いしうらまさゆき の『愛すべき音楽よ』(ブログ〜CD&レコードレビュー)

2016-06-22 ロックの未来、人類の未来

markrock2016-06-22

[] ロックの未来、人類の未来 23:33



色々意見があろう所をあえて、突っ込むけれど。2016年フジロックに政治を持ち込むな、みたいな意見があったという先日のニッカンスポーツの記事(http://www.nikkansports.com/entertainment/news/1666182.html)。シールズの奥田氏やジャーナリスト津田大介氏が出演することに噛み付いた人がいるとか。こうした記事すら眉唾で読んではいるけれど、久々にあきれてしまった。善意共同体ではもはや無くなっているフェイスブックのコメント欄などは、余りに極端すぎるので馬鹿馬鹿しく、見ないようにしているけど(万物斉同だと思っているので…)、今回ばかりはと覗いてみると、政治的な音楽なんか聴きたくない、みたいな、ナイーブさを装いつつの典型的な左翼アレルギーみたいな感じで。



いやしかし、ですよ。モノを作って世に問う人間が命がけで社会に何かを問いかけようとすることが、既にある種の政治性を帯びているということに何らかの自覚はないのだろうか。表現の仕方は直截・隠喩色々だろうけれど。例えばマドンナレディー・ガガ、あるいはタモリという存在そのものにだって政治性はある。ましてや今回焦点になっているのはロック・ミュージックですからね。「カウンター・カルチャーとは?」とか「ウッドストックに至るロックの歴史」なんぞをわざわざ説明しなきゃいけない時代になってきたと言うことなのか?「No Nukes」というイベントがありまして…とか。そんなことすら直感的にわからないくらい、感性が鈍ってしまったのか…

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まあ色々絶望的な時代の気分を象徴していると思う。そう、先日思想家内田樹さんが新聞に書いていたけれど、高度成長期までは互いを成長させるために好まれた「議論」というものは近年、相手に深い知識を与えることになるため、好まれなくなったと。自由競争・自助努力・自己責任を重視する昨今の新自由主義を勝ち抜き、利益を得るためには、相手議論をすることは損になる、ということなのだろう。先細りになる有限資源を奪い合い、少しでも多く分け前をもらうために、込み入った議論は避ける…なんだか人類の物語は、ずいぶんと悲しい結末に達しようとしているようだ。まあそれでもぼくは、無駄な議論を重ねながら、レコードを聴き、こんなブログを書いている。

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2016-06-19 アナログで聴く、デビュー・アゲン…

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[] アナログで聴く、デビュー・アゲン… 13:25

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大滝詠一『デビュー・アゲン』のアナログ。限定と言うことでかなり早めに予約していたけれど、そこまで焦らなくても大丈夫だった。結構在庫はあるような雰囲気、今のところは。往時のナイアガラを模したリヴァーシブル・ジャケット仕様。最後は自らを引用するという、これも遊び心かな。ディスコグラフィーの内袋とステッカー付属。ハーフ・スピード・カッティングを施したのは、ビートルズ1』なんかを手がけた、ロンドンメトロポリスマスタリングのティム・ヤング。

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気になったのは音だけれど、ふくよかなボーカルの機微が伝わる素晴らしいもの。CDで聴いたときは感じなかった低音の丁寧な歌い回しを表現できていて。現代的というより、ジャケットそのままの、80年代ナイアガラな感じがしたな。っていうか音源そのものが80年代録音中心だからだろうけれど。いずれにしても、デモテープ、という意味合いを超えて、ボーカリストとしてレコーディングしたという、その音源の魅力が表れている。あと、CDを聴いたときに感じた、レコーディングのコンディションや時代のバラツキを余り感じなかった。とはいえ、我が家の現状の再生環境がCDよりもアナログ向けにセッティングされているからそう聴こえるのかもしれないけれど…すみません、無責任ながら、細部まで検証することはせず、素直に楽しむことにする。

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でも、ボーカルが音像の中心にあるせいか、大滝さんのパーソナルな部分がいつになく垣間見えるようで、ちょっと泣けてきてしまう。

2016-06-16 Jim Glaser / The Man In The Mirror

markrock2016-06-16

[] Jim Glaser / The Man In The Mirror (Noble Vision Records / 1983) 00:03

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イングランドダンジョン・フォード・コーリーのヒット「秋風の恋(I’d Really Love To See You Tonight)」。この曲が死ぬほど好きでして。余りに好き過ぎて、昨年作ったアルバムのボーナス・ディスクでカバーしてしまった位…

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もちろん、曲を作ったパーカー・マッギーが大好きで。パーカー・マッギーの唯一のソロは日本のAORファンにはとても人気がある。音のマイルドで暖かいオレンジ色の雰囲気が、出せそうで出せない色で。

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日本でもCD化されたマーカス・ジョセフに始まり、ディアドルフ&ジョセフだとか、CCM臭が相当するけれどジーン・コットン、もちろんマイケル・ジョンソンだとか、レイフ・ヴァン・ホイ、ジョッシュ・レオ…などとポップ・カントリーを集めまくったのは、第二の「秋風の恋」に出会いたかったからかも知れない。でもそれを超えるクオリティの作品には正直出会えず、ここ5年くらいはあきらめかけていた次第。

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…てなわけで今日何気に手に取ったジム・グレイサー1983年の『The Man In The Mirror』。曲目に”You Got Me Running”とあり、もしやパーカー・マッギー曲では?と当たりを付けて。さらに”I’d Love To See You Again”という「秋風の恋(I’d Really Love To See You Tonight)」にそっくりの曲名を発見し、まさか…と思って買ってみると、パーカー・マッギーのソロに匹敵する素晴らしいクオリティの作品だった。これはびっくり。さすがに”I’d Love To See You Again”は「秋風の恋」とは異なる曲だったけれど、”You Got Me Running”はやはりパーカー・マッギーのカバーで。何しろ音や声の処理も含めて、完璧なパーカー・マッギー〜イングランドダンジョン・フォード・コーリー路線だったので驚いてしまった。

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ちょっと調べてみるとジム・グレイサーはベテラン・カントリー・シンガーで現在78歳。初期のキャリアではマーティ・ロビンスのバック・ボーカルをやったり、スキーター・デイヴィスに曲を書いたりしていた模様。60年代後半からシングルを多数リリースしていたけれど、アルバムの方は意外にもこの1983年の本作『The Man In The Mirror』が初めてだったみたい。しかもコレ、かなり売れたみたいです。6曲がシングルで切られ、なんとトップ30に全て入ってしまったという(カントリー・チャートで"You're Gettin' to Me Again"が1位、"If I Could Only Dance with You"は10位、"Let Me Down Easy"と"When You're Not a Lady"は16位、タイトル曲は17位、"You Got Me Running"は28位…)。余りにも曲が良かったわけだ、と思ってしまう。しかも、ゲイリー・パケットユニオン・ギャップの名曲”Woman,Woman”をカントリー・ポップにカバーしたヴァージョンも(すでに1975年に一度シングルでカバーしていた)。私のようなノン・リアルタイム派からすると、まだまだ知らない作品が埋もれていることを思い知らされる。

2016-06-07 Orlando / Harp, Voice And Tears

markrock2016-06-07

[] Orlando / Harp, Voice And Tears ( Super Star Records SSR963 / 1970 ) 00:03



スティーヴィー・ワンダートニー・ベネットらの歌唱で知られる”For Once In My Life”の作曲者、マーデン・オーランドレコード。楽曲の知名度に比べると、この人はイマイチ知られていない。オーランドと聞けば、トニー・オーランドが出てきてしまう。

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その”For Once In My Life”、作詞はロン・ミラー。ベリー・ゴーディによりバーで演奏しているところを見出され、モータウンに雇われた人。スティーヴィーの”A Place in the Sun”や”Yester-Me, Yester-You, Yesterday”、ダイアナ・ロスの” Touch Me in the Morning”、そしてシャーリーンの”I've Never Been To Me”が代表作だ。



初出は1966年バーバラ・マクネア、その後もフォー・トップス、テンプテーションズが取り上げ、そのモータウンの流れで1968年スティーヴィー・ワンダーがアップテンポのアレンジで大ヒットさせる。さらにジャズ畑ではカーメン・マクレエトニー・ベネット、ナンシー・ウィルソン(この人はソウルクロスオーバーだけど)、デラ・リーズが取り上げて、あのフランク・シナトラも歌っている。70年代にはいると、MORの名曲と言った風情でそれこそアンディ・ウィリアムス、ビル・メドレー、ポール・アンカ、O.C.スミス、サミー・デイヴィス・ジュニア…と大御所が取り上げる曲になって。カバーは270を超えるようだ。そう、トニー・ベネットの起死回生作2006年の『Duets: An American Classic』におけるスティーヴィーとのデュエット・ヴァージョンはグラミーを獲ったし、2015年スティーヴィー・ワンダートリビュート・ライブにおけるトニー歌唱の解釈も、兎にも角にも圧倒的だった。

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さて、作曲者のオーランド・マーデンだけれど、ロン・ミラーと比べて情報が少ない。この1970年のこのレコード『Harp, Voice And Tears 』の裏ジャケにはトム・ジョーンズの「アメリカ初の男性トーチ・シンガーが、彼にしかできないように、歌い演奏する」というありきたりなコメントが寄せられているだけで。聴いた感じはクラブのジャズ歌手という雰囲気。でもこの盤が凄いのは、伸びやかでムーディな「声」と「ハープ」だけの共演だということ。しかも、ハープオーランド弾き語りによるものらしい。完全に夜のレコード、という感じ。マーデン&ミラーの共作”Carousel”の他、スタンダードや、意外にもジョニ・ミッチェルのカバー”Both Sides Now”を取り上げている。ハープは日本の琴のように優美に響く瞬間もあって、エコーがかったマーデンの声と共に深い余韻を残す。

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2016-06-01 レコ屋の風景を切り取れば

markrock2016-06-01

[] レコ屋の風景を切り取れば 00:35



今日も三鷹パレードへ。毎週帰り際立ち寄って、何枚か選んで店長さんとつらつらお話しして帰る…というのが、レコードに狂ってしまった私なんぞにとっては何とも生きている実感に繋がるもので。

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若杉実さんという人が書いた東京レコ屋ヒストリーという本が今年話題になったけれど。東京レコード屋の歴史についての聞き書き集。もちろん三鷹パレードや、先日惜しくも実店舗が閉店した高田馬場タイムなども紹介されている。ただ、本のタイトルほど包括的に東京レコード屋を網羅したものではないのと(著者のレコード個人史的な店舗のセレクトということで)、レコ屋さんの怪しい記憶に頼ったのかリサーチ不足の面があり、相当賛否両論あるようだけれど。色々なレコ屋の店主さんからお話など聞くと、レア盤発掘、と聞いてお客もレコ屋も色めき立ったけれど幻だった、だとか悲喜こもごも、面白いエピソードはいくらでも出てくるわけで。そんなレコードは思い入れある人も多いだけに、全ての人を満足させるのは難しいと思う。ちなみに「古本の本」というのは結構いちジャンルになっている所がある。例えば反町茂雄『一古書肆の想い出』平凡社)だとか、個人的には熱心に集めているジャンルだったりする。だから、東京レコ屋ヒストリーをきっかけに「レコードの本」なり「想い出のレコ屋についてのブログ」なりが今後増えていけば、それでいいのではないだろうか。個人的には通ったり、興味惹かれてきたレコ屋がとにかく被っていた(いる)のでとても面白く読ませていただいた。下北フラッシュやココナッツ・ディスク、伝説のパイド・パイパー・ハウス、このブログでお世話になっている芽瑠璃堂のことも!いやはや素敵じゃないか!



さて今日パレードで選んだのはまず…1927年1933年の黒人ジャグ・バンドが誕生した頃のコンピ『The Great Jug Bands』。Origin Jazz Libraryより1962年に出た編集盤でサム・チャーターズがライナーを書いている。1960年代のジャグ・バンドのリヴァイヴァルが始まっていく頃。ガス・キャノンとか、メンフィス・ミニー、あとはバーミンガム・ジャグ・バンド、メンフィス・ジャグ・バンド、ジャック・ケリー、ノア・ルイスなどを収録。当時のアメリカ盤だけれど、後ろに万年筆で感想が英語でつらつら書いてあるのが面白い。でも、ジャグの音がよくわかっていないみたいで「誰かが低い声で唸っている」とか「ベースのイミテーションみたいだ」とか書かれているのが微笑ましかった。

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あとドゥービーズ『The Captain And Me』のオリジナル米初盤。ちょっとしたキズがあるだけで300円というのはなんと良心的な…オリジナルの色味は後発盤よりジャケのスカイブルーが濃いのが印象的だった。

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あとはシングルを幾つか。吉幾三1977年のコミカルな再デビュー盤「俺はぜったい!プレスリーは大好きな曲なので、すかさず。B面「青春荘」はタイトルからして遅れてきたフォーク調だった。「俺ら東京さ行ぐだ」の破壊力はないけれど。山岡英二時代に、フォーク系のミュージシャンが営業で一緒になったけれど感じ悪かった、みたいな負のエピソードをどこかで聞いたことがあるけれど…まあちょっと筋モンの匂いがプンプンするわけですが、好きなんだよなぁ。凄い才能をもったシンガー・ソングライターだと思う。「俺ら東京さ行ぐだ」が今年アナログ再発されたという話も。ジャパ・コミック・ラップの先駆みたいな。私もかつてそのシングル盤を聴きまくりました。

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あと長谷川きよし「黒の舟唄/心ノ中ノ日本」プログレなど尖ったロック・レーベルという印象のヴァーティゴからのリリース。「心中日本」のタイトルにケチがつき、タイトルを変更したという「心ノ中ノ日本」はアルバムで聴いて以来、時折口ずさみ、心の支えのような曲になっている。

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ハマクラ・メロディの最高峰「みんな夢の中」。ハスキーで良い声!

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瀬戸龍介、吉川忠英など在籍でキャピトルから世界リリースされたイーストのシングル。アルバムの中でも最高の出来の”Beautiful Morning”だけれど、音はなぜかイマイチ。アルバムの方がミックスが良かったかも。

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あとは小林旭自動車ショー歌/ほらふきマドロス」。一番好きなフレーズは「骨のずいまでシボレーで」。

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これは正直知らなかった、というのは、シナーラ名義の「どう思いますか。/ブルー・スカイ・ブルー」。ソロ・アルバムがシティ・ポップ名盤として名高いセッション・シンガー木戸やすひろと、元クラフトの三井誠のデュオクラフトさだまさし詩曲の「僕にまかせてください」が売れたため、フォーク・グループのイメージが付いてしまったけれど、実はウェスト・コースト・ロックの素地をもっていたバンド。メンバーの濱田金吾はグループ解散後、AORの良作を多く残すことになるし、三井誠は稲垣潤一クリスマス・キャロルの頃には」の作曲などで当てることになる。このシナーラ、二人の個性を生かしたブリージーな楽曲を1曲ずつ分け合って歌っている。詩は荒木とよひさ

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2016-05-29 Spontaneous Combustion

markrock2016-05-29

[] Spontaneous Combustion 13:03

/ Come And Stick Your Head In(Flying Dutchman FDS-102 / 1969)


さて、今日手に取ったのは1969年ジャズレーベルフライング・ダッチマンボブ・シール設立)からリリースされたSpontaneous Combustionの『Come And Stick Your Head In』。バンド名は適当に付けたんだろうけれど、その名も「自然発火」。中身は60年代のLAポップ・シーンの陰の主役だったスタジオ・ミュージシャン、レッキング・クルーの面々。主役はティム・ハーディンの1曲以外の作曲を務めるゲイリー・コールマン。演っているのはジャズ・ロックなインスト。ロッキンだったり、ラテン・ビートが挟まったり。冒頭の”Blue Sir-G-O”がスリリングでとても気に入っている。

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メンバーはゲイリー・コールマン、マイク・メルヴォイン、ラリー・ネクテル、トム・スコット、デニス・バディマー、ジョン・ガーリン、ジム・ホーン、マイク・ディージー、そして「レイラ」の共作者でもあるジミー(ジム)・ゴードンという。60年代の多くのポップ・ソングのレコーディングは彼らを含むレッキング・クルーの面々が演奏していた、というのは有名な話だ。好きな傾向の音を含むレコードを集めていったら、ほとんどレッキング・クルー仕事だった、という話もあるから、多くの場合ノン・クレジットで影武者仕事が伏せられていたとは言え、当時から耳の良いリスナーは聴き分けられたのではないだろうか。フィル・スペクターからソニーシェール、そしてママス&ザ・パパスやバリー・マクガイアといったダンヒル仕事、ジャン&ディーン、モンキーズサイモン&ガーファンクルカーペンターズフィフス・ディメンションビーチ・ボーイズ『ペット・サウンズ』のバーズの「ミスター・タンブリン・マン」…



トミー・テデスコの息子が完成させた映画『レッキング・クルー〜伝説のミュージシャンたち〜』も今年話題になっているけれど、それに先立つケント・ハートマンの書いた『レッキング・クルーのいい仕事』P-Vine BOOKSから邦訳が出ているけれが、誤植が多いのを除けば素晴らしい)はとても面白い本だった。そこにも売れないヴィブラフォン奏者だったゲイリー・コールマンが女性ベーシストキャロル・ケイの手引きでデヴィッド・アクセルロイドの元でパーカショニストしての地位を得るくだりが出てくる。『ペット・サウンズ』パーカッションもゲイリーだった。S&Gの「明日に架ける橋」のレコーディングでは、後にブレッドに加入するラリー・ネクテルが流麗かつ壮大なライチャス・ブラザーズばりのピアノ・アレンジを練り上げ、そこにゲイリーが30分くらいでヴィブラフォンを加えた話も登場する。SPONTANEOUS COMBUSTIONの演奏に、ゲイリーを始めとしたレッキング・クルーの面々の一朝一夕では為し得ない卓越した技量を思い知らされる。

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2016-05-24

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[] シンディ、永遠のカントリー・ガールに 22:05



ここの所、ベテランの新作が相次いでいる。LPでの並行リリースはなんだか足下を見られているようだけれど、ついついLPの方に手を出してしまう。LPは日本のショップにも入荷しているけれど、値段だけを取ると、アマゾンで予約注文するのが安かったり。

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5月にリリースされたシンディ・ローパーの新作『Detour』。「回り道」というタイトルでシンディお気に入りの40・50・60年代のカントリー・スタンダードを歌っている。エミルー・ハリスからジョージ・ストレイト、リーバ・マッキンタイア、ヴィンス・ギルらをプロデュースしてきたトニー・ブラウンが手がけたナッシュビル録音。エグゼクティブプロデューサーには今回の企画の発起人たるサイアー・レコードシーモア・スタインが。ビルボードのカントリー・チャートでも早速4位にランクインしたみたい。

これはLPで買って良かった。1曲目のスイングするロカビリー風味の”Funnel Of Love”が雰囲気十分なレトロ・サウンドになっていて(音が良い!)。チャーリー・マッコイ作でワンダ・ジャクソンが歌った曲。アナログにフィットしている音。ジャケもいいよね。御年62歳というけれど、お互いシンパシーを感じているレディー・ガガ同様、年齢を超越している雰囲気。ゲストはエミルー・ハリス(タイトル曲”Detour”をデュエット。このブログで取り上げたエルトン・ブリットやビル・ヘイリーなんかもレコーディングしている曲。)、ウィリーネルソン(なんとウィリーの”Night Life”をウィリーのギター・ソロ入りでデュエット!)、ヴィンス・ギル、アリスン・クラウス…と豪華そのもの。昔、来日公演を観に行ったジュエルとはパッツィ・モンタナの”I Want To Be A Cowboy Sweetheart”をヨーデル・ヴァージョンで歌っていたり。これにも当然感動してしまった。



カントリーと言っても、スキーター・デイヴィスの“The End Of The World”なんぞはオールディーズクラシックと言ってもいいかな。元々オールディーズ・リヴァイヴァル・バンドのブルー・エンジェルでデビューしたことなどを思い出す。その他にもドロシー・ムーアの”Misty Blue”やマーティ・ロビンスの”Begging To You”、カントリー・クラシック化している”Heartaches By The Number”、パッツィ・クラインの”I Fall To Pieces”などを。ラストの”Hard Candy Chiristmas”は比較的新しいドリー・パートン1982年のバラード。作曲は女性SSWキャロル・ホールでした。この人の70年代初頭のエレクトラ盤は凄く良い。

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ボーカルの艶も全盛期のままで驚いた。ひっくり返るヒーカップ唱法的な裏声も健在で。一時期メジャー契約が切れて、迷走しているというか、元気のない時期もあったのだけれど、グラミーにノミネートされた『Memphis Blues』あたりで生き返ってきた感じ。レディー・ガガに出会って吹っ切れたみたい。東日本大震災後の来日ステージも感動的だったし。なんと言っても感情過多なボーカル・スタイルに惹かれる。80年代は汗の匂いを消し去ったテクノな時代だったわけだけれども、29歳の遅咲きソロ・デビューを果たしたシンディのボーカル・スタイルにはどこか前時代的な汗の匂いがあったような。そして、不遇な立場に置かれていたり、どんな社会にも属せず生き辛さを抱えている(まさにUnusualな)あらゆる人を包み込む優しさもあった。1983年の『She’s So Unusual』はやっぱり印象的で、”She Bop”だとか、まだ5歳にもなっていなかったのに町の有線で聴く度に口ずさんでいたのを覚えているから不思議だ。マイケル・ジャクソンThrillerと同種のインパクトがあったと思う。ピエール瀧さんの番組に出たときに、好きなアーティストは?の質問に「シンディ・ローパー!」と答えたことなども思い出した(当時から本当に好きだった…)。

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ファーストから30周年経った2014年の記念盤。2枚組でデモやリハーサル・テイクを含むもの。日本語訳も出た自伝読みつつ聴くと発見があったり。

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もちろん聴いていた当時はカセットだった。ファミコンのソフトもあったグーニーズサントラなんぞも久々に発掘した。”グーニーズはグッド・イナフ”って凄い邦題だと思う。このサントラにはTOTO加入前のジョセフ・ウィリアムスの貴重なトラックもある。

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アラン・トゥーサンB.B.キング、ジョニー・ラング、アン・ピーブルス、チャーリー・マッセルホワイトがゲスト参加した2010年の『Memphis Blues』。これはシンディとハーピストのチャーリー・マッセルホワイトのサイン盤。

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2016-05-14 ディランのファーストがしっくり来る

markrock2016-05-14

[] ディランのファーストがしっくり来る 13:32


無意識的にレコードを買って、しりとりのように音楽を聴いている時がある。先日たまたまジャズレコード専門店を物色していた時のこと。ジャズ・ボーカルのコーナーになぜかボブ・ディランのファースト・アルバムがあった。しかもセカンド・プレス(モノラル)。これはついつい手に取ってしまった。レーベルからすると1965年頃のプレスではないかと思われるけれど、すさまじいボーカルとハーモニカ、そしてギブソンのアコギの音圧だった。



リアルタイムのファンジャズレコードアメリカ音楽、ってな括りで聴いていたことは理解していたけれど、まさかディランまでとは。でも、現在はディランの方からジャズに行ってしまったのを考えると、違和感がないといえば、ない。そうそう、ジャズ専門店のお客としては邪道かもしれないけれど、リズム&ブルースやフォーク、ソフト・ロックレコードをその中から見つけ出すのも結構好きだ。レイ・チャールズなんかはジャズのフィールドでレコードを出していたからもちろん結構あるし、ハリー・ベラフォンテオスカー・ブランド、ブラザーズ・フォーやニュー・クリスティミンストレルズのランディ・スパークスとか。フリー・デザインが有名になりすぎてしまったけれど、Project3のイノック・ライトものは沢山出てくる。A&Mだとクローディーヌ・ロンジェとかサンドパイパーズだとか。東のジョニ・ミッチェルとか言われていたらしい女性SSWマーシャ・マラメットのデッカ盤もジャズの店に限ってよく見かけたり。さらには90年代にオデッタの再来、などと言われた黒人女性SSWトレイシー・チャップマンもあったりするから面白い。実際トレイシーはジャズ専門誌にもリアルタイムでレビューが掲載されていた。ジャズ・ボーカル・ファンの食指は実に幅広い。

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さて、そんなこんなで1962年、ディランのファーストBob Dylan。デイヴ・ヴァン・ロンク版のアレンジをパクって本人を怒らせた”House Of The Rising Sun”(さらにこのアレンジをアニマルズがエレクトリック化させた)だとか、ジェシ・フラーの改題”You’re No Good”に、エリック・フォン・シュミットの”Baby, Let Me Follow You Down”、ウディに捧ぐ”Song To Woody”だとか”Talkin’ New York”…学生時代に初めて聴いたときは、オリジナル信仰がありすぎて、カバーばっかり、みたいな愚かな聴き方をしていたけれど、今はなんだか相当新鮮に響く。この時代のフォークのレコードはB級C級含めてかなりの数を聴いてきたつもりだけれど、物真似にしても迫力のある黒人ブルーズ解釈とギター・ピッキングの確かさはディランが群を抜いている。概して白人フォーク・シンガーはブルーズの色が薄く、リズムも単調な場合が多いから。彼がロックのその後の歴史を作っていけたことを良く理解できる。

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ディランの息づかいまでが伝わるファーストを聴いていたら、ランブリン・ジャック・エリオット1964年ヴァンガード盤が聴きたくなってきた。エリオットのギター&ハーモニカを基本に、ビル・リーやエリック・ワイズバーグのベース、エリック・ダーリングのバンジョー、ジョン・ハモンドハーモニカが加わっている。イアン&シルヴィアやジョン・ヘラルドの参加も。そうそう、ディラン自身も”Tedham Porterhouse”という変名でハーモニカを吹いている。一瞬ディランよりは大人しく感じるけれど、ギター・ピッキングの確かさとひょうひょうとした語り口は流石エリオットだ。いやでも、カーター・ファミリー”Will The Circle Be Unbroken”で張り上げるハイトーンを聴いていると、ディランに負けていないか。そう、この”Diamond Joe”をニューポート・フォーク・フェスティバルのCDで初めて聴いたのがエリオットとの出会いだった。ディランが憧れたのも良くわかる。語り口もそっくりだ。その他にも定番”Guabi Guabi”、高田渡もメロディを借りているウディ・ガスリーの”1913 Massacre”、盟友デロール・アダムスの”Portland Town”に加えて、ディランのファーストにあった”House Of The Rising Sun”も取り上げている。比べるとデイヴ・ヴァン・ロンクのアレンジにいかにオリジナリティがあったかが良くわかる。

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さて、そうなってくるとウディ・ガスリーだ。さきのエリオット盤と同じ1964年にフォークウェイズからリリースされた『Dust Bowl Ballads Sung By Woody Guthrie』を聴いてみる。1940年にレコーディングされた音源に、1964年の新録2曲を含むものであるようだ。冒頭”Talking Dust Blues”が始まると、すでにディラン盤の”Talkin’ New York”とシンクロしてくる。日本のフォークで言えば、”I’m Blowing Down”がシバさんの”淋しい気持ちで”となり、”Do Re Mi”が高田渡の”銭がなけりゃ”になり…という様々な影響を与えていく音盤なのだった。

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そんな気分で、ディランのファーストに繋がる盤を探していたら、ディランデビュー30周年の1992年に出た『Good As I Been To You』。実はこの辺りが私がリアルタイムで出会ったディランだった。後になってEUでリリースされたというアナログも手に入れた。当時この盤、色んなメディアで、ギターとハーモニカ弾き語りディランは嬉しいけれど、なぜカバー?どう受け止めて良いのかわからない…といった困惑が見て取れたけれど、これもオリジナル信仰に基づく理解だった。今聴くとなぜかしっくりくる。一発録りで臨んだらしいけれど、ギターが凄まじく上手で驚いてしまう。ギター一本でコレを表現するのは簡単そうで難しい(その昔、柄にもなくコピーしようとしたけれど、弾き方がわからない場所が結構あった)。”Step It Up And Go”のドライヴ感だとか。ここでもブルーズのフィーリングにただただ唸るのみ。プチプチいうこの時代のエレアコの音もなんだかやみつきになる(キャリアの中でディランを相当意識しているスティーヴン・スティルスも同じようなエレアコの音で1994年に『Stills Alone』を出した)。そう、『Good As I Been To You』にはジャック・エリオットの”Diamond Joe”が収録されているんだった。

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最後に、あ!と思って取り出したのはジェシ・フラー。”San Francisco Bay Blues”のオリジネイターとして知られているワン・マン・バンドの黒人歌手。ディランのファーストの1曲目にジェシのクレジットがあったけれど。全くこちらも同一線上にある音だ。ここいらでディランを聴いてるのか、エリオットだったか、ガスリーだったか、フラーだったか…わからなくなってくる。ディランのギター・プレイにはこのジェシ・フラーのプレイに負うものがある。この盤は1963年にGood Time Jazzから出た『San Francisco Bay Blues』。フラーはイスに座って、12弦ギターハーモニカカズーシンバル、自作のフォトデラ(右足でペダルを踏んで6弦にハンマーを当てるベース)を同時に演奏するという旅芸人だった。

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同じくGood Time Jazzから1961年に出た『Sings And Plays Jazz,Folk Songs,Spirituals & Blues』も素晴らしい出来だ。手元にあるのはオリジナルではなく、1990年のリイシューLPだ。エリック・クラプトン『Unplugged』で取り上げた”Hey Hey”も入っている。

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ところで私が尊敬しているBroom Duster KANこと元ぎんぎんの神林治満さん。10数年前に初めて吉祥寺井の頭公園路上ライブを見たとき、その風貌にジェシ・フラーと全く似たものを感じたのだった。路上から、ブルーズを地でいくその生き様が、すでに人生のレールを脱線していた20代前半の私の心を打ったのだった。以来、KANさんのホームページhttp://broomdusterkan.cocolog-nifty.com/)を運営したり、親しくさせていただいているのだけれど、その音楽への畏敬の念は初めて触れたあの時と全く変わらない。自分と比べるのはおこがましいけれど、ディランがエリオットやフラー、ガスリーに抱いた気持ちも同じようなものなのではなかっただろうか。今のディランの中にも、新鮮な何かとして、変わらず残っているのではなかろうか。

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ホームページから購入して下さったブルース・ライターの妹尾みえさんがブルースソウル・レコーズ誌で紹介してくださったBroom Duster KANの新作『Dirty Junks live at Gin House』

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2016-05-12 ファイヴ・ライヴ・ヤードバーズ!

markrock2016-05-12

[] ファイヴ・ライヴ・ヤードバーズ10:23



どちらかと言えば昔から英国ロックよりも米国ロックを贔屓にしている。どちらも大好きではあるけれど。評論家の人達もどちらかと言えばそのどちらかに分かれていたような。個人的には、伝統は浅いにしても、自由や平等と言ったアメリカ建国の普遍的・理想的価値に無意識的に惹かれてきた。しかもどっこいブルーズの伝統、ということではイギリス人もアメリカに惹かれ続けてきた。エリック・クラプトンもその一人だろう。



先日の来日公演のこともあったからか、今更、ヤードバーズのファースト英国盤を入手してみた。60年代のオリジナルは目が飛び出るほどだから、70年代の再発で、しかも盤質Cみたいなやつを見つけて。

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昔から音が悪いだとか、キース・レルフのボーカルがイマイチだとか、余り良い評判でなかった盤。私も1993年に日本のJIMCOからリリースされCDを持っていたけれど、確かにその評判通りの音で、何度も聴こうとは思えなかった。ちなみに1992年にキングから出た編集盤The Yardbirds Featuring Eric Claptonはジャケットにつられて『Five Live Yardbirds』かと思って買ったら、ソニー・ボーイ・ウィリアムスンとの共演を含む、全然違う編集盤だったという。ややこしいわ!って思ったりしました。

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てなわけで今更、この英国盤を聴いて…ぶっ飛びました!司会のマイクの破裂音まで鮮明で。「エリック・スローハンド・クラプトン!」なんていう紹介でドッと会場が沸いて、チャック・ベリーの”Too Much Monkey Business”が始まって…何度となくCDで聴いていた音だけれど全く違っている。ロンドン・マーキー・クラブの熱気がダンゴ状になって迫ってきて。特にクラプトンの高速ギターソロで各曲がオーガズムを迎えるんだけれど、ほぼ狂ってますね。ロックン・ロールが何の隠語だったのか、を思い起こさせてくれる。この時代のギタリストの誰を取ってもこんな風には弾けなかったはずだ。キース・レルフのボーカルだってそんなに悪くないし。

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ところで、日本盤のレコードの音は今にして聴くと種々多様だ。盤によっては安定した中音域を誇り、米盤よりも良音だったりするものも。ただ、ひどいと盤起こしもあるし、ジャケットもコピーで色味がオリジナルと大分違っていたり(これはとても多い)。CD化が行われた1990年前後も、現在のようなリマスターがなされていなかったし、オリジナルの音圧を再生できていなかった。とりわけ日本では、e-bayでペペッとクリックすれば買えて決済までできてしまう現在とは違い、オリジナルの入手が長らく困難だった事情もあるだろう。情報の受容・発信も一部の評論家や好事家に限られていたから誤解も大いに有り得た。一方ではそうした情報への渇望や一枚かかったフィルターがリスナーの想像力をかき立ててきた部分も無視できないのだけれど。



とはいえ、現代の視点でもう一度、過去のミュージシャンやバンドの音を再構成する作業は面白い。色々と聴き比べてみよう。



学生時代に先輩の家に呼ばれて「この"Hidaway"を聴け!」って正座させられました。その先輩、何年も留年したあげく、突然「長野に帰る」って。今頃どうしているだろう。下宿の片付けを手伝ったお礼にもらったゲイリー・ムーアLPが今も家にある。

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リプロ盤でも結構昔は高嶺の花だったような…ペイジ時代のヤードバーズ

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こんなの持ってたっけ…と思ったけどジム・マッカティ達が作ったバンド「Shoot」の盤。久々に聴くと、明らかにCS&N症候群ですね。結構好きな音!

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Box Of Frogsも存在すら忘れていた…

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2016-05-02 グレアム・ナッシュ「今宵、この小道で(This Path Tonight)」

markrock2016-05-02

[] グレアム・ナッシュ「今宵、この小道で(This Path Tonight)」 10:24


ぼくたちは何処へ行くのだろう?

ぼくたちは何処へ行くのだろう?

(This Path Tonight)


今年3月、ローリング・ストーンのウェブサイトで(http://www.rollingstone.com/music/news/graham-nash-i-dont-want-anything-to-do-with-david-crosby-20160308)盟友デヴィッド・クロスビーとの不仲が伝えられていたグレアム・ナッシュビルボード誌のインタビューでグレアムが「CSN&Yレコードや、CS&Nのレコード、ショウはもうないだろう」と答えたんだとか。今更仲違いはないだろう…と思った。ひどいメールを送りつけたクロスビーが原因、という言だったけれど。グレアムは罵詈雑言で結構怒っている。長年連れ添ったペギーと別れたニール・ヤングガールフレンドをけなした件でもクロスビーは揉めたみたい。ちなみにクロスビー、現在かなり積極的にツイッター情報発信コミュニケーションしているんですよね。ちょっと哲学的、禅的な受け答えが面白くてフォローしているんだけれど、ナイフのような鋭さも持ち合わせていて。それがストレートなナッシュの心を傷つけたのかもしれない。

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「今は自分自身に集中したいんだ」…ナッシュのソロとしては14年ぶりになるニュー・アルバムの報。ジャケットとタイトル『This Path Tonight』を見て、なんとなく想像はついた。遺作に成りうる作品だな、と。だって、ファースト・アルバムのタイトルをもじった2002年の前作『Songs For Survivors』から14年ぶり。前々作はさらに16年遡って1986年の『Innocent Eyes』だった。

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実はソロは寡作、そう思うと今度、はないかもしれない。こちらも覚悟して、輸入LPで購入。ゲイトフォールド・ジャケットに180gの肉厚ビニール、アナログで聴きたくなる暖かい音のアルバムだった。3曲のボーナストラックを含めたプラスチック製ダウンロード・カードも付いてきた。ビーターバラカンの弟、でもあるミック・バラカンことシェイン・フォンテインのプロデュース。昨年のCS&N来日公演でも堅実なサポートを見せていた彼。時代に耐えうるアメリカン・ロックの音に仕上げている。先ほどから5回ぐらいリピートしているけれど、書き貯められた楽曲の完成度や若々しいボーカルも含めて、ソロでも最高傑作の部類なのではなかろうか。

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はじめに音を聴く前、じっくりと歌詞やジャケットを味わったのだけれど。モノクロのジャケットには雪の降り積もる雑木林の小道を歩いていく白髪のナッシュの後ろ姿が。これはもちろん老いたナッシュに残された人生の小道でもあり、ナッシュが共に歩んできた60年代的精神の行く末でもある、と私は読み取った。



歌詞に描かれているのはパーソナルな極めてほろ苦い現状認識だ。残り少ない未来の人生と過去と今を、揺れ動く心そのままに、ナッシュらしく正直に見つめている。「さいご ぼく自身は(Myself At Last)」の冒頭ではこんな風に歌っていた。



光は静かに消えていく

そして早々と夜がやってくる

私は夢をたぐり寄せる

過去と戦うのはむずかしい

全てが語られ成し遂げられたとき

代価を計算するのはむずかしい

そしてぼくはこの孤独な路を転げ落ちる

さいご ぼく自身を見失ったように

(Myself At Last)



「全てが語られ成し遂げられたとき、何を失ったのかを見つけることはむずかしい」という言葉にも心に迫る何かがあった。輝かしいバンドの日々を懐古したような”Golden days”はどうだろう。



ぼくは昔バンドにいた、友人たちとでっちあげた

沢山の土地で演奏した

そのとき音楽に終わりはなく…そう、始まりだった

ぼくたちは心一杯 持ちうる全てを歌った

ぼくたちが与えたものは、みんなにかえってきた

あの旧き日々に



歌にはソウルがあり、詩は輝かしい日々への希望に溢れていた

おぉ ぼくは知っている…人々は傷ついていた

でも何とか道を見つけようとしていた

そんな崩壊の日々に



でも今ではみんな ケアが必要みたいだ

すべてのぼくらの夢を信じ、すべてのぼくらの祈りに答えて

“愛こそはすべて(All You Need Is Love)”はどうなってしまったんだろう

いつでも時は過ぎ去り、次の日がやってくる

とてもゆっくりでいて、とても素早く

だから道を見失ってしまうんだ、輝かしい日々への

(Golden Days)

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ラストの”Encore”では「最後のショウが終わったら、何をしたい?」「もし信じ続けることをやめたら、何をしたい?」「音楽が死んだら、どんな感じがする?」…なんて神妙に並べた後で…



アンコール、アンコール 最後の歌が終わった

「もっとやれ、もっとやれ」群衆が足元まできている

「もちろん、もちろん」 おだててくれて嬉しいよ

アンコール アンコール…

(Encore)



イギリス人らしい、ちょっと皮肉なような、諦めのような…ナッシュもトランプ騒動や世界を取り巻く不穏な状況を前にして、何を見ているかが伺える。70年代後半から80年代のCS&Nによくあった、大仰なナッシュの楽曲は影を潜め、木訥とした心情を、アコースティック・ギターやいつまでも素人っぽさを残すハーモニカに載せて歌っている。とはいえ冒頭のタイトル曲では、陰鬱な雰囲気をかき消すような瑞々しいロック・サウンドを聴かせていたり、厚みのあるコーラスを付けて、現代的に仕上げていたり。この辺りがシェインの音作りの確かさだ。シンプルなようでアレンジにひとひねりを加えている所も、一本調子になりがちなナッシュの楽曲に彩りを添えている。



ザ・バンドのリヴォン・ヘルムに捧げた”Back Home (For Levon)”ではザ・バンドの代表曲の詩を散りばめつつ(”Take a load off”)、人生の円環(May the circle be unbroken)や(ザ・)バンドはいつまでも(tha band plays on and on)なんていう普遍の真理を歌っていたり。



ちなみにボーナス・トラック3曲も迫力があった。CS&Nのツアー後に20曲作って、シェーンと8日間で20曲全部レコーディングしたこのアルバム。10曲が本編に収まって、ボーナスはそのアウトテイクにあたる。その内、”Mississippi Burning(ミシシッピー・バーニング)”はそのタイトル通り、1964年に黒人参政権運動を展開した黒人・ユダヤ人含む3人の学生が深南部で殺された事件を題材にしたもの。ステイプル・シンガーズばりのブルーズゴスペルタッチの仕上がりになっているのはそういうわけだろう。つくづく”Chicago”や”War Song”の人なのである。そして”Watch Out For The Wind”、これはその50年後の2014年ミズーリ州ファガーソンで18歳の黒人マイケル・ブラウンが白人警察官に射殺された事件を受けて書かれたものだ。50年経っても変わらず繰り返してしまう愚かさはこの国の現状を見ても相似形だ。グレアムが政治的主張も含むこうした楽曲を本編に収めなかったバランス感覚はとてもよくわかる。トピカルなテーマに普遍性がないという人もいるだろうし、そうした側面を嫌う人もいるだろうから。でも私はどうせ一度きりの人生なら、グレアムのような生き方を選びたい、そんなことを思いつつ聴いている。

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2016-04-29 Lのレコード

markrock2016-04-29

[] Lのレコード 19:20



なぜかLPだけはジャンル別に一応律儀にAから箱に入れている。ロニー・マックレコードを取り出していたら、Lの箱にあったレコード。リー・クレイトン、レン・ノヴィ、レン・チャンドラーレオン・ビブ、レナード・コーエンレオン・レッドボーン、ロボ、ロニー・ナイト…これは男性シンガー・ソングライターの箱だった。当初ロニー・マックシンガー・ソングライターとして聴いていたことを前回書いたけれど、やっぱりはじめは随分勘違いしていたような。

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でもこれは勘違いしてもしょうがないかな、と思ったのは、ロニー・マックの先達でもあったギタリスト、リンク・レイの『Link Wray』1971年ポリドールからのリリース。あのリンク・レイがスワンプ・ロックをやってのけた盤。同時代のロニー・マックやデイル・ホーキンスとも被るイメージ。ソウルフルなコーラスに彩られた”La De Da”からしてゴキゲンだ。苦み走ったようなレイのボーカルもとても良い。自身のギター、ベースに加え、ビリー・ホッジスの鍵盤、ボビー・ハワードのマンドリンピアノ、弟のダグ・レイとプロデュースや曲作りに名を連ねるスティーブ・ヴェロッカのドラムス。シンプルなバンド・サウンドながらゴスペル・タッチのコーラスが厚みを感じさせる。エンジニアは兄ヴァーノン・レイだ。ネイティブ・アメリカン出自を持つレイだけに、そんなルーツに自覚的なジャケットだ。レイの顔が浮かび上がる変形ジャケットになっているのが面白い。そう、かつて下北フラッシュの均一盤コーナーで発見したのだった。本当に素敵すぎる。

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あと、ロス・ブルース(Los Blues)も存在を忘れていた。久々に聴いてみると、土臭くも爽やかなコーラスとファンキーで弾むようなブラウンアイド・ソウル・サウンドがかなり秀逸で。ホーンとコンガなども入ってブラス・ロックやラテン・ロックっぽさがあるのもかなり好みだ。てか全体的にはジャズ・ロックですね(ボビー・ブランドなどが歌った”Ain’t That Loving You”なんかも最高!)。これもリンク・レイ同様1971年の盤だった。『Volume One』とあるけれど、続編は出ていない。5曲でボーカルを取るランディ・ギャリベイというギター&ボーカルがとてつもなくソウルフルな喉を持っている。この人はチカーノ・ロック・シーンのミュージシャンみたいだけれど。チカーノ、テックス・メックスものを漁ると、アメリカを中心とした周縁のローカルながら芳醇な音楽シーンが見えてくる。中にはメジャー配給で音楽シーンの中心に滑り込めた者もいるけれど。何しろ彼らのこのデビュー盤はユナイテッド・アーティスツですからね、彼らも成功の切符を一度は手にした者達だったのではなかったろうか。そんなメジャーとの折り合いみたいな所が、本作におけるカバー曲なのかな。ジミー・マクファーランドが歌うキャロル・キングアレサ・フランクリンの”(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”とか、ジミー・ウェッブの”If You Must Leave My Life”だとか。アレサは”Spirit In The Dark”も収録。ウェッブの”If You Must Leave My Life”はウェッブ・ファンの私からすると、相当の名演だと思った。リチャード・ハリス『A Tramp Shining』に入っている、切なくもドラマチックな1曲。うーん、これは凄いな。ラストはトラフィックの”Smiling Phase”とウェッブの”MacArthur Park”のメドレーという異色アレンジ。それしても、フォー・フレッシュメンみたいなコーラスを披露してみたり、卓越した演奏・歌唱・アレンジ能力をもつ、こんな彼らでもはい上がれなかった70年代初頭のアメリカって、一体?



などと疑問に思って調べてみると…白人メンバーでトロンボーンアルトサックス奏者、プロデュースにも名を連ねるジム・ウォーラーはジャズの世界で結構キャリアのある方だった(http://www.uiw.edu/music/fulltimefacultybios/waller.html)。アメリカ空軍のバンド、トップス・イン・ブルー(1953年結成で、今も日本の米軍基地などで公演をやっている…)やイギリスのニュー・ヴォードビル・バンド!のアレンジとかも手がけているようだ。このロス・ブルースというバンドは元はラス・ヴェガスのホテル・ラウンジの箱バンで、サミー・デイヴィス・ジュニアやデューク・エリントン、フォー・フレッシュメンら大物との共演歴があったらしい。そう言えばアルバムに"Vegas Funk"というインストが入っていたな。もちろんロス・ブルースでデビューした後は並み居るソウル・ロック/レジェンドとの共演もあり…まったく恐れ入りました。

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(ジミ・ウォーラーは右端)

2016-04-27 イナズマ・ギターを聴かせたロニー・マック

markrock2016-04-27

[] イナズマ・ギターを聴かせたロニー・マック 00:11


地味にショックを受けたロニー・マック、74歳の死(4月21日)。プリンスぐらいだと大きなニュースになるけれど、ロニーだとか、ギブ・ギルボー、ビリー・ポールなんていう感じになると、結構な偉人のはずなのに、音楽ファンの間だけで話題になる位で、これも致し方ないのか。



ロニー・マックことロニー・マッキントッシュは1941年に米インディアナ州で生まれた。ディランやポール・サイモン(どちらも今年の新作が楽しみだ)同様、いわゆるフィティーズ・ロックンロールに乗り遅れたロック第一世代。ディラン&サイモンはそこでひとまずフォーク・ギターに持ち替えて、名声を求めたのだった。しかしロニーはエレキ・ギター一筋。彼ほどの早弾きでブルーズ・ロックを演奏できたミュージシャンが、1960年代初頭に果たして存在しただろうか。数少ない先達はジミー・ペイジトリコにしたリンク・レイかな。それでもロニー・マック、彼こそがエレキ・ギターをロックン・ロールの花形楽器だと思わせた、ロック・ギターの祖の一人であることは疑いえない。オールマンのディッキー・ベッツ、デュエイン・オールマン、ジェフ・ベック、テッド・ネージェント、レイ・ベンソン(アスリープ・アット・ザ・ウィール)などもその影響を公言しているし。ロビー・ロバートソンやジェシ・エド・デイヴィス、マイク・ブルームフィールドやクラプトンだって…そう考えると、その死が余りに軽んじられているような。

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私ぐらいの世代だと、スティーヴィー・レイ・ヴォーンから遡った訳でもない。個人的にはエレクトラからの3枚目、1971年『The Hills Of Indiana』(エリアコードの面々がバックを務める)みたいなシンガー・ソングライター風の作品から入った。あの唸るようなイナズマ・ギターも余り意識して聴いていなくて。この作品はキャロル・キングボブ・ディランのカバー、SSWの方のアレックス・ハーヴェイが作った”Rings”(シマロンのカバーが有名)、ドン・ニックスとの共作などが収められたキャリアからすると異色作だった。ちなみにキャロルのこと。ロニーはエレクトラで新人発掘みたいな役を任じられて、キャロルを推薦したらしいけれど、エレクトラはジュディ・コリンズを獲っていたので断られたのだとか。その後もエドウィン・ホーキンス・シンガーズで特大ヒット”Oh Happy Day”を歌っていた女性ゴスペル・シンガー、ドロシー・モリソンを売り込んだりしたみたいだけれど(ロニーとラス・ミラーのプロデュースでシングル”Rain”がリリースされている)、これも首尾良く行かなかった(ドロシーはブッダからアルバムをリリースした)。ロニーにA&Rは何とも不向きなような。

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話を戻すと、私もじきにスティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターに骨抜きにされて、1985年の二人の共演作『Strike Like Lightning』に当然辿りついた。初めて聴いた時は、ソロ・デビューして名をあげたスティーヴィーが表舞台から退いていたロニーを引っ張り出して来たような印象があったものだから、昔のギター・ヒーローだけれどスティーヴィーほどじゃないのかな、と失礼ながら思っていた。

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でもその後、ロニー・マック初期のヒット”Wham!”(スティーヴィーが初めて自分のモノにしたレコードだとか)を耳にするんですね。正直言ってビビりました。ジョニー・ウィンター辺りで衝撃を受けていた早弾きブルーズ・ギターだけれど、こんな先駆者がいたのか!という。スティーヴィーの手癖とソックリの早弾きで。日本でロニー・マックを熱く語っている人に出会ったこともなかったし。だいいち初期のロニー・マックなんて新譜のレコード屋で一切見かけなかったから。そんなこんなで”Wham!”、その1曲終わるまで息も吸えなかったような記憶がある。そこから改めて『Strike Like Lightning』を聴き込むと、スティーヴィーが弾いていたと思い込んでいた早弾きの多くは、実はフライングVで弾きまくるロニーだった、ということに気が付いて。”Wham!”を二人でトリビュートした”Double Whammy”なんて曲もあったし。ちなみにロニーの分身、1958年製フライングVはロニーが自身のルーツ(スコティッシュネイティブ・アメリカンの血が入っていた)を意識して矢の形のギターを選んだのだとか。

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あとはソウルフルに歌えるギタリスト、というキャラクターもスティーヴィー・レイ・ヴォーンに影響を与えていると思う。カントリー・ルーツと共にブルーズゴスペル・ルーツもあったロニーは、その白人離れしたディープ・ボイスで、ロックン・ロールのみならず、ソウルやカントリーでもコクのある歌を聴かせてくれた。そんな意味でも実にアメリカらしいミュージシャンだった。ちなみにスティーヴィーと熊面ロニーは1979年に出会って以来、純粋な師弟愛・友情を育んだ。二人ともこの世にはいなくなってしまった。そう、友情と言えば、ベーシストのティム・ドラモンドとの共演歴の長さも特筆すべきだ。レーベルは変われど、いつもティムが傍でサポートしていた。二人に深い絆があったことを想像させる。

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50年代末からシングル盤を残していたロニーのファーストLPフラタニティレコードから1963年に発売された『The Wham Of That Memphis Man!』だ。初期ロニーの独特のプレイスタイルが確立されたマスターピースだと思っている。チャック・ベリーのカバーである初ヒット”Memphis”(ビルボードのトップ5に入ったギター・インスト、4曲の内の1曲)や先述の” Wham!”、デイル・ホーキンスの”Suzie-Q”も入っている。エレクトラ移籍後に再発された『For Collectors Only』では1964年の”Farther On Down The Road”と”Chicken Pickin’”の2曲が追加されていた。

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『The Wham Of That Memphis Man!』はどこかで中古盤を買ったけれど、ロニーのサインが入っていた。アメリカ盤やイギリス盤を集めていると、署名入の盤は少なくもないことに気がつく。営業の道程で相当数のサインをしているからだろう。しかしこのファースト以降、1969年までアルバムのリリースは遠ざかる。ビートルズを初めとしたブリティッシュ・インベイジョンの波がアメリカの音楽地図を書き換えていったためだろう。ロニーの音楽は早過ぎたのか、遅すぎたのか、いずれにしても、時代と微妙に擦れ違っていく運命だった。

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ジェイムス・ブラウンやフレディ・キングとのセッション仕事を経て、1969年に契約したエレクトラ時代の『Whatever’s Right』『Glad I’m In The Band。この辺りでスワンピーな時代の空気にフィットしてくる感じ。レーベル・メイトだったドアーズ1970年『Morrison Hotel』でも一部ベースをプレイしている。でもまたその後再びリリースは沈黙。

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1977年にキャピトルからリリースされた『Lonnie Mack And Pismo』は全体的にはカントリー・フィールドの作品だった。とはいえ旧知のトロイシールズとの共作も収録され、デヴィッド・リンドレー、グレアム・ナッシュ、ベン・キース、テリー・アダムスなど豪華ゲストも加わっている。手元には『Strike Like Lightning』の続編、1986年の『Second Sight』ジム・ケルトナーやボビー・キング、テリー・エヴァンスらが参加)なんていうのもあった。2004年にツアーを引退してからはライブにぽつぽつ出演するのみで、2010年のライブが最後の出演だったとか。2012年にトラヴィス・ウォマックがツアーに誘ったけれど、プレイできる状態ではなかったのだという。ちょっと寂しい晩年ではあったけれど、トレモロ・アームを使った名プレイなど今日は存分に聴いて偲びたい。

2016-04-21 エルトン・ブリット、ヨーデルでロックする!

markrock2016-04-21

[] エルトン・ブリットヨーデルでロックする! 11:49



プリンスまでもが…いつかそんな日が来るような、暗い何かを感じ取れた部分もなくはないけれど。その死までもがマイケルと比較される運命なのだろうか。80年代の光と陰。彼の晩年の音楽活動はこれからまた総括されていくと思われる。



何気なく目に止まった100円レコード。カントリー・ヨーデルで知られるエルトン・ブリット『Yodel Songs』。調べてみると1956年にリリースされた初のLPみたい。1942年のカントリー〜ヒルビリー初の国民的大ヒット曲とも言える” There's a Star-Spangled Banner Waving Somewhere”を皮切りに、1945〜1950年に11曲をカントリー・トップ10に送り込んでいる。エルトンは1913年アーカンソー生まれ。1972年に59歳で亡くなるまでに60枚ほどのアルバムをリリースしているんだとか。LP時代になって初めてリリースされたこのアルバムには”Pinto Pal”をはじめ、ヨーデル・ロックと言っても良いようなゴキゲンなサウンドが詰まっている。1956年RCAと言えばエルヴィスを想起してしまうけれど、そんな爆発的なロックン・ロールが誕生した頃のカントリー・サウンドとしては、なかなか悪くない。ブルーズヨーデル風翻案もあったり(”St.Louis Blues Yodel”や”St.James Avenue”)。

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何と言っても本家ジミー・ロジャースに認められたというヨーデルが聴き物。ヨーロレイッヒーにも色々なバリエーションがあることを知る。ロングトーンで聴かせるバラードなんかもあって、その美声を生で聴いてみたかったと思う。日本のヨーデル・ロックと言えばはっぴい大滝の”空色のくれよん”や”田舎道”みたいなカントリー・ロックを思い浮かべるけれど、もちろん地続きのものだ。

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カントリー・ソングの名楽曲を作者のコメントと共に紹介する名著と言えばドロシー・ホーストマンが書いた『Sing Your Heart Out, Country Boy』だろう。1975年に初版が出た本で、手元にあるのは1996年の第三版。日本語訳はまだ出ていないので、むかしアメリカから古本で取り寄せた。そこにエルトン・ブリット最大のヒット” There's a Star-Spangled Banner Waving Somewhere”が「戦争と愛国心の歌」という章に登場している。曲のクレジットはボブ・ミラー(シェルビー・ダーネル)とポール・ロバーツということになっているけれど、ポール・ロバーツ本人の言によると、ボブ・ミラーはパブリッシャーで一切曲作りに関わっていないとのこと。『Yodel Songs』収録のヒット、”Pinto Pal”の作詞作曲にもボブ・ミラーのクレジットがあったけれど、この人は商人ということですね。さらにこの曲、ラッキー・ストライクがスポンサーになったあの名プログラム「Your Hit Parade」で初めて取り上げられたヒルビリー・ソングなんだとか。この辺はプア・ホワイトのヒルビリーが黒人のリズム&ブルース同様、レベルの低い芸能として見られていた時代背景があるだろう。さらに、戦時中の愛国ソングであるこの曲、戦争で手足が不自由になった、と歌う箇所があったため、ポールがステージに立ったとき観客は本人もきっとそうなのだと思いこんでいたみたい。まあこうした戦意高揚ソング、同時代的なものなら好きになるはずもないけれど、戦前のエピソードとしては興味深かった。ちなみに昨2015年に発売されたゲームFallout 4にエルトンの”Uranium Fever”が使われているとのこと!

2016-04-18 クラプトン、まだまだ演るよ(I Still Do)!

markrock2016-04-18

[] クラプトン、まだまだ演るよ(I Still Do)! 02:05



熊本地震の被害状況に心が痛む。400回を超える余震も続いていて、予断を許さない状況のようだ。名城・熊本城までもが…心ばかりの支援を続けていきたい。



武道館クラプトン、個人的に混ぜてもらっているおやぢバンドのメンバー達と本日闖入。ディランもブライアンもあきらめて、引退サギの様相もあるクラプトンを選んでみた。会場は私くらいの世代は少なく、往年のロックおやぢ(もちろん女性ロックファンも)達が占拠していた感がある。当然ですよね。席の方は武道館の最後列の立ち見席。ドーム級の会場だったらアウトですが、そこは武道館、結構良く見えたし音も優れていて、驚いた。初日(13日)にあったという、お忍び来日していたエド・シーランとの共演はもちろん今日はナシ。

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しかし観るのは3回目ぐらいになるけれど、今回はあえて予備知識抜きで(大好きなポール・キャラックが参加する、ぐらいは知っていたけれど…)会場に向かった。セットリストも見ずに気楽に楽しめたらと…(とはいえ、このブログネタバレになったら、明日以降観に行く皆様、すみません)。



それにしても今回、流石に寄る年波には勝てず…と初めて思ってしまった。既に齢71。アディダスのジャージっていう風呂上がりの銭湯のオッサンみたいなカッコはまあ許せるとして(笑)、歌い続けるステージが辛そうに思える瞬間もあって。アコースティック・セットの方が伸び伸び歌っていたかな。体力温存かもしれないけれど、まさかの1曲だけのアンコール含めて、現バンドの大物ゲスト・プレイヤーであるポール・キャラックや、バック・コーラスの女性2人に全面的にボーカルを譲る場面があったり、アンディ・フェアウェザー・ロウにエイメン・コーナー時代の”Gin House”を歌わせたり(コレはアンディ好きの私には悶絶モノでした!)、弦楽器奏者のダーク・パウエルが歌ったり…と結構露骨にお休みされていて。さらに、5月に発売予定のニューアルバム『I STILL DO』(まだ演るよ!っていうタイトルは素晴らしい)収録楽曲の先行お披露目の意味合いもあったようで(冒頭のJ.J.ケイルのカバー"Somebody’s Knockin’"やボブ・ディランの"I Dreamed I Saw St.Augustine"(『John Wesley Harding』収録曲でした)、"I Will Be There"、"Cypress Grove")、その分”Layla”とか”Sunshine Of Your Love”、”Tears In Heaven”とかいった代表曲が外された(このツアーのセトリには元々入っていないみたいだけれど)ので、結構お客さんは文句言っている感じも。終わった後、そこかしこでブーブー聞こえましたから…”Cocaine”はあったけれど、ね。そう思うと、やっぱり今日のハイライトは前半の”I Shot The Sheriff”で間違いないでしょう。効果的なライトアップ演出やクリス・ステイントンのリリカルピアノも相俟って(変な喩えですが、小田和正みたいな日本人好みな部分があって)、最高の仕上がりだったと思う。こういう曲でベタベタに弾きまくるクラプトンが、実は観客が求めているモノなのかもしれないな、とも思ったり。まあ、もちろん他にも、アンコールで故ジョー・コッカーのヒット”High Time We Went”を共作者クリス・ステイントン本人を交えて演る(ボーカルはソウルフルにポール・キャラックが)、とか地味に感動した場面はあったのだけれど。

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今日のステージで一番衝撃的だったのは、ダーク・パウエルの参加。ティム・オブライエンとも共演しているアメリカン・ブルーグラスの敏腕ミュージシャンだ。新作『I STILL DO』にも参加しているみたいだけれど、アコギ、マンドリンアコーディオンフィドルを持ち替えて巧みな演奏を披露クラプトン演ずるブルーズマンドリンアコーディオンのソロで切り込んでいく、というのはかなりクラプトンの常識からすると新しかったし、面白かった。黒人ミュージシャンを参加させ、黒っぽさを目指していたかつての姿を思うと、かなり白っぽいステージであるようにも思えたり。白人ミュージシャンが、辿り着けないまでも黒っぽさを追求することがロック音楽の指標だった側面があったわけだけれど、そんな憑き物ももう取れちゃったのかな。新曲の中にはかなりルーツ回帰した、というかフォーキーな感覚の楽曲もあって、あれ?っとちょっと拍子抜けした部分もあった。でも考えてみると、ブルーズなり、ザ・バンドなり、かつてクラプトンが追い求めたアメリカのルーツ・ミュージックのひとつの源がアパラチアにあり、そのさらに源流はそもそも英国にあったではないか…という部分もクラプトンの意識下にあるのかもしれないし。ギターソロも少なめ、SSW風でフォーキーな新曲の、サラッとした執着しない爽やかな仕上がり…これまた不謹慎かもしれないけれど、もはや三途の川のサウンドトラックかも?!そんなことを考えつつ聴いた、1時間半余りのステージだった。5月20日発売の新作『I Still Do』(名匠グリン・ジョンズのプロデュース)はLPでも予約してみた所。また届いたら紹介してみたい。

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2016年4月18日(月)日本武道館

Somebody's Knocking

Key To the Highway

I'm Your Hoochie Coochie Man

Next Time You See Her

I Shot The Sheriff

Circus Left Town

Nobody Knows You When You're Down And Out

I Dreamed I Saw St. Augustine

I Will Be There

Cypress Grove

Sunshine State

Gin House

Wonderful Tonight

Crossroards

Little Queen Of Spades

Cocaine

アンコール

High Time We Went

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2016-04-11 miya takehiro/COMMUNICATE by the Music

markrock2016-04-11

[] miya takehiro 00:47

/ COMMUNICATE by the Music( LIFE CARAVAN MUSIC LCMC-0001 / 2016 )



待ちに待ったmiya takehiro(宮 武弘)のニュー・アルバム『COMMUNICATE by the Musicゲイトフォールドの紙ジャケをですよ、おずおずと開いてCDプレイヤーに差し込むと全11曲44分11秒!思わず「いいよー、いい(114411)」って見えちゃいました。聴いてみると中身も寸分違わず、で。

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Natural Recordsのフロントマンとして、2014年に8年間亘るバンド活動を終えるやいなや、ソロ名義の活動をスタートさせたmiya takehiro。気がつけば鍵盤とウクレレ一つ抱えて、ライブハウスから野外イベントまで相当数のソロ・ライブをこなし、軽快に旅するミュージシャンになっていて。日テレズームインサタデーでも取り上げられたウクレレワークショップウクレレで歌おう」も話題沸騰。自由でナチュラルで、アウトドアで楽しめて…確かに音楽って実は肩肘張って聴くものでもない。踊ったり、気軽に口ずさんでみたり、そしてできればみんなと一緒に楽しめれば、それでいーじゃん、っていうそんな時代のフィーリングともマッチしていると思う。そう思うとニュー・アルバムのタイトルもmiya takehiroらしさが凄く出ている。そうだよね、なぜ音楽を演っているかと言えば「music」ありき、ではなく、「COMMUNICATE」ありき、なのだった。そうそう、「サッカー」と「猫」っていうキーワードも重要。彼自身もプレイヤーだし、彼の音楽活動をフットボールブランドCAPAZが支えてくれている。そして猫は…とにかく彼のブログによく登場しています(笑)今度のアルバムにもちょこっと。


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さてさて、ニューアルバムの方だけど、のっけから大充実のバンドサウンドに圧倒されてしまう。何しろ脇を固めるのはベース伊賀航(ex.細野晴臣星野源曽我部恵一)、サックス加藤雄一郎(ex.NATSUMEN、L.E.D.)、ドラムス脇山広介(ex.tobaccojuice)、ギター齋藤純一(ex.ALIAKE)、トランペット柿澤健司(ex.NATSUMEN)&島 裕介(ex.SilentJazzCase)、コーラスやまはき玲…という豪華腕利き揃いで。冒頭の賑やかな”夜のパレード”からして、身もココロもウキウキしてしまう。コロコロ転がるウクレレトランペットが絡んでくる感じとか、ライブ感も満載で。ソロ回しを振る辺りもとっても良い。ライブ感と言えばライブ・レコーディングでオーディエンスのコーラスが入っているのがあったかかった。各楽器の音の分離とか、そんな部分に耳を澄ましてみても、丁寧に作り込まれていてかなりゴキゲン!



そしてGAKU-MCとヨースケ@HOMEという二人のゲストアーティストをフィーチャーした2曲(”SOULNATURE”、”HAPPY TIME”)がやっぱり印象的だった。GAKU-MCとの共作・共演”SOULNATURE”はプロモーション映像も公開されていて、本当に感動的!日本のシンギング・ラップの祖みたいな人ですからね…私ぐらいの世代だとMCハマーではなく、GAKUさんがいたEAST END×YURIDA.YO.NE」で初めてラップを知りました(間違いなくほとんどの人がそうだと思う)。GAKUさんという人がライフスタイルも含めてカッコイイ大人として、前を歩いていてくれて、ぼくの大好きなミュージシャンmiya takehiroと共演している…歌詞にもあるけれど、出会えたのはきっと意味がある、そんな風にしか思えなくて。GAKU-MC、ヨースケ@HOMEと3人で演ったライブ、また観たいなぁ。



あと、ヒッチハイクで同乗した外国人観光客とのコミカルなやりとりを交えた”a Little English”やスカ・ビートの”行き当たりバッチリな僕ら”はライブでも印象的だった楽曲。旅の中で音楽が生まれる(まさにLIFE CARAVAN MUSIC!)という素敵な瞬間に立ち会える。ウッドベースがハマっているスティングのカバー”Englishman In New York”では艶のあるボーカリストとしての魅力にも出会えたり。バンド在籍時に発表した初のソロ・アルバム『Life』に収録されている”武蔵野線”、”幸せなとき”も再演されているけれど、聴き比べてみるのも面白い。弾き語りのニュアンスがあった『Life』ヴァージョンは、今にして聴いてみると、バンドの活動休止を予感させる寂しさみたいなものを聴き取ることが出来たり。そんなことを思うと、今回の再演はどこを切り取ってもハッピーでポジティブなフィーリングに満ち満ちている。Natural Records以来の筋金入りのファンには”しゅわしゅわ”や”恋愛再入門”がグッと来たのでは?

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5月25日(水)にはレコーディングメンバーを迎えて、東京 NOS EBISUでリリース・パーティ・ワンマンが決定しているとのこと(http://miyatakehiro.com/news/?p=166)。これは足を運ぶしかないでしょう!ちなみに旅の写真と言葉を集めた冊子「LIFE CARAVAN」とCDのセットも発売されている。以下サイトでチェックしてみてほしい(http://musicforlife.shop-pro.jp/?pid=98168961)。音楽でも本でもそうだけれど、視界に現れては消えていき…世の中の動きやペースが速いな、と感じることが多い昨今。自分の歩幅や物事を飲み込むペースをつい忘れがちになってしまう。だからこそ、ぼくはこのアルバムを大切に、自分のペースで何回もじっくり聴いてみたけれど、日によって違う歌詞がココロに引っかかったり、歌の表情が変わって聴こえたり、奥行きのある作品に仕上がっていると思った。今日もどこかでmiya takehiroは音楽を通じ、素敵なオーディエンスと”コミュニケート”しているはず。そんなことを思い浮かべながら、よーし、もう一回聴こう!



miya takehiro ニューアルバム『COMMUNICATE by the Music

2016.3.9 release!

LCMC-0001

¥3,000(税別)

01. 夜のパレード

02. SOULNATURE feat. GAKU-MC

03. a Little English

04. 行き当たりバッチリな僕ら

05. Englishman In New York

06. 恋愛再入門

07. HAPPY TIME(miya takehiro & ヨースケ@HOME

08. 武蔵野線

09. しゅわしゅわ

10. 幸せなとき

11. ウクレレで歌おう


miya takehiro オフィシャルサイト

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