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martingale & Brownian motion このページをアンテナに追加 RSSフィード

2017-08-13

内部告発者を「敵」認定する東浩紀先生

それなりに大きな企業で働くと、必ずあるのが「内部告発」制度である。つまり、現場の直接の上司や共に働く同期などに告白することなく、

  • 直接

会社のそういった機関に「内部告発」する仕組みで、ようするに、内部の法律違反などの「不正」を、だれにも特定されることなく、会社の上の人たちに伝えることで

を救おうとする行為だということが分かるであろう。現場はさまざまな理由から、違法行為に逸脱するわけだが、もしかしてそれが隠し通せたら、その会社も、その部署のウィンウィンに終わるのかもしれないが、もしも隠せなかった場合、その会社自体を滅ぼしかねない。大事なポイントは、ここでの部署の利害計算と、会社としての利害計算に非対称性があるということであり、部署の「ギャンブル」が会社の利害からは、あまりに会社を危機に陥れる反逆行為となるからだ。

そもそもこれが法律違反といった問題であるとするなら、そこには、公的な不利益に関係するとも考えられるわけで、場合によっては、その企業によって「隠蔽」される可能性がある。そういったことが想定される場合は、上記のように、企業内にある監視機関が正しく機能しない場合が考えられる。しかし、社会正義は企業の利益を超えて実現させられなければならないと考えるなら、そういった企業の範囲を超えて「告発」が行われなければ、社会正義を達成できない場合が想定される。

しかし、同じことは、公務員といった「官僚」にも言えるだろう。

そこで、公益通報者保護法という法律がある。これは、そういった内部告発者を解雇減給から守ろうということを意図した法律で、会社内の通報機関を使わないとするなら、あとは、警察・検察マスコミなど、ということになる。

しかし、こういった「内部告発」を「悪」として、糾弾し、敵認定する哲学者が、われらが東浩紀先生であるw

東浩紀加計学園が選ばれた事が本質ではなく、これだけ岩盤規制が厚いという事が本質。日報問題然り、ガバナンスが効かなくなってどんどんリークして上を落とそうとなってるこれこそ危機官僚は国民が選んでる訳ではない。官僚が政治を追い落とすようになったら国として終わり。これは自明」ド正論 ブルーさんのツイート: "東浩紀「加計学園が選ばれた事が本質ではなく、これだけ岩盤規制が厚いという事が本質。日報問題然り、ガバナンスが効かなくなってどんどんリークして上を落とそうとなってるこれこそ危機。官僚は国民が選んでる訳ではない。官僚が政治を追い落

@blue_kbx Retweeted by @hazuma 2017/08/05 14:45:33

そもそも官僚による「マスコミへのリーク」は昔から問題とされてきた。しかしそれは、政府政府に従順な官僚によって行われるリークであり、政府マスコミを「コントロール」するという意図がはっきりしている。しかし、その「反対」の場合が、まさに「内部告発」ということになるわけであり、これをどのように考えればいいのか、ということになる。

上記にあるように、企業であれば、まあ、基本的には多くの法律違反と同じように処理されるということになる。それは、日本の法的機関にとっては、基本的にそういった私企業とはなんの利害関係もない、と解釈されるという意味で、おそらくは「フェア」な判断を行うだろうと解釈されるからだ。

ところが、もしそれが「国家」の場合は、そういった法的機関が、国家によって、人事権などを握られており、まったく独立ではない。つまり、法的機関への「信頼」が疑わしいわけである。

こういった場合については、では「政府」を誰が監視するのかということになるが、モンテスキュー三権分立の基本に戻るなら、それは国会ということになる。つまり、今、問題になっている加計問題を最終的に追及することが可能なのは、野党しかいない。野党には、情報公開請求の権利を、国会議員特権を使って行うことができる。つまりは、国会こそが政府の不正と戦う最後の砦なのだ。

ところが、われらが東浩紀先生は、上記のツイートのように内部告発は「悪」と認定し、彼ら内部告発者を「敵」と認定している。恐しい人であるw

情報をもっている側と情報を聞き出す側が明確な敵対関係に入ると、基本的に情報をもっている側が勝つ。いまの日本のメディアはこれがわからなくなっているのではないか。

@hazuma 2017/08/07 10:19:11

学校には第三者の審級(先生)がいる。けれど社会には第三者の審級がない。だから社会はシビアで、「あいつ悪いことした」とだれかに「言いつけ」ても意味がない。ところがいまの日本のメディア野党は、国民を第三者の審級と見なし、毎日「言いつける」ことばかりに邁進しているように見える。

@hazuma 2017/08/07 10:22:14

このツイートを見ると、われらが東浩紀先生は自分の「言っていること」が「不正」の側であることを理解しながら、あえて、それを「肯定」しているということを認めていると解釈できるようなことを言っている、と解釈できる(おそらく、東浩紀先生は自分がそういったことを告発している、ということについての自覚がないのかもしれない)。

内部告発は、あらゆる組織にとって重要な制度である。なんとかして、内部告発者の人権が守られなければならないし、彼らが萎縮してしまえば、日本の「正義」が後退する。

それに対して、内部告発者は「国家を脅かす」悪であると、糾弾する東浩紀先生はまさに、ルソーの生まれ代わりw 国家の「一般意志」、つまり、政府意向に反する内部告発者は日本の敵だと言いたいのだろう。せいぜい、これからも、そういった「国家の敵」と戦ってください、と言うしかないのであろうw

山手線に久しぶりに乗ったら「誰でも簡単に頭が良くなる!」とかいう車内広告が出てた。なるわけないのでは。。

@hazuma 2017/08/07 17:58:50

うーん。私にはここで何を言っているのかが分からない。だれだって、ちょっとしたことで、頭は良くなるのでは。多くの人は、そういったちょっとしたことができていないから、今のような感じなわけであろう。ちょっとした気をつけることを教えてあげられれば、少なくとも少しは「頭が良くなる」ということなのだろう。おそらく、東浩紀先生は「頭が良くなる」という意味を、だれもが日本一の頭の良い人になれる、という意味で言っているのかもしれない。しかし、そういった他人との比較に意味はあるのだろうか? まあ、これも一種差別主義ということなのだろう...。

公共政策のパラドックス

国家による公共政策には一つのパラドックスがある。それは、国民はその政策がほんとうのところはなんなのかを知らない、ということである。

知らないのに、「選択」する、とはこれいかに? 民主主義は多数決である。しかし、多くの公共政策は近年の、産業の高度化に伴い、大学で専門で研究でもしない限り、まともな知識も身につかず、まともな理屈で判断もできないような内容のものが多くなってきている。つまり、

  • 判断できない

のだ。普通の人はみんな、毎日の仕事に忙しい。そんな細かい話にこだわってはいられない。しかし、国家は国民主権なのだから、国民に選んでもらわなければ、なに一つ前に進められない。

じゃあ、どうすればいいのか?

しかし、この問題を一瞬で解決する最強のツールがある。それが「一般意志2.0」であるw

再三繰り返しているように、ルソーは全体意志(議論を通した集団の合意)と一般意志を区別する。全体意志は特殊意志の総和だが、その総和は誤ることがある。他方で一般意志は「誤ることはない」。特殊意志と一般意志が相反するように見えるときは、じつは市民は自分の本当の望みに気がついていないだけだ、というのがルソーの主張である(「人はつねに自分の幸福(ビアン)を望むが、かならずしもつねに、何が幸福であるかがわかっているわけではない」)。人民が自分の本当の欲望に気がついていない、というこの構図がすでに精神分析を予感させる。

例えば、今、安倍政権支持率が以前ほどは落ちて、まあ、都議会議員選挙自民党は惨敗したわけだが、これは国民が意識の上で選択したものにすぎず、

  • いや、心の中では、みんな安倍ちゃんが好きで、本当は支持したいと思ってるんだ。無意識ではそうなんだけど、マスコミの洗脳でそう思わされているだけなんだ。左翼の仕業なんだ

と言えば、一般意志は、「みんな安倍ちゃん支持」ということになる、というわけであるw

こう考えれば、「選挙は無意味」ということになるだろうw 一切の「選択」は虚偽なのであり、つまりは

  • ホントウの意志

ではないw まさに、

  • ボクノサイキョウノ「ホントウ」

というわけであるw 「お前のホントウは、精神分析哲学者(=文系)のオレが知っている」というわけであるw

こうして、「パターナリズム」は最強の「正当化」を与えられるw どうせ国民は自分が何がしたいのかを知らない。それを知っているのは、精神分析の難しい本を読んできた、文系のオレたちだ。だから、オレたちエリートが「共和主義」的に政治を行う。一切の政治の堕落は、

  • 国民に直接、選択をさせた

ことにある。どうせその選択は、国民のホントウの意志ではないが、精神分析専門家文系のオレが判断すれば

  • 国民のホントウの意志

を代弁することができる、というわけであるw まあ、独裁なんていうのは、だいたいこんなレトリックですよねw

近年では、いわゆる、「パーミッションマーケティング」というのが、デフォルトとなってきている。あるウェブ上のサービスを利用しようとすると、必ず、なんらかの「規約への同意」をチェックさせられて、これをやらないと利用できないようになっているわけだが、ここにおいては、その最初の同意で

  • ほとんど全て

の、そのサービスの内容についての合意をさせられるわけで、つまりは、こういった手続きをふまない限りは、そういった「パターナリズム」でさえも、許されない、といった公共的な合意ができている、ということなのであろう。もし「パターナリズム」を正当化したいなら、相手の「パーミッション=許可」を得ることによって行え。これに対して、ルソー型の社会契約論では、

  • いや、その「合意」はお前が生まれる前のはるか原初の時代にすでに成立しているんだ(=社会契約されているんだ)

というわけであるから、うさんくさいわけであるw 安倍首相に言わせれば、

  • え? ボクが総理になっている時点で、国民の皆さんは、加計学園への利益供与に「賛成」だったということじゃないんですか?

と言っているのと変わらない。「国民はホントウは、加計学園への政府の利益供与に賛成しているんだ。無意識では賛成しているんだ。なのに、左翼マスコミ批判の大合唱のせいで、国民は世間体を考えて、安倍ちゃん批判を嫌々させられている」となる、と。やれやれである...。