金毘羅大歌舞伎 -2 金丸座

金丸座のオフィシャルサイトによると「古くから金毘羅参拝の楽しみとして芝居、相撲、軽業、操り人形などが掛けられた仮設小屋は、1835年に高松藩寺社方より許され常設の芝居小屋として大阪道頓堀の大西芝居(浪速座)の規模、様式、構造を模して建てられた。現存する日本最古の芝居小屋だという」国の重要文化財で現在地に移築復元されたのは1976年。2003年、及び、2020年〜2022年の大改修、コロナ禍での公演見合わせを経て、5年ぶりとなる本年4月、こけら落としで『第三十七回 四国こんぴら 歌舞伎大芝居』が催されることとなった。拙宅の奥様が以前から演者と観客の触れ合いに秀でた当座で観劇したいと望んでいた訳なのです。
 小生は江戸時代の仕掛けなど、建物の構造に興味津々、サイトに説明があるので、都度、引用したい。備忘録です。→ https://www.konpirakabuki.jp/gakuya/guide.html

 

仮花道 幅約0.8メートル、長さ約14メートル 舞台上手より後方に客席を貫く、江戸時代の芝居小屋において客席への通路として使用、演出から生まれたという。

顔見世提灯 天井にある提灯、役者の家紋が入り興行の際の役者番付となる。高さ約1.2メートル、幅約45センチ。 
二階西桟敷(九間) 後方に明かり窓

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花道(本花道)  幅約1.3メートル、長さ約14メートル

廻り舞台セリ(切り穴 0.9 × 1.9メートル)は人力可動、木製コロは2010年機械遺産認定。
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11:02 さあ、『伊賀越道中双六 沼津』の上演、まずは「沼津棒鼻の場」。演目の内容は→ https://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/1233/ に詳しい。

 初心者としては、仮花道から平場に入る歩みの使い方に演出の工夫を感じた。視線がコミカルな動きにつられる間に「舞台背景」を変えるのは良いですな。足元がおぼつかない雲助平作老人と、バランスを崩しかける呉服屋十兵衛の掛け合い、前者は四代目中村雁治郎、後者は十代目松本幸四郎高麗屋成駒屋。子の世代から孫の世代に様変わりと奥様、ため息をついています。それにしても、娘お米の艶っぽさにはしびれます、吉原の遊女瀬川でしたら、こうですよね(しらんけど) 中村壱太郎は34歳、舞台で着替えなんて、日本の女のエロテックさ、ギャラリースコープで見とれてしまいました。
 前述の演目内容にある「主な登場人物」から第三幕・千本松原の場で最後に登場するやっこさんが和田家の家来、池添孫八と知って謎が解けました。お米のご亭主では、無理ありますからね。
 演者の発声と秘めた感情を語る浄瑠璃義太夫の回しぶりに三味線。長い年月をかけて無駄がなく、心にしみります。親子、兄妹、人情噺の涙ポロリについては、書くと長くなるので別の機会といたします。

金毘羅大歌舞伎 -1


淀川 07:12
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 奥様に牽かれ讃岐のこんぴらさんまで観劇に行ってきました。拙宅5時10分出発、帰宅22時の強行軍。午前中は雨降りでしたが午後はなんとか傘なしで、演目は『沼津』と『羽衣』、笑いあり涙ありの物語と華やかな舞、日本人ですな、楽しゅうございました。

明石海峡大橋 08:11

こんぴらさん 表参道 10:35

旧金毘羅大芝居(金丸座)

嵐電踏切遮断機 at 四条通交差部

4月2日 14:44

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 嵐電西院駅隣接の踏切遮断器、順調に運用開始。心配されていた(?)鉄道遺産の電鐘式踏切も存続し「カン、カン、カン」と刻んでおります。地元民として安堵しました。→  https://manrayist.hateblo.jp/entry/2024/03/27/060000

 

4月11日 13:25

いろはもみじ by 藤い屋

先日、若い友人の広島土産に藤い屋の「いろはもみじ」を頂戴した。「炊き上った豆を寒天と砂糖で煮詰めたものが包んでいます。外はしゃりっと、中はふっくら」愛らしく、甘~い。お味は小豆とえんどう豆の二種、わては小豆が好きですな。

美術古書・山崎書店 

美術書のラインナップで知られる山崎書店が岡崎神宮道から丸太町通寺町角に移転され、先月開業された。抜群の立地に浮世絵多数、海外顧客が喜ぶ商品構成。もちろん、アヴンギャルド資料が見つかるかもしれません、嬉しいですね。

ニデック京都タワー

開館して60年を迎える「京都タワー」が名前を「ニデック京都タワー」に変更した。4月1日からだそうで、京阪ホールディングが所有する同ビルの命名権をニデッが取得した。ニデックというのは元の日本電産で、こちらは2023年4月から社名を変更している。京都新聞によると2023年3月期の連結売上高は地元トップの2兆2428億円。

池田康著『ひかりの天幕』(洪水企画 2024年)


19.8 × 12.8 cm 120pp 定価: 税込1870円

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 池田康さんが詩集『ひかりの天幕』(4月20日発行)を上梓された。「近年書いている比較的長めの詩を中心」に纏められたそうだが、彼の詩には社会へのアンチテーゼが含まれ潔く、阿ることなくわが道を行く姿勢が小生にも伝わって「プロテストの写真」と同じ立ち位置を味あわせてもらった。例えば『左目の王』の一連 「左目の王が逝く/ もうとうに異界に入っていた右目を追って / 今朝 川を渡り」。あるいは、小気味良い謎解きの『地図』など「赤いバッテンはなんなのだ」楽しめますね、ありがとう。

洪水企画→ http://www.kozui.net/frame-top.htm

『アンドレ・ブルトンとピエール・モリニエ  ★もうひとつのシュルレアリスム史』展 at 羊歯齋文庫特設会場

 2月に報告した羊歯齋文庫が、サドに続きモリニエの展覧会を開いている(5月8日(水)迄)。ときの忘れもののブログに「嵐電北野線に『桜のトンネル』と呼ばれる区間がある」と書いたけど、夢さそう季節に、スキャンダルな人格、ピエール・モリニエを持ってきた、恐ろしく刺激するラインナップでの展覧会である。モリニエ人気は日本でも高く、生田耕作澁澤龍彦巖谷國士らが紹介しているのは周知。小生もいくつかの資料を手元に置いていた時期があったが、卒業した昨今は記憶をたどるばかり。そのモリニエに光を当て、ブルトンとのつながりから戦後シュルレアリスムの重要な作家として評価する今回の展示は、以下の文書のもと、届けられた。

『BRETON et MOLINIER~アンドレ・ブルトンとピエール・モリニエ ★もうひとつのシュルレアリスム史』を開催しています。第二次世界大戦後、シュルレアリスムは嘗ての栄光の時代に終わりを告げ、新たな展開期を迎えようとしていました。まさにその時期にブルトンモリニエを発見して大きな衝撃を受けます。フランス南西部のボルドーで官能的な作品を描いていた無名の画家にしかすぎなかったモリニエブルトンの企画により1956年にパリで油彩画を中心とした個展を開催することができました。シュルレアリスム宣言から100周年の2024年、本展では羊歯齋文庫所蔵のモリニエの油彩画や写真作品の他、ブルトンモリニエとの交流に関する貴重な肉筆原稿や書簡の展示を通して第二次世界大戦後の知られざるシュルレアリスムの動向も併せて紹介します。

 

 先日、拝見したが油彩画の孤高、かぎりある性。ブルトン旧蔵写真の艶めかしさ、几帳面な筆跡から伝わる「ブルトン節」への展開。小生は『封印された星』画廊での個展カタログや1959年の『エロス』展案内状などのエフェメラ類を涎状態で拝見しておりました。どうして、こうした印刷物が好きなんだろうと── 思うのです。

荷札酒 槽場汲み 純米大吟醸

2024.4.11 荷札酒 槽場汲み 純米大吟醸 原材料名: 米(国産)、米麹(国産米)  国産米100% 精米歩合50%  アルコール分14度 タンクNo.164 加茂錦酒造 +NK 新潟県加茂市

総額7億8,800万円 at クリスティーズ・パリ

クリスティーズ・パリで4月11日に催されたマリオン・メイエ旧蔵品売り立て180点の総額(手数料込)は4,749,129ユーロ(邦貨換算約7億8,800万円)だった。小生が検討したデッサンは予想上限の1.63倍、手紙は8.1倍だった。── 入札はしておりません(涙)

 パリで彼女の画廊を訪ねたのは1982年6月、小さな写真『フリアポスの文鎮』を新婚旅行の記念に求めた。ご主人のマルセル・ゼルビブが亡くなられた3年後だったと記憶する。彼女の取り計らいでマン・レイの未亡人に紹介され、フェルー街のアトリエに招かれたのは、幸せなことだった。

プリアポスの文鎮→  http://blog.livedoor.jp/tokinowasuremono/archives/53132775.html

終わりなきパリ→ https://manrayist.hateblo.jp/entry/2021/10/23/060000

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 オークションが終わり、「5時間半以上続いた」セールについて『ガーディアン紙』のキム・ウイルシャーが「写真プリントの多くは競売人の最低価格に届きませんでした」と報告。そして、マン・レイの仕事を世に知らしめた国際マン・レイ協会の使命を「これは巨大なプロジェクトでしたが、すでに完了しました……世の中には私達が知らないことはほとんどありません……」と彼女の言葉を引用、さらに「私は60年間、マン・レイに人生を捧げてきましたが、彼はもう私を必要にしていないように感じています。終わったのです、目的は達成しました」と結んでいる。


優しいジュリエット→ http://blog.livedoor.jp/tokinowasuremono/archives/53477878.html


 マリオン・メイエは多くの展覧会を組織し、世界中の人々にマン・レイの作品、思想、人生を紹介した。「マン・レイ的な生き方」に共鳴した人も多いと思う。マン・レイの人生を我が身に置き換え生きている身としては、まだ、1960年代の彼に伴走しているにすぎない「これから忙しくなるぞ」と身震いしているのですよ(ハハ)

ロット番号415『求積法』at クリスティーズ・パリ

日本時間の21時から始まったオークションは、写真のロットで盛り下がりテンポが悪い。マルチプルであってもオブジエは値を刻むが、油彩は相変わらず伸びません。小生が上掲の『求積法』を好むと既に書いたけど、人気の度合いはいかほどかとライヴ観戦しておりました。クリスティーズが付けた予想価格は15万〜25万ユーロ、マン・レイが最後まで手元に置いた重要作なのに注目はされていない様子、オークショナーも気落ちしているのでしょうね、結局19万ユーロでのハンマーとなりました。彼女のコケテッシュな叩き方には愛嬌あるんだけど…… 時刻は日付が変わって0時13分、セールはまだまだ続きました。

 わたしは、2018年にウィーンで本作を拝見した後、体験を拙著『マン・レイの油彩が巡る旅』(銀紙書房、2018年)に書いた。機械製図を彷彿させる「男の子の絵」で「画家の孤独」に繋がるところが小生の琴線に触れるのです。美術館の観客には額の裏面を知る機会はあたえられないが、オークションでは詳細な画像が提供される。「油彩が巡る旅」のチケットが幾枚も貼られているようで興奮した。

オークション出品作展示 at クリスティーズ・パリ

国際マン・レイ協会のインスタグラムにオークション出品作の展示風景が8点アップされていた。開催に先立ち4月3日〜11日(10時〜18時)の9日間、シャンゼリゼ通り近くのマティニヨン通り9番地にあるクリスティーズ・パリで凡そ200点が展示されたようである。日本国内でこれらを観ていた時とは、まったくちがう気持ちで訪ねるでしょうね(行ってみたい)。オークションが終わったので別の気持ちで画像を観ております(複雑)。上掲14点の成立価格(手数料込邦貨換算)は凡そ1億3,600万円、悶たところで意味なかった、ホント。


 もしも、可能であるならば上掲左端の油彩『求積法』(1938年)が欲しい。4,000万円なら廉価、バカですね。渋谷のBunkamuraで拝見したのは33年前でした。


 ある専門家がお薦めと言っていた上掲左から2点目のレイヨグラフも、諸般の事情から予想最低価格止まり ── それでも1,670万円。「観るだけでも楽しすぎる」というのが本心なのであります。

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 会場風景は国際マン・レイ協会のインスタグラムから引用させていただいた。記して感謝申し上げる。(尚、画像を一部訂正をしております)