4-2. デフレに関する誤謬その2:Fedはデフレを回避できる

4-2. デフレに関する誤謬その2:Fedはデフレを回避できる

供給側経済学者達による勘違い二番目は、Fedがデフレ回避の役割を負うべきだという考え方である。代表的なのはDonald Luskinだろう。

Fedの仕事は、「ほどよい(Goldilocks)」通貨政策の実現だ。すなわち、経済にとってちょうど良い通貨を提供することに他ならない。そのちょうど良い点とは、M1やM2に代用される通貨供給量で示されるようなものではない。りんごやクリップなどと同様、需要を満たすのに「ちょうど良い」だけの通貨を供給すべきなのである。つまり、通貨の需要が変動し、通貨を取引に使う経済が変動するのに伴い、「ほどよいFed」がやるべき仕事は、通貨の価値が一定になるように通貨供給量を調整することなのである。

まず最初に指摘しておきたいのは、Luskinが何気なくFed本来の役割を述べていることだ。神話に出てくるGoldlocksは、静かに暮らしていた熊の家にこっそりと入り込み、ただで散々飲み食いし、家具財産をめちゃくちゃにした上で、逃げ出してしまう。これはFedが適当な理由で新たな不換紙幣を発行したときに起きる現象そのものである。そのまっさらな紙幣を受け取る側は、それが政府であれ、政府外郭機関であれ、銀行であれ、その銀行から低金利で借入できる顧客であれ、実資産を何の生産活動をしなくても買い取ることが出来る。こうして資産を低価格低金利で買い取れる立場にあった人たちは、その資産を後に高値で掴む人たちからこっそりと富を収奪できるようになっているのである。Fedが成長デフレを回避するのに充分な資金を供給できるような場合でも、Fedから直接お金を受け取れる立場の人たちか、下落する(生産者)価格の恩恵を受けられる人たちにのみ富が集中する仕組みになっている。Fedが発行したお金を遅れて受け取る人達、特に(年金など)収入固定の人たちは、Fedの介入がなかったら生じていたはずの消費者物価下落の恩恵をうけることができない。

Luskinの「ほどよいFed政策」がおかしている間違いの二つ目は、物価決定過程において最適な量の製品が生産されていることを保証できると考えていることだ。りんごにせよ、クリップにせよ、過去に存在した需要を満たした数量を「適切な」供給量として捉えるのは正しくない。Luskinはまさにこの間違った前提をおいている。現実は、前述のコンピュータ業界で見たように、最適なパソコン供給台数とは、競合相手を含めた全コンピュータ業界の利益が最大化する点にある。生産性が急成長し、製品単価が急落している過程においては、利益を最大化する生産台数は、過去の価格基準で考えると生産過剰となってしまう。自由な市場では、パソコン価格が再度下落することにより、需要に見合うだけの供給が実現されるような調整が働く。すなわちいかなる製品であれ「適切な」供給台数とは刻々と変わっていくものである。市場経済では、ある過去の時点での需要を満たした供給量を固定するようなことはありえない。これは通貨供給についても同じことであろう。経済成長に伴い、通貨需要が増加すると、成長デフレ効果で通貨あたりの購買力は増強される。すなわち、通貨需要の増加を満たす力が働くのである。だが、Fedは通貨あたりの購買力を一定に保つために新規通貨を発行し続ける。それがFedに対する信用を失うかもしれなくても。だが、これは明らかに間違っているだろう。コンピュータ業界が80年代の製品価格を保つために出荷台数を調整するのと同じくらい間違っている。

Friedrich A. Hayekは、この「ほどよい中央銀行」論を見事に葬り去っている。ただし、嫌デフレ世代よりはずいぶん前の1920年代に、だ。Hayekは嫌デフレではなく「経済全般に広まった価格下落を恐れ、インフレ主義の皮をかぶった人達」という表現を使っている。まさに現代の嫌デフレ主義者たちと同じではないか。Hayekはオーストリア経済理論に基づいて、以下のような主張をしている。技術の進化や資本増強により消費者物価が下落していく過程において、消費者物価を一定に保つべく中央銀行が資金供給を増加させると、当然のことながら金利は低下していく。やがては銀行に預ける意味がなくなるところまで金利が低下し、銀行は企業に貸し出す資金が足らなくなる。この不足分は、中央銀行が印刷した通貨が信用市場に投入されることで生まれる「強制預金」により一時的に穴埋めされるが、銀行の貸出拡大が行き詰ったり、勢いが低下したりすると、強制預金分は消え去り、金利上昇圧力が働き始める。一方で、人為的に下げられた金利の元では企業は将来の収益を甘く見がちとなり、誤った投資判断を行いがちである。こうして持続不能な投資ブームが続いた後、金利上昇と共に景気後退が始まる。過剰投資が明らかになり、それらが清算され、資本財や製品の生産数が銀行預金額に見合った分まで調整されるのは、常に景気後退時に生じる。Hayekは、良性デフレに対して通貨供給量を増加させる試みは、嫌デフレ主義者達が最も恐れる経済崩壊につながる、と次のように結論付けている。「通貨供給量が変動している以上、生産活動の変動も排除することは出来ない。特に、通貨の価値を一定に保つようにするような通貨政策では、生産活動の増加に伴って通貨供給量も増えることになってしまう。そして、それは結果的に通貨政策担当者が最も避けようとした方向に働いてしまう。」

  • Fed(や中央銀行)はデフレを回避することは出来ないし、するべきではない。
  • 良性デフレに対して緩和政策を採ると、かえって事態は悪化する。