Hatena::ブログ(Diary)

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2018-04-14

火山噴火が地域規模の天候・環境におよぼす影響という問題

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

火山噴火が世界規模(「全球規模」も同じ)の天候におよぼす影響について、その表題の[2015-11-01の記事]では、重要なのは成層圏に達したエーロゾル(おもに硫酸液滴)だと書いた。

その記事では、「火山灰が太陽光をさえぎる」ことも、「地域規模(千kmくらいまで)、短期間(噴火継続中から数日後まで)の天候に対して起こる影響としては、... もっともだ」と書いた。このとき、世界規模の影響と地域規模の影響とは、規模のギャップがある別々の現象だと考えていた。

しかしその後、[2018-03-23の記事]でふれたテレビ番組で、1783年アイスランドのLaki火山の噴火のとき、フランスのパリなどで、霧が多く、そのうちには有毒なものもあった、という話を聞いた。これは、アイスランドの火山噴出物に由来するエーロゾルが、おそらく対流圏の空気の流れによって、4千kmほど離れたフランスまで運ばれたということにちがいない。その物質のうちには岩石片(火山灰)も少しはあっただろうが、おもに硫酸だったかと思う。この状態は数か月続いたそうだが、噴火自体が続いたので、影響が起こった期間は前に述べたのと同様「噴火継続中から数日後まで」でよいのだろうと思う。

1783年には日本の浅間山の噴火もあった。火山噴火の規模としてはLakiのほうが大きいので、このときの世界規模への天候への影響にとっては浅間山は重要ではなさそうだ。しかし浅間山の風下数千kmの地域の天候にとっては、浅間山の噴火の影響も無視できないだろう。

Wood (2014) "Tambora" の本[読書メモ]は、1815年4月10日に起きたインドネシアのTambora火山の噴火の影響であると考えられること(影響だと論証されたわけではない)をたくさんあげている。その多くは世界規模の影響だが、第4章の話題のうち、1815年4月下旬にインドのマドラス(今のチェンナイ)を含む地方で異常低温が出た、というのは、やはり、火山から対流圏の風によってはこばれたエーロゾルによって地上に達する日射量が減ったのだと思う。エーロゾルが直接太陽放射をさえぎったことなのか、雲を変化させることによる間接的なものだったのか、などは、まだわからない。

ともかく、火山噴火が水平数千kmの規模で天候におよぼす影響という問題があり、その中間項はおそらく対流圏に不均一にひろがるエーロゾルだろう、と思う。同時に、エーロゾルや、二酸化硫黄などの気体成分による、人体や生物への影響もあるだろう。

【この空間規模をなんと呼ぶかはむずかしい。気象学の用語としては、空間規模数千kmは、総観規模(synoptic scale)だが、この用語は温帯低気圧という現象に結びついているところがあり、エーロゾルの輸送とそれがおよぼす影響の議論には適しないかもしれない。他方、気象・気候の数値モデルについては、全世界を対象とする全球(global)モデルと対比して、それより少しでも小さな領域を対象とするものは領域(regional)モデルと言ってしまうことが多い。IPCCの報告書の気候がおよぼす影響(impact)に関する記述でも、アジアをひとつの地域(region)とみなすような用語づかいをしていることがある。しかし、そのほか多くの専門の人も、しろうとも、「地域」ということばから、(たとえば)日本の国よりも小さな空間の広がりをもつ地域を思いうかべることが多いだろう。ひとまず「地域規模」という用語をここまで広げることにするが、もっとよい表現があったら変えたい。】

このような現象の解明は研究課題になりうると思う。そして、将来ありうる噴火にそなえるのに役だつという効用もあると思う。ただし、過去のエーロゾルの分布や、生物や人間への影響の証拠が、残っているとはかぎらない。因果関係を解明できるとしたら、運よく証拠が残っていて、それを丹念に集めて、複数の専門の人が関心をもっていっしょに検討することができた場合だと思う。

2018-04-06

「ホッケースティック曲線」をめぐる話題の整理

【この記事は まだ 書きかえることがあります。 どこをいつ書きかえたか、必ずしも示しません。】

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しばらくぶりに「ホッケースティック曲線」(hockey stick curve)ということばを見たので、気候変動や地球環境問題に関連してこのことばを使うことについての考えを示しておく必要を感じた。

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もともとのホッケースティックはスポーツ用具で、人が手に持って、ホッケーでは球を、アイスホッケーでは「パック」を打つのに使うものだ。ここで重要なのはその大まかな形で、長いまっすぐな棒(軸)のさきのほうに、軸とはほぼ直角に、短い板のようなもの(英語ではbladeだが日本語では「刃」ではなく「へら」というようだ)がついている。

気候や地球環境の話で出てくるのは、横軸に時間、縦軸に何かの数量をとったグラフだ。現在に至る(たとえば)千年間の何かの数量の変化を見ると、そのうち大部分の期間では数量はほぼ一定で、最後の(たとえば)百年ほどのあいだに数量が急上昇(または急下降)している。そのグラフの形を形容するのにホッケースティックという表現が使われたわけだ。

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産業革命[このことばの意味も不明確だがここではあえてそのまま使う]以来、世界の人間が全体として動かす物質やエネルギーの量は、それよりも前に比べて飛躍的にふえ、その大部分のものは、今もふえつづけている。人口(ヒトの個体数)自体も、エネルギー資源の投入によって食料の生産量がふえたおかげで、ふえてきた。だから、世界規模の人間活動の影響が直接あらわれる数量ならばたいてい何をとっても、時系列のグラフは、ここでいうホッケースティック型になりやすい。

この趣旨で、よく引用される図としては、IGBP (Intenational Geosphere-Biosphere Program) という国際共同研究事業 (今は Future Earthに吸収合併された) の報告書(Steffenほか, 2004)にのったものがある。IGBPのウェブサイト[Great Acceleration]というページに、その図を2015年に改訂したものがのっている。24個のグラフを含む画像が、スライドショー型になっていて、めくっていくとひとつずつのグラフを見ることができる。前半の12個は人間社会自体の数量、後半の12個は地球環境に関する数量で、横軸の期間は1750年から2010年までなのだが、どの数量も、その期間のうちでも新しい時期に増加がはげしくなっている(ただし急激さは数量ごとにちがっている)。もし横軸をさらに過去にのばしたら、最近の急な増加はもっと異常に見えるだろう。

地球環境に関する数量はなんでもこのような形をしているわけではなく、ここに示したものは、産業革命以来の人間活動との関係がわかりやすいものが選ばれている。そのうち最初に示されたのは大気中の二酸化炭素濃度で、これの増加の原因は人が化石燃料を燃やしたことであるのはあきらかだ。(その大気・海洋・陸域への配分がどうなるかは自明ではないが、結果として半分くらいが大気中にある。) 二酸化炭素濃度の過去の値は南極氷床コアサンプルから得られており、西暦1750年よりまえの千年ぐらいはずっと280 ppm前後だから、これまでの二酸化炭素濃度のグラフがホッケースティック型だということは正当だと思う。しかし、わたしは、次の気温の件とまぎれるのを避けたいので、自分からその形容を使うことはしないことにしている。

文献

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2001年ごろから、気候の変動・変化の話題で「ホッケースティック」が話題になった。それは、現在に至る過去約千年の、全世界あるいは北半球の平均気温(の復元推定値)のグラフについてだった。なかでも、Mannほか(1998, 「MBH98」とする)の過去600年の北半球平均気温と、Mannほか(1999, 「MBH99」とする)の過去1000年の北半球平均気温の、それぞれ復元推定結果の時系列を示した論文がおもにとりあげられた。

これについてわたしが考えたことは、[2010-02-27の記事「ホッケースティック幻想、反ホッケースティック幻想」]に書いた。

MBH98・99よりあと、この課題に関する研究は進んだ。その結果、MBH98・99は、まちがいとはされていないが、いまの時点の学術的知見として参照される文献ではなくなっている。いま参照されるべき文献をあげるならば、IPCCの第5次報告書の第1作業部会の巻(2013年発表、http://www.ipcc.ch/report/ar5/wg1/ 参照)の第5章の図5.7と表5.4を含む5.3.5節だろう。その図5.7を見ると、気温が20世紀に高いのはよいのだが(ただし必ずしも千年のうちで特別に高いわけではない)、そのまえの900年間は、MBH98の代表値のグラフではほぼ一定あるいはわずかに下降傾向のまっすぐな線に見えたけれども、新しい研究成果ではもっと波打っている。ホッケースティックで言えば、blade はよいのだが、軸がまっすぐではないのだ。しかし、新しい研究成果どうしを比べると具体的な波うちかたはまちまちであり、1600-1850年ごろの谷(北半球規模の低温)はどうやら確からしいが、峰(北半球規模の高温)としてどの時期にどのくらいの強さのものがあったかについての認識は、研究結果のあいだで一定しない。

近ごろ、最近千年や二千年の気温変化を論じる専門家は、このような認識をもっているので、「ホッケースティック」という表現を自分から使うことはほとんどない。「ホッケースティック曲線」をもたらした研究は必ずしも否定されたわけではない(MBH99の結果の提示は大きな不確かさの幅を伴っており、新しい成果はだいたいその幅に含まれている)が、「ホッケースティック曲線」という表現は不適切になったのだ。

近ごろ、この主題について「ホッケースティック」という表現を使う人は、地球温暖化に関する懐疑論否定論を主張する人やそういう人から知識を得た人か、または、この主題に関する知識を2001-2007年ごろに得てその後に更新していない人だろうと思う。(学問全般に、10年くらいまえに習った知識がそのまま有効なこともあるし、更新が必要なこともある。たまたまこの主題に関する知識は更新が必要だったのだ。)

文献

  • [MBH98] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes M.K., 1998: Global-scale temperature patterns and climate forcing over the past six centuries. Nature, 392: 779 - 787.
  • [MBH99] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes M.K., 1999: Northern Hemisphere temperatures during the past millennium: inferences, uncertainties, and limitations. Geophysical Research Letters, 26: 759 - 762.

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同じ世界(または北半球)平均の気温(または地表温度)でも、これまでの実績だけでなく、今後たとえば21世紀末(西暦2200年)までの将来見通しを含むグラフの場合は、話がちがってくる。将来の二酸化炭素排出のシナリオはいろいろあるが、人間社会の態度が急には変わらないと想定して現実的にありそうなシナリオならば、大気中の二酸化炭素濃度の増加はにぶるだろうが(そのグラフをホッケースティックにたとえるならばbladeの先が曲がるだろうが)今より高い水準に達するだろう。そして気候システムには(おもに海に)熱容量があるから、濃度の増加が止まっても気温の上昇は数十年続くだろう。

21世紀には気温が上昇する傾向をもつだろうという意味で、温暖化の見通しは確信度が高い。(ただし、実際の気温の時系列には十年規模の変動が重なるだろう。そちらの予測は困難だ。)

温暖化傾向が起こらない可能性があるにはあるが、それはたぶん、火山噴火か太陽活動の変化による寒冷化が温室効果強化による温暖化を打ち消すほど強くなった場合に限られるだろう。おそらく、火山噴火ならば1815年のTambora山噴火くらいの規模のものが複数続くこと、太陽活動ならば17世紀のMaunder極小期くらいかそれよりも激しく弱まることが必要であり、そのようなことはありえないわけではないが、確率が高いとは言えず、確率を定量的に見積もることもむずかしい。気候変化の将来見通しを考えるうえで、このような事態を「幅」に含めないで別枠で扱うのは妥当だと思う。

(火山噴火や太陽活動の変化を入れないか20世紀の経験に基づいて統計的に入れるかした)予測型シミュレーションで得られる21世紀後半の気温は、20世紀までの千年間の変動幅におさまらずそれよりも高くなるだろう (どのくらい高くなるかは排出シナリオによっても気候モデルの感度によってもちがってくるが)。21世紀末までの見通しを含めた千年間の気温の時系列グラフの形は、ホッケースティック型と言ってもよいだろう。(ただし、わたしは、MBH99の話題とまぎれるのを避けるため、この形容は使わないほうがよいと思う。)

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「ホッケースティック」という形容が使われていたかどうか忘れたが、地球温暖化の影響(impact)の話題の中で、なんらかの貨幣の尺度であらわした気象災害の被害額の時系列が、20世紀の後半に急に上昇しているというグラフがとりあげられたことがあった。

ここでは、自然災害の被害を、ハザード(hazard)と脆弱性(vulnerability)のかけざんでとらえる考えかたを導入する必要があるだろう([2018-01-30の記事]参照。脆弱性はさらに曝露(exposure)と脆弱性のかけざんでとらえることもあるが、ここでは一括しておく)。[2010-01-26の記事]でも述べたように、気象災害の被害額がふえていることは事実らしいのだが、その要因として確かなのは脆弱性のほうの増加だ。洪水などにあいやすい場所での経済活動がふえているので、もしそこで洪水がおきると被害額が大きくなるのだ。これは、上の3節でのべた、人間活動に関する数量の増加傾向が強まっていることの一例だ。他方、ハザードとなる自然現象、たとえば大雨が、頻度がふえていたり、強まっていたりすることは、あるかもしれないが、被害額のデータからはなんとも言えない。もしそれが言いたければ降水量などの自然現象に関する数量を調べることが必要だ。

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「ホッケースティック」という用語は、これまで約千年間の気温の時系列を論じるのに使われたが、その目的には、4節で述べたように、不適切な形容になった。他方、3節や6節で述べたような、地球規模の人間活動に関する数量の増加や、5節で述べたような、今後の約1世紀の見通しを含めた気温の時系列をさすのならば、形容としては悪くない。しかし、聞き手が4節の話題を思いうかべて議論が混乱するおそれがあるので、こちらの場合もこの用語を使わず、ほかの表現をしたほうがよいと思う。

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世界平均や北半球平均にかぎらず、地理的分布を含めて、今にいたる2千年間の気候を復元推定する研究活動が、国際共同研究プロジェクト PAGES (Past Global Changes, http://www.pastglobalchanges.org )のうちの「2k Network」http://www.pastglobalchanges.org/ini/wg/2k-network という作業グループの活動として進められている。(なお、PAGESは、ながらくIGBPの一環だったが、今ではFuture Earthの一環となっている。) その成果の出版物一覧はこのページにある。http://pastglobalchanges.org/ini/wg/2k-network/products

その内に、2013年に出た、陸上の気温の復元推定に関するそれまでの成果のまとめの論文(PAGES 2k consortium, 2013)がある。わたしはその存在を知ってはいたが、まだ読んでいなかった(ので、上の4節で言及できなかった)。

この論文について、2015年に訂正 (Corrigendum, http://doi.org/10.1038/ngeo2566 )が出ていたことを最近知った。訂正の内容は、北極圏の気温の証拠となるデータをみなおして、この研究の基準をみたさないとされたものを除いたり、修正したりした、ということである。その結果、論文の結論のうち北極圏の気温に関する部分が少し変わった。2千年間を30年ごとにくぎって、北極圏の気温がいちばん高かったのは西暦381-410年で、1941-1970年や1971-2000年はそれにつぐ順位のものになったそうだ。(このちがいは、報道記事の立場では重要なちがいだったようだが、学術的な事実認識にとってはたいしたちがいではない。) この修正にともなって、世界の陸上(使える証拠がある限り全部の地域)の平均気温も数値はいくらか変わったけれども、世界陸上平均気温は約1400年間のうちで1971-2000年がいちばん高かったという結論は変わりがなかった、ということだ。

わたしは、PAGES 2kの成果(気温にかぎらない)をしっかり読んで紹介できるようにしたいと思っているが、いつまでにすると約束はしない。

文献

  • PAGES 2k consortium, 2013: Continental-scale temperature variability during the past two millennia. Nature Geoscience, 6: 339-346. http://doi.org/10.1038/ngeo1797

2018-03-30

高校学習指導要領の改訂の状況

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新しい高校の学習指導要領が決定されたらしい。

「らしい」というのは、このくらい影響力のある話題ならば、文部科学省ホームページ http://www.mext.go.jp からすぐ見えるところにお知らせが出るはずだと思うのだが、まだ出ていないからだ。

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「トップ > 教育 > 小学校、中学校、高等学校 > 学習指導要領「生きる力」 > 新学習指導要領(平成29年3月公示)> 学校教育法施行規則の一部を改正する省令案及び高等学校学習指導要領案に対する意見公募手続パブリックコメント)の結果について」というページはある。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1403202.htm

そこには、

というリンクがある。しかし修正後の本文へのリンクはない。

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「トップ > 教育 > 小学校、中学校、高等学校 > 学習指導要領「生きる力」 > 新学習指導要領(平成29年3月公示) > 学習指導要領等」のページhttp://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm には、

がある。そこには日付は示されておらず、上位のページの題名から見て2017(平成29)年3月のものと思ってしまいそうだが、PDFのなかみを見ると「平成30年3月30日」という日付が示されている。また、

がある。これは「高等学校学習指導要領 [目次]」というページから始まっており、表紙にあたるものがなく、このファイルを見ただけでは日付も発表責任者がだれかもわからない。しかし「地理歴史」に「地理総合」があるところなどからみて、今回の改訂版にちがいない。

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自分がこれよりもしっかりやれるかをたなにあげた発言になってしまうが、役所の文書提示のしかたとしてはおそまつだと思う。しかも、生徒が学ぶための手本を示す立場の役所の仕事がこんなふうではなさけない。

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「改訂案からの修正点」の内容を、わたしはまだよく検討していないが、ざっと見たところでは字句の修正だけのようだ。せっかく意見募集をしたのに活用されていないのは残念だが、意見募集から決定までの期間が短い日程では、このようにしかやりようがないだろうとも思う。しかし毎度これでは困る。これからは、常時、実質的に「意見募集中」状態にしていくべきなのだろうと思う。

日本気象学会春季大会(2018-05-16..19 つくば)、台風の強さを知る観測に関する講演会

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

日本気象学会の2018年春季大会は、2018年5月16日(水)-19日(土)に、つくば国際会議場(https://www.epochal.or.jp/ TXつくば駅から歩いて約10分)で開かれます。大会のお知らせは学会ウェブサイトのこのページにあります。http://www.metsoc.jp/meetings/2018s

この大会にあわせて、5月19日(土)の午後に、公開気象講演会「台風の強度 -- 台風災害の軽減に向けた航空機観測」が開かれます。講演会だけの参加には、大会の参加費は必要ありません。詳しくは、学会ウェブサイトのこのページをごらんください。http://www.metsoc.jp/about/educational_activities/open_seminar

このほかにも、大会にあわせて、いくつかの研究集会があります。大会のお知らせのページの「大会詳細案内」のリンク先のPDFファイルをごらんください。

そのうち、5月16日(水)の晩の 気象学史研究会「日本での初期の数値天気予報」については、[2018-03-17の記事]でお知らせしたとおりですが、講演要旨を含む、もう少し詳しい紹介が、気象学史研究連絡会ウェブサイトの [第3回気象学史研究会]のページにあります。

2018-03-23

テレビ番組「革命を生んだ小氷期」(NHK BS 「地球事変」) について

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2018年03月21日 22時からの1時間、NHK「BSプレミアム」(衛星放送の3チャンネル)で放送された「革命を生んだ小氷期」という番組を見た。「グレートネイチャーSP 地球事変ギガミステリー」というシリーズの第4回とされている。NHKのウェブサイトでこの番組の情報は http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3682/1878302/index.htmlhttp://www4.nhk.or.jp/P3682/x/2018-03-21/10/9883/1878302/ にある。

[2017-12-15の記事]で論じた「氷河期」と、広い意味で同じシリーズの番組だ。ただし「グレートネイチャー」シリーズの傘下にはいってからあらたに第1回から始まっている。(「地球事変」というシリーズ題名は、第3回の生物大量絶滅にはふさわしいと思ったが、この第4回にはふさわしくない。驚くべきという印象をあたえることばを使いすぎて効果がうすれているので考えなおしてほしい。)

今回は、「氷期」「小氷期」などの用語([2012-04-24の記事]参照)についてまずいことはなかった。「氷期は今から13000年前に終わり...」というように「氷期」ということばを使っていた。そのときの画面に「氷期」にくわえてかっこ書きで「(氷河期)」とそえてあった。そして、今回の主題である「小氷期」のことを「小氷河期」とは言わなかった。

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番組が始まる前の予告編を見て、「フランス革命の原因は異常気象だった」みたいなせりふにあきれた。因果関係を指摘する研究が進んだのだとは思うが、複合原因の部分にちがいなく、唯一の原因のように言うのは根拠となる研究に対する誇大広告だろう。誇大広告しなくてもじゅうぶんおもしろいのに、残念なことだと思った。

番組を見聞きしてみたら、フランスエマニュエル ガルニエという歴史気候学者が、「気候こそが革命の根本原因だとわかります」(これはガルニエさんが話をしている画面の字幕の表現だが)と主張しているのだ。ただし続いて「なかなか大胆な仮説です」というナレーションもはいる。番組のなかみをつくった人たちは、ガルニエさんの考えを、さまざまな学説のうちのひとつで、おもしろいものとして紹介しようとしたにちがいないのだ。しかし、題名をつけたり宣伝文句をつけたりした人たちが、それを結論的主張に持ち上げてしまった。番組(本でも同様)の題名を決める権限(すくなくとも、だめな題名への拒否権)を、その全体を見ている人に与えてほしい。目立つところだけ見て題名を決めるのは、やめてほしい。

ノンフィクション番組であっても、研究者を主役にした番組ならば、学術的知見のうちのバランスを考えずに、その研究者の学説を大きく扱ってもよいかもしれない。しかし「地球事変」の場合は、主役は、地球と、(今回など人間が生きている時代の話題ならば)当時の人びとだ。進行中の研究による知見を重視してもよいが、それがいまの学術的知識の体系のうちでどのように位置づけられているかを忘れずに伝えてほしいと思う。 (これが今回のブログ記事でいちばん言いたいことだ。)

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小氷期は、スイス、フランス、イタリアオーストリアにまたがるアルプス氷河が今よりもだいぶ広がっていたことを典型的特徴とした、ヨーロッパ(や北アメリカニューヨークなど)の寒冷期として説明されていた。世界全体として寒かったとは言っていなかったと思うが、それを否定してもいなかった。

小氷期の期間は専門家のあいだでも統一されていないのだが、この番組では「13-19世紀」とされていた。それはベルン大学の歴史気候学者 プフィスター (Christian Pfister)教授の考えに従ったものだ。

Pfisterさんはおもに人が書いた文書をもとに当時の気候を復元推定してきた人だ。続いて南極グリーンランドの氷コアが示され、たしかにベルン大学はその研究でも世界の中心のひとつなのだが、氷コアの専門家は出てこなかったので、Pfisterさんがそれを扱っているというまちがった印象を与えてしまったと思う。続いて「過去2千年間の北半球平均気温の推移」のグラフが出てきたがその出典は示されなかった。グラフを示しながら「13-19世紀は低温が続いた」と言っていたが、グラフを見たわたしの印象では13-14世紀は高温ではないが低温ともいえない。このあたり、番組の編集にあたった人による材料どうしの関係の認識がおおざっぱすぎると感じた。

この番組の主要な論点は、Pfisterさんなどが指摘している、小氷期全体の長期にわたる寒冷な気候が社会にあたえた影響の話と、フランスのガルニエという歴史気候学者による、フランス革命の前の10年ほどの天候 とくに1793-94年の寒さがフランスの社会にあたえた影響の話なのだと思うが、両者の話題を切れめなしに続けてしまったことについても、編集者の事実認識がおおざっぱすぎると思った。現実の気候も切れめなしであり、変動を時間スケールで分けることは人間がそれを認識するための方法ではあるのだが、因果関係を話題にするならばひとまず分ける必要があると思う。これは学者的思考で、テレビ番組をつくる人にわかってもらうのはたいへんかもしれないが。

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ガルニエさんという人とその研究業績について、わたしはこれまで知らなかった。番組で見たかぎりでは、気候と革命との関連についての議論は大胆すぎると思ったが、もうすこし細かい事実認識についての研究は手堅いもののように思われた。著作を読む際には切り分ける必要があるだろう。

ガルニエさんが見せていた紙の記録のうちには、毎日、気温などの数値とともに、「霧」や「くもり」などの天気の情報も書いてあるものがあった。パリ王立医学研究所の人によるものだそうだ。18世紀後半なので、すでに機器観測もあるのだ。(ただし、観測方法の標準化はまだすすんでいないから、数値として現代とくらべるのは簡単ではないだろうと思う。) それと天気の定性的記述とがいっしょにあるのは、機器観測のない時代にさかのぼるためにも、貴重な資料だと思う。

1783-84年がとくに寒かった原因として、1783年5月に始まり数か月続いた、アイスランドのLaki火山の噴火の影響があると考えられている。パリの天気記録によれば霧が多かった。それには有毒なものもあったそうだ。わたしは[2015-11-11「火山噴火が世界規模の天候におよぼす影響」]の記事では、「地域規模(千kmくらいまで)、短期間(噴火継続中から数日後まで)の天候に対して起こる影響」と「全世界規模の天候への影響」を分けてしまったが、アイスランドの噴火がフランスなどのヨーロッパにおよぼす影響は、両者の中間で、火山灰などは大部分落ちてしまったあとだが(微量には含まれるが)、二酸化硫黄などの気体成分と硫酸などのエーロゾルが、成層圏まで届くぶんとは別に、不均一にところどころ濃くなった形で、対流圏を流れてくるのだと思う。エーロゾルの直接の影響かもしれないし雲を変調した結果かもしれないが、地上の日射量が減り、作物が不作になったり、地上気温が低くなったりする、という因果連鎖はありそうだ。ただしそれを定量的に評価するのはなかなかむずかしいと思う。1783-84年の冬にはパリ付近でセーヌ川が凍った。洪水も起こり(氷によって水が流れにくくなってあふれたということで、降水がとくに多かったわけではないらしい)、都市生活を混乱させたそうだ。

番組では、それまでの数十年にわたって寒冷のほか干ばつも洪水も頻発した、という話もしていた。社会の側の資料の例として、文書館に保存されていたフランス南部の農村から国王への嘆願書が紹介された。18世紀後半には20年にわたって不作が続いたことがわかるのだそうだ。そこで、わたしは、次のような学術的課題があると思った。小氷期は(この特定の文脈で問題になるのは、小氷期全体ではなく、フランス革命前の数十年間だが)、その前後の時期に比べて「異常気象が頻発する」時代だったのか? (この問いに答えるには、何世紀にもわたって比較可能な資料が必要で、なかなかたいへんだと思う。) 他方、たとえば1783-84年は当時の「平年」(数十年の代表値)を基準としても異常だったのか? (こちらは同質の記録が数十年続いていれば確認可能だろう。)

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今回の番組で副の重点と思われる、もうひとまとまりの知見は、14-15世紀オランダには、あらし(強い温帯低気圧だろう)が多かったことだ。とくに、いまアイセル湖となっているところ(南北100km 東西40km)は、大部分が陸地だったのだが、たびかさなるあらしで侵食され(堤防がつくられていたのだが波がそれを乗り越えた)、海になってしまった。(20世紀になって人が堤防を築いて淡水の湖になった。)

地質学者のシャンタル ヘンドリクスさんが地層の露頭を見せていた。堆積物には、平常の20年間の砂とあらしの数日の砂の互層が100年以上続くそうだ。

この海の侵入(と仮に呼んでおく)への、住民による適応策として、風車による排水が発達した。

14-15世紀に「あらしが多かった」というのは、極端現象の頻度が変わるという意味での、気候変動があったと言えるのだろうと思う。ただし、天気の情報からこれを確認することができるかどうかは、天気の記録がどれだけ残っていてアクセス可能になっているかに依存するだろう。

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そのほか小氷期の気候やその影響を示す事例がいろいろ示されたが、小氷期のうちの時期がまちまちなので、注意が必要だと思った。

スイスのアレッチ氷河では、氷河が1年あたり80 mも前進し、いくつもの山小屋がのみこまれたことがあるのだが、その時代は19世紀初頭だった。

ロンドンテムズ川が凍結した絵は1607年のもの[注]、ニューヨークのハドソン川が凍結した絵は1817年のものだった。それぞれの地のその冬は確かに寒かったのだろうが、それを含む何十年もの期間を代表する状態ではないだろう。また、今との状況のちがいの原因としては、気候のほか、(水運そのほかの目的による)河川改修の影響もあるだろう。

  • [注 (2018-04-14 補足)] この番組では絵に重ねて「1607年 イギリス」という字幕が出ていたので、わたしはこのように理解した。ところが、別の番組(NHK教育 高校講座 世界史「世界史への招待 -- グローバル・ヒストリーの中の現代」2018-04-13 14:20-14:40)では、同じ絵が、1677年に描かれた、アブラハム・ホンディウス作「凍ったテムズ川」として紹介されていた。ネット検索でたまたま見つかったほかのページも見て、わたしは暫定的に、BSの番組を作った人が「テムズ川の凍結の記録は1607年からある」という情報と典型的な絵の情報とをまぜてしまったのだと推測する。【なお、この世界史の番組も、小氷期が、農業革命(土地を休ませる必要がなくなる)のきっかけとなり、それによって産業革命が可能になった、と論じていた。「きっかけ」は「原因」ではなく、また、この回はとくに気候変動と人間社会の関係に注目した観点を伝える授業だったが、初歩の歴史教育定説であるかのように伝えるのはあやうい気もした。】

14世紀にヨーロッパでペストが流行したことも、小氷期と関連づけて論じられることが多い。番組では、天候が寒冷で、作物が不作で、人びとが栄養失調だったので感染症に対して弱かった、という理屈が(簡単に)述べられていた。

1540年、ロンドンでは、半年も雨がふらず、テムズ川がひあがり、生活用水も飲み水も不足した。川に海水が流れこみ、人びとが塩水を飲んでからだをこわした。この年のヨーロッパの天候分布(Pfisterさんによるものらしい)を見ると、情報のある地点の大部分で乾燥していた(ナレーションではふれていなかったが、図の記号の色を見ると、イタリアの南部だけが逆に湿潤だったようだ)。西ヨーロッパのほぼ全体にわたる かんばつだったと考えられる。

1315年、ドイツでは4か月 雨がふりつづいた。濁流となり、土を流し去った。畑の麦が全滅したという。【番組ではわからなかったが別の情報によればヨーロッパでのペストの流行は1346年以後なので、この年はその期間には含まれない。】

番組の主張は「小氷期には異常気象が頻発した」というものだったと思うが、これは裏づけられているだろうか。仮に現代と同じ平常値をもとにして比べるならば、極端に寒冷な天候は多く、極端に暑い天候は少なかったことはたぶん確かだろう。かんばつになるような乾燥や、洪水になるような大雨は多かったのだろうか? (絶対量で比べるべきか、前の数十年に対して相対的な異常さで比べるべきかという問題もあるが。) これは答えがほしい問いではあるが、答えるのは専門家にとってもかんたんでないと思う。

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ナレーションだけだったが、ガルニエさんは18世紀イギリスの「農業革命」[注]の原因も小氷期の気候だと考えているそうだ。農業者が小氷期の気候に適応した、ということはわかるが、気候が歴史を変えたような言いかたはちょっと無理があるように感じた。

  • [注] 「農業革命」という表現が、この番組では既存の概念として使われていたが、わたしにとっては初耳だった。番組のナレーションからわたしが理解できた限りでのその内容は、裏作でクローバーなどをつくることによって農地の休閑をさせなくてよくなったことだった。

また、イギリスの産業革命にも気候の影響があるという考えも述べられていた。わかった限りでの説明は、農業革命によって食料生産力が高まったことが工業を成り立たせる前提条件として重要だった、ということだった。それがおもな主張なのか、もっと直接的に気候と産業革命を結びつける主張もあったのだが省略されたのかは、わからなかった。

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近い将来について、ガルニエさんやPfisterさんに、人間社会は気候変動にそなえる必要があるということを述べさせていた。そこで、「また寒冷期がくるならば、社会に悪影響があるだろう」という条件つきの警告はもっともだと思う。しかし、番組の結びの部分の論調は、これから寒冷期がくるだろうという予想も含んでいたようだったが、それは無理がある議論だとわたしは思った。

小氷期に寒冷だった原因として考えられるのは太陽活動と火山噴火だというのはもっともだ。そして、太陽活動が弱まると予測した研究例は確かにある。しかし太陽物理の研究分野を代表する知見として太陽活動の弱まりが予測されているとは言えないと思う。火山の巨大噴火はいつでも起きうるという指摘はもっともだが、巨大噴火がこれから数十年のうちにさしせまっていると科学的根拠をもって予測している人はいないと思う。

温室効果強化のことは、話せば長くなるから省略したのだと思うけれど、将来の気候変動についての警告を含めた結びにするならば、それも(すみっこでいいから)位置づけた気候と人間社会との関係の見取り図の例を示してほしかったと思う。

2018-03-17

気象学史研究会「日本での初期の数値天気予報」(2018-05-16 つくば)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

2018年5月16日(水)の晩に、つくば国際会議場(もより駅はTXつくば) で、日本気象学会 気象学史研究連絡会の主催による 第3回の気象学史研究会を開きます。

これは、日本気象学会2018年春の大会にあわせて開くものです。気象学会のサイトの春季大会のページhttp://www.metsoc.jp/meetings/2018s にある「大会詳細案内」にも紹介されていますが、同じ情報を、ここでもお知らせします。

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日時: 2018年 5月 16日(水)(日本気象学会大会第1日)18:00〜20:00

場所: つくば国際会議場 (https://www.epochal.or.jp/) 中会議室201(大会C会場)

テーマ:「日本での初期の数値天気予報」

内容:

数値天気予報は、第二次世界大戦直後のアメリカ合衆国で研究開発が進展し、日本では1959年気象庁現業にとりいれられたことはよく知られています。しかし、日本で数値予報に関するどのような研究開発が進められてきたかはよく知られているとはいえないようです。そこで本会合では、現業開始以前の台風に関する数値予報の研究についての論考をまとめられた科学史家の有賀暢迪氏、気象庁で現業初期から参画された新田尚氏、1970-80年代に現業に参画されその前後にわたって数値予報に関心をもってこられた二宮洸三氏に、それぞれ論じていただくことにしました。なお、新田氏の報告は書面での発表を紹介する形で行います。

本会合は気象学史研究に関心を持つ、より多くの方の間の情報・意見交換をうながすため、学会員以外の方にも広く参加を呼びかけて開催いたします。

プログラム

  • 「日本での初期の数値天気予報」(書面参加)新田 尚(元 気象庁)
  • 「日本における初期の数値予報の発展とその問題点」二宮 洸三(元 気象庁)
  • 電子計算機以前 -- 日本における数値予報研究の始まり」 有賀 暢迪(国立科学博物館

コンビーナー・司会:増田耕一(首都大学東京

連絡先:山本 哲(気象研究所

メールでのお問い合わせは気象学史研究連絡会ウェブサイトの問い合わせフォームをご利用ください.https://sites.google.com/site/meteorolhistoryjp

【[2018-03-30補足] 講演要旨を含む、もう少し詳しい紹介が、気象学史研究連絡会ウェブサイトの [第3回気象学史研究会]のページにあります。】