「あしたのジョー」はヤバイ2−「必殺技」とはなにか−

どなたさんか、いま、魔術というたな。
そうよ。その魔術にちかい拳闘最高技術によるパンチをジョーは、
力石にくらわせたんじゃ。

名づけてクロス・カウンター!
                                   丹下段平

あしたのジョー(2) (講談社漫画文庫)

あしたのジョー(2) (講談社漫画文庫)

必殺技。私の大好きな言葉です。そしてジョーの最初にして最後の必殺技「クロス・カウンター」が炸裂するのがこの巻なのです。
必殺技。私の大好きな言葉です。そして現在でもジャンプをはじめ多くの少年漫画はこの「詞」を愛し、この「詞」にキメゴマを割きます。「必殺技」の魔力は男にとって永遠のものなのかもしれません。
必殺技。これの発生とマンガへの流入には代表的な二つの系統があります。
1.時代劇系統
2.スポーツ系統

です。1は白土三平横山光輝に見られる「忍術」や「剣術」を代表的なものとします。そして2は今回取り上げた「クロス・カウンター」をはじめ、梶原一騎マンガに多用されるスポーツの「技名」「技術名」となります。
これら二系統を端緒として日本の「必殺技文化」は花開いていったわけです。
これら物理攻撃の必殺技に対して、エネルギー系統の必殺技路線も存在します。その嚆矢としてゴジラの熱線放射、ウルトラマンスペシウム光線などが挙げられます。これらは戦争モノの映画で見られる空軍のロケットに対抗する高射兵器に発想の淵源があるような気がしますが、詳しくは調べていないのでこの程度にします。SFの普及とともにこれらの技はロボットものの代表的な方法となっていきます。
これら三系統が主な必殺技ですが、必殺技を真に必殺技たらしめている要素はなんでしょう。私はこれを三つに分類しました。
1名称
2効果
3原理

です。ジョーのクロス・カウンターを参考にこれら三つについて考えてみます。
1は「クロス・カウンター」という技名のことです。ウルトラマンゴジラのような無口なヒーローは技名を名乗りません。後発の仮面ライダーがそれ以前の特撮より優れていた点は技名を叫びながら敵を倒したことにあります。こうすることによって視聴者は技を「個別把握」することができ、「コレクション」的に分類することができます。ジョーにおいてもセコンド兼解説の丹下段平が技に名称を与えることによって、「コレクション性」を生み出すことに成功しました。梶原一騎巨人の星の「大リーグボール」に見られるように、技に名称を与え「コレクション」化することを意識的に行っていたように思われます。これが後の仮面ライダーなど多くの格闘ヒーロー物が「技名」を唱える布石となったと考えています。
2は技の威力を指します。「必殺技」と言うからには従来の「技」と違う効果を描写する必要があります。今でしたら「ブチヌキ」の「キメゴマ」を使って表現しますが、「あしたのジョー」において、それは延々と7ページにおよぶ描写によって表されます。クロス・カウンター炸裂後のひたすらの無音。静寂。蝉の音のみ響く中、太陽が揺らめく中。7ページ中のセリフは丹下段平「で、出たぁ」の一言のみ。後は沈黙のみが支配する世界。技そのものより、それがもたらした衝撃、威力を沈黙の続くページによって表現する「沈黙型」とでもいうべき手法が使われます。
3は見落とされがちですが、1と密接な関係を持つ要素として重要です。その技はどのような物理的法則によって繰り出されるか。要するに「技のしくみ」です。男の子が怪獣の図解を好むように、技の中身を知りたがるのです。この点、実在する技である「クロス・カウンター」について丹下段平は事細かに解説してくれます。

相手が全力で打ちこんでくる。その腕に十字型にクロス・・・・交差させてまったく同時に自分も打ちかえす。
(中略)
相手の腕の上を、交差した自分の腕がすべり。必然的にテコの作用をはたして、
三倍・・・いやさ四倍!思うだに身の毛のよだつ、
威力を生み出す!
                                     丹下段平

図解も含めた「解説」は読者に博物学的な好奇心を与えるとともに、自分でも実現可能という「親近感」を抱かせます。
第一次特撮ブーム(ウルトラマンジャイアントロボ)→スポ魂ブーム(あしたのジョー柔道一直線)→第二次特撮ブーム(仮面ライダー)
と変遷する60年代中盤から70年代初頭にかけての児童番組のブームは「自分でもできる」というリアリティの獲得にあったといえるでしょう。その点で3の「原理」は大きな役割を果たしたのです。まあゆでたまご原哲夫車田正美らによって再び「アチラ」の世界に行くわけですが、それはまた後の話としましょう。
つづく