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2005-06-20(Monday) 日々是雑感 このエントリーを含むブックマーク

最近の環境では二日続けて更新なんて神業*1である。




話題、1。なんといってもニンテンドッグである。Hotwiredでも書いたが、近代メディア産業環境におけるコンテンツの最大の特徴は、送り手中心主義から受け手再構成容認主義への変換であり、体験財性への回帰であり、それだけに送り手から見ればイベントへの進化である、と僕は考えている。その意味で、コミュニケーションを集めて受け手たる大衆のそれぞれがつくる体験*2であるコンテンツは、非産業領域に出現したコンテンツ産業の手強いライバルである。だからこそ、コンテンツ産業は、その商品たるコンテンツを、偶然性やコミュニケーションを含んだイベント*3として再生する必要があるのだと考えている。ニンテンドッグは、まさにその好例である。すごい。



話題、2。朝日新聞は、20日、中国政府がドラえもんアニメイベントに「招待」したと始めて、アジアの一体化は進むと結んでいる。いうまでもなく、コンテンツ産業の海外展開促進の主眼は、国としては、新市場開拓でこの産業の市場価額を上げることにおかれているのではなく、それがもたらす様々な外部経済効果におかれている。もちろん、間接的コミュニケーションとしてのコンテンツの特性から生まれる、共同体再構成効果は想定の範囲内である。もし東アジアが一体化していくなら、国旗にはドラえもんが書かれていることはもちろんである。こうしたジャンキーな日常体験の中に埋め込まれた日本製コンテンツがもたらす共同体意識=アイデンティティへの影響は、別冊宝島「変なニッポン」(1989、JICC出版)に詳しい。それがどういう結果になるかは、ヨーロッパ統合*4でも見てくれ。



話題、3。くすのき大先生*5からトラックバックをいただく。立場の違いもあるのだろうが、もう一度わかりやすく書いておきたい。

 情報家電とPCの差違は機能制限の有無にある。それはユーザがインストールするプログラムの制限性に帰着するだろう。この制限を受け容れた機械は情報家電であり、そんな窮屈な縛りがないのがPCである。

 僕の提案は、今、社会の要請をうけて進めるべき各種情報管理の徹底は情報家電にまかせ、PCPCとしてこの独自の文化と所為を守る方がよいのではないか、ということだ。情報家電・PC二元論といってもよい。これは同時に、PCをよくできた情報管理エージェントにすることは可能であることを前提として、それができるかできないかではなく、それをするのがよいかどうかという判断を提案しているわけだ。二元論でコンピュータ文化を守ろうというのは、ややロマン主義だろうか?

 ただ一つ、こればっかりはどうしようもないのは「政府」という言葉だ。そりゃ、おいらは役人ですよ(笑)。少なくとも今のところは(苦笑)。でも、「政府」自体を性悪説で考えるべきだ、というのは半ばは正しい指摘*6だと思う。


 どうやら朝焼けだ。朝焼けの光の中に立つ影は・・・やはりミラーマンだろう。




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*1:神の業といえばイティハーサである。学生に推奨した手前、細部まで思い出しておこうと思って読んだらやはり涙腺がゆるんでしまったのは、30代半ばとしては不覚の部類に入るか。

*2:これはまさに人が人としての生を裏返した表現だ。

*3:これをサービス業と捉えることも可能である。

*4:アジア統合がドラえもんによる統合なら、ヨーロッパイエスによる統合である。

*5:私とはほとんど10才も違うが、くすのきさんは大先生である。

*6:同時に、半ば無駄な指摘だとも思う。何故なら、お役人さまは本質的には意気地なしの結果善人であり、余生のどこかで受ける世間の後ろ指を顧みず国民を罠にはめてやろうという気骨のある悪人は、そうそういないからだ。