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高円寺へにょぽにょ日記。

2015-05-20

みぞれ


「息をするようにお話を書きたい」

重松清/みぞれ あとがきより


わくわくして

どきどきして

謎を解いたり

奇跡が起こったり

大号泣で感動したり



、しなくていい。

世間の中から生み出される、暮らしと地続きのお話だって捨てたものではない」

まさに、そういうお話がすき。

どこかにいる誰か。

その会うことのない人の、日常のひとこま。

そのなかに、ちょっとだけ、ジンとくる言葉や、へぇと思う知識や、なるほどなと思う価値観を見つけられたら、それだけで十分。

文学(なんて高尚な捉え方はできてないけども)の楽しみ方はひとそれぞれで、好きな本なんてそれこそものすごく好みが出る。すきな本が似ているとそれだけで嬉しい。好きな本が全く違うとそれはそれで面白い。本は読まないっていう人はもったいないなと思うけれど、私がゲームをしたことがないと言うのと似たようなものかもしれない。

息をするようなお話。

みんな息をしている。どんな人も、世界共通。

わたしは今日も、息をしながら、息をするような本を 読んでいる。

2015-05-19

カメ子。

去年の7月に、10年付き合ってきたカメラが壊れてしまった。

考えてみればろくに手入れもしないで、よくぞ私に付き合ってくれていたもんだ。

ここ最近ではAFがうまく作動しなくて、視力の落ちたわたしを困らせた。

ただ、蓋が閉まらなくなっただけだけれども、

ちょっと、かまって なのか、

ちょっと、休ませて なのか、


とんと写真を撮らなくなってはいたものの、

撮れないとなると、なんだかむずがゆい。


「しない」とか「会わない」とか「言わない」とかはいつも

選び取れる中で、魅力を発揮する。

撮れないから、撮らない のと

撮れるけど、撮らない のでは

こころもちが全然ちがうのよね。


初めてとった写真を思い出してみた。

多分、室内で、パソコンのキーボードを撮ったのだ。

まだなんの知識も持たずして、ボケ感を試してみたかったのだ。

そして、壊れる前の最後の写真を現像してみた。

息子の写真だった。

住んでいる場所も、置かれている状況も、名前だって。違うね。


散々まよったあげく、結局修理に出した。

1社目は「部品欠品につき、修理不可能」と、返信がきた。

そりゃそうよね。10年以上前のものだもんね。

2社目は「多分大丈夫だからとりあえず送って」のスタンス。

そして、無事、50ミリレンズの修理も(AFじゃなくて、レンズの不具合だったみたい)済んだ状態で帰ってきた。

おかえり。

散々まよったのは、今更10年以上も前の中途半端なフィルムカメラ使ってるんなら、いっそのこともっとマニュアルな手巻きのフィルムカメラに買い換えちゃえば良いんじゃないか。どうせあまり撮れてないし。と思ったから。

そして迷った結果修理したのは、10年以上も使って、今更新しいカメラに買い替えなんてしたってもっと撮らなくなるだけなんじゃないか。次に壊れたら、次こそは買い換えよう。

そんな気分で。

次壊れたら、また結局もう一度悩みそうだけども。

"物を大切に"とはまた違う気がする(わたしカメ子を大切に扱ってあげたことなんてほぼ無いに等しい)。どちらかというと、"共に"みたいな。

帰ってきたら、無駄に撮ろう。っておもって、1本は本当無駄に撮りきった。

はやく現像したい。

2015-03-27

刻む


ぼくはウォッチ

ぼくはクロック

時を刻む、時計の兄弟

でもなんだかさいきん

不眠症なんだよ

時を早めて、朝にしちゃおう


ぐうぜん見た、コジコジで、キャラクターが歌っていた、うた。

ずいぶん昔の話で、コジコジ自体全く見たことないくせに、この歌だけはどうしてか頭にずっと残っていて。

なんだってんだ、一体。

2015-03-15

常備菜について


にわかにあちらこちらで見聞きする、「常備菜

本の表紙を見るたび、

掲載された写真を見るたび、

あーすてき。

おいしそう。

と思いはするも、なかなか「じゃぁこれを作ろう」とか

むしろ「やってみよう」とすらも、思えない。なぜ。

これぞ丁寧なくらしを表現するにふさわしいのに。

(と思っているからかもしれない。)


できないから、理由をならべて回避しているのか

単に興味や思考が向かないからなのか

よくわからんちん

2015-03-06

いつだって


簡単に思い出せてしまう。

2007年の日々を。

空気を、天気を、言葉を、温度を。

深く息をすって、

短く吐いた。