Hatena::ブログ(Diary)

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2016-06-30

大学教育を自国語でやるか、英語でやるか

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本の大学の授業を、英語でやるべきか、日本語でやるべきか、という論争がある。政府(文部科学省)が英語でやることを奨励しているようだ。それに対して、大学教員をはじめとする学者の意見は、比較的少数の賛成と、多数の反対が見られるようだ。

反対意見の中には、教育は「母語」あるいは「自国語」でやるべきだ、というものがある。その理屈はもっともなところもあるのだが、まず「母語」と「自国語」は同じではない。また、世界のみんなが母語あるいは自国語で高等教育を受けられるわけではない。母語に近い言語あるいは自国語で高等教育を受けられる人は幸運なのだ。その幸運をつぶすことは、もしかすると世界平等にいくらか近づくのかもしれないが、この国で生きていく人を教育するうえでは、もったいないことだ、と考えるべきなのだと思う。

わたしの結論としては、日本の大学は、「英語圏の大学になる」「日本語圏の大学として生き続ける」「英語・日本語を併用してがんばる」のどれかを明確に選択するべきだと思う。そして、国の学術政策として、その多様性を認めることと、大学の目標と自分の目標が合わない教員が異動できるようにすることが必要だと思う。

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人間の言語を、どこからどこまでが1つの言語で、どこからが別の言語、というふうに切り分けるのはむずかしい。区別していけば、個人ごとに言語が違うとも言えるし、同じ人でも時期によって言語が違うかもしれない。しかし、お互いに会話が成り立つならば、同じ言語を使っているとも考えられる。(例外的状況はある。たとえば一方が日本語、他方が英語を話しても、会話は成り立つかもしれない。) 言語の切り分けは、各国の政治の歴史を背負っていると思う。たぶん、これから述べる公用語がつくられる過程で、それとの差が小さい言語が「同じ言語」とみなされてきたのだと思う。

人は生まれつき言語を扱う潜在能力を持っているようだが、特定の言語(英語とか日本語とか)を使うように生まれついているわけではない。しかし、各人が最初に言語を身につけるときには、言語を身につけようという自覚はなく、身近な人となんとか意思疎通をしようとする、あるいは身近な人の行動をまねることによって、何かの言語を使えるようになるわけだ。その各人にとっての最初の言語を native languageということもあるし、この「身近な人」が母親であることが多いから mother tongue、「母語」ということもあるわけだ。

他方、それぞれの国は、行政や、民主主義国ならば参政権行使のために、公用語を必要とする。それは、ひとつの国にひとつであるとは限らないが、1桁程度の数であることが多い。国の公用語がひとつの場合は「国語」と呼ばれることもある。

母語と公用語との距離は、個人によってさまざまだ。まったく違う言語のこともあるだろう。「同じ言語」とみなされているけれども「方言」と「共通語」の関係にあって、意識的な使い分けが必要な場合もあるだろう。【わたしは、日本語の共通語とほぼ同じ言語を母語としているが、それは、たまたまのことである。】

初等・中等教育で使われる言語は、この公用語と同じであることが多いだろう。公用語と母語が大きく違う人が多いところでは、初等教育(日本でいえば小学校)では、多数の人の母語に近い言語が使われることもあるだろう。しかし、中等教育(中学校・高校)になると、国の公用語または世界の主要言語のひとつが使われることが多いと思う。

大学などの高等教育で使われる言語を考えるうえでは、この、中等教育で使われる言語との関係を、おもに考えるべきだと思う。

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学術的知識の言語表現は、「地の文」を基礎として、その上に「専門用語体系」が乗ったものと考えることができる。

ひとまず「学術」として自然科学を念頭においてみると、その専門用語体系は、地の文の言語が違っても、同じ概念体系の表現であり、単語を機械的に置きかえることによって翻訳可能だろう。もし個別の用語が欠けていれば、外来語として借用すればすむだろう。(地の文を構成する自然言語の概念体系はそれぞれ違うので、学術的知識を記述した文章を翻訳することは簡単ではないのだが。)

人文学のうちには、専門の概念体系が文化圏に依存していて、別の自然言語に翻訳することが困難なものもあるだろう。しかし、「人文科学」という表現が適切な専門分野や、社会科学の場合は、素材は文化圏に依存するところが大きいが、学者が構築した概念体系は別の自然言語にのせかえることが可能なことが多いのではないだろうか。

学術的知識の地の文を表現する言語は、自然言語のうちでも、ある種類の機能が整っている必要がある。その機能を網羅的に述べることはむずかしいが、たとえば、論理を表現できること、仮定を置いての話と現実の記述とを明確に区別して表現できること、などが含まれる。学術を記述したい言語にその機能が不足していれば、それを構築しなければならない。学術を記述するのに必要な機能と、法律を記述するのに必要な機能は、同じではないとしても似ているから、国の公用語となっている言語ならば、潜在的には、学術を記述する言語になることもできるだろう。

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しかし、その言語が実際に学術を記述する言語になるためには、その言語で、教科書、事典類、学術論文などを書く人が、ある程度まとまった人数いなければならない。

商業出版にせよ、公共部門が費用を負担するにせよ、本を出版することは、まとまった数の読者がいないと成り立たない。

言語圏ごとに各専門分野に進む人の比率の違いもあることはあるが、大まかに見て、高度な専門の教材を出版することができるのは、使用人口の多い言語に限られてくるだろう。

日本語は、世界のうちで比較的使用人口が多い言語だから、多くの専門分野で、大学学部レベルの教科書は出版できるけれども、それでも、大学院レベルの教科書は必ずしも出版できず、英語による教科書を使う必要があることもあるだろう。(大学院生専門家にとっても学部レベルの教科書は有用なものではあるが。)

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高等教育の授業で教員が話す言語も、学術的知識の地の文を表現できる言語である必要があるけれども、必ずしも教科書の言語と同じでなくてもよい。

たとえば、教科書が英語であっても、講義を日本語ですることはできる。(その場合、英語の単語が多くまじることにはなるだろうが。) 日本には、日本語で中等教育を受けてきた人が多く、彼らにとっては、高等教育を同じ言語で受けられることは、学術的内容を身につけるうえでつごうがよいだろう。

しかし、日本の大学であっても、広く世界から学生や教員を受け入れようとするならば、必ずしも日本語が最善ではないかもしれない。

専門分野の対象となる地域・文化圏の言語が必要な場合をひとまず別にすると、可能性のあるのは、国連公用語、つまり、英語、フランス語スペイン語ロシア語中国語アラビア語だろうと思う。自然科学の場合は、ほぼ英語にしぼられるだろう(Montgomery, 2013; Gordin, 2015)。ただし、今後、「東アジアの大学」として生きていこうとすれば、中国語を使う可能性も考えておいたほうがよいかもしれない。

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近ごろ、日本の大学の多くが、英語でおこなう授業をふやしてきた。

そのうちには、すべての授業を英語と日本語の両方で用意するという方針のところ(たぶん大学全体の規模ではまだなく「学科」・「専攻」の規模で)もあることはある。しかし、それができるところは少ない。授業の材料を2つの言語で用意するには、1つの言語で用意する場合の、2倍とは言わないまでも、1.5倍くらいの労力を必要とする。両者の内容がよく一致していることを確認する必要があるとすれば、2倍かかると言ってよいのではないだろうか。教員の人数をふやすか、教育内容をしぼりこめばよいが、同じ人数・待遇のまま、教員の努力で二言語化せよというのはむちゃだ。

英語を優先して、日本語話者でない(そのほとんどは外国人でもある)教員を採用するところもある。その教員が授業を担当できるほどの日本語能力を身につけない限り、その大学のその教員の専門の授業は英語だけになるだろう。その大学が、教育のうえではそれでよいと判断したとして、組織運営をどの言語でやるか、という問題が残る。事務文書はがんばって二言語どちらでも提供するとしても、組織運営にかかわる会議を二言語でやることは困難だ。多くの場合、会議は日本語でやることになり、日本語話者でない教員はそれに深くかかわれないことになりそうだ。その教員が組織運営にかかわる権利を奪われていると感じるかもしれないし、日本語話者の教員が組織運営の負担が自分たちに重くかかりすぎていると感じるかもしれない。(大学でなく研究機関だが、わたしのまわりではそのようなことが起きていると感じる。)

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対策としては、日本の大学は、次の類型のうちひとつに特化すべきだと思う。

そして、教員が、使いたい言語に応じて、それに合った大学に異動することを促進するべきだろう。ときには、2大学をまとめて2つに分けるような再編成をするべきかもしれない。

第1の類型は、日本にあっても、英語圏の大学になってしまうことだ。授業の地の文の言語は英語、大学内の会議や事務書類の言語も英語とする。そうすれば、教員や学生の行き来という点では、同様に英語を使っている外国の大学との間のほうが、日本語を使っている日本の大学とので、教員の異動や学生の行き来も活発になるだろう。

大学の学長や管理職も、世界から有能な人に来てもらうとよいと思うが、そのためには、監督官庁が、英語で書かれ、内容も形式も、これまでの日本の行政指導に従わず英語圏の事実上の標準に沿った報告書を受け取る覚悟をする必要があるだろう。

また、とくに教員が長期にわたってつとめてくれるためには、入国管理行政や社会保険行政も、任期つき雇用でもわりあい早く永住権を認めるとか、社会保険のかけ捨てが最小限になるとかいう配慮が必要だと思う。

第2の類型は、日本語圏の大学にとどまり、地の文の言語として日本語を使うこと、日本語によって学術的知識を記述することを特徴とすることだ。組織運営の会議も日本語でやることになるだろう。この類型の大学も、外国人教員や留学生を積極的に迎えるべきだと思うが、彼らにはまず日本語使用能力を高めてもらうことになる。

第3の類型として、英語・日本語の両方で教育を提供することを特徴とするものもありうるだろう。6節で述べた負担を覚悟する必要がある。また、組織運営をどちらの言語でやるかもよく考えて決める必要がある。

文献

  • Michael D. Gordin, 2015: Scientific Babel — The Language of Science from the Fall of Latin to the Rise of English. Chicago: University of Chicago Press / London: Profile Books. [読書メモ]

  • Scott L. Montgomery, 2013: Does Science Need a Global Language? University of Chicago Press. [読書メモ]

2016-06-29

研究所共通の計算機はデータ共有の場という機能が重要

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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所属する研究機関の職員が共通に利用する計算機が、来年度に更新される見通しになって、その計画について職員からの意見募集があった。

わたしは、更新後の計算機の利用者にはならない見こみなので、発言するのは遠慮しておこうとも思ったのだが、来年度あらたに来る人には発言する機会がないことも思いなおして、意見を書いて送った。

このブログには、表現をやや一般的になおして、出しておくことにする。

なお、わたしは、[2010-07-30の記事]で、次のように述べていた。

所属している機関の計算機更新構想の話を聞いて、次のような意見を言いたくなった。「機関共通の計算機の必要性は、計算をする機械としてよりも、職員間でデータを共有する場としてのほうが大きいのではないか。」そのことを文章にしようとしたのだが、頭がそれと関係はあるが焦点がずれたところに向かってしまったので、そちらを先に書き出してみる。データ共有の場についてはいずれ別の記事にしたい。

しかし、その更新のときは、「別の記事」は書かずじまいで来てしまい、次の更新の話が出てきて、やっと思い出したのだった。

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地球科学で、計算機の能力をいちばん多く使う仕事は、数値シミュレーション、および、数値モデルに観測データを取りこむ「データ同化」だ。

そこで、そのような仕事を念頭において、「地球シミュレータ」という計算機が設置されている。その初代は特別に開発された計算機だったが、現在は3代めで計算機会社の製品が納入されたものだ。地球シミュレータを利用できるのは、利用計画を提出して審査をとおった研究課題にかぎられる。しかし、逆に言えば、審査をとおりやすい研究課題ならば、地球シミュレータの計算時間を割り当ててもらえることを期待できる。

地球シミュレータが別にあるという条件のもとでは、研究所内共同利用計算機の機能としては、狭い意味の計算機能よりも、職員間のデータ共有の場の提供を重視するべきだと思う。

科学計算のうちには、大量の計算時間を使って、わずかな個数の数値を求めればよいものもあるようだ。しかし、気候に関するシミュレーション型研究ではたいてい、シミュレーション計算自体は結果を(テラバイトの規模のデータ量の)ファイルとして書き出して終わり、その結果を解析する別の計算をして、やっと研究成果になる。この「解析」の作業は、統計処理や図化を含むが、そこで、多数のシミュレーション結果をあわせて使ったり、比較のために、別の由来をもつ観測データや同化プロダクトをも持ちこんで使うことが多い。

そのような統計処理や図化の処理は、研究者個人や小さなグループが保有する計算機でも可能だ。しかし、同じシミュレーション結果や観測データや同化プロダクトを多数の研究者がそれぞれ管理するのは、ディスクスペースもさることながら、管理にあたる研究者の能力のむだづかいとなる。データを共用計算機につながったストーレジに置き、各研究者が必要な部分だけを切り出して手もとに移すのが適切だ。

ここで「切り出し」と書いた処理には、地域や時間範囲の選択間引き、平均化、その他の統計値計算、違った格子系の間の内挿操作などが含まれる。シミュレーションに比べれば演算数は少ないが、無視はできない計算処理が伴い、そこを高速にすませられることが、研究全体の効率を高める。

したがって、共用計算機に対する研究者からの需要としては、計算性能よりもストーレジの容量とアクセスしやすさが優先するのだが、ストーレジだけに特化したシステムではなく、ストーレジの読み書きを伴う計算処理の能力ももったシステムがほしいのだ。

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研究者間のデータの共用の需要は、大きく分けて、次のようなものがある。

  • (1) 共著論文になるような共同研究に従事するグループ内で、研究進行中の(対外的には非公開の)データを共有する。A氏が処理した結果をB氏が処理する、その結果をC氏が観察する、といったことを、データを同じ計算機システムのストーレジに置いたまましたいのだ。
  • (2) 研究所外から取得した使い道の広いデータセットを、所内の複数の研究者が利用できる形で置く。
    • データが有料だったり利用に許可が必要だったりするが、サイトライセンスをとれる場合には、とっておくと便利だ。
    • 無料公開であっても、データが大量であったり管理がめんどうな場合は、共用計算機システムのストーレジに置いておけば、ディスクスペースについても管理の手間についても節約になる。
  • (3) 研究所内で作成され、広い使い道があると期待されるデータセットを、所内の他のグループの研究者も簡単に利用できるように、共用の場所に置く。

このうち、ストーレジの需要量が大きいのは、おそらく(1)だと思う。ただし、そのデータは長期保存の必要がない部分が多いと思う。時間の重みをかけると、(2)(3)が重要になってくると思う。

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2節の箇条書きの(2)に関しては、過去の成功経験と失敗経験がある。

わたしが1999年に非常勤、2000年に常勤として参加した時限の研究組織には、シミュレーション型数値計算向きの「スーパーコンピュータシステム」のデータサーバーという名目だったが、Unix系OSの汎用計算機があり、それに、データアーカイブ装置がついていた。データ解析をおもな活動とする研究者にとっては、こちらが主の計算機だった。当時のデータアーカイブ装置はテープを使っており、呼び出しに分(minute)単位の時間がかかるものの、プログラム上はpath名を適切に書いておけば、ディスク上にあるデータと同様に読み書きすることができた。これは、当時としては、大量データを読み書きして比較的単純な統計処理や図化処理をする研究者にとって、非常に使いやすい計算環境だった。

さらに、この時限研究組織には「データバンク」という制度があって、組織内の多数の研究者が参照するデータを、共用計算機のデータアーカイブ装置に置いて共同利用していた。そのうちには(3)にあてはまる組織内のプロダクトも少しあったが、大部分は(2)の他組織由来のデータセットだった。当時、多くの研究機関では、量が多い「再解析データ」や衛星観測由来のデータプロダクトは、オフラインのテープで持っていて、使う人がテープを持って計算機に読みこませる必要があった。しかし、この組織の共用計算機では、path名を指定するだけで、テープに手をふれずに読めるので、とても楽をすることができた。

それから、この時限研究組織は常設の研究所に統合された。時限研究組織の計算機システムも、更新の機会に研究所の共用計算機システムに統合された。研究所共用計算機システムにもアーカイブ装置がついていて、(1)の目的に関する限り、使いがってはほとんど同じだった。

しかし、計算機システムの統合の際に、データバンクは取り残されてしまった。それまでにデータバンクが持っていたデータを共用計算機のストーレジに移すことはできた。しかし、それ以後、時限研究組織を引き継いだ研究所の部門で取得した(2)のデータは、部門がもつ、データストーレジ機能だけのサーバーに置かれ、それを使って計算をしたい研究者は、自分でデータを転送する必要が生じたのだ。所内ネットワークによる転送だから、テープを扱うよりはだいぶましではあるが、共用データが共用計算機上で簡単に読めるというメリットが失われた。

さらに、5年の中期計画の切れめごとにくりかえされる法人内組織scrap and buildで、法人内の組織名が変わってしまい、旧組織のどの機能が新組織のどの部署に引き継がれたかもわかりにくくなった。サイトライセンスが継続されているかどうか不確かになり、また、それを確認したりデータ提供者と交渉したりするスタッフもいなくなり、データバンクは消えていった。(わたしは、なんとかしたいと思ったものの、実質的になんともできなかった。) 現在では、研究グループがそれぞれ参照するデータを管理しており、ディスクスペースも研究者の手間もむだが多くなっている。

今後、データバンクを、研究所全体で持つのがよいのか、部署ごとに持つのがよいのかは、よくわからない。しかし、いずれにしても、次期共用計算機システムを設計する際には、ストーレジの一部は、このようなデータバンクを構築することが可能なように、あらかじめ考えてほしいと思う。

2016-06-28

「第四紀学と環境保全」(小野 有五, 2016) についての個人的感想

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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第四紀研究』第55巻第3号が届いた。わたしは日本第四紀学会の会員ではあるものの、このところ完全にpassive memberになっていて、大会や行事に参加しないだけでなく、学会誌を読むこともあまりなくなっていた。しかし、小野有五さんの論文(2014年 日本第四紀学会賞 受賞記念論文、研究成果報告ではなくて「論じる文」)は読むべきだと感じた。

しかし、その内容は科学者の生きかたに関するもので、わたしには、柴谷篤弘(1973)『反科学論』について感じたのと同様に、読むのがつらい。読みはじめると、大筋で賛同したくなる。しかし、もし全面的に賛同するとすれば、わたしは生きかたを変えないといけない。国策の一環である研究機関を辞職すべきなのかもしれない。あるいは、あえて職についたまま、その立場をも利用して価値理念の達成のために働くべきなのかもしれない。しかし、生きかたを変える決意ができない。もどってみると、著者の言うことに全面的に納得できてはいないのだ。しかし、反論しようとしても、なかなか筋がとおる形に組み立てられない。それで、読み進むのがつらくなる。

小野さんの著書『たたかう地理学』が2013年に出たことも知りながら読めなかったのだ。今も、この論文をきちんと読みとおしたわけではなく、読む気になれた部分を拾い読みして感想を述べていることをおことわりしておきたい。

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小野さんの狭い意味での専門は、第四紀の、氷河によってできた地形や、土壌水分の凍結融解によってできた地形(伝統的に「周氷河地形」と呼ばれるが氷河と直接の関係はない)、そして、それらを指標として理解される気候の変遷だ。わたしは1980年代前半の大学院生のとき地理学コースが開いた集中講義をきいたことがあり、論文もいくつか読んだ。

1990年代、国際共同研究プログラムIGBP (International Geosphere-Biosphere Program)のうちのPAGES (Past Global Change)が始まった。わたしは、その成果の報告をいくつか見たし、日本の研究者もそれに参加していることを知ってはいたが、不覚なことに、小野さんがそのアジアの部分のまとめ役のような仕事をしておられたことに、これまで気づいていなかった。

また1990年代、小野さんが、開発にかかわる自然環境保全の問題、とくに千歳川放水路の問題にかかわっておられたことは、気づいていたものの、なかみに立ち入って理解していなかった。

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小野さんは今度の論文で、Pielke (2007)のHonest Brokerという本をおおいに参考にしている。その本ならば、わたしは出版されてまもなく読み、読書ノートも書いた。(大筋で賛成ではあるが全面的に賛成でないことを明確にできたので、わりあい気楽に読めたのだった。)

Pielkeの本では、学者が、政策などの社会的意思決定に対して、どのような態度をとるかを、4つに分類して論じている。小野さんは、その議論を2軸の2×2の構造で受けとめて紹介しているが、わたしはその構造をとくに意識せず4類型の列挙として受けとめてしまった。次に、Pielkeの論旨の順序にそってわたしがつけた番号、Pielkeによる英語表現、小野さんによる日本語表現をならべて示す。

  • (1) Pure scientist, 純粋な科学者。
  • (2) Science arbiter, 科学の仲介者。
  • (3) Issue advocate, 論点主張者。
  • (4) Honest broker of policy alternatives, 複数の政策の誠実な周旋者。

わたしの理解では、(2)(3)(4)はいずれも社会に科学的知識を提供する人なのだが、science arbiterは社会から問われたときに答える人、issue advocateは自発的に自分の社会に関する価値判断によって選択した知識を提供する人、honest brokerは意識的に複数の選択肢をそれぞれの長所・短所などの評価を添えて提示する人だ。

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小野さんは今度の論文で、「千歳川放水路問題」「IGBP-PAGESとエネルギー問題」「高レベル放射性廃棄物地層処分原発問題」の3つに分けて、それぞれ、この4つの分類からなる空間の中での「筆者の立ち位置の変化」を述べている。それをあらわす図に出てくる番号は小野さん自身の行動の順序で、3つの事例で違っている。

ただし、そのうち「IGBP-PAGES」の場合の「図7」の中の番号は、たまたま、上にわたしがあげたものと同じだ。

  • (1) 純粋な科学者 Pure Scientist: 東アジア氷期の気候変動や氷河の平衡線高度を研究。
  • (2) 科学の仲介者 Science Arbiter: 研究成果をPAGESを通じて、IPCCに提言。"地球温暖化" 防止に向けての国際的な政策決定に役立てる。
  • (3) 論点主張者 Issue Advocate: ヴォストークのデータに二酸化炭素の過剰な増大を読み取り、温暖化の議論と切り離して、排出削減を提案
  • (4) 複数の政策の誠実な周旋者 Honest Broker: 再生可能エネルギーの可能性について複数の案を提示、原発についての賛否両論を提示。

小野さんがPAGESにかかわり始めたときの関心は、気候や地形の変化を知ること自体への関心がおもで、pure scientistの立場だったそうだ。ただし、当時、PAGESという研究プロジェクトとしては、IPCCの問いに答えるという動機が意識されていたそうで、それはscience arbiterの立場といえる。

ところが、2001年にアムステルダムでIGBPの会議があり、小野さんは大きなインパクトを受けた。ひとつは「持続性の科学」(sustainability science)という考えを知ったこと、もうひとつは南極アイスコアによる第四紀の二酸化炭素濃度の変化のグラフを見て、産業革命後の二酸化炭素濃度の上昇が第四紀の変化の範囲をこえていることを認識したことだそうだ。

小野さんは次のように認識した (小野 2016, 77ページ)。

地球環境問題にとっては、二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化を招くかどうかが核心なのではなく、すでに産業革命以後、とりわけ20世紀以降、人類による二酸化炭素の排出によって大気中の二酸化炭素濃度が第四紀における自然は変化範囲を大幅に超え、さらに増大を続けていることなのだ [中略]

アムステルダム会議で提起された持続性の科学(Sustainability Science)は、過剰な二酸化炭素の排出や核廃棄物を含めた次世代への環境負荷を可能なかぎり減らし、現在の環境を将来にも持続させようという意図をもっていた。筆者は、とくにエネルギー問題に焦点を絞り、以後、再生可能エネルギーを普及・増大させるため、市民風車の普及や行政への働きかけを行った。

このとき以後、小野さんは、大気中の二酸化炭素濃度をふやすことを防ぐべきだという価値判断を重視するようになった。おそらくそれよりも前から、核エネルギー利用による放射性廃棄物の発生も環境破壊であり避けるべきだと考えていたから、エネルギー利用に関しては、再生可能エネルギー利用推進のissue advocateになった。

小野さんはさらにhonest brokerになろうとしているそうだ。しかし、その事例の説明を見ていると、再生可能エネルギー利用のうちでの複数の提案を比較する局面に限ってはhonest brokerになれているかもしれないが、原子力を再生可能エネルギーとならぶ選択肢として並列に示した局面では、原子力の利用に反対する旗色は鮮明なので、やはりissue advocateだろうとわたしには思える。

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小野さんは、第四紀学の科学者集団が全体として、また日本第四紀学会という組織としても、「たたかう」姿勢をもつこと、それとともに、honest brokerであることをも期待しているように、わたしには読めた。

しかし、「たたかう学者」は、issue advocateでしかありえないのだろうと、わたしは思う。(もっとも、honest brokerになろうとすれば、自分の内面のissue advocateとたたかわなければならないのだが、その態度のことを対外的に「たたかう学者」と言うのは適当でないと思うのだ。)

わたしは、学者の生きかたには多様性があり、ある専門(たとえば第四紀学)の学者集団はPielkeのいう4つの類型のそれぞれにあてはまる人を含んでいるのが健全なのだと思う。とくに、専門家がhonest brokerの機能をもつことは望ましいのだが、それは学者個人に期待するのではなく、専門集団がもつべき機能だと思う。専門集団の内にはいろいろなissue advocateやscience arbiterがいる。学会などがその観点を整理して社会に提示する制度をもつべきなのだ。「整理する」ことに特化した人を育てる必要もあるかもしれない。

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さて、4節の、小野さんの2001年以後の認識を述べたところで、「温暖化の議論と切り離して」「二酸化炭素濃度の上昇が地球温暖化を招くかどうかが核心なのではなく」とあるのが、わたしには奇妙に感じられる。

人間活動(化石燃料燃焼)の結果、二酸化炭素濃度が、第四紀の自然の変動の範囲をこえてふえているという事実認識から、これをそのままにしておくとたいへんなことになる、と感じたらしいのだが、その「たいへんなこと」は必ずしも温暖化ではないと考えたらしいのだ。

そういえば、英語圏でも、global warming (地球温暖化)でなく global weirding (地球不気味化(?))というべきだという人たちがいる。(この表現を広めたのはThomas Friedmanだそうだが、彼によると彼の創作ではなくHunter Lovinsに由来するそうだ。[Wiktionary英語版「global weirding」(2016-06-28現在)による。]) その人たちの考えは、二酸化炭素濃度増加が直接に起こす主要な変化は気温の上昇だと認めたうえで、それが進む結果として現われる極端現象や生物相の変化が、直線的な予想からは考えがたい形で激しくなるだろうということらしい。

しかし、小野さんの議論は、温暖化が起こることも不確かだと言っているように読める。かと言って、温暖化よりも海洋酸性化のほうが重要だと言ってはいないし、温室効果と海洋酸性化以外の二酸化炭素の効果を想定しているようでもない。

もしかすると、小野さんはあくまでも経験的(博物学的)科学者であって、物理法則に基づく気候モデルにまったく価値を認めないのだろうか。そのように視野を限定すれば、二酸化炭素濃度が経験の範囲をこえてしまうと、濃度と気候の関係についての過去の経験に基づくかぎりでは、「何が起こるかわからない」、しかし「たぶん気候にも経験の範囲をこえた大きな変化が起こるだろう」としか言えない、というのも、もっともだ。

【[2016-06-29補足] ただし、もし、現在の気温が現在の二酸化炭素濃度に見合ったところまで上がっていないことから、気候モデルの根拠になった理論的考察が信頼できないと考えているのならば、理論的考察への理解不足だと思う。気候システムには(おもに海洋の表層による)エネルギーのためこみがあるので、気温が二酸化炭素濃度の変化に応答するには、数十年の時間がかかるのだ。この時間遅れは氷期サイクルにとっては小さいが、産業革命以後の変化にとっては大きい。】

あるいは、温暖化の見通しを原子力推進の根拠として論じる人びとは実際にいるので、原子力に反対する小野さんは、温暖化の見通しを述べる議論にまでうさんくささを感じるようになってしまったのだろうか。

動機はともあれ、科学者が、二酸化炭素濃度増加を人為的環境変化として重視するならば、それがもたらしうる帰結を、さまざまな専門の知見を動員して具体的に考えるべきだろう。小野さんは、そのうちで、温暖化に関する思考を停止してしまっているように見える。

各人には、すべてのことを深く考えるだけの時間や精力がないので、何かの問題に関しては思考を停止してしまうことはやむをえないと思う。しかし、その問題に関して思考を停止した人は、明らかに、社会からのその問題に関する問いに答える適任者ではない。

小野さんは、今も地球環境科学の専門家ではあると思う。しかし、地球温暖化に関する専門知識の提供者を求めるときには、はずされるべき人なのだと思う。

文献

  • 小野 有五, 2013: Active Geography, たたかう地理学古今書院, 392 pp. [わたしは読んでいない。]
  • 小野 有五, 2016: 第四紀学と環境保全 -- 研究者=活動者としての回顧と展望 (2014年日本第四紀学会賞受賞記念論文)。第四紀研究 (日本第四紀学会), 55: 71-90. ( https://www.jstage.jst.go.jp/browse/jaqua/-char/ja/ で数か月以内に会員向け公開、1年後に一般公開予定)
  • Roger A. Pielke Jr., 2007: The Honest Broker: Making Sense of Science in Policy and Politics. Cambridge University Press, 188 pp. [読書ノート]
  • 柴谷 篤弘, 1973: 反科学論みすず書房, 312 pp. [読書メモ]

2016-05-26

学術雑誌の学術論文以外の記事のディジタル化を

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[2016-05-19の記事]で書きわすれたこと。ただし、19日の記事に書いたことはわたし個人の事情が多いが、こちらは公的意義があると思って書いている。

学会誌などの学術雑誌が、わたしの蔵書の体積のうち大きな部分をしめていた。しかし、多くの雑誌がディジタル化されたので、数年前に、それまで持っていたものの大部分を捨ててしまった。それ以後のものはたまっているが、いつ捨ててもよいと思っている。しかし...】

学術雑誌のディジタル化が完全でないという問題がある。 日本語圏の学会誌などの多くはJ-Stageでディジタル版が公開されているが、ディジタル化の対象が査読済みの学術研究論文に限られていることが多いのだ。

学会誌には、解説記事や、書評・読書案内などの記事もある。専門外の人がその専門を知る上では、そういうもののほうが、学術研究論文よりもむしろ有用だ。また、学会誌には、その学会の活動の報告やお知らせ、学会員間の意見交換などがのることもある。その学会がどんな性質の組織かを知るうえでは、そういうものもあったほうがよい。とくに、学問の発達をふりかえりたい場合に、過去のそういう記事が見たくなる。([2016-05-02の記事]で述べたように、古い記事は、古い情報であることを承知の検索でだけ見つかったほうがよいかもしれないが。)

また、[2016-03-01の記事]の3節で述べたように、論文雑誌としての信用を得るためにも、学会の紹介や学会誌の編集体制に関する記事も見られるようにしておいたほうがよいと思う。

自分がかかわっている学会から例をあげると、日本気象学会の『天気』は、J-Stageとは別に学会独自にディジタル化しており、論文に限らずほぼ全部の記事がディジタル化されている。他方、『Journal of the Meteorological Society of Japan』(『気象集誌』)はJ-Stageで論文だけのディジタル化だが、『天気』が始まって以後に関する限り、実質的に論文だけの雑誌なので、ほぼ全部ディジタル化されたと言える。(表紙裏にのっていた当時の投稿要領や編集委員名簿などを見たいときだけ困るのだが。)

水文・水資源学会誌』はJ-Stageにあって、今年の巻は巻頭言なども含めて全部の記事がディジタル化されているようだが、数年前の巻は「原著論文」と「研究ノート」だけになっている。それぞれの巻のディジタル化対象範囲を知るにはその巻のページをあけて見る必要があるようだ。

このような状況が生じたのは、ディジタル化の費用負担に関するJST (J-Stageの管理者)と出版者である学会との契約条件の結果なのだろう。大ざっぱに言って、学術論文をディジタル化することについては国からの補助があるが、その他の記事については出版者側で負担しなければならない、というような条件があるのかもしれない。そしてその条件が変遷したり、出版者側の態度が変遷したりしているだろう。

潜在的読者としては、学術雑誌の記事がなるべくそろってディジタル化されている状態に向かうことを希望する。(自分が費用を負担すると言うわけではないので、ただ関係者のみなさんにお願いするだけになるが。)

2016-05-23

(勧めたくない用語) バタフライ効果

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

5月23日はEdward Lorenzの誕生日だそうで、その業績が「バタフライ効果」ということばで代表されて話題になっていた。

いわゆる「バタフライ効果」の話をわたし[2015-12-12の記事]に書いたのだが、そこではもっと漠然とした話題のついでに書いたので、この用語の件だけ取り出して別の記事にしておくことにする。【この用語は気象学用語ではないので、記事カテゴリー「気象むらの方言」には入れない。】

Edward Lorenz (ローレンツ, 1917 - 2008)は、数学を学び、気象学に専門を移してその理論の発展に貢献した学者である(たとえば[2014-06-18の記事「大循環」]参照)。Lorenzは(応用数学用語としての)「カオス」の理論を構築した(複数の)人のひとりでもある。彼の立場からのカオスについての展望は一般向けの本『カオスのエッセンス』(Lorenz, 1993)にある。

カオスの理論とかなり重なる問題領域として、予測可能性の件がある。天気予報はなん日さきまで有用か、といった問題に対して、現実の技術が能力不足であることを別としても、理論的限界があると考えられるのだ。

大気の運動は、ある時刻(「初期時刻」と呼ぶ)にあったわずかな違いが、それから時間がたっていくにしたがって大きく拡大していくという性質をもっている。(おそらく世界の多くのものごとが、多かれ少なかれそういう性質をもっているのだろう。)

数値天気予報の場合ならば、初期時刻に与える値には観測誤差程度の不確かさがある。それが時間とともに広がっていく。注目する変数(たとえば気温)の不確かさがその地方・その季節で起こりうる最低から最高までの幅に匹敵するほどになったら、それ以上予測計算を続けても予報としての有用性はない。

Lorenzの仕事をきっかけとして、気象の話ではなく一般に、初期時点でのわずかな違いが大きく拡大することについて、「butterfly effect」と表現されるようになった。それには次のような複数の由来がある(『カオスのエッセンス』参照)。

  • Lorenzは1972年にAAAS (アメリカ科学振興協会)の会合で『Does the flap of a butterfly's wings in Brazil set off a tornado in Texas? (ブラジルの蝶のはばたきがテキサスにたつまきをひきおこすか?)』という講演をした。この表題はLorenz自身ではなく彼を講演者として招いた人がつけたのだそうだ。それまでにLorenzがたとえに使ったのはカモメだったが、これ以後、多くの人がまねをする際には、蝶を使うことが定着した。しかし地名は北京だったりニューヨークだったり、激しい現象は嵐(storm)だったりハリケーンだったり、まちまちである。
  • これとは直接の関係はないのだが、Lorenzが1963年論文以来たびたび使う図に、蝶を思わせる形のものがある。1963年の論文では、対流を起こす流体の運動方程式単純化して、空間次元をもたない3つの変数が相互作用しながら時間とともに変化するものにした。対象の状態は3つの変数の値で表現でき、これを3次元空間(状態空間という)の点とみなすことができる。対象が時間とともに変化することは状態空間中の軌道にあたる。有名な図は、軌道が漸近していく行き先にあたるアトラクタ(attractor)というものを、3次元空間の透視図のように表現したもので、形が蝶に似たところがある。(軌道をすなおに表示しただけでも蝶に似て見える。)
  • Lorenzとまったく関係なく(上記の講演依頼者も知らなかったそうだ)、SF作家 Ray Bradbury (ブラッドベリ、1920 - 2012 【同業者向け注: 名まえを古気候学者 Ray Bradley と混同しないこと】)が1952年に発表した 『A Sound of Thunder (雷のとどろくような声)』という短編がある。これはタイムマシンもので、時間旅行者が、蝶をふみつけてしまい、意図しない歴史改変を起こすのだ。改変の度合いは(タイムマシンものにしては)あまり大きくなくて、時間旅行者は出発したとき・ところにもどってくるのだが、人名などが変わっている。「Butterfly effect」という表現を、この小説を思い起こして使う人も多かったようだ。【わたしは子どものころたまたまこの話を読んでいくらか印象に残っていたが、題名も著者も忘れていて、Lorenzの本で話題になっているのを見て気づいた。言われてみれば文庫本の題名は覚えていた。R is for Rocketを「ウは宇宙船のウ」としたら、次にS is for Spaceが出てきて日本語版題名が苦しまぎれのものになったという経路依存のできごとも。】

これは日本語では「バタフライ効果」と書かれることが多いようだ。しかし、日本語の単語としての「バタフライ」は水泳のスタイルをさすのがふつうで、めったに蝶のことをささない。(「マダム・バタフライ」と「蝶蝶夫人」が同じであるといった遠まわりをしないと関連を思い出せなかったりする。) また、蝶は、上に述べたどの由来をとっても、この概念にとくに必然性のある要素ではない。だから、わたしは、「バタフライ効果」よりは「ちょうちょ効果」のほうがましかとも思うが、いずれにしても、この概念にふさわしい用語と感じられない。この概念に短い名まえがほしいという需要があることはわかるのだが。

文献

  • Ray Bradbury, 1952: A Sound of Thunder. Collier's June 28 1952 issue; (1962) In R is for Rocket, New York: Doubleday.
  • [同、日本語版] レイ・ブラッドベリ 著, 大西 尹明 訳 (1968) 雷のとどろくような声。ウは宇宙船のウ (創元SF文庫), 東京創元社 所収。
  • Edward N. Lorenz, 1963: Deterministic nonperiodic flow. Journal of the Atmospheric Sciences, 20: 130-141. DOI: 10.1175/1520-0469(1963)020<0130:DNF>2.0.CO;2
  • Edward N. Lorenz, 1993: The Essence of Chaos. Seattle: University of Washington Press.
  • [同、日本語版] ローレンツ 著, 杉山 勝, 杉山 智子 訳 (1997): カオスのエッセンス共立出版