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丸山茂雄の音楽予報 RSSフィード

2007-02-20 着うたはCDシングルの後継 その1

昨年の秋、1700年代に活躍したフランス作曲家ラモーのオペラを観ました。このオペラ「レ・パラダン」は古楽器を使用する管弦楽団が演奏し、古い歌唱法で歌手は歌います。しかし演出は超現代的だったことから「いろいろなことを感じた」と書きました。

私達が、いま聴いている音楽の「作詞家、作曲家の創作意欲を刺激する基は、技術の進化だったのだ。」といまさらながらに気がつきました。楽器や技術が進化すると新しい音楽が生まれ、新しい音楽が生まれると、さらに新しい楽器や技術が開発されてきました。

これは何も音楽にかぎったことではありません。

映画とかTVのような映像の分野でも、ゲームの分野でも同じことがみられました。このことは、なにもエンタテイメントの分野にかぎったことではなくて、金融、製造、医療、教育・・・・等々、とあらゆる分野でおこっていることです。1700年代からはじまった技術の進歩は1950年以降、ますますスピードがあがりました。技術や道具の進歩は、新しいソフトを生み続けました。

しかし、21世紀に入って、この急激な技術の進歩にブレーキがかかりはじめたのではないかというのが、最近の私の感じていることで、それが考え込んでしまっている原因なのです。(笑)「技術の進歩が止まってしまうと、新しいソフトや音楽が出てこなくなる。」と思い込んでしまい、その考えから脱出できません。

「困っちゃったな!」です。(笑)

エレキ楽器が1950年代に出現し、ロック・ミュージックが生まれ、その最盛期を過ぎた頃、コンピューター楽器が1980年代に出現し、コンピューターを使った音楽が生まれ、それから25年が経過しました。コンピューターの性能は毎年向上し、使い勝手もますますよくなりましたが最盛期はとっくに過ぎています。それなのに、その次の革新的な技術あるいは楽器の出現はみられません。

一方で一般大衆は20世紀になって、ライブではなくレコードでも音楽を楽しむことができるようになりました。そのレコードもSP、LP・EP、カセット・テープ、CD、MDDVD等というように進化してきましたが、現在のパッケージ・メディアのCDの命脈が尽きていることはあきらかです。新しい次のパッケージ・メディアを音楽業界が提案できないうちに、スティブ・ジョブスという天才にiPodを提案されてしまいました。

「新しい音楽が生まれない」、「新しいパッケージ・メディアが提案できない」という状況のなかで「2007年の音楽業界はたちすくんでいる」というのが私の感想です。この状況のなかで、私は何をしたらいいのだろうか?

「テーマが大き過ぎる」のです。(笑)

テーマが大き過ぎるからといって、考えることをやめるわけにはいきません。私のまわりの人は、私のことを「直感だけで生きてきた人」と評価していて、自分もそれを否定しませんが、ウダウダ考え続けることも嫌いじゃないのです。(笑)

糸井重里さんの「ほぼ日」に「新しい仕事なんてものは、納豆に何をトッピングするのか?」を工夫するのと同じようなものだ。(正確じゃないかもしれません。間違っていたらゴメンナサイ)といった文を読んで、えらく納得した記憶があります。テーマが大きすぎても、考えのスタートは納豆のトッピングの工夫と同じところからスタートです。(笑)

で、私の場合、物をどこかに置き忘れ、そこがどこだったか思い出せない時、もう一度元の場所に戻って思い出すことと同じことを試みます。「何で最近の音楽はあんまり面白くないのだろう?」と感じているのですから、面白かったと思っていた頃に聴いていた「CD」をひっぱり出して沢山聴くというところに戻ってみました。聴いているうちに「大発見」をしました!(またかなんて言わないでください。)(笑)

昔のいい曲はAメロ、Bメロで終わり!という構成だったんです。「サビ」なんて不自然で過剰なオプションがついてなかったんですよね!(笑)Aメロ、Bメロが糸井重里さんのいう「納豆」で、トッピングに工夫をして「サビ」をいれたんだけど、余りに工夫が行き過ぎて本来の「納豆」の味が消えてしまう程、トッピングの量が増えてしまっているのだ!それなら純粋な「納豆だけ」に戻ったらいいんじゃないか!

どうですか?「大発見!」でしょう?(笑)

「工夫を重ね過ぎたので、その工夫を思い切ってそぎ落とすという工夫」です。この大発見をいろんな人に話してみました。「面白いですね!」といってくれる人もいるし、私の盛りあがりに付いてこられない人も当然います。(笑)「君はもともと美人(すばらしいAメロ、Bメロ)なんだから、スッピンのほうがいいと思うよ。」と、彼女にささやいても、化粧(サビ)をしないと何か足りないと不安になってしまうという心理が働いて「そうよね!化粧(サビ)なんかやめた。」といってくれる美人(ミュージシャン)は残念ながらそんなにいません。(笑)

せっかくの「大発見!」なのに、それ程「イイネ!」と言ってくれる人が多くないので、やや気落ちしていたら意外な応援に出会いました。この話しを聞いてくれた若い女性が「もしかしたら、それってイイカモネ!・・・最近カラオケに行っても、新しい曲は長くて難しいから、曲がはじまっても待っていてサビになると、そこだけ歌っている。」という証言を得たのです。(笑)これは、かなり重要なポイントです。

さらに質問を続けると、「気になる曲は、携帯の『着うた』でダウンロードするけれど、CDシングルは買わないから曲全体は知らないのよネ!」とあっさりと答えてくれました。この若い女性の話しには、えらく大事なヒントがあります。

  1. 最近の曲は長くて難しいからサビしか覚えられない。
  2. サビだけが気になるから「着うた」でダウンロードして「サビ」だけを知っていればよいのだからCDシングルは購入しない。

といっています。

「ナーンダ!」音楽業界関係者が、CDの売り上げが下がり続けていると頭をかかえているのに、ユーザーは音楽を知る、あるいは楽しむメディアをとっくにCDから携帯に移していたのだ!ということですよね。音楽業界関係者は「着うた」は、あくまで「着うた」であって「CDシングルにかわるものだ」なんて想像もしていないでしょう。なぜなら「着うた」は曲の一部であって、苦心と才能の全てを投入している曲の全体は「シングルCD」を聴かなきゃわからないのですから。

前にも書きましたが、ユーザーと音楽関係者(ミュージシャンを含む)の考えはしょっちゅうズレてしまいます。「音楽を良い音で聴きたい筈だ。」と思っていても「少しぐらい音が悪くても簡単に聴ける方がイイ。」とユーザーは言います。同じように「ユーザーは一曲を完全に理解し、楽しむ筈だ。」と思っても「サビだけわかればイイ。」と言います。

私は音楽業界関係者ですから「音楽は良い音で聴いてほしいし、才能を投入した一曲をキチンと聴いてほしい」という立場ですが、ユーザーが「そんなのいやだ、メンドクサイ」と言ってますから、どうにもなりません。音楽関係者(含ミュージシャン)のとるべき態度は、

  1. 「今迄どおり」いずれまたCDシングルの時代が戻ってくると信じて(戻ってこないかもしれませんが)この困難な時代を耐え忍ぶ。
  2. CDシングルが急速に衰退し、携帯に移っているのだから、時代にあわせることを考えてみよう。

のどちらかです。

「今迄どおり」と考える人は「今迄どおり」ですから、「そのままでよい」のですが、「時代にあわせることを考えてみよう」は、どんな風に「時代にあわせるのか」大問題です。

実は、この問題は既に半分は解決済みなのです。(笑)

日本レコード協会が毎月「着うた」のランキングを発表していて、それを一目見ればワカッチャウんです。このランキングの特徴は、プロの作家の作るJ-POP曲とラップ系の曲が圧倒的に目立っているということです。つまり「超派手なサビ」「超わかりやすいサビ」を含んでいる曲ばかりがランキングの100位の中で目立っています。

一方、シンガー・ソング・ライター系は ほとんどチャートに姿を見せていません。これで判ることは、J-POPやラップ系の音楽のファンとシンガー・ソング・ライター系のファンとの違いです。前者のファンは「サビ」を知ればそこそこ満足するので、携帯でダウンロードし、CDシングルを買わない。後者のファンは「サビ」だけでは満足しないので、携帯でダウンロードをしないし、CDシングルも購入しない。

まあ簡単に言ってしまえば、J-POP、ラップ系はCDシングルから携帯へメディアが移行している状況に(意識してやったかどうかはわからないのですが)対応しているけれど(ですから音楽業界の半分は解決済みなのです)ロック系、シンガー・ソング・ライター系は対応していない、ということなんです。

1960年頃から約50年、音楽ビジネスは一曲のヒットによって、一人のアーティストの存在を世の中に知らせ「アルバム」や「ライブ・コンサート」や「キャラクター」といった商品を売ってビジネスをしてきました。一曲のヒットは「シングル・ヒット」という名称で世に知られるようになっていましたから、私達業界人は「シングル・ヒット」つまり「シングルCD・ヒット」を目指してきたわけですが、今「シングルCD」そのものが衰退してしまっていますから、これに頼っていたら明日は無いのです。

で、その代わりに不完全ながら「着うた」が、どうも「シングルCD」の代替品の役目をしているようなのです。ロック系、シンガー・ソング・ライター系のミュージシャンがCDシングルが衰退してしまうんじゃしょうがない、時代にあわせて携帯に対応しよう」と考えるのであれば、私の「大発見!」を思い出して欲しいのです。(笑)

「超派手なサビ」「超わかりやすいサビ」はもう満席ですし、ファンはそれを今シンガー・ソング・ライターに求めていません。そこで必殺の「Aメロ、Bメロ」の完全一曲というのはいかがでしょうか? 60年代、70年代前半のいい曲は、必殺の「Aメロ、Bメロ」曲です。これはヒット曲の「王道」です。その上に、ここが一番カンジンなところなんですが、ワンコーラスが60秒以内なんです。(笑)この60秒以内というのは、携帯の「着うた」の「尺(レングス)」なんです。

(つづく)

オガワナオキオガワナオキ 2007/02/21 22:43 リトルリチャードのジェニジェニとかグッドゴーリーミスモーリーとかあのあたりの曲はレコードでは2分程度。でもライブでは1曲を延々と10分くらい演奏してた。僕のRain(mf247で公開中)は50秒。これ以上長くする要素なし。

ぬろぬろ 2007/02/22 00:09 クラシックの時代は1曲が1時間のものを「音楽」といっていた。
今の音楽3,4分の音楽は「音楽」と思われなかった。
だから、今の3,4分の「音楽」を音楽と定義せずに、Aメロ、Bメロだけ、
しいて言えば15秒CMを「音楽」というというのが、新しい音楽ですね。
「大発見!」ですね。

ピンピンピンピン 2007/02/22 07:36 はじめまして。
いつも楽しく拝読しております。
本当に色々と独創的な視点からの発想で、勉強になります。CDシングルから「着うた」という流行の変化は短歌から俳句への変化のように、より短く限定された枠組みでの表現法への変化であるかもしれないと、前向きに捉えるのもありかな?と思いました。着うた市場は日本が世界より一歩リードしていて、市場的にも米国はこれからようやく本格的になりつつあるといったところ。シングルチャートでは坂本九さんの「上を向いて歩こう」しか達成しなかった全米チャート制覇ですが、全米着うたチャートでは「マリオブラザーズのテーマ」が既にロングセラーと成っています。日本は小さな携帯ラジカセから小型乗用車までミニマムな分野で本領を発揮してきたので、この分野でなら音楽でも世界に通用するのかもしれませんね。良い解釈のしすぎですかねw