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2012-03-30

極東の槌田敦氏と極西のJames Lovelock氏の功績と限界

2006年初めに槌田敦氏の「CO2による温暖化は起こらない」という趣旨の講演 (槌田 2006の本とほぼ同じ内容)を聞いた。同じ年のなかばにはLovelock (2006)の「温暖化は生態系の破滅をもたらす」と主張する本を読んだ。とても悲しかった。([ある本の読書ノート]の序論や「みすず」2007年1・2月号の読書アンケートに短く書いた。)

地球環境は一種の準定常システムであり、人類の活動が持続可能であるためにはその「準」の範囲におさまる規模である必要があるのだと思う。1970年代に、槌田氏の熱力学にもとづく定常開放系の議論や、Lovelock氏の自己調節機能をもつ「ガイア」の議論のおかげで、そのような認識が育ってきたのだ。

槌田氏は(1978年、1982年の著作などで)、熱平衡にないシステムが準定常状態にあるためにはエントロピーを運び出すしくみが必要であり、地球環境にはそれがあることを指摘した。ただし、地球環境全体としてのエントロピー収支については、それより前に根本順吉氏が(わたしの気づいた限りでは1973年の本で)論じており、槌田氏の議論はそれを踏まえていると思われる。

槌田氏の日本語圏以外への直接の影響は少なく、英語圏での同様な思想の起源は別にあると思う。ただし、英語圏での起源のひとつと考えられる経済学者Georgescu-Roegen氏を記念するMayumi and Gowdy (1999)の論文集には槌田氏も論文を寄せている(論文の日本語版は槌田 2002の本に付録として収録)。Georgescu-Roegen氏(1971年の著作など)は物質の混合の不可逆性に伴うエントロピー増加は熱に伴うエントロピーと別ものであるという誤解をしているところがあったが、その弟子のDaly氏(1996年の著作など)はその誤解を引き継いでいない。議論が修正された過程では槌田氏の著作が参照されたかもしれない。

Lovelock氏は1970年代に、準定常状態にあるシステムでは負のフィードバックが働いているはずであり、地球環境の場合には、生物と、大気の成分や温度などの物理・化学的要素とが組み合わさったフィードバックのしくみがあるにちがいないと指摘した。(ただしわたしはLovelock氏のガイア論の著作をほとんど読んでおらず、わたしの理解はVolk 1998をはじめとする他の著者を通じたものである。)

地球環境システム論はこの両方の考え方をとり入れて進む必要があると思う。

人類の化石燃料消費がどの程度の気候変化をもたらすかについて科学者の見通しがだいたいまとまってきた。これは、おもに気象学や海洋物理学の専門分科に属する研究者の仕事だが、地球の大気・水圏を、物理法則に従い、フィードバックをもつシステムとして扱う、地球環境システム論の成果だと言える。しかし、槌田氏はそのような気候変化は起こらないと、Lovelock氏は逆にもっとひどい変化が起こると主張する。【[2012-11-07補足] ここでは2006年および2009年の著作でのLovelock氏の主張について述べている。その後Lovelock氏は主張を修正したそうだ。下の追記参照。】まさに両極端の議論であり、わたしはいずれも正しくないと思う。

このふたりの主張は正反対なのだが、態度は似ているように思う。ひとつあげれば、異端とされることを恐れなくなった、ということだ。

1970年代、槌田氏は研究課題を原子核から資源物理学(エントロピー論)に変えたが、物理学の枠組みの中でそれの価値を認める人が少なかった。とくに勤務先機関から冷遇された(物理学会会員有志調査団, 1985)。他方、原子力反対や公害反対の運動家から高く評価された。

Lovelock氏は大気微量成分測定の研究者としては高く評価されたものの、ガイア説については、科学ではないという批判がつきまとい、科学者よりも神秘思想家などから尊重されてしまったらしい。わたしから見ると、ガイア説は、生物には地球環境の恒常性を保つ働きがあるという意味ならば正しくないが、地球環境には生物がからんだ負のフィードバックがあるという主張まで弱めれば、正しいと言ってよいと思う。

槌田氏もLovelock氏も、同業者の多くから異端視され、主張もまちがいだとされることが多かった。ところが、専門の違う人から、したがって主張の詳しい内容を必ずしも正しく理解できているとは限らないのだが、高い評価を受けた。そのような組み合わせの状況は、自分の主張は正当であり同業者からの批判はすべて不当であると思いがちな頑固な論客が形成されやすいものであるように思われる。

悲しいが、極端論を頑固に主張し続ける人を説得できるとは思えない。第三者に対して、あの人たちの言うことは極端論だから本気にしすぎてはいけませんよ、と呼びかけるしかない。

両者の主張が極端になってしまったことには、主張する人に関する社会的・心理的要因のほかに、主張の内容に関する内在的要因があると思う。

[10月29日の記事]で述べたように、地球環境は、物質・エネルギー循環システムであるとともにフィードバック制御システムであり、前者の観点では集積された総量が、後者の観点では微分的な量が重要だ。槌田氏とLovelock氏は、このうちそれぞれ一方の視点だけしかなかったのではないだろうか。

槌田氏は地球環境を「定常開放系」だと言った。大気汚染で気候が乱れることなどを考えてはいるので、いつも厳密に時間変化のない定常状態を考えていたわけではなさそうだ。しかし、「準」などをつけずに「定常」と表現したことが呪縛になったのではないか。地球物理(気象学を含む)を学んだ気候の専門家が、気候の変化の議論をするときは、定常状態から微小のずれが生じたときに、それが増幅するか減衰するか(正・負いずれのフィードバックがかかるか)を問題にするのがふつうだ。(現実にはずれは微小とは限らないが、まず第1近似として微小量で考えてみるのだ。) ところが、槌田氏の考える気候の理屈は定常状態だけなので、エネルギー・エントロピー収支の定常状態に関する限りの認識の大筋は正しいのだが[槌田 2008 などの炭素収支の件は別]、その変化を考えるときに必要となる役者がそろっていない。

なお、槌田氏の「開放系」のほうは、物質とエネルギーを区別しないで、それの出入りのある系をさす。地球環境はエネルギーの出入りはあるが物質の出入りは無視できる系なので、人によっては「閉じた系」と言うが、これは、ほぼ、用語の違いにすぎない(ここでは相対論は重要でないので)。 教材ページの「注意2」参照。

Lovelock氏のガイア説の基本には、地球環境システムが準定常状態にあるのは負のフィードバックがあるからだという考えがある。Lovelock氏はそれより前に大気の微量成分の観測で成果をあげた人であり、微小であっても地球環境システムのフィードバック制御にとって重要な変数に注目することにすぐれている。その反面、集積された総量に注目することは少ない。地球環境に起こりうるフィードバックを説明するためにLovelock氏はいくつかの理論的モデルを構成したが、それは基本的に微小量どうしの因果関係を想定したものだ。放射エネルギーの流れの収支が合うという意味でのエネルギー保存は考慮されているものの、質量やエネルギーなどのたまりの量が、モデルと現実で対応することはあまり考えられなかったようだ。そこで、現実世界に比べて、乱れに対して敏感すぎるモデルを作ってしまいがちであり、しかしそのモデルが現実世界と動的特性を共有しているだろうと思ったようだ。それを前提とすれば、現実世界も乱されれば破滅的な変化に至るにちがいないという考えに至りやすいのも無理もない。

今後の地球環境システム論は、両方の暴走を避けながら、両方の成果を生かしたものにするべきだ。定常に限らない非平衡熱力学の枠組みのもとで、まず定常状態からの微小なずれにどんなフィードバックが働くかの線型論を考え、さらに、ずれが大きくなった場合の非線形論に進めていき、しかも、系全体の満たさなければならない保存則などによって起こりうることの限界をおさえていく、のがよいのだろうと思う。

文献

  • 物理学会会員有志調査団, 1985: 理化学研究所 槌田敦氏懲戒について 調査報告書。物理学会会員有志調査団(連絡先 白鳥 紀一, 井野 博満), 141 pp.
  • Herman E. DALY, 1996: Beyond Growth: The Economics of Sustainable Development. Boston: Beacon Press. 日本語版: ハーマン・E・デイリー著, 新田 功, 蔵本 忍, 大森 正之 訳, (2005): 持続可能な発展の経済学みすず書房 [読書ノート]
  • Nicholas GEORGESCU-ROEGEN, 1971: The Entropy Law and the Economic Process. Cambridge MA USA: Harvard Univ. Press. 日本語版: ニコラス・ジョージェスク=レーゲン 著, 高橋 正立 ほか訳 (1993): エントロピー法則と経済過程。みすず書房。 [わたしは日本語版を読んでいない] [読書ノート]
  • James LOVELOCK, 2006: The Revenge of Gaia. London: Penguin. 日本語版: ジェームズ・ラブロック著, 秋元 勇巳 監訳, 竹村 健一 訳 (2006): ガイアの復讐中央公論新社[読書ノート]
  • James LOVELOCK, 2009: The Vanishing Face of Gaia: A Final Warning. Allen Lane (Penguin Group), 178 pp. [読書ノート]
  • Kozo MAYUMI & John M. GOWDY eds., 1999: Bioeconomics and Sustainability -- Essays in Honor of Nicholas Georgescu-Roegen. Cheltenham UK: Edward Elgar.
  • 根本 順吉, 1973: 氷河期へ向う地球。 風濤社。
  • 槌田 敦, 1977: 代替エネルギー思想はまちがっている。 自主講座, 71号 22 - 31。 72号 28 - 37。 73号 32 - 41。 74号 29 - 36。 75号 41 - 47。 78号 40 - 46。 79号 13 - 22。
  • 槌田 敦, 1978a: 資源物理学の試み。 科学, 48, 76 - 82, 176 - 182, 303 - 310.
  • 槌田 敦, 1978b: 石油と原子力に未来はあるか亜紀書房
  • 槌田 敦, 1982: 資源物理学入門日本放送出版協会 (NHKブックス)。
  • 槌田 敦, 2002: 新石油文明論農山漁村文化協会[読書ノート]
  • 槌田 敦, 2006: CO2温暖化説は間違っているほたる出版。
  • 槌田 敦, 2008: 温暖化の脅威を語る気象学者のこじつけ論理。 一物理学者からの反論 -- CO2原因説批判。季刊 at 11号(2008年3月, オルター・トレード・ジャパン、発行:太田出版) 65-83.
  • Tyler VOLK, 1998: Gaia's Body --Toward a physiology of earth. New York: Copernicus (Springer社のブランド)。(2003年、MIT Pressからペーパーバック版が出た。) [読書ノート]

追記(2012-11-07)

Lovelock氏が温暖化に関する見通しを修正したそうだ。アメリカのテレビ局NBCウェブサイトの2012年4月23日の記事'Gaia' scientist James Lovelock: I was 'alarmist' about climate changeにある。日本語ではPollyさんのブログ「気候変動覚え書き」の2012年5月22日の記事「J.ラブロック、私の気候変動予測は行き過ぎていた、自分はalarmistであった」に紹介されている。

このページで述べた「Lovelock氏の主張は極端論である」という認識は今のLovelock氏にはあてはまらないようだ。

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