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2017-03-28

「地球温暖化認識の発達におけるシミュレーションの役割」

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

[2017-03-16の記事]で予告したように、2017年3月27-28日の「コンピュータ・シミュレーションの科学論」研究会で、「地球温暖化認識の発達におけるシミュレーションの役割」という題目でお話ししました。

話した内容の要旨、プレゼンテーションファイルの画像、質問への答えや討論の中で補足したことのメモを、[別ページ]に置きました。もう少し改訂する予定です。

2017-03-26

ソンタク (忖度)

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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「そんたく」ということばを、去年(2016年)ごろからよく聞くようになったと感じる。正確に言うとわたしは「聞く」というよりもネット上で文字を見ている。その文字は漢字の「忖度」である場合もあれば かな の「ソンタク」である場合もある。

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わたしは、1960-70年代の子どものころに、親やその世代の人たちが使っていたことばのうちに「そんたくする」というものがあったのを、なんとなく覚えている。意味はあまりよくわからなかった。また、そのころ、おとな向けの本(新書本などだが)を読むことがあったから、そこで「忖度」ということばに出会っていたかもしれないが、実質的に読みとばしていて、印象に残っていない。

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文脈に関係なく「ソンタク」と聞けば「日曜日」かと思う。日曜日は英語で Sunday なのと同様にドイツ語では Sonntag なのだ。ドイツ語の標準的な発音では語頭の s は有声音になるから、かたかな による近似は「ゾンタク」が適切だろう。しかしわたしはスイスのドイツ語圏に滞在したとき、語頭の s が無声音になることが多いのを聞いている。地方語の発音なのかもしれないが、この位置の s が有声音か無声音かの区別を気にしていないようだった。その感覚を覚えてしまったので Sonntag と「ソンタク」とが結びついてしまった。

なお、オランダ語では zondag だ。オランダ語の文字と有声音・無声音の対応をわたしはよく知らないのだが、辞書の発音表記を参考にかたかなで近似すると「ゾンダク」あるいは「ゾンダハ」だろうか? そして、「博多どんたく」はこの zondag が「祭日」のような意味に転じたものだそうだ。はじめの音が d では日曜日よりはむしろ火曜日か木曜日の名まえに似て聞こえると思うのだけれど。もはやオランダ語を知らない日本語話者のあいだで伝わったうちに変形したということなのだろう。

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わたしは「忖」という字をまだ自分の手で書いたことはない。わたしが使っているパソコンのOS常備の日本語入力で「そんたく」を変換すると選択肢に「忖度」が出てくる(ほかの漢字列は「尊宅」だけだ)。それで「忖」という字を知った。

これは「りっしんべん に 寸」の形声文字にちがいない。りっしんべんは「心」であり、人の心理に関することをさすのだろう。「寸」は音がスンに近いことを示すのだろう。「村」も同類だろうことに気づけば、ソンという読みもありうると思う。「寸」はいくらか字のあらわす語の意味もになっているのではないか。藤堂明保氏のいう「単語家族」の考えを借りれば、「寸」の単語家族に属するのではないか。その意味がもし「少し」だとすれば、「忖」は「気持ちを少し動かす」ことだろうか? (これは言語学のしろうとのわたしが新たに調べもしないで想像したことにすぎないので、知識として信頼しないでいただきたい。)

「忖」は「村」のほかに「付」と似ている(まちがいやすい)けれども、「付」の音は全然ちがう。そして「付」は形声文字の音符としてもフの音をあらわしているようだ。同じ形を含んでいても「付」は にんべん と「寸」から成り立っているわけではないのだろう。

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わたしはまだ「忖度」ということばの意味をよく調べていない。ほぼ「推測」と同じ意味だと推測している。ただし対象が限定されているだろう。(たとえばここの「...と推測している」を「...と忖度している」と置きかえるのはまずいようだ。)

近ごろの時事的な話題で使われている「忖度する」は、「権力をもつ人がしてほしいことを、(相対的に権力が弱い人が)推測する」という場面で使われていると思う (これも、わたしが 使われている文脈から推測しただけなので、確実ではない)。「権力をもつ人」というのは、政府や企業の長になっている人の場合もあるし、許認可権をもつ人の場合もあるし、名目上は出てこないが裏で決定権を握っている(らしい)人の場合もある。

そして、「忖度する」は、推測するところまででととまらず、権力をもつ人がしてほしいだろうと推測されることを実行するところまで含めた意味に使われていることもあるようだ。(おそらく語源からは正しくない使いかただと思うが。)

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何かのかかわりのある他人の意向を推測することは、人間関係をよくするのに役だつことも多く、一般にはよいことなのだろう。しかしそれが義務のように感じられる状況はよくないと思う。

権力関係がからんで、人びとが権力をもつ人の意向を推測して行動するのが当然になっているような状況には、いくつもの危険がある。

ひとつは、推測はまちがうこともあることだ。まちがった推測にもとづいて行動したら、権力者にとっても、おそらくほかのだれにとっても、得にならない。

もうひとつは、権力者が命令するならばその責任がはっきりするし、それを制限するしくみを準備しておくこともできるけれども、意向を推測して行動するのでは、だれの責任を問うべきかがわかりにくくなることだ。

「忖度」が必要だと感じられる状況はなるべくなくすべきなのだと思う。権力関係をなくせばよい場合もあるだろう。権力関係がなくせないときは、意向が明示されるようにし、明示されない意向は無視されて当然とするべきなのだろう。

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わたしは「忖度」ということばを自分からは使いたくない。

しかし、このことばが使われている議論に参加したり、他の人がこのことばを使っている議論を参照して議論を組み立てたりするときには使うかもしれない。また、「権力をもつ人の意向を推測して行動することが求められるような社会のしくみ」を短く略して述べたいとき「忖度の構造」などと言ってしまうことはありうる。

また、わたしは、自分が使う字の種類をあまりふやしたくないので、この語でしか出てきそうもない「忖」という字はできれば使いたくない。「ソンタク」ですむときは、そう書きたいと思っている。

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ある政治家が「国民の思いを忖度して...」という表現を使ったそうだ。それを伝えた人は、その表現は変だと思っているようだった。わたしも、変な気がする。

国民主権であっても、また、国民は実際に選挙によって政治家に(いくらかの)権力をおよぼすことができる立場ではあっても、国民は、上の5節で述べたような「権力をもつ人」にはあてはまらない(と感じられる)のだと思う。(ただし、「権力をもつ人」ということばを含む5節の説明はわたしが勝手に考えたものであって、これに合わない使いかたをまちがいだと言えるような権威はない。)

2017-03-23

「ラプラスの魔物」と気象・気候の「予測」

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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3月23日はラプラス (Pierre-Simon Laplace, 1749 - 1827)の誕生日だそうだ。

数値天気予報や、気候の予測型シミュレーションの特徴について、[2017-03-16の記事]でも述べたが、基本的物理法則をあらわす方程式があって、初期状態を与えると、それ以後の予測ができる、という構造は、「ラプラスの魔物」を思わせるところがある。フランスの気候モデル研究のセンターに IPSL (Institut Pierre-Simon Laplace)という名まえがついているのも、もっともなのだ。

ただし、ラプラス自身による表現は、「魔物」(demon、ときには「悪魔」ともされる)ではなく、「知性」(intelligence)だった。

そして、その議論は、決定論的予測の可能性について述べているにもかかわらず、それが書かれている場所は、確率論を解説する本の序論なのだ。

確率の哲学的試論』(内井 惣七 訳, 岩波文庫)の10ページから引用:

....われわれは、宇宙の現在の状態はそれに先立つ状態の結果であり、それ以後の状態の原因であると考えなければならない。ある知性が、与えられた時点において、自然を動かしているすべての力と自然を構成しているすべての存在物の各々の状況を知っているとし、さらにそれらの与えられた情報を分析する能力をもっているとしたならば、この知性は、同一の方程式のもとに宇宙のなかに最も大きな物体の運動も、また最も軽い原子の運動をも包摂せしめるであろう。この知性にとって不確かなものは何一つないであろうし、その目には未来も過去と同様に現存することであろう。人間の精神は、天文学に与えることができた完全さのうちに、この知性のささやかな素描を提示している。人間の精神が力学幾何学とにおいて発見したものは、万有引力の発見と結合することによって、同じ解析的な表現のもとで世界体系の過去と未来の状態を理解できるようにした。同じ方法を他のいくつかの知識対象に適用することによって、人間の精神は、観察された現象を一般法則に帰着させたり、与えられた状況のもとで何が生じるかを予見することに成功してきた。...

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ラプラスは、人間の予測能力が将来このような「知性」に達することはないと考えていたようだが(上の引用箇所の続きに「人間精神はこの知性からはいつも無限に遠く隔たっている。」とある)、それに近づくことを続けていく方向で科学を進めようとしていたのだろうか。

わたしは、Gillispie (1997)によるラプラスの科学史的伝記を読みかけている(まだ読み終えていない)。上の疑問への答えは得られていないが、次のようなことがわかった。

ラプラスは若いころから、確率に関する理論を考えようとしていた。その動機はサイコロなどの偶然性によるゲーム(あるいは賭け事)の問題だった。時間については離散的で、差分方程式で定式化された。

並行して、天体(惑星彗星、月)などの運動を力学(オイラーラグランジュによって定式化されたニュートン力学)によって説明・予測することを考えていた。こちらは、決定論的な問題と考えられており、時間について連続で、微分方程式で定式化された。ただしそのままでは微分積分で解けないので、摂動法などの近似を考えた。

ところが、天体の運動を実際に予測しようとすると、軌道要素と初期状態を、観測に基づいて決めなければならない。そこで観測値に誤差があることを考慮に入れる必要がある。誤差を扱うために、確率論がかかわってくる。

これをもとにわたしが思うには、ラプラスは、人間がつくる科学の将来の発展について、天体力学の理論が完全なものになることは期待したかもしれないが、観測誤差がなくなることは期待できなかっただろう。したがって、いちばん予測可能性のある天体の運動についても、完全な知性の水準に達することは期待せず、純粋に決定論的な予測よりもむしろ確率論をまじえた予測に期待していただろう。

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数値天気予報は、「ラプラスの魔物」の議論、あるいはその具体例としての天体の運動の予測と、どう違っているだろうか。

気象のモデルの基本には、力学とともに熱力学が含まれている。熱力学第1法則(エネルギー保存)の方程式は、基本方程式系に含まれている。熱力学第2法則(エントロピー増大)は、定量的には含まれていないが、起こりうるプロセスを限定するところで定性的に考慮されている。

気象モデルの基本方程式は、連続の時空間で定式化されているが、実際の計算は有限個の数値でおこなうので、差分その他の離散化近似が必要になる。差分の場合で言えば、格子間隔よりも細かい空間規模の現象は表現できない。細かい現象の効果を単純に無視するとまずい場合は、経験則による近似表現(parameterization)を導入する。気象モデルで予測することは、離散化誤差とparameterizationのぶん、「基本方程式に基づく予測」と違う。

初期条件の不確かさは現実に避けられないが、気象モデルに限らずおそらく現実の大気が、初期値のわずかな違いが時間とともに拡大していくという意味でのカオス性をもっている([2016-05-23「(勧めたくない用語) バタフライ効果」]参照)。これが決定論的予測の主要な限界をもたらす。これをいくらか克服するために、予測問題を確率論的に定式化したうえで、決定論的モデルで初期値をわずかずつ変えた多数の試行によって予報対象変数の確率分布を推定するような「アンサンブル予測」という方法が実用化されはじめている。

文献

  • Charles Coulston Gillispie (with the collaboration of Robert Fox and Ivor Grattan-Guiness), 1997, paperback 2000: Pierre-Simon Laplace, 1749-1827 -- A Life in Exact Science. Princeton University Press, 322 pp. ISBN 978-0-691-05027-0 (pbk.)
  • Pierre-Simon Laplace, 1814: Essai Philosophique sur les Probabilités. (1825年に第5版が出ている。)
  • [同、日本語版] ラプラス 著, 内井 惣七 訳 (1997): 確率の哲学的試論 (岩波文庫 青 925-1)。岩波書店。(1814年の初版に基づいた訳)

年棒

データのグラフ表現について書いた記事[2015-04-13「グラフの軸をゼロから始めないのはうそつきか / そろばんグラフのすすめ」]の中で、棒グラフで表現される情報の例として「年俸」を出した。それを書いたときは忘れていたのだが、「年俸」が「年棒」と書かれているのを見ることはめずらしくない。

これは誤字であり訂正すべきだが、多くの人にとって「俸」の字はふだん使うものではないので、意識的に調べないと書けない人が多いのはあたりまえだとも思う。

20世紀後半の長いあいだ、公務員に関する用語として「俸給」はあったのだが、日常会話では「給料」で置きかえられるのがふつうだった。プロスポーツ選手の待遇に関心のある人たちだけが「年俸」を知っていたと思う。

20世紀末に、研究職の雇用も「年俸制」にしようという政策が、どこか「上」のほうから降ってきた。ある職場で ある職種の人は、自分の意志でなくほぼ強制的に「年俸」をもらう立場になり、自分で意識して選んだのでない「年俸」ということばを使わされることになった。同時期に、それまで公務員であった研究職の多くが公務員でなくなったのでその給料は「俸給」ではなくなった。「俸」の字は「年俸」にしか出てこないのだ。ただし「ネンポー」といえばまず「年報」だ (研究職は年度ごとに研究所の「年報」(年次報告書)の原稿を書かなければならない立場になることが多い)。それとは区別しなければならない。うろおぼえで「年棒」が出てくるのも無理もないではないか?

2017-03-22

教科書に出てくる用語を変えること: 「鎖国」などの歴史用語を例として

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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学術的な知識を専門外の人に伝えるときの用語は、学術の立場から見てまちがいのないように選びたい。しかし、専門家どうしの議論で使っている用語をそのまま使えばよいとは限らない。同じ語が専門外の文脈で使われている意味とまぎれる場合や、専門的予備知識がないと意味が伝わらない場合は、意味が伝わるように表現を考えなおす必要がある。

それにしても、興味がある人に(だけ)読んでもらいたい個別の解説文で使う用語ならば、それぞれの専門家が、自分の専門分野の認識を正しく伝えるようにくふうすればよいだろう。

学校(小・中・高校を想定している)の教科書にのり、さらに、(直接に暗記を求めるのではないにせよ) 試験の問いに答える際に生徒が書くことを求められるような、キーワードの場合も、基本は同様だ。しかし、そこで考慮する専門家の認識としては、教科書のそれぞれの章の執筆者の研究分野にとどまらず、その科目の全体にわたる(複数学年にもわたる、できれば他の科目との関連も考えられる) 広めの専門家集団の共通認識を反映させる必要があるだろう。

また、教科書の用語は、できれば、過去の教育との連続性ももたせたい。しかし、広めの専門家の共通認識が「これまでの教育で使われてきた用語では内容を正しく伝えるのに無理が生じる」となったときは、あえて変更することも必要になるだろう。

それぞれの場面で、だれが「広めの専門家」に含まれるか、また、含まれる人びと(教科書の場合ならば、研究者教師、編集者など)の見解にどのように重みづけするか、は自明ではなく、そこで争いが起こる可能性はある。

法律行政的規則に出てきて、一般の人びとがその法律や規則をまもるために使わなければならなくなる用語 (ここでは、法律用語ではなく、対象となるものごとに関する用語を想定している)についても、同様なことが言えるだろう。

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こんなことを考えたきっかけは、小・中学校の学習指導要領の改訂の準備として、2017年2月14日から3月15日まで、「パブリック・コメント」(意見公募)があり([パブリックコメント: 意見募集中案件詳細 案件番号 185000878])、そのうち、中学校の歴史(日本史)の用語が問題になったことだった。

わたしはその問題を追いかけていなかったのだが、3月20日、「パブリックコメントを受けた結果、原案では変更される予定だった『大和朝廷』『聖徳太子』『元寇』『鎖国』は変えないことになった」という趣旨の報道があった(ただし、正式決定はこれかららしい)。それをめぐるいくつかの意見を見ながら、自分でも考えることがあった。

ただし、わたしはこの歴史用語の件について、意見分布を調べたわけでもないし、自分の主張をしっかり組み立てたわけでもない。このあとに書く個別の用語に関する意見は、それほど深く考えたわけではない個人の意見にすぎない。歴史とは別の自然科学の分野の専門家として、その分野にも適用できる、上の1節に書いたようなことを考え続けていきたいと思っているのだ。

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歴史用語のうちには、日本語圏の一般社会の共有知識となっているものがある(自然科学用語についても同様なことが言えると思う)。報道でも、文芸作品でも、その主題ではなく背景説明として、時代名、過去の制度の名まえ、著名な個人名などを、詳しく説明しなくても通じることがある。それは、その用語が、近代になってから長い期間、学校教育で使われつづけた結果であることが多い。そういう用語は、変えないことに、社会的有用性がある。

しかし、変えるべきこともあるだろう。

その内には、「歴史学的に正しくない用語を正しい用語に変えるべきだ」と提起される場合がある。

「歴史学的に正しい」とは、「対象となるものごとの当時使われていた用語」という意味のことと、「現在の歴史学的認識を的確に表現する用語」という意味のことがあり、両者は必ずしも一致しない。

もし(上のいずれの意味にせよ)「正しい」用語に関する専門分野の学者のおおかたの合意があるとしても、学校教育での用語をそれに合わせなければいけないとは必ずしも言えないだろう。学校教育での用語を変えるべきなのは、慣用の用語を使うと現在の学問ではまちがいとされる認識を思い起こさせる可能性が高い場合だろう。そのような可能性が高いかどうかの判断には、対象分野の専門研究者と、学校教育やメディアや一般市民の用語についてレビューしている人との共同作業が必要かもしれない。

学問的理由のほかに、慣用の用語が、(今の)国際関係や、(民族・地域・性別・障がいなどの)差別問題などに対して、悪い影響を起こすおそれがあるので、変えるべきと判断される場合もあるだろう。対象となるものごとの当時使われたことばについては、引用であることを明示して扱い、現代の歴史記述としては別の用語に変えるべきこともあるだろう。これも、対象となる歴史の専門研究者と、現代の国際関係や差別問題についてレビューしている人との共同作業が必要かもしれない。

「学習指導要領」のように国が標準を定める際には、国家の立場を反映することが要求され、学問的正しさを追求することや、人類全体を公平に見ようとする立場とは、衝突することもありうる。(起こりがちな場面としては、まず、国境付近の領土にかかわることや、過去の国際紛争についての評価を含む記述などが考えられる。) かといって、国が教育の質の保証にまったくかかわらない体制も望ましくないだろう。標準の意義を認めながらも、それが強制として働くことが有害だと思う場合は抵抗していくべきなのだろう。

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2節で述べた、「大和朝廷」「聖徳太子」「元寇」「鎖国」は変えないことになったという件については、保守系、むしろ明治憲法体制への復古が望ましいと考えているらしい人びとが、変えることになっていた改訂原案に反対し、パブリックコメントで意見を言おうという運動をしたので、それが影響した可能性がある。(わたしは彼らの政治的主張にまったく賛成しないが、彼らに賛同した一般の人びとの「慣用の用語を変えられたくない」という気分には賛同できる面もある。)

改訂原案と従来どおりとどちらが望ましいかの判断は、4件それぞれ違う。わたしは歴史学者を含むなん人かの人びとの発言を見て(広く意見分布を確認したわけではないので偏っているおそれはあるが)、次のような暫定的判断に至っている。

  • 「大和朝廷」は「大和政権」に変えるべき。
  • 「聖徳太子」と「鎖国」はそのままでよい。
  • 「元寇」は「モンゴル帝国の襲来」のほうが望ましいが、まちがいというほどではない。

これは、中世史[注]が専門の ITO Toshikazu (Twitter @toshiitoh) さんの3月20日の複数のtweetに賛同したものだが、ここでは歴史専門家ではないわたしの個人的意見として示す。

  • [注] 近ごろの日本史では、時代を「古代」「中世」「近世」「近代」と区分する習慣がある。わたしが1970年代前半の中学生として学んだ時代区分と対応づけると、古代は平安時代まで、中世は鎌倉時代室町時代、近世は江戸時代、近代は明治以後にだいたいあたるようだ。(ここで「...時代」の形で示した時代区分を使うことを主張するつもりはなく、ただわたしが記憶しているものとの対応を示しただけだ。)

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「大和朝廷」について。改訂原案は「大和政権(大和朝廷)」の形だった。3月20日の報道によれば「大和朝廷(大和政権)」となるそうだ。

朝廷」という用語は(本来の「天皇が政務をとる場所」ではなく「天皇を中心とする政権」のような意味で使われた場合)、律令に基づく官僚機構をもつ政権を思い起こさせる。したがって、律令成立よりも昔の政権をさして使うのは適切でない、というのが現在の歴史学者の多数の共通認識らしい。ITOさんのtweetによれば、高校教科書の用語はほとんど「大和政権」(一部は「大和王権」)になっている。

わたしは暫定的に、中学でも「大和政権」としたほうがよい、というITOさんの意見に賛同する。(「やまと」という地名を使うのが適切か、それに「大和」という字をあてるのが適切か、という問題もあるかもしれない。)

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「聖徳太子」について。改訂原案では「厩戸王 (聖徳太子)」のような形だった。

「聖徳太子」は、本人が生きていた当時の名まえではなく、のちに贈られた表現であるということは正しい。しかし、改訂原案の「厩戸王」(読みは「うまやどのおう」とされていた)が(学校教育向けの用語として)それよりも適切だとは言いがたい。

石井公成さんのブログ記事(2017-02-23, 最新改訂 2017-03-21)[指導要領改定案の問題点:「厩戸王」は戦後に仮に想定された名、「うまやどのおう」も不適切【訂正・追加】]によれば、「厩戸王」は、20世紀後半の歴史学者 小倉豊文氏が1963年の著作で論述のために仮に導入した表現だ。(江戸時代後期の使用例があることはあるが、継続して使われてきたわけではない。) なお、読みは「うまやとのみこ」が適切だ。本人の生きていた当時使われた名まえとしてありそうなものを小倉氏が推測したものであり、当時実際に使われていた証拠はないのだ。それを他の学者がそのような説明なしに本名であるかのように使ってしまったことがあり、改訂原案の作者はそれを信頼したのだろう。

わたしは、「聖徳太子はいなかった」という説は極論だと思うが、聖徳太子の業績とされてきたことのそれぞれが実際に本人がしたことかは疑わしいということを重視すれば、中学の歴史の授業で聖徳太子(とされる人物)をとりあげて述べるのはやめたほうがよい、とも思う。しかし、中世には信仰の対象となり、近代(昭和)には肖像画が紙幣に使われたなど、のちの時代の歴史にとって意義があるので、名まえを出すべき人なのかもしれない。後者の趣旨ならば「聖徳太子」でよいだろう。天皇の「○○天皇」という名まえがのちに贈られたものであることを教えるならば、それと同様だと説明することができるだろう。「太子」というと皇太子であったと思われやすいが、律令制定の前には皇太子という制度はなかった、という問題点はある。しかし、「皇太子」と言うわけではないし、ほかに記憶すべき「○○太子」が出てくるわけではなく、「太子」まで含めて固有名とみなされがちなので、問題点の悪影響は少ないと思う。

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「元寇」について。改訂原案では「モンゴルの襲来」だったが、3月20日の報道によれば「元寇(モンゴル帝国の襲来)」となるそうだ。

ITOさんのtweetによれば、「元寇」は幕末から使われた表現だそうだ。ITOさんの意見では、「モンゴルの襲来」のほうがよく、「帝国」が加わったほうが(高麗も含まれていたという意味で)より正確だが、「元寇」もだめというほどではない。また、とりん (@trinh_JP) さんは「暗記用語を減らすという意味では」、改訂原案のほうに賛成だったそうだ。わたしは、とりん さんと同様、「寇」という字を覚えさせるのを避けたいという理由だけで「元寇」を避けたいと思う。(「倭寇」が、日本の歴史を考えるうえで重要な概念であり、「海賊」などで置きかえることはできず、しかも当時(漢語圏でだが)使われていたことばだから、「寇」という字はなくせないのかもしれないが。)

なお、「襲来」は当時に近い時代の「蒙古襲来」を引き継いだ表現にちがいない。現代の歴史学者の観点で事実を記述する用語を使うべきかとも思うが、「侵略」のたぐいの用語では価値判断の感覚がはいりこみやすいし、「戦闘」のたぐいでは状況が漠然としてしまう。防御側の「日本」を明示しない表現としては、日本に視点を置いたうえで攻撃側の行動をさした「襲来」がやはりよいのかもしれない。

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「鎖国」について。改訂原案では江戸時代の「幕府の対外政策」という項目に「鎖国」というキーワードが含まれていなかったが、3月20日の報道によれば、復活されるそうだ。

この指導要領の件とは別に知ったのだが、近ごろ、日本の近世の歴史の専門家の多くが、「鎖国」は不適切な用語と考えているらしい。外国とのかかわりは、政権(徳川幕府)によって管理されていたが、閉じていたわけではなかった、ということを言いたいらしい。たとえば、(どなたの引用で知ったか忘れたが) 荒野 泰典さんが2012年に書いた[シリーズ 東アジアの中の日本の歴史[中世・近世編]【第4回】「四つの口」と長崎貿易 --近世日本の国際関係再考のために--]という記事がある。ここで「四つの口」のひとつは長崎であり、幕府が直轄でオランダおよび清国の商人との貿易を管理していた。そのほかに、幕府の承認のもとで、対馬藩(宗氏)が朝鮮薩摩藩(島津氏)が琉球松前藩アイヌとの交易をしており、朝鮮と琉球はそれぞれ清朝と朝貢関係をもっていたし、アイヌの人びとはロシアや清国の人びととも交易していた。荒野さんたちから見れば、このような状態を「鎖国」というのはまちがいなのだ。

わたしも、その趣旨はわかったつもりだ。しかし、「鎖国」という用語はたとえば「貿易統制」のような表現で置きかえられない意味の広がりを持っていると思う。貿易とは関係があるが別の問題として、人の往来の自由がある。江戸時代(朱印船制度廃止の後)の日本国民(という表現は近代からの持ちこみで、徳川幕府の直接・間接の支配下にあった人びとというべきか?)は、対馬藩・薩摩藩・松前藩の交易担当者でない限り、日本の外の地に渡ることが許されていなかった。それは、のちの近代だけでなく、前の中世と比べても、きびしい統制だったと思う。(近代については、外国との往来には必ず国家による出入国管理を経なければならなくなったという意味では、統制が強まったと言える面もある。しかし、往来できる人びとの層が厚くなったことは確かだろう。)

他の用語の案としては、荒野さんの解説にも出てくる「海禁」が考えられる。これは漢語で、中国(明・清)の政策をさす表現だったはずだが、日本(徳川幕府)や朝鮮の政策も同類とみなされる。日本だけをさしてきた「鎖国」と意味の広がりは違うが、これを使って議論を組み立てることはできそうだ。ただ、日本語で「海禁」は「解禁」と音が同じになるのが困る(中国語では同音ではない)。専門家ならば注意して使いわけることができるかもしれないが、初等中等教育でまちがいを防ぐのはたいへんだ。

もっとよい語が見つかるまでは、荒野さんたちの論点を承知のうえで、実際に徳川幕府のとった政策を「鎖国」と形容することを続けたほうがよいのだろう、と思った。しかし自信が持てなかった。ITOさんの次のようなtweetを見て賛同した。

ITO Toshikazu (@toshiitoh) 3月20日

鎖国も、近世史研究の範囲で、実は海外とのルートは通じていて幕府の貿易管理策だったとは言っても、中世とは一転した厳重な海禁策をとったことは事実で、近代で「開国」を教えるのだから、海禁と言い換えるならともかく、小中の歴史教育では鎖国でいいと思う。

さらにITOさんは次のような意見を述べている。

ITO Toshikazu (@toshiitoh) 3月20日

小中の歴史教育では今の日本ができるに至る歴史の流れと、時代によって世の中が変わることを教えるのが眼目と思う。用語を変えるなら、その時代の専門家だけでなく、隣接する時代の専門家を説得してからにするべき。

「鎖国」の例に即して言えば、近世史の専門家集団内の合意ではなく、中世史と近代史の専門家を含む合意が必要だ、ということだ。

このブログ記事の1節に述べたわたしの意見は、この議論をもとに一般化して考えてみたことなのだ。

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学習指導要領の作成には、文部科学省の視学官と、国立教育政策研究所の教科調査官があたっている。ただし、教科調査官のうちには研究者出身の人もいるのだが、指導要領作成にかかわるのは学校教師出身の人だそうだ。

教師出身の人は、過去の学校教育との継続性を重視することになりがちだろう。研究者出身の人のほうが、学問的知見の変化に敏感だろう。しかしいずれにしても、人数が少ないと、たまたま担当者が知っている知見に偏るおそれはある。そういう偶然性を克服するために、パブリックコメントのようなしくみが有効だろう。しかしパブリックコメントには政治的背景をもった主張が集中するおそれもある(実際に今回起きたようだ)。

制度改革の提案をするとすれば、「学習指導要領をつくることの専門家集団」を養成し、その人の本務に、教科の対象分野の学問的知見をその多様性を含めて展望することを、学校教育の現場の動向・問題点を展望するとともに、含めるべきだろう。(学術的専門性のある人を採用することになるだろうが、たとえば、近世史学者からの転職であっても、近世史学者としての見識を求めるのではなく、歴史学全体を展望してもらうのだ。)

その職能集団の周辺に、その公共的目的を意識して協力できる(持論の売りこみに偏らない)対象分野の学者と、教育方法の学者がいて、助言・議論をするべきだと思う。(そういう働きをする学者の労力がむくいられる必要がある。フルタイム勤務の人に追加のパートタイム労働をしてもらうならば、本務先との間で、その人の労働時間があわせてフルタイム一人前になり、本務先での働きが減ったぶんを他の人を雇うなどの形で補充できるような調整をすべきだろう。)

もちろん、新たに人を雇うのにはお金がかかる。それをまかなうために、日本社会から何を減らしてもよいかを合わせて考えなければならないのだが(ひとまずここでは論じないことにする)。

2017-03-21

日本語のローマ字つづりかたについての個人的覚え書き

【まだ書きかえます。どこをいつ書きかえたかを必ずしも明示しません。】

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日本語をローマ字で書くときのつづりかた(表記方式)が話題になっていた。

わたしはこの件についてはいろいろ考えてきたのだが、考えをまとめて公開しているのは英語版のウェブページ[A personal note on Romanization of Japanese words] (最初の公開 2004-01-24、最新更新 2008-07-06)があるだけだった。その記事を自分で日本語にしてここに出しておく。

- 2 (ここから5節まで2004年1月執筆、のち部分改訂) -

世界の使用人口の多い言語のうちで、おそらく、音声と文字との対応がもっとも複雑なのは、英語と日本語だろう。英語または日本語の単語を正しく発音するには、その語を知る必要がある。英語の語を構成するアルファベット列を、日本語の語を構成する漢字列を知っているだけではだめなのだ。フランス語中国語の場合ならば、複雑さは一方向きだ。つづりから発音を推定はできる。逆向きは定まらない。

しかし日本語には表音文字の組が(実は2組)ある。かな (ひらがな と かたかな)だ。第2次大戦後まもなく、ほとんど表音的な かな による文字つづりの方式「現代かなづかい」が公式のものになった。かな で書く限りは、文字つづりのゆらぎはとても小さい。古典的な文章については、人々は「歴史的かなづかい」という方式を使う。これは9世紀ごろに使われた(当時は表音的だったはずの)文字づかいを17世紀の学者が復元推定したものだ。現代の文章をも「歴史的かなづかい」で書くべきだと主張する人びとは、今では少数になった。日本語の単語を同定するもっとも確実な方法は、その語の かな による(現代かなづかいによる)表現を知ることだ。そうすれば、発音がわかるし、辞書をひいて漢字による表現を知ることもできる。

日本語の単語 (人名や地名など)を、英語などの、ローマ字(ラテン アルファベット)以外の文字を含めることがむずかしい言語による記述のなかに入れたいとき、問題が生じる。日本語のローマ字でのつづりのゆらぎは、かな でのつづりのゆらぎよりも大きいのだ。実のところ、日本語のこの問題は、中国語、朝鮮(韓国)語、タイ語などの場合よりは軽い。たとえば中国語では、ピンイン (中華人民共和国で国家標準とされているつづりかたの方式)である発音を示すローマ字つづりが、ウェイド(WADE)式 (今でも英語圏でよくつかわれているつづりかたの方式)では別の発音(したがって別の意味の語)を示すことがある。日本語では、このようなあいまいさは、(外来語や方言の語を示す場合を除いて)起こらない。それにしても、日本語の同じ語がなんとおりかのつづりかたをされることは知っておく必要がある。

日本語の文章全体をローマ字で書く人もいることはいる。しかしそのような習慣は、外国人向け日本語教育を別とすれば、まれだ。さらに少人数の人びとが、日本語をローマ字で書くことを奨励する活動をしており、いくつかの自主的活動の団体がある。そのひとつは「日本のローマ字社 (Nippon-no-Rômazi Sya)」だ。この団体はもともと、3節で述べる「日本式」を推進していた。今ではおもに「訓令式」を推進している。もうひとつの団体に「日本ローマ字会(Nippon Rômazi Kai)」がある。その近ごろの動きについては6節で述べる。

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日本語のローマ字つづりかたの方式としてよく知られているもののひとつは「ヘボン式」と呼ばれている。これはアメリカ人の医師であり最初の詳しい和英辞典を編集した人である James HEPBURNが考案したものだ。日本語話者にとってありがたいことに、これは、日本語の発音を英語にありがちなつづりをならべて近似したものではない。日本語を音声学的に分析したうえで、それぞれの音素をアルファベットの1字か2字であらわしたものだ。英語の発音との類似性は、音素をあらわす文字の選択の際に出てくるのだ。

もうひとつの、田中館愛橘(TANAKADATE Aikitu)と田丸卓郎(TAMARU Takurô)などの人びとによって19世紀終わり近くに提唱された方式は、「日本式(Nippon-siki)」と呼ばれる。これは日本語の発音についてのもう少し深い(音声学的というよりも音韻論的な)分析にもとづいている。これはヘボン式よりも かな の表 [五十音図]とよく対応する。たとえば、かな の表の[「タ行」の]部分は、日本式では"ta, ti, tu, te, to" と、ヘボン式では "ta, chi, tsu, te, to" とつづられる。ヘボン式で "ti" や "tu" とつづられるような音は、外来語や方言でない日本語には現われないのだ。現実には、ますますおおぜいの日本語話者が、外国語の "ti" の音を、もとからの日本語にある、日本式で "ti" (ヘボン式では "chi")とつづられる音と区別できるようになってきた。しかし、日本式の推進者は、外来語音のよりよい表現よりも、もとからの日本語の音韻の体系的表現を優先する。

なお、日本式には[名詞の頭文字を大文字で書くなどの点で]ドイツ語の影響が見られる。しかし日本式は日本語をドイツ語の発音で近似したものではない。たとえば「よこはま(横浜)」は日本式でもヘボン式と同じく "Yokohama" とつづられる。ドイツ語による近似だったら "Jo..." となっていただろう。

1937年、日本が中国と戦争状態にあった[という意味では戦時中であった]ときに、日本政府は「訓令」という種類の規則を制定した。第2次大戦後に再編成された政府は、1954年に、その改訂版にあたる訓令[「ローマ字のつづり方」]を出した。1954年の訓令には2つの表がある。第1表は[1937年の訓令とほぼ同じで]日本式を少し変更したものであり、これ以後「訓令式」と呼ばれた。(日本式との違いは、いくつかの方言にだけ残っていた音の区別をやめたことと、いくつかのドイツ語の影響を受けた文字づかいをやめたことである。) 第2表は第1表とヘボン式の違いの主要部分を示していた。つまり、第2表を採用することは、ヘボン式の一種(「修正ヘボン式」と呼ばれることがある)を採用することになる。小学校の[国語の]教科書には、第1表に従った文章がのせられた。しかし、パスポートを発行する事務所は第2表を使うことを強制した(今も強制していると言えるだろう)。また、中学校の英語の教科書や、大部分の鉄道が、ヘボン式を使った。そこで、ヘボン式が圧倒的によく見られるようになった。

ヘボン式の内にも細かい違いがある。それは独立した拍になる鼻音 [かな では「ん」と書かれる] についてだ。ローマ字ではこの音はふつう "n" と書かれるのだが、もとのヘボン式では "m, b, p" の音の前では "m" と書かれる。しかし訓令第2表によるならば[第1表によるときと同様に]そのような場合も "n" とするのだ。そこで、新聞[しんぶん]がそれ自身の名まえをローマ字で書く場合に、"shimbun" となっている場合と "shinbun" となっている場合がある。

訓令式でもヘボン式でも、長くのばす母音をどうつづるかにはゆらぎがある。標準的な表現は、訓令式では山形(フランス語式にいうアクサン・シルコンフレクス)、ヘボン式では上棒(マクロン)だ[1937年の訓令もこちらだった]。しかし、ローマ字を使う場合のうちには補助記号を使えない場合もある。そのときには同じ母音字をならべることが奨励されている。この約束に従うのと、かな[現代かなづかい]から文字単位で転写するのとでは、結果が違う。

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日本語ワードプロセッサーが発明され普及したことは、ヘボン式の天下を乱し、混沌とした状況をもたらした。それは、多くの人びとが次のような日本語入力方法を選択したからだった。英語用タイプライターとだいたい同じキーボードで、ローマ字を入力する。それはすぐに かな に変換される。それから、候補となる漢字が列挙され、ユーザーがそのうちから選択する。この場合、キーボードから入力されるローマ字列は、期待される かな(現代かなづかい)の文字列の単純な転写であり、ローマ字のつづりかたのどの標準に従ったものでもない。この転写機能は、入力として、ヘボン式のようなもの、訓令式のようなものなど、いくつかの違った形を受け入れることができるようにつくられた。人びとは、「タ チ ツ テ ト」については短くて体系的な訓令式の "ta, ti, tu, te, to" を好み、「ジャ ジュ ジョ」については短いヘボン式の "ja, ju, jo" を(体系的だが長い訓令式の "zya, zyu, zyo" よりも)好む傾向がある。長い母音については、訓令式もヘボン式もその本来の形ではうまく使えず、ユーザーは かな のつづりに直接対応するローマ字列を入力する必要がある。したがって、現状は、あいかわらずヘボン式が支配的とは言えるが、かな からの直接転写がだいぶ混ざっており、訓令式または日本式も部分的に復活している。

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わたしは個人としては訓令式を好んで使っている。それは部分的にはわたしが体系的なものごとを好むからであり、部分的には小学校の教科書の影響だ。しかしわたしにとってヘボン式を受け入れがたい最大の障壁は、"chi" というつづりが言語によってさまざまな音をあらわすことだ(別記事[Chiba行きの電車]参照)。

したがって、わたしは自分の名まえ「こういち」を "Kooiti" とつづっている。英語よりもオランダ語かフランス語の中でだいたい正しく読んでもらえることを期待している。他の人の名まえについては、わたしは本人が選んだつづりがわかれば尊重する。わからないときは、現在に近い時代の人びとはヘボン式、第2次大戦前に仕事をした人は日本式を使っただろうという、おおざっぱな推測をする。(わたしが言及する必要が生じる人びとの多くは自然科学者なので、わたしの推測はこの集団の人びとの習慣についてのものだ。) わたしは自分の住所をヘボン式でつづっているが、それは住所を他の人と共有しているからだ。そのほかの語については、わたしが自由に選べる場合は、訓令式を使っている。ただし、すでにヘボン式の形で英語にはいってしまった語(例、tsunami)はその形を使う。(そのような語はもはや英語の語になってしまったとみなして、強調するつもりがない限りイタリックにもしない。)

- 6 (この部分は2004年7月執筆) -

梅棹忠夫 (UMESAO Tadao)という学者(民族学者)が、1990年代に、ローマ字のつづりかたを、かな による標準的なつづりかたからの転写として定式化することを示唆した。この考えによれば、長い "o" の音は、かなで「おう」のように書かれるならば[この例の「お」のところはオ段のいろいろな字がくる]、"ou" とつづられる。(ただし、かなで「おお」のように書かれる場合は "oo" とつづられる。) 梅棹は日本ローマ字会の会長としてその会にこの方式を提案し、日本ローマ字会は1999年にこれを標準とした。そこでこの方式は「99式」と呼ばれた (梅棹, 2004)。

梅棹は日本語の表記方法に関する主要論客のひとりだった。彼は1969年に『知的生産の技術』という本を出した。実のところ、わたしの日本語表記方式への関心はこの本を読んだことから始まっている。この本で彼は、おもに、ひらがなタイプライターを推進したが、ローマ字化をも可能性として示した[彼は訓令式を使っていた]。しかし、日本語文字処理は、彼が予期したものとは違う発展をした。そこで彼は軌道修正をしたのだ。

わたしは、次の点で梅棹(2004)の認識に賛同する。日本語のつづりの現状は かな のほうがローマ字よりもゆらぎが少ないこと。多くの人が今のワードプロセッサソフトウェアを使いながら "ou" のようなつづりに慣れていること。そして、日本語には "ou" と "ei" のあいだに対称性が見られること。

日本語には、かなで「えい」とつづられるような音が多く出現する[この例の「え」のところはエ段のいろいろな字がくる]。その発音はふつう長い "e" だが、ローマ字つづりはヘボン式でも訓令式でも "ei" だ。19世紀の人びとの意識には、"ei" と 長い "e" の区別は残っていたが、"ou" と長い "o" の区別は失われていたのかもしれない。しかし、わたしにとっては、"ou" と "ei" を対称的に扱うほうが自然に感じられる。今の多くの人がそういう感覚をもっているのではないかと思う。

もしわたしが梅棹(2004)に完全に説得されたならば、わたしは自分の名まえのつづりも "Kouiti" に変えるべきだろう。わたしは変えていない。そのおもな理由は[ローマ字のつづりかたに関する主張ではなく] わたしの個人的惰性、わたしがすでに発表したものとの同一性を維持したいという欲求だ。

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