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2009-11-16 過去の亡霊 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

私は、自分の意思の及ばぬところで、

被害に遭ったということが知れ渡ってしまったせいか、

二次加害者というか三次加害者が多い。


知らない人が見に来たり。

知っている人からあれこれ探られたり。

はては脅されたり。


ほんとうにほんとうに、嫌な思いをした。

被害そのものよりも、

普通に暮らしたいのに、普通に暮らせないということの方が、きつかった。


もちろん、何も変わらずそっと見守ってくれる存在もあったのだけれど。

それも吹き飛んでしまうくらい、受けるダメージが大きくて。

世界中が敵になってしまったような感覚だった。


あまりにおかしな現実に。

加害者が守られ被害者がおとしめられる現実に。

そして、警察も検察も、法律裁判官も、何もかも。

おかしいと知り。


社会不信、人間不信に陥った。



今はなんとか普通に暮らしているけれど。

それは、私がついにダウンして、姿を消したから。

そしてなんとか平穏な生活を手に入れた。


とはいえ、狭い日本なので、何らかのつながりはどうしても切れないのである。

最低限、ひどいことをしてきた二次加害者や三次加害者(もはや区別が曖昧)とは

縁を切るよう、身の安全を確保できるようにした。

いや、身の安全というより、心の安全かもしれない。

あまりにひどいことをされると、警戒心がおそろしく強くなるものだ。



なんでこんなに、私が犯罪者のように、隠れないといけないのだろう。

つくづくおかしいと思った。

でも、それが現実であり、自分が迫害のような差別の対象となってしまったのも現実だった。

それに甘んじるしかできず、あまりの無力感に打ちひしがれた。


私と同じような生活を強いられた人が、この世の中に、日本にどれだけいるのだろう。

そう考えて、私しかいないのではないかとも思った。


台風の目とでも言うべきか、

普通に暮らすのが望みで普通に暮らしたい限り、

たぶん興味本位で見に来た人には奇異に映ったであろうくらい、

私はふつうに過ごそうとしていた。

いや、ふつうに過ごすことで、事実を知った人に、この人ではないのだな、と

思ってほしかった、ということかもしれなかった。


とはいえ、引っ越したり具合が悪くなったり、原家族に絶縁されたり、

生活の変化はあったわけで。

そういうことを隠したり取り繕ったりするのに大変だった。


よく生きてきたなあというのが正直な感想だ。




とはいえ、あまり衝撃を与えたくはないのだけれど、

実は、被害が公になった決定的な出来事があったとき、

私は本気で死のうとしたのだった。

被害に遭ってから、ずっと苦しくて苦しくて、気が狂いそうだった。

自分がゾンビのように、自分だけ白黒で、カラーの世界に紛れ込んでしまったように感じた。

異物だと思った。


いてはいけない存在。ドロドロに汚く汚れたような存在。

結婚するまでは、という純潔主義でも当然なければ、

彼氏とそういうことをするのはたぶん普通だと思ったし、

性経験がないというわけでもないのに、

ふしぎと、汚く汚れたという感覚はあった。


(たちが悪いのは、これが被害後すぐ、というわけではなくて、

 じわじわ、という感じだったので、

 よけいに自分でも混乱したし、 周囲も戸惑ったと思う。)



なぜかはわからない。

でも、とにかく、「生きる屍」、という言葉がぴったりだった。

「屍」という漢字が表現するものを妙に納得したりした。


その「生きる屍」が、なんとか必死で生きようとしていたとき。

どん底に突き落とされた。


もう、ダメだ、と静かに思った。

知ったときには、体ががくがく震えたけれど、ふしぎと、その後は、冷静だった。

もう明日は、この世界でこの空気を吸っていない。

こうして歩いているけれど、それも最後だ。


とても、不思議な気がした。


死ぬと決めてからは、なんだかとても楽になった。

どうしてもっと早くこうしなかったのだろうとさえ思った。

まだ家族にも話せなかったときだった。

実家にいたときだったので、とにかく迷惑をかけないようにしようと思った。


遺書は外で書いた。

人がたくさん行きかう雑踏の中で、空いていたファーストフード店で。

この世界と訣別しようとしている私が、

まるで何事もないような顔をしてその中にいるのが、なんだかとても不思議だった。

違和感を感じながらも、こういうものかもしれないとも思った。


そして、その準備をしていたとき。

そのときも、とても不思議だった。

必要なものを買うときも。

静かにタイミングを見計らっているときも。



外出に誘う家族を適当な口実で断り、

もう会えないんだなと思いながらも、

ふしぎと笑顔で見送る私がいた。

帰ってきたときの騒ぎを思うと申し訳なかった。

ただ、それでも、もう仕方がないと思った。

これしか方法はないのだからと。








なんだか文脈がおかしいですね・・・。

自分のことを書こうとすると、話がそれまくるのを感じます。

この記事、アップするかどうか迷いました。

どの程度詳しく書くかも。

途中で切ろうかとも思いました。



ただ、

死にたいほど苦しいという思いを何度も何度もしながらも、

なんとか不思議と生きているわたしが、ここにいる、という事実を

知ってほしいとも思いました。



どうか生きてください。


被害にあった経緯は、落ち度、とされることだらけで、

それをわかってもらうにはいくつものハードルがある私です。


今ごろになってまた現れた、過去の亡霊に悩まされながらも、

それでも、わかってくれる人はわかってくれる、というのを実感しています。

わからない人とは、いつの日か、それほどはっきりした形でなくても、

道がわかれていったと、今は思うのです。



びくびくせずに、でも、自分の身を守りながら、

誹謗中傷には立ち向かっていきたいと思います。




なにも悪くない人を責める社会、

被害者が生きづらい社会を、なんとかしていきたいです。






  神よ、変えることのできないものを受け入れる平静さを、

  変えるべきものを変える勇気を、

  そしてそれらを識別する知恵を与えたまえ


                         ラインホルト・ニーバーの祈り

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