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2015-05-07

rate, 率 (3) 相対増加率

「rate」「率」については、[(1) 2014-11-01の記事] [(2) 2015-04-13の記事]に書いたが、本を読んでいたら、この用語には、(1)(2)で論じていなかった使いかたがあることに気づいた。

その本に出てくる話では

ある量 X が、A, B, Cの3つの因子の積である

ので、

Xの増加率(成長率)は、A, B, Cそれぞれの増加率の和になる

という議論がされていた。

わたしはその理屈を理解するまでにしばらくかかったのだが、ここでの「Xの増加率」とは、(1/X) dX/dt、つまり、単位時間あたりのXの増加量の、Xの(現在の)量自体に対する割合なのだとすれば、つじつまが合う。

式でかけば (ブログの技術的つごうで分数を「/」で書くので、誤解を避けるため、かっこをたくさん使って示すが)

(1/(ABC)) d(ABC)/dt = (1/A) dA/dt + (1/B) dB/dt + (1/C) dC/dt

という関係がある。これは、

log(ABC) = log A + log B + log C

の各項を時間で微分したものにあたる。

(1)(2)の記事で述べた、「rate、率」は単位時間あたりのXの増加量だった。今回述べるものはそれをさらにXで割ったものなのだ。同じ用語では区別がつかないので、わたしは今回のものを「相対増加率」と呼びたい。しかし、そう呼んだだけでは、何に対して相対的なのか、聞き手に正しく伝わらないおそれもある。きちんと伝えようとすると、毎度、何の何に対する割合なのか説明する必要があるのかもしれない。

相対増加率の量の次元は、時間の次元を[T]とすれば、Xの次元は分子分母で打ち消しあうので、1/[T]となる。社会データの場合はたいてい「年あたり何%」の形で示される。

2015-04-30

いろいろな解析、分析、analysis

気象学では「解析」ということばが複数の意味で使われる。さらに、日本語では「分析」だが、英語では同じanalysisになるものもある。これだけの意味を使いわけて、まちがいがあまり起こらないのがふしぎなほどだ。まちがいを防ぐために、問い返すこともけっこうあると思う。

【気象学を専門とする人のあいだでも、「解析」と聞いてどれを最初に思いうかべるかはまちまちだと思う。わたしの場合は、まず「データ解析」だが。】

解析解

数学の分野としての解析(学)は、微分積分のことだ。気象学では、この意味で単に「解析」ということは少ないが、微分方程式について「解析解」ということばはよく使う。これは、実数複素数変数の式のまま、微分・積分などの操作によって得られた解のことをいう。これに対するのは「数値解」で、有限整数個の有限桁数の数値による計算で得られた、解の近似値だ。なお、解析解を得る過程で、 たとえば「解析接続」などの用語が出てくることもある。これは解析学の用語である。

数値解析

応用数学の一分野。実数や複素数の変数の、微分積分、線形代数(たとえば連立一次方程式をとくこと)などを、有限整数個の有限桁数の数値による計算で近似すること。数値解析の本には、近似方法を開発したり評価したりする立場のものと、それを使って具体的な問題を解く立場のものがある。

気象学の話題では、「数値解析」ということばは、この意味に使われることが多いと思うが、あとで述べる「データ解析」や「客観解析」の意味で使われていることもあるかもしれない。

データ解析

観測データ(や、シミュレーション結果など)に潜在的に含まれている情報を取り出して認識すること。そのための、とても多様な作業を含む。少し限定した意味では、統計(学)的データ処理とほぼ同じ。データの可視化・図示に重点があることもある。

EOF解析

データ解析に使われる手法のひとつ。理屈はともかく操作としては同じことなのだが、「主成分分析」 (principal component analysis)という人(地理育ちの人に多い)と、経験的直交関数(empirical orthogonal function = EOF)展開、あるいは「EOF解析」という人(地球物理育ちの人に多い)がいる。

余談: ある世代の人にとって、EOFは計算機操作で出てくるend of fileなのだが、その意味のほうが先にすたれて、経験的直交関数のほうが残った。

天気図解析

観測データをもとに天気図をかくこと。手がきの天気図の等圧線をひくことは、観測点での気圧という数値から等値線をひくだけの仕事ではなく、たくさんの天気図を見てきた経験をもとに、温帯低気圧や前線などの構造を認識して、それにふさわしい線をひくことだった。

客観解析 (objective analysis)

もともとは、計算機のプログラムによって、天気図解析と(ある意味で)同等のことをすること。手がきの天気図が、同じ観測データに基づいても作業者の主観による違いをもつのに対して、プログラムによって作られる図は、同じプログラムならばだれが作業しても同じ結果になるので「客観」という。(プログラムが違えば結果は違うのだが。)

実際の客観解析プログラムの仕事は、気圧、気温、風向風速などの数量を、観測点から、緯度経度または地図上の座標で規則正しく配置された格子点に、空間内挿することが主である。作図は、格子点値を利用した別の作業となる。

客観解析は、数値天気予報の初期値をつくるのに使われる。その際には、観測値に加えて、前回の客観解析に基づく予報値も使われる。

考えかたを変えると、数値予報が継続しているところにときどき観測値をさしこんで修正する、ととらえることもできる。そのようにとらえた手順を「データ同化」(data assimilation)という。

今では「データ同化」のほうがふつうで、「客観解析」という表現はほとんど使われなくなった。ただし、データ同化の過程で、予報値と対比して、観測値の情報を取りこんだ格子点値を「解析値」ということは今でもある。

流跡線 (trajectory) 解析

気象だけというわけではないが流体関係の分野特有のデータ解析技法のひとつ。流体の運動によって流される物体を考え(流体の一部を仮想的にとりあげることもある)、その運動を順方向または逆方向にたどった経路を求める。ふつう(データ同化などによって作られた格子点データを使って)数値計算で行なわれる。

分析

大気成分や大気中のエーロゾルの成分の検出や定量は、どちらかというと大気化学の仕事だが、気象学者を自認する人がすることもある。この場合、化学の用語として確立している「分析」という表現が使われ、「解析」とは言わない。

2015-04-21

SPEEDIに期待された機能、それをどうやって実現するか

【[おことわり] わたしは気象学の専門家ではあるが、とくに原子力防災を専門とするわけではないし、その関連の政策に対してとくに発言力があるわけでもない。ここに書くのは、個人としての意見を表明し、できれば政策決定にかかわる人にも読んでいただきたいと思うからだ。】

【[おことわり] いつものことだが、わたしはブログ記事を書いたあと修正することがあり、その際に、いつどこを修正したかの表示は省略することがある。】

- - -

原子力規制委員会が、今後の原子力施設事故の際の住民の避難計画に、SPEEDIを使わないことにしようとしているという報道があった。これは決定ではなく検討中の案であるとわたしは理解している。それに対して、「SPEEDIを使わないのは安全軽視だ、けしからん」という声と、「SPEEDIはどうせ役にたたないのであり、捨てるのが正しいのだ」という声が聞かれた。どちらの意見も、原子力発電所の再稼動への賛否のいずれの立場の人のうちにもあるようだ。わたしは、どちらの意見も、SPEEDIというものを、「機能が箱づめされて固定され、そのまま何年も使わずに保存することができ、いざというとき取り出せばすぐ使える装置」のようにとらえたために、極端になってしまったのだと思う。SPEEDIに期待されるのはどんな機能であり、それをこれからはどのように実現していったらよいか、という考えかたをするべきだと思う。

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SPEEDIとはどんなものかについては、中島ほか(2014)の本のなかに解説がある。

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わたしの理解では、SPEEDIは次のような働きをする部分からなっている。

  • (0) 放射性汚染物質発生源となりうる施設の周辺での放射線量を計測する。
  • (1) 汚染物質発生量を推定する。
  • (2) 気象状態(風向風速の分布など)を予測する。
  • (3) 風による汚染物質の輸送を計算する。
  • (4) 汚染物質の地表への沈着を計算する。
  • (5) 空気および地表から人体におよぶ実効線量を計算する。

このうち(0)のための観測網(中島ほかの本では「モニタリング設備」という表現になっている)の少なくとも一部分は、国の予算の枠組み上、SPEEDIに含まれていた。(SPEEDIに膨大な費用がかかったという批判があるが、それには、この観測機器とその観測値をリアルタイムで集めるための通信機器が含まれていたのだ。) これはSPEEDIの立場から見れば(1)のために必要なのだが、(1)からさきのSPEEDIがなくても原子力防災のために有用なものだ。おそらく、この観測網は、規制委員会議論で「SPEEDIを使わない」とした案でも、動作する限りは使うことを想定していると思う。

東日本大震災では、この(0)の観測網が使えなかった。(地震のせいで、停電で機器が止まったり、観測機器は動いていても通信ができなくなったりした。原子力事故で人が立ち入れなくなって機器の確認ができなくなったところもある。) したがって(1)の発生量の推定がすぐにできず、当時の計画に含まれていたような形では、SPEEDIを避難に役だてることができなかったのだった。

しかし、原子力事故はいつも東日本大震災のように起こるとは限らない。おそらく、地震や津波に伴ったものでない事故ならば、観測網は使える可能性が高いだろう。

また、(0)の観測値が得られなくても、発生量として、単位量(たとえば1ベクレル毎秒)を与えて、そこからさきの計算をすることはできる。これでは人体への危険性を定量的に見積もることはできないが、汚染物質が集中的に発生した場所・時刻がわかっていれば、それがどの方向に多く動いていくかが推定できるので、避難の助けになったはずだ、と言う人がいる。わたしもそれはもっともだと思う。ただしその場合、SPEEDIの全機能ではなくて一部分の機能があればよいことになる。

(2)は、気象庁の数値予報が、かつてSPEEDIが設計されたころよりも細かくなっているので、その結果を受け取って使えばよいだろう。(もちろん、気象庁の計算機システムあるいはそこから(3)の計算をするところへの通信がこわれる可能性も、まったくなくはないが。)

(4)のところが、気象学の知識から見て、たとえ計算はできても有用でないかもしれないのだ。風によって運ばれた放射性物質の地上への沈着は、雨や雪に伴うものが多い。雨や雪の数値予報は、空間規模100km程度の地域のどこかに降るだろうという意味では、かなり確かになってきた。しかし、その地域の中を空間規模1kmごとに分けて見たときにどこにどれだけ降るかは、おそらく将来とも、精度よく予測はできない。数値予報で得られた空間分解能1kmの雨や雪の分布は、雨や雪がどの程度不均一に降るかの例にはなるが、それをもとに細かい場所ごとの汚染物質の沈着を予想して警戒しても意味はない。空間分解能の細かい情報がほしければ、実際に降った雨や雪の分布、あるいは実際に計測した線量を知る必要がある。

雨や雪が降らず、沈着が空気が直接地面に接することによるものだけである場合に限れば、上記の(1)から(5)を通した計算が有用なのかもしれない。しかし、多くの場合に有用なのは、雨や雪のことは考慮せずに(3)を計算したうえで、雨や雪についてさまざまな仮定をおいて(4)(5)を概算することだと思う。

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なお、緊急時の避難の支援という目的を離れれば、あらかじめ避難計画をたてる際の基礎情報として、単位量発生源による計算を多数の日時について計算しておくことは有用である。

また、もし事故がおきてしまって発生源の観測ができなかった場合には、東日本大震災の後にされたように、単位量発生源による計算と遠方の観測を組みあわせて発生源を推定する、という使いかたもされるだろう。

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さて、もしSPEEDIを緊急時の避難の支援に使いたいのであれば、常にそれを動かせる態勢を整えておかなければならない。それには、機械の問題と、人の問題がある。

計算機ソフトウェアは、それが設計された当時に存在した計算機で動くように作られる。そのままでは新しい計算機では動かないかもしれない。それだからといって、古い計算機を維持するのはだんだんむずかしくなる。いつかは更新が必要だ。その際に、古いソフトウェアを部分改訂して移植するのか、新たに設計しなおすのか、という問題がある。SPEEDIは設計しなおしたほうがよいと思う。(WSPEEDIをもとに改造で行く可能性はあるかもしれない。)

次に述べる人の問題をあわせて考えてみると、使う計算機は、古い設計のものでも、今の最先端のものでもなく、今の理工系の高等教育の場に普及しているものに近いものがよいと思う。ただし、防災に使われるものなので、個人用・学習用とは違って、故障しにくいといった意味で信頼性が高いものを選ぶ必要がある。

このシステムが役にたつためには、各地域ごとに、必要に応じていつでも計算ソフトウェアを起動できるように人を配置しておく必要がある。ふだんは、単位量発生源での計算を定期的にするのがよいと思うが、比較的ひまであり、緊急事態にだけ忙しくなるので、この人は別の業務を兼ねる形で雇われることになるだろう。どういう組織で雇うのがよいかという制度設計もあわせて考える必要がある。

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なお、有志の個人や大学の研究室などが、このような計算をすることがあってもよいと思う。((3)だけになることが多いと思うが。) ただし、必要が生じたときに有志が必ず作業できるとは限らないので、これは公的な防災業務を担当する機関の仕事の代わりになるのではなく、それと並列に追加されるものになるだろう。情報発信の際には、その内容が何であり、それはどんな根拠に基づいて得られたものかを、まぎれなく示す必要がある。平常時に、発信の内容と説明がうまくできているかを認証する態勢もあったほうがよいかもしれない。

文献

2015-04-18

ジオエンジニアリング、気候工学、意図的気候改変 (3)

[2013-11-03の記事][2014-01-19の記事]の続き。

アメリカ合衆国科学アカデミー(NAS)の関連機関であるNational Research Council (略称はNRCだが原子力規制委員会でないことに注意。日本語表現は決まっていないようだが「全国研究評議会」とされていることがある)の委員会の報告書(2冊)が出た。まだ正式出版に至っていないが、印刷用割りつけ前で内容は完成らしいPDF版が、2015年2月10日からNational Academies Pressのウェブサイトに置かれている。わたしは別ブログ[読書メモ]を書いた。

ここでは、そこで使われた用語の件に限って、要点とわたしの考えをまとめておく。

この報告書を出した委員会の名まえには、"geoengineering climate" という表現がはいっている。これは、geoengineerという動詞動名詞の形で使われており、その目的語がclimate、つまり「気候をgeoengineerすること」という表現にちがいない。これはイギリスの科学アカデミーに相当する組織であるRoyal Societyが2009年に出した報告書の題名の表現を(climateに定冠詞をつけるかどうかの違いはあるが)引き継いだものにちがいない。

しかし、この委員会で議論した結果、geoengineering (あるいはclimate engineering) という表現は、ここで問題となっている技術群にはふさわしくないということになった。"Engineer" という動詞は、対象となるものの性質がよくわかっていて、人がそれを制御できる能力をもっている状況で使うのがふさわしいのだ。ところが人の気候という対象に関する(科学的)理解はまだ不確かさが大きく、人が今から見通せる限りの将来にはそれを制御しきれそうもない。そこで、報告書の表題にはclimate intervention (気候への介入)という表現が使われている。

わたしは、自分でことばを選べる場合は「意図的気候改変」と言うことにしようと思う。しかしこれはひとつの熟語というよりも複数の語の連鎖でありつづけるだろう。ひとつのものごととして扱いたいときは、便宜上 (NRCと同様な疑問のほかに、[2013-11-03の記事]の終わり近くに書いた不満もあるのだが)、日本語では「気候工学」、英語でもclimate engineeringという表現を使うことにしようと思う。

しかし、NRCの報告書でもうひとつ強調されているのは、大気中の二酸化炭素を吸収することと、地球による太陽光の反射をふやすことは、性質が大きく違う技術だということだ。そこで、報告書は2冊に分けられた。今後は別々に議論する機会がふえることを期待しての判断にちがいない。

Royal Society (2009)の報告書で、geoengineeringを大別して、carbon dioxide removal (CDR二酸化炭素除去)と、solar radiation management (SRM太陽放射管理)とした。それ以来、この用語が事実上の標準として使われてきた。

CDRについては、[2014-01-19の記事]で紹介したBoucherほか(2014)は、二酸化炭素以外の温室効果気体を減らす技術的対策もありうることを指摘して、greenhouse gas removal (温室効果気体除去)のほうがよい、と論じた。しかし、今回のNRC報告書ではCDRという表現を引き継いでいる。二酸化炭素以外の温室効果気体を人工的に減らす技術はありうるのだが、見通せる限りの将来に温暖化対策のなかで量的に重要になる可能性はなさそうだという判断があるのだろう。

温暖化の「緩和策」のうちにも、排出削減策に加えて、二酸化炭素を吸収する技術的対策が含まれている。いわゆるジオエンジニアリングに含まれるCDRと、緩和策に含まれる吸収策との間に、原理的な境目はない。技術を重複なく分類したければ、むりやり境界線をひくしかない。今回のNRC報告書では、大気から吸収する場合はCDR、そのほか(燃料や燃焼排気など)から吸収する場合は緩和策、と分けた。しかしこの原則を認めても、具体的技術をどう分類するかは自明でなく、この報告書の分類でよいのか、わたしには必ずしも納得がいかない。おそらくこの状況は過渡的なもので、今後は、Boucherほかの言うように、緩和策に含まれてきたものも入れてCDR (Boucherほかの表現では「温室効果気体除去」だが)としてまとめることに変わっていくと思う。

SRMのほうについては、まず、内容として「太陽放射の反射をふやすこと」でないものの扱いが問題になる。「巻雲(対流圏の上層にできる雲)を減らす」という技術の提案があるのだが、これは、地球放射(熱赤外線)の収支を変えることをねらったものなのだ。温室効果を弱めること、と言ってもよいのだが、雲は「温室効果気体」ではないし、雲をつかまえてとじこめるわけでもないので、CDRの同類とみなすのも無理がある。どちらかといえばSRMに近い。幸か不幸か、巻雲に関する科学的知見の不確かさが大きく、この技術は太陽光を反射する提案よりもさらに実現に遠いと思われるので、報告書ではごく軽く扱われるだけだ。そこで、報告書のうち1冊の主題は太陽放射の反射をふやす技術とし、巻雲改変はそのついでに扱うことにした。

SRMということばの management (日本語ではふつう「管理」とされている)にも、engineeringと同様なことが言える。われわれは、地球が吸収する太陽放射の量を、期待どおりに制御する能力をもてそうもない。(全世界平均の量だけならば制御できるかもしれないが、緯度別、海陸別、季節別には、望ましくない変化が起こるだろう。) そこで、今回のNRC報告書では、本文中ではalbedo modification (アルベド改変)という表現を使っている。アルベドとは物体(この場合は地球)が受け取った太陽放射のうち反射される割合のことだ。また、報告書の表題ではreflecting sunlight (太陽光を反射する)という表現を使っている。なおLenton and Vaughan (2013)はsunlight reflectionという表現を使っている(ただし、同じ本の他の章にはSRMという表現が見られる。)

これを受けて、今後どういう表現を使ったらよいか、わたしは迷う。短縮表現がほしいのだが、AMは「午前」やラジオの「振幅変調」などを思ってしまうし、SRは「太陽放射」あるいは「短波放射」そのものだ。頭文字略語は3文字か4文字がよいと思う。当面わたしは、Mmodification (改変)の略である、と解釈しなおして、SRMを使い続けることにしようと思う。日本語では「太陽放射改変」となる。地球が太陽放射のうちどれだけを吸収してどれだけを反射するかを変えることをさす。太陽から地球にはいってくる放射の量が変わるわけではないので不適切な気がしないでもない。しかし、地表面の反射率を変える技術(大規模化は困難だとしてNRC報告書では簡単にかたづけられている)を例外とすれば、大気中のエーロゾルや雲を変える技術に関しては、地上に達する下向き太陽放射の量やそのうちの直達日射と散乱日射の割合が変わるので、この表現はふさわしいと思う。

文献

2015-04-14

システム

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現代、「システム」ということばはそこらじゅうに出てくる。その意味はまちまちだと思う。いろいろな文脈で使われる「システム」ということばから共通の意味をとりだそうとしても、「複数の部分からなり、しかし単なる部分のよせあつめではなく、全体としての特徴をもつもの」というくらいしか言えないと思う。そしてこんな漠然とした意味ならば「システム」ということばを積極的に使う意義はないだろう。「システム」ということばは、文脈によって違った意味で使われているのだ。

大学の科目名や専攻名に「〇〇システム学」があるが、「〇〇学」との違いがよくわからないことが多い。違うとしても、ある事例での違いかたから他の事例への類推はできない。

自分の授業の教材に(大学が設定した科目名ではないのだが)「気候システム論」という題目をつけているわたしとしては、そこでの「システム」の意味を説明しなければいけないと思ったが、なかなかできなかった。ようやく、[ここでのシステムの意味]というウェブページを書いた。このブログ記事には、そこに書いたことの周辺で考えたことを書きとめておく。

-- 1 --

科学のうちでの「システム」ということばの使われかたのうちで、わたしの使いかたから遠いものとして、生物体系学(systematics)での使いかたがある。

生物の系統を知ることと、生物を分類することは別々の動機であり、その答えは一致するとは限らない。しかし、生物がDarwin型の進化をしていて、種(しゅ)は分化するが合流はしないとすれば、系統はtree型になる。分類を人間の勝手なつごうでなく自然物がもつ構造をすなおに反映したものにしようとすれば、系統を反映したものがよい分類になりうる。(ただし、形質の類似性に基づくという分類原理もあり、それは系統によるものと一致するとは限らない。)

ただし、わたしはまだ生物体系学でsystemということばがどう使われているか、それと日本語の「系統」、「分類体系」それぞれがどう関連しているかをよく知らない。

人間の知識やそれに基づく人工物についても、系統を考えることはできるのだが、合流が頻繁にあってきれいなtree型にならないと思う。そして、系統を知ることと分類することとの関係は、生物の場合ほど強くならないと思う。

-- 2 --

「システム」ということばが使われる頻度がいちばん高い分野は計算機関係だと思う。そしてそこでの「システム」という用語の意味はあきらかに多様だ。もっとも、これに限らず、計算機関係、とくにソフトウェア関係では、まったく違った場面でも、多少似た構造があると、同じ用語を使ってしまうことがよくある。今わたしは、その多様な意味に踏みこんで考える元気が出ない。

-- 3 --

熱力学では基礎概念のひとつとして「系」がある。英語ではsystemだが日本語で「システム」とは言わないようだ。わたしの授業でも熱力学の概念を使うのだが、わたしはあまり自信をもった説明ができず、定義は熱力学の教科書を見てください、ということになってしまう。

実際に出てくるところでは、中に物質を含む「箱のようなもの」と考えることにしている。[2012-06-07の記事]で述べた「孤立した系、閉じた系、開いた系」の問題は、箱の(仮想的に考えた)壁を、エネルギーや物質が出入りするかに関する区別だ。

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熱力学での「系」は、システム論の全部ではないとしても多くの場合に共通する、「実際には連続体である世界を、仮想的に境界を設定して部分に分け、ある部分と他の部分との間の相互作用を考える」という考えかたの一例だと思う。

Georgescu-Roegen (1971)は、経済について、そのようなとらえかたを説明している。執筆当時、新しい考えかただったようだ。

Blilie (2007)は(対象物としては自然物も人工物も社会も含めて)計算機によるシミュレーションをするためのモデルを組む話をしているのだが、モデルを組むにあたって対象を境界が明確なシステムとして認識する必要があることを強調している。

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「気候システム」については、物理法則に基づく気候モデルが成り立っている。実際の計算機プログラムとしてのモデルを組む背景として、次のようなシステムの理解がある。対象が従う主要な法則は、質量保存、エネルギー保存などの保存則の形をしている。運動方程式も、運動量あるいは角運動量という量に関する保存則として扱うことができる。対象は複数の「箱」からなると考える。それぞれの箱について、ある量(たとえばエネルギー)が保存則を満たすとすれば、箱の中のその量のたまりは、箱に(他の箱またはシステム外から)出入りするその量の流れによってだけ変わり、その他の生成消滅はない。保存則が近似的に成り立つならば生成消滅項を補助的に考えればよい。

もう少し一般的に、地球環境に関するシステムは、物質やエネルギーの「たまり」と「流れ」から構成される「物質・エネルギー循環系」としてとらえることができる、と思う。

-- 6 --

気候システムを考えるうえでもうひとつ重要な理屈として、フィードバックがある。これは、計測・制御工学のほうで発達した概念だ。(「サイバネティックス」ということばとも結びついているが、これは現代の専門分科名というよりも20世紀なかばの思想潮流のひとつと見たほうがよいのだと思う。)

この場合、系は複数の部分からなっていて、部分間で信号が送られ、信号を受けた部分の状態が変わる。信号が伝わる経路がループになっていると、状態の変化が増幅することや減衰することが起こる。

現実の系を動かすためには物理的エネルギー源(むしろ低エントロピー源というべきか)も必要だが、それは系の状態をきめるうえで重要な信号の源と一致している必要はない。フィードバックシステムという枠組みで考える限りでは、後者だけが重要なのだ。

-- 7 --

しかし、気候システムをフィードバックシステムとしてとらえる場合には、各部分の主要な状態量は、エネルギー(あるいは質量、運動量)のたまりであり、各部分から他の部分に送られる信号は、エネルギー(など)の流れに関連する量であることが多い。つまり、物質・エネルギー循環系がフィードバックシステムを兼ねているのだ。(具体的に数式を書く際には、部分の温度などの状態量を信号とみなすことも多い。その状況を含む説明はもうひとくふうする必要がありそうだ。)

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現実の地球環境をとらえようとすると、生物の働きが無視できないことがある。

生物からなるシステムである生態系も、物質・エネルギー循環系としてとらえることができる。食物連鎖による有機物物質収支あるいはそれに伴うエネルギー収支は、生態系というシステムにとって、重要な特徴のひとつだと思う。しかし、それと、生態系をフィードバックシステムとしてみたときの重要な要素とは、対応しないかもしれない。さらに、生態系の働きをつかむためには、このどちらとも違う観点も必要だろう。

「気候システム」に生物の働きをもやや具体的に含めて考える場合は、「地球システム」または「地球環境システム」という表現をすることが多い。地球システムを考えていくうえで、7節で述べたような考えかたは今後も重要だと思うのだが、それだけではすまなくなるかもしれない。

文献 ([教材ページ]にあげた参考文献はここでは省略した)

  • Charles Blilie, 2007: The Promise and Limits of Computer Modeling. Singapore: World Scientific. [読書ノート]
  • Nicholas Georgescu-Roegen, 1971: The Entropy Law and the Economic Process. Cambridge MA USA: Harvard Univ. Press. [読書ノート]
  • [同、日本語版] ニコラス・ジョージェスク=レーゲン 著, 高橋 正立 ほか訳 (1993): エントロピー法則と経済過程みすず書房

時計の身になってみたら時計の針は時計まわりなのか

回転の軸の方向をひとまず固定したとすると、その軸のまわりの回転運動の向きには、ある向きとその逆向きとがある。その向きを、どうやって伝えるか、という問題がある。

「右まわり」「左まわり」という表現がよく使われる。「右まわり」は、前に進むにつれて右にそれていくことを続けた結果としてできる回転運動の向き、ということができる。また、軸に垂直の面に向かって、上から右にまわる向き、ということもできる。しかし、だれかが、下から右にまわる向きのことだと思って使っていたら、聞き手がその違いに気づいて訂正することは、なかなかむずかしいと思う。また、「右」「左」ということばがすぐに空間の感覚とむすびつかない人にとっては、不便な表現だ。(わたしは、人に言われてすぐにはどちらかわからないことがある。字をかくことを右手だけでしているので、それとつなげればわかるのだが、それは他人のことばから自分の感覚へつながったのであって、自分が思ったことを他人に伝えるための用語を選ぶには、また別の連想をたどることになる。)

わたしは「時計まわり」「反時計まわり」という表現をよく使う。しかし、これは、世の中の時計(のうちで針の回転という形で時刻をしめすもの)のほとんどが同じ向きに針を動かしていることを前提としている。反対向きのものが、たとえば1割程度でもまざっている世の中だったら、この用語は成り立たないだろう。そうならなかったのは、この用語にとっての幸運だったのだ。(数学との関係では、極座標偏角がふえる向きが時計まわりである、という不幸もあるが。)

ここで、ふと、ややこしいことに気づいた。「時計まわり」というのは、(人が)時計の文字盤に向かって見たときに針がまわる向きであって、文字盤の裏側から見たときに針がまわる向きではないのだ。たとえ世の中の時計の針がみんな同じ向きにまわっていても、時計の身になって考えたくなる人にとっては、「時計まわり」は、誤解を招きやすい表現なのだ。

「時計の身になる」はとっぴかもしれないが、気象の話題では前から同様な問題がある。

気象の初歩的知識として「低気圧では、反時計まわり(あるいは「左まわり」)に風がふく」のような表現がよく使われる。これは北半球の場合であって、南半球では逆だ、ということまでは、わりあいよく知られている。

しかし、あるとき、低気圧の構造と地上から見た雲の動きの関係の話をしようとしていて、思いあたった。

「北半球では反時計まわり」というのは、天気図という地図の上で見える渦の回転の向き、つまり上から(あるいは地球の外から)見たときの回転の向きなのだ。地上にいて空を見上げたとき、その回転は、時計まわりに見えるはずなのだ。(わたしは、気象学を教えているというのに、空の観察は苦手で、まだ自分でこれを確かめてはいないのだが。)

それ以来わたしは、「北半球で、低気圧は上から見て反時計まわりの渦となる」のような表現をすることにしている。

気象衛星が撮影した雲画像で見える台風の渦は時計まわりなのか反時計まわりなのか、という話題にはもうひとつ別の問題がある(ここでは説明不足を承知で要点だけ述べておく)。台風は地表に近い高さでは(水平2次元的に見た意味で)低気圧だが、対流圏のいちばん上あたりでは高気圧なのだ。上から見える雲はおもに対流圏の上のほうのものなので、たぶん、対流圏上部の高気圧から(北半球ならば)上から見て時計まわりに渦巻きながら吹き出している風に伴うものが見えているのだと思う。しかし、対流圏下部の低気圧に上からみて反時計まわりに渦巻きながら吹き込んでいるものと見わけることはむずかしい。】