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2015-02-20

オーケストラ

【別のブログに、[2011-09-08の記事]、そのあちこちの部分の補足を[2011-10-07の記事]として発表した内容ですが、補足を本文に埋めこみ、少しだけ修正したものです。】

【ブログの「カテゴリー」をあまり多くしたくないので「フィクション」に含めましたが、これはフィクションというよりも「たとえ話」です。実際に起きたできごとを別の業種の題材に置きかえてみたものです。ごろあわせのしゃれではなくて、構造の対応によるしゃれを試みました。もちろん構造の対応は完全ではありませんし、話題の広がりを限ったからできることです。たとえば、海の話を含めることは、このままの構造の対応ではむずかしいです。また、実際にはかかわっていたおおぜいのかたがたのうち、どなたのお名まえをあげるかについては、必ずしも公平ではなく、明らかに日本出身者に偏っているうえ、わたしの気まぐれもありますが、かんべんしていただきたいと思います。 】

* * *

イギリスの孤高の作曲家Richardson (リチャードソン)は第1次大戦の戦場で「6万人の交響曲」を書いた。スコア1922年に出版されたが、それを演奏できるオーケストラはどこにも存在しなかった。作曲家自身が演奏を試みた練習曲は、パート譜が出版社に託されていたので演奏家もためしてみることができたのだが、すさまじい爆発音が聞こえるだけだった。

第2次大戦直後アメリカ東部のプリンストンで、ハンガリーから来た起業家von Neumann (フォンノイマン)がIAS合奏団を結成し、数人の演奏家を雇ってみたものの、それぞれがパートを練習しているだけで合奏にならなかった。ベルゲンスクール育ちでシカゴに来ていた弦楽教師Rossby (ロスビー)が編み出した「G線上のアリア[注1]技法が鍵だった。ロサンゼルスとシカゴで学びG線技法と系統的編曲法を身につけたCharney (チャーニー)をコンサートマスターに迎えて、ようやく合奏が始まった。しかしRichardsonの第1主題はひとりで演奏するにはむずかしく、第2バイオリンにもG線技法を知る人を確保しなければならなかった。ノルウェーからEliassen (エリアッセン)、入れかわりにFjörtoft (フョルトフト)がやってきた。ビオラPlatzman (プラッツマン)、チェロPhillips (フィリップス)といっしょに音合わせを重ねて、Charneyの「G線上のRichardsonの主題による弦楽四重奏曲」は完成し、世界のあちこちにそれを演奏する楽団がつくられていった。

von Neumannはそれで満足せず、Richardsonの原曲が演奏できるオーケストラがほしかった。Phillipsの弦楽合奏「常動曲」もオーケストラ向けに編曲されるべき素材だと思われた。GFDL合奏団が結成され、IAS合奏団員だったSmagorinsky (スマゴリンスキー)が音楽監督を引き受けることになった。

Smagorinskyは考えた。弦楽器だけでなく、打楽器を入れなければならない。Richardsonの楽譜理解できる打楽器奏者はどこにいるだろう? IAS合奏団に東京から来ていたGambo (岸保)がピチカートでひいてくれた「雨の曲」を思い出した。あれはもともと打楽器の曲だったはずだ。東京弦楽合奏団のコンサートマスターになってCharneyの曲を演奏していたGamboの縁で、東京スクールの異才Manabe (真鍋)がアメリカ東海岸にやってきた。Manabeは、Richardsonの楽譜から装飾音を取りはらって基本的リズムを浮かび上がらせ、爆発をなんとかおさえこみ、G線技法を使わずに第1主題を再現した。さらに、仙台スクールの教材を参考にしながら、管楽器と打楽器によるブラスバンド演奏を試み、それをとりこんでなんとかオーケストラといえるものを完成させた。

ロッキー山麓には全国音楽院がつくられ、その交響楽科には東京スクール正統派でシカゴで教えていたKasahara (笠原)が採用されて、Richardsonのスコアに忠実なオーケストラ演奏ができるようになるための技法を研究した。管楽科に仙台スクールからSasamori (笹森)が来て、オーケストラづくりに参加した。

西海岸のロサンゼルスには、東京弦楽合奏団の調律師Arakawa (荒川)が招かれた。G線技法でもPhillipsの「常動曲」のように長時間演奏を続けると爆発が起きてしまったのだが、それを防げる調律方法を編み出したのがArakawaだった。今度の課題は、G線技法を使わないオーケストラ演奏で爆発を起こす心配のない弦楽器を設計することだった。管のパートは、東京音楽院から来たKatayama (片山)が担当した。手本はやはり仙台スクールだった。UCLAオーケストラがひととおり完成すると、KatayamaはArakawa工房製の楽器を持って日本に帰り、MRIオーケストラ発足をめざして働いた。Arakawaはオーケストラ用の打楽器の設計にとりかかった。ひとつでアフリカ・カリブ・太平洋諸島・日本の太鼓の代わりができるものにしたかった。それでうまくいくかの目ききのために、東京スクールから民族音楽研究家 Yanai (柳井)を呼んだ。

同じころ(1970年代なかば)、ニューヨークブロードウェー[注2]ではミュージカル「ヴィーナスのヴェール」が千秋楽を迎えようとしていた。そこで働いていた管楽器奏者Hansen (ハンセン)とLacis (レイシス)は、次はオーケストラをやろうと決意した。Arakawa工房から取り寄せた弦楽器とヴィーナスの仕事で鍛えた管楽器を組み合わせた。オーケストラのデビュー前に、まず管楽合奏曲「アグン火山の響き」を世に出した。1963年、その噴火は二人が加わっていた合唱のじゃまになった。そのうらみを、騒音も音楽として表現することで晴らしたのだった。

そして1980年ごろには、世界じゅうでRichardsonの交響曲を聞けるようになった。先進国にはそれぞれオーケストラがあり、その演奏が国境を越えて放送されていた。

1990年代、アグンの曲も、「ピナツボ火山の響き」と変わり、各地のオーケストラのレパートリーに加えられた。

そして2000年代、日本では、打楽器が主役となった「正二十面体オーケストラ」が結成され、雨の主題と赤道波動の主題が響きあう交響詩「Madden (マデン)とJulian (ジュリアン)のうねり」で世界にデビューした。(Madden とJulianは1970年代にアメリカ全国音楽院で活躍した声楽家である。)

Richardsonを越える交響曲を作る試みが続いている。

  • [注1] 「G線上のアリア」という表現は股野(1977)による。
  • [注2] GISSの所在地住所はニューヨーク市のBroadwayなのだ。ただし、劇場街から歩くと1時間ぐらいかかる。

文献

  • Mark BOWEN (ボウエン), 2008: Censoring Science: Inside the political attack on Dr. James Hansen and the truth of global warming. New York: Dutton (Penguin Group), 324 pp. [読書ノート]
  • Paul N. EDWARDS (エドワーズ), 2010: A Vast Machine: Computer Models, Climate Data, and the Politics of Global Warming. Cambridge MA USA: MIT Press, 517 pp. [読書ノート]
  • 古川 武彦, 2012: 人と技術で語る天気予報史 -- 数値予報を開いた〈金色の鍵〉東京大学出版会, 299 pp. [読書メモ]
  • Kristine C. HARPER (ハーパー), 2008: Weather by the Numbers -- The Genesis of Modern Meteorology. Cambridge MA USA: MIT Press, 308 pp. [読書ノート]
  • 股野 宏志, 1977: 天気予報 -- その学問的背景と実際的側面. 天気(日本気象学会), 24:587-595. http://www.metsoc.jp/tenki/ の下にPDF版がある。
  • Lewis Fry RICHARDSON, 1922; second edition 2007: Weather Prediction by Numerical Process. Cambridge Univ. Press, 236 pp. [読書ノート]
  • Joseph SMAGORINSKY, 1983: The beginnings of numerical weather prediction and general circulation modeling: Early recollections. Advances in Geophysics 25: 3-37.
  • Spencer WEART (ワート), (更新 2014): General Circulation Models of Climate. (The Discovery of Global Warmingの一部). American Institute of Physics. http://www.aip.org/history/climate/GCM.htm

2015-02-15

地球温暖化対策の失敗は破局を招く?

【まだ、問題が整理しきれていないところ、書きたりないところがあります。今後も修正するかもしれず、その際に必ずしもいつどこを修正したか示さないかもしれないことをおことわりしておきます。】

-- 1 --

地球温暖化の原因となる温室効果気体の排出をじゅうぶん減らすこともできず、温暖化への適応もうまくいかないと、世界はひどいことになりそうだ。だから排出削減をしなければいけないのだ、という理屈を、みんなではないが多くの人が認めている。しかし、その「ひどいこと」のなかみが議論されることは少ない。たまに話題になるのは、日本語であっても、英語などのヨーロッパ語からの翻訳であることが多いようだ。キリスト教には終末論の伝統があるので、温暖化による「破局」(catastrophe)のものがたりが、黙示録的(apocalyptic)なものになりやすい。だが実際、どんなことが起こりそうなのだろうか。

-- 2 --

温暖化対策のマクロな政策をたてる人たちは、気候の変化と人間社会の変化を連立させた数値モデルを使う。与えた条件によっては、解がない。それは、モデルにとっての破局と言える。ただし、その事態が、人間社会にとっても破局なのか、むしろいいことなのかは場合による。ともかく、その状況では、社会の構造が、そのモデルではいくら変数の値を調節しても表現できないものになってしまうにちがいないのだ。

モデル世界内の時間を追って計算するようなモデルならば、モデルの仮定が破られる直前までのなりゆきを論じられる可能性がある。地球温暖化が主題ではないが古典的な例としては、Meadowsほか (1972)『成長の限界』がある。ただしそのモデルは現実を激しく抽象化しているので、結果と現実世界との関係は定性的にとらえるべきだと思う。

-- 3 --

地球環境の破局のものがたりはいろいろある。「地球がこわれる」という言いかたがされることがあるが、人間の働きで惑星としての地球がこわれるわけではない。人間活動起源の温暖化がもとで「暴走温室効果」で海が気体になってしまうことも、(Hansenは本でありうるようなことを言っているけれども)まずないと考えてよいだろう。生物圏の全滅に至る可能性もないと思う。

生物の多くの種(しゅ)が絶滅するような大絶滅事件になる可能性はどうだろうか。中生代の終わりの恐竜(鳥を除く)をはじめとする多数の種類の生物が絶滅した事件のようなものだ。人間はすでにそのような事件を起こしているという考えもある。ただしそれは、土地利用変化(農地化、都市化、森林伐採)や漁獲など、人間が直接生物を殺していたり、その生きる場を破壊したりすることによるのがおもだ。気候変化による絶滅は、高山の植物・動物の場合など、個別にはありうるが、それだけでは大絶滅というほどのものにはならないと思う。ただし、土地利用変化などによって起こされる絶滅事件に気候変化が加わると、相乗効果もあり、さらにひどいものになる可能性はある。

-- 4 --

人類の絶滅はどうだろうか。これも、気候変化だけで起こることはまず考えられないと思う。人々の間で戦争や紛争が起きて、大量破壊兵器、とくに生物兵器の制御をしそこなったら、人類の絶滅はありうるかもしれないが、そのような戦争がありうるならば、気候変化がなくてもありうる。気候の変化によって、もし次に述べるように食料生産力が下がるのならば、戦争の確率が高まるということはあるかもしれないが。

-- 5 --

現実的に心配する必要がある破局的事態は、人類の人口の急な減少、人類のうちある大きな部分の絶滅、といったことだと思う。考えてみれば、そういうことは、近代になる前には、たびたびあったことだろう。たとえば、食料獲得能力が需要をまかなえなければ、多くの人が飢え死にするか、殺しあうか、しかないかもしれないのだ。

これからも、そういうことが起こらない(防ぎきれる)とは言えない。しかし、現代世界の人権意識は、これを、倫理的な意味で許容しない、と思う。つまり、起こりうることではあるが、悪い事態なのだ。

20世紀初めにはまだ、世界の多くの民族集団に、敵対民族は殺してもよい、あるいは飢えてもよいという考えがあったと思う。二度の世界大戦その他の近代戦争で、非戦闘員が殺されることが多く起きた。もっとも、その多くは、軍事力の基礎となる産業生産能力を破壊しようとしたのであって、人口調節のために殺したのではない。(食料の乏しい個別の戦場で、食料を奪いあうための殺し合いはあっただろうが。) おそらくその反省から、理念としては、戦争であっても非戦闘員を殺すのはよくないと考える人がふえたと思う。現実には今も悲惨な戦争があるが、そのような理念ができたのは人類にとってひとつの進歩なのだと思う。

また、植民地の独立で、(民族の概念に無理はあったが) どの民族にも生きる権利があると考えられるようになった。また通信・放送の発達もあって、遠方の異民族の飢えを防ぐことも、自分たちの道徳的義務と感じる人がふえてきた。(実際に飢えを防ぐような策をとったかどうかは別の問題になる。自分が行って、あるいは費用を支出して、助けようとする人は多くはなかった。また、援助をすると援助への依存が続いてしまうことへの警戒にはもっともな面もある。)

ともかく、たてまえとしては、世界は、人類がみんな寿命をまっとうして生きられるようなものであるべきだ、という考えができてきた。そこで、マクロな政策として温暖化対策を考える人は、将来シナリオを考える際にそのような条件をつけることが多い。そのような条件をみたす解が見つからなければ、破局なのかもしれない。そのときに何が起こるかは、そのモデルの内では答えられないだろう。

-- 6 --

今後、また、資源不足が生じると、飢えを見捨てることが必要になってしまうかもしれない。さらに、いくつかの国家で、資源需要抑制のために人を殺すことを正当とするような規範ができてしまうこともありうると思う。それは、今の世界の秩序から見ると、破局にちがいない。

そのような状態に至るのに、必ずしも気候変化は必要ない。気候と関係のない資源不足でも起こりうることだ。しかし、もし気候変化で食料生産が減るならば、破局の可能性はふえるだろう。

予想される気候変化で世界の食料生産力が減るか。いろいろな不確かさがあるので、簡単には答えられない。必ず減るというわけではないが、減る可能性がかなりある。小麦地帯や牧畜地帯の多くのところで乾燥化が起こる可能性がある。水田地帯は海面上昇で生産力が失われる可能性がある。他方、亜寒帯の農業生産性は高まると予想されるが、土壌を失わないようにして、新しい気候に適した作物を見つけて実際に栽培するような、適応策の開発が必要になると思う。また、各地の農民が、文化伝統へのこだわりや国の制度の制約のために、新しい気候に適応して作物や作付け時期などを変更することができないと、生産力が下がってしまうだろう。

なお、現在の農業は、穀物を家畜の飼料にしている部分がかなり大きいので、肉食から植物食へのシフトができれば、農業生産力がいくらか減っても食料不足におちいらないですむ可能性がある。ただしこれが実現するには、各地の文化伝統や市場の自由よりも世界人類の共存共栄のほうが大事だという理念があり、さらにそれが政治的意志に現われる必要があるだろう。

-- 7 --

結局、地球温暖化などの気候変化だけで破局がくるとは考えがたいけれども、人間が使うことができる地球の資源の限界にぶつかることによる破局がくることはかなりありそうであり、気候変化がその可能性を高める心配はある。これも「地球温暖化は破局を招く」と言えなくはないが、その表現からすなおに想像される状況とは違うだろうと思う。

2015-02-14

放射能をこわがることについて

-- まえおき 1 --

この話題は重い。書いてみても、書きたりないところ、考えのたりないところがまだあると思う。気がついたら書きなおすかもしれない。わたしのブログではいつものことだが、いつどこを書きなおしたか必ずしも明示しないことを、おことわりしておきたい。

-- まえおき 2 --

「放射能をこわがる」ということについて書いておこうと思ったことは前にもあるが、今回のきっかけは、2015年正月に、ある人がネット上で「放射能おばけ」ということばを使った議論をしているのを見たことだった。しかし、少し読んで、わたしはその議論を読み続ける元気がなくなった。しっかり読んでいないので、これについては、賛同する形でも批判する形でもふれないことにしたい。【なお、この同じ人が、2014年中に、科学者が仕事をする際に従うべき規範やそれに関する政策に関する意見を書いたものは、参照する価値があると、わたしは思った。しかし、それを議論することも、見送ることにする。】

-- まえおき 3 --

「放射能」という用語を使うことにも説明が必要かもしれない。これは、放射性物質と呼ばれる物質が放射線を出す能力をさす。「放射線をこわがる」というべき状況もあるし、「放射性物質をこわがる」というべき状況もあると思うけれども、むしろ、放射性物質の放射線を出す能力をこわがる、ととらえたほうがよいように思うので、ここではこの用語を使うことにする。

-- 1 --

ひとまず対象を放射能に限らないで、人がものごとをこわがることについて考えてみる。

ものごと(物体でも現象でもよい)をこわがることは、人間が危険をさける基本的なしくみなのだと思う。対象となるものごとについて詳しく認識するに至る前に、おおざっぱに認識した段階で、それが危険なものらしいと(意識というよりも感覚のレベルで)判断されたら、人はそれを避けようとする。これは、人が進化の過程で獲得した、環境に適応するために必要だった能力なのだと思う。

もし、こわがることがなかったら、人は危険なものごとに出会って害をこうむることがもっと多いだろう。こわがらなさすぎるのはよくない。しかし、こわがることが多ければ多いほどよいわけではない。何かをこわがりすぎると、他の潜在的危険の存在を忘れてそれへの対応を忘れ、そちらからの害をこうむることがありうるのだ。

人は、ものごとがこわがる対象であるかどうか、おおざっぱな分類で対応する。それが実際に危険をもたらす可能性があるものであれば、それを避けることは、よい適応と言える。しかし、もし実際には危険のないものであれば、それを避けることは、本人の適応の観点からうまくない。また、対象が人である場合、その人を避けることは、人権の立場から不当な差別になることがあるかもしれない。また、対象がある地域である場合、その地域の生産物を避けることは、差別とはいいがたいが、地域への打撃になりうる。

危険の避けかたを、適応として適切なものにするために、また、他人に害をおよぼさないものにするために、こわいという感覚だけに頼らず、その対象に関する知識をもって判断したほうがよい。とくに人工物に関しては、人の進化の過程でじゅうぶん適応ができていることはありそうもないので、知識に頼る必要性がある。科学は知識のもとのすべてではないが、その重要な部分である。

-- 2 --

寺田寅彦1935年に発表した文章に、「ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、 正当にこわがることはなかなかむつかしい。」という文がある。これについてわたしは[別記事]を書いた。ここで寺田寅彦は読者に「こわがりすぎ、こわがらなさすぎ」の両方を避け「正当にこわがる」ことに向けて努力することを勧めている、というのが順当な解釈だと思う。ただし、わたしは、人がものごとをこわがる度合いは、個人ごとの多様性があるのがあたりまえであって、この「正当にこわがる」ことは、両極端を排除した残りの幅のうちにいることをさすのだととらえている。「正当なこわがりかた」として、その幅の内の特定の1点がだれにも不満なく決まるような状況は現実的でないと思う。また、だれかが決めた1点が他の人に強制されるような社会は望ましくない。

【なお、別記事で、寺田寅彦のこの文を引用した例として、近藤宗平氏の著書にふれた。これは実際にわたしがこの文に気がついたきっかけなのでふれただけである。(その前に随筆「小爆発二件」は読んでいたのだが、火山噴火体験記として読み、最後につけられたコメントは気にとめなかったのだ。) わたしが近藤氏の放射線に対するこわがりかたについての具体的議論に賛同して紹介しているわけではないことをおことわりしておきたい。】

-- 3 --

人が放射線をひばくすることには、体内にとりこんだ放射性物質からの放射線による「内部ひばく」と、体外の放射線源による「外部ひばく」があるけれども、ここでは両方を合わせて考えていきたい。内部・外部のいずれにせよ、今の科学的知見では、放射線ひばくの影響を、「高線量の放射線の確定的影響」と「低線量の放射線の確率的影響」とに分ける。確定的影響は人体の生理作用をそこなうもので、たとえば骨髄の白血球赤血球をつくる作用をそこなうなど、致命的になりうるものを含む。これをこわいと認識するのは順当だ。(もし実際にその可能性があれば、恐怖にとらわれるのではなく冷静に行動しなければならないが。) 確率的影響はDNA損傷であり、他のDNA損傷原因と混ざって、主としてがんの発生確率を高めると考えられている。

原子力を利用するならば、原子炉の付近など、高線量ひばくの危険のある労働の現場がある。そして、原子力発電所の事故のあとしまつが必要になったので、危険な労働の現場が大幅にふえてしまった。福島第一原子力発電所の事故の場合、(偶然といえるだろう事情の違いによってはもっとひどいことになりえたと思うが、実際の結果としては)、事故現場から離れたところでは、ひばくがありうるとしても、低線量の範囲のうちでもさらに低い量ですみそうだ。しかし、その低さは、人が危険がありうるところを避ける行動をとることによって達成されている。事故が人々に与えた影響は、実際の放射線ひばくよりも、放射線ひばくを避けるための行動や心配という負荷のほうが大きいだろう。

放射性物質は自然にもあり、その線量には場所によって数倍の違いがある。原子炉起源の放射性物質による放射線と自然の放射性物質による放射線は、精密な測定をすれば区別できるけれども、人体に対する作用は、適切な尺度をとればたしざんで考えてよいとされている。そこで、原子炉起源の放射性物質による放射線が加わっても、それが自然の放射線量のばらつきの範囲よりも少量ならば、無視してもよいと考える人もいる。

ここで、意図的ではないとしても人為的に放射線をふやすことに関する正義の問題と、安全性の評価の問題とを分けて考える必要があると思う。さらに、安全性の評価の問題のうちでも、個人に対する臨床医のような立場からの助言と、社会の政策に対する助言とは違う。個人はさまざまな危険の源にさらされていて、そのすべてを気にかけることはできない。(気にかけすぎることがかえって健康をそこなうおそれがある。) 臨床医のような立場の助言者は、個人のおかれた状況を知ってその人が警戒すべきものの重みづけをし、重みが相対的に小さいものについては気にしなくてよいと言ってしまうかもしれない。他方、目の前の事態だけでなく将来をみすえた安全対策の政策を考えている場合には、まだ起きていない危険、しかも確率がかなり低い危険であっても、事前警戒的にとりあげるべきことがある。

-- 4 --

Spencer Weart (ワート)氏はThe Rise of Nuclear Fearという本で、人は放射能を同程度のリスクのある他のもの(たとえば同程度の発がん性のある化学物質)に比べて強く恐れる傾向がある、と言っている。わたしも、これは常に成り立つとは限らないと思うが、そうなっていることが多いだろうと思っている。

しかし、Weart氏がこのことの説明として、「人間の原初的な恐れの感覚を呼び起こす」というようなことを言っているのには、わたしはあまり賛同しない。

Weart氏の話題には原子爆弾水素爆弾などの核兵器をも含んでいる。核兵器の場合ならば、Weart氏の理屈はもっともだと思う。人間にとって、火や強い光や爆発を恐れることは、文明がおこる前からの、火事や火山噴火などへの適応として身についた習慣だと思うのだ。

そして、放射能で核兵器を連想する人もいる。しかし、今の日本では少ないだろうと思う。広島長崎・ビキニの被爆者の体験があったにもかかわらず、語り継ぎが薄れてしまったのか、「原子力平和利用」言説による話題の切り離しが成功したのかもしれない。むしろ、(Weart氏が話題にするアメリカ合衆国のように)核兵器保有国のほうが、核兵器に誇りをもち核爆発の画像を積極的に持ち出す人もいるので、放射能の話題で核兵器を連想する人が多いかもしれない。

わたしは、人が放射能を特にこわいと感じる理由として重要なのは、このような連想ではなく、放射線は、計器なしでは五感でまったく感じられないものであり(したがって気づかないうちに害を受ける可能性があり)、反面、計器を使えば(同程度に危険な化学物質などに比べてずっと)敏感に検出できるものである、ということだと思う。

-- 5 --

人は、有害だと認識した物質を、いくら微量であっても避けようとしがちである。これは、害の原因を理解した立場からは不合理な行動である場合がある。そのような行動の動機が、「けがれ」の感覚で説明されることがある。実際それが適切な説明であることもあるかもしれない。ただし、微量でも恐れることは、増殖する微生物を病原体とする病気に対してならば、合理的な適応だと言えるだろう。そして人間は、近代科学によって病原体が同定されるよりも昔から、経験的にそのような適応の形を身につけただろうと思う。放射性物質に対しても、少量でも警戒するのはそれなりに合理的なのだが、増殖することを警戒する必要はない。(核分裂連鎖反応や、放射線を受けた物質が放射性をおびることはあるが、低線量では関係ない。) この面では、微生物と同じ対応では放射能に対するこわがりすぎを招くおそれがある。

ただし、微生物は(管理下の範囲では)死滅させることができる。それを前提とした対処方法が近代的生活に組みこまれていることがある。また伝統的に「けがれ」を除く方法と考えられてきたことのうちにも、微生物である病原体に対して有効だったこともあるかもしれない。放射能は、放射線をさえぎったり放射性物質を移動させることはできるが、人工的になくしたり減衰を速めたりすることはできない。(核種変換は原理的にはありうるが、望みの変換を起こさせる技術が確立してはいない。) この面では、放射能は実際に微生物よりもこわい(リスクが大きい)のだといえそうだ。

放射能に対して、微生物への対応でできた習慣を修正することに向けては、科学的知見が普及することが重要だと思う。

-- 6 --

「けがれ」にかかわりうる、とてもややこしい問題がある。人は、からだの形の異常(奇形)をもつ人を警戒しがちであり、また、形の異常や病気が遺伝することを警戒しがちであると思う。これも人間が進化してきた過程での適応だった可能性がある。しかし、いま人が出会っているリスクは、これまでの適応の対象となったリスクと同じではなく、警戒を続けることがリスクを減らすために合理的でない可能性がある。それに加えて、たとえ避けるのが合理的であっても、現代社会の倫理としては、生きているすべての人に生きる権利を認めなければならない。この件については、科学的知見の役割もあることはあるが、人権の考えかたの共有のほうが重要と思う。

-- 7 --

わたしが放射線の人や他の生物に対する害について知ったのは1970年代だが、当時、専門外の人に向けた説明では、発がん性、催奇形性、(当時の表現で)「遺伝毒性」が、あまり区別されずに論じられていた、と記憶している。DNAが損傷されればこのどれをももたらすと考えられたので、このどれかが認められた物質は、ほかの問題をも起こすだろうと考えられたのだと思う。

その後、学問的知見は改訂されてきた。とくに、低線量の放射線の遺伝的影響については、原爆被爆者の子孫についての疫学的調査から、かつて恐れられていたほど大きくはないと認識されてきた。しかし、わたしが認識を改めたのは最近のことだ。今でも古いままの認識をもち、それを次の世代の人に伝えてしまう人もいるだろうと思う。

文献

  • 寺田 寅彦, 1935: 小爆発二件。 小宮 豊隆 編, 1948, 改版 1963: 寺田寅彦随筆集, 岩波書店 (岩波文庫) 5巻, 254 - 260. [別記事]参照。
  • Spencer R. Weart, 2012: The Rise of Nuclear Fear. Cambridge MA USA: Harvard University Press, 367 pp. ISBN 978-0-674-05233-8 (pbk.) [読書メモ]

2015-02-11

DIASは解体的出直しが必要

【わたしは地球環境科学関連のデータマネジメントの中核となるべき人材だったはずだ。ところが、なさけないことに、わたしは自分の能力(とくにプロジェクトマネジメント能力)を育てることに失敗してしまったと思う。しかし、仮にわたしが高い能力を持っていたとしても、いま与えられる条件ではつぶれるしかないと思う。他の人をまきぞえにしてつぶれるよりは、何もしないほうがましだ。いまのわたしには、意見をさけぶことしかできない。それを根拠づける資料調査もできていないこともなさけないのだが、ともかく意見を書く。】

文部科学省の旧科学技術庁系の部署が2006年度から、DIAS (少なくとも第1期は「データ統合解析システム」の略)という事業を進めてきた。5年ごとの事業で、第2期が残り1年になっている。これまでDIASを推進してきた人たちの後継者たちは、DIASが成功していることを前提として、その延長上に長期的な事業を進めるべきだという計画を作っている。

わたしは、DIASは失敗だったと認めた上で、一方でその遺産をむだにしないように移行措置をしながら、新規まき直しで計画を立てるべきだと思う。

わたしが失敗だというのは、[2013-08-11の記事]に書いたように、制度設計の失敗であって、けっしてDIASプロジェクトの代表者・分担者やそれで雇われて働いている人の失策や怠慢ではない。また、第1期の始まった時点では制度設計は暗中模索であったし、試作品を作る研究プロジェクトとしては第1期の体制は悪くなかったと言える。失敗だというのは第2期の体制づくりの際に第1期から大きく変えなかったことだ。第2期も研究プロジェクトとしては特徴ある成果を出している。しかし、順当には広く他の同業研究者に配分されるべき資源を少数の選ばれた研究者に集中させたことを正当化する成果が出たかどうかが疑わしい。第2期では、新規の機能の開発よりも、データを使いたいと思った多くの研究者への門戸開放の実験をすべきであり、そのためには、本拠を、(データ、計算機システム双方の)ユーザーサポートや保守管理の専任者を長期的に雇える機関に移すべきだったのだ。【第1期の中の仕事を分担していたわたしが、もし第2期の体制についての提案を出せていたら、もう少しよかったかもしれないとくやまれる。実際には、わたしは、すでに仕事上の自信を失っていたので、分担ぶんの成果の形を整えるのがやっとだった。】

ともかく、第2期の延長上に第3期とか永続的DIASとかを期待しても無理な注文だから、その路線からは速く撤退してほしい。ただし、DIASには貴重なデータが集められていて、それを捨ててはもったいないので、移行措置は必要だ。データよりもむしろそれに関する知識の散逸が心配だ。新規性のない事業への人件費支出はたいへんだとは思うが、これまでに構築したシステムを理解できる人に、なんらかの形で残っていただくことも配慮してほしい。

DIASという旗印のもとに、データマネジメントに関する多数の期待がたばねられてしまったのがまずかったと思う。

【わたしについて言えば、自分が期待したのは次に述べる箇条書きの13だったのだが、DIAS事業の重点は4、ついで2であり、そのために働かなければならない役まわりになったので、そのぶんだけ13の実現のために働ける可能性が奪われたと思う。】

少なくとも同じ予算のつけかたでは成り立たないものは、別の事業とし、推進する主体も別にしたうえで、相互にデータを提供しあうなどの連携関係をつくるべきなのだと思う。

いくつに分けるべきかについてはいろいろな考えがあると思う。今わたしは、4つに分けてとらえてみようと思っている。

1. 貴重なデータのアーカイブ。人類が地球環境を認識するために、人類が存続する限り失いたくないようなたぐいのデータを、失わないように保存するとともに、そのデータの来歴(観測データであれば観測機器や設置状況、データ収集経路やその過程での加工など)や利用者からのフィードバックで得られた知識も、参照可能な形で記録しておく。データ利用者に向けたデータ提供も直接担当する形と、それは別組織(たとえばWorld Data Systemに参加している関連分野のデータセンター)にまかせて間接的なかかわりかたにする形が考えられる。

2. 巨大なデータのアーカイブ。現在の人間社会が扱えるデータ量あるいはデータの複雑さの限界にいどむ規模をもち、しかも社会にとって有用と思われるデータを、提供者から預かりあるいは積極的に収集し、保管し、世界に広く分布する専門的利用者に提供する。利用者にとっての機能は、目録情報やメタデータの検索とデータのダウンロードに限ってもよい。データの簡易な可視化や部分切り出しなどの単純な加工の機能もあることが望ましい。

3. 研究者大衆によるデータ共有の場。ここで「研究者大衆」と仮称したのは、新規性のある研究成果を出そうとしている職業研究者ばかりでなく、実用目的に応用できるかをさぐりたい人や、興味本位でデータを見てみたい人も含む。将来研究職につくかどうかわからないがその可能性もある大学院生は当然含まれる。ただし、計算機上(現時点ではUnix系OSコマンドラインを想定)でデータを扱う基本的技能と、ディジタルデータの性質およびデータの共同利用に関する法的・倫理的なルールについて基礎知識を持っている(個別データセットのドキュメントを理解できる)こと、チームの場合はそういう人が窓口になることを前提とする。数千人の人々がユーザー登録し、計算機にログインして、自作プログラムを含むさまざまなソフトウェアによって、公共財として置かれたデータや、他のユーザーが共有資源として提供したデータを読む。

4. 社会(非研究者)向け情報提供を試みる研究開発。地球環境データは研究者以外の人々にも役立つべきだが、そのためには情報提供や需要把握のしくみを整える必要がある。そのしくみを作り、実際に使ってもらいながら改良する研究開発プロジェクトを、いくつか並行して進めることが望ましいだろう。その手段として、なんらかの計算機システム上でのデータの共有が必要となる。非研究者向けにはウェブ越しのインタフェース、そのインタフェースを含むソフトウェアの開発者向けにはログインしてデータを読み書きできる場が必要である。

このいずれにも持続性を期待するところはあるのだが、1に期待する持続性は2,3,4に期待するものと桁が違う。2,3,4の事業はいずれも規模の限界に挑戦する可能性がある。他方、国の予算は必ずしも成長すると期待できず、仮に計算機の能力が情報量よりも速く成長できるとしても、人件費を維持しつづけることができるとは限らない。科学技術政策の浮き沈みのまきぞえで1がつぶれるのを避けるために、12,3,4と明確に切り離すべきである。1図書館博物館に近いので、中央官庁のうちではおそらく文部科学省の旧文部省系の部署に担当していただくのが適切だろうと思う。どこかの大学が永続的にその特徴となる事業と認めて率先して提案し予算要求してくださるとよいと思う。

3の業務は、科学技術研究開発というよりも、高等教育社会教育の場の提供である。ふりかえればこれに比較的近いものとして国立大学共同利用大型計算機センターがあった([2010-07-30の記事]参照)。それは主として演算能力の共同利用であったが、データやデータ利用ノウハウの共同利用の場ともなっていた。したがって、これもおそらく文部科学省の旧文部省系の部署に担当していただくのが適切だろうと思う。

24は、科学技術行政としてとりくむべき業務だと思う。その計算機システムを研究プロジェクトごとに持つのか、あらゆる科学技術分野に対応する共通基盤事業を別に動かして各研究プロジェクトはそれを利用してもらうのか、あるいは(その中間になるが)地球環境関連の共通基盤事業を動かすのか、は、科学技術政策上の選択となる。あらゆる分野の基盤とする場合はもちろんだが、地球環境関連に限っても、複数の省がかかわる内容になるので、内閣レベルで、どの省が担当するか、本気で合意し、そこにデータをまとめることにうらみがないようにしていただく必要がある。国会で、事業をになう機関の設置法の改正をしてこの業務を明記していただく必要があるかもしれない。

2015-02-07

ISIS (自称「イスラム国」)をどう呼ぶか

日本人2人を殺害した(ことが確からしい)武装集団をどう呼ぶか、いろいろ迷うところがあるが、わたしは当面「ISIS」とすることにした。

【本論にはいるまえにおことわり。「イスラーム」が宗教の名まえであって「教」をつけるのは蛇足だという考えもあるのは承知しているが、わたしは日本語の表現として「イスラム教」「イスラム教徒」を使う。また「イスラーム」と「イスラム」を区別せず、ふだんは短い形を使う。】

池内(2015)によれば、2014年6月、この集団は、カリフ制を宣言するとともに、自分の名まえを、「イスラーム国」とした。(これは英語の Islamic Stateに対する日本語訳である。)

しかし、この表現は、イスラム教徒が住む国を広くさす表現とまぎらわしい。この集団に対する批判が伝わるうちに、イスラム教徒一般への批判と混同されて伝わり、イスラム教徒への偏見を強めてしまう、という問題が指摘された。

まずこの集団を「国」というべきかという問題がある。現代世界の国際秩序では、国が互いに重なり合わない領域をしめる(例外的に国境紛争があるが)。問題の集団は、国際秩序ではイラクおよびシリアのそれぞれの領土と認められたところで活動している。日本を含めて(国際秩序を構成する)どの国もこれを国として承認していない。わたしとしても、これを国際秩序を構成する「国」であると誤解されるような呼びかたはしたくない。

これは「テロ集団」であり、それにふさわしい名まえで呼ぶべきだ、という意見も聞かれた。しかし、この集団は、テロを実行してもいるが、領域を実効支配し統治しようともしている。「テロ集団」という形容はまちがいではないが、この集団の特徴をとらえきれていないと思う。(「自称」という表現は、このごろ日本語圏では乱用されて使いにくくなっているが) これはまさに「国を自称している集団」だと思う。そこで、わたしはこの集団を「自称 イスラム国」と呼ぶことにしようと思った。しかし、「自称」のようなことわりがきは伝わるうちに消えやすい。

略称で通して、略称の根拠を問われたときだけ「自称」のようなことばを添えて説明する、という態度がよさそうだと思った。しかし IS では、短すぎるし、英語のbe動詞の is にまぎれて検索不可能になる。

英語圏ではISISまたはISILという形を使う人が多い。これはこの集団がISをなのる前に(といっても2013年4月からだが)使っていた名まえ「イラクとシャームのイスラム国」の英語の頭文字略語だ。シャーム (al-Sham)はシリアを含む広い地域をさす。欧米ではほぼこれに対応する地域がLevantと呼ばれてきた。

Levantは「のぼる」のような意味のラテン語を語源とし、地中海から見て東にある土地をさして使われはじめた名まえらしい。(語源的に言えば「日本」と同じではないか!) わたしは小麦農業の起源の土地を示す際などに、シリア・イスラエルパレスチナヨルダン・イラク西部などにまたがる地域をさすのに、苦しまぎれだがしいていえば近代欧米の考古学を尊重して、この表現を使うことがある。しかし、「イラクのイスラム国」から発展してきたISISにとってシャームは西にある土地だし、欧米に敵対しているこの集団の名まえに欧米の視点が明らかなLevantという用語を使うのは奇妙な気がする。わたしは、シャームはシャームのままかシリアで代表させるかが適当と考え、ISISと表現しようと思う。ただし、他のかたとの用語統一でISILとしようとなった場合は、合わせることもありうる。

ISISというつづりはすでに使われているという問題もある。まず(Isisという形になるが)、古代エジプトの神「イシス」である。英語読みでは「アイシス」となる。それにちなんだものがいろいろある。わたしが最近出会ったものとしては、科学史の学術雑誌にIsisという名まえのものがある。この点ではISILのほうが問題を起こしにくい表現なのかもしれない。

声に出すときISISをどう発音するか。英語の略語だから英語式に読めという理屈もあるが、もはや何の略語かは考えたくない面もある。わたし個人は、(理屈でなくたまたま)これは「スイス」だと意識してしまったので、他のかたと合わせることが求められなければ、そう読んでいる。

なお、ISISと同様な意味のアラビア語の頭文字略語は「ダーイシュ」となるそうだ。この表現は、ISISと対立する国々の政府報道が使い、ISISに親しい人々は嫌っている。わたしはアラビア語の語感がよくわからないので、とうぶん積極的には使わない。用語統一となれば使う可能性もある。

文献

  • 池内 恵 (さとし), 2015: イスラーム国の衝撃 (文春新書 1013)。文芸春秋, 229+ix pp. ISBN 978-4-16-661013-6. 【表題ではそうなっていないが、この本の本文では「イスラーム国」という表現は毎回かぎかっこつきの形で使われている。】