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2017-07-22

「敵・みかた」型の言説について思うこと

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

個人的覚え書き。ただし、読者もわたしと似た発想ができるようになってくださるとありがたいと思っている。

2016年7月に書きかけたのだが発表していなかった。もう少し考えを進めたかったのだ。1年たって、考えはあまり進んでいないが、形をととのえて出してしまうことにする。この記事の主要な議論は1--3節で、あとはそれと連想でつながった雑多な考えだ。

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世の中にあるさまざまな主張を、敵・みかた[注]の2つの大きな箱でまとめてしまい、それぞれの箱の中は均質であるかのようにみなす言説が、とても多いと思う。

  • [注] この語は「味方」と書かれることが多いが、わたしはこの「じゅうばこ読み」に納得していない。「一味」の「味」なのかもしれないが、この意味の「味」(み)は独立した語として現代日本語にないと思うのだ。「身方」ならば納得できるが、見慣れない文字列になってしまう。ひらがなで「みかた」と書いたほうがよいと思っている。なお、「見かた」(「見方」)は、同音だが別の語だと思う。「三方」(みかた)は固有名詞としてはあるが、現代日本語の普通名詞としてはないと言ってよいと思う。

広い意味での同類として、自分を中央において、たとえば「右」「左」の2つの自分を含まない箱と、「中央」の自分を含む箱があるという3分割のとらえかたもあると思う。2分割よりはやや認識が深まっていると思うが、同様な問題が感じられることもある。

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この状況は、人が空の星(恒星)を認識するとき、方向はわかるが距離はわからない、という状況と似たところがあると思う。

近代科学によって、星(恒星)は、実際は3次元空間に分布していることがわかった。(光が伝わるのに時間がかかる件の議論は、ここでは見送る。) しかし人の視覚では星までの距離を認識できない。近代科学技術によっても、比較的近い恒星までの距離は、年周視差によって測定できるけれども、あとは、変光星の特徴や、見かけの運動が主として宇宙の膨張によるという認識からの、推測によっている。

直観的にわかるのは、(見かけの)2次元の天球上の位置、あるいは見る人から星への方向(数量としては2つの角度で表現される)だけなのだ。星座はその2次元的分布を認識したものだ。距離が10倍遠くて、光のエネルギー量が100倍の星が、同様な明るさをもつ星として見える。

2つの角度に、距離を合わせれば、3次元の球座標になる。ここ(太陽系)から観測して、そのデータを整理するうえでは、ここを特別な場所として扱った、この球座標がよいこともある。

しかし、宇宙にとっては、ここは特別な場所ではない。むしろ、一定の格子間隔の3次元直交直線座標で考えたほうがよいだろうと思われる。(一般相対論に関連する空間のひずみを考えることは見送る。)

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星の話を比喩的に使って、人の言動を分類することを考える。

人の言動はなん次元空間を構成するかわからない。ともかく、人が認識できるのは実際の言動の空間よりも次元の低い空間ではないか?

単純に1つの軸で考える。仮に右・左[注]としよう。

  • [注] ここでは右・左の意味は決めないことにする。政治の話題では、右・左を保守・革新とすることが多い。ただし、革命が起きて反体制運動だった人々が権力をにぎったり、反体制運動の内部で争いが起きたりすると、だれが保守でだれが革新かはいちがいに決められない。だれのいつの判断基準による保守・革新と指定しなければならないだろう。

人は、自分よりちょっと右と、ずーっと右を、いっしょに「右」という箱に入れてしまうことがありがちだと思う。左も同様だ。

東・西に変えて考えてみよう。ずっと東京付近にいる人から見ると、名古屋福岡も「西のほう」とまとめたくなるかもしれない。しかし、名古屋の人も、福岡の人も、たぶん、そのようなまとめかたに納得しないだろう。福岡の人から見れば、東京と名古屋をまとめるほうが、名古屋と福岡をまとめるよりも適切なことが多いだろう。(もちろん、主題によって、地域間の類似性は違ってくるのだが。)

同じ方向のものの距離の違いは、直感的認識では抜け落ちることがある。「距離が違うのではないか」という可能性を視野にいれて、追加情報を集め、じっくり考えるのがよいと思う。

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政治家などの態度を、似た方向の極端な事例 (たとえばヒトラースターリン)と同一視する議論がある。「似ている」「このまま進むと同じようになってしまうおそれがある」というのはよい。しかし、同一視する議論をずっと解除しないまま続けるのはまずいと思う。

極端な表現を、人文学の素養のある(らしい)論者が意図的に使っていることがあると思う。たとえば、「日本はすでにファシズム国家になった」のような表現を見かける。政治学者がすなおにファシズム国家を定義すれば、日本はそれにあてはまりそうもない。しかし、論者が自分が使う「ファシズム国家」の定義を明示したうえで、日本の現状がそれにあてはまると論じるならば、それはすじのとおった議論だ。しかし、短い警句として述べられるときは、論者も本気で日本がファシズム国家になったと思っているのではなく、自分の位置からそれと同じ方向に見えていることを、その方向にある極端なものと同一視した表現で示しているのではないか、と、わたしには感じられる。レトリックとしてわざとやっているのならば、それもよいだろう。しかし自分のことばにつられて本気で同一視するようになると危険だと思う。

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選挙国民投票では、各人が、さまざまな思想を、有限個の選択肢に投影することになる。同じ選択肢を選んだ人たちどうしが、「陣営」のような感覚をもつのも、ある程度は自然なことだと思う。しかし、別々の問題軸で、一方では対立している人と、他方では協力することも、あってよいとはずだ。ひとつの境界線(面)で敵・みかたを分けてしまい、それを固定して考えるのは、危険だと思う。

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各個人は、団体(会社も含む)に所属したり、団体から仕事を請け負うなどいろいろな利害関係をもつ。個人の利害と団体の利害とは、ある程度の共通性をもつ、とは言えるだろう。しかし、それを同一視してしまうのは適切とは限らない。比喩としては、方向のちがいで考えるのがよいかもしれない。90度以内ではあるが、0度とは限らないのだ。

(a) 会社の取締役法人理事

給料をもらっているのならば明らかに利害関係がある。ただし、給料分だけ働いているだけで思想には賛同していないかもしれない。無給ならば、個人の時間を法人に提供するという、給料とは逆向きの利害関係があるといえる (おそらくその個人は法人の趣旨に賛同したからそういう行動をとったのだろうと推測できそうだ)。

しかし、とくに、社外取締役や非常勤理事の場合、その法人にない観点を経営に提供することが期待されており、その法人の人としての顔と別に主要な顔を持っていることが多い。(その法人を監督する立場の別の集団から送りこまれた人であることもある。) その法人に賛同する面もあるだろうが、その法人の人とみなすのは適当でないこともあるだろう。

(b) 議員連盟のメンバー

議員連盟のうちには、主題を決めて、対立する意見を含めて議論するものもあるらしい。

しかし多くは、社会運動的な、あるいは業界利害を反映した、ある主張に賛同する人の集まりだ。その場合、運動の中心となる人は、運動体の主張に鋭く賛同しているだろう。メンバーのうちには、運動に積極的ではなく、情報を取り続ける手段としてメンバーになっている人もいるだろう。団体の主張を中から変えようと思っている人もいるかもしれない。多くのメンバーの主張は、団体の主張と、方向が反対ではないが、まったく同じでもない、と見るべきだろう。

(c) 講演会の講師、機関誌ウェブサイトへの寄稿者

多くの場合、個人の主張は、団体の主張と、方向が反対ではないが、まったく同じでもない、と見るべきだろう。団体による講演概要紹介などは、一致点を強調するように編集されている可能性があるだろう。

いずれの場合も、団体とのつながりを指摘し、賛同していると推測することはよいのだ。ただ、その「賛同」の意味が、鋭いものでなく、鈍いものである可能性を考えておくべきなのだ。

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世のなかには、(たとえば、近代科学の知識の概略にてらして) あきらかにまちがった信念をもっている人たちがいる。ここではその内容に立ち入らず、「変な信念をもつ」と表現しておく。

政治家が変な信念をもっていることがわかったら、その信念をまちがいだと認識している人は、その政治家を信頼しなくなるだろう。

政治家の支持者が変な信念をもっているとわかったとき、その政治家は信頼できない、と言う人がいる。この理屈は必ずしも成り立たない。政治家が、支持者たちのうち小さな部分がもつ変な信念を共有している可能性は高くないだろう。

しかし、支持者が変な信念をもっていると、政治家もその影響を受けて政策が変になる可能性があることはある。ひとつは、支持者の話を聞くうちに政治家が説得される可能性、もうひとつは、政治家が支持を得るために、(政治家の内心では賛同していなくても)支持者の主張を肯定的にとりあげる可能性だ。

2017-07-21

淘汰論・強者主義・優生思想

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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ある人(D氏とする)の発言が、「優生思想」とみなされて批判非難を受けていた。

わたしは、その発言に対する冷静な批判には賛同することが多かったが、感情的な非難は(その根拠となった正義感覚は正しいとしても)まずいと思うことが多かった。

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まず、「優生思想」ということばを拡大して使うべきではなく、発言の論旨に合った表現を使って批評するべきだと思った。

D氏の発言は、生物に関するDarwin進化論に由来する「自然淘汰」ということばを含んでいた。

ここから、D氏の考えを深く追わず、わたしなりに「自然淘汰」を中心とする社会思想を組み立ててみる。「人間社会でも、淘汰が働いて当然だ。」つまり「社会によく適応した人が生き残って、よく適応できていない人は滅びるのが当然だ。」という思想がありうると思う。これはD氏が言ったとおりではない。おそらくD氏は「適応」ということばを使ってはいないだろう。

強者が生き残って弱者が滅びるのが当然だ」のほうが通じやすいかもしれない。「強/弱」はどういう意味なのかという疑問が残るのだが、だいたい「競争に勝つ/負ける」と同じととらえたうえで、仮に「強者主義」と呼ぶことにする。わたしは、これは、上に「適応」ということばを使って述べた思想と、だいたい同じだと思う。そして、わたしが理解したかぎりでは、D氏の主張は、この「強者主義」そのものかはわからないがその同類だと思う。

ただし、仮に「当然だ」としたところは、社会の現実に関する事実認識か、社会はどう運営されるべきかという意志の主張か。どちらの議論もありうるが、両者はだいぶちがう。(前者ならば社会についてであっても「自然に起こる」淘汰の話になるだろうが、後者ならば「人為的な」(意図的な)淘汰、むしろ選抜の話になるだろう。)

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現代(20世紀後半以後)の民主主義的または社会主義規範をもつ国家では、少なくとも公共的なことがら(教育、医療など)に関するたてまえとしては、意志としての強者主義は否定され、「弱者にも強者と同等に生きる権利があり、国家はそれを保障すべきだ」とされていると思う。しかし、国家による保障能力には限りがあるし、現実の政治には強者主義をもつ人びとの影響も強いから、強者主義の否定は徹底しているわけではない。

わたしは、優生思想は強者主義のうちの特殊なものだと思う。強者主義を否定すれば、優生思想も否定されるだろう。しかし逆に、優生思想を否定しても、必ずしも強者主義は否定されないだろう。

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優生思想が強者主義のうちで特殊なのは、遺伝する形質を対象とすることだ。

意志としての優生思想をわたしなりに整理してみると、「強い個体を生じる確率の高い遺伝子をもつ人びとが子孫を残すべきであり、弱い個体を生じる確率の高い遺伝子をもつ人びとは子孫を残すべきでない」となると思う。(「強い/弱い」ということばを、ひきつづき、しっかり定義しないまま使ってしまっている。)

これは、今ではほとんどの国で、政治理念としては否定されていると思う。

ただし、19世紀から20世紀前半には、(ナチス ドイツが極端な例として記憶されてはいるが) 「進歩的」とされる人びとを含めて、さまざまな政治傾向の人びとに広がっていた。その時代の科学的知見の発達の歴史を述べながら、優生思想をもっていた学者の業績全部を無視することは不可能なほどである。おそらく社会思想家についてもそうであり、優生思想と今でも有効な思想とをよりわけて受けとめなければならないのだと思う。

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ネット上で(わたしはおもにTwitterを見ているのでそれゆえの偏りがあるかもしれないが)、D氏の主張を、優生思想と、さらにナチズムと同一視し、邪悪なものとして扱うような論調の発言がたくさんあった。

それに対して、D氏に賛同するわけではないと前おきしながら、そのような論調は行きすぎであり、逆効果になるかもしれない、という批判もあった。わたしはそちらがもっともだと思った。ここから、わたしなりの表現で論じる。

ひとつには、内容として、D氏の発言は、わたしのいう「強者主義」ではあっても、遺伝形質を問題にしているようではなく、「優生思想」という形容はまずい、ということがある。(さらに、優生思想とナチズムとの関係も、例示とするのはよいが、同一視するのはまずい。)

もうひとつには、D氏をはじめから敵とみなした態度で論評することは、D氏ばかりでなくD氏に同調する人びとに、「優生思想」への批判に対する敵意をもたせてしまい、もしかするとかえって「優生思想」の信奉者たちに接近させてしまうおそれがある。D氏の過去の発言を批判しながらも、現在のD氏(やその同調者)に対しては、直接説得を試みるにせよ第三者として論評するにせよ、考えを変えうる人として扱うべきだろう。

それと並列に、(D氏の発言がまずいという価値判断を動機として)、D氏のような発言をする人がどのようにして出現したのかを事実問題として検討し、社会のなかでその傾向が強まらないようにするにはどうするかを政策課題として考えるべきかもしれない。(社会科学的課題であり、わたしの能力はおよばないが。)

「特区」で獣医学部新設を認めるか? という政策課題について思うこと (2)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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時事的な問題に関する、[2017-06-18の記事](以下「第1部」と呼ぶことがある)の続き。わたしはこの事件の情報を詳しく追っていないことをおことわりしておく。

わたしの(限られた知識にもとづく)理解では、これまでの手続きは、国家戦略特区に関する行政手続きとしては正当に進んでおり、当面は、手続きは有効として進めるべきなのだろうと思う。(今後、さかのぼって手続きが不当であったと認定される可能性はあると思うが、確実ではないし、確定するまでには年単位の時間がかかるだろう。)

しかし、「あとは形式的審査だけで、来年4月開校は事実上確定している」という扱いにするべきではないと思う。

大学設置の認可は、ここ数十年間のふつうの行政では、国(文部科学省)が事実上の事前審査や行政指導をするので、正式の設置申請をしたときには事実上内定しているような状況にある。(設置申請のときに、すでに校舎の建設が進んでいたり、教員予定者の雇用が内定していることを要求しているそうだが、それで認可しなかったら国が信用をなくすだろう。)

この状況自体が、行政改革規制緩和の立場からの批判の対象になりうる。【わたしは、規制緩和論にいつも賛成するわけではないが、この件では、現状の事前審査はあしき規制の一種だと思う。設置審議会で実質審査をし、その結果として設置計画が変わることもあるし不許可になることもある、という、明朗な形にするべきだと思う。ただし、決断だけで変えられるものではなく、つじつまのあった制度設計が必要だ。】

けれども、今回の争点は、とくに獣医学コースについて、申請の意向があっても事前審査にも至らずに門前払いにされていたという規制だった。それを、特区という制度を使い、内閣府が文部科学省よりも上位の権限をもつことによって、突破した。それまでに、特区の条件に合っているかの審査はされているだろう。しかし、文部科学省による事前審査はとばされているから、大学としてきちんと教育をおこなえる条件がととのっているかの審査はじゅうぶんできていないだろう。

岡山理科大学獣医学部の件は、これから大学設置審議会で審査される予定なのだろう。わたしは、その審議会では、このところふつうの大学設置審議会のように形式的な審査ではなく、実質的審査をし、その結果しだいで、(予定どおり認可される可能性もありうるが) 不認可もありうるし、延期も、定員などの変更もありうる、ということにするべきだと思う。(教職員予定者や入学希望者が不安定な立場におかれることになることは、やむをえないと思う。)

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第1部の「5X」節でも述べたように、獣医学コースの全国総定員を獣医という職種の求人需要に見合ったものにおさえるという規制を続けるかどうかが、政策のわかれ道で、どちらがよいといちがいにいえない。

もし規制をやめて、コース設立認可の際に総定員を気にしないことにすれば、獣医学コースを卒業しても獣医の国家資格をとれない人や、国家資格をとってもそれを生かせる職につけない人が、おおぜい出てくることになるだろう。さらに、コースが学生を集めることができなくなって衰退し廃止に至るところも出てくるだろう。実際、法務大学院はそのような経過をたどったが、それは望ましい政策だろうか。

また、法務大学院と獣医学コースとの事情のちがいもあると思う。法務大学院は固有の設備をあまり必要としない。図書も、法曹養成専用のものよりも、一般法学部などでも使うものが多いだろう。設置や廃止が頻繁にあっても、雇用される教員そのほかの当事者にとっては大問題だろうが、社会にとって大きな損失が起きることはなさそうだ。しかし、獣医学コースは、多数の動物を飼わなければならず、病原体なども扱う必要があるだろうから、特殊な(獣医学コース以外の目的への転用がむずかしい)設備を必要とするだろう。むやみに設置・廃止をくりかえすことは、社会にとっての損失になると思う。

そして、獣医養成教育には、ひとりあたりで、ふつうの大学教育よりも大きな費用がかかるだろう。私立大学では、それを学生(おそらくその親)に負担させることを考えているかもしれない。今はそれができているとしても、もし入学総定員を大幅にふやすならば、卒業しても学費のもとをとれるような職につけない可能性が高まるから、学生の確保はむずかしくなってくると思う。他方、獣医学の研究には、うまくやれば研究成果を売って大学が収入を得られるものもあるかもしれない。しかし、そのような研究をする大学が獣医養成教育コースをもつ必要はなく、むしろそういう義務を負わない大学のほうがうまくやれると思う。結局、獣医養成教育の費用は、私立であっても、大学を支援するか学生を支援するかはいずれにせよ、国や地方自治体などの公共部門からの支出なしには成り立たないだろうと思う。

総定員規制は、すでに獣医である人びとの既得権益によるものだという批評を聞く。しかし、獣医の職能集団の影響力がそれほど大きいとはわたしは思わない。むしろ、獣医養成教育に関する主要な利害関係者は国であって、総定員をふやすと国の支出をふやさなければいけないから、総定員を実際の獣医の需要に合ったレベルにとどめる規制をしてきたのだと思う。

もし規制緩和論を選び、獣医学コースの設置を奨励するのならば、社会全体として、獣医学コースの卒業生の就職(必ずしも獣医に限らなくてよい)がふえていくことを、絶対的保証はできないだろうが、かなり確実にしていかなくてはいけないと思う。それが困難ならば、総定員規制のほうがもっともな政策だと思う。

総定員規制は必ずしも設置拒否ではない。内わけを変えていくことはありうるし、わたしはやるべきだと思う。第1部でも述べたように、全国センターをつくり、国立公立・私立を問わず、全国センターと協力する形で教育を進めるべきだと思う。全国センターは、国立大学あるいは大学共同利用機関に置くのが適当だろう。獣医学コースをもつ国立大学は、獣医学コースの教員・設備を全国センターに奪われることを覚悟していただきたい。そうしないとその大学の獣医学教育もよくならない。

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規制緩和に関連して発達した特区という制度は、地域限定で規制緩和を試みて、うまくいけば全国に同様な規制緩和をひろげることをねらっている。ただし、試行錯誤的なところもあるので、うまくいかなかったと判断されれば、限定された地域だけの政策で終わることもあり、それは必ずしも特区政策の失敗ではない。

獣医学コースの場合はどうだろうか。もし、今治に獣医学コースをつくることがきっかけで、全国に多数の獣医学コースがつくられる状況をねらっているとすれば、規制緩和論の本道にのっているといえる。ただし、これは、2節で述べたように、獣医学コースが頻繁に設立されたり廃止されたりし、卒業生の就職の見通しも乱高下しうる、という事態を望ましいとみなしていることにあたると思う。

現実には、教員適任者が限られているので (また、教育コースの総定員がふえれば学生の就職見通しがきびしくなるので)、獣医学コースがひとつふえることは、むしろ他の大学が獣医学コースをつくろうとする意欲をそぐようだ。このような状況は、特区制度を適用するべきではなかった状況だと思う。(ただし、わたしは、すでになされた特区に関する行政判断が無効だと主張するつもりはない。)

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限られた情報にもとづく心証にすぎないが、この件で、権力をもつ政治家が、親しい人の企画が実現に向かうように、政治倫理的な意味でまずい行動をとった可能性はかなり高いと、わたしは思っている。しかし、汚職と言えるかはむずかしいところだと思う。

政治家がその職務権限に関する政策の利害関係者から便宜供与を受けること(収賄やそのなかま)と、政治家が公金を私的目的に流用すること(横領やそのなかま)は、事実ならば、違法だろう。

他方、政治家が、支持者が望む政策を実行し、その見返りに政治家としての地位を確立したり名声を得たりすることは、政治家として当然の活動だ。支持者のうち特定少数の人の希望にそう政策を実行することは、民主主義国の政治家として望ましいことではないが、違法行為としてとがめるのはむずかしいと思う。支持者ではあるが特定少数に含まれなかった人たちが「その政策を続けるならば支持をやめる」という態度をとることによって、政治家の態度が変わるなり、退任や政権交代が起きるなりして、政策が変わっていくという、(法的でなく)政治的過程に期待する(しかないような気がする)。

2017-07-19

講演会 「気候モデルは温暖化対策にどう貢献するか」(2017-08-07、東京・新橋)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

2017年8月7日(月)、東京・新橋のヤクルトホールで、 海洋研究開発機構主催の講演会 「気候モデルは温暖化対策にどう貢献するか」があります。 詳しくは http://www.jamstec.go.jp/j/pr/event/earth-env2017/ をごらんください。

2017-07-13

「井伊直虎」の現実み

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

この記事はわたし個人的覚え書きで、専門的知識を提供しようとするものでも、意見を主張するものでもありません。

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わたしはテレビドラマを見る習慣がない。今年のNHK大河ドラマ」の「おんな城主 直虎」は、わたしが少年時代をすごした地元の話題だから気にかかってはいるが、毎回見ているわけではない。ただし、Twitterを入り口として、ネット上でのその番組の評判をよく見ている。また、関連する話題のノンフィクションとして書かれた本をいくつか読んだ。

ネット上の論評のうち、とくに歴史学者が実名で書いているものには、ドラマ中のできごとはフィクションであって史実はそのとおりではなかっただろう、という指摘が多いように思われる。大河ドラマの場合、大きな時代設定は歴史学的知識と矛盾しないように注意していることが多いが、印象に残るのは細かい事件であることが多いから、ドラマの描写を事実と思いこまないようにという注意は、たしかに必要だろう。

しかし、「直虎」の場合、歴史を趣味とする人のうちでも近ごろの歴史学の研究をよく知っているらしい人の発言のうちに、(個別のできごとが史実であるとは言えないけれども) 戦国時代の社会がよく描かれており、その時代に起きそうなことが起きているという意味で、かなり「現実的」なドラマだ、という指摘があいついでいた。わたしが見ている範囲が限られているので、これが公平な評価かどうかはわからないが。

フィクションの現実みについて、考えさせられている。

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16世紀の井伊家は、遠江の国のうちの引佐(いなさ)地方の国衆(くにしゅう、大名よりは小規模の領地を支配する武士)だった。駿河に本拠をおく大名の今川氏に対して従属的だったが、完全に従属しているわけではなく、独立した経営体である面もあった。(ネット上のだれかの現代とのアナロジーで言えば、大企業「今川」のグループ企業だったが、完全子会社ではなかった。)

大石(2016)の本によれば、「次郎法師」や「次郎直虎」と呼ばれた人がいて、井伊家を代表して行動したことは確かだ。1564-68 (永禄7-11)年に、次郎法師の名の文書、1568年のひとつに「次郎直虎」の署名がある。しかし「次郎法師」が女だったという記述が現われるのは1730 (享保15)年に書かれた「井伊家伝記」という文書がはじめてで、「伝記」で「次郎法師」とされた人が亡くなってから148年後だ。ドラマの脚本は「伝記」に書かれたことを史実とみなしてつくられているようだが、それは確かでないのだ。

そして、鈴木(2017)の本でも、別の歴史学者がネット上に書いていたのを見ても、「次郎法師」の「法師」は、仏門にいたことを意味するのではなく、幼い男の子の呼び名だった可能性が高いそうだ。「直虎」が同一人物だとすれば、そのころようやく元服したのだろう。どんな血筋の人だったかについてはいろいろな説があるようだが、ともかく、歴史学的な考証からは、「直虎」が女性だった可能性は低いらしい。そうだとすると、ドラマの想定は、主要人物に関するかぎり、ほとんど事実に反する虚構ということになる。

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しかし、大石(2016)などによれば、当時の武家の状況では、女が当主になったとは考えがたいが、幼い当主の母などが当主代行者として文書に署名していることはある。ドラマにも出てくる今川家の寿桂尼(義元の母、氏真の祖母)は確かにそうだった。

だから、井伊家でも、幼い当主の後見人の立場で、一族の女性が経営判断をする、というのは、事実ではなかったとしても、事情が少しちがっていたら起こりえたことだ。そういう意味では、このドラマの想定は、現実的だとも言える。

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戦国時代を扱ったドラマでは、戦闘の場面がおもになるものも多かった。しかし、「直虎」の場合は、もちろん戦闘の話題はあるのだが、その場面は簡単で、主人公の身近な人が死んだりとらわれたりするという形での影響だけが大きく扱われているようだ。主人公を女性とした設定だからそうなったのかもしれない。

これまでのところ重視されているのは領国の経営だと思う。農民、商人、今川家の要求が複雑にからんだ問題が出てくる。これは、現実に残っている「次郎法師」や直虎の名まえのある文書の大部分が徳政令に関するものであり、ドラマでもそれを扱わなければならないという事情もあるだろう。

それだけでなく、地域住民の生活と井伊家の財政を成り立たせるための、産業振興の活動も出てくる。綿花栽培して売ることとか、森の木を切り出して売ることなどだ。このあたりは、必ずしも井伊家あるいは引佐地域に関する事実の考証ではないけれども、この時代の中部日本の産業・経済の状況をおさえて表現しているらしい。浜名湖に面した気賀の港町の描写はありえないほど大都会扱いされているようだけれども、井伊谷から外の世界につながる窓口としての期待を含めたイメージの描写だとすればもっともな気もする。

史実に忠実かどうかとは別の意味で、その時代に起こりえたことのアンサンブルのメンバー[この表現は近ごろの気象や気候シミュレーション関係者の方言なので他の人に通じないと思うが、もっと広く通じる表現をすぐに思いつかないので仮に入れておく]を現実的に描写するということがありうるのだと思う。実際の大河ドラマがそれに成功しているかどうかはわたしには判断できないが。

文献

国籍というやっかいな問題

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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2017年7月、(日本の)民進党代表の蓮舫氏に対して、(わたしから見ると、あきれたことに)民進党内部から、「戸籍の情報を開示せよ」という要求があるそうだ。1年前の「二重国籍ではないか」という疑惑が消えていないらしい。それにしても、戸籍を見たところで、いつ正式に日本国籍の人になったかはわかるだろうが、二重国籍の時期があったかどうかの情報はないはずだ。そして、この件にかぎらずに言えば、戸籍は、必要以上に個人情報を含んでいるので(本籍地を変えることはできるが変更の履歴が見えるので)、出身地などによる差別に使われることがあった。その反省から、今の日本社会ではむやみに戸籍情報を要求しない習慣ができている。公職選挙では立候補の際に被選挙権があることの確認のために選挙管理委員会に戸籍情報を提出しているはずで、それがすんでいる人についてはそれでじゅうぶんなはずだ。

戸籍の制度は、日本国憲法のもとで改造されてはいるものの、「家」制度を重視する明治体制でつくられたものをひきついでしまった。現代の人権のたちばからは、これは廃止するべきだという主張のほうが筋がとおっていると思う。しかし、これからも、国民各人が国民であることを証明できるなんらかの公的な登録システムは必要だろう。そして、それに、これまでの戸籍の情報を引き継ぐことはたぶん必要だろう。まずは、戸籍制度はそのままでも、役所が「戸籍謄本」や「戸籍抄本」よりも単純な「この人には戸籍がある」という情報だけの公式な証明書を出せるようにして、個人の身分証明はそれでよいということにするべきだろう。(同姓同名の人の区別や、名まえを変えた人の同一証明などのために、どれだけの情報を書きこむべきかという制度設計の問題はあるが。)

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ここからは、1年ちかくまえの2016年9月に、蓮舫氏が二重国籍ではないかと疑う言説に関連して出てきたいろいろな議論を受けて考えたのだが、そのときはブログ記事として出すにいたらなかった内容だ。まず、一般的に、国籍に関する問題、とくに無国籍と二重国籍について考えたことを書く。そのあとで、蓮舫氏の事例を知って考えさせられたことを書く。あとのほうも、言いたいことは蓮舫氏についてではなく、われわれは国籍にどうかかわっていったらよいのだろうかという問題だ。

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19世紀以来、世界の人が住める土地は、国民国家によって分割されてきた。今では、国籍は、人の属性として、年齢(成人か子どもか)、性別とともに、圧倒的に重要だ。(昔は国民のうちでも出身階級や民族によって身分が分かれていたり、同じ国家の領土でも本国と植民地とで住民の身分がちがっていたりしたこともあるが、そのような構造は、だんだん少なくなっている。)

今の世界で生きていく人にとって、国籍をもたないことは、国境を越えた移動や、就職などに、非常に不利になる。たとえば、無国籍者として育ち(今は日本国籍だが)、無国籍者の問題の専門家となった、陳天璽さんの話(2004年) 「無国籍者として生きるとは」http://www.taminzoku.com/news/kouen/kou0406_chin.html にあらわれている。

もし、国籍の制度が世界で統一されていたら、無国籍者をなくすのは簡単かもしれない。実際には、国民国家の制度はいっせいにつくられたわけではなく、それぞれ個別に発達してきたので、国籍の制度は統一されていない。血統主義のところもあれば、出生地主義のところもあり、そういう意味での原則は同じうちでも、個別の制度は一致していない。

ようやく最近、無国籍の状態は人権上まずいことだと認識され、各国の政策は無国籍者を減らす方向に向かっていると思う。

しかし、日本では、無国籍者の実態を国がよく把握していないうえに、(陳さんの例を見ると)日本国籍を申請しても、ややこしい条件がつけられることがよくあるようだ。

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多重国籍(二重で代表させる)は、人権上は、無国籍ほどまずいことではない。しかし、国の政権の側から見れば、自国民でもあり他国民でもある人は扱いにくい。自国民についてと外国人について別々の権利・義務を設定しているとき、どちらを適用したらよいのかが定まらないと困るのだ。そこで、政権は、多重国籍が生じることを防ごうとすることが多い。ただし、それをどのくらい強くやるかは、国によってちがう。

日本の制度は、多重国籍を防ごうとする意志を強く反映している。自分の意志で日本国籍をとる(「帰化する」というのはこのことをさすが、国家のほかに民族に関する含みのある表現なので、ここではなるべく使わないことにする)ことが認められた人には、他の国籍を離脱することが期待される。また、日本人の子が、出生地主義をとる国で生まれると、子どものあいだは両方の国籍を(暫定的に)もつことができるが、成人になった際(正確には年齢の規定が他の法律の成人年齢とはちがうのだが、ここでは大まかな構造を示すためにわざとこのように書く)に、どちらかを選ぶことが求められ、日本国籍を選んだ場合は、他の国籍を離脱することが期待される。ここで「期待される」と書いたのは、もうひとつの国が、国籍の離脱を認めない場合があるからだ。法律的に正しい表現かどうか未確認だが、他の国籍を離脱することは、「努力義務」であって「義務」ではない、のだそうだ。

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日本の国籍法は、ながらく父系主義だったが、1984年改正(1985年施行)で父母両系主義に変わった。

これは、男女同権の思想の徹底という意味もあるが、父系主義のもとで、出生地主義をとる国の夫と日本人の妻のあいだに日本で生まれた子が無国籍になってしまうという問題への対処という意義が大きかった。

ただし、この問題が指摘されてから法改正までに大きな遅れがあったのは、日本に父系主義の固定観念が根強かったというよりはむしろ、日本の行政が二重国籍を避けることを無国籍を避けることよりも重視してきたからだと、わたしは思う。父母両系を認めることは、一方だけの場合よりも、二重国籍が生じる可能性がふえることになる。それよりも無国籍が生じる可能性を減らすことのほうが重要だという認識が確立するまでに、時間がかかったのだと思う。

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ここから、事例として、蓮舫氏の場合を論じる (この節はほぼ2016年9月に書いたままである)。

蓮舫氏は、1967年生まれで、父は中華民国籍、母は日本国籍だった。当時の法律に従って、蓮舫氏は中華民国籍となった。そして、日本の改正された国籍法が施行された1985年に、日本国籍を選択した。法改正の際の経過措置として、もし生まれたときに新法が施行されていれば日本国籍を持てる立場の未成年の人は、(いわゆる帰化の審査を受ける必要はなく)日本国籍を得ることができたのだ。

(なお、陳天璽氏は両親とももと中華民国籍だったので、事情がちがう。)

蓮舫氏の記憶によれば、そのとき、中華民国(台湾)の国籍を離脱する手続きをした。ただし、詳しいことは、父親まかせだったので、記憶があやふやなところがある。手続きが完了していなかったとすれば、中華民国籍が残っていた可能性がある。これを「二重国籍の疑い」として問題にした人がいたのだった。

ただし、1972年以後の日本の法律によれば、「中華民国は国として認められていないので、中華民国籍があっても二重国籍でない」または「日本国は中華民国籍の外国人を中華人民共和国の人とみなし、中華人民共和国の法律では日本国籍を取得した人は中国籍を失ったとするので、日本国の法律上は二重国籍ではない」という理屈で、蓮舫氏が日本の法律上の二重国籍であることはありえない、という話もある(二つの理由づけが両立するかどうかは未確認)。

また、二重国籍であったとしても、それ自体は違法ではない。国会議員に立候補する条件として、日本国籍があることは必要だが、他の国籍があることによって排除されないことは、あとに述べる例で確認ずみだ。2016年に問題にされたのは、野党第一党である民進党の党首に立候補することが、総理大臣の座をねらうものだと考えられ、そういう立場の人が二重国籍であることは、(法的でなく政治的に)まずいのではないか、という理屈のようだ。

実際、いろいろな国で、国を代表する立場の元首や総理大臣など、あるいは外交官については、多重国籍が制限条件になることがある。多重国籍とは別の問題だが、アメリカ合衆国では、大統領は、いま国民であるだけでなく、生まれたときから国民であった人でなければならないという、特殊な条件をつけている。だから、たとえばドイツからの移住者であるキッシンジャー氏は大統領候補になれなかったのだ。(ただし、外務大臣に相当する国務長官になれたことにも注意。この特殊な条項が適用される職はごく限られているのだ。) オバマ大統領にも、「出生地がアメリカ国外であり、したがって大統領になる資格がない」という疑いがかけられた。これは否定する証拠が示されている。

しかし、日本の法律には、総理大臣を含む大臣や議員の二重国籍に関する制限はない(二重国籍が生じることを想定していないからかもしれないが)。

もし、蓮舫氏が、自覚しないまま二重国籍になっていたとしても、それは本人の落ち度ではないと思う。

また、蓮舫氏が「生まれたときから日本人」と言ったことがあるそうで、それは明らかにうそだ、として非難する人がいる。ただし、わたしから見ると、「日本人」は必ずしも日本国籍を意味しないと思う。日本の土地で、日本語を使って生活していたという意味ならば、うそではない。また、1985年からの国籍法が日本国憲法のもとであるべき国籍法だったと考えれば、蓮舫氏が生まれたときから日本国籍をもつことが可能であるべきだった、とも言える。さらに、蓮舫氏の父親は、かつて日本(大日本帝国)の国民であり、ただし、台湾の戸籍に属していたので、第2次大戦後の国家再編成で強制的に中華民国籍とされた、という事情がある。同じ事情にあって中国人あるいは台湾人と自認する人もいるだろうが、日本人と自認したとしても、変ではないのだ。

この件でいろいろな人の論評を読んだが、2016年9月の時点でいちばん参考になったのは、韓国人の韓東賢(はん・とんひょん)さんの「国籍唯一の原則」は現実的か?――蓮舫氏の「二重国籍」問題をめぐって(Yahooニュース(個人) 2016年9月8日)だった。

- 7 - (この節は2017年7月の書きおろし)

蓮舫氏の事例は、たんなる二重国籍の問題ではなく、次のような歴史上のややこしいことの組み合わせが、蓮舫氏に不利なように、働いていると思う。

  • 台湾はかつて日本帝国の植民地であった。
  • 第二次大戦敗戦処理で、旧日本国民の国籍は、本人の意向ではなく、日本帝国の戸籍によって決められた。本籍地が日本本土だった人は日本人となったが、台湾だった人は中国人とされた。
  • 日本が占領から独立した時点で、日本が承認する中国政府は中華民国政府で、それが台湾を実効支配していた。
  • 日本は1972年に、中華人民共和国政府を承認し、中華民国政府への承認を取り消した。日本と台湾との関係は民間のものとなった。
  • 1984年までの日本の国籍法は父系主義だった。

日本の公人(国会議員)に、今の日本が政府と認めていない「中華民国政府」がかかわる問題についてたずねたら、たとえ事実関係はわかっていてもどう答えるのが正当かの判断に苦しむのが当然であり、蓮舫氏の答えがゆれたのをとがめるべきではないと思う。

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政治家の二重国籍問題といえば、アルベルト フジモリ氏の事例がある。フジモリ氏は、ペルー大統領在任中の2000年、日本に来て、大統領を辞任した。ペルーの司法長官が、大統領在任中のゲリラ射殺命令を人道に反する犯罪として起訴し、ペルーが日本に引き渡しを求めた。日本は、フジモリ氏の日本国籍をもつという主張を認め、引き渡さなかった。(のち2007年に、当時滞在していたチリが引き渡し、ペルーで裁判を受けることになった。)

フジモリ氏は日本(血統主義)国籍をもつ両親のあいだにペルー(出生地主義)で生まれたので、もともと二重国籍をもっており、たまたま、日本の国籍法でどちらかを選ぶことをせまられる立場に置かれずにきたのだった。

さらに、フジモリ氏は2007年に日本の参議院選挙に(比例代表政党名簿にのる形で)立候補した。当選はしなかった。立候補の際に、日本の選挙管理委員会は、日本国籍があればよいとして、二重国籍を問題にしなかった。

フジモリ氏を訴追した2000年以後のペルーの立場から見て、国の重要な立場の人が二重国籍を利用するのはけしからんというのはわかる。日本がそのときのペルーと同様な立場になる場合を想定すれば、日本の総理大臣が二重国籍であってはいけないという法規定はなくても、政治判断として二重国籍の人を選出しないようにするべきだという主張は、(わたしは賛成反対を保留するが)もっともなところがある。しかし、国によっては、国籍を離脱するしくみがないところもある。そういうところを含む二重国籍の人が公職につくのを制限するのは不当だろう。本人が第二の国籍を利用する意志がないことの確認でよいとすべきだろうと思う。(その意味では、2016年8月の時点の蓮舫氏は、二重国籍でないことの証明はできていなかったかもしれないが、二重国籍を利用しない意志は示していたので、合格だと思う。)

さて、奇妙なのは、蓮舫氏の二重国籍(の疑い)を非難する人のうちに、フジモリ氏の二重国籍を支持した人が多いと見うけられることだ。この組み合わせは、一貫した道理で説明できないと思う。フジモリ氏の政治傾向は好きだが蓮舫氏の政治傾向は嫌いだという感情か、日本民族が他国の政治を動かすのは好きだが他民族が日本の政治を動かすのは嫌いだという感情のあらわれだろうと、推測する。

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蓮舫氏については、名まえが「日本人らしくない」と感じられることが、強みとなっている面もあるが、非難されやすい原因をつくっている面もあると思う。

ここから、この記事の本論からは離れるのだが、日本語の文字づかいに関心をもちつづけている者として、指摘できることがある。

「舫」という字を含む名まえは、蓮舫氏と同じ世代で生まれたときから日本人として登録された人には(戸籍上の名としては)ありえないはずなのだ。(第二次大戦前・戦中に生まれた人ならばありうるのだが)。そのことが「日本人らしくない名まえ」という印象を強めていると思う。

日本では、1947年の戸籍法改正で名まえに使える漢字は「当用漢字表」の範囲とされた。(これは「姓名」の「名」のほうであり、「姓」の字は制限されていない。) 1951年に、「人名用漢字」とよばれる別表が追加された。その後、なん段階かにわたって、使える字がふやされている。

1967年に日本人として出生届けがだされたのならば、「舫」の字を含む名まえは認められなかったはずだ。外国人が日本国籍を取得した場合も、(ひとまずWikipedia「人名用漢字」の項によれば) 2008年の国籍法改正のまえは漢字の制限が適用されていたそうだが、1985年の蓮舫氏の場合は、日本の法律の是正にともなう国籍取得だったので、すでに本人が使っている字を使いつづけるのを認めるという判断がされたのだと思う。

2017-07-10

日本政府は緊縮でない政策をとってほしいが、安倍内閣を支持はしない。

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

この記事は、わたし個人として社会に対して意見を述べるものです。わたしは財政や経済に関してはしろうととして発言します。地球の環境や天然資源が(人間社会に対する制約条件として)かかわることについては(その主題の狭い意味の研究者ではないが)専門知識をもつ者として発言することがあります。

書いてみて、政策や経済に関する認識の根拠が、しろうとが書くものとしても、あやふやなことが多いことを反省しています。これから気づいたら補足・修正しますが、残念ながら必ず補足・修正すると約束はできないことをおことわりしておきます。

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現安倍内閣[注1]が政権についてから、わたしは、ネット上で(Twitterでわたしがたまたまフォローしている人びとに視野が偏っている可能性はあるが)、次のかこみ(引用ではなく、わたしが構成した表現)のような議論をたびたび見る。

現安倍内閣の経済政策(いわゆる「アベノミクス」[注2])は景気をよくした。安倍総理がやめた場合、後任の候補となる人をみわたすと、自民党の他の政治家にしても、野党の政治家にしても、本人が緊縮志向であるか、緊縮志向の財務省に対して強く出られないかのいずれかで、経済政策は緊縮となり、景気が悪くなるだろう。他の方面の政策に不満があっても、安倍総理に続けさせるべきだ。

  • [注1] 2014年衆議院議員選挙で切って「第2次」「第3次」とするのは煩雑になるので、2012年12月から現在までの安倍内閣を「現安倍内閣」と呼ぶことにする。2006年9月から2007年9月までの安倍内閣にふれる必要がある場合は「第1次安倍内閣」と呼ぶ。
  • [注2] 「アベノミクス」という語は、かこみのような議論に出てくる語として入れておいた。わたしは自分の議論で使うつもりはないし、この語の意味を論じることもしないことにする。

ひとまず「景気」という軽いことばを使ったが、「景気が悪い」ことは、失業者が多いことであり、貧困によって死ぬ人もふえるだろうし、自殺もおそらくふえるだろう、という理屈で、(特定のあいてに向けてではなく個人の感情をはきだす場面では)「『安倍やめろ』と言う連中は人殺しだ」というような発言(これも引用ではなくあやふやな記憶からの再構成だが)さえ見かけた。

わたしはそういう発言に賛同しないが、安倍さんの政治信条に賛同する人からそういう発言が出てくるのならば、なりゆきとしてはわかる。ところが、安倍総理の憲法改正論(戦力の件、緊急事態条項の件、家族の件などいずれでも)や、安倍内閣の教育政策(たとえば道徳教科書の件)に対しては全面的に反対であり、自分はどちらかといえば左翼だと言いながら、緊縮政策はだめだから安倍さんに続けてもらうしかないのだ、と主張する人もいる。これはねじれすぎだと思う。

緊縮政策がいけないかどうかについては、わたしは、「緊縮政策」の意味を分けて考える必要があると思う。そのうちある意味では、わたしも、緊縮でない政策をとる必要があると思う。ただし、現安倍内閣の政策も、ある意味で緊縮であり、それを続けるのはまずいと思う。緊縮でない政策をとなえる総理候補が、もしまだいないのならば、総理になりうる政治家だれかを説得して、そうなってもらわなければいけないと思う。

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「緊縮政策」とか「緊縮財政」とかいう表現は、大きくわけて、国の統治機構[注1][注2]に関する政策の話題の場合と、国民経済[注3]に関する政策の話題の場合がある。

  • [注1] 立法行政司法のための国の組織をあわせてこのように表現した。お金を使うという面での大部分は行政機構である。
  • [注2] 中央銀行(日本では日銀)をこれに含める立場と含めない立場がありうる。定量的議論ではどちらの立場をとるかを明確にしないといけない。
  • [注3] これはほぼ、日本で生活する人や日本で事業をおこなう企業の所得をもたらす経済活動の全体をさしている。日本国籍をもつ人という意味の「国民」とは直接関係ない。(厳密な定義をしようとすると、複数の国にまたがった事業の扱いについていろいろと決めないといけないだろうが、ここではそれに立ち入らない。)

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国の統治機構に関する緊縮財政論の基本は、「小さい政府主義だと思う。

統治機構の機能を必要最小限にしぼりこむ。歳出が少なくなるから、歳入も少なくてよい。税金が安くなるので、国民の幸福がます、という理屈だ。

(1980年ごろから?) 資本主義企業の自由を基本とする政治思想(いわゆる「新自由主義」)の人びとが、実際の政治を動かすことが多くなっている。彼らは、少なくともおもてむき、小さい政府主義を主張する。(軍備や原子力などの面では政府の大きな支出を期待する人びともまじっているが)。企業が利潤をあげて、国民経済や世界経済の規模が拡大することが、よいことであり、政策の目標にすべきだと考える。社会に必要な仕事も、できるかぎり民間企業にやらせる。そのために、公益事業の民営化や、規制緩和を主張する。国の主要機能は企業が自由に活動できる社会環境を維持することだと考える。そのために国には税収が必要だが、社会の状態が企業がもうかるようなものならば税率は低くてよく、税率を低くすることが企業活動を促進するとして、減税を主張することが多い。

これに対する、いわば「大きい政府」主義も、どんな方面の支出を期待するかによって、さまざまなものがありうる。

「新自由主義」に対する、左翼、平等主義者、社会主義者などからの「反緊縮」論は、相対的には「大きな政府」主義に位置づけられるだろう。自由放任の市場では、富は集中しがちだ。実際は、大きな富をもつ資本家や企業が政府に影響を与えていて理想的に自由ではないが、それは富をますます集中させがちだ。経済全体の規模拡大は、貧しい人にとって、また多数の庶民にとって、自動的には得にならない。意識的な再分配政策が必要だ。また、貧しい人が教育や医療を受けられるようにすることや、貧しい地域でも安全に生活できるようにすることなどの、公共サービスも必要だ。公共部門は、小さくしすぎてはいけない (むだをはぶくべきではあるが)。(公共部門は、国、地方自治体などを含む。)

春日 匠さんが、ブログ「天使もトラバるを恐れるところ」の2017年6月22日の記事「その反緊縮とあの反緊縮は一緒ですか!? 」 http://blog.talktank.net/2017/06/blog-post.html で述べているように、欧米の左翼の政策論は、このような意味での「反緊縮」が主流になっている。

ところが、日本では、左翼も、緊縮政策(ここでいう「小さい政府」政策)を主張し、「新自由主義」的政策に同調してしまうことが多い。

そうなってしまったのはなぜか?

  • 「革新」による「保守」政治への批判のうちでは、金持ち・大企業に利益をもたらすような政府事業をやめるべきだという批判が主となりやすく、「保守」からとは対象がちがうものの、「政治のむだをはぶく」という方向は共通になってしまったのか?
  • (「革新」「保守」を問わず) 政治家の行動について、(公金流用にせよ、賄賂にせよ)私腹をこやすことが悪いとされ、清貧がよいとされがちだからか? ... 田沼時代が悪いとされ寛政の改革がよいとされるような(この件については反対論も聞かれはするが)、日本のむかしから支配的な価値観なのか?
  • (「革新」「保守」を問わず、自分たちが国から得るサービスのことはあまり考えずに) 税金は安ければ安いほどよいというとらえかたが支配的なのだろうか?

この件ではわたしも春日さんに賛成で、日本にも欧米に見られるような反緊縮論の政策が必要だと思う。

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日本では、国の統治機構に関する緊縮財政論として、もうひとつ、財務省の態度に由来するらしいものがある。わたしは仮に「財産管理主義」と呼んでおく。

増税や支出削減の必要性を主張する政府広報などで、国の財政を、家計や商店の会計にたとえてとらえるものがある。経済学者のうちには、それは大まちがいだという人もいる。わたしは、一面ではもっともだが、一面にすぎないと思う。

国(統治機構)の収支を考えるとき、借金は収入とはいいがたいので、歳入から新規の国債を、歳出から国債の償還をはずして、黒字・赤字を考える。赤字だと、国債がふえていくことになる。国債がふえるのはこわいことだ。

(確かに、国が(経済の意味で)信用をなくし、国債でお金を借りられなくなるとすれば、破綻であり、国が債権者に支配されてしまうおそれさえあるので、この心配は、まったくの杞憂ではないと思う。しかし、国にはときには借金をしても政策を実現するために事業をやるべきこともあるし、国民(など)から税金を徴収する権限がゆらがないのならば、それを信用の根拠として借金をすることはできると思う。国債をふやさないことは絶対的制約ではなく、国に対する他の要請とトレードオフ関係になりうる複数の要請のひとつとみるべきなのだと思う。)

国債がふえないためには、国の収支が黒字であるべきだ。現状が赤字ならば、税収をふやすか、支出をけずらなければならない。

そこで、財務省は、国の支出に関しては、必要性があきらかなものでも、けずれる可能性を考える。どの省庁も、財務省からけずられずにすむ(または新規に認められる)名目が立つような要求する。(そこからの必然ではなく、現在の官庁のもつ文化がかかわると思うが) 継続すべき事業が維持されず、5年くらいの時限の事業ばかりがふえる傾向が生じていると思う。

税収に関しては、財産管理主義のもとで安全側に考えると、税率をあげるべきだという判断に傾きやすい。たとえば所得税ならば、国民の所得がふえれば、税率をあげなくても、国の税収はふえるのだが、所得がふえることは確実ではないから、税率を低くしておくのはリスクの高い政策であり、財務省(のうちの財産管理主義で動いている部分)がそれを採用するのは、権限をもった政治家から、財産管理よりも優先される目標(たとえば経済成長)のために税率を低くしておくことを強制された場合にかぎられると思う。

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国民経済にかかわる政策では、経済成長がよいこととされ、具体的には、GDP成長率が高いのがよいとされることが多い。

わたしはそれに賛成しない。「景気」がよいということは、まず、失業者や貧困の状態にある人が少ないことだと思う。それを実現するためには、経済全体の成長よりも、富または所得の再分配のほうが重要だろう。再分配は富全体に制約されることは確かだ。しかし、経済全体の成長も、資源・環境の限界に制約される 【この議論はわたしのブログのほかの記事で扱うのでここでは簡単にしておく】。資源消費量をふやさずに富の生産をふやすようなイノベーションはありうるかもしれないが、あてになるものではない。

「失業者を減らすためには経済成長率をあげる必要がある」というのはこれまでの経験則としては正しいのかもしれない。そうならば、社会のほうをその経験則にしたがわないように変えていかなければならないと思う。

そのために、たとえば、政策的な雇用再分配政策 (少人数の長時間雇用よりも多人数の短時間雇用が雇い主にとっても有利になるようにすること)、あるいは、ベーシックインカム政策(ここでの意義は、職がない状態は必ずしも悪くないとすること)、などを実現に向けて考えるべきだと思う。

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国民経済に影響をおよぼす政策としては、財政政策と金融政策がある。

ここでいう財政政策とは、国の支出を、国民経済への影響を(も)ねらってすることだ。

直接に経済成長をめざした政府の事業も、原理的にはありうる。しかし実際に計画するのはむずかしいと思う。(近ごろの日本の「科学技術イノベーション政策」では、経済成長に寄与する研究計画にお金をつけたがっているけれども、研究を始める前に予想するのは賭けのようなものだ。)

国民経済に流通するお金をふやすことを主要目的のひとつとして政府支出をする公共事業もありうる。ニューディールはそういうものだったのだろう。

景気をよくすることを、経済成長ではなく、貧困や失業を減らすことだととらえれば、社会福祉、教育(を受ける権利の保障)、社会インフラの維持、知的公共財の維持などは、景気対策のための公共事業とみなすこともできるだろう。そこにさらに、再分配を意図した仕事も追加すべきだと思う。

公共事業には、新しい社会インフラの建設や、先端的科学技術研究、などもある。そういうものの需要は無限に大きくなりうるが、それに見合った供給は不可能だ。金額規模の上限は、財政政策のほうの観点から決まるのかもしれない。それで実際に何をやるかは、課題別に、大きな不確かさを考慮したうえでのリスク・便益評価をして決めるべきだろう。

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わたしは金融政策についてはよくわからない。今のところ、およそ次のように理解している。

金融政策は、国民経済にお金を流通させる(その量を調節する)ことだ。

お金をふやしただけで、実質的な富が変わらないならば、通貨の実質価値が下がるだけで、インフレだ。すでに通貨を持っている人から実質的な富をうばうことになる (それをどこかに再配分する効果はあるが)。もし、結果として実質的な富をもふやすことができれば、インフレにならないですむかもしれない。

流通するお金の量を変える手段としては、金利を変えることと、通貨(多くは中央銀行券)の発行量を変えることがある。

金利を下げれば、流通している通貨はふえるだろう。これがふつう「金融緩和」といわれる。中央銀行が民間銀行に貸し出す金利を下げるのが基本だが、これは、もし中央銀行の財産管理の立場で考えれば、まずいことをやっていることになる。強い金融緩和は、中央銀行の利害ではなく国民経済の立場で考えてはじめて出てくる政策だろう。(中央銀行に利子収入がなくてよいならば) ゼロ金利までは緩和できるが、それ以上の緩和は、もしできるとしても、利子率ではなくもっと技巧的な方法を必要とする。

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わたしはインフレは悪いことだという印象をもって育った。第2次大戦後に物価が急に上がり貯金のねうちがなくなったという話をきいて、ひどいことだと思った。1960年代も、毎年のように電車賃や文房具代などが上がった。収入(給料など)が物価と同様に上がってくれる保証がないので、物価値上がりは悪いことだと感じられた。物価が上がらない世のなかが理想のように感じられた。

しかし、その後、不景気は失業がふえてよくないが、デフレは不景気、インフレは好景気と共存しやすい、ということも学んだ。もし、インフレ・デフレから景気への向きの因果関係があるならば、国の政策として、デフレを避けるべきであり、適度なインフレ(たとえば物価上昇率 2%/年)を目標とするべきだ、というのは、理屈ではわかる。もっとも、さらにその後、インフレで不景気という状態もときには起こり、「スタグフレーション」と呼ばれた。インフレ目標をまもれても景気目標が満たされるとはかぎらないのだ。

国の政策として「適度な」インフレが目標とされるのは、国民経済への貨幣供給よりも、国(統治機構)の財産管理のほうからの要請ではないだろうか? (自国通貨だての)国債がある場合、インフレならば返しやすくなるが、デフレだと返しにくくなる。(激しすぎるインフレでは国債の借り手がなくなる。)

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安倍政権の時期には、2009-2012年の民主党政権の時期よりも、景気がよい、という評判だ。GDP成長率は高めであり、失業率は低めだ。雇用がふえたのはパートタイムばかりではないかという疑問にこたえて調べたところでは、常勤雇用もふえているそうだ (わたしは出典を確認していないが)。学生の就職の求人もふえているそうだ。

ただし、2015年ごろまではよかったが、その後は停滞している、という評価もあるそうだ(これも未確認だが)。

しかし、この景気のよさは、現安倍内閣の経済政策がよかったことに由来すると言えるのだろうか。わたしは、そうでないと主張するわけではないが、いくつか、疑問に思うことがある。

  • 民主党政権が始まった2009年はいわゆる「リーマンショック」の世界不況の直後だった。また日本では2011年東日本大震災原子力発電所事故があった。現安倍内閣の時期はそのような困難が薄れてきた時期なので、日本の政策がどうあろうが景気はよくなる可能性が高かったのではないか?
  • 金融政策はおもに日銀が決めている。内閣のリーダーシップは、日銀総裁を交代させたという点ではあったと思うが、それだけのことではないか?
  • 消費税の10%へのひきあげを、野田佳彦総理は必ずやると言った。安倍総理は無期限に延期した。このちがいは2012年の衆議院選挙結果には影響したようだ。しかし、とりやめでなく延期だったところから見ても、この件の政策が明確にちがっていたのではなく、数量判断が少しちがっただけではないか?

また、現安倍内閣の税制政策は富んだ人びとに有利なものであり、再分配に向かっていない。社会保障(たとえば生活保護)の基準をきびしくしたことで、貧困は強まったという話もある。

「緊縮」でないとともに再分配を重視した政策への転換が必要であり、それができる政治指導者を早くみつける必要があると思う。

(減税や「増税をしないこと」を最大の争点とすると「小さい政府」論者が勝ってしまう。まず再分配政策の給付やサービス提供を提案して賛同を得て、そのために税収が必要なことを納得してもらう、というような努力が必要だろう。)