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macroscope

2010-02-27

ホッケースティック幻想、反ホッケースティック幻想

Hockey Stick Illusionという本(Montford, 2010, 下の文献リスト参照)が出たそうだ。Klimazwiebel (気候のタマネギ)というブログの2月19日の記事で、Reiner Grundmannさんが紹介していた。わたしが「ホッケースティック論争」のページで紹介したのと同じ件を、McIntyreに近い立場から論じたものらしい。著者はBishop Hillという名前のブログの主だそうだ。わたしには、買って読むほどの元気が出ない本だ。

ところが同じころ、Wikipediaの「ホッケースティック論争」の記事に関して、編集者(執筆者)間で認識がすれちがっているように思われたのでノートページで議論しているうちに、わたしなりの「ホッケースティック幻想」というべき認識に達した。Klimazwiebelにもコメントとして書きこんでしまったのだが、もとの話題からはずれたことを書いてGrundmannさんには申しわけないことをした。

(Wikipediaの「ホッケースティック論争」の記事自体は、まだあまりわかりやすくない状態にある。出しゃばらない形で改善に協力したいと思っている。)

その後、「ホッケースティック」が正しくないと言おうとしている人の著作物についてコメントしようとしているときに、「反ホッケースティック幻想」というべきものもあるのではないかと思った。

ホッケースティック幻想 (masudako版)

ホッケースティック曲線」と呼ばれるのはふつう、Mann, Bradley and Hughesの1998年と1999年に出た論文北半球平均気温の復元推定をさす。それぞれMBH98, MBH99と略しておく。IPCC第3次報告書第1部会の図2.20, 2,21は、MBH99の結果を採用している。

MBH99の図は、不確かさを表わす陰影がつけられている。説明によれば「標準誤差の2倍」だ。(正直なところわたしはこの統計学的概念のここでの意味をしっかり理解していない。まじめに考える必要が生じたらNational Research Council (2006, NRC06と略す)の報告書を参照してその視点から考えるつもりだ。今は不正確だが感覚的に「正しい値はある特定値以上の確率でこの範囲におさまるだろうと期待できる」というような意味で理解している。その数値を特定するには確率分布の形を仮定する必要があるはずで、その仮定は正しくないがとりあえずの近似として使われているのだと思う。)

MBH99よりあとの気候復元推定で得られた気温の曲線は、もっと波打っており、不確かさの幅は狭まっていることが多い。von Storch & Zorita (2007)も言っているように、気候変化の科学にとってホッケースティック曲線はもはや重要なものではなくなった。

科学の内の人は、新しい曲線がだいたいMBH99の不確かさの幅の内におさまっていることに注目し、MBH99の結果は、基本的には今でも正しいのだと言う。同時に、今利用可能ないくつもの研究成果のうちでは不確かさが大きいので、相対的重要性が低いものになったとも言う。たとえば、明日香ほか(2009)の第3章の議論6の反論ではそのような議論をした。

科学の外の人は、新しい曲線がホッケースティックとして知られた特徴(11世紀から19世紀までほぼ水平、20世紀に急に上昇)を共有していないことに注目し、ホッケースティック曲線は否定されたと言う。

ホッケースティック曲線の正しさとMBH99の正しさを同一視して議論していたら、科学内の人が「MBH99は基本的に正しい」[注]とし、科学外の人が「ホッケースティック曲線は否定された」としたので、主張がくいちがったままになった。

(科学の内・外という単純化をしたが、「内」というのは、科学の専門雑誌にのる研究論文を読む人に多い傾向を表現したものだ。IPCC報告書について言えば、「外」の人は政策決定者向け要約だけを読み、「内」の人は(必要が生じればだが)本体を読むだろう。)

これは一種科学コミュニケーションの問題だと思う。マスメディアを通じてこの図を見た人の大部分は、曲線は読み取ったが、陰影は気にとめなかっただろう。図は「20世紀の暖かさは前例のないものだ」という主張を説明するための補助材料であり、不確かさの幅まで説明する時間(紙面)はかけられないのがふつうだから、それは当然のことなのだろう。

科学の内の者としては、否定されたのは、一般人が持たされてしまった「ホッケースティック幻想」の正しさであって、科学論文MBH99の正しさではないと主張したい。

(正直なところわたし自身、MBH99を専門的意識で読まなかったせいもあって、長らくこの幻想にとらわれていた。不確かさの陰影を意識したのはNRC06を読んでからだ。)

しかし、科学の外の人の立場で考えてみれば、否定されたホッケースティック曲線は幻想というよりはむしろ「社会的に構成された事実」なのだろう。

Stehr and von Storch (2009)の4.7節に、社会は環境変化にどう対応するかを考える上で、社会の意思決定への影響が大きいのは環境変化そのものよりもむしろ「人が環境変化をどう認知するか(perceived environmental change)」だという話がある。体感のような直接的認知とは違うが、ホッケースティック曲線も「認知された環境」の一種として、この議論にあてはまりそうだ。

  • [注(2010-03-06追記)] 「MBH99の正しさ」として、ここでは結果の正しさをとりあげている。しかし、論争はむしろ材料・方法の正しさに関するものであり、材料・方法それ自体の正しさと、それを使う実地の手続きの正しさの問題を含んでいた。わたしはMBH99の材料・方法の正しさについてはよく調べていないので評価できない。方法が根本的にまちがっているのならば結果の正しさは偶然にすぎないので論じてもしかたがないが、方法があと知恵で見て最適ではなくても、根本的まちがいではなく、しかも結果が参照し続けられている場合には、方法の正しさとはいちおう別に結果の正しさを議論する意義はあると思う。(MBH99の場合、専門科学者ではなく批判者が参照し続けているのだが。)

反ホッケースティック幻想

ある人が最近の著作物で、ホッケースティック曲線が正しくないという主張のついでに、IPCC第1次報告書の図を持ち出して、そちらのほうがもっともだと言っている。IPCCが1990年に出した第1次評価報告書(ここではIPCC90と略す)の図7.1(c)だが、これは出典となる文献もあげられていないし、温度の目盛りの数字さえはいっていない。当時まだ過去千年にわたる全球や北半球の平均気温の復元推定の結果はなく、主観的にかいたものだ。(たぶん西ヨーロッパの地域的な復元推定を念頭においている。) このグラフはWikipediaのIPCC報告書における中世温暖期と小氷期の記述にも「1990年報告書」のところの図の赤線として収録されている(そこでは作図者の推測で温度目盛りの数値を入れてある)。この図では、12〜13世紀の気温が20世紀よりも高くなっている。

同じ著者が数年前の著作物で、やはりホッケースティック曲線が正しくないと主張していた際には、McIntyre and McKitrick (2003, MM03と略す)のグラフを示し、McIntyreたちに従ってこれがMBH98を「訂正」したものだと主張していた。MM03の結果は、確かに中世温暖期らしいものが見えるが、それは、15世紀の気温が20世紀に劣らず高いということなのだ。

IPCC90のグラフでは、15世紀の気温は長期間平均レベルなみかやや低めだ。MM03がIPCC90のグラフの予想を裏づけたとはいいがたい。

(もっとも、MM03の研究は、気温の復元推定を意図したものではなく、MBH98の材料と方法から結果が得られるかどうかを検証しようとしたものだそうであり、しかも14世紀以前は対象としていない。したがって、MM03の主張は、15世紀の気温が高かったことではなくて、(MM03の理屈が正しければ) MBH98の理屈が正しくない、というだけのことなのかもしれない。)

瞬間的に見せられるか、あるいは年代の数値でなく「中世」ということばを伴って説明されて、IPCC90の図とMM03の図はほぼ同じ情報を伝えていると思ってしまうのは、いわば「反ホッケースティック幻想」だ。さきの著者は、気づかぬうちに自分がそのとりこになってしまったのだろうか。あるいは、違いがあることを承知で、読者の幻想を操作してホッケースティック曲線への不信感を高めようとしているのだろうか。

さて、別の著者がホッケースティック曲線の否定材料としてLoehle (2007)の全球平均気温復元推定を使っていた。この研究はLoehle and McCulloch (2008)の訂正が出ているので、そちらの図を見ると、「中世温暖期」とされる気温のピークは9〜10世紀にある。12〜13世紀は起伏はあるがならせば長期平均なみで、15世紀はやや低めだ。つまり、時間軸に注意してみると、これはIPCC90とも、MM03とも対応していない。

「復元推定結果はばらばらであり、何もわかっていないのだ」という徹底した懐疑論[「温暖化懐疑論」とは必ずしも一致しない]は、それなりにつじつまがあっている。ただし、それならば、IPCC90の図がもっともらしいなどと言ってはいけない

何もわからないということで満足しない人は、それぞれの論文に出た研究の質を評価し、質がよいと考えられるものを中心に議論を組み立てることになる。

文献

  • Craig Loehle, 2007: A 2000-year global temperature reconstruction based on non- tree ring proxies. Energy & Environment, 18, 1049 - 1058.
  • Craig Loehle & J. Huston McCulloch, 2008: Correction to: A 2000-year global temperature reconstruction based on non- tree ring proxies. Energy & Environment, 19, 93 - 100.
  • [MBH98] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes M.K., 1998: Global-scale temperature patterns and climate forcing over the past six centuries. Nature, 392, 779 - 787.
  • [MBH99] M.E. Mann, R.S. Bradley. & M.K. Hughes M.K., 1999: Northern Hemisphere temperatures during the past millennium: inferences, uncertainties, and limitations. Geophysical Research Letters, 26, 759 - 762.
  • [MM03] S. McIntyre & R. McKitrick, 2003: Corrections to the Mann et al. (1998): Proxy data base and Northern Hemispheric average temperature series. Energy & Environment, 14, 751 - 771.
  • A.W. Montford, 2010: The Hockey Stick Illusion: Climategate and the Corruption of Science. Stacey International, ISBN 978-1906768355. [わたしは見ていない。]
  • Nico Stehr & Hans von Storch, 2009: Climate and Society: Climate as Resource, Climate as Risk. Singapore: World Scientific, 141 pp. ISBN 978-981-4280-53-2. [読書ノート]

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