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ふるさと元気風ネット・探訪記ブログ版

2012-04-12

北京世界遺産紀行

北京世界遺産を探訪する

北京には「万里の長城」、「明の十三陵」「頤和園」、「故宮博物院」、「天壇公園」、「周口店」という六つの世界遺産が登録されている。今回、旅行会社が企画する北京世界遺産紀行5日間ツアーに参加し、北京の世界遺産地の見学を中心に雑技団や京劇の鑑賞、北京料理を楽しんだ。一流のガイドに五つ星のデラックスホテル、天候にも恵まれすばらしい旅となった。旅日記の一端をブログにup。


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世界遺産「万里の長城」」

世界遺産に登録されている万里の長城は河北省、山西省、甘粛省、北京、内モンゴル自治区などに所在し、最新の調査で総延長8851kmとされる。着工は紀元前6世紀にまでさかのぼり、秦の始皇帝が建築し、明代に大幅に拡大・延長されて現在の形になった。現存するものの大部分は、明代の建造で明の時代には、西は「嘉峪関」から東は「山海関」、更には遼寧省の北朝鮮国境まで延長された。.北京市内から交通の便もよく最も保存状態の良い城壁の一つが八達嶺長城で観光ツアーの定番となっている。八達嶺長城の名前の由来はこの山の上から東西南北へ通じ八方へ到達できることから名付けられた。

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世界遺産「頤和園(いわえん)」

頤和園(いわえん)は北京市の西北約10kmに位置、1750年、清朝第六代皇帝の乾隆帝が母の還暦を祝うために離宮として改造、総面積は290haで、その3/4を湖が占める。人工の湖、「昆明湖」を中心に仁寿殿、玉瀾堂、楽寿堂等、大小さまざまな宮殿が立ち並び、,掘った土で築かれた万寿山には 頤和園のシンボル仏香閣がそびえ立っていた。昆明湖に沿って造られた長廊は長さが728mにも及び、梁には14000枚の花鳥風月、歴史、古典の絵画が描かれていた。乾隆帝の時代からおよそ100年後の1860年、頤和園は第二次アヘン戦争によってイギリスとフランスの連合軍によって破壊され、それを再建し、いっそう豪華にしたのが清朝末期の西太后だ。健康に気を遣っていた西太后が住んだとされる「楽寿堂」や政務を執った「仁寿殿」など多数の宮殿が点在していた。頤和園の改修費は莫大であったため海軍の軍費を流用し、その為日清戦争で力を削ぐ原因にもなったといわれる。1998年に頤和園北京の皇帝の庭園として世界文化遺産に登録。

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世界遺産「故宮博物院」

故宮博物院は、北京市街地の中心部にそびえる宮殿群で南北961m、東西753m、敷地面積72万平方メートル、現存する宮殿の中では世界最大といわれる。故宮博物院はかつて紫禁城と呼ばれ、明・清代の宮殿で明の永楽帝が14年間かけて完成した(日本の室町時代)。紫禁城の「紫」は天帝がいる天上の紫宮、「禁」は天子(皇帝)の居城に庶民が接近するのを禁ずる意味をもつという。明・清代の五百年間の間、24人の皇帝が中国全土への統治を行った。1947年、政府は皇帝溥儀の退去とともに紫禁城を「故宮博物院」と名付け、歴代皇帝の収集文物を管理することになり、1987年にはユネスコの世界遺産に認定された。

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世界遺産「天壇公園」

天壇公園 は北京城の南東に位置し、明・清の皇帝が皇帝が五穀豊穣を祈願し、天帝に報告した場所である。「天」は中国人にとって昔から至上のもので、日壇、月壇、地壇など北京にある「壇(皇帝の祈祷場の意)」の中で、天壇はもっとも重要であるとされる。1420年に建設され、総面積は270万平方メートルで故宮の約4倍。中国最大最古の壇廊建築物で1998年世界遺産登録。

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世界遺産「明の十三陵」

明の十三陵の名前は、十三人の皇帝の陵墓があることに由来し、最初に明の三代目皇帝である永楽帝が生前に自らの墓を建設したことに始まる。15世紀初頭の明朝の3代皇帝「永楽帝」から7代皇帝を除く、16代皇帝まで13人の陵墓が散在する。「永楽帝」の陵墓である「長陵」、隆慶帝の陵墓「昭陵」、14代皇帝である「万歴帝」の陵墓「定陵」の3つが公開されており、このうち定陵だけが発掘され、内部が地下宮殿として公開されている。

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世界遺産「周口店」

周口店は北京市内から南西約50kmの竜骨山のふもとにあり、50万年前には北京原人、20万年前から10万年前までは新洞人、3万年前から1万年前には山頂洞人が生活していた。1926年、ここで人類の臼歯が見つかり国際的な発掘調査が始まり、1929年には中国人考古学者、裴文中(はいぶんちゅう)により、ほぼ完全な人類の頭蓋骨が発見され一躍有名になった。1927年に大規模な発掘がおこなわれて以来、出土した代表的な物としては40人以上の北京原人の化石や10万点を超える石器、100種類以上の動物化石などがあり、これらは敷地内に建てられた周口店遺跡博物館に収蔵・展示してある。周口店遺跡博物館は、1953年に中国における最初の古人類遺跡博物館として建てられ、七つの展示ホールからなり、貴重な文化遺物や動物化石、石器等が大量に収蔵し、周口店遺跡の歴史をくわしく解説している。1987年に中国で初めてユネスコの世界文化遺産に登録された。


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  • 2011-07-19

    スイス探訪記

    親子3人スイス探訪の記録

    スイス連邦はヨーロッパ中南部にある九州とほぼ同じ大きさの国で、人口は70万余り。西はフランス、北にドイツ、東はリヒテンシュタインとオーストリア、アルプスの南側はイタリアに囲まれ、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語の4つの公用語が使われている。連邦国家を形成する26のカストン(州)があり、それぞれのカストンは独立性がとても強く州ごとに法律や休日も違い町の雰囲気もちがってくる。白いアルプスの山々と湖の豊かな自然、古い重厚な建物と石畳が醸し出す中世の町並みは世界各国から注目を集め訪れる人が多い。

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    親子スイスの旅


    旅行一日目 スイスの中心都市「チューリヒ編」

    チューリヒはスイス北部にあり、国際空港を持つスイス最大の都市だ。世界的にも重要な商業と金融の町として知られ、街を歩くとメインのストリートには銀行や証券会社とともに高級ホテルやグルメ、ブランド店や宝飾店などが軒を連ねていた。一方、ローマ帝国時代の歴史遺産や中世の町並みが多く残り、中世の雰囲気が感じられた。そのひとつ、大きな時計が時を刻む街のシンボルとなっている聖ベーター教会はチューリッヒ最古の教会だ。建設は800年ごろ始まり、1534年に時計塔が建設された際、ヨーロッパ最大の文字盤を持つ時計が取り付けられたという。リマト川右岸には二基の塔をもつグロスミュンスター(大聖堂)がそびえ立ち、その対岸にはシャガールによるステンドグラスで有名なフラウミュンスターが壮麗な佇まいを見せていた。町の小高い丘にあるリンデンホフはチューリヒ発祥の地で、ここから見下ろすリマト川一帯の眺望はすばらしかった。街には有名な博物館や美術館もあり、歴史の遺産と新しい文化が融合した独特の街の雰囲気を醸し出していた。

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    リンデンホフの丘から眺望したチューリヒの街並み

    旅行二日目 ハイジの故郷「マイエンフェルトハイキング編」

    マイエンフェルトは2500人余りの小さな村で「アルプスの少女ハイジ」の故郷だ。「ハイジ」を原作に作られた日本アニメ「アルプスの少女ハイジ」の背景画もこの周辺の風景をもとに描かれた。ブドウ畑の続く道を過ぎて木々に囲まれた草原と林の中を進むと「ハイジの泉」があった。「ハイジの泉」はハイジがおじいさんに頼まれて冷たい水を汲むシーンを再現したモニュメントだ。ホテル・ハイジホフのレストランでゆっくり休憩と食事。歩き最後の「ハイジドルフ」はハイジが暮らした家のモデルとされるハイジハウスやミニ牧場などがあり、ハイジのテーマパークとなっていた。日本人観光客も多く訪れるらしくショップ案内板には日本語の表示があった。

    この日の最後の行程は贅沢すぎるバートラガッツ「タミナ・テルメ」での温泉入浴でゆっくり疲れを癒した。

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    旅行三日目 「氷河特急とツェルマット」

    氷河特急はサンモリッツとツエルマット間270kmを8時間で結び、世界一の眺めを楽しむスイス観光最大のハイライトとして知られる。特急とはいえ平均時速37km、車窓からながめるパノラマ風景はアルプスの名峰、美しい森や牧草地、山間の急流や渓谷など絶景の連続だった。今回はクールからの乗車でツエルマットまでの乗車時間5時間の旅を楽しんだ。やがて列車はマッターホルン・ゴッタルド鉄道の終点、ツェルマツトに到着。列車から降りると駅前広場から伸びる目抜き通りのバーンホフ通りを歩いた。ツェルマットはガソリン車乗り入れ禁止になっており、環境にやさしい電気自動車のタクシーや馬車が主な交通手段になっていた

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    氷河特急車窓風景

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    ツェルマット駅前広場

    旅行四日目 「アルプス山風景とアルプスハイキング」

    ツェルマットからゴルナーグラート登山列車で、マッターホルンを正面にのぞみながら3089mのゴルナーグラート展望台を目指す。高度が高くなるにつれ車窓からは4000m級の山々や美しい山容のマッターホルンがぐんぐん目の前に迫ってきた。40分の登山列車の旅はダイナミックな山々が目の前に迫ってくる迫力ある大パノラマの連続だった。ゴルナーグラート駅着。ゴルナーグラート一帯からからはマッターホルン、モンテローザ(4634m)、リスカム(4527m)、カストール・ボリュックス、ブライトホルン等、4000m級の山々、ゴルナー氷河の壮大なパノラマ風景を眺望できた。

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    壮大なアルプスパノラマ風景

    展望所広場で、マッターホルン、アルプスの山々や氷河の風景を楽しんだ後、行程のメインであるハイキングへ出発。ルートは展望台ひとつてまえにあるローテンボ−デンからリッフェルベルクまでの道のり約3kmを1時間半かけて歩くコースだ。4000m級の山並みと正面にマッターホルンを仰ぎ見ながらの山歩きはこのコースの醍醐味でリッフェル湖面に映る逆さマッターホルンも人気のひとつだ。マーモットやたくさんの草花と出会え、美しいアルプスの自然を満喫した。

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    アルプスハイキング風景

    旅行四日目後半 「政治の中心地 ベルン」

    四日目後半はルツェルンへ移動途中、スイス政治の中心地であるベルンへ立ち寄った。首都ベルンは、ヨーロッパ中世の姿を残している典型的な年で、旧市街が1983年、世界遺産に登録されている。ベルンの旧市街は石造りのアーケードが約6kmにわたって連なり、時計塔を筆頭に大聖堂や噴水など中世の建造物があちこちに点在する美しい街だった。

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    ベルン時計塔

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    アーレ川の街並み

    旅行五日目 「ルツェルンの街歩き」、「登山鉄道とピラトウス散策」

    スイスの中央に位置し、13世紀から交通の要所として栄え中世の面影を残す古都ルツェイン。街は城壁に囲まれた街の中央をロイス川が流れ、屋根付き木造橋の「カペル橋」や「シュプロイヤー橋」など五つの橋が両岸を結ぶ。旧市街には歴史的な建物が存在し、美術館や博物館も多く、中世の街並みと文化的・現代的な町並みが共存している街であった。

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    ルツェルンのシンボル「カペル橋」

    登山鉄道でピラトゥス山へ。

    1889年に開通したピラトゥス山への登山鉄道は世界一の急勾配を走ることで有名だ。平均勾配度42%、最急勾配度48%で標高差1696m、全長4618mを登りは30分、下りは40分で走る登山列車だ。発車するとすぐに牧草地をぐいぐい上りはじめ、やがて緑の斜面が岩肌になり勾配が急になってきた。厳しい斜面を垂直に上っているのではないかと錯覚するほどだった。

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    世界一急勾配を走るピラトウス登山鉄道

    ピラトウス山散策

    ピラトゥス山は太古の昔から住んでいたといわれる竜の話など数々の伝説を持つ山だ。山頂には1890年建立という歴史を感じさせるホテル・ピラトゥス・クルム(一部工事中)と新しく建てられた円筒形のテル・ベルビューというふたつのホテルレストランがあった。ピラトゥス山頂ハイキングにはホテル・ピラトゥス・クルムを起点にしてドラゴンの道、オーバーハウプト(2106m)、エーゼル(2118m)、ピラトゥス山の最高峰トムリスホルン(2132m)等を散策するコースがあった。

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    ピラトウス山散策

    旅行六日目 「探訪最終日」

    スイス探訪最終日、出国の日をむかえた。宿泊場所は二日連続ルツェルンのホテル。この日はいつもより早く目覚めた。日の出前、部屋のベランダから外を眺めるとルツェルン湖の背後に昨日上ったピラトゥスの山頂にほのかな灯り、その奥に冠雪したアイガーやユングフラウのアルプスの山々が・・・。やがて雲ひとつないピラトウスの山が目の前に現れた。すばらしい光景だ。天気のすっきりしない日の多い旅行だったが最終日、このうえない天候に恵まれたことに感謝しよう。雲ひとつないアルプスの山々やピラトウス山があたたかく見送ってくれているような気がした。「初めてで最後のスイス旅行」と決めていたが必ず再訪することをアルプスの山々に誓って別れを告げた。

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    ピラトウス山

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