いしうらまさゆき の『愛すべき音楽よ』(ブログ〜CD&レコードレビュー)

2016-05-24

markrock2016-05-24

[] シンディ、永遠のカントリー・ガールに 22:05



ここの所、ベテランの新作が相次いでいる。LPでの並行リリースはなんだか足下を見られているようだけれど、ついついLPの方に手を出してしまう。LPは日本のショップにも入荷しているけれど、値段だけを取ると、アマゾンで予約注文するのが安かったり。

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5月にリリースされたシンディ・ローパーの新作『Detour』。「回り道」というタイトルでシンディお気に入りの40・50・60年代のカントリー・スタンダードを歌っている。エミルー・ハリスからジョージ・ストレイト、リーバ・マッキンタイア、ヴィンス・ギルらをプロデュースしてきたトニー・ブラウンが手がけたナッシュビル録音。エグゼクティブプロデューサーには今回の企画の発起人たるサイアー・レコードシーモア・スタインが。ビルボードのカントリー・チャートでも早速4位にランクインしたみたい。

これはLPで買って良かった。1曲目のスイングするロカビリー風味の”Funnel Of Love”が雰囲気十分なレトロ・サウンドになっていて(音が良い!)。チャーリー・マッコイ作でワンダ・ジャクソンが歌った曲。アナログにフィットしている音。ジャケもいいよね。御年62歳というけれど、お互いシンパシーを感じているレディー・ガガ同様、年齢を超越している雰囲気。ゲストはエミルー・ハリス(タイトル曲”Detour”をデュエット。このブログで取り上げたエルトン・ブリットやビル・ヘイリーなんかもレコーディングしている曲。)、ウィリーネルソン(なんとウィリーの”Night Life”をウィリーのギター・ソロ入りでデュエット!)、ヴィンス・ギル、アリスン・クラウス…と豪華そのもの。昔、来日公演を観に行ったジュエルとはパッツィ・モンタナの”I Want To Be A Cowboy Sweetheart”をヨーデル・ヴァージョンで歌っていたり。これにも当然感動してしまった。



カントリーと言っても、スキーター・デイヴィスの“The End Of The World”なんぞはオールディーズクラシックと言ってもいいかな。元々オールディーズ・リヴァイヴァル・バンドのブルー・エンジェルでデビューしたことなどを思い出す。その他にもドロシー・ムーアの”Misty Blue”やマーティ・ロビンスの”Begging To You”、カントリー・クラシック化している”Heartaches By The Number”、パッツィ・クラインの”I Fall To Pieces”などを。ラストの”Hard Candy Chiristmas”は比較的新しいドリー・パートン1982年のバラード。作曲は女性SSWキャロル・ホールでした。この人の70年代初頭のエレクトラ盤は凄く良い。

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ボーカルの艶も全盛期のままで驚いた。ひっくり返るヒーカップ唱法的な裏声も健在で。一時期メジャー契約が切れて、迷走しているというか、元気のない時期もあったのだけれど、グラミーにノミネートされた『Memphis Blues』あたりで生き返ってきた感じ。レディー・ガガに出会って吹っ切れたみたい。東日本大震災後の来日ステージも感動的だったし。なんと言っても感情過多なボーカル・スタイルに惹かれる。80年代は汗の匂いを消し去ったテクノな時代だったわけだけれども、29歳の遅咲きソロ・デビューを果たしたシンディのボーカル・スタイルにはどこか前時代的な汗の匂いがあったような。そして、不遇な立場に置かれていたり、どんな社会にも属せず生き辛さを抱えている(まさにUnusualな)あらゆる人を包み込む優しさもあった。1983年の『She’s So Unusual』はやっぱり印象的で、”She Bop”だとか、まだ5歳にもなっていなかったのに町の有線で聴く度に口ずさんでいたのを覚えているから不思議だ。マイケル・ジャクソンThrillerと同種のインパクトがあったと思う。ピエール瀧さんの番組に出たときに、好きなアーティストは?の質問に「シンディ・ローパー!」と答えたことなども思い出した(当時から本当に好きだった…)。

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ファーストから30周年経った2014年の記念盤。2枚組でデモやリハーサル・テイクを含むもの。日本語訳も出た自伝読みつつ聴くと発見があったり。

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もちろん聴いていた当時はカセットだった。ファミコンのソフトもあったグーニーズサントラなんぞも久々に発掘した。”グーニーズはグッド・イナフ”って凄い邦題だと思う。このサントラにはTOTO加入前のジョセフ・ウィリアムスの貴重なトラックもある。

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アラン・トゥーサンB.B.キング、ジョニー・ラング、アン・ピーブルス、チャーリー・マッセルホワイトがゲスト参加した2010年の『Memphis Blues』。これはシンディとハーピストのチャーリー・マッセルホワイトのサイン盤。

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2016-05-14 ディランのファーストがしっくり来る

markrock2016-05-14

[] ディランのファーストがしっくり来る 13:32


無意識的にレコードを買って、しりとりのように音楽を聴いている時がある。先日たまたまジャズレコード専門店を物色していた時のこと。ジャズ・ボーカルのコーナーになぜかボブ・ディランのファースト・アルバムがあった。しかもセカンド・プレス(モノラル)。これはついつい手に取ってしまった。レーベルからすると1965年頃のプレスではないかと思われるけれど、すさまじいボーカルとハーモニカ、そしてギブソンのアコギの音圧だった。



リアルタイムのファンジャズレコードアメリカ音楽、ってな括りで聴いていたことは理解していたけれど、まさかディランまでとは。でも、現在はディランの方からジャズに行ってしまったのを考えると、違和感がないといえば、ない。そうそう、ジャズ専門店のお客としては邪道かもしれないけれど、リズム&ブルースやフォーク、ソフト・ロックレコードをその中から見つけ出すのも結構好きだ。レイ・チャールズなんかはジャズのフィールドでレコードを出していたからもちろん結構あるし、ハリー・ベラフォンテオスカー・ブランド、ブラザーズ・フォーやニュー・クリスティミンストレルズのランディ・スパークスとか。フリー・デザインが有名になりすぎてしまったけれど、Project3のイノック・ライトものは沢山出てくる。A&Mだとクローディーヌ・ロンジェとかサンドパイパーズだとか。東のジョニ・ミッチェルとか言われていたらしい女性SSWマーシャ・マラメットのデッカ盤もジャズの店に限ってよく見かけたり。さらには90年代にオデッタの再来、などと言われた黒人女性SSWトレイシー・チャップマンもあったりするから面白い。実際トレイシーはジャズ専門誌にもリアルタイムでレビューが掲載されていた。ジャズ・ボーカル・ファンの食指は実に幅広い。

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さて、そんなこんなで1962年、ディランのファーストBob Dylan。デイヴ・ヴァン・ロンク版のアレンジをパクって本人を怒らせた”House Of The Rising Sun”(さらにこのアレンジをアニマルズがエレクトリック化させた)だとか、ジェシ・フラーの改題”You’re No Good”に、エリック・フォン・シュミットの”Baby, Let Me Follow You Down”、ウディに捧ぐ”Song To Woody”だとか”Talkin’ New York”…学生時代に初めて聴いたときは、オリジナル信仰がありすぎて、カバーばっかり、みたいな愚かな聴き方をしていたけれど、今はなんだか相当新鮮に響く。この時代のフォークのレコードはB級C級含めてかなりの数を聴いてきたつもりだけれど、物真似にしても迫力のある黒人ブルーズ解釈とギター・ピッキングの確かさはディランが群を抜いている。概して白人フォーク・シンガーはブルーズの色が薄く、リズムも単調な場合が多いから。彼がロックのその後の歴史を作っていけたことを良く理解できる。

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ディランの息づかいまでが伝わるファーストを聴いていたら、ランブリン・ジャック・エリオット1964年ヴァンガード盤が聴きたくなってきた。エリオットのギター&ハーモニカを基本に、ビル・リーやエリック・ワイズバーグのベース、エリック・ダーリングのバンジョー、ジョン・ハモンドハーモニカが加わっている。イアン&シルヴィアやジョン・ヘラルドの参加も。そうそう、ディラン自身も”Tedham Porterhouse”という変名でハーモニカを吹いている。一瞬ディランよりは大人しく感じるけれど、ギター・ピッキングの確かさとひょうひょうとした語り口は流石エリオットだ。いやでも、カーター・ファミリー”Will The Circle Be Unbroken”で張り上げるハイトーンを聴いていると、ディランに負けていないか。そう、この”Diamond Joe”をニューポート・フォーク・フェスティバルのCDで初めて聴いたのがエリオットとの出会いだった。ディランが憧れたのも良くわかる。語り口もそっくりだ。その他にも定番”Guabi Guabi”、高田渡もメロディを借りているウディ・ガスリーの”1913 Massacre”、盟友デロール・アダムスの”Portland Town”に加えて、ディランのファーストにあった”House Of The Rising Sun”も取り上げている。比べるとデイヴ・ヴァン・ロンクのアレンジにいかにオリジナリティがあったかが良くわかる。

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さて、そうなってくるとウディ・ガスリーだ。さきのエリオット盤と同じ1964年にフォークウェイズからリリースされた『Dust Bowl Ballads Sung By Woody Guthrie』を聴いてみる。1940年にレコーディングされた音源に、1964年の新録2曲を含むものであるようだ。冒頭”Talking Dust Blues”が始まると、すでにディラン盤の”Talkin’ New York”とシンクロしてくる。日本のフォークで言えば、”I’m Blowing Down”がシバさんの”淋しい気持ちで”となり、”Do Re Mi”が高田渡の”銭がなけりゃ”になり…という様々な影響を与えていく音盤なのだった。

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そんな気分で、ディランのファーストに繋がる盤を探していたら、ディランデビュー30周年の1992年に出た『Good As I Been To You』。実はこの辺りが私がリアルタイムで出会ったディランだった。後になってEUでリリースされたというアナログも手に入れた。当時この盤、色んなメディアで、ギターとハーモニカ弾き語りディランは嬉しいけれど、なぜカバー?どう受け止めて良いのかわからない…といった困惑が見て取れたけれど、これもオリジナル信仰に基づく理解だった。今聴くとなぜかしっくりくる。一発録りで臨んだらしいけれど、ギターが凄まじく上手で驚いてしまう。ギター一本でコレを表現するのは簡単そうで難しい(その昔、柄にもなくコピーしようとしたけれど、弾き方がわからない場所が結構あった)。”Step It Up And Go”のドライヴ感だとか。ここでもブルーズのフィーリングにただただ唸るのみ。プチプチいうこの時代のエレアコの音もなんだかやみつきになる(キャリアの中でディランを相当意識しているスティーヴン・スティルスも同じようなエレアコの音で1994年に『Stills Alone』を出した)。そう、『Good As I Been To You』にはジャック・エリオットの”Diamond Joe”が収録されているんだった。

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最後に、あ!と思って取り出したのはジェシ・フラー。”San Francisco Bay Blues”のオリジネイターとして知られているワン・マン・バンドの黒人歌手。ディランのファーストの1曲目にジェシのクレジットがあったけれど。全くこちらも同一線上にある音だ。ここいらでディランを聴いてるのか、エリオットだったか、ガスリーだったか、フラーだったか…わからなくなってくる。ディランのギター・プレイにはこのジェシ・フラーのプレイに負うものがある。この盤は1963年にGood Time Jazzから出た『San Francisco Bay Blues』。フラーはイスに座って、12弦ギターハーモニカカズーシンバル、自作のフォトデラ(右足でペダルを踏んで6弦にハンマーを当てるベース)を同時に演奏するという旅芸人だった。

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同じくGood Time Jazzから1961年に出た『Sings And Plays Jazz,Folk Songs,Spirituals & Blues』も素晴らしい出来だ。手元にあるのはオリジナルではなく、1990年のリイシューLPだ。エリック・クラプトン『Unplugged』で取り上げた”Hey Hey”も入っている。

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ところで私が尊敬しているBroom Duster KANこと元ぎんぎんの神林治満さん。10数年前に初めて吉祥寺井の頭公園路上ライブを見たとき、その風貌にジェシ・フラーと全く似たものを感じたのだった。路上から、ブルーズを地でいくその生き様が、すでに人生のレールを脱線していた20代前半の私の心を打ったのだった。以来、KANさんのホームページhttp://broomdusterkan.cocolog-nifty.com/)を運営したり、親しくさせていただいているのだけれど、その音楽への畏敬の念は初めて触れたあの時と全く変わらない。自分と比べるのはおこがましいけれど、ディランがエリオットやフラー、ガスリーに抱いた気持ちも同じようなものなのではなかっただろうか。今のディランの中にも、新鮮な何かとして、変わらず残っているのではなかろうか。

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ホームページから購入して下さったブルース・ライターの妹尾みえさんがブルースソウル・レコーズ誌で紹介してくださったBroom Duster KANの新作『Dirty Junks live at Gin House』

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2016-05-12 ファイヴ・ライヴ・ヤードバーズ!

markrock2016-05-12

[] ファイヴ・ライヴ・ヤードバーズ10:23



どちらかと言えば昔から英国ロックよりも米国ロックを贔屓にしている。どちらも大好きではあるけれど。評論家の人達もどちらかと言えばそのどちらかに分かれていたような。個人的には、伝統は浅いにしても、自由や平等と言ったアメリカ建国の普遍的・理想的価値に無意識的に惹かれてきた。しかもどっこいブルーズの伝統、ということではイギリス人もアメリカに惹かれ続けてきた。エリック・クラプトンもその一人だろう。



先日の来日公演のこともあったからか、今更、ヤードバーズのファースト英国盤を入手してみた。60年代のオリジナルは目が飛び出るほどだから、70年代の再発で、しかも盤質Cみたいなやつを見つけて。

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昔から音が悪いだとか、キース・レルフのボーカルがイマイチだとか、余り良い評判でなかった盤。私も1993年に日本のJIMCOからリリースされCDを持っていたけれど、確かにその評判通りの音で、何度も聴こうとは思えなかった。ちなみに1992年にキングから出た編集盤The Yardbirds Featuring Eric Claptonはジャケットにつられて『Five Live Yardbirds』かと思って買ったら、ソニー・ボーイ・ウィリアムスンとの共演を含む、全然違う編集盤だったという。ややこしいわ!って思ったりしました。

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てなわけで今更、この英国盤を聴いて…ぶっ飛びました!司会のマイクの破裂音まで鮮明で。「エリック・スローハンド・クラプトン!」なんていう紹介でドッと会場が沸いて、チャック・ベリーの”Too Much Monkey Business”が始まって…何度となくCDで聴いていた音だけれど全く違っている。ロンドン・マーキー・クラブの熱気がダンゴ状になって迫ってきて。特にクラプトンの高速ギターソロで各曲がオーガズムを迎えるんだけれど、ほぼ狂ってますね。ロックン・ロールが何の隠語だったのか、を思い起こさせてくれる。この時代のギタリストの誰を取ってもこんな風には弾けなかったはずだ。キース・レルフのボーカルだってそんなに悪くないし。

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ところで、日本盤のレコードの音は今にして聴くと種々多様だ。盤によっては安定した中音域を誇り、米盤よりも良音だったりするものも。ただ、ひどいと盤起こしもあるし、ジャケットもコピーで色味がオリジナルと大分違っていたり(これはとても多い)。CD化が行われた1990年前後も、現在のようなリマスターがなされていなかったし、オリジナルの音圧を再生できていなかった。とりわけ日本では、e-bayでペペッとクリックすれば買えて決済までできてしまう現在とは違い、オリジナルの入手が長らく困難だった事情もあるだろう。情報の受容・発信も一部の評論家や好事家に限られていたから誤解も大いに有り得た。一方ではそうした情報への渇望や一枚かかったフィルターがリスナーの想像力をかき立ててきた部分も無視できないのだけれど。



とはいえ、現代の視点でもう一度、過去のミュージシャンやバンドの音を再構成する作業は面白い。色々と聴き比べてみよう。



学生時代に先輩の家に呼ばれて「この"Hidaway"を聴け!」って正座させられました。その先輩、何年も留年したあげく、突然「長野に帰る」って。今頃どうしているだろう。下宿の片付けを手伝ったお礼にもらったゲイリー・ムーアLPが今も家にある。

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リプロ盤でも結構昔は高嶺の花だったような…ペイジ時代のヤードバーズ

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こんなの持ってたっけ…と思ったけどジム・マッカティ達が作ったバンド「Shoot」の盤。久々に聴くと、明らかにCS&N症候群ですね。結構好きな音!

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Box Of Frogsも存在すら忘れていた…

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2016-05-02 グレアム・ナッシュ「今宵、この小道で(This Path Tonight)」

markrock2016-05-02

[] グレアム・ナッシュ「今宵、この小道で(This Path Tonight)」 10:24


ぼくたちは何処へ行くのだろう?

ぼくたちは何処へ行くのだろう?

(This Path Tonight)


今年3月、ローリング・ストーンのウェブサイトで(http://www.rollingstone.com/music/news/graham-nash-i-dont-want-anything-to-do-with-david-crosby-20160308)盟友デヴィッド・クロスビーとの不仲が伝えられていたグレアム・ナッシュビルボード誌のインタビューでグレアムが「CSN&Yレコードや、CS&Nのレコード、ショウはもうないだろう」と答えたんだとか。今更仲違いはないだろう…と思った。ひどいメールを送りつけたクロスビーが原因、という言だったけれど。グレアムは罵詈雑言で結構怒っている。長年連れ添ったペギーと別れたニール・ヤングガールフレンドをけなした件でもクロスビーは揉めたみたい。ちなみにクロスビー、現在かなり積極的にツイッター情報発信コミュニケーションしているんですよね。ちょっと哲学的、禅的な受け答えが面白くてフォローしているんだけれど、ナイフのような鋭さも持ち合わせていて。それがストレートなナッシュの心を傷つけたのかもしれない。

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「今は自分自身に集中したいんだ」…ナッシュのソロとしては14年ぶりになるニュー・アルバムの報。ジャケットとタイトル『This Path Tonight』を見て、なんとなく想像はついた。遺作に成りうる作品だな、と。だって、ファースト・アルバムのタイトルをもじった2002年の前作『Songs For Survivors』から14年ぶり。前々作はさらに16年遡って1986年の『Innocent Eyes』だった。

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実はソロは寡作、そう思うと今度、はないかもしれない。こちらも覚悟して、輸入LPで購入。ゲイトフォールド・ジャケットに180gの肉厚ビニール、アナログで聴きたくなる暖かい音のアルバムだった。3曲のボーナストラックを含めたプラスチック製ダウンロード・カードも付いてきた。ビーターバラカンの弟、でもあるミック・バラカンことシェイン・フォンテインのプロデュース。昨年のCS&N来日公演でも堅実なサポートを見せていた彼。時代に耐えうるアメリカン・ロックの音に仕上げている。先ほどから5回ぐらいリピートしているけれど、書き貯められた楽曲の完成度や若々しいボーカルも含めて、ソロでも最高傑作の部類なのではなかろうか。

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はじめに音を聴く前、じっくりと歌詞やジャケットを味わったのだけれど。モノクロのジャケットには雪の降り積もる雑木林の小道を歩いていく白髪のナッシュの後ろ姿が。これはもちろん老いたナッシュに残された人生の小道でもあり、ナッシュが共に歩んできた60年代的精神の行く末でもある、と私は読み取った。



歌詞に描かれているのはパーソナルな極めてほろ苦い現状認識だ。残り少ない未来の人生と過去と今を、揺れ動く心そのままに、ナッシュらしく正直に見つめている。「さいご ぼく自身は(Myself At Last)」の冒頭ではこんな風に歌っていた。



光は静かに消えていく

そして早々と夜がやってくる

私は夢をたぐり寄せる

過去と戦うのはむずかしい

全てが語られ成し遂げられたとき

代価を計算するのはむずかしい

そしてぼくはこの孤独な路を転げ落ちる

さいご ぼく自身を見失ったように

(Myself At Last)



「全てが語られ成し遂げられたとき、何を失ったのかを見つけることはむずかしい」という言葉にも心に迫る何かがあった。輝かしいバンドの日々を懐古したような”Golden days”はどうだろう。



ぼくは昔バンドにいた、友人たちとでっちあげた

沢山の土地で演奏した

そのとき音楽に終わりはなく…そう、始まりだった

ぼくたちは心一杯 持ちうる全てを歌った

ぼくたちが与えたものは、みんなにかえってきた

あの旧き日々に



歌にはソウルがあり、詩は輝かしい日々への希望に溢れていた

おぉ ぼくは知っている…人々は傷ついていた

でも何とか道を見つけようとしていた

そんな崩壊の日々に



でも今ではみんな ケアが必要みたいだ

すべてのぼくらの夢を信じ、すべてのぼくらの祈りに答えて

“愛こそはすべて(All You Need Is Love)”はどうなってしまったんだろう

いつでも時は過ぎ去り、次の日がやってくる

とてもゆっくりでいて、とても素早く

だから道を見失ってしまうんだ、輝かしい日々への

(Golden Days)

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ラストの”Encore”では「最後のショウが終わったら、何をしたい?」「もし信じ続けることをやめたら、何をしたい?」「音楽が死んだら、どんな感じがする?」…なんて神妙に並べた後で…



アンコール、アンコール 最後の歌が終わった

「もっとやれ、もっとやれ」群衆が足元まできている

「もちろん、もちろん」 おだててくれて嬉しいよ

アンコール アンコール…

(Encore)



イギリス人らしい、ちょっと皮肉なような、諦めのような…ナッシュもトランプ騒動や世界を取り巻く不穏な状況を前にして、何を見ているかが伺える。70年代後半から80年代のCS&Nによくあった、大仰なナッシュの楽曲は影を潜め、木訥とした心情を、アコースティック・ギターやいつまでも素人っぽさを残すハーモニカに載せて歌っている。とはいえ冒頭のタイトル曲では、陰鬱な雰囲気をかき消すような瑞々しいロック・サウンドを聴かせていたり、厚みのあるコーラスを付けて、現代的に仕上げていたり。この辺りがシェインの音作りの確かさだ。シンプルなようでアレンジにひとひねりを加えている所も、一本調子になりがちなナッシュの楽曲に彩りを添えている。



ザ・バンドのリヴォン・ヘルムに捧げた”Back Home (For Levon)”ではザ・バンドの代表曲の詩を散りばめつつ(”Take a load off”)、人生の円環(May the circle be unbroken)や(ザ・)バンドはいつまでも(tha band plays on and on)なんていう普遍の真理を歌っていたり。



ちなみにボーナス・トラック3曲も迫力があった。CS&Nのツアー後に20曲作って、シェーンと8日間で20曲全部レコーディングしたこのアルバム。10曲が本編に収まって、ボーナスはそのアウトテイクにあたる。その内、”Mississippi Burning(ミシシッピー・バーニング)”はそのタイトル通り、1964年に黒人参政権運動を展開した黒人・ユダヤ人含む3人の学生が深南部で殺された事件を題材にしたもの。ステイプル・シンガーズばりのブルーズゴスペルタッチの仕上がりになっているのはそういうわけだろう。つくづく”Chicago”や”War Song”の人なのである。そして”Watch Out For The Wind”、これはその50年後の2014年ミズーリ州ファガーソンで18歳の黒人マイケル・ブラウンが白人警察官に射殺された事件を受けて書かれたものだ。50年経っても変わらず繰り返してしまう愚かさはこの国の現状を見ても相似形だ。グレアムが政治的主張も含むこうした楽曲を本編に収めなかったバランス感覚はとてもよくわかる。トピカルなテーマに普遍性がないという人もいるだろうし、そうした側面を嫌う人もいるだろうから。でも私はどうせ一度きりの人生なら、グレアムのような生き方を選びたい、そんなことを思いつつ聴いている。

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2016-04-29 Lのレコード

markrock2016-04-29

[] Lのレコード 19:20



なぜかLPだけはジャンル別に一応律儀にAから箱に入れている。ロニー・マックレコードを取り出していたら、Lの箱にあったレコード。リー・クレイトン、レン・ノヴィ、レン・チャンドラーレオン・ビブ、レナード・コーエンレオン・レッドボーン、ロボ、ロニー・ナイト…これは男性シンガー・ソングライターの箱だった。当初ロニー・マックシンガー・ソングライターとして聴いていたことを前回書いたけれど、やっぱりはじめは随分勘違いしていたような。

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でもこれは勘違いしてもしょうがないかな、と思ったのは、ロニー・マックの先達でもあったギタリスト、リンク・レイの『Link Wray』1971年ポリドールからのリリース。あのリンク・レイがスワンプ・ロックをやってのけた盤。同時代のロニー・マックやデイル・ホーキンスとも被るイメージ。ソウルフルなコーラスに彩られた”La De Da”からしてゴキゲンだ。苦み走ったようなレイのボーカルもとても良い。自身のギター、ベースに加え、ビリー・ホッジスの鍵盤、ボビー・ハワードのマンドリンピアノ、弟のダグ・レイとプロデュースや曲作りに名を連ねるスティーブ・ヴェロッカのドラムス。シンプルなバンド・サウンドながらゴスペル・タッチのコーラスが厚みを感じさせる。エンジニアは兄ヴァーノン・レイだ。ネイティブ・アメリカン出自を持つレイだけに、そんなルーツに自覚的なジャケットだ。レイの顔が浮かび上がる変形ジャケットになっているのが面白い。そう、かつて下北フラッシュの均一盤コーナーで発見したのだった。本当に素敵すぎる。

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あと、ロス・ブルース(Los Blues)も存在を忘れていた。久々に聴いてみると、土臭くも爽やかなコーラスとファンキーで弾むようなブラウンアイド・ソウル・サウンドがかなり秀逸で。ホーンとコンガなども入ってブラス・ロックやラテン・ロックっぽさがあるのもかなり好みだ。てか全体的にはジャズ・ロックですね(ボビー・ブランドなどが歌った”Ain’t That Loving You”なんかも最高!)。これもリンク・レイ同様1971年の盤だった。『Volume One』とあるけれど、続編は出ていない。5曲でボーカルを取るランディ・ギャリベイというギター&ボーカルがとてつもなくソウルフルな喉を持っている。この人はチカーノ・ロック・シーンのミュージシャンみたいだけれど。チカーノ、テックス・メックスものを漁ると、アメリカを中心とした周縁のローカルながら芳醇な音楽シーンが見えてくる。中にはメジャー配給で音楽シーンの中心に滑り込めた者もいるけれど。何しろ彼らのこのデビュー盤はユナイテッド・アーティスツですからね、彼らも成功の切符を一度は手にした者達だったのではなかったろうか。そんなメジャーとの折り合いみたいな所が、本作におけるカバー曲なのかな。ジミー・マクファーランドが歌うキャロル・キングアレサ・フランクリンの”(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”とか、ジミー・ウェッブの”If You Must Leave My Life”だとか。アレサは”Spirit In The Dark”も収録。ウェッブの”If You Must Leave My Life”はウェッブ・ファンの私からすると、相当の名演だと思った。リチャード・ハリス『A Tramp Shining』に入っている、切なくもドラマチックな1曲。うーん、これは凄いな。ラストはトラフィックの”Smiling Phase”とウェッブの”MacArthur Park”のメドレーという異色アレンジ。それしても、フォー・フレッシュメンみたいなコーラスを披露してみたり、卓越した演奏・歌唱・アレンジ能力をもつ、こんな彼らでもはい上がれなかった70年代初頭のアメリカって、一体?



などと疑問に思って調べてみると…白人メンバーでトロンボーンアルトサックス奏者、プロデュースにも名を連ねるジム・ウォーラーはジャズの世界で結構キャリアのある方だった(http://www.uiw.edu/music/fulltimefacultybios/waller.html)。アメリカ空軍のバンド、トップス・イン・ブルー(1953年結成で、今も日本の米軍基地などで公演をやっている…)やイギリスのニュー・ヴォードビル・バンド!のアレンジとかも手がけているようだ。このロス・ブルースというバンドは元はラス・ヴェガスのホテル・ラウンジの箱バンで、サミー・デイヴィス・ジュニアやデューク・エリントン、フォー・フレッシュメンら大物との共演歴があったらしい。そう言えばアルバムに"Vegas Funk"というインストが入っていたな。もちろんロス・ブルースでデビューした後は並み居るソウル・ロック/レジェンドとの共演もあり…まったく恐れ入りました。

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(ジミ・ウォーラーは右端)

2016-04-27 イナズマ・ギターを聴かせたロニー・マック

markrock2016-04-27

[] イナズマ・ギターを聴かせたロニー・マック 00:11


地味にショックを受けたロニー・マック、74歳の死(4月21日)。プリンスぐらいだと大きなニュースになるけれど、ロニーだとか、ギブ・ギルボー、ビリー・ポールなんていう感じになると、結構な偉人のはずなのに、音楽ファンの間だけで話題になる位で、これも致し方ないのか。



ロニー・マックことロニー・マッキントッシュは1941年に米インディアナ州で生まれた。ディランやポール・サイモン(どちらも今年の新作が楽しみだ)同様、いわゆるフィティーズ・ロックンロールに乗り遅れたロック第一世代。ディラン&サイモンはそこでひとまずフォーク・ギターに持ち替えて、名声を求めたのだった。しかしロニーはエレキ・ギター一筋。彼ほどの早弾きでブルーズ・ロックを演奏できたミュージシャンが、1960年代初頭に果たして存在しただろうか。数少ない先達はジミー・ペイジトリコにしたリンク・レイかな。それでもロニー・マック、彼こそがエレキ・ギターをロックン・ロールの花形楽器だと思わせた、ロック・ギターの祖の一人であることは疑いえない。オールマンのディッキー・ベッツ、デュエイン・オールマン、ジェフ・ベック、テッド・ネージェント、レイ・ベンソン(アスリープ・アット・ザ・ウィール)などもその影響を公言しているし。ロビー・ロバートソンやジェシ・エド・デイヴィス、マイク・ブルームフィールドやクラプトンだって…そう考えると、その死が余りに軽んじられているような。

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私ぐらいの世代だと、スティーヴィー・レイ・ヴォーンから遡った訳でもない。個人的にはエレクトラからの3枚目、1971年『The Hills Of Indiana』(エリアコードの面々がバックを務める)みたいなシンガー・ソングライター風の作品から入った。あの唸るようなイナズマ・ギターも余り意識して聴いていなくて。この作品はキャロル・キングボブ・ディランのカバー、SSWの方のアレックス・ハーヴェイが作った”Rings”(シマロンのカバーが有名)、ドン・ニックスとの共作などが収められたキャリアからすると異色作だった。ちなみにキャロルのこと。ロニーはエレクトラで新人発掘みたいな役を任じられて、キャロルを推薦したらしいけれど、エレクトラはジュディ・コリンズを獲っていたので断られたのだとか。その後もエドウィン・ホーキンス・シンガーズで特大ヒット”Oh Happy Day”を歌っていた女性ゴスペル・シンガー、ドロシー・モリソンを売り込んだりしたみたいだけれど(ロニーとラス・ミラーのプロデュースでシングル”Rain”がリリースされている)、これも首尾良く行かなかった(ドロシーはブッダからアルバムをリリースした)。ロニーにA&Rは何とも不向きなような。

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話を戻すと、私もじきにスティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターに骨抜きにされて、1985年の二人の共演作『Strike Like Lightning』に当然辿りついた。初めて聴いた時は、ソロ・デビューして名をあげたスティーヴィーが表舞台から退いていたロニーを引っ張り出して来たような印象があったものだから、昔のギター・ヒーローだけれどスティーヴィーほどじゃないのかな、と失礼ながら思っていた。

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でもその後、ロニー・マック初期のヒット”Wham!”(スティーヴィーが初めて自分のモノにしたレコードだとか)を耳にするんですね。正直言ってビビりました。ジョニー・ウィンター辺りで衝撃を受けていた早弾きブルーズ・ギターだけれど、こんな先駆者がいたのか!という。スティーヴィーの手癖とソックリの早弾きで。日本でロニー・マックを熱く語っている人に出会ったこともなかったし。だいいち初期のロニー・マックなんて新譜のレコード屋で一切見かけなかったから。そんなこんなで”Wham!”、その1曲終わるまで息も吸えなかったような記憶がある。そこから改めて『Strike Like Lightning』を聴き込むと、スティーヴィーが弾いていたと思い込んでいた早弾きの多くは、実はフライングVで弾きまくるロニーだった、ということに気が付いて。”Wham!”を二人でトリビュートした”Double Whammy”なんて曲もあったし。ちなみにロニーの分身、1958年製フライングVはロニーが自身のルーツ(スコティッシュネイティブ・アメリカンの血が入っていた)を意識して矢の形のギターを選んだのだとか。

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あとはソウルフルに歌えるギタリスト、というキャラクターもスティーヴィー・レイ・ヴォーンに影響を与えていると思う。カントリー・ルーツと共にブルーズゴスペル・ルーツもあったロニーは、その白人離れしたディープ・ボイスで、ロックン・ロールのみならず、ソウルやカントリーでもコクのある歌を聴かせてくれた。そんな意味でも実にアメリカらしいミュージシャンだった。ちなみにスティーヴィーと熊面ロニーは1979年に出会って以来、純粋な師弟愛・友情を育んだ。二人ともこの世にはいなくなってしまった。そう、友情と言えば、ベーシストのティム・ドラモンドとの共演歴の長さも特筆すべきだ。レーベルは変われど、いつもティムが傍でサポートしていた。二人に深い絆があったことを想像させる。

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50年代末からシングル盤を残していたロニーのファーストLPフラタニティレコードから1963年に発売された『The Wham Of That Memphis Man!』だ。初期ロニーの独特のプレイスタイルが確立されたマスターピースだと思っている。チャック・ベリーのカバーである初ヒット”Memphis”(ビルボードのトップ5に入ったギター・インスト、4曲の内の1曲)や先述の” Wham!”、デイル・ホーキンスの”Suzie-Q”も入っている。エレクトラ移籍後に再発された『For Collectors Only』では1964年の”Farther On Down The Road”と”Chicken Pickin’”の2曲が追加されていた。

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『The Wham Of That Memphis Man!』はどこかで中古盤を買ったけれど、ロニーのサインが入っていた。アメリカ盤やイギリス盤を集めていると、署名入の盤は少なくもないことに気がつく。営業の道程で相当数のサインをしているからだろう。しかしこのファースト以降、1969年までアルバムのリリースは遠ざかる。ビートルズを初めとしたブリティッシュ・インベイジョンの波がアメリカの音楽地図を書き換えていったためだろう。ロニーの音楽は早過ぎたのか、遅すぎたのか、いずれにしても、時代と微妙に擦れ違っていく運命だった。

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ジェイムス・ブラウンやフレディ・キングとのセッション仕事を経て、1969年に契約したエレクトラ時代の『Whatever’s Right』『Glad I’m In The Band。この辺りでスワンピーな時代の空気にフィットしてくる感じ。レーベル・メイトだったドアーズ1970年『Morrison Hotel』でも一部ベースをプレイしている。でもまたその後再びリリースは沈黙。

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1977年にキャピトルからリリースされた『Lonnie Mack And Pismo』は全体的にはカントリー・フィールドの作品だった。とはいえ旧知のトロイシールズとの共作も収録され、デヴィッド・リンドレー、グレアム・ナッシュ、ベン・キース、テリー・アダムスなど豪華ゲストも加わっている。手元には『Strike Like Lightning』の続編、1986年の『Second Sight』ジム・ケルトナーやボビー・キング、テリー・エヴァンスらが参加)なんていうのもあった。2004年にツアーを引退してからはライブにぽつぽつ出演するのみで、2010年のライブが最後の出演だったとか。2012年にトラヴィス・ウォマックがツアーに誘ったけれど、プレイできる状態ではなかったのだという。ちょっと寂しい晩年ではあったけれど、トレモロ・アームを使った名プレイなど今日は存分に聴いて偲びたい。

2016-04-21 エルトン・ブリット、ヨーデルでロックする!

markrock2016-04-21

[] エルトン・ブリットヨーデルでロックする! 11:49



プリンスまでもが…いつかそんな日が来るような、暗い何かを感じ取れた部分もなくはないけれど。その死までもがマイケルと比較される運命なのだろうか。80年代の光と陰。彼の晩年の音楽活動はこれからまた総括されていくと思われる。



何気なく目に止まった100円レコード。カントリー・ヨーデルで知られるエルトン・ブリット『Yodel Songs』。調べてみると1956年にリリースされた初のLPみたい。1942年のカントリー〜ヒルビリー初の国民的大ヒット曲とも言える” There's a Star-Spangled Banner Waving Somewhere”を皮切りに、1945〜1950年に11曲をカントリー・トップ10に送り込んでいる。エルトンは1913年アーカンソー生まれ。1972年に59歳で亡くなるまでに60枚ほどのアルバムをリリースしているんだとか。LP時代になって初めてリリースされたこのアルバムには”Pinto Pal”をはじめ、ヨーデル・ロックと言っても良いようなゴキゲンなサウンドが詰まっている。1956年RCAと言えばエルヴィスを想起してしまうけれど、そんな爆発的なロックン・ロールが誕生した頃のカントリー・サウンドとしては、なかなか悪くない。ブルーズヨーデル風翻案もあったり(”St.Louis Blues Yodel”や”St.James Avenue”)。

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何と言っても本家ジミー・ロジャースに認められたというヨーデルが聴き物。ヨーロレイッヒーにも色々なバリエーションがあることを知る。ロングトーンで聴かせるバラードなんかもあって、その美声を生で聴いてみたかったと思う。日本のヨーデル・ロックと言えばはっぴい大滝の”空色のくれよん”や”田舎道”みたいなカントリー・ロックを思い浮かべるけれど、もちろん地続きのものだ。

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カントリー・ソングの名楽曲を作者のコメントと共に紹介する名著と言えばドロシー・ホーストマンが書いた『Sing Your Heart Out, Country Boy』だろう。1975年に初版が出た本で、手元にあるのは1996年の第三版。日本語訳はまだ出ていないので、むかしアメリカから古本で取り寄せた。そこにエルトン・ブリット最大のヒット” There's a Star-Spangled Banner Waving Somewhere”が「戦争と愛国心の歌」という章に登場している。曲のクレジットはボブ・ミラー(シェルビー・ダーネル)とポール・ロバーツということになっているけれど、ポール・ロバーツ本人の言によると、ボブ・ミラーはパブリッシャーで一切曲作りに関わっていないとのこと。『Yodel Songs』収録のヒット、”Pinto Pal”の作詞作曲にもボブ・ミラーのクレジットがあったけれど、この人は商人ということですね。さらにこの曲、ラッキー・ストライクがスポンサーになったあの名プログラム「Your Hit Parade」で初めて取り上げられたヒルビリー・ソングなんだとか。この辺はプア・ホワイトのヒルビリーが黒人のリズム&ブルース同様、レベルの低い芸能として見られていた時代背景があるだろう。さらに、戦時中の愛国ソングであるこの曲、戦争で手足が不自由になった、と歌う箇所があったため、ポールがステージに立ったとき観客は本人もきっとそうなのだと思いこんでいたみたい。まあこうした戦意高揚ソング、同時代的なものなら好きになるはずもないけれど、戦前のエピソードとしては興味深かった。ちなみに昨2015年に発売されたゲームFallout 4にエルトンの”Uranium Fever”が使われているとのこと!

2016-04-18 クラプトン、まだまだ演るよ(I Still Do)!

markrock2016-04-18

[] クラプトン、まだまだ演るよ(I Still Do)! 02:05



熊本地震の被害状況に心が痛む。400回を超える余震も続いていて、予断を許さない状況のようだ。名城・熊本城までもが…心ばかりの支援を続けていきたい。



武道館クラプトン、個人的に混ぜてもらっているおやぢバンドのメンバー達と本日闖入。ディランもブライアンもあきらめて、引退サギの様相もあるクラプトンを選んでみた。会場は私くらいの世代は少なく、往年のロックおやぢ(もちろん女性ロックファンも)達が占拠していた感がある。当然ですよね。席の方は武道館の最後列の立ち見席。ドーム級の会場だったらアウトですが、そこは武道館、結構良く見えたし音も優れていて、驚いた。初日(13日)にあったという、お忍び来日していたエド・シーランとの共演はもちろん今日はナシ。

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しかし観るのは3回目ぐらいになるけれど、今回はあえて予備知識抜きで(大好きなポール・キャラックが参加する、ぐらいは知っていたけれど…)会場に向かった。セットリストも見ずに気楽に楽しめたらと…(とはいえ、このブログネタバレになったら、明日以降観に行く皆様、すみません)。



それにしても今回、流石に寄る年波には勝てず…と初めて思ってしまった。既に齢71。アディダスのジャージっていう風呂上がりの銭湯のオッサンみたいなカッコはまあ許せるとして(笑)、歌い続けるステージが辛そうに思える瞬間もあって。アコースティック・セットの方が伸び伸び歌っていたかな。体力温存かもしれないけれど、まさかの1曲だけのアンコール含めて、現バンドの大物ゲスト・プレイヤーであるポール・キャラックや、バック・コーラスの女性2人に全面的にボーカルを譲る場面があったり、アンディ・フェアウェザー・ロウにエイメン・コーナー時代の”Gin House”を歌わせたり(コレはアンディ好きの私には悶絶モノでした!)、弦楽器奏者のダーク・パウエルが歌ったり…と結構露骨にお休みされていて。さらに、5月に発売予定のニューアルバム『I STILL DO』(まだ演るよ!っていうタイトルは素晴らしい)収録楽曲の先行お披露目の意味合いもあったようで(冒頭のJ.J.ケイルのカバー"Somebody’s Knockin’"やボブ・ディランの"I Dreamed I Saw St.Augustine"(『John Wesley Harding』収録曲でした)、"I Will Be There"、"Cypress Grove")、その分”Layla”とか”Sunshine Of Your Love”、”Tears In Heaven”とかいった代表曲が外された(このツアーのセトリには元々入っていないみたいだけれど)ので、結構お客さんは文句言っている感じも。終わった後、そこかしこでブーブー聞こえましたから…”Cocaine”はあったけれど、ね。そう思うと、やっぱり今日のハイライトは前半の”I Shot The Sheriff”で間違いないでしょう。効果的なライトアップ演出やクリス・ステイントンのリリカルピアノも相俟って(変な喩えですが、小田和正みたいな日本人好みな部分があって)、最高の仕上がりだったと思う。こういう曲でベタベタに弾きまくるクラプトンが、実は観客が求めているモノなのかもしれないな、とも思ったり。まあ、もちろん他にも、アンコールで故ジョー・コッカーのヒット”High Time We Went”を共作者クリス・ステイントン本人を交えて演る(ボーカルはソウルフルにポール・キャラックが)、とか地味に感動した場面はあったのだけれど。

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今日のステージで一番衝撃的だったのは、ダーク・パウエルの参加。ティム・オブライエンとも共演しているアメリカン・ブルーグラスの敏腕ミュージシャンだ。新作『I STILL DO』にも参加しているみたいだけれど、アコギ、マンドリンアコーディオンフィドルを持ち替えて巧みな演奏を披露クラプトン演ずるブルーズマンドリンアコーディオンのソロで切り込んでいく、というのはかなりクラプトンの常識からすると新しかったし、面白かった。黒人ミュージシャンを参加させ、黒っぽさを目指していたかつての姿を思うと、かなり白っぽいステージであるようにも思えたり。白人ミュージシャンが、辿り着けないまでも黒っぽさを追求することがロック音楽の指標だった側面があったわけだけれど、そんな憑き物ももう取れちゃったのかな。新曲の中にはかなりルーツ回帰した、というかフォーキーな感覚の楽曲もあって、あれ?っとちょっと拍子抜けした部分もあった。でも考えてみると、ブルーズなり、ザ・バンドなり、かつてクラプトンが追い求めたアメリカのルーツ・ミュージックのひとつの源がアパラチアにあり、そのさらに源流はそもそも英国にあったではないか…という部分もクラプトンの意識下にあるのかもしれないし。ギターソロも少なめ、SSW風でフォーキーな新曲の、サラッとした執着しない爽やかな仕上がり…これまた不謹慎かもしれないけれど、もはや三途の川のサウンドトラックかも?!そんなことを考えつつ聴いた、1時間半余りのステージだった。5月20日発売の新作『I Still Do』(名匠グリン・ジョンズのプロデュース)はLPでも予約してみた所。また届いたら紹介してみたい。

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2016年4月18日(月)日本武道館

Somebody's Knocking

Key To the Highway

I'm Your Hoochie Coochie Man

Next Time You See Her

I Shot The Sheriff

Circus Left Town

Nobody Knows You When You're Down And Out

I Dreamed I Saw St. Augustine

I Will Be There

Cypress Grove

Sunshine State

Gin House

Wonderful Tonight

Crossroards

Little Queen Of Spades

Cocaine

アンコール

High Time We Went

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2016-04-11 miya takehiro/COMMUNICATE by the Music

markrock2016-04-11

[] miya takehiro 00:47

/ COMMUNICATE by the Music( LIFE CARAVAN MUSIC LCMC-0001 / 2016 )



待ちに待ったmiya takehiro(宮 武弘)のニュー・アルバム『COMMUNICATE by the Musicゲイトフォールドの紙ジャケをですよ、おずおずと開いてCDプレイヤーに差し込むと全11曲44分11秒!思わず「いいよー、いい(114411)」って見えちゃいました。聴いてみると中身も寸分違わず、で。

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Natural Recordsのフロントマンとして、2014年に8年間亘るバンド活動を終えるやいなや、ソロ名義の活動をスタートさせたmiya takehiro。気がつけば鍵盤とウクレレ一つ抱えて、ライブハウスから野外イベントまで相当数のソロ・ライブをこなし、軽快に旅するミュージシャンになっていて。日テレズームインサタデーでも取り上げられたウクレレワークショップウクレレで歌おう」も話題沸騰。自由でナチュラルで、アウトドアで楽しめて…確かに音楽って実は肩肘張って聴くものでもない。踊ったり、気軽に口ずさんでみたり、そしてできればみんなと一緒に楽しめれば、それでいーじゃん、っていうそんな時代のフィーリングともマッチしていると思う。そう思うとニュー・アルバムのタイトルもmiya takehiroらしさが凄く出ている。そうだよね、なぜ音楽を演っているかと言えば「music」ありき、ではなく、「COMMUNICATE」ありき、なのだった。そうそう、「サッカー」と「猫」っていうキーワードも重要。彼自身もプレイヤーだし、彼の音楽活動をフットボールブランドCAPAZが支えてくれている。そして猫は…とにかく彼のブログによく登場しています(笑)今度のアルバムにもちょこっと。


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さてさて、ニューアルバムの方だけど、のっけから大充実のバンドサウンドに圧倒されてしまう。何しろ脇を固めるのはベース伊賀航(ex.細野晴臣星野源曽我部恵一)、サックス加藤雄一郎(ex.NATSUMEN、L.E.D.)、ドラムス脇山広介(ex.tobaccojuice)、ギター齋藤純一(ex.ALIAKE)、トランペット柿澤健司(ex.NATSUMEN)&島 裕介(ex.SilentJazzCase)、コーラスやまはき玲…という豪華腕利き揃いで。冒頭の賑やかな”夜のパレード”からして、身もココロもウキウキしてしまう。コロコロ転がるウクレレトランペットが絡んでくる感じとか、ライブ感も満載で。ソロ回しを振る辺りもとっても良い。ライブ感と言えばライブ・レコーディングでオーディエンスのコーラスが入っているのがあったかかった。各楽器の音の分離とか、そんな部分に耳を澄ましてみても、丁寧に作り込まれていてかなりゴキゲン



そしてGAKU-MCとヨースケ@HOMEという二人のゲストアーティストをフィーチャーした2曲(”SOULNATURE”、”HAPPY TIME”)がやっぱり印象的だった。GAKU-MCとの共作・共演”SOULNATURE”はプロモーション映像も公開されていて、本当に感動的!日本のシンギング・ラップの祖みたいな人ですからね…私ぐらいの世代だとMCハマーではなく、GAKUさんがいたEAST END×YURIDA.YO.NE」で初めてラップを知りました(間違いなくほとんどの人がそうだと思う)。GAKUさんという人がライフスタイルも含めてカッコイイ大人として、前を歩いていてくれて、ぼくの大好きなミュージシャンmiya takehiroと共演している…歌詞にもあるけれど、出会えたのはきっと意味がある、そんな風にしか思えなくて。GAKU-MC、ヨースケ@HOMEと3人で演ったライブ、また観たいなぁ。



あと、ヒッチハイクで同乗した外国人観光客とのコミカルなやりとりを交えた”a Little English”やスカ・ビートの”行き当たりバッチリな僕ら”はライブでも印象的だった楽曲。旅の中で音楽が生まれる(まさにLIFE CARAVAN MUSIC!)という素敵な瞬間に立ち会える。ウッドベースがハマっているスティングのカバー”Englishman In New York”では艶のあるボーカリストとしての魅力にも出会えたり。バンド在籍時に発表した初のソロ・アルバム『Life』に収録されている”武蔵野線”、”幸せなとき”も再演されているけれど、聴き比べてみるのも面白い。弾き語りのニュアンスがあった『Life』ヴァージョンは、今にして聴いてみると、バンドの活動休止を予感させる寂しさみたいなものを聴き取ることが出来たり。そんなことを思うと、今回の再演はどこを切り取ってもハッピーでポジティブなフィーリングに満ち満ちている。Natural Records以来の筋金入りのファンには”しゅわしゅわ”や”恋愛再入門”がグッと来たのでは?

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5月25日(水)にはレコーディングメンバーを迎えて、東京 NOS EBISUでリリース・パーティ・ワンマンが決定しているとのこと(http://miyatakehiro.com/news/?p=166)。これは足を運ぶしかないでしょう!ちなみに旅の写真と言葉を集めた冊子「LIFE CARAVAN」とCDのセットも発売されている。以下サイトでチェックしてみてほしい(http://musicforlife.shop-pro.jp/?pid=98168961)。音楽でも本でもそうだけれど、視界に現れては消えていき…世の中の動きやペースが速いな、と感じることが多い昨今。自分の歩幅や物事を飲み込むペースをつい忘れがちになってしまう。だからこそ、ぼくはこのアルバムを大切に、自分のペースで何回もじっくり聴いてみたけれど、日によって違う歌詞がココロに引っかかったり、歌の表情が変わって聴こえたり、奥行きのある作品に仕上がっていると思った。今日もどこかでmiya takehiroは音楽を通じ、素敵なオーディエンスと”コミュニケート”しているはず。そんなことを思い浮かべながら、よーし、もう一回聴こう!



miya takehiro ニューアルバム『COMMUNICATE by the Music

2016.3.9 release!

LCMC-0001

¥3,000(税別)

01. 夜のパレード

02. SOULNATURE feat. GAKU-MC

03. a Little English

04. 行き当たりバッチリな僕ら

05. Englishman In New York

06. 恋愛再入門

07. HAPPY TIME(miya takehiro & ヨースケ@HOME

08. 武蔵野線

09. しゅわしゅわ

10. 幸せなとき

11. ウクレレで歌おう


miya takehiro オフィシャルサイト

http://miyatakehiro.com

facebook :

https://www.facebook.com/miyatakehiro.music

twitter :

https://twitter.com/miya_takehiro/

2016-03-25 大滝詠一 / Debut Again

markrock2016-03-25

[] 大滝詠一 10:03

/ Debut Again( Sony / 2016 )

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デビュー・アゲン、日本語タイトルが『レッツ・オンド・アゲン同様「アゲン」表記になっているのがまた何とも。しかしジャケは初めて見ましたが、こうした80年代当時の写真が残っているというのも、なんだか計り知れないものを感じたり。観葉植物があるオフィスにタイプライターとちょんまげ、っていう和洋折衷感も80年代という時代感覚が表れていて面白いと思う。細野さんに比べてドメスティックなのもまた、戦後日本文化の両面を表しているようで面白い。だからこそ大滝さんの楽曲の方が国民歌謡になれた、という。歌い回しにこぶしの感覚もあるし。

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さて、そんな大瀧詠一による国民歌謡大滝詠一ソングブックってな体裁セルフカバー盤。届いてから毎日何気なく聴いている。悪いわけがないです。



前のブログの記事に「関係者の思いが篭められた作品なのかな」なんて書いたけれど、それももちろんあるとは思うけれど、側近スタッフすら知らなかった自身歌唱音源が自宅スタジオで発見された、という経緯がちょっと気になったりもした。実際、人間は死んだら墓場には何にも持って行けないわけだけれど、こうした秘蔵音源を大滝さんは墓場まで持って行こうとしてたかもしれないし(笑)。なんか墓場を漁って出てきた音源のようにも思えて。たぶん勝手に棚を漁ろうものなら、大滝さんむっちゃ怒りそうだしね…とか何とか妄想しながら聴いているけれど、まあ、悪いわけがないんですね。



不思議なのは、冒頭”熱き心に”からして歌い回しが違う部分があること。仮歌とも違うヴァージョンが含まれていたということなので、自身ヴァージョンは微妙に節回しを変えていたか、あるいはレコーディングで歌わせたヴァージョンで歌い手が自分なりに歌ったものをそのままイキにしたってことなのかもしれない。レコーディングは生ものだし。とはいえ”熱き心に”は、小林旭ですから、適当に仮歌聴いて、自分なりの節回しで歌って、大滝さんもアキラさんならいいかな、ってことでそれはそれでナットクして、ねじ伏せちゃったんじゃないかな、とも思ったり。一方、ラッツ&スター鈴木雅之は流石、師匠大滝のデモを丁寧になぞっていたんだな、と思った。先日のNHK『SONGS』も感動的だったけれえど、素晴らしいボーカリストだ。



ロンバケ、イーチ・タイムと並べて聴けるレコーディングの質、という意味では”熱き心に”、”怪盗ルビイ”、”Tシャツに口紅”、”星空のサーカス”が良かった。ボーカルの潤いやノリの面で言っても。1983年の西武球場公演用のオケだという”探偵物語”、”すこしだけ やさしく”、1981年のヘッドフォン・コンサートのライブ音源”風立ちぬ”(当時のラジオ音源のナレーションを聴き慣れすぎて、それがないと逆に変な感じがした)はボーカルがちょっとオケに埋もれていてそれこそライブっぽい感じ。”うれしい予感”のデモは90年代音源ということで、初回限定盤のボーナス・トラックとか、2枚の単発シングルと並べて聴いてみても面白そうだなと思ったり。それにしても言うまでもなく、歌が上手い!もっと言うと、はっぴいえんど時代よりも明らかに上手くなっている。90年代にはいると、ブランクや年齢のこともあり、ボーカルの艶みたいなものは消えてしまうんだけど(あるいはエコー感のせいか70年代に逆戻りした感じ?)、80年代はやっぱり凄かった。



Disc2の90年代のリハビリ・セッション、エルヴィスのカバーだとか、私の天竺(My Blue Heaven)とか、ロックン・ロールのルーツを辿る「ポップス伝」の仕事などとも重なり合うもの。ユーロビートだとか打ち込みモノが一世を風靡していた時代に、もう一度本生のビートを蘇らせようとしたわけで。でも、90年代にアラン・ジャクソンがカバーした”Tall Tall Trees”を取り上げた「Tall Tall Trees〜Nothing Can Stop Me」(ロジャー・ミラー、ジョージ・ジャクソンのカバー)を聴いていると、60年代のロッカーが、カントリーのフィールドで再起していた80年代後半から90年代という、あの時代の雰囲気を思い出した。大滝も、クリス・ヒルマンも、ジミー・グリフィンも…ロック世代の感性を共有していたのではなかろうか。あと、ドリーミーなイメージで括られるアメリカン・ポップスの中にあるカントリー・ミュージックもつ甘さ(個人的にはこの辺りは、近年ルーツ探究をやり続けてやっと分かってきたところではあるけれど)、こんな部分をもう一度追求してみようと思ったのではないかな。そんなリハビリ、ルーツ参照が結果的には「幸せな結末」(はっぴいえんど)として結実した、と。



全曲にミュージシャンのクレジットがなかったのが残念だけれど(ご本人がいないと分からないのかも)、ロックンロールオーケストラ指揮者としての勇姿をこの目に刻んでおきたい。しかし中学生の時に初めて聴いたロンバケ(まさか大滝さんの風貌があんな感じだとは思わなかったけれど)、色んな想像力をかき立てくれた。ジャケットと歌詞と、サウンドと声と。その声は音の壁の前に溶けてしまいそうで。学校から帰って、窓の外を見ながら、ちょっと不安で物憂げな気持ちを抱えつつ聴いて…そんな心性に今もすぐにフラッシュバックできる。

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2016-03-19 それでも、一歩ずつ

markrock2016-03-19

[] それでも、一歩ずつ 12:13



久々の更新を。大滝詠一のニュー・アルバムが出たりしますしね。そろそろ起き出して。

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・DISC1

1.熱き心に

2.うれしい予感

3.快盗ルビイ

4.星空のサーカス

5.Tシャツに口紅

6.すこしだけやさしく

7.探偵物語

8.夏のリビエラ

9.風立ちぬ

10.夢で逢えたらストリングス・ミックス)

・DISC 2(初回限定ボーナスディスク)

1.私の天竺

2.陽気に行こうぜ〜恋にしびれて(2015 村松2世登場!version)

3.Tall Tall Trees 〜Nothing Can Stop Me

4.針切じいさんのロケン・ロール



それにしても提供曲のデモやライブ音源で構成されたという大滝『Debut Again』。当初はジミヘン商法だとか思っていたけれど、今は、関係者の思いが篭められた作品なのかな、と思っている。アナログも出ますね。でも、こんな風にニュー・アルバムをどきどきしながら待つ、というのもある種最後になってしまうのかもしれないな、と思っている自分がちょっと恐くもあって。パッケージ化されたフィジカルなCDなりレコードなり、を享受する一つの時代の終わり、と言うか。もちろんこんなことを言うと、リアルな音楽シーンに対面している現役世代なら、冗談じゃないと怒る人もいるだろうけれど、長年のポップス・リスナーの方々ならなんとなくその感覚を理解して貰えるのではないだろうか。



とはいえ音楽は続いていく、そんな信念もある。ある種のルネサンス、過去の音楽に光を当てながら、新しい今の音楽を切り開く、そんなムーブメントが再び訪れると思っている。この道しかない、なんていう多様性を許容しない時代が過ぎ去れば…

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訃報でその音楽に再び触れるのは申し訳ないな、と思うけれど。E,W&Fのモーリス・ホワイト。2月に74歳で亡くなった。チェスレコードのお抱えドラマーからラムゼイ・ルイス・トリオのメンバーに。1974年のラムゼイ・ルイスの”Sun Goddess”で再び共演するわけですが。インタビューでは声が聴き取れないくらい声が小さく、寡黙で思索的な雰囲気をもっていたとのことだけれど、その一歩引いたような立ち位置はその音楽にも現れている。とはいえ、音楽的土壌の広さやバンドに篭めたスピリットは、誰しもがリーダーと認める才能だったと思う。アースの諸作も語り出したらキリがないけれど、モーリスの訃報を聞いて真っ先に思い出したのが1985年のソロ『Stand By Me』だ。個人的には大好きなアルバム。ソウルにもデジタルな色が出てくる時代なので、音作りには好みがあるけれど、モーリスの伸びやかな歌声が楽しめる名ブラコン盤だと思う。ベン・E・キングの定番”Stand By Me”のカバーを聴いていたら、なんだか泣けてきた。R&Bチャートで30位まで上昇したバラード”I Need You”(ウィリアム・スミッティスミスプリシラ・クーリッジらの共作)もとても良くって。

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これは来日時のもの。

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そして、村田和人の若すぎる死。いまだに亡くなったとは、にわかに信じがたい。”電話しても”のフレッシュなバンド・サウンドや”一本の音楽”のスケール感は今の時代にも明るく響いてくる。山下達郎がプロデュースを手掛けたこの2曲から、近年の『ずーーっと夏。』3部作などに至るまで、クオリティの高い作品を残してくれた。杉真理とアロハ・ブラザーズを結成した頃に、ライブで拝見したけれど、穏やかで包容力のある人柄と歌声が魅力的だった。

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山本圭右、平松愛理、西司と結成した1987年のHoney & B-Boysシュガー・ベイブ愛に満ちたトリビュート作のような趣きだった。ラストのシュガー”雨は手のひらにいっぱい”のカバーがとっても眩しくて。

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ジョージ・マーティンキース・エマーソンフランク・シナトラJr.まで…それでも一歩ずつ。音楽は続いていく。

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2016-02-14 ポール・カントナーを乗せた船

markrock2016-02-14

[] ポール・カントナーを乗せた船 14:14

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ジェファーソン・エアプレインのポール・カントナーが去る1月28日に74歳で亡くなった。サンフランシスコ・サウンド、ドラッグ・カルチャー、サマー・オブ・ラブヒッピームーブメント…早逝したジャニス・ジョプリンより2歳年上(1941年生)だったから、60年代ロックのサバイバーの一人だったのかもしれない。

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エアプレインとかシカゴのようなアメリカの大所帯バンドが時代の変遷と共に分裂やソロ活動を繰り返しながら時代の趨勢に合わせて生き延びている様は圧巻だ。産業ロック化しいたシカゴを悪く言う人もいるけれど、ぼくはどの時代のシカゴも好きだし、エアプレインで言えばミッキー・トーマスのスターシップもジェファーソン・スターシップも、MOR化したマーティ・バリンの音楽も愛している。かつての面影がないような言われ方もしたスターシップの”We Built This City(シスコはロック・シティ)”(コレは学生時代、ラジオで一日一回くらいかかっていたのでは?)にだって「俺たちがこの街を作ったんだ!」なんていう、ラジオ・デイズや肥大化する音楽産業をくぐり抜けてきた60年代からのロック・サヴァイヴァーシスコ・サウンドの立役者達による、誇らしげな自負が見て取れたし。これはバーニー・トウピンの詩かな。曲はマーティン・ペイジやデニス・ランバート、ピーター・ウルフによるもの。あと、先日来日したアルバート・ハモンドダイアン・ウォーレンと共作した” Nothing's Gonna Stop Us Now(愛はとまらない)”(アルバートの自演版もあった。)も本当によくラジオで聴いた。エアプレインのことなんてちっとも知らずに聴いていた時はグレイス・スリックの芝居がかったタメのあるどうにもシックスティーズなボーカルが、なんだか不思議な印象だったのだけれど。

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ぼくの場合、エアプレインとの出会いはちょっと不純で、TOTOの大ファンだった高校生の頃、TOTOスティーブ・ポーカロデヴィッド・ペイチが提供した1曲を聴きたいがために、1989年の奇跡の再結成アルバム『Jefferson Airplane』(グレイス・スリック、ポール・カントナー、マーティ・バリン、ヨーマ・コウコネン、ジャック・キャサディという布陣)を手に入れたのが最初だった。

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その1曲は売れ線の産業ロックの色を出すための選曲だったのだと思う。元々TOTOとはカリフォルニア・シーンという括りでの繋がりもあったのかもしれない(エアプレインの出自はLAじゃなくてサンフランシスコだけど)。今聴くと、反体制の思想がすっかり抜け落ちたマーティ作の”Summer of Love”なんていうウッドストックの夏をうっとり懐古する感傷的なバラードがあったりして、当時の彼らが歌う目的を失っていたようにも思えるのだけれど、全盛期のジェファーソン・エアプレインのサウンドを蘇らせようとした意図はとてもよくわかる。元タートルズのエディ&フロー(ポール・カントナーの作品とはかつてより関わりがある)の参加も60年代なるものを感じさせるし。中でも当時気に入ったのがCSNを思わせる分厚いコーラスとロック・サウンドを聴かせるポール・カントナー作の”Planes”なのだった。後々エアプレインの音を聴いた時ぶっ飛んだ”Volunteers”のダイナミズムと同様のものを感じたりもしたし、カントナーが愛しのデヴィッド・クロスビーと”Wooden Ships”を共作したことにも大いに頷けたのだった(クロスビーのファーストは同じ精神性を共有していた時代に産み落とされた傑作だと思う。"Triad"も外せない。)。

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ポール・カントナーは、時代やエアプレインのメンバーが変われども、グループの思想の核であり続けた。60年代のフォークやロックが持っていた反骨精神や理想主義、その行き着く先だったニューエイジのスペーシーな精神性を愚直なまでに維持していたのではなかったか。

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2000年代の作品ではポール・カントナーとデヴィッド・フライバーグ(クイック・シルヴァー・メッセンジャー・サービス、ジェファーソン・スターシップ)らによる2008年の『Jefferson’s Tree of Liberty』ジェファーソン・スターシップ名義)が印象的だった(グレイスの代役はダイアナ・マンガーナに代わり、キャシー・リチャードソンが務めている)。ちょっと直截的すぎるくらいの選曲ではあるけれど、ウィーバーズの複数のレパートリーからディノ・ヴァレンティ、ディランの”Chimes of Freedom”やフィル・オクスの”I Ain’t Marching Anymore”、ウディ・ガスリーの”Pastures of Plenty”、ジョン・レノンボブ・マーリーのメドレー”Imagine Redemption”のカバーまでをも含んだアメリカーナ色強いアルバムだった。マーティ・バリンやジャック・キャサディ、デヴィッド・グリスマンにデヴィッド・ラフレイム!(イッツ・ア・ビューティフル・デイ)までもが参加し、彼が時代のリアルタイムに投げかけようとしたメッセージが痛いほど伝わってきた。



思えば「ジェファーソン」はアメリカ第3代大統領トマス・ジェファーソンから取られたものだろう。彼は個人の自由を守るには暴力を用いてでも政府を拘束して良い、と説き「The tree of liberty must be refreshed from time to time with the blood of patriots and tyrants. (自由の木は愛国者専制君主の血により、その時々に新たにされなければならない)」と書いたのだった。先述のアルバムタイトルがそこから取られたことはジャケットからも明らかだ。しかしそこにはアメリカの矛盾が無きにしもあらず、だ。自由を旗印にイギリスからの独立を目指す愛国者としてのジェファーソンインディアンネイティブ・アメリカン)の文化を尊重しつつも強制移住を促したジェファーソン奴隷制に反対しながらも奴隷を所有していたジェファーソン、女性参政権を認めたくなかったジェファーソン60年代カウンターカルチャーの思想性を背負いつつも、ジャニスのビッグ・ブラザー・ホールディングカンパニー同様、エアプレインも赤一点のボーカルを据えていた。

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そう、1998年のWindows of Heaven』なんていうのもリアルタイムで手に入れていた盤だ。ポール・カントナーやマーティ・バリン、ジェシ・バリッシュらの作品に混じってオフコースの”Yes Yes Yes”が日本盤ボーナス・トラックとして収録されているのは衝撃だったけれど。Aメロのアレンジや全体のコーラスなんかはポール・カントナー仕込みのエアプレイン・サウンドで。マーティが稲垣潤一など日本のAORのカバー盤を出しているから、その辺りの縁だろうと思う。この辺りのいなたい商業主義とのバランスも含めても嫌いになれない。グレイト・ソサエティとかプラネット・アース・ロックンロールオーケストラとか、ホット・ツナとかGrunt Recordsもの(ピーター・コウコネン、パパ・ジョン・クリーチ、ジャック・ボーナス…)も正直言って久々に…ごちゃごちゃ取り出して聴いている。

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2016-02-09 若者たち

markrock2016-02-09

[] 若者たち 21:43


先日高田馬場タイム閉店の記事を書いたのだけれど、いつになく多くの反響があって驚いている。ずっと注目している奈良の貴重なレコード屋さん、ジャンゴレコードの店長さんにもツイッターで取り上げていただけたり。老舗の閉店を惜しむ声と共に、レコード文化を愛する人達が多くいることに心強さも感じたものだ。そんなことを三鷹パレードの店長さん(高田馬場タイムで修業された後にご自身のお店を開業された)に報告しようとお店を訪ねると、既に記事のコピーを届けて下さったお客さんがいたとのこと。なんだかそんな人の繋がりも嬉しく思ったり。店長さんがおっしゃった「CDもよく考えるとレコードと同じでアナログな文化になりましたね」という言葉も印象的だった。確かにプラケースを開けてCDプレイヤーに投入する、という愛おしい一手間がアナログレコードとほぼ変わらない。こんなことに気付けるのも今という時代だからこそなのかもしれない。



さて、今日は佐藤勝の1972年の自演盤を。最近たまたま見つけたのだけれど、存在すら知らなかった。1928年北海道生まれの作曲家、佐藤勝と言えば、映画音楽の世界では数え切れない程の作品を手がけ、その名がとどろいている。何しろ黒澤明『用心棒』アカデミー賞作曲賞にノミネート)や岡本喜八作品の常連となっている人。幸福の黄色いハンカチ』『太陽の季節』『狂った果実』『独立愚連隊西へ』『赤ひげ』『日本のいちばん長い日』『日本沈没』『華麗なる一族』『あゝ野麦峠』『吉原炎上』『塀の中の懲りない面々』『釣りバカ日誌4』『雨あがる…と作品をあげればキリがない位。

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そんな彼がシンガー・ソングライターとしてTRIOから1972年にリリースした珍盤がその名も『佐藤勝』。「唄の無い世代に訴える40代のシンガーソングライター!」なんていう帯が目を惹くけれど、当時44歳ですか。大分渋い雰囲気が漂っている。

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提供曲の自演では石原裕次郎狂った果実”、ザ・ブルーベル・シンガーズ”昭和ブルース”、 ザ・ブロードサイド・フォー”若者たち”が白眉。多くの楽曲を共作した伊藤アキラ山上路夫五木寛之の作品は当時としては若い世代にアピールする部分があったはず。個人的には”学生街の喫茶店”や”岬めぐり””翼をください”のヒットでフォーク・ファンにも縁深い山上路夫さんのヒューマンな詩にグッと来るモノがあった。ちなみにシングルにはブルースな歌詞の"馬車うまのように"(B面は"若者たち")が切られたみたい。



もちろん全てが佐藤勝の作・編曲となっているけれども、サウンド的にはラッパがむせび泣くジャズ風味に日本的な俗謡・演歌調が混ざったような、60年代までの昭和映画の風情そのものの雰囲気。ボーカルも上手いとは言いがたいけれど、味のある感じ。いずみたくの自演盤なんかもそうだった。ザ・ブロードサイド・フォー版の”若者たち”(藤田敏雄の詩)は1966年の同名ドラマの主題歌でしっとりとしたモダン・フォーク調のアレンジだったのに対し、佐藤の自演はちょっとアップテンポで若々しいソフトロック調なのが面白い。しかしそれにしてもザ・ブロードサイド・フォーのリーダー、黒澤久雄黒澤明の息子だったわけで、その一世一代の大ヒット曲が親父の映画を手がけた作曲家だったということにも、今にして初めて気が付いた。

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2016-01-31 ジャック・テンプチン来日

markrock2016-01-31

[] ジャック・テンプチン来日 20:43

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グレン・フライの死に際して、彼の主要な共作者でもあり、かつてグレンやジャクソン・ブラウンJ.D.サウザーとLAで共同生活を送っていたというジャック・テンプチン(http://jacktempchin.com/)が偶然にも初来日ツアー中で。これは最終日1月26日の下北沢GARDEN公演行くしかないよな、と急に思い至って、チケットを取ってしまった。日本人にとってみれば、1976年の建国200年のアメリカ・ブーム〜ウェスト・コースト・フィーヴァーとも相俟ってか、イーグルスは特別な場所に位置しているバンドだと思う。

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ジャックはイーグルス1972年のファーストに”Peaceful Easy Feeling”が取り上げられた後、1976年にホンクのリチャード・ステコル、若かりしジュールズ・シアーとのバンド、ファンキー・キングス(『Funky Kings』)でアリスタからデビュー。

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さらにバンドの前にソロ・デビューの話もあったというジャックのファースト・ソロ『Jack Tempchin』が1978年に満を持してリリース(”Peaceful Easy Feeling”の自演版を含む)。その後イーグルスが解散し、ドン・ヘンリーとの不仲が囁かれたグレン・フライの共作者としての活動が主となっていった。

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ソングライターとしてのキャリアで大成功を収めた一方、1990年代以降は自身のソロ作品もいくつかリリースしていて、個人的にはぽつぽつ買っていた。(『After The Rain』『Staying Home』『Songs』とか。どれも良かった。)、昨年2015年には新作『Learning To Dance』をリリース。ライブまでに聴こうと思って注文したけれど、これは結局届かずじまいだった。

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さて、ライブは前半がジャックの世界や音楽的背景を理解するための、五十嵐正さんとのトーク・ショー、後半がライブ、というボリュームたっぷりの構成。正直、はじめのトーク1時間は長すぎるかな〜と心配したけれど、結構楽しめて、こういう親切なサーヴィスも時にはありかな、という気がした。



ジャックのキャリア、戦後の典型的なロックンロール世代体験談で。覚えているところで言うと、オクラホマオズの魔法使いマイ・フェア・レディというミュージカルの産湯に浸かり、ブルーズにも影響を受けて(ミシシッピ・フレッド・マクダウェルミシシッピジョン・ハート、リヴァーランド・ゲイリー・デイヴィス、ソニー・テリー&ブラウニーマギー…)ブルーズハープを演奏するようになって。さらにディランやハリー・ベラフォンテの登場によるフォークブームでサンディエゴのフォーク・シーンの顔役となり、そのフォーク・クラブの1つでドアマンの職にありついたのが若き日のトム・ウェイツだった、なんて。トムは終演後のクラブで、ジャックが新たにお店に置くことを決めたピアノに座って練習をはじめて…なーんて『Closing Time』のジャケの世界観のエピソードも。そしてその頃、デュオ、ロングブランチ・ペニー・ホイッスルとしてグレン・フライJ.D.サウザーサンディエゴにやってきて意気投合。

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後に成功を求めたジャックがサンフランシスコからLAに辿りつき、トルヴァドールに出演できるようになった頃にはロングブランチ・ペニーホイッスルのステージにブルーズハープで飛び入りしていたみたい。そしてイーグルスのデビュー前、最高の歌と曲、メンバーで頂点に立つ最高のバンドを作るんだぜ!とグレン・フライが大言壮語をぶっていた頃、ジャクソン・ブラウンの家でジャックが弾いた”Peaceful Easy Feeling”のテープをグレンが持ち帰ったことがイーグルスのファーストに収録されるきっかけだったとか。確かに大言壮語の割にオリジナルの持ち曲が少なかったイーグルスだったし、グレンは良い曲を見つけてアレンジするセンスに長けていたから絶好の出会いだったのかな。J.D.サウザーのファーストに収録されていた”How Long”を2007年にイーグルスが再演した時も、グレンのセンスに舌を巻いた。JDのファーストの収録曲のうち、この曲に注目していた人をそれ以前に知らなかったから…

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グレンと初めて共作したうちの1曲”The One You Love”(もう一つの初共作は”I Found Somebody”。)からムーディにスタートしたライブ。ジャック自身のブルーズハープサックス・ソロをうまくなぞっていて、流石元ハーピスト、と思ったり。それにしてもイーグルス解散後のグレン。汚れたロックンロールバビロンの中でたった1人になって、お酒もたしなまないマジメで謙虚なジャックと一緒なら、音楽に夢中だったあの頃の純粋な何かを取り戻せると思い至ったのかもしれない。ジャックのソングライティングの才を買っていたことや音楽性の近さ、デビュー以前からの縁もさることながら。でも、共作のお誘いがあってジャックが訪ねた際、高級ワイン2本と、この後プレイメイトが来るのかと勘違いしたほどの無数のキャンドルでムード作りをしていた、というのが笑えたな(音楽の女神、ミューズに捧げるキャンドルだったらしい…)。

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グレンとの共通項、もう一つは二人共夢中になったリズム&ブルースでしょう。ジャックのファーストはアラバマ・マッスル・ショールズ産だったし(ピート・カーのプロデュース)、共作が5曲収められたグレン・フライのファースト『No Fun Aloud』にもマッスル・ショールズ録音が含まれていた(フランキー・フォードの”Sea Cruise”のカバーなんて最高で!)。ジャックも、パーシー・スレッジアレサ・フランクリンと同じボーカル・ブースに入れた喜びを語っていた。



その後のライブは数曲でポール・ウィリアムスという、マンドリン・プレイヤーが加わった他は主にギブソンJ-200の弾き語りで。楽曲はジャックの音楽性、つまり亜米利加音楽の全てが入っているようで興味深かった。スリー・フィンガーやディラン・スタイルなハーモニカストロークで聴かせるフォーク・タッチ、エレキに持ち替えスライドも交えたブルーズ(”Bender”や”Loneliest Piano In Town”)や、ソウル、カントリーまで。新曲の雰囲気はブルース・スプリングスティーンが作りそうな曲にも思えたから、ホストが五十嵐正さんということにも十分頷けた。もちろん盛り上がったのはイーグルスへの提供曲”Peaceful Easy Feeling”やロブ・ストランドランドとの共作” Already Gone”(酒の飲めないジャックが、ロブと楽屋でいつになく飲んでしまい、3つのコードで15分で作ったとか…)、”You Belong To The City”や”I Found Somebody”、”Smuggler’s Blues”、”The Girl From Yesterday”などグレンとの共作曲の自演だった(グレンの死を受け、これからは自分が歌い継ぐ、と言葉少なに語っていたのも印象的で)。

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さらに、ジョニー・リヴァースが大ヒットさせた”Swayin’ To The Music(Slow Dancing)”も素晴らしくて。個人的にはジョニーのヴァージョンで好きになった曲。何でも今まで連れ添っている奥様シェリルさん(ファンキー・キングスでコーラスをやっていた、と言っていたような…コレは記憶に自信がありませんが。)に捧げた曲なんだとか。時流に流されない彼らしく、とっても素敵だな、と。ファンキー・キングスのアルバムの1曲目”Singing In The Streets”も嬉しかったし、クリス・ヒルマンハーブ・ペダーセンのデザート・ローズ・バンド!への提供曲”You Can Go Home”も涙ちょちょ切れる懐かしさで。あとはジャクソン・ブラウンリンダ・ロンシュタットデュエット版もライブ音源で存在しているという”One More Song”(ランディ・マイズナーのアルバムのタイトル曲になった)の自演も素晴らしい出来だった。ヌボーとしたピッチの甘い歌声のイメージがあったジャックだけれど、近年のライブ活動のせいか歌声に自信が満ち溢れ、声量も十分。大男によるマコトに大迫力のステージだった。今、2枚のアルバムを制作中で、内1枚はまだレコーディングしたことのない提供曲を集めたものになるようだから、”One More Song”もきっと入ることと思う。

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いやはや、改めて聴き直しているけれど、カントリー・ロックという音楽。従来は3コードだとロックンロールになるか、カントリー(あるいはフォーク)になるか、だったわけだけれど、その中間を取ったということ。つまりメロディアスなカントリーのメロディを歌いながら、ロックンロールのリフを注入して腰のあるビートを叩き込むという発明に今更ながら感嘆してしまった次第。ちなみにジャックのライブの雰囲気はDVD付属のCD『Live At Tales From The Tavern』(2012)でほぼ追体験できる。

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2016-01-21 高田馬場タイム再訪(2016年)

markrock2016-01-21

[] 高田馬場タイム再訪(2016年23:52



突然行かなくなる街というのもあるものでして。都合12年間もの学生時代を送った高田馬場なんですが、想い出のレコ屋・タイムの今月末での閉店を知り、居ても立ってもいられず駆けつけて。しかし改めて、変わっていたなあ…学生の街と言えば本屋とレコード屋。なのに芳林堂もないしムトウもない。タイムもそうだけれど、DISCATやレコファンやDISC FUNもないっていう。思わず、かつての毎日の巡回コースを回ったけれど、建物だけは残っているから遺跡巡りみたいで。


レア盤を10円(ジャケに値段がマジックで書かれていた…)で放出していたDisc Funはバーに改装されていた。

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学生帽を被ってえんえん居座ったDiscatがあったのはこの辺りだったか?今はもうない

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高田馬場駅前、BIG BOX古書感謝市に立ち寄った後、ムトウに行ったりしたものだ。今はガストに。

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この階段の上が夢の国だったんだけれど…横断歩道向かい側の店舗ももちろんなくなった。

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タイム発見!昔の黄色の看板ではないので一瞬どこだかわからなくなったけれど。ロゴや内装が先代の店主が亡くなられた後、オシャレに生まれ変わっていたのは知っていた。入り口の均一棚はとても懐かしくて。私が通っていた頃は均一CDも置いてあって、エヴァリーズのベストやニューポート・フォーク・フェスのディラン出演盤なんかを有象無象の山から発見した奇跡を思い出す。今日は最後だから、小椋佳の持っていない盤みたいなものを選んだよね。昔もこういう当たり前な日本のフォークなんかを殆ど一から集めていたんだった。

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改装で2階が無くなったのもショックだったけれど。この階段の上にとてつもない密林が待ちかまえていて。ワクワクした気持ちが忘れられない。

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1階の店内は管理が行き届いていて。手頃な価格もタイムの心意気だった。今回眺めた400位の均一コーナーは、20年前から値段を変えないラーメン屋のような安定感。シーカーズとか、探していたメル・トーメRaindrop keep fallin’ on my head』とか、レオ・セイヤー『Just a boy』山田パンダパンダフル・ハウスとかを昔のノリで選んでしまう。80年代のロックンロール・リヴァイヴァルの頃の鹿内孝オールディーズ・ヒット』ハーマンズ・ハーミッツのピーター・ヌーンが作ったバンド、トレンブラーズ(The Tremblers)、ジェイムス・バートン&ラルフ・ムーニーの盤、カウント・ベイシーがブッカー・Tのグリーン・オニオンズを演っていたりする盤、ジャック・ニッチェ・プロデュースのバンド、サムナー(Sumner)(アサイラム!)などもめっけもんだった。そう、トム・ペイスの『Maybe』というレコード、初めて聴いたけれど、ソフトで繊細、爽やかなアクースティック・ポップで最高だった!



ひげの社長の跡を継いだ店長さんともお話ししたけれど、今回の閉店の決断。音楽業界の状況とかだけではなく(もちろん売れる旧譜にばかり力を入れ、新譜に力がなくなってきたのは大きい)、震災後の日本の人々の意識の変化(急激に売る人が増えた、と)とか、ネット(YouTube含め)とか、グローバル化とか、政治も経済も、色んな問題が複雑に絡み合って良くない連鎖になってしまい…というお話が何とも印象的だった。地方はレコ屋がどんどん無くなっているし、某ディスクユニオンみたいなチェーンに行けば活況のように見えるけれど、全体的に店が減ったため、レコードクレージー達が単に一極集中している様相なのかも。次第に身体までむしばんでくるようなこのどん詰まり感、私だけじゃないと思うけれど、音楽とかロックとか、レコード文化を長らく愛してきた人達がいま、陰鬱に覆われている何かだよな、と。ボウイグレン・フライも、岡本おさみ野坂昭如も…とか、中村とうよう加藤和彦加瀬邦彦が、っていう話にもなってくる。それに加えて、店長さんは私よりちょっと年上だけど、団塊チルドレン世代が抱くなんだか共感できる感覚があった。とにかく世界中で戦後文化を引っ張ってきた団塊世代の文化に影響され、大人になって、90年代は多くの若者もレコードに魅せられるという新旧夢の共演もあって、高田馬場渋谷下北沢新宿レコードバブルで、そんな時代は永久に続く…と思って結局音楽の道にまで足を踏み入れちゃって…なのにどうしてくれんだよ、っていう。そんなやるせなさと諦めと。



そんなこんなで今日ばかりはとタイムの昔話に花を咲かせていると、お店のお客のおじちゃん達も「いや〜話聞いてたけど私も実はね…」なんて皆々、順々にタイムの想い出を語っていらっしゃって。愛されたお店だったんだな。向かいの通りにあった旧店舗から35年通ってるよ、なんて方もおられて。レコード愛は真摯で純粋なものだと思い知る。店長さんの、レーザーディスクなども含めて、どんなメディアも買い取ってレコード文化を残し、必要とする人に継承していくんだ、という強い想い・熱意にもある種の真理を見た気がした。



だから、そんなに暗い気持ちばかりを抱いているわけでもない。だってレコ屋通いを始めた高校生の時分、すでに、同世代のお客でCDでなくLPを買っている人はごくまれにしかいなかったし。ちなみにそのごくまれな人達は不思議と今も音楽に関わっておられたり(笑)。そういうものなのかもしれない。とはいえ、店を出るとですね、おそらくこの大きな包みが何なのかも、この店が何屋なのかも知らないワセダの学生の集団が無関心に通り抜けていったのには、寒風もあってか何か応えたな。



さて、そんな高田馬場散策の最後にはレコーズハリー。やってるかな?と思いつつ行くと、完全にタイムスリップした雰囲気で、店内ですれ違えないほどのパンパンのレコードも健在。入ると名物店長さんもいらっしゃって。「モヤモヤさまぁ〜ず2」の準レギュラーになっている郷ひろしさん。店に入るなり、パン食べる〜?なんつってお茶とメロンパンを一緒にごちそうになってしまうと言うこのカオス感がやはり高田馬場再訪に相応しかった。正月のテレビでも披露した新曲のデモテープに合わせて生歌を突然聴かせてくれる、とか、こういう感じが街やレコード屋という場の魅力といいますか…こういうの好きですね。郷さんが師事していたデューク・エイセス和田さんがコーラスを教えてあげていたという縁から生まれたGS人脈のお話は、店長さんのベーシストとしての音楽活動と重なり合い、本にした方がいいんじゃないかな、と思うほどのエピソード。話が尽きない。ここでは初めて見たルッキング・グラスの2枚目のアルバムと、イーグルスの”Take it easy”をカバーしたジョニー・リヴァースのアルバム(グレン・フライ追悼…)を選ぶ。最後に池袋だか椎名町だかのレコ屋の解体に立ち会った際、当時90歳の店長(シベリア抑留から帰ってきた方)から手伝ったお礼にもらってきたんだ、という山下達郎のソロ・デビュー盤Circus Town』のサイン盤なんてのも譲っていただいた。山下達郎氏がデビュー前にそのレコ屋でバイトしていたとのことだ。私もいずれ年をとったとき、誰か欲しがる人の所にまたこのレコードが旅だっていくんじゃないかな、と思った。レコードや文化とはそういうものだ。