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2010-04-06(Tuesday) 「文化産業大国戦略」とわたし このエントリーを含むブックマーク

さて、何人かからご質問を受けたので、ここで書いておこう。

私の職場である経済産業省が「文化産業大国戦略」を発表した。これについて、小生はほとんど関与していない。

個人的立場から言わせてもらえれば、これについては問題も多い。

ポイントは3つある。


■ 賞味期限が切れている看板しかない

 こうした「戦略」のご多分に漏れず、この戦略にも構造はない。これは役所内部での決定プロセスの問題で、あるテーマを決めて、それとあう施策はないか省内に公募をかけて、上がってきたものをまとめてお化粧をするというやり方では、「戦略」に相応しい有機的連携プロデュースできない。本来、有機的連携を作るなら、個別の発注では存在しないが、他のセクションの仕事サポートがあるゆえに成立し得た施策、つまり発注後に生まれた施策というのがあるはずだが、そうした省内複数セクション協力ダマがない*1ことがこれを証明している。もちろん、テーマから個々の施策への展開が一本調子演繹型になっていて、個々の施策の相互関係を示すウェブロジックになっていないこともそれを傍証している。

 ならば、個々の施策がそれだけで事態を大きく打開するものになっているか?敢えて言うと、出入国管理法の改正は面白いかもしれない。だが、事業ダマにはそうした力はない。ファンドに至っては、まず現状の分析をした上で、どこにボトルネックがあるか、それを改善するために資金提供という方法が有効かどうか、さらにそれをどういうボリュームでどういう条件での資金供給をするかという見極めをしないと、結論として導けるものではない。「まずファンドありき」はおかしい。だが、これについてはかなり批判を留保しなければならないのは、個別の作り込みが成否を決めるので、ひょっとしたらものすごくよいアイデアを持っているかもしれない。ただ、それがまだ内部検討中で表に出ていないのかもしれない。だから、ここはひとまず評価を留保しよう。

 構造もない、単品としての力も不明確。だったら、「文化産業大国」という看板が世の中を目覚めさせる力を持っているか?

 10年以上言い続けてそれはないだろう。

 今や政策担当官になってしまったので自戒を込めて言う*2が、政策は、やりたいことをやるのではなく、やるべきことをやるのである*3。「省内公募」と無機質な編集プロセスから正の相互作用をもって機能する施策パッケージなど生まれるわけがない。


■ クールジャパンはインナーシンキング

 「クールジャパンを海外展開」を逆から読んでみよう。いや、日本を客体にして、そうだなぁ、イギリスでも主語にしようか。「『イギリスはカッコイイ』から文化輸出を積極展開と英政府」なんて記事を見たら、どう思うだろうか。小生はこう思う。「アホか」と。

 これを韓国がやれば、2nn流にいうと「ホルホル」ということになる。言われた方が「あぁそうか。韓国文化はいいのだろう。自分も味わってみよう」とは思うまい。少なくとも小生は思わない。「アホか」。である。

 それどころか、自分より圧倒的に経済力軍事力人口力などが強い国の言説であれば、むしろ文化侵略論を惹起する。おいおいやばいぞ、あいつらこっちを同化しに、文化輸出しに来るぞ、ということだ。そう来られたら、普通は輸入障壁作ったり、いろいろ妨害工作するわなぁ。そういえば、中国で外国製アニメ(といっても日本製か米国製だけど)の輸入規制が強化されたのは、クールジャパンと言い続けていた2006年のことだったっけか*4

 これは最悪の事態である。

 批評家の東浩紀も書いているが、クールジャパンといわれている現象のすべてが、全く新しいことではない*5。というか、それを今さら認識の野に入れて新しいことのように思っているとすればそれは本人の認識力不足である。あ、それは繰り返しになるか。

 これについて、いや、まだ日本国内認識は進んでいない。クールジャパンという考え方を届けることで、日本に希望を感じ、元気になる人がまだいる、というかもしれない。そうかもしれないね。でも、そういう感度の低い人は、少なくとも「クールジャパン」とは関係ない世界に住んでいて、それが発動しても限界効用は低いから放っておけばいい。

 むしろ、クールジャパンを国内で連呼することで、それがこの国内のこと海外ダダ漏れという現在の言説環境によって、逆の影響を海外で与えてしまうということにどうして危機感をもたないのだろう?とてもドメスティックな思考様式で、官僚たち*6インナーシンキングではなかろうか。


■ 本当にすべきことは製造業とサービス業クリエイティブ化ではないか

 コンテンツ産業やデザイン産業が、その力をより金銭化すべきだという理屈はよくわかる。それについては何も異論はない。だが、問題はそれで終始していいのかということだ。

 そもそも、商品とクリエイティビティは2つの次元で関係性がある。一つは商品、サービス自体であり、それは、例えば、iPhoneiPodを見ればわかる*7パナソニックソニーといった製造業が技術的優位を持っていると言っている横で、魅力ある商品はアップルのようなファブレスから生まれたりする。もう一つは商品、サービスプロモーションであり、サムスンやLGが洪水のような宣伝戦略を仕掛ける市場で、確かに商品は売れている。

 後者については、「コンテンツの強さを上手く使ったビジネスを」というのは間違いではない。たしかに、アニメ特撮も、まったく実用性がない「玩具」に市場価値を与えてビジネスを作るという大技を、長いこと担ってきた。

 だが、前者についてはどうか。そもそも製造業やサービス業の大企業が、自意識だけにドライブされたオタク的に高度な技術開発をした結果、自らは利活用できない技術資産を蓄積してしまっているのではないか。そうこうするうちに、外国企業もキャッチアップしてきて、オタク的に高度な技術はフツーの技術になってしまった。

 思考形態の問題として、「日本にはこういうよい点があるからこれを伸ばそう」という考え方があるのは認めるが、それに固執するとインナーシンキングに陥る。バブル後の第三の敗戦をまだ事後処理中の日本国としては、むしろ反省と変革をいまだ鼓舞する時ではないか。

 商品開発のプロセスを変えたり、むしろファブレス的な企業経営鼓舞したりすること。プロモーション重要性を理解した上で、製造オリエンテッドではなく、プロモーションオリエンテッドな事業展開を志向すること。大企業だけではなく、中小企業にもそうした事業展開ができるように環境を整えること。もちろん、中小企業流のイメージ戦略や小回りのきいた市場コミュニケーション戦略*8を活かすのであって、単に大企業の悪いマネをするわけではないことは前提に。

 これはクリエイティブ産業と称されたコンテンツ産業やデザイン産業の問題ではなく、むしろ製造業やサービス業経営マインドの問題である。今回の文化産業大国戦略にはこれを変えていく切り込みがない。


 というようなわけで、小生は今回の「文化産業大国」には問題が多いと思っている。そして、もちろん、現時点でこれに噛んでいるわけではないので、とりあえず、そのことだけは伝えておきたいと思うのである。うん。




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*1:これは外部からはわからないね。ゴメン。中の人ゆえのコメントと思ってくだされ。

*2:役人批判は自己批判。

*3:現実には、人間はやりたいことをやる。有名人に会いたいからプロジェクトを作るなんて役得を狙うのはまだ可愛い方であって、予算をとってどこぞの団体に付けておしまいというようなぬるい政策を、ただ楽な上に成果としてカウントされるからという理由でやりたがる役人は多いのである。

*4:これに対して、外交上有意な反撃ができていないような気がするが気のせいか?

*5:もともとアニメが好きだった小生は、たしか11歳くらいの時にアニメージュでゴルドラック=グレンダイザーがフランスで大人気!という記事を読んで、感銘を受けたことを今でもよく覚えている。いまや30年の話だが。

*6:繰り返すが、今や小生もその一端だから、これは天につばを吐いているのである。

*7:iPadをこれに加えていいかどうかは、少し様子見。多分、加えることになると思うが。

*8市場コミュニケーションという言葉コンテンツ課の研究会の名称が初だったような気がするが、これはよい言葉ですよ。