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日々の糧としての写真 A LIFE LIVED IN FEAR IS A LIFE HALF LIVED

HIRANOYA 平野屋 コンピューティング

2018-05-25

幸運な病のレシピ( 467 )朝:酢豚、イワシ自宅糠漬

今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。

炭水化物がいらない食卓』はこちら『幸運な病のレシピ 宣言』はこちら『幸運な病のレシピ』はこちら

人生痩たり太ったりSeason2、Season1はこちら


【 2018/5/25の食事 】

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豚バラブロックがあったので、酢豚をすることにした。

油通しは少し面倒であるが僕はなかなか好きだ。

味付けはケチャップオイスターソースに酢で至ってシンプルにした。

そろそろ終りが近いタケノコも入れた。

美味しく出来た。

しまった、パイナップル入れ忘れた。


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数日前にイワシを丸ごと米糠にまぶした。腹に切れ目を入れて中の水分が外に出るようにした。

12分中火では少し足りなかったので3分弱火を付け足した。




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僕の朝食。


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イワシと昨日までの残りに今朝の野菜。

イワシのワタの苦味がなかったのには驚いた。

頭までみんな食べた。

魚についていた米糠がイワシの油と合わさってパリパリで美味しくなる。

これは驚きである。


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酢豚、思った以上に上手く出来た。

お替りした。



父の朝食と僕の床屋さん

8:00

父が早く起きてきた。

水をいっぱい飲んで帰っていって寝ていた。時折こういう事がある。

少し経ってから顔を出したが、眠っていた。朝食は後で持っていくことにした。

9:00

と思っていたらまた来たので今度はヨ−グルトを作った。

髪が邪魔だが床屋に行くのは面倒だという。僕が切ってあげることにした。ベランダで母の裁ちばさみで父の髪を切った。

柔らかい髪だった。


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2018-05-24

幸運な病のレシピ( 466 )朝:手羽骨抜き、手羽からあげ、鮭唐揚げ、身欠きにしん唐揚げ、米麹漬け、糠漬け、食事のお話

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【 2018/5/24の食事 】

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そろそろ次の本のコンセプトが煮詰まってきました。

料理を作りながら話しております。

しかし、この内容だととんでもなく大きな本になりそうだね。


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今日の朝食。

当然、嗜好品は抜きで大丈夫。

今日は一日これで行こう。



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漬物大好き。

糠と米麹の2種類があるのです。

旨いんやでー。



父の朝食兼昼食、バナナ、りんご、キウイが嬉しい。

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働いてくたびれたので蕎麦70g食っちまった。

大根おろしに、魚や天ぷらであった。

生卵も食べた。満足である。

食事開始時点で105mg/dlだった。

2時間後155mg/dlだから1時間でおおよそ200mg/dl弱であろうか



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僕の夕食。豆が美味しい、金時・黒豆は味がついていたほうが良い、大豆は味がないほうが良い。

金時豆は水がなくなるくらいまで煮たほうが良いのかなあ。なかなか難しいが、豆は意外と手軽に煮ることが出来る。

煮しめと新玉麻婆である。十分な資質は「満足」を呼ぶ。

少し脂っぽかった。これは仕方がない。


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父の夕食。

うまそうである。

イイダコは今日で終わり、

刺し身は3種類。鮪の赤身が美味しい。20時過ぎの半額セールで買う。

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全体的に一皿減らした。此のくらいでいいという。酒も少なくなってきている。

もう何年も、一日中寝ていると思うと夜中に起きている。時折コップに酒が継がれていたりする。

母はいつも病気でないだろうか不安がっていた。

その母も、昼からこたつでうたた寝をしていた(笑)。



続けられるダイエットとは、「満足」から始めるダイエットである。

では満足とは何であろうか?実に定義が難しい。

そして「足るを知る」事は至難の業である。

「政治的に正しい栄養学」は「必要所要量」から始める。

そして検査値が正常化を見る。

肥満は一番わかり易い検査値である。



どんなに「政治的に正しい栄養学」を守ろうとも生活習慣病への恐怖は消えることはない。

効果がないと薄々感じならがら、1824年に始まったカロリー栄養学を守らせられる。

どうして僕らはこの間違いを正せないのだろうか?





1824年ニコラス・クレメントが、「水 1 kg の温度を1℃上げるのに必要な熱量」をカロリーと名づけた。


昨年からカイズカイブキを切っていたのであるが、そろそろ乾いたので廃棄物処理場に持っていった。

大騒ぎである。

我が家のガーデンアドバイザーさんの車を借りた。

重さ110kgで1600円であった。

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2018-05-23

幸運な病のレシピ( 465 )朝:さばの味噌煮、焼き魚、蕗の豚肉巻き、蕗の煮しめ

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【 2018/5/23の食事 】

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父の朝食。

なんと、ヨーグルトを少し多めに作ってあげるようになったら少し痩せた。

お腹がほっそりしだしたのである。酒も量が減っている。

だんだん年をとっていっているということなのだろう。

毎日、最後に合って分かれる時、父は「今日もいい日だった」という、僕は「明日もいい日だといいね」と答える。


ゆっくりと、年をとっていって、ある日起きてこない。

そんな人生の終わり方が素晴らしい。

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麻婆が余っていたので卵でとじた。仕立て直しである。

焼き魚は必ず食べる。

フキは30分前まで地面から生えていた。うちのフキは細くてスジが取りにくい。

来年は、群生地の土を豊かにする。


昨夜8時過ぎのスーパーで生ダコが半額で売っていて驚いた。

下茹でして、スミを出した後で濃いめの醤油で炊いた。

内臓の所に卵が入っていた。これは嬉しい。

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僕の朝食。キャベツはあくまで添え物である。

野菜中心などというバカげたことを言う輩(医者)も多いが、野菜は僅かな栄養素とただの水を運ぶ水筒だ。

野菜(ビタミン)不足から顕著化する欠乏症に対する勝利は近代医学の夜明けの輝かしい勝利のページだった。

しかし、それは昔の栄光でしかない。

生命にとって必要な栄養素はそれだけではない(注1)。そして生活習慣病はそれが問題である。


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僕の遅めの昼食

おおよそ、朝と一緒である。

色々としていたのでくたびれてこの後すぐに寝てしまった。


庭の蕗は細くて硬い。いつも母が持ってきてくれていた。亡くなる3年くらい前から持ってこなくなった。忘れられない。

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父の食事。

多彩なタンパク質ということでタコは嬉しい。

食べやすいように足の所と、内臓は縦に半分に割った。卵が見えて嬉しい。

シシャモなどもそうだが、一物を全体で食べるのは美味しいものだ。おまけに半額だったからなあ。



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トマトは、昼に切ったものを小皿に2切れおいておいた。

魚は、サバを3種類ということになった(笑)。

気が付かなかったのだが、こういうこともあるものだ。

たいてい鮭を焼いているのだが今朝はサバだった。


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僕の夕食。なんか地味である。残り物というのはそういうものであろうか。

今日は何も作らないで食べた。

朝しっかりと作っておくと上手く進む。

みそ汁は昨日の余りを食べた。



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生命にとって必要な栄養素

必須アミノ酸と必須脂肪酸オメガ3、オメガ6)である。

タンパク質を構成する20種類のアミノ酸うち何と9種類をヒトは体の中で作れないのである。

必須脂肪酸についても同じである。

しかし、これらの栄養素は顕著な欠乏症との1対1の対応関係が見えない。

つまり、脚気ー>ビタミンB1」・「壊血病ー>ビタミンC」というような比較的分かりやすい対応関係のことである。



生活習慣病は「臓器や組織の顕著な劣化=老化」なのだ。

老化であるから、対策はない。しかし、ヒトは不老不死を願う。

そして、老化においては様々なパターンが有る。

原因対策病名

また、膠原病や難病指定されている疾患などにおいては、原因が分かられていない。


つまり、病気というよりも、その時の生活に対しての体の自然な反応なのだ。

そして、組織の死が訪れて、本格的に機能が失われる。

しかし、それにした所で自然な反応なのだ。

例えば、失明すれば目が見えなくなるのは自然な反応である。

私の専門(笑)の糖尿病でいえば、膵臓が破壊されてインスリンが出なくなれば、筋肉と脂肪組織はブドウ糖の取り込みの許可を得ることが出来ない。

そうすれば、血糖値は下がらない。

これは自然な反応である。


なぜ、それが病気と呼ばれるかというと、「特効薬」があるからである。

医者が薬を得るためには、そもそもその症状に効果のある薬(検査値を正常にする)が必要である。



そう考えると、薬が病気を作るといえる。

とくに、生活習慣病のように「治療」と言いながら終わることの出来ない場合はそう言える。


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2018-05-22

摂食障害としての「肥満・拒食症」ヒトは現実と向き合い、心で食べる。

侵襲(しんしゅう)」という医学用語がある。この言葉を知ったのはそんなに昔ではない。

医療において、そのヒトに傷を負わせる(病を治すためであるが)ことを意味する。

しかし、これは医療に限らない。

教育においても、介護においても、一般的な社会においても、一般的に起こることである。

「その人のために」心を鬼にして(笑)あえて、相手に嫌がられることを「する・言う・強制する」のである。

決して自分の利益になることを言うのではない、あくまで相手のためなのである。

千本ノックとか、運動部のシゴキはこの色彩が強い。肉体的な侵襲を重ねることで精神も支配していくのである。僕は運動部大嫌いであった。監督の絶対的権力は父兄さえも巻き込んで特殊なコミュニティを構成する。



子供のために、勉強して、いい大学入って、公務員になれと強制する。

僕はこれを「かぐや姫効果」とよぶ。

タレントママを考えれば分かる。「りえ&りえママ」と言って分かるのはもう年寄りである(笑)。

子育ては、たゆまなく子供を侵襲する。いじめのメインプレーヤーは明らかに親であり教師である。

子供に、いい人生を歩んでほしいというのは当たり前だ。しかし、問題はその「いい人生」の定義である。

そしていずれ、かつての子供は自分自身で現実と向き合うことになる。





「病気:治療、犯罪:処罰」この2つは決して分離できない。

そもそも、病気を神のたたりと受け取るメンタリティはなかなか消えない。

「ししくったむくい」ということわざがある。多くの宗教では禁忌している

セーフティでないセックス行って性病感染したヒトなどにも適用されることわざだと言うとことが面白い。



II型糖尿病の社会でのとらわれ方はまさにこれである。



肥満治療で、胃の一部を切り取ったりする治療を面白おかしく報道しているテレビを見て呆れ果てたことがある。

なんで、肥満とか拒食症のことって医者にわからないんだろうか?

本人お苦しみをどうしたら分かってもらうことが出来るのだろう?



この記事を読んだときは、憂鬱な気持ちになった。

ヒトは、脳の部分が電気的に興奮して食事をするのではない。

ヒトの心は脳に宿ってはいない。

心ってなんだろうか、意識ってなんだろうか。

次の本の主題である。

アサヒコムより

編集委員・大久保真紀 2018年5月17日20時00分

14歳の身体拘束77日間 「殺された方がましだった」

摂食障害で入院した14歳のときに77日間に及ぶ不当な身体拘束を受けたとして、東京都に住む女性(24)が17日、病院を経営する法人に1056万円の損害賠償を求める裁判東京地裁に起こした。会見した女性は「殺された方がましだと思うぐらいだった。当時から訴えたかったが、子どもだったのでできなかった。力のない子どもに、こんなひどいことをするのはやめてほしい」と語った。

「不当な身体拘束77日間」摂食障害の女性、病院提訴へ

 弁護団によると、拘束された当事者が提訴するのは異例。訴状によると、女性は2008年5月に都内にある病院の精神科を受診。摂食障害と診断されて入院した。病室ではベッド上での安静を求められ、起き上がることも、外部との電話や面会も許されず、排泄(はいせつ)は看護師の前で簡易トイレにしなくてはならなかった。

 抗議のため、点滴を抜いたところ、両手両足と肩を太いひもでベッドに縛り付けられた。栄養チューブを鼻から胃に、カテーテル尿道に通された。排泄はベッドの上でさせられた。

 足の拘束は38日間続き、すべて解除されたのは77日目。11月の退院後は、拘束される夢を見るなど精神状況が著しく悪化し、別の病院でうつ病と診断された。

 拘束の際は、本人の同意がなく…

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「忖度」と「パワハラ・セクハラ・いじめ』の国、空気を読む奴らばっかりの国 豊かさが今の生活を維持することを強制させ、ドロップアウトの恐怖が人を奴隷とする。鯛は頭から腐る。もう、頭以外も腐っている。

証拠がなければ良いのである。罪状ががなければ何をしても良いのである。

一応、皆に尊敬され、国を指導して市民の幸せを守ると思われている奴らが、そんな風に振る舞えば、皆そうする。

もちろん、総理大臣とか偉い政治家のことであるが、それだけではない。

そして「忖度」とは信用取引であるから。受けるほうばかりが悪いわけではない。

「忖度」と「パワハラ・セクハラ・いじめ』は対応関係にある。
権限のある人に(暗黙理に要求されながら)「忖度しない」場合、に「パワハラ・セクハラ・いじめ』がという対応がなされるのである。

そして、そのコミュニティに属し続けるためには黙って耐えなければならない。もしくは牙むいて内部告発(録音して公開)して、破滅させるかである。


「忖度関係」とはコミュニティの一番基本的なルールである。

「空気を読む」とか「あうんの呼吸」などとも呼ばれる。

入札などにおいて、契約関係がなくとも落札業者が決まっていたりする現象もそれに入る。今回融通したら、次回は自分がなにか得したりする。相互の方向への義務と利権が存在している。

利害が共通するコミュニティにおいて、互いに頑張って共通の財を得ることである。

チームプレーとか呼ばれることもある。


契約書や証拠を探した所で見つかりはしない。

それは、暗黙のうちにに皆知っていることだからである。





ここからの一節は「日大アメリカンフットボール部」の2018年の殺人タックルの話題です。


例えば大学のアメラグであるポジションに居ることが大変な「財」であったとする。

そのポジションに居ることは、卒業後の就職であっても、何らかのコネ社会の中での人脈であっても計り知れない利益を自分にもたらすことを経験上知っていた。


監督は、決して指示を出さなくとも、部下は、自分の地位を維持するために監督の意のままにする。

そうすれば、自分の将来の利益が保証されるのだ。


つまり、自分のためである。

しかし、考えてみるが良い。

もし監督の意に沿わないプレーをしたらベンチに引っ込められて別な選手がするだけである。

どうせ誰かがやることである。


あれだけ酷いことをしたのは自分の苦しみを伝えるためだったのかなあ。

彼は自分の正義のためにやったのだろうか。



確かに結果として、あの監督は辞めたからなあ。

そう考えると一種のテロではないのか。

自殺するよりも遥かにいい。

自分を追い詰めたか輩と向き合い戦うのはいいことだ。

多くの内部告発した人々を思い出す。

後日、彼の会見を見て素晴らしいと思う。頑張っていただきたい。



しかし、アメラグ部の利権は残り続ける。

何故ならば、そこに浸かりきっている連中(OBネットワーク)が「やま」と居るからである。


告発した彼には、「日大」というブランドを「失墜させたやつ」としての裏切り者のレッテルが貼られ、苦難の道を歩むのだろうなあ。

僕も労組委員長をして、会社の最後の葬儀運動を指導した時に嫌というほど感じた。

これから、日大のチームメイトが彼を追い込むのだ。

大学に入ってから「このコミュニティ」の中で生きてきた彼はもう大学にはいられないだろう。
孤独な道を歩むことになる。

頑張る他ない。

この物語の終わりが見たいが、DVDのように早送りは出来ない。


問題の根は深い。







教師の意に沿うために勉強に励む子どもたち。
親はいい大学に入り公務員になることを望む。
教師は進学率という自分自身への評価のために子供を鼓舞する。

そして、学習障害と名付けて、出来の悪い子供に薬を盛る、クラスの子供に「忖度=いじめ」させ居場所を無くするように仕向ける。

いじめは子供が教師や親から「財」を受け取るために空気読めない子供を排除する行為なのだ。




しかし、いろいろな企業の経営者は、指示しないで悪いこと(犯罪スレスレ)を社員にヤラせる。

うちの父が先日牛乳屋さんと乳酸飲料の定期購入契約をしていた。

詐欺とのグレーゾーンである。

しかし、経営者は「わけの分かっていない老人契約させろ」などと指示するわけがない。

ただ、「営業成績を上げろ」と言われるだけである。


誰もが生活を持っている。

その生活のために、「ずるくて汚いことをしても良い」と国のトップが身をもって示しているのである。




セクハラ罪はないのだから、自分の地位を利用して、女とセックスしようとして、失敗しても(笑)しらん顔できる。

とんでもない額の退職金をもらえる。



『鯛は頭から腐る』とはよく言ったものだ。

しかし、問題はそこにはない。



しかし、トランプといい、アベといい、見事にずるくて汚い奴が一番上に居る。

確かに「お仲間である経営者」には人気だろう。支持すれば、様々なご褒美が帰ってくる。

政治家の集票マシンに「忖度」すれば自分に利益が戻ってくる。

ズルくて汚い奴ら連合である。

まさに「忖度」とは、証拠を残さない悪人互助会である。




一番の問題は自分の上位者に忖度して何らかの利益を受け取る人間に在る。そして、生活があるから、もう抜けられない。

腐っているのは頭だけではない。

僕は空気を読んだりするのは大嫌い。

空気を読んでー>自分に有利に立ち振る舞う。

まさに忖度である(笑)。





わかりやすくて良い。



「汚い連中ネットワークに入れない人々」は希望を失う。





僕は一体誰に「忖度」すれば良いのだろうか?

誰かのためにズルイことして金もらえるならいいのになあ。

とは言っても、親父を施設に入れるようなことはしない

カエルやネズミはたしかに一言も「施設に入れろ」などと言ってはいないが、結果としてそうなる。

自分の中に「譲れない何か」を持たない人間ばかりでは世の中面白くない。

子どもたちには、「自分自身の譲れないな何か」を忘れないでもらいたい。








テロはやまないだろう。

多くの文明が過去に破滅したが、その原因は「不平等を維持する社会」にある。



人は希望のない社会では生きていけない。

自殺するか、テロをするか、抗うつ剤でボーッとして生きるか」である。


社員のメンタルを心配して精神面の健康診断を受けさせる会社の多いこと。

「うつ」は心の風邪ではない。社会の病理である。



憂鬱である。

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2018-05-21

幸運な病のレシピ( 464 )朝:新玉ねぎに豚と厚揚を味噌炒、鮭、牛とアスパラとタケノコの炒め、煮しめ

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【 2018/5/22の食事 】

禁酒一日が過ぎた。

飲みたくて仕方がないが、身体にダメージが有ることは分かっている。

現実に向き合う「心」が飲ませている。

マイクロバイオームもそっち側だな。

我慢でも薬でもなく、別な何かで向き合う。

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浸し豆(枝豆であろうか、ダイスの青いやつ)と金時豆である。

冷蔵庫にはタッパに黒豆がまだ少しある。

妻は浸し豆があれば満足する。


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夜は新玉ねぎいっぱいの麻婆を作った。

豚のバラ肉(ブロック)があったので、一緒にテリテリした。

新玉ネギは実に甘い。

美味しいのだが、いつもの玉ねぎとちょっと違っている。

夕方はこれだけ作った。


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父の食事。

麻婆が別な器になっったので、大皿は少し小さめにした。

豆を一皿よそおった。

朝からのおかずでほぼ終わった。


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僕の食事

満腹である。酒飲んでいない。くたびれたのでこれで寝ることにする。

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「庭いじりの贅沢」「鯉が鷺に食べられた。」(4)目撃 アオサギが鯉を食べた

鯉の生まれた頃のことはこちら。以前に狙われたときのことはこちら。このシリーズはこちら


今日で何度の空振りだろうか。

朝、外に人通りが出始めたらアオサギも来ないだろうと思ったのだが、来た。

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2018/5/21 7:12にカメラ設置した。

10:00 父がTVを消して寝室に戻る。

7:22 飛来

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身構えて

飛び込んでキャッチ

でかい魚が取られた

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10分とかからなかった。

相当、大きくなっても鷺は食べることが出来る。

飛び込んで食べているので、当座、竹の棒でガードすることにした。

気に入っていた鯉を取られた妻は落胆して何度も池に足を運んでいる。


しかし、美しいものだ。

子供がいて、家族がいるのだろうなあ。

毎日、こうして食べているのだろうか。

生活は楽ではないだろう。

可愛い鯉が食べられるのは悔しいが、アオサギの側に立てば頑張って生きてもらいたいものだ。



対策

竹を池に渡して、今回のような「ダイビングキャッチタイプの漁」は出来ないようにした。

しかしよく田んぼで見る様なタイプの「待受漁」(ジーッっと立っていて油断して近寄た魚を突く)には無理かもしれない。

どうなるか様子を見よう。

このタイプのネットは1m1000円弱である。

あと4mは必要だと思う。

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幸運な病のレシピ( 463 )朝:鶏唐揚、鮭、豚と蕪の葉とタケノコの炒め、煮しめ

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【 2018/5/21の食事 】

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いつものように基本セットと煮しめを作った。

タケノコがだんだん少なくなってきた。

塩漬けが結構あるので楽しみである。

今年はおからを使っていない。

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豚肉と筍に蕪の葉の炒めもの。

青い葉が嬉しい。

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朝食。

作ったものを食べる。

キャベツは昨日の残り。何やかんやで、忙しくて昼は食べなかった。

少し鶏のから揚げをつまんだり、ヨーグルト食べたり(父のものを作る時)した。

こういうのも良いものである。



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父の夕食。

朝昼兼用はヨーグルトになったのだが、美味しいと言ってくれる。

このまま続くか楽しみである。

少しお腹が出てきているので、

煮しめは今朝のものだが、父は初めて食べる。


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多彩なタンパク質を少しずつ。

数日前に似た黒豆(これが意外と旨い)、生ハム(生春巻きにしたくて妻が買ってきた)、少し高めのカマンベールチーズ、昨日買った鮭の刺し身、。

朝からのおかず:焼き鮭、鶏のから揚げ、豚肩とタケノコの炒め

買ったお惣菜:数の子ワサビ、ゼンマイと野菜の炒めもの


相変わらず昼は眠いと言う。

夜起きている事が多いというか、夜中に起きているのはずいぶん昔からである。

医者に行けばなにか病名が付けられて、あっという間に薬漬けだろう。

このままでいい。

年老いていく自分と向き合うということは苦痛である。

母とともに苦しんだ僕には良く分かる。



誰かに、「人生を保証してもらいたい」そんな気持ちになることは仕方がない。

明日の生活、自分の糖尿病、眼底網膜症、尿から少し蛋白が出ている、いずれも医者に行けばあっという間に病名がつくのだろう。

しかし、生活からしか解消できない不安である。




お酒の量は少し減っている。



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僕の夕食。

今日はビールを飲まないですんだ。

少し気持ちが楽になったせいだろうか。

色々と片付き始めている。

汁は昨日の余りを温めた。

くたびれたので、早く食べて寝た。


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トマトニンニクとパセリでマリネにした。




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2018-05-20

幸運な病のレシピ( 461 )朝:シシャモ焼き、イワシ米糠漬け、タケノコと車麩の煮しめ、豚肉と蕪菜の照り焼き、(462) 冷やし中華

今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。

炭水化物がいらない食卓』はこちら『幸運な病のレシピ 宣言』はこちら『幸運な病のレシピ』はこちら

人生痩たり太ったりSeason2、Season1はこちら


【 2018/5/20の食事 】

妻と僕の朝食。

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イワシの米糠漬は洗わないで焼いて十分うまい。油が落ちた頃上下を返すと良い。

タケノコ車麩煮しめに少し手間取ったのである。鶏肉はぶつ切りにしておいたほうが良いかもしれない。


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豚キムチを作っていたのだが煮しめに気を取られて、キムチを焦がした。

焦げたキムチを除いて、蕪菜を入れて合わせた。かぶ菜を炒めることはあまりない。バラ肉の脂が茎を柔らかくしてうまい。

オイスターソースと醤油で照りを入れて葉の方も少し熱を入れる。

アクの強い野菜であるが過熱がうまくいくと美味しくなる。


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イワシも、シシャモのみんな食べた。妻の残した骨と頭も食べた。

イワシの米糠は洗わなかった。

焼いている過程でイワシの油が米糠に入り込み、独特の旨味を出す。下の方に脂は流れるので、焼いている途中で上下を返してやらないといけない。今度は生のイワシを買ってきて、家で粉糠に漬け込んでみよう。丁度、糠漬けも始めたところだから面白い。


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父の朝食。

朝、昼は兼用にして、ヨーグルトを増量しようということになった。

少し、朝食と夕食の分量を減らしたほうが良いかなとも思っていたので、ちょうどよかった。

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フルーツを切って、ヨーグルトの入れ物に入れる。

りんご1/4カット、キウイ1個ぐらいを入れておく。

2-3日に一回これを行うと、時間が節約される。


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3日で2パックを食べる感じであろうか。

コーンフレークドライフルーツをトッピングする。

この「うつわ」は母のお気に入りであった。

実家から持ってきた。

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父の夕食を実家に持っていった。

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鮭の刺し身、生ハム、冷やし中華のサラダトッピング、ハム、蕗、朝からの煮しめ

多彩なタンパク質を少しずつ。

食べだす頃に実家の方に顔を出していろいろと話をする。

嬉しそうに、「旨いがな」と言ってくれる。


うちに来て食べると、残さないで全部食べる。酒も3杯を超えることが在る。

実家で一人で食べると最近は半分くらい残す(冷蔵庫に綺麗にしまわれている)。

食べている頃、顔を出すと食べ終わっていることも多い。



もしかしたら家に食べに来ると、無理に食べているのかもしれないと思った。

食事というのは難しい。共生の要でありながら、強制の場でも在る。

父に食べることを強制しているのだろうか。

一緒に食べることが良いとばかり思い込んでいたが、そうでもないかもしれない。





かごに入れて持っていく。寝室で寝ているので、声を掛ける。

元気な返事が帰ってくることも眠そうな返事が帰ってくることも在る。

時間になっても来ない時は、呼びに行かないで、持っていくことにした。

食べに来たくなったら、その時はいつでも一緒に食べる。

僕の仕事は自宅でのソフト開発と食事研究、著作とブログ書き(笑)である。いつも父をまっていることが出来る。





たしかに前より散歩する時間は減ってきている。

無理に「散歩しろ」などとは言わない。

確かに「言ったことや、したことを忘れること」も多くなっている。

忘れているかどうかを質問はしない。

認知症かどうかをワザワザ試すようなことはしない。

覚えていないということは、そのことがその瞬間にその人にとって必要のないことだからだ。

僕らだって、いつも何かを忘れながら生きているのだ。





動けなくなってきたらそれでいいじゃないか。

覚えていることができなくなってきたらそれでいいじゃないか。

父は必死で、今の自分という現実に向き合っている。

認知症の薬というのは、必死で向き合おうとする力を奪う。

糖尿病生活習慣病)の薬にもよく似ている。

アヘン覚せい剤抗うつ剤は現実に向き合えない人たちのための薬だ。

母は、安定剤のためにたいへん苦しんだ。

僕は母の「安定剤中毒」に共に向き合って、自分自身の糖尿病とも向き合えたのだ。


僕らはいずれ死ぬ、それは仕方がない。

いつかは現実に追いつかれる。

しかし、勝てはしないが負けないで生きることは出来る。







なんで、毎年がん検診を受ける?

僕らは血液レベルでも試され、評価され、「自分は正常だ」と自慢させられる。

毎日、試され評価されて何が楽しい?

そのままでいいじゃないか?

しかし、食事が原因で自分に災厄が迫っているのではないかという恐怖が止まらない(毎日テレビやネットで煽られる)。

無論、臨床の苦しみは避けたい。早く死ぬのは御免こうむりたい。

しかし、いずれ死ぬ。

食事で元気に生きる方法が見つからないのだったら、「侵襲的医療」に苦しめられながら死ぬのはまっぴらごめんだ。



どうして70-80歳を超えても健康診断受けて薬飲ませられなきゃいけない。

若い人と同じ基準の食事を食べさせられたら検査値が正常のままでいられるはずがない。

身体の「細胞、組織や臓器」はぞれぞれ独立的に衰えていく、その衰え方に従って食事を調整しなければならない。



しかし、どう調整すれば良いのだろうか?

医学はあくまで「経験の集積」の学問である。

経験(患者の観察)から、「ヒト」という普遍的な概念を導き出して、誰にでも効果のある「薬」を処方する。

しかし、2つと同じものがない私達の身体に最適な食事(薬・処方)など見つけることが出来ない。



それは家族の役割なのだ。



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僕の一杯目麺が少しなのが可愛い。

お代わりをするたびに少しずつ食べる。

やっぱ酒を飲むと炭水化物も食べたくなってくる。

3歳時の自分に戻る。辛抱たまらん!


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妻は少し麺が多め子供は普通に一人前。

好きなものを選んで麺の上に乗せる。

今日はしなかったが、茹でた鳥も美味しい。

自分なりに炭水化物を選べて、組み立てることが出来る。

みんなで一緒に食べることができて嬉しい。


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煮しめが少し残っている。

これは全部僕がもらった。




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3人前の麺を茹でてザルにおいておく。

自分でよそって、好きな量を食べる。


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トッピング軍団

モヤシ、キュウリ、カイワレ、レタス、新玉ネギ。

冷やし中華にしたのは新玉ネギがあったからである。

スライサーで薄くして水にさらして置くと嬉しい。



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シシャモの網焼き。このくらいの大きさが魚臭くない。

内臓の液体が上手く飛んでくれるのと、焦げない所まで加熱するのとの頃合いが難しい。

フライも天ぷらもいいが、冷えた時に「生がえる」のが辛い。

シシャモは仕立て直しが難しい。

セロリはスティクに切って冷やし中華に使う。


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奥は十全茄子の糠漬け、手前は朝採った庭の蕗を下茹でしないでそのまま炊いた。

ハムは冷やし中華の必需品。




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あ、「薄焼き卵」作るの忘れた。

戦い済んで後片付けである。

ここからが長い。

明日の朝はまた元気に働き出すのだ。

家族にあった食事はお店には売っていない。



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先日、テレビで「はなたかさん」とか言う言葉を知った。

全くああいう「知識比べ型」のバラエティというのは嫌になる。

台本読んでいりゃ誰でも司会者になれる。

クイズダービーあたりから始まったのだろうか。

はらたいらさんに10,000点」とか言って分かるかなあ〜

知識でヒトを格付けして何が楽しい。

誰でも、なにかに一生懸命になれば、詳しいものは在る。

それを評価しないで、くだらん単語の意味を知っているかを競わせる。


しかし、不愉快になった。

法律関係の単語を僕が分からなくて、妻に笑われたからであろう(涙)。

ああいう番組は、実生活の中で自分の周りにいる「優秀な人=自慢コキ」をばかにするために在るのかもしれない。

自分の知っている事が出てくると誇らしげに答えを言うのは何故だろうか?

そう考えるとちょっと恥ずかしい。

「幸運な病の食養訓」 (1) 「生活習慣病への恐怖」こそが「現代の食養ビジネス」を生んでいる

世の中には「食養訓」がおおい。

出版されている「レシピ本の食養」(=民間療法)と言われる一群の考え方。

学者が唱える「最新医学食養」と言われる一群の考え方。

両者のミックス型も多い。

テレビや雑誌、ネットには健康情報が満ち溢れ、その市場規模は想像もつかない。



それぞれに自分の説が正しいと、戦う(笑)。

「レシピ本の食養」は『自分がいかに健康になったか』という体験を根拠とする。

そしてこういう食事をしなさいと言う結論を出している。

そして「食品業界・健康食品サプリメント・スポーツジム」などの広告となる。


「最新医学食養」は、『試験管の中での現象や学問的な根拠となる条件』を根拠にする。

「個人の体験や、正しいかどうかわからない情報」に踊らされてはならないという。。

そして、「食品業界・医薬品メーカー・自分のクリニック」の広告となる。




しかし、考えても見てもらいたい、これだけ多くの情報が「最新医学食養」を語りながら、私達の『生活習慣病への恐怖』は亡くならない。

逆に言うならば、「生活習慣病への恐怖」こそが「現代の食養ビジネス」を生んでいる。



「最新医学食養」も「レシピ本の食養」両者ともに、健康の問題を「個人の食事の問題」と考えている。

つまり、「悪い食べ物を食べている」か「良い食べ物を食べていない」のどちらかなのである。

これは見事に「医学の勝利の歴史」と重なっている。

と同時に、「ヒト」という生物全体に共通する「良い『食事=薬』」が存在するという確信を持っているのだ。



「現象」に問題があるということは「対策」が間違えている

しかし、これらの「食養」が決して触れない事がある。

『私たちが自分で料理を作らなくなったという変化』である。

そんなに、「食事を作らなくなった事」に大きな意味が在るのだろうか?

逆に論じれば、「食事の価値」とはなんだろうかということである。


今の生活を尺度にかつての生活を考えてはいけない。

「庶民の生活史」を考える時に、今の生活を基本に考えることは厳禁である。

炊飯器がない時代に米を炊くのは大変だったはずである。

お湯の出ない時代に皿洗いは重労働である。

汲み取り便所の時代の衛生観念と今のそれを比較するのは問題である。

スーパーやコンビニ、弁当屋さんなどない時代を想像するのは困難である。

こんなに安く簡単にアルコールはは手に入らなかった。



父母の時代は、様々なタンパク源を食事に取り入れていた。

そして「家族」がシェルターとして私達を守っていたのである。





「幸運な病のレシピ」というのは、「僕にとっての正しい食事」である。

僕の糖尿病に対しての食事療法を続ける過程で見つけたもので、誰にでも効くレシピではない。

このレシピでは「身体に良い・悪い」という観点からは考えない。

嗜好品炭水化物アルコール・セーフティでないセックス)」は程々にする。

なぜならば、「嗜好品」はあまりに身体に気持ちがいいから、必要なものを取ることができなくなるのである。

つまり、

1)嗜好品をとっているためにおこる長期的な「必須アミノ酸と必須脂肪酸」の欠乏現象が「生活習慣病」メインプレイヤーである。

2)ヒト一人一人は違いすぎるので誰にでも効く処方箋はない。


70兆言も言われる「私細胞」とそれの何百倍ものマイクロバイオームはヒトを操って食事を摂る。

「私細胞とマイクロバイオーム」はぞれぞれに必要な栄養素を求め、意識は食事をして、血液を一定の状態に維持する。

身体を構成する「細胞」一つ一つも「分化=適応=進化」の家庭で大きく異なってしまっているので、全ての細胞に効く処方箋もない。


しかし、どの細胞にも効く「食事=血液」はない。


考えても貰いたい、下水道と水道が一緒なのだ。そして血液を経由して様々なメッセージが交換される。

やがて、プロトコルが変わり、求めるものが手に入らなくなった細胞は自死する。

細胞ー組織ー臓器ー身体全体」は死を迎える。

個々の生命(私細胞とマイクロバイオーム)はそのコロニーに適応しきれなくなり徐々に退場する。

細胞生命の「死」は「私細胞」にとっては小さな死であり「マイクロバイオーム」にとってはのはたんなる引っ越しにしか過ぎない。



個々の細胞は環境を変えながら自分自身も変わる。

しかし、変わる力には限界がある、それが老いであり、死なのだ。



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2018-05-19

卓球が好きである。

小さい頃から、父と卓球をしたものである。

戦後、父は特攻隊から帰り、大平洋金属のトロッコ押しとして働き始めた。

会社でのリクリエーションとして卓球を楽しんだ。

休みの日に父は僕に卓球を教えてくれた。


妻と卓球している。

2011年のことだと思う。母も元気であった。

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ミックスという映画でガッキーに泣かされて、この動画があることを思い出した。

父には俊夫さんという2−3歳年の離れた弟がいた。

2013/8/26に長野で亡くなって、僕と父は葬儀に参列した。

ガレージに卓球台があったので父を誘ってみた。

その時の画像である。

サービスとツッツキ、心理作戦とフェアプレイではかなう気がしなかった。

そして、スキを見てのスマッシュはいつも相手を翻弄する。

僕は父から卓球を、そして人生を教えられた。

D



俊夫おじさんは学校の先生をなさっていて、絵が上手かった。

優しい方だった。

母は、おじさんからの年賀状を大切にしていたものだ。

動画を探していたらでてきた。

昭和 6年 5月 8日生まれ-平成 25年8月26日 享年83歳

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ガッキーに泣かされたのである。詳しいことはまた今度。

卓球クラブってたくさんあったよなあ。中野の会社にいた頃一時期ブームになった。

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ああ、握手会など良いから、ガッキー卓球したい(笑)。

ふと、シャルウイダンスを思い出した。


この映画も大好きであった。

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こちらはウルトラバカ映画だったなあ。結末も覚えていない。

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幸運な病のレシピ( 460 )夜:キス、カレイ、シシャモの天ぷら、汁

今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。

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【 2018/5/19の食事 】

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キスが下ごしらえされて安くなっていた。

カレイも安くなっていた。

シシャモは形が小さかったので天ぷらにできそうだった。


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ニラと白菜に牛シャブ肉を卵でとじた。

美味しかったが肉が一種類だとパンチが足りない。

鳥と豚が入ったほうが味のバランスが取れる。



僕の食事、ビール1リットルにワイン0.5本

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父の夕食。

キスとシシャモを乗せた。

後は箸休めに買ってきたものである。

今日は土曜日、手を抜いておる(笑)。

昨日の鰹のたたきににんにくを刻んで入れた。生のニンニクのみじん切りが美味しいのが嬉しい。




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『違っていて理解できない他人』 (1) 「病気(治療によって治る)」か「異常(犯罪)」と考える生き物。

人は他人を理解できないと「病気(治療によって治る)」か「異常(犯罪)」と考える。
ただ違っているだけなのだと何故考えることが出来ないのだろうか?

「行動や判断の基準が異なったヒト」と、ともに生きることは難しい。
共通のプロトコルを持たない場合は同じヒトとして判断されない。

プロトコル:(外部からの)メッセージに対して起こす反応の手順と見える。しかし、その一つ一つは

大学の頃この本を読んだ。

新大陸を侵略したスペイン人達は、自分たちと全く違う言語・習俗を持った人達と出会った。

この人たちは、「自分たちと同じヒト」なのか、「姿形は同じでも全く異なった生き物なのか」真剣に議論した。

結局、同じ神を信じることが出来ないこの生き物は殺しても問題ないと判断したのだ。

歴史は繰り返しこの「主題」を奏じている。

つまり私達はそういう生き物なのだ。糾弾しても仕方がない。回避する方法を考え、多くの人が幸せになる道を探すべきだ。




肌の色が違っている、使う言葉が違う、DNAゲノムが違う、様々な理由で自分たちと違うと判断して異なるコミュニティに押し入れようとする。
奴隷にしてた所で、皆殺しにした所で、生物学的に劣っている生き物だからそれで良いのだ。

もし殺さなければ繁殖して「純血を保つ私達」が危ない。
外来種は皆殺しにしても良いのだ。

いまだにLGBTQは撲滅対象である国や地域は多い。

現在の医学は「検査値」を科学的根拠として、病人のレッテルを貼り隔離しようとする。

年取って検査値が正常値に入らなくなってくると、薬や手術をさせて、治そうとする。

拒否したら、それは精神異常であり犯罪である。

昨今の「精神病理学」では行動も、類型化して検査値に落とし込む。恐ろしいものである。







僕は父を施設に入れて認知症の治療をしろと、カエルとネズミに言われた。

あの生き物たちから見たら、僕の父との生活は「父に認知症の治療をさせない」という犯罪なのだろう。

確かに、父を施設に入れるには、父の名義の土地をネズミに売らねばならない。

カエルは父の遺産は自分のものだと思っている。施設に入れれば父の年金をかすめ取ることも出来る。

そのために、僕を精神異常だと妻に吹き込んで診察を受けさせようとした。

父を拉致誘拐しようともした。考えるだけで腹が立つ。

世の中、いつも金絡みである。

中世の「魔女狩り」を思い出してもらいたい。様々な検査を行い、「魔女と認定され、焼き殺された人」の財産は協会が没収していた。やっぱ、世界を動かすのは経済









先日もネズミを追い回す夢を見た。

妻に起こされて、ここしばらくの酒の量の多かった理由がわかった。

妻は僕が狂っているとは思っていない(はずだ.....よね)。

荒れ狂う僕が、夢の中に収まっているのは、「父と妻、子どもたち」、そして「亡くなった母との約束」のおかげだ。




2015年、僕は医師に糖尿病で失明の危機を宣告され、治療するように言われた。

糖尿病を学び、ヒトの身体と心を学び、社会を学んだ。

多くの問題を統一的に説明する仮説を考えている。

この苦しみに向き合い、乗り越えようとしている。

僕は、母が必死に努力して人生に向き合った姿を尊敬している。

そして年老いていく苦しみから母は、医者に依存してひどい目にあった。

しかし、無くなる直前には穏やかな日々を送っていた。

僕は母と最後に過ごした数ヶ月を忘れない。





身体は衰え、やがて検査値は異常になる。

当たり前の姿だ。

施設に入れざるを得ない事情もあるだろう、僕だってそうなったらそうする。

しかし、それはまだ先だ。

父が自分であり続けられる食事を僕は作る。




「幸運な病のレシピ」とは自分として生きていける食事を作り続ける努力だ。

そしてその食事は、家族みんなにも自分として生きていく勇気を与える。

果てしなく大変だが、食事にはそれだけの価値がある。






家族はもう戻れない状態になっても共に生きる。そんな経験から「幸運な病」を書いた。

僕の膵臓は既にインスリンを発することが出来ない。しかし、食事をともにすることは出来る。そして僕の作る食事は、父や妻にとってもなにかの意味がある(子供には物足りないかな)。



母は、幾度も僕に父を頼むと言った。

僕は父と共に生きる。


父がなくなったら、この人生の落とし前はつける。


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幸運な病のレシピ( 459 )朝:厚揚げとタケノコ仕立て直し、若竹みそ汁、ぬか漬け

今日の食事が死に方を決める、明日の食事が生き方を決める。

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【 2018/5/19の食事 】

旨いと感じるには訳がある。

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子供の弁当もなく、父の朝はヨーグルトだけで、妻は一日外なので、簡単にした。

昨日の厚揚げを卵で包んで仕立て直した。

温め直す時は卵でくるむことが多い。結構食える。

タケノコはワカメと相性がいい。

なぜだろうか。不思議である。


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みそ汁にゴロゴロの筍を入れた。若竹風みそ汁である。

醤油でしっかりと味を入れるのも美味しいが、これも良い。


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二人で並んで座るのだが、こうしないと、椅子を机から離した時にマユが飛び乗るのだ。

何も食べ物がないと思っていても、ティッシュを食べたり、思わぬものに魅力を感じているようである。

そんな物が何故美味しいのか不思議である。


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米麹での一夜漬。妻はこちらが好きだ。

一夜漬けの下は米糠に比べると少し高いが、大した金額ではない。

地元の米麹やさんでも出している。結構感じが違う。

別な入れ物で、魚や肉をつけても良い。


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タケノコの米糠が余ったので、ぬか床を作り始めている。

冬のたくわんを考えれば、同じ原理である。

まさにマイクロバイオームのるつぼである(笑)。

なぜ美味しいと感じるのか。誰が作り始めたのか不思議である。



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父の朝食。

昨日から、ヨーグルトを多めに作って朝食にすることにした。

果物はキウイデコポンを刻んでヨーグルトに入れた。

食事は心を映す鏡である。


朝食を食べに来ない日は「鬱が入っているのかねえ」と妻と話をする。

夕方に食べに来ないことも多い。

明け方に尋ねると仏間に座っている。

新聞を開きながら何かを考えている。

ベッドの中に横になっていた父と話をした。

「食べに来る」と言っていたのに「食べに来ない」ことがあった。

後で聞いたら、食べに行こうと思っていたのだが、「他のことを考えていたら、行くのを忘れてしまった」そうだ。

ベッドに横になりながら色々なことを考えているようだ。

何を考えているのか、他人の心がわかればいいのに。

とは言っても、僕は次の本で『「心」という妄想』について書く。





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焼きそばを作り、野菜と肉を大量にt孫にとじた。

僕の昼食。

若竹風味みそ汁を大量に食べた(笑)。


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麺は皆子供に食べてもらう。

1人前がちょうどいい。



タケノコって、キャベツと味噌と合わせても美味しんだよね。

今晩はそれしよう。


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