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日々の糧としての写真 A LIFE LIVED IN FEAR IS A LIFE HALF LIVED

HIRANOYA 平野屋 コンピューティング

2016-05-26

新しい家政学 問題はいい食事を食べる事ではない、いかに継続するかである。

先日、偉そうな医者が「こういう食事がいいと」レシピを本に書いていた。

WEBでもよく見る事が多い。

しかし、問題はそういうレシピを継続するためにどうするかである。

糖尿病の食事の記事を見ると、家族の協力が必要だ書かれている事が多い。

つまり、医者が書いたレシピを妻が作り夫(患者)が食べるというモデルである。

かなりおかしな話なのだが、気がついているだろうか?

妻が作るという事は、他人に依存しているのである。

妻が先に死んだらどうするのだろうか?

妻が先に死ぬと夫は早く死ぬという。

現実的に年をとると、二人暮らし(子供家族が一緒に暮らさない)だからそうなる。





市場や経済がグローバル化して、アウトソーシングが進み、核家族が固定化して、老人が孤独に暮らす様になった。

三世代同居ができないのは住宅事情の為ではない。

仕事が地方にないからである。逆に、都会では住宅が高すぎる。


そのために、独居老人が増え、結局は施設で、薬で意思を失い、生きることになる。

なんとも遠回しな自殺方法である。

ああ、畳の上で家族に囲まれて死ぬなどという贅沢は許されない時代なんだろうなあ。








僕は、2015年、なんとか食事を自分で作ろうとした。

隣に住む母が料理を作れなくなったという事もあった。

今では、毎日3食を僕が作っている。

なにが重要だったかというと、後片付けであり、仕入れ(買い物)、貯蔵、消費計画(毎日のメニュー)であった。



いかに大変か、よくわかった。

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