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仙台より

2014-07-30

日本の悲劇の根源(3)

 

 日本が「帝国」の周辺であるのか、あるいは準周辺(間接的周辺)であるのか、という問題はなかなか悩ましい。それは日本(文化)の相対的な自立性をどの程度認めるのか、という問題とも関係してくるので、デリケートな問題となってくるからである。

 

 総じて、日本が経済的・政治的にパワーがあり、中国韓国といったアジア諸国が混乱していた20世紀には、相対的独自性を強調する立場が優勢だったように見られる。脱亜論的なパラダイムと言ってもいいだろう。日本が独自の文化圏であり、遅れて停滞しているアジアに対して、すばやく西欧の文化を吸収して近代化したという「停滞/進歩」のパラダイムが支配的だった。

 

 それに対して、21世紀はその相対的な差異がきわめて小さくなり、もはや「停滞/進歩」というパラダイムが誰の目にも疑わしいものとなってきた所に特徴がある。そこで露出してきたのが、近代以前の「帝国/周辺/準周辺」という構図である。

  

 それはある意味で、アジアの諸国・諸地域の関係がフラットなものになってきたことを意味している。日本の自意識(自己イメージ)は別として、実質的には日本・韓国中国の関係はフラットなものとなってきている。経済的にもそうだし、文化的にもそうである。韓流日流華流が双方向的に入り乱れ交錯する様相を示していて、この文化的なフラットさ(格差の消滅)は、近代においてはきわめて画期的なものと言えるのである。

 

 そのようなフラットな関係になりつつあるアジアにおいて、「帝国/周辺/準周辺」という構図が浮上しつつあるのである。この構図は地政学的な地とも言えるものなので、20世紀の「停滞/進歩」パラダイムや、政治的・経済的格差が消滅することによって、この地が浮上してきたと言えるのである。

 

 そこで問題となるのが、いったい日本は帝国の「間接的な周辺」であるのか、「周辺」であるのか、という問題である。それは、韓国と日本の地政学的な位置をどう見るのか、ということにもつながっている。韓国が境界を接した「周辺」であるのは自明であるが、それに対して日本が「準周辺(間接的周辺)」であることはそれほど自明ではない。日本が「帝国」に対して、ある程度の間接性を持っているのは確かだが、それを選択的受容ができる自由度と見るべきなのか、あるいはクッションを隔てたような間接的受容と見るべきなのかという問題である。

 

 ここの所の状況を見る時、実はアジアのフラット化と見えていることの本質は、日本の韓国化であると見られる。韓国が「帝国」の圧力をいち早く感受し、対応してきたことを、日本はクッションを隔てて10年遅れくらいでその後を追っているという実感がある。実は現在日本で行われていることは、IMF経済危機以後の韓国で行われたこと(すなわち1998年以後)の再現であると見られる。

 

 そうであるとすれば、韓国と日本の差異は本質的なものではなく、ただ単に圧力の差異と考えることができる。「帝国」の圧力がすぐに直接的に影響する韓国と、それに対してクッションを置いたような受容をしうる日本という差異である。この差異は、実はきわめて小さなものとなってきている。

 

 そのことはすなわち言い換えれば、日本の「間接的な周辺」という地政学的な条件が、徐々に小さな差異となり、ほとんど「周辺」的な位置と変わらないものとなっていることを意味しているのである。

 

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