたが、制度が変更になり、医療保険者の実施義務となったとのこと。そういや、今年はすっかり受診のことを忘れていた。

「生活習慣病予防のため、まずは、特定健康診査を受診しましょう」

はい、では早速に申し込ませていただきます!

このたびの腰痛も、メタボリックシンドロームと無縁でないかもしれん…ぞな。

2008-06-23 相田みつを「肥料」を読者投稿で採用

なぁにい?…やっちまったなぁ!(C)クールポコ_ 18:31

『読者から募集した詩を掲載している産経新聞1面の「朝の詩(うた)」欄に、書家詩人の故相田みつをの作品が読者の作品として掲載されていたことがわかった。

産経新聞社は21日朝刊で「おわび」を掲載し、作品を管理する相田みつを美術館(東京都千代田区)に謝罪した。

産経新聞社広報部によると、茨城県在住の70歳代男性から送られた作品を詩人新川和江さんが選び、20日朝刊に掲載した。同日中に、この詩が相田みつをの作品「肥料」と判明した。男性は同社に、「自分の家族が書いた未発表の作品だと思って送った」と説明し、盗用の意図を否定しているという。』(読売新聞


しかし、とんでもない大失態ですねぇ。産経新聞も選者もみっともないという、ちょっと笑えるニュースでもある。

相田みつをのこの詩が選ばれたということは、やはり素晴らしい作品だということが証明されたわけだ。選者も「感動した」わけですからね。落としてたら、むしろそっちが問題。

我が家にも相田みつをはいくつか有ります。日めくりカレンダーとかね。娘がファンで、美術館にも年に数度は行ってるほどだ。

もっと詳しいのがこれ↓(スポーツ報知)

●「相田みつをさんの詩、読者投稿で産経新聞1面に採用されちゃった」 

20日付の産経新聞の1面で、読者投稿の詩が掲載される「朝の詩(うた)」欄に、書家詩人の故・相田みつを氏の作品「肥料」が、茨城県の71歳男性の作品として掲載されていたことが、21日までに分かった。

題名こそ「じぶん」と変えられていたが、詩の本文は一字一句同じもの。産経新聞社は20日、相田氏の作品を管理する「相田みつを美術館」(東京都千代田区)に謝罪。21日付の同紙に「おわび」を掲載した。

詩集にんげんだもの」などで没後なお人々の心をとらえてやまない相田みつを氏の作品が、読者投稿の作品として新聞の1面に“採用”されてしまった。

問題の作品は、20日付産経新聞の題字の真横に掲載された。題名は「じぶん」。投稿者は、茨城県に住む71歳の男性で紙面には姓名も記されていた。

掲載された詩は「苦しみも悲しみも自分自身の肥料になる」という内容で、改めて読めばいかにも“相田みつを風”。それもそのはず。相田氏が亡くなる前年の1990年に発表した詩「肥料」と、改行から仮名遣いを含めて、そっくりそのままだった。

詩が掲載された20日中に、産経新聞社相田みつを美術館に「相田氏の作品では」との問い合わせがあり、この作品が相田氏のものと判明。産経新聞では、作品を管理する同美術館に謝罪した。

産経新聞広報部によると、「朝の詩」担当者が同日、投稿者の男性に直接会って話を聞いたところ、男性は「(相田氏の作品だとは)全く知らなかった。悪意があったわけではない」と意図的な盗用を否定。「自分の家族が相田氏の作品を写したものを見て未発表の作品だと思い、家族にも伝えずに勝手に送ってしまった」と説明し「結果的にこういうことになり申し訳ない」と謝罪したという。

また選者の詩人新川和江さんは、同社から連絡を受け、相田氏の作品だとは知らなかったとして、遺憾の意を示していたという。

同社は21日付紙面で「おわび」を掲載。

「じぶん」と「肥料」が「全く同じものでした」とした上で「相田みつを美術館ならびに相田氏関係者各位に、多大な迷惑をおかけしたことをおわびするとともに、この詩を取り消します」としている。


投稿者の釈明も「なんだかなぁ…」の眉唾モノですが、にしても、新川和江さんともあろうお方が、相田みつをの有名なこの詩を知らないとは…ね(書家であって詩人じゃないとでも?)。詩人というのは、選者でもなければ日常、他の人の作品は読まないものかもしれません。ある意味、迷惑をこうむった立場かもしれませんが、選者であるならばアンテナは常に高くしておきませんとねぇ。

これからも選者を試す?ために、高名な詩人の埋もれている作品を自作として応募するなんてことが流行らなきゃいいけど…

誰だい「盗作だもの」って言ってる奴は?!

では、ガクアジサイの写真でもどうぞ。

f:id:manga-do:20080622122845j:image

2008-06-22 ターシャ・テューダーさん、ありがとう!

ターシャ・テューダー手作りの世界

恵存_ 13:19

92歳は天寿でしょうが、とても素敵な方が亡くなられてしまいました。

絵本作家で園芸(造園)家でもあるターシャ・テューダーの訃報です。

昔(19世紀)の暮らしを大切に守り、質素で優雅に生きる人。

近年、彼女のドキュメント番組などを散見してきたけれど、私にとっては、写真集などを参考にずいぶんと彼女自体を拙著「マンガ グリム童話」に反映させてきたのです。

彼女の暮らしぶり、衣装であったり、身の回りの小物、調度品、庭の草花…すべてが恰好の、第一級の資料でした。それらにちょこっとドイツ風の味付けを加えると、たちまちグリムの(おばあさん)世界が出来上がるのですもの。時には容貌までをこっそりいただいたり…と、感謝するばかりです。今度はどうぞ天国のお庭を…。

2008-06-20 腰痛ベルトを巻いて仕事

少し楽。_ 18:11

一時期一緒に仕事したアニメの制作プロデューサーから電話。私に関するちょっとした情報の確認だ。

「…というのは本当ですか?」

「あはは、ガセだね、それは」

「あ、やっぱり」

話はそれで終るも、この際とばかりジャニカ応援団員として、最近のアニメ業界事情などをいくつかお聞きする。

「え?あそこが…なるほどねぇ…」

「そちらは悠々自適ですか?」

「バカ言ってんじゃないよ!」

どの世界も厳しい現実に直面しておりますなぁ。

さて、今晩は書道教室。休むわけにもいかないし、そろりそろりと参りましょうか。

2008-06-19 腰痛のぶり返し

つらい…_ 17:42

少し楽になったのをイイことに、昨日は普通に過ごしていたら、今朝になって、すぐに起き上がれないほどに腰痛が酷くなっていた!

なんとかベッドを降りたが、ちょっと前かがみになるだけでドーンと激痛。そこからの行動は全てノロノロ…家の中でまるで「能」のような歩き方をしとります。いやぁ参ったなぁ…

けれど、机に向かっている分には支障がない。ということはやはり「仕事だけに集中!」ということなのでしょう(かえってはかどる・苦笑)。

7月頭に飲み会の企画があるが…まぁ、それまでにはなんとかネ。

アマゾンの「マンガ メディチ家物語」(講談社+α文庫版)に初のカスタマーレビューが載っていた。星5つ。ありがとうございます!ランキングは深く潜行したままだけど、嬉しい。単行本の時のレビューもそうだったけど、フィレンツェ観光の際に役立つという内容。やっぱりガイド本なのか(笑)。

2008-06-18 手塚さんの予言?

東北地震を!_ 15:54

手塚治虫が先日の地震を予知?していたっていう記事に驚く。

ブラックジャック」(第17巻)の中に、「6月14日の午前8時ごろ、東北一帯にマグニチュード7.5の地震発生」っていうページがある。日時と場所まで完全一致!。

6月4日なら「虫(むし)」のもじりだからねぇ、となるのだが…半世紀以上も前からさまざまな未来予想図を描いていて、それらが実現してることの多い先生だし、このくらいは不思議でもないのかな(「鉄腕アトム」はいませんが)。

さて、この日記をコツコツ続けて2年と9ヶ月が経つ(日記を書いた日は849日)が、カウンターの数字が10万に届いた。

一日に数万、数十万というアクセスがある日記とは比ぶべくもないが、私の中では凄い数字。最初から導入したカウンターではないけれど(1ヵ月後かな)、毎日ほぼ不変の数字(100)の積み重ねです(ここ数日は急増したが、コレは異例)。

きっと、ご贔屓さんが「あいつ、どうしてるのかいな?」と、こまめに覗いてくださっているからでしょう。私の中ではこの日記を書くとき、基本は自分の備忘録であったり、文章訓練(ボケ防止)の一環でもあるけれど、この人たちを相手に、問わず語りというか、おしゃべりする気分でもあります(中にはハッキリした知人・友人もいますけどね・笑)。

そんな方々に、「これからもお付き合いのほど、よろしくお願いいたします」と、ご挨拶。

2008-06-17 「劇眼漫歩」40号到着。

「劇眼漫歩」40号

そして腰痛…_ 18:05

イタタ…調子に乗ってチューリップの球根堀り上げをしたら腰を痛めた。

地中で中身がすっかり溶けてしまったものもあるが、分球してたり、しっかりと大きいままだったり様々。こんなに植えてたっけ?というほどドッサリてんこ盛りの球根を収穫(?)。このまま乾かして保存し、晩秋にまた別の場所に植えるつもり(もう新規購入はやめようか・笑)。

新たに肥料や土を追加し、花壇をならして作業終了。そしたら突然「腰」に来た!(筋肉痛?)。おとなしく「仕事だけをしていなさい!」っていうことなんでしょうね…ヤレヤレ。

季刊「劇眼漫歩」40号が届く。

表紙・裏表紙は高橋誓さん。特集は「4コマまんがを描こう」。同人の皆さんの競作でしょうか、たくさんの4コマまんがが載っている。こういう企画、いかにも「同人誌」らしくて良いですねぇ。私は4コマも1コマも難しいのが分かってるというか、そもそもセンスが無いのを自覚してるので、近寄らない(笑)。でも、読むのは好き。いしいひさいちとか「ぼのぼの」(いがらしみきお)「自虐の詩(うた)」(業田良家)みたいなのは実に面白いし、どちらかというとシュール系や不条理系がお好みデス。

今号も盛り沢山の記事ですが、あおいたかしさんの「ルポ・生誕100年山川惣治展」が出色(会場の俯瞰イラストが素晴らしい)。この5月に生誕の地・郡山で開催されたものです。約400点に及ぶ原画、色紙、単行本に圧倒された!って。観たかったですねぇ。お、好評につき東京での開催が決まったと書いてある。いつなんだろ?

生誕100年といえば、杉浦茂もそうなんですよね(手塚治虫は80年)。こっちの記念展も観たいなぁ…

布花館より布花館より 2008/06/18 18:38 虫プロ時代、手塚先生と同じ空気を吸っていたんだ・・・と思うだけで胸が熱くなります 
それにしても、虫プロでバンパイヤの撮影があり
あの水谷豊が若かったこと(少年だった)
おぼえてますか?
その当時は彼がこんなに売れるとは思わなかったです(^^;どんな道でも地道にコツコツ歩め・・・
って事ですかねぇ・・いえ、ほとんど自分に
言い聞かせてるんですけど(笑)

manga-domanga-do 2008/06/18 19:43 2スタの駐車場に渡辺文雄が独りたたずんでたのは覚えてるけど、あれもロケだったのかな?
あの(異様な目玉が印象的な)おどろおどろしいトッペイの変身シーンのアニメ(合成)は、たしか虫プロ商事が担当…もう40年も前のことですねぇ。
ところで、貴ブログも地道にコツコツ…いやいや、なかなかオシャレですよ。
さすがのセンス!!!

高橋孝三郎高橋孝三郎 2008/06/25 09:11 萬雅堂さん、会誌の感想、紹介をありがとうございます。業田良家さんなんですね。わたしらしい、いいかげんな間違いでした。次号訂正をさせていただきます。ありがとうございました。
水谷豊は今又ブームですけど、さすがにというか、残念ながらというか、バンパイヤの映像は映りませんね。大変受けると思うのですが。
腰痛、大丈夫ですか。私も、今、野菜作りに猛烈にはまっています。畑の高い低いがあるので、一輪車で土を運び、水はけがよくなるようにしています。幸い腰は大丈夫です。5月の運動会の練習の頃は、
週末の畑作とで、腰やら足やらがいたくなりました。
「ストップにいちゃん」座談会、おくらさせていただきました。読んでいただければ、ありがたいです。

manga-domanga-do 2008/06/25 18:25 ゲラの段階で読ませていただいちゃっていいんでしょうかね?
これを参考に何か書けってことなんでしょうが(笑)。
猛烈にはまっている野菜作りとは、いったい何を?
私はとりあえずキュウリの苗を少し。

2008-06-16 昨日は

父の日_ 09:53

ベランダの金魚水槽の清掃&水換えの後、散歩がてらに近所の電器店へ蛍光管を買いに出た。水漏れするジョウロの買い替えにホームセンターにも寄る(おや、もう秋野菜の苗が出てる)。次いで、スーパーではカミサンに頼まれた買い物。

なんていう典型的?な休日のお父さんらしい行動してたら、アラ、「父の日」だって。

だからって我が家にゃ特段…というところに、「お味噌が無くなったから頂戴!」と、義母と義弟が来宅(口実か?・笑)。「どうぞどうぞ、お好きなだけ」我が家の分も残り少ないけど、ギリギリ何とかなるでしょう(今年の開封を少し早めれば済む)。

お久し振りですね。娘も合流して和気藹々、話も弾む。そのまま皆で夕食。義父の思い出ばなしなども出て、うん、それが何よりの「父の日」です。

私の「父」についちゃ「並木座ウィークリー」の連載記事を書く度に思い出してるから、それで良しだ(今月は何を書こう…)。

2008-06-15 関心が高いんですねぇ!

やけにアクセス多し。_ 09:10

昨日は通常の数倍のアクセスがありました(今日も続いてる)。

例のマンガ家さんの提訴問題ですね。この件の「まとめサイト」があって、そこにこの日記も収集されたらしく、そこからのアクセス。

建設的な提言でも書いていたら良かったんだけど、覗かれた方はさぞガッカリされたことでしょう(笑)。

この問題、私も覗く側にまわって「たけくまメモ」とか「漫棚通信」などいくつかのサイトは読んでいます。出版社サイドのコメントも出たようですし(読者に対するお詫び)、マンガ家さんたちも発言されてきている。

いろいろな意見、感想の中で目に付くのが「原稿料が安すぎる!」っていうもの。「原稿料は安くてもコミックスの印税があるから」っていう意見に、「コミックスにならなきゃそれまででしょ!」って応酬したりしてね(「安い」というのは共通認識?)。

私は雑誌の経験が無いから、件の原稿料についてはそれが妥当なのかどうかは分からない。

書き下ろしの「伝記」や「歴史」ものの単行本学習マンガなどは、大体が1ページいくらの原稿料(いわゆる「買取」)で、権利は出版社に帰属される(初版以降どれだけ再刷されても関係なし)。事前にシナリオが用意されていたり、編集者や監修者の意向に合わせたり、何人かで分担したりと、自分の作品というよりは絵(マンガ)のパートを担当する報酬ということなのでしょうね。私が描き始めたころ(20年ほど前)でページ1万円が相場だったような…。

私の場合は構成からの全てを担当するので、自分の著作として当初から「印税」契約にしています。

そのころは「アニメ」っていう本業があったから、週末だけを使うマンガ執筆の分は収入としてアテにせずに済んだのです。だから「権利」を優先した。長年アニメーションの現場にいて「権利」がいかに大切か痛感してましたからね(「まんが日本昔ばなし」問題・苦笑)。

「マンガ」が本業となった現在は、本が出るまで無収入というわけにもいきませんから「一冊いくら」と決めておいて、執筆開始から月々の分割払いにしてもらう(プロ野球選手の報酬支払いみたい)。印税の前払いみたいな形でしょうか(だから、初版時には支払いが発生しない)。で、再刷時から部数に応じた新たな印税が発生するというわけで、ロングセラーになってもらわないと困るのですねぇ、実際のところ。その「一冊いくら」ですが、ページに換算すると…アラ、今回のマンガ家さんと同じ…ような金額になってしまった!(笑)。

2008-06-13 編集者のこと

つづき_ 15:35

持ち込みや投稿をしていないと書いたが、正確ではなかった。高校生の時に、講談社光文社に作品を持ち込んだことがあったのだ。一年時の夏休みの全てを使って描き上げた全72ページのマンガを「見て下さい」って。

それが私の対編集者の初体験。音羽講談社社屋の一階応接コーナーでの対応はもう記憶の彼方だが、当時五階にあった光文社の編集さんの親切な対応は覚えている。「もっと短い作品を持ってきなさい」って(笑)。「16ページ物なら増刊号にっていうチャンスもあるんだから」とも。

で、次の対編集者はそれから二十数年後だものね。しかも、マンガの担当は初めてっていう人。今15冊目を描いてるけど、この間の担当者は…計四人です(刊行後の管理担当は別)。

ん?…全員が一般書籍を編集されている方。そうか、よくよく考えると私は未だにマンガ専門の編集者とは一度も付き合っていないのか(オイオイ!)。

もっとも、私に「アニメ→マンガ」への転身を決断させたのは講談社の元局長さんで、かつてはマンガ編集をされていたという(「マンガ編集者狂笑録」登場の宮原さんと共に)から、全く縁が無いというわけでもないが(この人もきっと様々な逸話をお持ちなんだろうな…)。

まぁ、書き下ろし単行本というのは一般書籍の範疇で、いわゆるマンガの現場とは程遠いということですね。私の場合、小説家が原稿を書くのと同様に、一人でコツコツ仕上げていくしかないのですから。

結局、今回の話題とは関わりがなかった…ってことか(笑)。

2008-06-12 マンガ家VS編集者

「マンガ編集者狂笑録」

編集者が話題です。_ 14:44

「マンガ家(雷句誠)が出版社(小学館)を提訴」以来、巷?ではなにかと「編集者」が話題です。

私も、遅ればせながら入手の「マンガ編集者狂笑録」(長谷邦夫水声社刊)を読み進めておりますが、そこに描かれている人物は個性的な方々ばかりで実に面白い。小説という形をとっていても、全て実録として読んでしまいますね。長年マンガの現場を生きてきた人間だけが書ける、凄い力業です。

これを読むと、作品としての成功(ヒット&高評価)には、強い信念を持つ編集者と、情熱と努力を惜しまないマンガ家との「めぐり合わせ」が大きな要素というのが良く分かります。

マンガ家が作った作品を受け取るだけでなく、時には作品を生み出す側にも回る。ズバリ共作者と言っても良い場合も(長谷さんは「共犯者」って)。

まぁ、正直、摩訶不思議な職業といいますか、出版社とマンガ家の間の、この立ち位置自体が面白いのですけどね。マンガ家はある種、特異な人間ばかりではありますし、それを御す側として…の存在であったとしても、マンガの成立の過程に編集者を外しては考えられません。

でも、このところの一件においては…特に「人間(信頼)関係」に問題があってのことのようで…実に難しい。金銭(条件)的なことよりもね。

幸い、私にとっては「めぐり合い」は良好です。もっとも、持ち込みや投稿といった形で編集者と対峙したことは無く、大体が依頼&注文を受けての関係ですから、嫌な対応など有ったら困るが。

では、一番最初の読者でもある担当編集者に読んでもらうため、今日もペン入れに励みましょう(笑)。

nagataninagatani 2008/06/12 19:15 ご購読、有難う御座います!
さっそくの感想など、いろいろ参考になります。

マンガ家と編集者の関係は、小説家の場合とは
かなり違った環境で発達してきたようです。
しかし、これが「共犯者」(竹熊健太郎さんの
言葉なんです。)として、作品が発展してくれれば
いいのですが…。

どうも、発行部数が大きくなるに従って
編集者の立場が強力になり、作家の個性を
<部数>をたてに、編集部の都合に従わせて
しまう例が増えていたようです。

そうした状況に対する「警鐘」の意味も込めて
今回の諸作品は書かれています。
<イジリ過ぎなさんよ>と、ぼくは言いたい。

大出版社の編集者は、相当に選びぬかれて
入社してきた<優れ者>です。
しかし、マンガに於いてではない!!
ただの知性が、若いマンガ家より、ちょっと
あるくらいで、上位に立って、威張り散らす
など、問題外のことですよね。

作家の隠れた意識から、さらに新しいものを
見つけ出し、育てていかねばならないはずです。
先人編集者の姿を、ぼくの小説からも知って
もらいたいものと、思ったりもします。

manga-domanga-do 2008/06/12 20:45 大変面白く読ませていただいております。一晩一章、あと少しで読了デス。
にしても、トキワ荘の至近で子供時代を過ごした私としては、舞台が明瞭に浮かんで困るくらい(二股→二又交番とか・笑)。
先生、椎名町五丁目(5−2253)ですよ。落合電話局は四丁目ですが(へへ、校正しちゃった)。

nagataninagatani 2008/06/12 21:40 道路隔てて一丁目違いでしたか。
二又ね〜。そうか…。

他にもいろいろあるんですよ。
2刷りが必要。
全て直さず3刷り〜ま、まさかね。

2008-06-10 アニメージュ30周年!

凄いものだ_ 21:06

私も「応援団員」となっている「日本アニメーター・演出協会」(JAniCA)が法人化手続を完了し、法人となったそうです。

「無限責任中間法人/日本アニメーター・演出協会

社団法人でもなく、NPO法人でもなく、「無限責任中間法人」。

…にしても可笑しな名前(初めて聞く)ですねぇ、一瞬「え?無責任」って読めちゃうじゃないの。

ま、詳しいことはhttp://www.janica.jp/へ。

会員も応援団員もいつの間にか大所帯になってきました。牛歩の如くであっても、着実に目標に向かって行けますことを応援・祈念しています!

ところで、アニメ専門雑誌「アニメージュ」(徳間書店)が創刊30周年を迎えたという。

ほお…もうそんなに経ったのか!

先般の「古本まつり」に創刊号(’78/7月)からの6冊がセットで12600円で出ていました。’80年の12冊揃いは8400円。

創刊時、そんな雑誌が商売として成り立つのか?とアニメ現場の人間たちは、その刊行のニュースに驚いたものです。でも、我々には直接関係ないことだし…なんてね。しかし、番組がらみで取材協力の要請などがポツポツ舞い込むと、こういった形での情報発信も業界発展の一翼を担うものかも知れない、と、現場の意識も次第に変化していく。私も、取材を受けたり、番組情報の連載記事を書いたりと多少なりともお手伝いをしましたっけ。

個人的には創刊三周年記念に描いたイラストが思い出深い(’81年7月号の巻頭)。もう、その十倍とはねぇ!。その後に競合誌もいくつか出る中、すっかり老舗の貫禄(長寿?)おめでとうございます。この際、「おいらやっと三歳!」っていう、そのときの記念メッセージ集のカラーイラストページを紹介しちゃいましょう(今なら「俺、もう30歳!」ってなるのかな・笑)。

小松原一男荒木伸吾大塚康生安彦良和石森章太郎上海美術映画制作所所長・特偉、学研/PD・神保まつえ、モンキー・パンチ竹宮惠子、NHK/PD・丹泰彦の各氏がメッセージを寄せていますね。

このイラストの原画はB3かA2くらいのサイズに、ミューズコットンを切り抜いて作った人形を貼って構成しました。こういうの(C)徳間書店…かしら?

f:id:manga-do:20080524185115j:image

2008-06-09 おっ!

とうもろこしと風船かずら

いつの間にか_ 20:02

とうもろこしと風船かずらが!

「あながま会」の作家さんからいただいた種が、このように芽を出している。いや、もう「芽」ではないな(笑)。

初めの内はちゃんと水遣りしていたが、以降はすっかり忘れていた。ベランダの、雨がかかるあたりに置いておいたので、このところの慈雨のお蔭でしょうか(よかったよかった)。

この分では庭に蒔いたものもきっと同様だろう(風船かずらは垣根の近くにばら撒いただけ・こぼれダネ風に)。明日にでも見に行ってみるか。アジサイも咲いていることだろうし…

2008-06-08 もう

搬出。_ 19:08

公民館に出かけ、作品を引き取る。愛用の段ボールバッグは「あながま会」の帰途に破損してしまったので、これも先日ユザワヤで仕入れたキャンバスバッグを持参した。搬出・搬入を考えると軸装のほうが楽だけど、まぁ、仕方が無い。

にしても「市民展」どうせやるなら、一週間くらいやってくれたらいいのにねぇ…

あっけないっちゃありゃしないぜ(笑)。

カミサンは今日「ナンシー関・大ハンコ展」(渋谷パルコファクトリー)へ出かけた。「面白かったよ」って、私も搬出がなければお付き合いができたのにね、残念でした。

2008-06-07 「金色のガッシュ!!」って…コレ、描いたことあるよ(笑)

バラが咲いた!

関係ないか_ 23:25

漫画家が原稿を紛失されて、出版社を提訴ねぇ…。

オリジナル原稿に対する漫画家の想いと、編集者の抱いてる価値観とのギャップによるものかな?

訴状を読むと、訴えに至るまでにもいろいろと軋轢が有るようですが、さて今後どうなっていくのでしょう。

この漫画、実は私、親戚の小さい子にせがまれて描いてあげたことがあるのだ。コミックスの表紙をそっくりにね(これだったのか!)。

ニュース映像も見たけど、漫画家さんらしく見えず、てっきり訴えられた側かと(関係ないか)。

今では、原画は著者のモノで、出版社はそれを使用させてもらってる、っていうのが常識になってるけど、はるか昔には、原画が一コマ一コマ切り分けられて「読者プレゼント」の景品にされたりしてたんですからねぇ(笑)。それを知ってる世代としては、まさに隔世の感アリですね。

新聞記事の見出しは<漫画家「原画に美術品価値」>

一頁30万円の「美術品」そして「価値」ねぇ…永島慎二はその10分の1だった…うーむ、いや、それとは関係ないか…(なんだか、しっちゃかめっちゃか)。

ま、それはともかく、今日の私は、先週末に搬入したところの「市民展」が昨日から三日間の開催で、一応、中央公民館に展示を観に行きました。私の「書」は「あながま会」に出した「楽」。あの場では大きい作品だったけど、この場ではやけに小さいなぁ!(入口にあった)。他の皆さんは大きな額や掛け軸ですからね。他の日本画、洋画等の展示室も覗いてから、足を延ばして、所沢の「彩の国・古本まつり」(9日まで)へ。

予定では一昨日の帰りに寄るつもりだったのだが、ユザワヤで買った紙が重くてパスしちゃったのだ(出るときは用事をまとめるのが鉄則なのに)。

で、今回の特集は「映画・音楽・アイドル」。その特集コーナーに「並木座ウィークリー」の104号を発見!(1575円・購入せず)。購入はやはり「書」の関連が大半です。掘り出し物は永田竹丸さんの「まんが横丁の住人たち」(’89・ベップ出版)。永田さんは私の日本漫画家協会入会時の推薦人ですから、これはゲットせねば。それに面白そうだし!。

他にはマンガ雑誌を2冊。「コミックトム」(’80・9)と「月刊マンガ少年・臨時増刊/TVアニメの世界」(’77・12)。157円と315円(安ッ!)。前者は巻頭に畏友坂口尚の「12色物語・蜃気楼」があり、後者には石津嵐・すがやみつるによる「鳥よ、飛びたて!!」という虫プロが舞台のマンガが載っています。

…と、いう一日。

画像は関係なく、バラ。

2008-06-05 吉祥寺〜阿佐ヶ谷

永島慎二遺作展_ 19:04

ユザワヤから特売のご案内が届いてるので、ちょうど良いとばかり、吉祥寺店に書道用品(紙)を買いに行く。

紙はいろいろ種類が有って、選別に悩むのです。

漢字用・仮名用、手漉き・機械漉き、厚いもの・薄いもの、滲みの強いもの・弱いもの、かすれの出やすいもの・出にくいもの、そして、サイズもいろいろ…

私もだんだん違いが分かってきて、少しずつ備えるようになってきました。

紙は古ければ古いほど良いようなので(繊維が枯れて、こなれるという)、今後のためにもとね。

その後、阿佐ヶ谷に足を延ばし、第三回「永島慎二遺作展」へ(パロマ舎・のまさん情報)。

今日が初日です。阿佐ヶ谷パールセンター中ほど、婦人服店の奥の小さな喫茶店「Cobu」にて。

店の前にさいとう・たかを氏からの花がデーンと飾られていたのですぐに分かった。中には、ちばてつや氏と手塚プロの松谷社長からの花も。

狭い店内は満席(中高年ばかり)。壁に展示の原画にはたくさんの売却済みの赤いシールが貼られています。

晩年に好んで描かれていた「ピエロ」がテーマの油絵はもちろん、「漫画家残酷物語」の原画の1ページとか、「旅人くん」のカラー原画、小さなイラスト類、さらには劇画単行本「Gメン」の表紙原画なんてものまで。

油絵はともかく、他は意外なくらいにお安い…ファンなら競って買いますな、こりゃ。

出展原画の見本帳(数十点の写真が貼ってある)が置いてあり、それを見せてもらうと、同様に予約済みばかり!一人で何点も買われてるのが目立つ(連作をまとめてとか)。

この遺作展、実態は原画即売会みたいですねぇ。人気が有るのは嬉しいけど、ちょっぴり複雑な心持ち…。だって、隣の席のおじさんが「ねぇ、これちょうだい」って、まるで…セール(おいおい、そんな風に買うものかい?!)。

そこへ森本レオがやってきた。そうか、かつてのTVドラマ「黄色い涙」(NHK)に主演の縁ですね。永島家とも交流が有るみたいで、何人かと挨拶を交わしてる(あの人、娘さんかしら…)。客の一人が「黄色い涙」の単行本を差し出して、サインを頼んでた(永島慎二サイン本らしく、その名に並べて書いてくれって)。そのレオさんも、カラー原画を何点かまとめてご購入でしたよ。

私は残念ながら?眺めるだけ。それでも、眼福、眼福。

2008-06-04 今月も早いぞ!

月刊「広場」6月号

「広場」6月号到着_ 08:19

徐々に発行が早まっている。しばらく前までは10日発行が通常だった気がするが…。

私の叱咤が利いたのか(んなこたぁない!)

今号は誰かさんのワンマンショーでなく(笑)、執筆陣が急増、実にバラエティーに富んだ誌面となりました。これからもこんな調子で行きましょう。いや、彼の文が減るのもそれはそれで寂しいが…(どっちだい!)。

今号の表紙は白井祥隆さんで「まいごの子犬」。

「あなたたちったら!もう」「ご、ごめんよ…」って、子供たちの会話が聞こえてくるようです。

では、<「並木座ウィークリー」と共に>の第11回。

f:id:manga-do:20080604081458j:image

f:id:manga-do:20080604081459j:image

連載も第十一回となりました。並木座の映写技師だった父、カズの思い出を書いているつもりが、いつの間にか自伝のようになってきましたねぇ(笑)。

で、今回分の第44号〈映画ファン教育〉の欄に思いがけない記事を発見したので、それを先ずは紹介しましょう。私が以前(第四回)に書いたことを訂正しなければいけないのです。それは「二十四の瞳」のこと。

〈映画ファン教育〉

★秋のおとずれと共にシーズンのヘキ頭を飾って、いま話題を呼んでいるのは木下恵介監督の「二十四の瞳」でしょう。

物語は瀬戸内海に浮ぶ小豆島で、時代は昭和の初めから終戦まで、高峰秀子のふんする大石先生をめぐって小学一年生から大人になるまでの十二人の、二十四の瞳がえがかれてあります。

映画は一年生時代から六年生時代へと飛ぶが、ここで出演している子役も変るのですが、一年生の子が皆んな大きくなって出てくるので観客はほほえましく驚くのです。

それもその筈です。これは皆兄弟、姉妹なのです。昨年の七月この作品をやるべく全国から兄弟五組、姉妹七組を一般募集したのです。応募は約千八百組あり、これを写真選考で約九十組に減らし、さらに、木下監督と、楠田浩之カメラマンが面接して決定したものなのです。

これで子供が似ているのはおわかりでしょうが、この子供たちが成長してからの大人の役をやる俳優も、なるべく各組の子供に似ている人を選ばねばならないのです。で松竹じゅうを探しまわったが、月丘夢路、小林トシ子、井川邦子、田村高広のほかには、既成スターの中には見当ず、文学座俳優座の研究生を動員したり、松竹の事務員をかり出したりして配役したとの事。 ※以上、原文ママ

これを読むと、「へえ〜ッ、そうだったんだ。いやぁビックリ! なるほどねぇ、そりゃそうだよなぁ…」です。

私は、「二十四の瞳」に出演の子供たちは、小豆島での現地調達だったと聞いている。と書きました。どこから出た話なの?「並木座ウィークリー」にこう書いてあるってことは、カズから聞いた話じゃない筈。結局は私のいい加減な記憶、思い込みだったんでしょうね。ここに、訂正してお詫びいたします。

今回は、もう一つ42号の〈映画ファン教育〉の記事も紹介させてもらいます。

〈映画ファン教育〉

☆真夏の太陽がじりじりと照りつける酷暑の時でもし冷房のしてある映画館に入るとひんやり感じて、しばらくは暑さを忘れて映画を見てしまう。                     

この映画館にも潜水艦の乗組員みたいに狭くて、熱い場所で、蔭になって働く映写技師がいるのである。客席は冷房してあるが、映写室まで冷房してある映画館はほとんどないであろう。 

なにしろ映写機の放出する熱量は、正にボイラーを抱えているのと同様なのであるから、ここはそれであるから冬でも扇風機をかけている職場である。

このような環境で働く映写技師は常にその映画本来の姿をスクリーンに映写して、それを画面の上に最高の効果をあらわすという苦心がある。スクリーン面の平均した照度映写レンズの焦点調節、上映フィルムの質の良否、使用カーボンの良否等…。 

雨が降ったように画面にキズがあるのは一巻の映写が終るとそのフィルムを巻き直すときに傷がつくのであって、全国各地を転々と廻ったフィルムで、このようなフィルムは一年が寿命であろう。四十度を越す映写室で上映中の映画が急に切れたりすると汗を通りこして冷汗が流れますが、又映写室は客席の上ですから観客の感動、笑い声、共感等が手にとる様に判り、こうした感激を身近に感じると張合いが出ます。 ※原文ママ

う〜ん、これを読むと、カズの働いてる様子が目に浮かぶ。私も、子供のころには何度か映写室に入り込んだ覚えがあるけど、そりゃぁ狭いものでしたね。でも、そんなに熱かったという記憶までは…無い。もしかして、この原稿はカズ自身が書いたのかしらね(笑)。

ということで、今月は「並木座ウィークリー」の記事中心でお送りしました。さて、次号は何を書きましょう…

では、41号から44号の紹介。

●41号 扉は、「どぶ」 水仙屋内部のセット 

※この絵を描いたのは、スタッフ、キャストが撮影期間中に本拠としていた旅館のご主人で、ロケ隊に同行しては常にスケッチを描いていたらしい(三百枚近く)。このプログラムで初めて日の目を見ることになったとのこと(劇場内にも展覧)。

上映は「どぶ」(近代映協)

製作・吉村公三郎 脚本/監督・新藤兼人 

主演・乙羽信子/宇野重吉殿山泰司/菅井一郎

〈解説〉「女の一生」以来想を練っていた新藤監督が、ブルーリボン女優主演賞を獲得した乙羽信子との名コンビで作り上げた野心作である。京浜線の川崎市一帯、今の日本の縮図ともいうべきこの特需産業地帯の片隅に水溜りのある荒地がある。このどぶの廻りに住む気の良い人々と、阿呆な娼婦を中心に物語が繰りひろげられる。

阿呆のツルと阿呆の群れの物語   新藤兼人

どぶアンケート集

宇野浩二/近江絹糸女工B子/同A子/秋山ちえ子/津村秀夫/平林たい子/吉村公三郎  ※それぞれ感心、感銘、感動。

〈観客席〉さて今週は明るい軽やかな詩の投稿がありました。

……並木座によせて……

八月のポプラの色も美しく

深いみどりの並木道

風と木の葉がささやいて

今日も白い舗道にゆれる影。

日暮れて、ネオンのともる頃

街から街へいそぐ足、

ぽつんと一人で歩く足

足どり軽く、又重く

あの道この道、行き交ひながら

今日も黒いポプラの影をみる。

しばしの「いこい」を求めつつ

この並木座に来る人の

誰もが通る並木道

今日も一つの思ひ出に

輝くポプラを見つめつつ

何時も名画の待っている

この並木座にいそぎ足

私の心は軽かった。

    一九五四、八、十三  TA(1954・8・25)

●42号 扉は 「七人の侍の旗」 と シナリオ抜粋

上映は「七人の侍」(東宝)

製作・本木荘二郎 脚本/監督・黒沢明 音楽・早坂文雄

主演/三船敏郎/志村喬/津島恵子/木村功/加東大介/宮口精二/稲葉義男/千秋

〈解説〉グランプリ賞並びにアカデミー賞受賞に輝く黒沢明が、日本映画作品賞を受賞した「生きる」に、次いで監督したもので、空前の巨費と長時間を擁して放つ問題作である。赤裸々な人間性を浮き彫りし、芸術性と娯楽性を同化せしめた野心作。

〈ヴェニスで好評の「七人の侍」〉滋野辰彦(キネ旬編集部次長)

羅生門」がグランプリを得た同じ映画祭での上映に、人々は大きな期待を寄せたであろう。非常な拍手を得たとニュースは伝えている。ヴェニスに出品された「七人の侍」は日本で公開されたものよりずっと短くなっている。我々が見たのも非常に面白い、いい映画だが、あきらかに長すぎた。圧縮すれば一層立派な映画になると思われた。だから私は縮められた「七人の侍」を見たいものだと考えている。

〈映画評紹介〉旬報に発表の、清水千代太氏の映画評の抜粋。

私はこの黒沢明の壮烈な失敗に掌の痛くなるまで拍手をおくり、「七人の侍」を踏み切り台として、さらに大いなる飛躍をすることに満腔の期待を抱くものである。

〈支配人室〉なにしろ三時間半以上の映画を小さな並木座で上映するのは無理な話ですから海外版で再映をしたいものです。(1954・9・1)

●43号 扉は 「渋谷実素描」 

上映は〈渋谷実研究週間〉として三作を六、三、五日間で。

「現代人」(松竹)

製作・山本武 脚本・猪俣勝人 監督・渋谷実

主演・池部良/小林トシ子/山村聰/山田五十鈴

〈解説〉人間の良心と、社会道徳を否定する破壊的思想の相剋。

「てんやわんや」(松竹)

製作・山本武 脚本・斉藤良輔 監督・渋谷実

主演・佐野周二/淡島千景/桂木洋子/志村喬

〈解説〉敗戦後の日本人の生き方を鋭い風刺とユーモアで描いた獅子文六の原作をスクリーンに再現。

「本日休診」(松竹)

製作・山本武 原作・井伏鱒二 監督・渋谷実

主演・鶴田浩二/三国連太郎/佐田啓二/淡島千景

〈解説〉一町医者の、ある休診日の事件を通して世相の機微と人の魂の尊さを、飄逸な、而も鋭いタッチで描き出そうとするもので、真の野心作といえる。

〈観客席〉☆渋谷実作品一覧☆ 本年47歳の働き盛りである。(1954・9・8)

●44号 扉は 「山本薩夫素描

上映は「太陽のない街」(新星映画)

製作・嵯峨善兵 脚本・立野三郎 監督・山本薩夫

主演・日高澄子/桂通子/薄田研二/二本柳寛/原保美

〈解説〉民主文学の古典的名作として国際的にも高く評価された徳永直原作の同名小説の映画化である。スタッフは戦後の東宝争議の闘士ぞろいで、独立プロの盛衰をこの一作にかけ、あらゆる困難をきり抜けて完成した。働く者のヒロイズムを描いた新星映画第四回作品。

〈映画評紹介〉「暴力の街」や「真空地帯」で日本映画に珍しいスケールの群衆劇を組み立てた山本演出の、これは新しい前進である。夏枯れで低調を極めていた日本映画も、この一作で、面目をとりもどしたといえよう。〔採点〕娯楽性(90点)社会性(100点)芸術性(95点) ──朝日新聞 井沢淳

〈WIPE〉民芸「吉凶うらない」製作資金で行き悩み遂に無期延期。青年俳優クラブ作品「億万長者」配給会社決定せず行き悩み。独立プロダクションの道はいばらの道。

〈支配人室〉日高澄子さんから便りを戴きました。この映画の上映中に一度並木座に来られるとの事です。ご活躍を祈ります。(1954・9・22)

2008-06-03 お薦めの

ラッキョウ漬け

ラッキョウ漬け_ 09:27

今日も雨。例年よりも早い梅雨入りだそうで…

そんな今、ラッキョウが旬です。八百屋さんの店頭に鹿児島、宮崎、鳥取などのモノが並んでいます。

そこで今日は、おいしいラッキョウ漬けの作り方をご紹介。

お馴染みの「甘酢漬け」ではありませんで、しょう油、みりん、酢を合わせた液に漬け込んで、一週間後から食べ始めてそのまま食べ切ってしまうというもの。長期保存するのでなく<旬を味わう>ラッキョウ漬けです。

<材料>

ラッキョウ 1キロ(新鮮なもの)

しょう油 180

みりん   90

酢     60

ダシ昆布 15〜20g

鷹の爪  3、4本

梅酒漬けなどに使う広口のガラス瓶(2L用)。

<作り方>

ラッキョウの頭と根を切り落とし、良く水洗いしてからザルに上げて水気を切り、

しょう油、みりん、酢の合わせ液を入れたガラス瓶に入れる。

3、4冑に切ったダシ昆布と、種を抜いた鷹の爪を加えて(軽く)蓋をする。

朝と晩、瓶を揺すって合わせ液とラッキョウを馴染ませる。

<ご注意>

ときどき瓶の蓋を緩めて「ガス抜き」をしてください。

密閉したままでは危険?(ラッキョウは生きてます)。

<食べごろ>

一週間後あたりから食べられます。

パリパリの歯触りで酒の肴にも抜群。一つ食べると、やめられない止まらない!

20年ほど前に味噌作りのお仲間から教えていただいたのですが、以来、我が家ではこれがこの時期には欠かせない定番。絶対のお薦めですので、是非お試しを!

写真の左側がそれ。中央は通常?の「甘酢漬け」です(酢180奸∈重100〜150g、塩20g。ラッキョウは30秒間、熱湯にくぐらせる)。右は昨日の山椒を塩漬けしたもの。

「ねんきん特別便」アゲイン_ 09:27

田舎の母から「分からないよぉ…(悲)」と電話が。

母は遺族年金を受け取っている身です。彼女のところにも例の奴が届いたのですね。

聞けば、亡父の昭和23年から28年の間の記録が書いて無いのだという。

記録が正しいかどうか確認して返送しなきゃいけないので困っていると…おいおい、そんなことをなぜ私に聞く?!私の2歳から7歳だぜ(しかも同居してなかった・笑)。

母の長い訴えをじっくり聞きます。

昭和23年に資格取得(会社名は無い)で加入期間が一年余り、そこからが空白で、29年の1月以降はずっと記録があると。じゃ、空白は24年からの4年間ほどね。

そこで出した私の結論。

親父は大学に復学して卒業後、どこかの会社に入った(ここで厚生年金の資格取得)。でも、すぐに辞めて今で言う「フリーター」になり、あちこち転々…で、4年後に、発足時の銀座「並木座」(株式会社です)に入社した。並木座のオープンは昭和28年の10月。3ヶ月は試用期間で、正社員となったのが29年の1月ということでは?。これなら記録とピタリ符合するでしょ?

「ほんとだね。うん、きっとそうだよ、助かった」

やれやれ、これで一件落着…なのかな? 

2008-06-02 「マザー・テレサ」

山椒の実(まだ有るよ!)

ラスト・パート_ 11:42

もう6月だ!

仕事の現状は…今、ラスト・パートです。

ラスト・スパートならぬラスト・パートの「マザー・テレサ」。

たくさんの参考文献が存在するので、苦労はせずに済みそう…だが。

編集さんとは6月中に脱稿、の約束。

そして、その後は文章主体のページに入れるイラスト数十点が待っている。アミの指定も並行作業だ。今年も暑い夏になりそうだぜぃ!(何を気取ってる!)

昨日は山椒の実を収穫した。庭に毎年どっさり実をつける大きな山椒の木があるのだが、収穫のタイミングをいつだって見逃してしまう。柔らかい実を採って、みりん漬け、しょう油漬け、佃煮とかにして酒の肴にでもと、毎年思っていても…気付くと既に硬くなってしまっているのだ。

今年もそう。こんなに採れた(420グラム!)というのに、全てが硬い。こうなると食すのには具合が悪く、香辛料としての利用に限定されてしまう。

糠床に入れると風味が増すそうですし、ピクルス漬けとかにも良いという。義母はそう言って毎年大喜びで持ち帰ります。

しかし、こんなに有ってもなぁ…とりあえず残りは塩漬けにでもしておこうか…