日本の心・さいき

日本の心で、世界平和の実現を!

経営者の着眼点は・・・

 経営者は、職員に対して(今は、差別用語の従業員って言い方をしませんが・・・)、どんな点に注意しておけばいいのでしょうか…?!

 開業する前の救急病院では、小児科では、、夏は、1泊(土日)の旅行(海水浴場)、冬は、1泊(土日)の旅行(大分市周辺)をしていました(高給の私が小児科のスタッフにお金を出させることはなく・・・私がメーカーの治験のデータをせっせと書いたりして・・・その後、開業してからは、全く書いていませんが・・・)。救急病院の小児科では、新生児・未熟児センターも兼ねていて、小児科は、とても忙しかったのですが、忙しいと言って不満を口に出す人は、全くいませんでした。そして、小児科のスタッフが辞める時は、必ず、派手な送別会をしていて・・・その時に、仕事の話は殆どなく、今までの旅行の話でいつも盛り上がっていました・・・(これも、会費は、職員に出させることなく、幹事の私が工面していましたが・・・)。「(19床の救急医療中心の)たはら小児科医院」を開業する時、この経験を生かして、経営者としてどうすればいいのか、私なりに考えました。
 *私が物心付く頃(父は、小学校の校長でしたが)、正月になると、決まって、その学校の先生全員を呼んで(男女別で)、食事を振舞っていました(先生達も、年1回のそれを楽しみにしていた感じでしたが・・・)。母の料理に掛ける意気込みは尋常でなく、和食でも洋食でも、それに、ケーキなど、何でも作るって感じで(アロエで便秘の薬まで作って、サラサラデールって名前まで付けて、職員が利用していましたが・・・)、ニューアイデアで「佐伯市長賞」をもらったり、佐伯の「ふるさと祭り」で、商品として売ったりしていましたが(直ぐに、売れて切れていましたが・・・)・・・。

 開業する時、次の4点をいろんな人から教授してもらいましたが・・・→
1、「奥さんが先に出ないこと・・・理想的には、仕事場で関与しないで、時々、差し入れして「いつも、主人がお世話になっています、お疲れ様です・・・」って感じで職員に接っするぐらいの方がいい。職員は、先生に付いて就職しているのであって、奥さんに付いて来てないですから・・・それが、先生が大人しくて、奥さんが我がモノ顔に出しゃばって、職員から嫌われて、職員が入れ替わり立ち替わり代わっているケース、多いんですよ・・・」と。
2、「アチコチ、職場を移動しているナースは、採用しない方がいいですよ。同じことを繰り返すだけですから。又、悪口を言う人も同じです。ここを辞めた後に、又、他でここの悪口を言われますから・・・」と。
3、「ナースは、仕事が出来て人望の厚いカリスマ的な人は、独りでいいです。複数だと、どんなにそれぞれが優秀でも、派閥が出来ますから・・・」と。
4、仕事が出来る人は、きつい人が多い、きつくない人は、仕事が出来ない、どっちかですね。仕事もバリバリ出来て、周りと上手く行く人を探す方がまずムリです、そんな人がいればいいけど・・・」と。

 で、私なりに、以下の事も実行しました。
1、まず、茶道を一人一人に手取り足取りって感じで、教えました。(月に1回、茶道の先生に来てもらって、教授してもらいました。開院式も閉院式も茶道でしました。書道も、書道の先生に来てもらって、希望者が参加しました。)
2、月に1回(昼食時が多かったのですが)、皆で、食事会をしました。(平日の午前の診療は、7:30〜11:30で、午後は、水・土以外、14:00からとなっていましたが・・・外来患者さんは、7:30〜9:00に集中していましたが・・・)
3、職員が朝早くから(平日は、7時半から診療)仕事が出来るのは、家族の支えの賜物で・・・それに報いる為にも、(独身の職員には、海外旅行を)家族持ちの職員には、国内家族旅行を何度かしてもらいました。又、職員の誕生日に、花をプレゼントしました。(女性の場合でも、結婚すると、花をもらうこと、少ないんですね・・・?!)
4、(皆の嫌がる?!)トイレ掃除は、私の次女と長男に(バイト料をあげて)してもらいました。

 結果的に、医療機関の増加と少子化で、先を見通して、8年半(その間、夜の20:00〜21:00の診療は、欠かすことなく毎日して)で、閉院となりましたが・・・借金することなく・・・今、その時の職員にたまたま出会うと、話がつきませんね・・・開業時代の悔いはありません(←開業時代は、時間を上手に使って、いろんな趣味にも凝っていましたが・・・母から、趣味の分だけ、儲けたねって感じで言われたことがありましたが・・・)・・・全て、いい職員のお陰ですね(合掌)。