Hatena::ブログ(Diary)

九尾のネコ鞭 RSSフィード

2006-04-09

[]求む!職場オタクを探す法 求む!職場でオタクを探す法を含むブックマーク

職場飲み会で「土日とか何してんの?」と質問された。

もちろん私は毎週、2ちゃんねるオナニーはてなブックマークふたばちゃんねる、という非常に素晴らしいホリデーをエンジョイしているので、この質問には答えられない。

始めは適当にあしらっていたのだが、非常にしつこく聞いてくるのであきらめて、「2ちゃんねるかな…。あっはっは」とあくまで冗談っぽく答えてみた。が、ビミョーな顔をされてしまった。彼は僕と今まで生きてきた道のりがあまりに違ったタイプなので、この手の答えはアウトであった。反省。

これだけオタク市場が活況なのだ。新入社員の中にもオタクはいるはずだ。しかし、オタクじゃない人にカミングアウトすると非常に嫌な顔をされてしまうのが怖い。うまいオタクのあぶりだし方はないものか、と最近考えあぐねている。しかも痛く無い奴ね。なんかないかねぇ?

[]「コミュニケーション能力」がある人は「空気を読め!」なんて言わない。 「コミュニケーション能力」がある人は「空気を読め!」なんて言わない。を含むブックマーク

上のエントリーで登場した、肌のあわない彼なのだが、どうあわないかって言うと、ネガティブな話が一切できなさそうなんですよね。

この手のタイプは何度か遭遇していて、いつも最後は彼らと険悪な雰囲気に陥ってしまうのだ。例えば、ある催し物が成功に終わったとき、彼らは「終わったー!」と打ち上げを始める。そんな中、「いや、しかし、あの部分はもっとああするべきだったね…。結果として、なんたらかんたら…」などと私がぶつくさ言い始めると、彼らは非常に嫌な顔をするのだ。

別に彼らも反省の必要性はわかっている。問題はタイミングなのだ。何も、みんなが盛り上がろうとしているときに、そういう話を始めるな!空気を読め!とまぁ、こういうわけ。

しかし私はどうもみんなで、パッと同方向を向くのが苦手で、ついつい逆張りをしてしまうのだ。照れてしまうんだよね。俺たちやったぜ的空気に。彼らとうまく付き合うには、常に空気を読んで、同じタイミングでいっせいにドーパミンを噴出することが必要になるらしいのだ。

まぁ、彼らのそういった性格は別にかまわない。問題なのは、こういう人を「コミュニケーション能力」があるだなんて誉める点だ。

コミュニケーション」というのはお互いの意思疎通なわけで、その巧さこそが「コミュニケーション能力」と呼ばれるものなわけだ。であるからして、本来「コミュニケーション能力」ってのは、「自分とは異なる考えを如何に理解し、その上で自分の考えを相手に伝え、納得させられるか」どうかであるはずだ。

ところが、「空気を読め!」という叱責は、異なる考えは排除するぞ!という表明でしかなく、相手に自分の考えを伝えずに、とにかく「お前があわせろ」と主張することだ。「コミュニケーション」とは全く逆の行為なのだ。

空気を読め!」は、単に自分が、大勢の人(または権力のある人)と同じ考えを有していて、その力をバックに相手を強引にこちら側へ引きずり込もうとしているだけなのだ。つまり、その発言者に「コミュニケーション能力」なんてない。あるのは政治力だけだ。

しかし、その政治力がゆえに「彼にはコミュニケーション能力がある」なんて話になってしまう。「コミュニケーション能力」じゃなく「大勢と同調できる能力」だろうが。

異物を排除したくなる気持ちは分かる。しかしそれでは、何の化学反応も起きないじゃねーか。「空気を読め!」なんて叱責する連中は「コミュニケーション能力」を磨く必要があるんじゃないだろうか?

[]明日から数日、パソコン使えません。 明日から数日、パソコン使えません。を含むブックマーク

うげぇ。

kiya2014kiya2014 2006/04/10 20:53 ひとりごとに近くてすみませんが、
コミュニケーションそのものは、打ち上げが成功しようが不調に終わろうが常に成立はしていると思います。
Aという事象を相手に入力したときに、Bという出力が返ってくる。基本的にはこの対応がつけばコミュニケーションと言えますからね。たとえBという出力を予期していた場合にCが返ってきたとしても、それは「反応の予想」に失敗したというだけであって、コミュニケーションそのものは成功しています。
だから、この話は「あなた(orわたし)にはコミュニケーション能力がない」という結論ではなく、「両者にコミュニケーション能力はあるが、互いの求めているものが違った」という結論になると思います。
ただ、この話の後で、たとえば打ち上げ盛り上がり派と内省派とのあいだに「棲み分け」がおこなわれたのであれば、それはコミュニケーションの打ち切りを意味するのですから、両者にコミュニケーション能力がなかった、ということになります。

tawawajaptawawajap 2006/04/10 22:26 「空気を読め」は、場の空気の支配者とでも言えるような天才(たまーに、います。)が口にすれば意義がありますが、他の人間の執着心や主観的状況認識を把握できていない人間が言うのはそれこそ「空気が読めていない」状況であるだけでしょう。
空気というのは単純に多数派の考えではなく、全ての視点を統合し、矛盾を解きアウフヘーベンし終えた視点であると考えます。この定義を認めれば、唯一とは限らない「正しい空気」が存在すると推論できますから、「空気を読めと言う」ことが「コミュニケーション能力が無い」ことに対する十分条件であるという仮定は棄却されます。

huihui 2006/04/11 12:39  思春期時代、世の中をすべてシニカルに語るのがカッコいい、と思っている時期がありませんでしたでしょうか?私にも経験があります。熱くなったり、盛り上がったりしている人間を冷ややかに見る(格好をする)のが自分はあいつ等と違う、という歪んだ優越感というか。
 しかし斜めに構えた人間というのは、周りからも相手にしてくれない事に気がつきます。言葉はキャッチボール、と言いますが、こちらの投げたボールをわざと拾いにくい場所に投げ返す人間からは周りが遠ざかっていく、そんなものです。
 空気が読める人間がコミュニケーション能力が高いのではなく、「それは今、言うべきことなのか」というのを常に考えられる人間こそ、コミュニケーション能力が高いのではないかと。
 皆が盛り上がっているときには一緒に盛り上がればいい。そういう気分になれないのであれば、黙って傍らでそっと微笑んでいるだけでいいじゃないですか。問題点を冷静に指摘するのはその後で十分です。

dddd 2006/04/11 14:37 化学反応を効果的に,効率的に,建設的に行えるのが「空気を読む」というスキルです.よって政治力を発揮できない,または政治力を発揮する人間の同意を上手くとりつけない発言をできない人間というのは,『コミュニケーション能力が低い』という事に他なりません.お疲れ様でした.

dddd 2006/04/11 14:38 ×とりつけない ●とりつける

testtest 2006/04/11 15:53 結局のところ「空気よめ」にかんしては
「空気を読める人」=コミュ能力あり
「空気を読めない人」=コミュ能力なし
「空気を読めと言う人」=コミュ能力なし
「空気を読めと言わない人」=コミュ能力不明
な気がしますね。

BBCBBC 2006/04/11 17:04 口は災いの元ですよ。何も言わないのもコミュニケーション能力。

FALKENFALKEN 2006/04/11 18:10 これは単なる『ノリ』の問題ではないでしょうか。
文面から察するに、筆者はいわゆる『ノリが悪い』部類に入る人なのでしょう。
自分が「周りと同じテンションにはなれないなぁ」と思った際は、
快活なムードなら笑顔で、陰鬱なムードなら悲しげな顔をしていれば良いのです。

例えば。
会社から帰り自分が大好きな曲を聴いている時に、その日の仕事にイチャモンをつけられたら嫌でしょう。
念願の志望校に合格した時、「おまえはもっと頑張れたのではないか」と言われたら嫌でしょう。

場をわきまえましょう。皆の気持ちを考慮しましょう。常に他人から好かれようとしましょう。
上記が分かっているのなら実行しましょう。

筆者がやっている事は、
『宿題をしなくて怒られたから教師にネチネチとイチャモンをつける中学生』と同じ事です。
筆者が批難している人々には何の罪もありません。
本当に悪いのは、芯から罪を認めていない筆者なのではないでしょうか。


私も貴方と同じオタク類です。(アニソン・軍事・サブカルチャー他。わぁ濃ゆい(´・∀・`))
どうやら私も含めオタっぽい人は、乗じて『イチャモン付け』であることが多い様です。

改善しなきゃいけませんなぁ。

ttsattsa 2006/04/11 18:18  例えば友人の結婚式のスピーチで突然、北朝鮮拉致の話題を語る人はいないでしょう。なぜか?「場違い」だからです。
それと同じで皆で何かをやり遂げ、達成感と多幸感で盛り上がっている中、「あそこはだめだよね。もっとこうしないと」という評論をする人間がいたとしたら、理論の正当性とは別に「場にそぐわない」話題を提供してる訳であり、他人から嫌な顔をされるのは当然です。私だって同様のことをされたらきっと不快です。これは政治力の問題ではなくもっと根本的な感情論です。
 上記で「コミュニケーションというのはお互いの意思疎通」といいつつ、その実「自分の意見の正当性のみに終始し、他人の気持ちを汲み取らない行動」を自ら行っているのではないかと。
 「空気を読め」と人から指摘されたということは何か自分が相当場違いな行動を取っていた可能性があります。それを棚に上げて「コミュニケーション不足」と結論つけるのは早計だと思いますが、いかがでしょうか?

FALKENFALKEN 2006/04/11 18:20 あ、追記です。
オタクをさりげなく見分けるには会話中に有名所のキーワードを入れると良いですよ。
『隠しオタ』には通用しませんが、『隠れ』オタには効果絶大。
3〜4個出してみて全て喰い付きが良かったり反応が普段と違ったりしたら、
思い切って「もしかして○○知ってる?」と切り出してみましょう。

私は↑この方法で7人も釣り上げたんですが、どうでしょうか?

   2006/04/11 19:33 「空気読め」と言う言葉そのものでなくても、そういった注意をしなければいけない局面もあると思いますよ。
大人しい人が多いとどんどん盛り下がる一方だろうし。
「盛り上がってるときに水を差す奴より、盛り上ってるときに水を差す奴に上手い返しを出来ず注意する奴の方がコミュニケーション能力が低い」
とは、時と場合によっては言い逃れでしかないと思います。
どう考えても盛り下げる人の方がまずいでしょう。

追 2006/04/11 19:46 筆者の行動と主張は
「カレー食ってる時にウンコの話したら嫌な顔された。排泄は健康に関わる大事な話なのにただ今が食事中だという理由だけで俺のウンコ論受け入れようとしないのは彼らが不摂生な証拠だ」
と言ってるのと同じようなモノですよ。

失礼なのは時と場所を考えられない発言をする人自体です。それを注意する人ではありません。
どんな話題であってもTPOに応じて使い分けるべきでしょう。

陸 2006/04/11 22:52 おもしろい意見だなとは思いましたが、共感は得られませんでした。
人それぞれ考え方や意見は千差万別です。
会話を深めて、それらを摺り寄せることはできるでしょうが、
常にそれができる状況があるというのは稀でしょう。
コミュニケーションにもTPOがあると思います。
そのTPO(最大公約数的な意見や考え方ともいえるかもしれません。)にあわせて
物事を発言したり、抑えたり、人を立てたり、諌めたりできる人が
コミュニケーションすきるが高いといえるのではないでしょうか?

「空気を読め!」というのも、スキルが高いからこそ言える言葉かもしれませんよ。

kiya2014kiya2014 2006/04/11 23:45 そもそも「共感を得る」とはどういうことなのでしょう。
真にコミュニケーション能力のない人間、たとえばわたしのような人間ですが、
にとっては、共感という言葉そのものが実感をもたなくなっています。
なぜなら、共感という言葉が使用可能になるためには、「他者の心」の存在を
前提にし、さらにその「他者の心」がわたしとある程度似ている、という確信がなければならないからです。
わたしにはそんなことは到底信じられません。

temtantemtan 2006/04/12 00:39 自分は陸さんとは逆に共感はするけどそこまで完全に同意はできないなぁ。
まあ、空気が読めない奴を受け入れることが出来ない人よりは
空気が読めない奴を受け入れて巧くやっていける人の方がコミュニケーション能力がある
(つまり、前者の方が相対的にコミュニケーション能力が無い)と言えると思うけどね。
筆者みたいなのが一番無いとも言えそうなんだけど。

とことんとことん 2006/04/12 00:55 空気を読め!を自分に対する攻撃だと思うからおかしくなるのかもしれませんね。
オタクにありがちな「自分の趣味の話を延々と語り、周りがどん引き」みたいな場合、そのオタクが悪いことを言っているのではありません。単に視野が狭くなり、周りの人間の顔を見ていない状況になっているわけで。その場合、注意すべきだと思います。
 もっとも、飲み会の「一気飲み強制」みたいなものに乗る必要は無いですよ。そういう空気はぶち壊した方がいいです。死人が出る可能性があるんですから。

 要は「空気は読むべき、ただ、空気の飲み込まれるべきではない」ってことでしょうか。

sowwwsowww 2006/04/12 02:05 コミュニケーションを「意思の疎通」として、「感情の共有」を政治と別カテゴリに入れてしまうのは少し異論があります。
「相手の感情、状況をという背景をも含めた情報」を受けとって
自らの意思を「相手が受け止めやすいように」投げかけるのが
コミュニケーションでしょう。相手がミットを持ってないところに「カーブ投げるぜ」と勝手にボールを投げても、上手くいくはずも無いのです。

結論:相手の感情を読み取るのもコミュニケーションの一プロセス

trattrat 2006/04/12 06:08 アンタみたいな孤立した奴ってどうしても原因を相手側に求めてしまうんだよね。

tittit 2006/04/12 08:24 上司とかがコミュニケーション能力うんぬん言ってきたら、たいていの場合、それは「円滑に仲間と協調、協力して仕事ができる能力」のことを言ってるんだよ?

tawawajaptawawajap 2006/04/12 11:23 なんか、すっごい空気読んでないcommentばかりですね。文脈からして焦点はソコじゃないでしょ?筆者のキャラクターなんて注目すべきポイントじゃないと思われますが何か。

うやうや次郎うやうや次郎 2006/04/12 14:55 読後の印象としては、
・TPOがわきまえられない「話し下手」な著者
・TPOわきまえてるけど「聞き下手」な彼
という感じでしょうか。
どちらもコミュニケーション能力がかけてる部分はありますよ。

会話は、話し手と聞き手がいないと成立しませんよね。
「空気を読め」と一蹴して、著者の発言に耳を傾けない(と自分では解釈)彼に聞く能力が(もしかしたら「話す能力」も)十分にあるとは思えません。

結論:
TPOはわきまえよう

kiya2014kiya2014 2006/04/12 22:48 誰一人としてコメント欄で空気を読まないからこそ面白い
tawawajapが一番駄目駄目だな

GGGGGGGGGG 2006/04/12 23:02 作者のコミュニケーション能力の 高い 低い は今回は関係ないでしょ。
始めに読んだときは、反感を覚えたけど。じっくり読むとなるほどね と思うよ。
共感はしないけど。むしろ逆かな。

k 2006/04/13 10:23 確かに筆者のコミュケーション能力が高い、低いは今回の重要な所じゃないキガス。
まあ、コミュニケーション能力が高かったら「空気読め」じゃなくて、上手い具合に話の方向をそらしつつ、”空気読んでない奴”の向きを皆と同じ方向に向かせてあげるんじゃないかな。
でも、「こいつ空気読んでNeee!」って思えるのは「コミュニケーション能力の一部である”共感能力”」を有してるから思えるのではないかと。
場の空気が読めない人間にコミュニケーション取れってのも難しいですからねぇ。

moke-sanmoke-san 2006/04/13 14:41
>常に空気を読んで、同じタイミングでいっせいにドーパミン
>を噴出することが必要になるらしいのだ

違うでしょ…

空気をよんで、周りのそういう人たちの邪魔をしないことが
大事なの。別に同調する必要なんか無いの。
自分の欠点や落ち度を、
自分の都合のいいように解釈して自己弁護するのはやめましょうね。

これからはもっと空気を読んで、頑張ってください。

なんかなんか 2006/04/13 16:20 なんか自分の協調性の無さを正当化しようと言い訳してるようにしか見えないわ。

matimati 2006/04/13 20:34 私の周りにも二人空気読めてない人がいます。一人はあまりにも場の空気を乱す発言ばかりなので、最初はやんわりと注意していたのが、あきらめモードになってだんだんと彼女に話を振らなくなりました。あなたもそれまでに何度も同じように相手を不快にさせる態度をとっていたのではないでしょうか。それでも気づかないあなたに最終的に「空気読め!」という決定的な言葉が出たのかもしれないですね。
さて、もう一人の彼女の場合、そのキャラクターの個性的なことと、人の話を聞かないことでみんなを呆れさせることしばしばの人でした。しかし、彼女が最初の一人と違って人気者だったのは、場を引っ張るリーダー的な強さがあったからです。どんなに突拍子も無い発言をしようと、わが道を行く!という意思の強さが最終的には場の空気を自分のペースに持っていくのです。相手と同じことをするのが嫌ならちゃんと自分というものを持ちましょう。相手に「空気を読め」などと言わせる空気にしないのです。それもコミュニケーションの一部です。相手が変わってくれることを待っているだけじゃ一生誰もあなたの話なんて聞いてくれませんよ。

lemlem 2006/04/13 23:44 「空気を読む力」と「コミュニケーション能力」とは似ている
ようでも微妙に違うものではないでしょうか。
例えば、大勢が集まる場で求められるのはコミュニケーション
能力よりも空気を読む力でしょう。場の空気を乱さないことが
第一であり、必ずしも他人と打ち解ける必要はないのです。
「順応力」と言い換えても良いと思います。
しかし一対一の場合は空気を読む力よりもコミュニケーション
能力が必要とされるでしょう。
「空気を読む力」は「コミュニケーション能力」の一部ではありますが、必ずしも同一では無いと思います。
その点を踏まえて、『空気を読め!』と発言する人間にコミュ
ニーケーション能力があるとは思わないという筆者の考えには
同調します。

紙色紙色 2006/04/14 01:28 「空気を読め」という発言をすることによって更に場が盛り下がる(停滞する)なら、
言った人のコミュ能力は低い気がしますよね。
上手い人は「空気読め」の言い方一つで、誰かが盛り下げた場をフォローできたりします。

sohsoh 2006/04/16 15:40 空気読めはコミュ能力ではないというのは、なるほどと思いました。
ですが、自分側の伝達不足を「苦手」と一蹴して考察せず、結局相手のせいにし相手に努力を要求している点が、「お前があわせろ」的に読めてしょうがないのですが。
「空気読め」が「こちらに合わせろ」ではなく「この雰囲気を壊さない程度でお願いしますね」のことも多々あります。
理解しようとしない相手に対して、コミュニケーションを取るより先に今の場を和ませることは有効と思われます。空気悪い中での話し合いは良い結果になりにくいので。コミュニケーション云々で揉める前の問題かもしれません。

う〜ららう〜らら 2006/04/17 06:49 「空気を読め」ってつまり多数意見にあわせろってことで「少数派のおまえは黙ってろ」って事。とっても日本的な「同調圧力」。このコメント欄を読むと「はてな」ってコミュニティの「同調圧力」の強さが伺えてほほえましいですねw

kanosekanose 2006/04/18 15:43 う〜ららさんへ。コメントしている人がほぼはてなIDを持っていない人だということに注目しましょう

syosyo 2006/04/20 19:30 はてなIDを持ってはいませんが自分の考えぐらいは述べてもいいはずですよ。

ちなみに自分も「空気読め」の使い方には全く共感できませんでした。
必ずしも「空気読め」が大勢に同調する言葉とは思えませんが。

exeexe 2007/07/04 04:00 『空気を読め』について、『多数意見への同意を促す言葉』との見解と感じましたが
私は、その場にいる方々(少数意見)への同意を促す言葉だと思います

コミュ等、その場を作成し同調した物同士で作ってきた楽しい『ルール』
そこに入ってきた者は、その場から見れば多数意見の中の1意見ですが
その場自身は世間から見れば、異種独特のルールが作られた場所であり
そこに入りたいのであれば、世間一般的と感じていた物を『正』として
意見するのではなく、その場のルールをまず『正』として受け入れ
その『ルール』に則った解釈の中で意見を述べる必要があるのだと思います

この意見の場も広い世界のようで、こう言う議論の好きな人達が集まった
狭い世界、自分達が『世間の代表』のような気分で書き込んでも、
実際は『私の持つ1意見』でしかない事に気付いてないのも実状だと思う

各国、各地域、各町内、それぞれの御当地ルールが存在する中で、
そのルールに沿えずに自分の『正』を振り回す人が『空気の読めない人』なのだと
私は思います

また、『コミュニケーション能力』は、ここで何度か登場した
『意思のキャッチボール』ができる能力だと思います
相手の投げる玉をキャッチする能力、相手に取りやすく投げる能力
うまくキャッチボールが出来ないのは、両者または片方にその能力が
欠けているからであり、また、能力のどちらか片方が欠けても
キャッチボールはうまくいかないと思う
相手が悪い事もあるけども、大概は自分の能力不足
そして、それに気付かない能力不足と、私は思います

klkl 2007/08/10 11:47 催し物、成功したんでしょ?みんな今まで努力してきたのが報われたわけでしょ?
時間を遡れるわけじゃあるまいし、その時点でウジウジ反省する必要なんてどこにもないだろうに。
反省ってのは次回までに生かせばいいんだから、皆が落ち着いてから話しても遅くないはず。
それまでは自分の心に刻んでおけばいいだろ。

そこで彼が考えを伝えたりすればさらにその場の空気を壊すのが分からないのかなー。
その場の大勢のために「あえて」伝えなかった。それだけのこと。
君を排除せずに優しいアドバイスをくれた君の同僚はむしろ尊敬に値するよ。


君は空気と戦うファイターでいたかったんだろうけどね。
その実、空気をぶっ壊すバーサーカーにしかなれてなかったんだよ。
今のうちにジョブチェンジしておいたほうが君のためだと思うんだけどね。