Hatena::ブログ(Diary)

mas.ciclismo-bis 広報news

2005-11-14 ジロ分割ステージはサイクリストの聖地ギザッロ博物館開所式のせい

[] アテネでスタートしたジロ

Tモバイルのサイトからの情報。今回のようにジロがイタリア以外の場所でスタートする例は、来年の例で8例目だそうだ。近年では98年にアテネ(ギリシャ)、98年ニース(フランス)、02年グロニンゲン(オランダ)スタートした例がある。96年アテネスタートだったのは知らなかった。まだその頃ジロには興味がなかったから。02年となると記憶も新しい。あの年は1月から欧州統一通過ユーロが開始となり、ユーロ統一通貨記念で、ジロはオランダ〜ベルギー〜フランスを通ったのだった。

[] サイクリストの聖地ギザッロに博物館誕生。。ジロの最終日がスプリットステージになった理由はこれだった

サイクリストの聖地として知られるギザッロ教会。この教会は、すでに自転車の博物館になっているが、どうやら、このギザッロの地に、本格的な自転車博物館がオープンするようだ。開館式は5月28日、そう、ジロの最終日。これでジロの最終日午前中のステージがわざわざギザッロの上りのTTになるわけが判明。この博物館の開所式祝いのために、無理やり2つにステージを分けて、午前中はこのギザッロでフィニッシュにしたわけだ。もっともUCI規則違反なので、さっそくこれに対しフォイクトが物申している。そういえば、イエンス・フォイクトは選手会長だった。3週間も走り続けて、最後にちょこっとしたステージを入れてわざわざ2つに分割するとはナンセンス!というもの。でも彼は、自分自身はジロには多分出場しない。選手を代表しての発言だ。ジロの主催者RCSは、開き直っている。「どうせ我々はプロツアーには入らないつもりだし、いいじゃん」みたいな。そして、「どうしても反対となったら、別の形でギザッロを祭るやり方を考える」と。

1949年ヴィガーノ神父がこの教会をサイクリストの守護神(聖地)にすることを提案。その提案は、晴れて法王に認められて(こういうことには、法王の許可がいるらしい!)晴れてこの教会は正真正銘のサイクリストの聖地となった。ここには写真やバイクが飾られているそうだが、中でもツール95で亡くなったカザルテッリの実車が祭られていることでも知られる。彼はこの地方出身者だった。

ちなみに、ダチの一人(?)がギザッロ教会を訪れているので、紹介。

ギザッロ教会紹介HP Zona Sugiyama

ギザッロ教会の中(故カザルテッリの実車あり)Zona Sugiyama

海外のサイトでギザッロ教会の中を紹介しているもの。