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北烏山だより このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-07-17 書き方も忘れてしまった

書き方も忘れてしまった

もう長いことブログを書いていないので、書き方を忘れてしまった。新規書き込みはどこを押すんだっけ?

改行の仕方も文体も思い出せないけど、とにかく何か書いてみようと思う。というか、このままだとほんとうに長めの文章が書けなくなってしまう気がしてきたので、無理やりでも書き出してみることにする。


この連休はのんびり過ごした。4月に1冊、6月に1冊、7月に1冊、単行本を出して、ここのところ仕事は少し落ち着いている。大型本の新企画が3本通ったので、2年後くらいまで仕事が途切れることはなさそうだし、進行中の企画が4、5冊あるので、まあ、ぼんやり過ごす、というわけにはいかないけれど。


単行本の仕事をするようになって3年半ほど経ち、なんとなくサイクルというか、流れみたいなのがわかってきた。年間何冊くらいのペースが普通なのかはわからないけど、以前のように身も心もぼろぼろ、というところまで追い込まれることはなく、コンスタントに忙しく過ごしている。仕事の大半は編集の実作業だけれど、校了の間隙を縫って新企画を考えたり、販売部と協力して新刊の宣伝・営業を考えたりするのも、大変だけどとても楽しい。


そんなわけで、ちょっとひと段落の7月は、既刊本の宣伝や新企画の構想、それに個人的な趣味の会も含め、あちこちのイベントに顔を出している。土曜日は「はじめての海外文学」という書店のフェアイベントの関連企画「はじめての読書会」というのに行ってみた。課題図書は短編の名手O・ヘンリーの『賢者の贈り物」。「読書会」ではあるけれど、「発言はしなくてもいい」というのがありがたく、堂々と「聞くだけ参加」とあいなった。


全員が「聞くだけ」だったらもちろん読書会にならないので、会の前半は翻訳家書店員、編集者などによる「モデル読書会」。「賢者の贈り物」と言えば貧しく若い夫婦の美しい愛の物語、と当然のように思っていた私には、到底信じられないような深読みが次々に披露され、えええええー?となったところへ、翻訳家の相良さんが、私の思いを代弁するような意見をゆったりと柔らかにお話しされ、心の中でそうそうそう!とさけぶ私。その心の声が聞こえたのか、司会の倉本さんが、「相良さんのように甘い愛の物語として読んだ方、会場にいらっしゃいます?」と絶妙の質問をされたので、はいはいはいっと思い切り手をあげた。幸い、フロアからは3分の1くらいの方が手をあげていて、よかった、私(と相良さん)が変わってるわけじゃないのね〜と安心した次第。


会場のGlocal Cafe というのがとても素敵なお店で、コーヒーも美味しくて、そんな中での「読書会」は、だれの読みが優れてるとか、だれの読みが正しいとか、そんな雰囲気はまったくなかった。ただ本の好きな人たちが集まってそれぞれの読み方を話していると、自然にその人の人となりとか、それまでの人生とかが、なんとなくぽろっと出ちゃうみたいなところがあって、なんかそういうのがとてもいいなあ、と思ったのだった。司会の倉本さんは書評家なので、読み手としては「プロ」ではあるけれど、そのほかの登壇者はいわゆる文学研究者ではなく、さまざまな形で本にかかわる「プロ」ではあるけれど、読み手としてはあくまで、フロアの我々と同じ素人。そのスタンスも、「はじめての海外文学」「はじめての読書会」「賢者の贈り物」というイベントの趣旨と合致して、納得、満足の内容だった。


そして今日は一転、プロの「文学研究者」と「職業作家」によるシンポジウム、「吉田健一文学の未来」を聴講。このメンバーで、このテーマで、しかも会場は駒場(家から近い)、行くしかないでしょーと同居人を誘って二人で出かけた。難しすぎて眠くなっちゃうかも、と思っていたけど、全然そんなことはなくて、3人のシンポジストの役割分担みたいなのがとてもうまくいっていて、だれの話が面白かった、というんじゃなくて、3人のお話全体で、吉田健一のことがだんだんわかってくる、という感じのシンポジウムだった。吉田健一の大ファン研究者にとってはどうだったかわからないけれど、私にとってはとても刺激的で、少なくとも帰宅してから「美しき積読本」の山から池澤文学全集の「吉田健一」の巻を抜き出して、このブログを書き終えたら読もう、と決心させるくらいには、ぐっと心をひきつけられるイベントだった(…ああ、でももう眠いから今日はこのまま寝ちゃうかも…)

2017-03-11 ロンドン2017初日

ロンドン2017初日

今年もブックフェアの時期にあわせて、休暇をとってロンドンに来ています。特典航空券で行きは直行便がとれ、帰りはブリュッセル経由。宿はこれまででいちばん安い宿にしました。それでもバスタブがついてそこそこ広くて、わたしにはこれで十分。今回はじめてノッティングヒルに宿をとったのだけれど、ここのすばらしいのは、宿から2分くらいのところに、本屋が2件もある、ということ!! さっき最寄りの本屋をのぞいてきたけど、いかにも町の本屋さん、って感じで、こじんまりとしていてよかった。明日以降、観光に疲れたらこの2件の本屋をぶらつくだけでもいいかも。


明日はコッツウォルズのバスツアー(今回は日本語ツアーがあったのでそちらを申し込みました)、朝早いのでもう寝たほうがいいかな。飛行機の中ではほとんど寝ずにすごしたので、いま猛烈に眠い。飛行機の中では、「ドクター・ストレンジ」「ラ・ラ・ランド」を観た。さらに、「シャーロック」「科捜研の女」「ダウントン・アビー」などを部分的に観た。

2017-02-19 世界文学のことなど

世界文学のことなど

この数年すっかりブログがおろそかになっている、その一番の原因がツイッター。自分の個人アカウントのほか、会社の部署単位のアカウント中の人もひとりで担当しているため、どちらもそんなに頻繁につぶやいているわけでもないんだけど、リツイートやらいいねやらといろいろあるのでそれなりに時間をとられている。


それで、その会社のほうのアカウントで、4月に出る予定の世界文学関連の本の表紙と帯の画像を載せてつぶやいたところ、これが今までにない、びっくりするような大反響。現時点でリツイートが200件近く、いいねが450件を超えている、という。いや、ほかの会社だったらそんな驚く数字じゃないかもしれないんだけど、わたしが細々と続けていたこのアカウントとしては、前代未聞のすごい数字だったわけで。


なんかね、商売関係なく(いや、全く関係なくというわけでもないか)、ただもう、嬉しくて。世界文学の図鑑が出る、この人の翻訳で、この人が監修で、この人とこの人がこんな帯の推薦文書いてます、ってだけの情報を見て、文字通り、お、いいね、って思ってくれた人が、500人近くもいる、ってことだから。それと、この本はとても幸福な本だなあ、と思うのは、同業他社と喧嘩しない企画だ、ってこと。つまり、新潮とか早川とか河出とか光文社とか、わたしが出版社に就職する前からずっと、仕事とは関係なく愛読してきた出版社の本がたくさん紹介されていて、そのことはその出版社にとって、絶対にマイナスにはならないと思うから。子供の頃から大好きだった、『ロビンソン・クルーソー』とか『三銃士』とかも紹介されていて、なんていうか、うまく言えないんだけど、子供の頃からのそういうすばらしい体験に対して、少しだけ恩返しができてるような気がする。


ま、感傷的といえばそうなんだけど。でも、シェイクスピアシャーロック・ホームズ、そしてこの世界文学と、立て続けに出すことになるこの3冊は、個人的にはほんとうに思い入れが深くて、この3冊の編集が終わったら、燃え尽きてしまって何もやる気がなくなるんじゃないか、と心配していたくらい(それはまったく杞憂だということがわかったけど)。


燃え尽きてる暇などなく、この週末は今月末に校了予定の本の索引をつくったり、来年秋に刊行予定の本の準備のために図書館へ行ったりと、相変わらず慌ただしく過ごしている。唯一休日らしい行動は、同居人といっしょに吉祥寺ロフトに行って、お茶碗とお椀とスープ皿を買ったこと。ふつうの白いご飯と豆腐とわかめの味噌汁なんだけど、新しいお茶碗とお椀によそってみたら、なんだかとっても美味しそう。ささやかな幸福を味わった。


あとはもちろんいつものようにジュンク堂にも行って、仕事がらみの本も含めて3冊購入。そのうちの1冊が、『地球の歩きかた2017ロンドン』。そう、今年も自腹でロンドンのブックフェアに参加することにしてしまったのだ。ちょうどロンドン往復分くらいのマイルがたまったので。。。3月11日〜3月17日の5泊7日、ブックフェアは1日だけ参加して、あと1日ロンドンの出版社を訪問する予定が入っているけれど、あとはずっとフリータイム。今回は、コッツウォルズをめぐる日本語のバスツアーと、お芝居をふたつ(「夜中に犬に起きた奇妙な事件」「夜の訪問者」)予約してる。あと、できればオースティンゆかりの地、ウィンチェスターとチョウトンに行ってみたい。それから、2度も店の前まで行ったにもかかわらず、勇気がなくて入れなかった「シャーロック・ホームズパブ」。いい年して情けないのだけれど、居酒屋などお酒を出す店は日本国内でも一人では入りづらいのだ。まして海外で、となるとハードルはあがり、さらにロンドンの「シャーロック・ホームズパブ」は、アジア人の女性が一人でずんずん入っていける雰囲気ではない(とわたしは思う)。


今回は初めて、ノッティングヒルにホテルをとってみた。歩いて数分の距離に本屋さんが2件(新刊書店と中古書店)あるというのが魅力。これまで、ロンドンのいろいろなホテルに泊まってきたけど、まだ「常宿にしよう」と思えるホテルと出会ってない。どのホテルもとても気に入って、大満足で、星で評価するならどれも満点、なんだけど、どこも値段が高いんだよね。ただでさえロンドンのホテルは高いのに、一人だからかなり割高。でも若いときと違ってとりあえず寝られれば安宿でOK、っていう気にもならず、結果的にそこそこいいお値段の部屋に泊まってた、ということがある。でも今回は、そんなに高くないので、ここが気に入ったら、常宿にしようって思えるかも。


と、どうでもいいようなことをぐだぐだ書いているうちに、気づいたら12時過ぎてた。『バッド・フェミニスト』を読みながら、眠りにつくことにしよう。

2017-01-31 重版とかブックフェアとか

重版とかブックフェアとか

今日で1月も終わり。仕事が始まったらなんだかんだ忙しくて、また更新が滞っていた。

でも、ブログ再開したおかげで、久しぶりにブログ仲間と連絡をとりあい、いっしょに「文芸漫談」行って、どっかんどっかん笑って過ごすことができた。まあこんな感じで気が向いたらちょこっと書く、というようなことを続けられればいいかな、と思う。


今日は朝から嬉しいニュース。編集を担当した本が、昨年12月に出たばかりなのに、重版が決まったのだ。翻訳ものだったので、エージェントさんや翻訳者に連絡をし、てんやわんやだった。訳者さんたちが喜んでくれているのが単純に嬉しい。わたしは翻訳の仕事をしていた頃、自慢じゃないが一度も重版がかかったことがない。かかわった作品はどれもいい作品ばかりだったと思うし、編集さんも力を入れてくださっていたと思うし、わたしだってもちろんがんばったのだよ。でも、売れ行きはさっぱり。初版部数は近年よりは強気だったのはまちがいないけれど、それにしても、ね。でもでも、編集者になってからはわりと好調で、担当した書名はそこそこ重版がかかっている。ドラマの「重版出来」みたいに、皆でダンスを踊る、というわけにはいかないけれど、心の中でダンス、ダンス、ダンス。


それから、マイルがたまったのであきらめていたロンドンのブックフェアに、今年も参加することにした。もちろん自費。なので、ブックフェアは1日か2日の参加で、ほかの日はひとりで観光を楽しむつもり。去年はシェイクスピア詣(4月)とホームズ詣(10月)だったので、今年はオースティン詣にして、ウィンチェスターとチョウトン村に行ってみようかと思っている。もう少し時間があればヘイ・オン・ワイに行ってみたいのだけれど、ロンドンからの日帰りは無理なようなので、今回はあきらめた。まあ、ロンドンの町は、ただ散歩しているだけで楽しいから、とくに計画をたてる必要もないような気もする。


実は、ロンドンのブックフェアに2回、フランクフルトのブックフェアに2回参加してみて、次はもういいかな、と思っていた。エージェントさんがミーティングを組んでくださり、いろいろな版元さんに新作を紹介していただくのだけれど、実際に企画として成立させるのはめちゃくちゃ大変だからだ。自分はおもしろそうな本をたくさん紹介してもらって、その間はほんとうに楽しくて、Happyなんだけど、結果的に企画にならないと、相手方に申し訳ないなーと思う。大事な時間をわたしとのミーティングのために使ってもらったのに、ううう、となる。


でも、今年はお正月に、某社の翻訳企画がベストセラーになって、それが会社の上司の耳にも入り、なんとなく翻訳書に期待してるよ、的な空気になってきた。もちろん、ベストセラーになる本は版権料も高い場合が多いし、それなりにがっつり仕込みをしてる場合がほとんどなのだろうけれど、それでも、チャンスがないわけじゃない。他社の翻訳書の編集者に話を聞くと、みんな当たったり外れたりしながら、なんとか当たる確率をあげるべく奮闘しているといったところのようなので、よおし、それならやっぱり、マイルもたまったことだし、今年もブックフェア行ってみよう、となったわけだ。


ただ、せっかくロンドンまで行くのに、一人旅っていうのが味気ない。ひとり旅のほうが気楽でいい、という人もいるけど、わたしは「これおいしいね」とか「きれいな景色」とか言い合う相手がいない旅というのはやっぱりちょっとつまらないな、と思ってしまう。宿代も食事代も、ひとりよりふたりのほうがぐんとお得だし。ま、でもせっかくなので、3年連続のロンドン、めいっぱい楽しんでくることにしよう。

2017-01-09 『狂うひと』と『S先生のこと』

『狂うひと』と『S先生のこと』

金曜日の会議は、若い優れた外国文学者が集まり、充実したスリリングな議論になった。会議のための準備はかなり負担がかかるもので、現段階では無報酬。にもかかわらず、全員がきっちりと準備をしてきたうえで、率直な意見交換がなされる。研究者としての自身のフィールドと、今回の企画とのあいだのバランスをはかり、商業出版として成立させることの困難も理解して、知恵をしぼっている。この企画は地味だけどなんとしても成功させたい。何が「成功」かと考えると難しいけど。


でも、会議後の懇親会で、お雑煮の話や嫁姑問題、保育所さがしの話などしていると、ごく普通の年下の社会人だ。とくに、わたしより一回り年下の大学の先生が、お正月はずっと「嫁」として台所でに立ちっぱなしだった、なんて話を聞いて、かなりびっくりした。大学のポストを得るまでは、中華料理店でアルバイトをしていた、なんていう話も聞いた。それでも文学研究を続けようと思ったのはなぜですか、とつまらない質問をしたら、「やっぱり文学研究が楽しかったからかな」という、ありきたりの返事が返ってきた。それから、「先生や研究仲間がいて、このひとたちとずっと一緒にいたいと思った」と言った人もいた。なんとセンチメンタルな、社会をなめてる、と思うひともいるかもしれないけど、わたしはちょっと感動した。思えば会社員生活も長くなり、自分を「労働者」と考えることも多くなったけど、もともと自分は給料をもらうために働いてる、という意識が希薄で、自分がおもしろいと思えることを、一緒にいて楽しいひとたちとやってる、だから多少のつらいこともがんばれる、みたいなところがある。そういう考え方はいまは流行らないというのはわかっているし、他人にその考えを押し付けるつもりはない。でも、自分より一回り以上年下の、あきらかにキレッキレの学者さんが、同じような価値観で働いている、文学研究に取り組んでいる、ということがなんか嬉しかったのだ。


嬉しいついでに帰路の電車の中で、島尾敏雄が好きだという日本文学研究者に、『狂うひと』を激賞してしまった。その先生はわたしの要領の得ない説明と、例によって自分の体験にひきつけて読む没入型の読書体験を馬鹿にすることなく耳を傾けてくれた。そして、自分が昨年読んでとても感動した本として、なんと『S先生のこと』を挙げて推薦してくれたのだ。もう、猛烈に嬉しくなって、『S先生のこと』の元になったブログを初めて読んだときのこと、同居人と「これを本にしたいね」と話していたこと、立派な本になって読み返してまた感動を新たにしたこと、歴史のある文学賞を受賞したこと、などを夢中になって話した。


気づいたらあっという間に降車駅に着いていて、もっと本の話をしたいと後ろ髪をひかれながら電車を降りた。仕事とは何の関係もないけれど、具体的に何の役に立つこともないけれど、文学や本の話をできる人といっしょにいるということはほんとうに幸せなこと。3連休が終わり、いよいよお正月気分も今夜まで、ということで、少しだけ気持ちがどんよりするけど、明日は新企画の相談でエージェントに行くのだし、何より、夜はカフカをめぐるトークイベントがあるのだ! これを楽しみに、明日いちにちを乗りきるぞー!