Hatena::ブログ(Diary)

日々の糧としての写真 A LIFE LIVED IN FEAR IS A LIFE HALF LIVED

HIRANOYA 平野屋 コンピューティング

2016-09-19

バーンスタイン博士、1992年のダイエット、○✖️をつけるだけの食事指導

1994年の決心から始まり、長い旅だった。とは言っても終着点ではない。

読み返してみると、今考えていることはほとんど書かれている。驚きである(復刻ページ)。

2012年の糖尿病との再会があったが、すぐに忘れてしまった。

もっと早くバーンスタイン博士の本「糖尿病の解決」に出会っていたらよかったのにと思う。

素晴らしい方だと思う。

D

https://www.drbdiet.com/about-dr-bernstein/

英語版wiki Richard K. Bernstein




1992年当時の食事記録と、カロリー計算表が出てきた。

1992_diet.pdf 直

食事記録を見て驚いた。11時くらいにビール飲んでいるのだが、寝たのは3:30で、会社に泊まっていた。

まあまあ、この頃は本当に乱暴な事している。


f:id:masaya50:20160919103206j:image:w300 f:id:masaya50:20160919103207j:image:w300

会社夜食である。ナスを電子レンジで蒸して、ちりめんじゃこをつまんでいた。体重も20k落ちている。

f:id:masaya50:20160919103209j:image:w300



もう一つ驚いたのは、この記録の中に出張に行ったときのことが書いてある。

この日である、僕が糖尿病は「家族を切り裂くのだな」と感じた日は。

糖尿病が単なる病気だったら、こんなに惹かれなかったかもしれない。

単なる病気ではないということに気がついた瞬間だった。

この日から僕は「糖尿病患者」になったんだ。



同じ頃の食事指導の為に書いたものも出てきた。

看護婦さんがまさに○✖️付けをするのである。

f:id:masaya50:20160919101253j:image:w640

今にして考えると、この食事指導が一番屈辱的だった。

この時の事はよく覚えている。

781696

スパム対策のためのダミーです。もし見えても何も入力しないでください
ゲスト


画像認証

トラックバック - http://d.hatena.ne.jp/masaya50/20160919/1474245755